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Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

スタンフォード哲学

2017年12月 8日 (金)

ワーグナーと戦うために。

ニーチェは、ワーグナーと戦うために哲学を完成させた。
その集大成が「アニメにメンデルスゾーンをかぶせる」ということだった。
BGMとして意識さえしていれば、放送ではメンデルスゾーンを削除しても構わない。
「女と障害者で盛り上がる」という部分においては株価となんら変わりはない。
クレヨンしんちゃんの楽しみ方。


好きな女性アーティストが数人いて、しかも「皮オナニー」(ユーダイモニズム)ができるのならば問題なく「男」になれる。
1人に頼りすぎてはならないし、常に代わりが登場する、これがプラトンが作った世界だった。
女の「自己主張」と関わる行為だったから48人も覚える必要はない。
「女の局部に頼らず、記憶に頼らず、心から湧き出るものだけよ頼りに抜くのだ」
性倒錯を起こさないのにも秘訣がある。
アボガドじゃねーし。

プラトンがアカデメイア(高等教育機関)をアレキサンドリアに作らなければ、そこで学ぶために「都会に向かう」連中もいなかった。
つまり、アリストテレスのような「越境問題」からダマスカスやバグダッドを作る連中も生まれなかった。
ましてや、「ソクラテスを学びたい男」もいなかったであろうし、プラトンの詩を歌ってみたいという女の子もいなかっただろう。
ソクラテスについてまとめ上げたキャリアの前半がプラトンにはあり、アカデメイアで詩を完成させる円熟期があり、キャリアの晩年はアリストテレスの越境問題に力を貸した。
ユーダイモニズムには「これで十分気持ちいい」というものがあり、中学生は肛門など気にならなかった。
さくらんぼと孤独。

ノクターンを聴きながら男女が合体して動かなければ男女が同時にオーガズムに達する。
これはクレタ島文明であったし、人生の目的に思えた。
しかし、プラトンはソクラテスの「女心の探求」を参考にもっと心が豊かな「男」を作ることにしたのだ。
クレタ島文明だけでは解決できない問題が世の中にはあったからだ。
女たちは「自分の心の定義」を男に求めていた。
このことからアカデメイアにおいて「試験」を行うことが可能になったし、卒業してからも女たちに取り囲まれる男が出てきた。
全国一斉テストができるようになったのはソクラテスのおかげだった。
ノクターンセックスは「治める」という気持ちがなかった。
無法地帯ではないか?
ノクターン。

アテネがペロポネソス戦争でトロヤに勝ったのも「法」があったからであるし、「女心の定義」ができたからだ。
簡単に詩にして、しかも深い哲学を学ぶ学校がアカデメイアであった。
女心を定義できる男がいた方が社会はより素晴らしかったので、クレタ島文明は過去のものとなった。
どのように女のハートをつかんだのかをアポリアと呼んだし、それが知りたくて勉強することをメノと呼んだ。
とにかく「女心を定義できる人」というのは噂になったし、10人の男に抱かれた後に彼の追っかけをやった。
あの美女が追っかけをやった?
男たちは「知らないことへの復讐(ラッヘ)」をやった。
ソクラテスは毒をあおったが、ちょっと気分が悪くなる程度の毒だった。
ラッヘ(復讐)が犯罪の起源であるとは言い切れない部分がある。
美女に追っかけられる男は高貴な存在であったし、ラッヘ(復讐)の対象だった。
「彼が死んだ後に彼の評価を定めよう」とみんなが思った。
ソクラテスの言葉をプラトンは思い出していただろう。
ソクラテスの死後に彼の評価を定めたのはプラトンだった。
ラッヘとはこれほどまでに神聖なものであったのだろうか。
ラッヘとは「ソクラテスの知識を知りたい」という意味ではメノだった。
追っかけをやった女たちを調べるのがアムネスティの役割であったし、ソクラテスの評価を抹殺するためにそれを穴に埋めて回った。
アムネスティにとって最も憎かったのがソクラテスだった。
プラトンはラッヘをやったが、アムネスティはそれを邪魔した。
このアムネスティの立場も人道からくるものだったのかもしれないが、ラッヘは犯罪の起源であるとは言い切れないのだ。
「気持ちいい」「美しい」これが争いの元だった。
11月のアンクレット AKB。

しかし、ラッヘ(復讐)であると言いながら勉強する若者はいた。
偏差値が高くないとアカデメイアには入れないぞ。
ウォークマンやiPodはアカデメイアでの勉強の予習のためにあった。
勉強している若者にはピンとこない深刻な曲もあった。
「俺は何も知らない」ということが分かればよかったのだ。
「セックスをしたらトラブルに巻き込まれる」ということも知ってもらいたかった。
国の大きなテキストを読んだ方が家も立つし、食べ物、洋服に困らなかった。
「お前にもおちんちんはついてるんだろ?」ということからラッヘは犯罪の起源とは言い切れなかったし、アムネスティは本当の政治学を「各自で学ぶように」としてソクラテスを追っかけた女の記録を抹殺した。
アムネスティは全体主義を嫌っていた。
もはや真理があるということを否定したのだ。
皇帝が生まれるのを潰したかったんだろう。
プラトニックというのは知恵と勇気と寛大さとセックスがなければ成立しなかった。
各自が射精するたびにラッヘは軽くなった。
4つの街に3つの学問があり、それで都市は姉妹都市になったりして平和を守っていたのだ。
いずれにせよ、アムネスティが「面白くない」と言ってアマテラスを洞窟に閉じ込めたのだ。
学問が好きでなければ女心は分からなくなった。
ここで、サラリーマンの味方であるアムネスティと、政治家の味方であるプラトンは対立したのだ。
リゲイン 24時間戦えますか。

サラリーマンと政治家にはバックボーンとなる哲学があったが、芸能をやる人間にはそれがなかった。
芸能人は「第三階級」と呼ばれたのだ。
プロデューサーは常に政治家の言葉を聞いていたし、第三階級を低い身分と見なしていた。
「言うことが聞けるかどうか」
これだけが第三階級には求められた。
このようにしてサラリーマンと政治家と第三階級である芸能人は明確に区別された。
お金、自由、名誉がこの3つの身分に割り当てられたのだ。
サラリーマン、政治家、芸能人つまりお金、自由、名誉の3つを考えるのが幸せだった。
自分に合った人生を送っていいと4つの街は言ったのだ。
政治家に最も高い教育が必要だったが、次にサラリーマンであり、最後に芸能人だった。
なにか「神聖な狂気」がなければ政治家にはなれないよ。
言葉を選択する仕事なんだ。
方法論に迷ったり、ソクラテスやプラトン、アリストテレスを公然と否定するようでは政治家にはなれない。
つまりは学歴なんだよ。
入試が大事なのであり、大学に入ることが大事なのだ。
青いスタスィオン 河合その子。

男が勃起しなくなるのが一番都合が悪い。
各人にあった仕事というのはあるのだ。
そのようにして、サラリーマンと政治家と芸能人は人生の旅を共にする。
神聖な狂気が目つきに表現されていると東京大学は優先順位をあげていた。
本当に病んだらサラリーマンにもしないで学生を自由の世界に解き放った。
それが東京大学法学部の経験則であり、重厚さでもあったのだ。
教授自身が病んでいるのだから当然だろう。
勉強から人生を始めるのだから進路は自ずと決まるだろう。
それがプラトンの「国家」というものだった。
成績が良くても悪くても「勃起する」というのが国の繁栄だったのだ。
低学歴で自宅警備員だというのならば自分がどこに行くべきかは分かるだろ。
ラッヘという名の勉強をしなかったのだからね。
シチュエーションが定義できないのだから低学歴なんだろ。
ドラマにでてよく勉強しろ。
お金を持っている人に礼儀正しいとかそういうところから「選ばれる」ということがあるのが芸能人なのだ。
クレタ島のノクターンセックスを統制するためにどれほど哲学者は書かなければならないのだろう。
ハーゲンダッツや醤油まで使って乳首や局部を美しくしなければならなかった。
ノクターン委員会とエニグマが「女王蜂」を生み出したが、女王蜂にはお金は集まらないよ。
不幸な結婚ばかり聞かされているんだ。
愛の炎 田中れいな。

2017年12月 7日 (木)

予算の使い道。

ブレトン・ウッズに基づくWTOは、予算の使い道として「仲間の多い人のところにお金を流すしかない」とし、彼の男らしさを守るため、そして暴力が起きたところに金を流すことにしていた。
米騒動 議院内閣制の確立。

国際社会はこのような発想をグローバルにしただけではないか?
「ヘルプ」「エイド」こそが国際人の仕事となったのだ。
しかし、「女の心は大きすぎる」ということを知らない世界の貧困層に予算を使う必要はあるのだろうか?
喫茶店で人生相談に乗ってもらったり、海岸で女の腰のくびれを見たり、恋愛をしたり、セックスをしたり、テレビで処女を見たりしたら税収が上がるんだろう?
それならば、そのような環境にないもののためにお金を使ってもいいのではないか?
法律は海から来た、王室も海から来た、しかし、男たちは陸にいる。
陸では仲間がたくさんいるのだ。
陸では女たちがオシャレをし、適当に気持ちのいいセックスで妥協をし(ベースライン)、サラリーマンとして幽霊のように歩き、税金や法律を勉強してそれが金儲けだと信じていた。
これが「海から陸へ」の富の移転だったのだ。
陸では人種差別もあったし、ガンをつけあってはいけなかったし、やる気のあるやつとないやつがいた。
避暑地のアンニュイ 河合その子。

適当な気持ち良さで妥協している奴には金を与える必要があった。
イタリアでは法律の山が収拾がつかなくなるほどできた結果、イタリア南部よりも北部の方が豊かになっただろう。
日本でも「法案成立」という報道があるたびに海は貧しくなった。
陸のやる気のある奴が法律や税金を勉強して、金を儲けて、やる気のない奴はサラリーマンとして幽霊のように生きた。
海では喫茶店で人生相談をしていたが、陸では「事務所」を作っていた。
1979年から1987年にかけて「陸王の大攻勢」が行われて、日本でも海の住民が貧しくなった。
これがロンヤス関係の成果であり、司法試験が一番難しいと言われた時代だった。
海からコンドミニアムが姿を消して、陸の豪邸には貧乏セックスしかなくなっていた。
快楽の少ない射精ほど富をもたらすとも言われた。
陸王。

セックス依存症になり、女のからだを見るのが病みつきになったら生活保護だけが待っているだろう。
そのようなものたちは陸から海へと弾き出されて行った。
神奈川11区の横須賀市と三浦市はどのような関係にあるだろう。
税収源は三浦市にあり、横須賀市が条例を作るたびに横須賀市は豊かになって行った。
しかも「ベース」と呼ばれる暴力を利用して根こそぎ富を持って行ったのだ。
法律や条例を作りすぎたために貧しくなった海のために「ロビンフット税」まで作られた。
法律は明らかに過剰だった。
それでも毎年100以上の法案は成立し続けるだろう。
法案が成立し続けるのは治安以外にもはや目的は無くなっていたが、ロビンフット税という名の消費税増税まで検討されている。
治安にしか興味がないのならば、それは予算措置で行えばいいし、これ以上、法律や条例を作り続けると「陸の男」でしかもやる気のある男だけが金持ちになるだけだ。
治安のために予算を割き、法律をもっと整理して勉強しやすくして、ロビンフット税をなくす以外に消費税増税やタバコ税値上げは避けられない。
海の人間はもっと「法律の過剰」に敏感になるべきではないだろうか。
これが台湾で学んだ教訓だった。
コートダジュールで逢いましょう 高橋由美子。

行政の簡素化を行えば「陸から海に」地方分権改革は自ずと行われるものだ。
「社会復帰?それは坊やに背広とネクタイを与えるための言葉だろ」(ショーシャンクの空に)。

台湾論の核心は「おばさんでマスターベーションするのは楽しい」というところにある。
おばさんは実際は私を潰そうとして来ているが、外面はそうは見えない。
向かってくる象を撃ち殺すハンターに似ている。
だからパジャマに象をプリントしたぐらいだ。
鈍い男はおばさんをテーマに詩も作る。
葛藤を抱えた女性として格好のテーマだからだ。
父や母の兄弟がいるということは非常に環境として恵まれている。
「ランカー潰し」と称しておじさんの専門分野を勉強する者もいる。
さて、中華人民共和国と台湾は「戦術的曖昧さ」と称して、台湾を中華人民共和国の「おばさん」と位置づけている。
一緒に住みたいなどとは思っていない。
台湾から中華人民共和国の大学に「越境」するものもいて、中華人民共和国のアイドルになる女もいたのだ。
「知っている文字を使う」という共通点しかない。
もはや、甥とおばさんの関係は「ひとつ」だったかもしれないし、トランプの言うように「ふたつ」だったかもしれない。
いずれにせよ、おばさんは甥を容赦なく攻撃したし、それでも甥はおばさんでマスターベーションする、そのような関係だった。
「あいまい」だと何をするのか分からないからたまに連絡ぐらいしなければならないだろう。
台湾海峡はもはや中華人民共和国の法の下にある。
一緒に住むとどんな問題が起きるのかも分かるだろう。
「台湾独立」という名の中華人民共和国潰しの行動を取るのも目に見えている。
「おばさんよりも曖昧すぎる」というのは「どうにかしなければならない」という意味だ。
そうならないためにも台湾を「おばさん」と呼んでその関係を明確にしなければならない。
正直言って、おばさんを相手にする怖さもある。
別のおじさんが登場したら緊張するからだ。
世代はもちろん一回り上だった。
経験を積んだ政治家しか中華人民共和国の中には台湾を相手にできる政治家はいなかった。
高橋由美子 天使か悪魔。

中華人民共和国のルールを押し付けることができないのは分かっている。
海峡のルールしか決められない。
たまに「いい知らせ」を伝えなければならない。
放っておいたら中華人民共和国は「はい、詰んだ」と言われるほど台湾は怖いおじさんたちに囲まれている。
フロリダに行っただの、マフィアとの交流があるだの、イヤーブックを所持してるだの武器を山ほど持っていた。
「自由に本を所持している」のが怖かった。
下手な話をするとすぐに離れていく。
酒は飲まないという。
細かな中華人民共和国の日常には興味がない。
「ただケーキが食べたい」
それが「おばさん」だった。
心の風景を知った時に、ようやく台湾論が分かった。
高橋朋子〜画家(小野光太郎のおばさん)。

お巡りさんが来たよ?と言っても「お前を痛めつけに来たんだよ」と言うのがおじさんだ。
醤油とって?と言っても「なんだ、取れないのか?」というのもおじさんだ。
かなり自由に言論のやり取りをしなければ「おじさん、おばさんの難しさ」は分からないし、ショックを受けることも多いだろうね。
「私があなたを愛するように、あなたは私を愛している」と思い込んでいた若者が、「私は他の人と同じように愛されている」と思うようになり、やがて「なんだ、別の人を愛していたのか」と思い、「なんだ、私と同じように派閥を形成していたのか」と気がつくようになる。
偉大な男が常に「おじさん、おばさんの仲間作り」を思い知っているのだ。
しかも「素人集団として」であった。
しかし、いかんせん自分よりも年上なので「健康にしか興味がない」「団結しきれない」という問題が指摘できる。
【医学(精神医学)に逆らうつもりはないのだ】
おしっこの色まで聞かない仲間とはすぐに縁を切るだろうね。
國府田マリ子 みみかきをしていると。

しかも、おばさんが「他の男兄弟と同じように両親を愛していた」という気持ちを利用しない政治家はいなかった。
さらに、兄弟姉妹の間で依怙贔屓があったということまで知らないと縁を切られる。
「火が消えちゃったよ」「お前が消したんだろ」
というやり取りは甥と叔父の関係を結んだことを意味する。
むしろヤクザの親密さの表現だった。
色彩が明るい(ライト)ね、というと羽毛は軽い(ライト)でしょ?と返してくる。
色と羽毛が「ライト」か?とあっという間にコミュニケーション障害を起こすのがおばさんと甥の関係だった。
トロントがあるのならば数がある。
政治家の存在感があるのならば数の勝負をしてくる。
それは「関係を続けたいため」だったのだ。
「男女の関係」にだけはとにかくうるさい存在だよ。
どうしたらいい?
同じ七面鳥を食べることだよ。
「おばさんと話すのは妻と話すのと同じぐらい幸せなんだ」
「王様は裸ではないということを証明するしかないんだ」
噂を「言ってることが違うじゃない?」と思ってもらうしかない。
なにしろ噂を信じ込んでいるんだからね。
さらに「もはや赤の他人としてビジネスパートナーにするしかない」とも言われる。
「おばさんにとって必要なものを与えてやるんだ」
さらに、精神医学の力量があるのならば「おばさんの周りの人間関係を定義してやる」ことからも反応は全く異なるものになる。
また、多数派工作をこちらも成功させる必要があるとも言われる。
【男なんてくだらない、という境地におばさんは陥っている。紳士になれ】
あの甥っ子も歳をとったわね、と思ってくれると都合が良い。
「人生を高速道路のように突っ走ることが必要だ」
【あの甥っ子は打ち出の小槌でも持っているのかしら?】
おばさんと甥っ子であることをゲームとして楽しんでくれてありがとう。
いろんなものを買ってみて、甥っ子のことを思い出すと、いろんな人生のことを思い出すのよ。
フォルクスワーゲンが台湾に満ちた時に、台湾は中国の重要な基地になるだろう。
中華人民共和国が台湾の数々の裏切りにもめげずに「おばさん」から「ビジネスパートナー」となった時にね。

2017年12月 5日 (火)

東京通。

よく、「若い頃はクラブで遊んだ」という女がいるが、遊んだと言ってもお金がなければ砂場での遊びに等しい。
今回は「金持ちの本当の東京遊び」を紹介したい。

【新宿遊び】
東京という街は、支配従属、回転、快感、光、おもてなしが「より速く、より速く」なることを目指した街だ。
1960年代に、国会議事堂があり、駅の周辺にはヤクザや左翼活動家がいただけの街だった。
しかし、1960年代のベトナム戦争時のアメリカ軍のプレゼンスの時の「セックスと革命の嵐」を終えると、1970年代に新宿で異変が起きた。
「赤線」の資金力の増強とオフィスビルの乱立が始まったのだ。
スタジオアルタが東京の全風景を映し出し、「どのように集まり、どのように遊ぶか」をスクリーンに映し出した。
「永遠に終わらないゲーム」が始まったのだ。
北海道から沖縄までの人々がスタジオアルタのスクリーンを見た。
東京都庁のエレベーターは実際はスピンがかかりながら上昇していたし、東日本大震災の時も大都会に睨みをきかせた。
47階には東京都議会があり、実際に多くのドラマがあった。
本来この都会は1960年代に磯崎新(あらた)が、原子爆弾のトラウマから多くのミュージシャンなどを用いて作り出した街だった。
「いつだって破壊されるさ」
そのような発想で、人間の形をしたビルを鉄とコンクリートによって作り出したのだ。
コンセプトは「いつだって破壊される」というものだったが、磯崎新の後を丹下健三が引き継いだ。
磯崎新は「白黒写真での写りがいい」という発想を忘れないように街づくりをした。
岡田有希子という女が死んでズタズタになったが、周囲を取り巻いた小さな群れは、彼女の肉体を見たり、彼女とのセックスを夢見たり、電話で実況したりしていた。
このようなことをミュージシャンたちは二度と起こしてはならないという共通了解が生まれ、都市づくりは黙々と行われた。
あくまでも芸能界が都市づくりをリードし続けた。
岡田有希子の死後、サラリーマンが1人、ホームレスとともに横たわっただけだった。
この事件以降、止まれと言っても止まらないタクシーが出てきた。
首都高環状線を1300円で入って誰も出てこないというのもメディアが流した情報にみんながしたがったのだ。
塚本晋也は「新宿こそがこの都会の眼と脳なんだよ」と言って「人々が病気にならない街づくり」を考えたのだ。
人が多すぎたので「エレベーターを静かなものにする」ことが病気をなくす秘密だと塚本は考えていた。
「音楽だけを聞いていればいい」そのような街づくりだった。
東京都庁は「贅沢の塔」と「仕事をする塔」に明確に区別され、東京の眼と脳であることの意思表示をした。
贅沢の塔では常に芸能について考えていたし、庶民の遊びとは異なる贅沢さに満ちていた。
そのようにして、東京都庁そのものが新宿として機能することで都会の健康を守ることにしたし、街では岡田有希子の亡霊が睨みをきかせていた。
自動車事故は毎日、起きたが、そんなものだろ。
ニッカウヰスキーのおじいさんだけが真実を知っていた。

【高円寺遊び】
黄色と緑の着物を着たダンサーたちは神社の様式にしたがって二組に分かれて戦った。
オフィス街の一角で突如として始まった神社の祭りであった。
勝敗を決めるための裁判官まで決めていた。
どっちが勝ったのか大騒ぎになった。
女がイチニサンと合図をして笑った。
村井秀夫が殺されていた。
これは1982年から始まった「阿波踊り」の初めての実戦投入であった。
1962年のクリス・メイカーのフランス映画「ラジェッティ」にヒントを得た「宗教論争の解決法」であるとされた。
あの映画から30年経って高円寺で初めてそれが現実のものとなるのを見たよ。
心臓マヒで死んだ人も何人か出たのでみんな解散した。

【谷中遊び】
実は、死というものを深く考えていたのは谷中の寺だった。
1923年の関東大震災、1945年の東京大空襲、1960年代の革命の嵐を無傷で乗り切ったのはこの場所しかなかったからだ。
1969年に外国人ジャーナリストであるジーン・ジェネットを警察が殺した時に、様々な怪情報を流して「樺美智子さん」と呼んだのは谷中が仕掛けたことだった。
谷中が「赤い墓地」という国と関係する死者を埋葬する墓地を掌握していたから出来たことだった。
ナチスが1940年に「埋葬さえ握ればいい」ということを明らかにしていたから行ったことだった。
「樺さん」が死んだのは実際は新宿であったが、埋葬を真っ先に抑えて、みんなで盛大にお見送りをしたのだ。

【羽田遊び】
東京湾にハブ空港ができた。
油やプラスチックなどをコンクリートで固めて埋めて作った。
1960年代に成田に新東京国際空港を作ろうと決めたら農民が反乱を起こした。
反乱によって三里塚で死者が出たと言って羽田に埋められた人もいた。
これもクリス・メイカーの映画を参考にした。
1985年に成田発の日航機が墜落した時に、その三年前の「機長の錯乱は東京湾の呪いである」という噂が払拭されたために、みな安堵したほどだった。
しかし、羽田の「化学物質」の存在が指摘され、羽田は一線を退いている。

U2.

【渋谷遊び】
渋谷には有名なスクランブル交差点があるが、一方で裏通りにラブホテルがいっぱいある。
ラブホテルでの薬物使用が後を絶たず、渋谷のラブホテルでの薬物使用が検挙されると、スクランブル交差点が停電を起こすようになっている。
酒井法子さんはこのことにショックを受けて泣き出している。
「ハローキティに迷惑をかけてしまった」という女の子の気持ちを利用して薬物の取り締まりをやっているのだ。
女の子はまるで忠犬ハチ公のようだということから鉄の像もできた。
女の子はのちの人生で鉄の意志を持つようにという教えでもあった。
ウィリアム・バローズもハローキティの信者だったし、五徳寺がハローキティを祀っている。
酒井法子さんは周囲の女の子のみならず、イギリス人やフランス人にまで憎まれることになった。
マッカーサーは1945年から1952年までの占領下でハローキティを利用して日本の英語化を行なっている。
しかし、日本語は根強く残り「バイバイ」程度の影響力しか持たなかった。

【幕張遊び】
東京から幕張にモノレールで行くと多くのサラリーマンが下車する。
女の子は猫の絵が書いてあるカバンを持っていたし、東京に比べて平和であった。
海にはゆっくりとタンカーも動いていたし、砂浜もあった。
サラリーマンが心を病むとみんな幕張に向かった。
癒しの空間となったのが幕張だった。

【お台場遊び】
お台場が東京湾にできると、東京で経済犯罪を犯した連中が品川から逃げるのではなく、お台場のホテルを隠れ蓑にするようになった。
丹下健三は、子供の叫び声にもビクビクする連中をお台場に集めた。
新橋もお台場の価値を高めるのに貢献している。
アメリカが日本にアクセスしやすくなったのもお台場の力によるものであるし、フジテレビの拠点ともなった。

【鹿島遊び】
鹿島には木造の寺があり、地震は我々が起こしているんだぞという大ナマズを握っているとしている。
東京の信仰心を鹿島は握ったのであり、実際に1923年の関東大震災の時以来信仰心を集めている。

【光が丘公園町遊び】
ネオナチと新左翼がベルリンやタリン、トリエステなどで争い、お金が必要だと言って遊園地で子供を誘拐する事件があった。
日本でもそれが光が丘公園で起きてしまった。
メディアは「三億円事件」という噂を流して誤魔化したが、アパート暮らしの活動家がたくさんいて、サラリーマン世帯が大勢いて、公園には子供1人いない。
それが光が丘公園町である。
たまに、町中をスピーカーから大音響で「子供が行方不明になった」というアナウンスが鳴る。

【靖国遊び】
このような「東京の街づくりで死人が出た」ということを神風特攻隊と同格に扱い、彼(彼女)たちを認める、それが靖国神社である。

【皇居遊び】
二重橋までしか一般人は入れないが、天皇誕生日にバルコニーに天皇が現れ、何かつまらないことを言う。
人々は「万歳!」と言って歓声をあげるが、天皇がバルコニーから去った後に、人々は大乱闘騒ぎを引き起こした。

【乞食遊び】
秋田から上野に上京すると、男は山谷のドヤ街に向かった。
1964年のオリンピックの時にできた慣習だ。
みんな顔が黒く、一生、働いて、金ができたら新宿へ出て、サラリーマンに憧れながら生涯を終えるのだ。

【浅草遊び】
黒いボディの観音が1950年に浅草寺に作られた。
聖徳太子だとされ東京の現状を「僕、そのことをすでに知っていたよ?」と言うお坊ちゃんとして可愛がられた。


このような東京の街づくりは、銀行が行ってきたのであり、日本の銀行の信用力を疑うものはいないと言われる所以でもある。

東京は地震が数ヶ月に一回起きた。
街中が「セックス」をテーマにしたし、「いい死に方」をみんなが考えていた。
テレビに出ている女たちはセックスを露骨に語ることを禁止されていた。
ローメイン・スロコンブの写真に影響された少女マンガのようにアイドルたちは振舞うことが「お約束」となったのだ。
アイドルや女子アナは「性的アドレナリン」と呼ばれた。
白いドレスに銀色の天使の羽をつけた女が渋谷の東京コマスーパーノバラブホテルに向かった。
真剣な表情をしていて、セックス一回2時間の料金で若くてシャイなパトロンと関係を持った。
スマートフォンでセックスは撮影されており、散々、喘いだ挙句に顔に射精され、最後に女が笑った。
これが「性的アドレナリン」の真実かとみんな思った。
きゃりーぱみゅぱみゅと呼ばれていた。

上野の清水寺では毎年9月に、子供のいないカップルが200名の女の子を眺めにきて、子宝に授かるようにお祈りしている。
しかし、1人の女の子に火をつけてしまい、女の子たちが大混乱に陥った。
結局、「この煙は縁起がいい」と言うことになり、毎年二百体の人形を火にくべることにした。
この時の女の子7人が「神セブン」と呼ばれのちにAKBとなっている。
アイドルが1人消えても新しいアイドルが出てくるという意味にもなった。
アイドルの女の子は子供のいない夫婦の実の子供のようだった。

安室奈美恵は、沖縄から来たが、新宿のロゼッティというバーで青森県の恐山から来た男と知り合った。
口のなかに射精されて気持ち悪がっている写真も「アイドルの真実」として知られている。
安室奈美恵と男は6日間、ホテルでセックスしてお金がなくなったために山谷に消えていった。
気がついたら九十九里浜で、身体中傷だらけで警察に保護されて報道されたことから「どのようにしたら有名になれるのか?」を沖縄の少女は知った。
思い出の九十九里浜。

ポルノの蔓延と、漫画やゲームが常に「男同士のぶつかり合い」を描いていることから、女子高生たちは大人に憧れた。
しかし、この全体主義の国ではサラリーマンたちにとって女子高生との恋は「禁じ手」とされて監視の対象となった。
しかし、相撲を見た後だけはみんな「全て許す」と言ったために相撲ファンが多い。
相撲という文化を若い世代に教えたこと、そして中卒のヒエラルキーの動物的な側面を見たこと、相撲を見るだけのお金を払ったことなどが理由として考えられる。
1972年にメイナード・スミスがこのような「相撲のセールス」を考えたのだ。
タカ派にはお金がない。ハト派だけがお金を持っているということも背景にあった。
一緒に女子高生と文化を楽しまなければ、女子高生もその気にならなかったし、大人の世界を見せてもらうという最高のプレゼントが相撲だった。
愛の倫理社会。

浅草寺のトイレで男同士がホモの関係を結び、男の叫び声が聞こえた。
小室哲哉だった。
しかし、やがてどの地下鉄のトイレでもこのようなことがあることがわかる。
19世紀には処刑されていたことだったが、今は周囲の人間が笑ったりマスターベーションをしたりしている。

新宿の東京都庁は、東京の眼として「この風景が燃えてしまっても芸能がある限りいくらでも再建できる」と考えている。
外国人が成田に着いたらタクシーの運転手に「東京なんてあっという間だよ」と言われて乱暴な運転でレインボーブリッジを渡り、フジテレビが見える。
劇団四季などが見えたら急にタクシーの運転手はお行儀のいい運転に変わるのだ。
今は東京都庁は「インターネットの崩壊」だけを恐れているようだ。
2020年にプライマリーバランスの黒字化や財政赤字のGDP比135%という無理な国際約束をしているために2021年には崩壊する街と思われている。
民放各局が「どうせ滅びるのならば核兵器で」と仕切りに騒ぎ立てるが、テレビ東京だけが国の存続を知っているのだ。
北野武が新宿でスクーター事故を起こした時に、芸能が崩壊に向かい始めた。
「全盛期のビートたけしがいなければ面白くない」
みんながそう思って焦っていたのだ。
ビートたけしのトラウマが災害報道や北朝鮮報道を加速させたのだ。
「この昔の写真はどこから撮影したの?」
この研究を東京で行なったハワイのクック船長は処刑された。
極めて軍事的な問題であり、知ってほしくないことなのだ。
東京は敵が多いのだ。
1965年に川田喜久二が東京をX線宇宙撮影でも分からないようにしたのだ。
1960年代にウィリアム・クラインがニューヨーク、ローマ、モスクワの写真を撮影したが、東京も撮影した。
天皇裕仁まで撮影が許可された。
大人になんかなりたくない 新田恵利。

その後、クラインは横浜に向かったがバヤリースピーチソーダとかソニーとか英語ばかりではないか?
いつでも改ざんするつもりだなと思った。
森山大道の被差別部落の写真の方がよほど永続的なものであった。
滅びるのは被差別部落の方だったのだ。
そのことを考えると、横須賀の米軍基地など一瞬で撤去できるんだろうね。
荒木経惟は、東京のホテルや東京女など「儚いもの」を常に撮影し続けた。
ウクライナのボリス・ミカイロフは荒木に街の意味を教わりながら撮影した。
国策を知っていた荒木経惟にとって儚い営みが写真撮影だったのだ。
東京の映画の起源が東京大空襲の映像だったというのも皮肉だった。
地球が衝撃を受けている映像だった。
東京大空襲。

大島渚と唐十郎の「新宿泥棒」ぐらいしか本当の東京を理解した作品はないんじゃないのかな。
わずか5歳の新宿を描いて日本人は国というものを見失った。

サラリーマンに仕事などなかった。
ただひたすら「東京の幽霊として歩け」としか教わらなかった。
酒を飲み、家でスポーツを見て、仕事に行くだけなのだ。
みんな1970年の三島由紀夫自決の後の彼の幽霊として歩かされた。
ろくな文学ではなかったが、サラリーマンとしての生き方が書いてあった。
東京はデジタル化を迎えた。
0と1に血や肉を与え始めたのだ。
テレビは仏陀を描いても、日本のイスタンブールである江ノ島にはアウトローたちが大勢集まった。
デジタル化さえしてしまえば東京と似たような街はどこにでも作れる。
キャノンもNTTもそれをやりたがっている。
「俺たちでも東京都庁の役割は果たせる」
そう考えたのだ。
しかし、それをやるためには自家用車まで運べる東京フェリーターミナルの意味をよく知らないといけない。

【完】

2017年12月 4日 (月)

ユダヤの探求。

トラー(モーゼ五書)で覇権国家の言語を学ぶように言われたユダヤ人は、「人々が知らないことを明らかにする」という金融に関する宿題を出されて鬱々としていた。
レヴィナスは、そのようなユダヤ人が、「発展途上でありながらどのようにモテるか?」を探求した。
言っていることはバカだし、女たちをガッカリさせたけれども、周囲から「カッコいい」と言われる男のモデルを作ったのだ。
イスラエルとインドネシアにこの思想は広まった。
Mr.Children Tommorow never knows.

「俺のような奴」というモデルになることを男たちが競い合った。
若くてもファッショナブルで影響力があれば食べていけたからだろう。
それは、ハイデッカーの「退屈さと人混み」に身を委ねるのとは異なり、かなり商業主義的なものであり、自分が周囲から「片想い」の対象になるというものであった。
「俺のような奴」が女たちの支持を得たから起きた現象だった。
チェッカーズ 涙のリクエスト。

まず「違法であること」「努力しなくていいこと」が基本だった。
このことからデリダは、女がセックスした時に「私の子供の気持ちをどう思う?」と男に語りかける探求こそが愛の探求だっただろうとして、レヴィナスの言うことを聞いていると人間が成長しないんだよね、と批判したのだ。
「俺のような奴」を真似されると、「違法であること」「努力しなくていいこと」を忘れないでくれと言うメッセージを出すことにつながり、若さをお金に変えることの虚しい側面が見られた。
それでも、女たちはそのようなファッションリーダーに対して寛大だったんだよね。
なぜならば、女たちも「逃げ出したかった」からなんだよ。
学校から、家庭から逃げ出したかったのだ。
そのために「有名な男が好き」と言っていたのだ。
学校や家庭の問題から「守ってくれる人」に見えたのは「違法であること」「努力しなくていいこと」の2つに他ならなかった。
宇多田ヒカル 二時間だけのバカンス。

「女心は大きすぎる」としたカントの哲学は、若者のファッションの社会的影響力の大きさにまで発展した。
流行り廃りはあったけど、どの若者も一生困らないほどの評論家とのつながりを持った。
「努力はダサい」という若い頃に決めたポリシーは生涯を通じて変わらなかったが、お金には困らない生き方であった。
レヴィナスは嫌いという哲学者は多かったが、「俺もあいつのファッションは真似したからな」という男たちが大勢いたのだ。
石原裕次郎。

努力なんてダサい、これをサラリーマンが人生にわたって支持するのも目に見えていた。
真似していれば病気にもならない生き方だったので、「心のライバル」とも言われた。
いつかあいつのことを忘れた時に、俺は何かを成し遂げるんだろう。
しかし、サラリーマンたちは彼のことを忘れなかった。
何も成し遂げたことなんてなかったからだ。
デリダは「時代のスター」のいる時代を不幸だと考えていたのだ。
誰も何も成し遂げないからだった。
リトアニアのユダヤ人は、とにかく汚い格好をしていた。
何かを成し遂げたい奴はファッションに無頓着だった。
「若さというのは暗いんだ」というのが多くのユダヤ人たちの本音であり、ファッションリーダーのいる男を「何も成し遂げない奴」と見ていた。
ランズベルギスなんて汚いだろ。
男の目的意識が2つの流派に分かれたし、教授も2つの流派に分かれた。
「暗さが怖い」という男たちのニーズがあったのは事実だ。
「酔って生きた方がいいんだ」という考えには一理あった。
「全体主義であることは無限なんだ」とサラリーマンたちは主張した。
レヴィナスを冷ややかに見ていたのは哲学者たちであったが、レヴィナスは時代の大勝利をおさめている。
サラリーマンたちはアイコンタクトで仲間であることを確認した。
全体主義であることは無限である、これが昭和の大スターを生み出したが、平成に入るとやはりレヴィナスは失速した。
王室が存在したため、質素と野心を示す王子がやはり必要であることが分かったのだ。
メンズノンノ2017.

王子でなければ「教科書の間違い」を指摘できないのかもしれないと言われた。
全体主義であることは無限であるという発想を、歳を重ねることによる発信力に求めたのが王子であり、若い頃の「違法であること」「努力をしないこと」を強烈に批判した。
「王室には哲学者が多い」とも語られた。
国王になるための金集めに夢中になっていれば自分が何をすべきかがわかるし、その答えは哲学にしかない。
汚い格好をしていて、なぜかモテる男がいるのならば王室の人間だろう。
ファッションにこだわる男とのセックスが気持ちよくないことに気がついたのは女たちだった。
「絶対」がなければ出会いと別れを繰り返すことがわかってきたのだ。
汚い格好をするのが「国の歴史」となり、ファッショナブルな格好をするのが「家族の歴史」となった。
カール・シュミットも汚い格好をしていたが「国の歴史と家族の歴史の激突」を予測し、大体のその人の社会の位置を知った。
若い頃に「あいつは別格」と言われる汚い男もいた。
全体主義であることは無限である、ということから若い頃に決別していると、それは苦悩であり、絶対であり、野心であり、国の兄弟だった。
マツモトキヨシ CM.

文化は家の問題だった。
汚い格好が家の文化だという家庭もあるだろう。
お金の使い方を子供の頃から教わっているから文化が作られるのだ。
駄々をこねたら高いコートを買ってくれる家庭というのもある。
いずれにせよ、汚い格好をしているのに女の取り巻きがいるのならば王室の人間だということは知っておいた方がいい。
開き直りも芸のうち。

ヨシュア・ロイスは、プロテスタントの偶像崇拝の対象となった人間が貧困に陥るのを見た。
彼(彼女)らは、「周囲から注意されるたびに」財布が膨らんでいくのを感じた。
ナルシシズムとは庶民の感覚を失わせるものであり、周囲を笑わせることができなくなるものだ。
そのため、長いことナルシシズムに浸ると最貧困層に落ちる。
グループホームで当番をやらされたりすることによって、再びポケットが膨らんでいくのを感じた。
「テレビという素晴らしいものがある」と言ったのは政治の側であり、経済成長に利用されたものであるが、偶像崇拝される側の事情など誰も考えてはいなかった。
ヨシュア・ロイスがそのことを心配したのだ。
「絶対」を知っている庶民が好きだった。
つまり、女たちが拡散させる「女心の定義」を知っている学者を愛したのだ。
専用クリニックでは、庶民の感覚を持った学者が影響力を持った。
彼の噂をするのは、彼の話す「絶対」が好きだったし、それが真理なのかと思うと財布も膨らんだからだった。
真剣勝負に「誤解」は許されなかった。
だからアスリートの噂もしたし、学者の噂もした。
「真理」が人々には神秘的なものであるかのように伝わった。
それは学者を宗教家に仕立て上げるのに都合が良かったのだ。
人々は学者(宗教家)の肉声を聞くのを楽しんだ。
ナルシシズムに浸り続けたアーティストのコンサートに行って「寒いな」と思うこともあり、彼らは失脚していったのだ。
globe global trance.

「それでも人間を冷静に見続けろ」
これが新カント派の考えであった。
ナルシシズムの体験談は、案外、周囲を不愉快にさせるものだ。
彼女たちは「お財布のために」自分の経験談を一切、人に語らなかった。
「女たちは絶対を語り合った」
そのために学者という名の宗教家に忠誠を尽くすものもいた。
「俺が何かを見失わないために」
南北戦争は実はアメリカにとっていい経験だった。
お金集めとは「庶民の感覚で」やるものだということが分かったからだ。
リー将軍が集めたスター軍団が全く機能しなかったのだ。
「絶対」が女にはある。
これを知っている学者のもとに女たちがボランティアで参加したし、そのことに忠誠を尽くす男たちもいた。
カミュやサルトルはこの時に影響力を高めたのだ。
wink 愛が止まらない。

プロテスタントの難しさを知った。
ナルシシズムに浸る宗教家は何かを見失っていくことが分かったのだ。
「あいつはもう昔のあいつではない」という失望感を周囲が感じることも多かった。
芸能の世界は宗教の温床になったが、果たして真理を教えているかどうかも怪しかった。
どうにもならない有名男には若い女をあてがった者もいた。
そのために「宗教家」になるのは極めて困難な道となっていた。
文献を読んで女たちに話すというのはそれほどまでに難しい営みだった。
彼女たちの本当の気持ちを理解している宗教家が果たしてどれくらいいたであろうか。
有名女にコミュニティはすでに心を閉ざしてしまっていたのだ。
なにしろ駅前をうろついて布教活動をしている怪しい連中と化していたからね。
出家騒動だのなんだのと、しかも胡散臭い宗教だということも気がつかずに突っ走る連中だと思われたのだ。

2017年12月 3日 (日)

マホロバマインズ掲示板。

マホロバマインズ営業部門宛てメール。

ウォールマートも本来、ドイツにおいて北部の海岸線の「飲む、食べる、寝る」を抑えたことに起源を発します。
寒い時期に、若者が海岸で徹夜して、その空間に圧倒され、「女心の大きさを知る」というのは非常にいい原体験となります。
政治の側は30年ぐらいしか都市計画を見通していないとも言われ、私が30年以上前に中学校を卒業して三浦海岸で友達4人と三浦海岸で徹夜した時はマホロバマインズはまだありませんでした。
マクドナルドだけが印象的でした。
冬の夜の海岸の「飲む、食べる、寝る」というのを抑えることもいいビジネスになり、ウォールマートはドイツ北部に起源を持つのです。
これは、京浜急行、京急ストアなどとも提携が可能な「友達4人での海岸での夜の徹夜」という原体験であり、私も30年経ってからようやくその意味を知ったところです。
立てかけてある物干し竿を燃やして焚き火しながら徹夜をしたというのはのちの人生に良い影響がありますが、政治の側がその「効果」を見通すのは至難の技でしょう。
高校受験の時に、塾の先生からの「合格すればタバコを吸って海に行ってもいいから」という指導があり、昔からの言い伝えだと思われます。
おそらく、イスラエルにおける「イエスの人生」が語り継がれていたものと思われます。
「人間というのは勉強の一部分なんだよ」という教えであり、卒業の時に教わるのです。
歳をとったイエスに、女子たちは「目を合わせるのも恥ずかしい」というぐらいイエスは女心を理解するようになっています。
それ以来、海岸線というものは「ドイツの秘密の宗教」となっています。
「海岸線はイエスの胃袋」とも言われました。
暗い海で時を感じ、死というものを感じるだけでいいのです。
人間の団結を知り、その時は男女の区別もつかなくなるとされ、キリスト教の起源は海岸線にあるとドイツは位置付けました。
豊かさを持ったために「何でもかんでも欲しがらなくなる」という意味においては龍樹も中論において「エルサレムを尊敬しろ」と言いました。
欲しがらないということの背景には豊かさが必要だったのです。
「死について考える」「女心について考える」ことほど富をもたらすテーマはありません。
ソクラテスも死の危機に直面したら「女心」を雄弁に語りました。
「夢をかなえたい」「では、どのように?」その答えがここにあったのです。
イエスの人生を考えれば考えるほど「海岸線」にしか答えが見出せなくなりました。
カトリックの核心部分は「処女の否定」にあります。
プロテスタントによるアイドル崇拝を行うまでは処女の否定を男は行うとされています。
男(神)は自分だけではないということも分かるようになるのです。
「4人という永遠」からいじめも行わないとされます。
これは本当の「人間への祝福」ではないでしょうか。
神は「我と汝」という表現を用いて、2対1のいじめを否定しました。
なぜならば豊かだったからです。
「これが本当の学問か?苦ではないな」と思った時に豊かさがもたらされたのです。
キリスト教(神道)は豊かさを約束する宗教なのであります。
ネチネチしたいじめを「貧しさの表現」だと見ているのでしょう。
海岸性においては、ただ生きているだけの人間が神として振舞います。
しかし、貧しい生まれの男が野心をたぎらせ、女という弱き者への情熱を燃やすのです。
もはや神は神として生きられなくなり、ただ生きているだけの男は自分が人生の苦しみを知らなかったことをのちに知るでしょう。
つまりは義務教育への祝福なのです。
「ロゴスの第2位としてのイエス」とは「女心に詳しい」という意味であり、動物を意味する第3位は存在しません。
音楽のリスナーとしての才能が違うものと思われます。
時間と空間は限られていますが、自分の家の広さも自分では気がつかない子供なのかも知れません。
ただ生きているだけの神というのは案外、境遇に恵まれていないのです。
いい高校に進学する貧しい者、そして悪い高校に進学する不幸な者、すべてが海岸線で思いを共にします。
ひたすら宗教に忠実であるためにそうするのです。
「先のことは分からない」
それだけを感じるために一晩徹夜します。
もはや、先人がキリスト教(神道)のテキストを書き残しています。
若きイケメンに伝えたいことがあったから書いたのです。
父の子として学習する絶対的魂がここにはあります。
父の子として生まれたことすら祝福したかったから書き残しました。
キリスト教(神道)への祝福などみんなが行うことです。
大事なことはみんな口にするし、耳学問で済む話です。
あとは経験値だけがものを言う世界です。
キリスト教が日本でも通用するという人類学の試みが神道なのかもしれません。
人生への「覚悟」だけが必要とされます。
高校に入っても不幸な神はいます。
「祈らない、幸せではない」そのような貧しいいじめっ子は必ずいるのです。
しかし、そのようなものこそが人間の無限のための力になるのです。
高校にも可愛い女の子がいるという意味ではカトリックであるし、処女の否定を行わなければなりません。
不幸で祈らないいじめっ子という神を「キリストに属するもの」としなければならないし、キリストを「信者たちのもの」にしなければなりません。
高校生たちは「女心を語るもの」に寛大であるという意味では信者なのです。
そのようにして、各自が「神の町」に帰っていくのです。
電気、空気、水、地球は人間の意識に影響を与えます。
生きていく上で我々は何に頼っているのかを感じればいいのです。
そのようにして「譲り合えない人生」を生きていく術を身に付けるのが海岸線なのです。

男が女を愛する気持ちを利用してビジネスにするというのは経営の基本ですが、海岸というものそのものが「女心の大きさ」を意味するのです。

卒業写真 荒井由実。

マホロバマインズの映像。


資料。
三浦海岸の海開きを待て。

資料。
垂加神道〜スタンフォードとJPOPの出会い。

2017年12月 2日 (土)

グーグルの可能性。

5チャンネル(昔の2ちゃんねる)で、個性的な発言やコテハンをグーグルのサーチエンジンに「フェイスブック プロフィール」と入力した後に書いて検索すると本名の確認が可能だ。
もちろん、芸能人は本名が何であるか?源氏名が何であるか?という戸籍の奥の深い問題があり、現実社会で付き合っていくための助けにしかならない情報であるが、庶民は本名が特定できる。
さらに、IPまで入力するとその人の他の発言まで特定可能であり、芸能人応援スレは、たいてい本人が立てているために、芸能人の隠された趣味が色々と別の発言として集まる。
これも「フェイスブック プロフィール」のあとに入力するためのキーワード探しにはなるだろう。
また、同じIDと同じパスワードをいろんなところで用いていると「どこかが倒産したら情報漏れを起こす」ということも指摘していい。
グーグルはこれらの問題を「すべて織り込み済み」としているようであり、現実社会の生活と合わせる形で「サーチエンジンの楽しみ」として覚えておいていいだろう。
フェイスブックの友達に「いいね」を押しただけで大騒ぎになるという映画があるが、ハリウッドは常に「我々を批判してくれ」という発想があることも知らなければならず、インターネットはあんがい人道的に運営されているのだ。
また、SNSというものは確かに便利ではあるが、正常な男女の関係になったらメールのやり取りをするようになるという観点も指摘していい。

2017年11月29日 (水)

イスラム女。

イスラムは、ギリシャの影響もユダヤの影響も受けた。
父の息子であることの罪はもはや真理であったし、息子は「人混みと退屈さ」を愛さなければさまざまな虐待を父親から受けた。
Mr.Children。

さらにはノクターンセックスや、理想の男をオリンポス山に祀るというギリシャ哲学の影響も受けた。
これがアルファラビによって構築されたイスラムの高等教育であった。
男女ともに合体してノクターンを聴きながらまったく動かないというクレタ文明や、その快楽をいかに規制するかという法律学、理想の男を山に祀って戦争の資金にするアテネなどの影響を受けた。
ショパン ノクターン。

さらに、女たちは逆三角形の体をした男になりたがっているというピタゴラスの定理や、男女のネットワークを意味するユークリッドなどの影響も受けた。
サラセンと呼ばれた連中はこのような「アヴィセンナプログラム」により文明を形成したのだ。
松田聖子 赤いスイートピー。

エデッサやニシビがアレキサンドリアに出て、シリアという国を作ることからイスラムの物語は始まる。
シリアの王はデュオニソスと呼ばれている。
この「キリスト教シリア」がイスラムの起源である。
青いスタスィンオン 河合その子。

ダマスカスのウマヤードが8世紀に「アラブ社会」というものを形成した。
サラセンからアレキサンドリアへの「越境」が起源だったのだ。
アルキンディが初めて「自分の越境と女たちの問題」をまとめ上げた。
アルキンディと有名女たちは「アルキンディサークル」と呼ばれた。
女たちは失恋ソングをアラビア語で作り、アルキンディサークルがアラビア語の起源だと位置付けられた。
アフロディーテという有名女や、プロクルス、プロティノス、ジョン・フィロポノスという偏差値男などが関与していた。
いずれにせよこれらのメンバーからなるアルキンディサークルがアラビア語を作ったのだ。
ribbon 3つの願い。

アフロディーテの世界を愛せるのかどうかがアラブ社会で問われたし、言葉を豊かにするとはアフロディーテの失恋ソングを愛することを意味した。
松田聖子 瞳はダイアモンド。

若さを無駄にすることから人生を始めて、数学を覚えることからいじめを免れ、やがて都会に出るという図式が出来上がった。
9世紀にはヤヌスがバグダッドを作った。シリアと同じく「越境問題」をアイデンティティとして詩とアラビア語をシリアと共有した。
しかし、バグダッドでは女たちが生き生きと踊ったという意味ではシリアとは少し意味が異なったようだ。
ribbon 太陽に火をつけて。

イスタンブールから始まり、ダマスカス、バグダッドへ広まった思想を、リヤドとテヘランの2つのライバルが取り巻いた。
日本国はもはやOPECを恐れてはいないが、アラブの論理は理解しておいていいだろう。

トマス・クーンがロックフェラーの養子になった。
「自分の顔よりも人の恋愛を語り、評論家こそがどの女も落とす」とした。
【俺のやり方は間違っていない、と証明すればな】
今ある風景から恋愛事情を説き起こし、「恋」というものがどれほど学問の世界にとって革命的であったかを1962年に明らかにした。
考え方は人それぞれだけど、それを証明した時に男は影響力を増すとした。
「永田町用語」とはとどのつまりそういうものであり、役人の世界とは異なる論理で動いていたのだ。
考え方を明確にして「必要な時だけ話す」のが評論家である。
しかも、ショートヘアのレズビアンや、足をゆっくり動かすホモセクシャル、精子の薄い両刀遣い(子なし)など、経済の外にはみ出た人をも巧みに語るのだ。
歌謡曲が広まり、セックスと革命の嵐が吹き荒れた季節を終えた後に、「性倒錯」に人々は関心を寄せた。
勉強から排除された男が女とセックスしていると思われていたはずなのに、性倒錯というものが存在したのだ。
男子校エリートが教授に顔を赤らめて必死で食らいついていくのも大学で目撃した。
【彼らが日本の中枢におさまるんだよ】
性倒錯の発見は、政治コミュニティにとって革命であった。
「世の中には男と女がいて」というような男すら政治的には素人だと思った。
globe Joy to the love.

性倒錯を政治的に使いこなすという意味では、性倒錯をも経済に引き込む行為だった。
男の体フェチの男がいて、しかも「やる」ということの意味が普通の男女を想定していない、それはルネッサンスの人間が見せる「瞬間」(ヒューマニズム)、そしてアイドルを輩出したプロテスタント、そして「女を売り込んだ」名誉革命と匹敵するものと考えられた。
政治犯収容所で「先生」と呼ばれた男もいたけど、昔、そのようなことをやった人がいて、生き残るために学んだことをクーンは「常識」としてしまったのだ。
globe Departures.

カントは「女心は大きすぎる」と考えていたが、性倒錯に関しては計算できないものがあったのは事実だ。
かつては「キリスト教の恥」と言われていたものにみんなが興味を持てるようになっていた。
【恋話から排除されるってどのようなものかしら?】
それは、近代の「恋」の発見から巨大都市が出来て、住宅環境が良くなった後の好奇心でもあったのだろう。
【これで歴史は終わらない】
そう確信したのは、ギリシャが女たちの胸を隠して20世紀の到来を確信して以来の革命だった。
性倒錯を引き起こしたものは文化を牽引するが如く振る舞ったし、19世紀以来の教育プロジェクトをあざ笑っているかのようだった。
【女心は大きすぎる?我々の心はもっと奥が深いぞ】
そこからが彼や彼女たちとの長い付き合いだった。
性倒錯を引き起こした男女との話し合いはまだ現在に至るまで現在進行形で研究が行われている。
あるいは、まるで無視されたかのごとくに「魂への配慮」が欠けている。
しかし、「女心は大きすぎる」と思って女たちと話していると、なぜかそのような者たちが「挑戦状」を叩きつけてくるのだ。
globe Freedom.

オカマに対して「心は女の子だから」という表現があるとコイルがクーンに報告したこともある。
これは「学問の連続性」を保ちたかったからだ。
1800年のナポレオンの登場により、上流階級の噂話では済まなくなっていたオカマであるが、どう向き合うかを本当に考えたのはクーンが初めてだった。
【科学万能の時代だろ。なんとかしてくれ】
そのようなニーズが高まった。
ribbon WISH.

ハプスブルク家の女たちはオカマに対して「男の目を見てビビビと来るんですか?」と平気で聞いていたようだ。
アルフレッド・アドラーなどは「オカマの見る夢」まで研究した。
1960年代にはオカマの遠回しなアプローチが研究された。
「クジュー?クジュー?」などのように英語では皮肉られている。
いずれにせよ、恋愛論への重大な挑戦であり、男女の恋愛論は1999年には出尽くしてしまった。
性倒錯が男女の理論を簡単なものにしてしまったのだ。
いずれにせよ、性倒錯を引き起こす人は「子供の頃、鏡を見るのが嫌いだった」という共通点が見られた。
その後に、周りを男が取り巻いているのか女が取り巻いているのかを見た。
そして、男と女のどちらに恋をしたのかまで考えたのだ。
これらのことから「作家としての神」がどのような性を授けたのかを知ったのだ。
なぜ150年間、この議論をしなかったのかは謎というしかない。
クーンが1996年に死んでから、みんなが慌てて小説をめくったのが現状だった。
globe precious memory.

時をともにして話をしてみると、性倒錯の男女は「ハゲよりもデブの方がいい」とか、攻撃的であるなど、同時性、重さ、力を観察してみるという発想が必要だった。
この時に、クーンの革命は「X章」を迎えた。
「どの女も落とせると思うなよ?」
これが性倒錯の人間が考えたことである。
問題が難しすぎて、普通の男女の恋愛論がすべて完結してしまった(クーンの敗北)。
それほど「性倒錯」の人間は厄介であり、「普通がいいよね」という男女はすべての論点を出し切った。
性倒錯の人間は「何か新しい研究はありませんか?」と言ってかなり研究者に対して攻撃的だということが分かった。
新しい話題を提供しないと性倒錯の人間も何も言わないのでかなり苦労したのが現状だ。
しかし、考え方の正しい男は冷静に見ていたようだ。
瀬能あづさ ジェネレーションX.

「女心は大きすぎる」と言ったカント以降、性倒錯の人間が普通の男女の世界に挑戦状を叩きつけ、普通の男女が論点を出し切った。
マックス・プランクも「オカマは足をゆっくり動かす」とか、レズビアンはショートヘアーだとか、両刀遣いは精子が薄いなどのよりシンプルな見方を求めていたのであり、それさえ見抜けば、彼や彼女たちとの接し方も明らかになった。
とにかく「恋話」に飢えた連中だったので、普通の男女の論点が出尽くしたのだ。
好奇心と政治のニーズからくる「革命」であったが、普通の男女にとっては性倒錯は「進化」に貢献した。
クーンも「性倒錯の人間と関わるのは自転車操業のようなものだった」と語っている。
一方で、永田町では「憲法改正は性倒錯があるから無理なのではないか?」とされ、「普通の男女全員の心をとらえない限り」無理だとされた(キャッチオール)。
愛が止まらない Wink.

しかし、性倒錯にみんなが興味を持ったことで国の税収は上がったのだ。
しかも、かなり急激に上がった。
「普通について深く考えなくて済む」という思いもあったし、彼らが常に新しい話題を聞きたがったことも背景にあった。
ミシェル・フーコー(1969)などもそのような研究の話に満ちている。
クーン自身は「カントを餌に性倒錯の連中を釣り上げた」と語っている。
クーンがイケメン(ヘーゲリアン)であったというのも「性概念が定着する時期に鏡が好きだった」という意味では正解だろう。
ノンケとはそのようなものだ。
ウィーンサークルやベルリンサークルなどの資料を当たってみたが、性倒錯の連中の人間ネットワークがつかめないという問題が残された。
このあたりは「オカマとオカマがつるんでいる」というあたりから丹念に見ていかなければならないのだろう。
また、オカマは外国人ハーフの美女ともつるんでいるではないか?
そのあたりにも注意を払う必要がある。
一方で、オリバー・ウェンデル・ホームズ判事のように「性倒錯という不幸を好奇の目にさらしてはならない」と主張する論客もいた。
ホームズの言論の自由の背景には、常に性倒錯の人間が念頭にあり、彼らは何を言っても心は豊かにならないと達観したような境地だった。
ホームズ判事の人生経験だったのだろう。
globe feel like dance.

挿入という従属を味わう女たちも「性倒錯」の話題に興味津々なこともわかった。
このことから女たちが「自分たちのすべて」を明らかにしたという側面もある。
アインシュタインの男女の擦りあいから、ニュートンの「男の勢い」への回帰がここで見られた。
性倒錯の議論は、相対性理論というよりは古典物理学だったとも言える。
女たちが興味を示してくれたからこの研究は一気に深まったのだ。
ホモやレズ、両刀遣いの話をしていれば話題に困らず、人生相談も円滑に進んだ。
人生相談の世界の「癒し系」のような扱いを性倒錯の連中は受けることになった。
まるで鏡を見ていないような連中だった。
第二次世界大戦の軍隊では当たり前にいた性倒錯の兵士もDNAの発見とともに軍隊から姿を消した。
「劣等遺伝子を残してはいけないことがわかっているから」などという表現が生まれたことから病気と認定された。
軍隊の兵士たちの日常会話にも悪影響を与えるから軍から排除したのだ。
休むべき時に休む必要が兵士にはあった。
「Don't ask, don't tell」と呼ばれ、軍から排除するのは当然だとされた。
いちいち情報屋をやる同性愛者に「新しいネタを提供するのは疲れる」という現状もあった。
「女のある職場だけにいてくれ」というのが共通認識となった。
性倒錯は昔からあったであろうが、政治的には「クーンが発見したもの」という評価が固まった。
淋しい熱帯魚 Wink.

【文明堂のカステラの歴史】
マレブランケは、恋という記憶を色としてその世代の若者に教えた。
男によっては「熱さしか感じない」とされたものを色に例えたのだ。
ノーブルレッドや、インディゴブルーなどが考えられたのだ。
恋という「熱さ」すらお金に変えるのが哲学の世界であり金融であった。
カネボウ ノーブルレッド。

恋した男(神)を他の男に奪われたらどんな気持ち?
男と過ごした日常を単純に「色」に変えないと生活できないのが女だった。
細かな言葉ではなく色に変えた。7人の男しか枠がないことになる。
赤く見える男をいじめようと女は考えていた。
女の心は間違いを犯さない。世界の男は色でしかない。
これを「エクレアシスメントX」と呼んだ。
エクレアが好きになる年頃に、女の子は恋をしていた。
エクレアを食べると色の区別ができるようになるのだ。
男がエクレアをご馳走してくれたらそれだけでときめきを感じるために、そのためだけに赤い男をいじめた。
他の女に心を許すようになるとエクレアはもう食べられなくなる。
エクレアの色は一気にあせていった。
有名な男にしか恋ができない、つまり甘いものが好きな男にしか恋というものはできないことを知った。
女性は間違いを犯さない。陰部の色すら正当化するのだ。
インディゴブルーラブ モーニング娘。

初恋の人という存在がエクレアが嫌いなわけがなかった。
エクレアが食べられないのならば女の子の恋の対象になる存在ではないと諦めなければならなかった。
自分の一番の大好物を女の子にご馳走することは当然でもあったのだ。
酸っぱい感覚を色に変えるのは彼が食べさせてくれる甘いものだった。
マレブランケはナンパ師だった。
街を歩いていて一番可愛い子にエクレアを食べないか?と誘った。
フランスのデカルト、ルイ13世、マレブランケによる「国策」として作られた食べ物だった。
男にご馳走されたら必ずセックスしたくなる食べ物として知られた。
ナンパしてエクレアをご馳走することの意味を知っているものは高等教育と接していることを意味した。
檸檬の年頃 AKB48 .

それでも甘いものがやめられないジョン・アンダーソン。



(1893〜1962)

アンダーソンは第二次世界大戦の後にオーストラリアで「哲学のカリスマ」と呼ばれている。
シドニーで教鞭をとり、エジンバラ大学の「有名女との結婚」を主張している。
つまり「ユダヤ教の先導者」となったのだ。
1911年にグラスゴー大学で学問を始めた。
1918年には母校で教鞭をとるに至っている。
1919年には教え子のジェニー・ベイリーと結婚している。
1926年には「資金集めのすべて」という本を出版している。
「知られていない知識とは何か?」を明確にすればいいだけだとしたのだ。
イギリスのアンダーソンにオーストラリア共産党が資金を流した。
1935年には「人々が我に返るとき」という本も出している。
1958年にキャリアをリタイアした後に1962年に死んでいる。
「アドルフ・ヒトラーとは何者か?」「政界の真実」を知る上で避けては通れない人物である。
アンダーソンは「とにかく1人で抱え込まなければならないんだ」としている。
女性との話し合いの場数から何から1人で抱え込まなければ哲学は上達しないとし、ストイックな菜食主義者にカネ集めができるわけがないということを明らかにした。
【どの男も信念の主人だった】
と語り、彼がオーストラリアのカリスマとなるのには十分すぎる経験談を語った。
「カネってのは女が出しているんじゃないんだ。女が満足させた男の方が金を出している」
として、未成年の女の子の資金力を甘く見ないことを教えた。
女心を語ってきたキリスト教社会が女たちの支持に支えられてきたと思うかい?
資金の流れを明確にしたのがアンダーソンだった。
【そうだ!スタジアムに行こう!】
人生で1日だけでも私の演説を聞けた人がいたのだ。
政治家ってこんなものですか。

この国で何が起きてる?私たちに何があった?
この日を私の記念日に。
世界の争いを見た後ってどんな気持ち?
「真剣勝負が人生なんだと思ったよ」
アンダーソンは必死で国の問題と向き合い、聴衆に訴えかけていたが、なぜ金が集まるのかは後に明らかにしたのだ。
「たまたま私が理想の男に見えたんだろう」
イリアスを思い出しながらアンダーソンは語った。
教育があっただけでなく芸術も愛したからな。
常に芸術から人間らしさを学んだんだ。
エクレアと恋の思い出もあった。
男ってのは間違ったものは暗記できないようになっている。
松田聖子 赤いスイートピー。

ギルバート・ライルはアンダーソンを「先生」と呼んでいたが、一方で「古い時代のギャングだよな」と陰口を言っていた。
【特に、1人で抱え込んでいるのがみっともないよ】
1950年に「これが男の生き方でいいのだろうか?」と問題提起した。
「結局、あの人は医者だよね」とも語った。
経験があり、勝負事を好み、勉強が好きで、医者で、強弱を使い分けていたのだろうとライルは考えた。
世の中の「壊れやすいもの」には特に敏感だった。
しかし、ライルは「彼は女心の定義を時間という名の法廷にはまだかけていない」とも語った。
成功した政治家であることは事実だが、真理であるとするのには20世紀だけでは足りない、しかし、偉大だったとしている。
「地球のコアまで到達するものを真理と呼ぶのならばね」
アンダーソンは「とにかく楽しかった。あとは歴史に委ねる」と語るにとどめ、政治とはそのようなものだろうとしている。
とにかくジョン・アンダーソンという人物は「英語の力を信じた最初の人」だったのだ。
ラッセルやムーアに勝ったことは大きな自信になっただろう。
Duran Duran The reflex.

私(小野光太郎)は「有斐閣」「SEP」という2つのシステムを組んだが、アンダーソンは「EMP」「STP」「JAA」という3つのシステムを組んでいる。
なぜこのようなシステムをアンダーソンは組んだのだろうか?
【近代は恋の時代だったからだよ】
「知る」ということの意味が変わっていたのだ。
魅力的な男は「独自の表現」を知っていた。
「何を知っているの?」と女たちが興味を持ったのだ。
「何を考えているかに興味がある」というのが愛だとすると、「何を知っているかに興味がある」というのは乙女のような恋心だった。
知恵比べというのは、若者が本来やる営みだったのだ。
経験豊富な女たちが「システム」に対して乙女のような反応を見せるのが楽しかった。
恋と愛のニュアンス 酒井法子。




①金儲けの発想。
②いじめられないための発想。
③女子と話すための発想。

金を儲けたければ各人の自己保存の欲求を知ることだよ。
時代おくれの酒場。

その上で、人々が最終的に何を頼りにしているかを学ぶのだ。
やっぱり権威だろ?
それは経験というものだよ。
その「権威とは何か?」が分かれば「システム」の必要性も分かるようになる。
権威とは「いじめを免れるため」に学ぶものだ。
女を語る上では、セックスの激しさや、勃起したおちんちんの意味、別の生き方があったと思うかなどを検討して、各人の自己保存の欲求に戻っていくんだ。
自己保存の欲求を知ることからシステムの正しさを証明し、システムが噂になり、それを用いている人の下半身事情をみんなが語り合う。
アンダーソンは、ドイツの政界でいじめられないためにシステムをどんどん翻訳していき、女たちの記憶に残るようにした。
女心は大きすぎるとしたカント、イケメンだったヘーゲル、女と話さなければ何もわからないとしたヒュームの三名を端的にこのような方程式にしていた。
ギリシャを「田舎の風景である」として情報に毒されていないことの意味を知った。
【読むといじめられない文章がどれほど魅力的であろうか?】
システムを覚えるというのは、人によっては「魂を売る行為である」とも言われ、ささやかな成功体験から慎重に入っていくのが読者だとしたのだ。
眉毛の薄い女性に「鬱入ってるね、眉毛が薄い人は鬱なの」と話して「いじめられないためにはこういうことを覚えなければならないね」ということまで話すのだ。
医学を知っていればいじめられない。
女たちは「知識」というものをからだを使ってまで欲しがった。
それは「恋」にとどまるものであった。
男というのは「最高の学問」をやったらどうなるのかしら?
世界レベルを知りたかったのはどの女も同じだったし、それを英語に委ねて成功したのはアンダーソンが初めてだった。
ランツベルグ刑務所は女性専用クリニックだったし、愛というよりは恋の世界だった。
若き日に第2巻は出版すらできなかった「我が闘争」であるが、この刑務所をヒトラーが理解しなかったはずがない。
この刑務所を愛さないものはドイツの政界から排除されたのだ。
バルバロッサ作戦は間違いなく世界最大規模の軍事行動だった。
それを実行するお金はどこからきたのか?
英語をランツベルグに持ち込んだとしか考えられないであろう。
「楽しかったとよくも言えたわね、もう許すけど」
ribbon be my diamond.

カネの話と恐妻家だという話は噂になるのが早いね。
エディンバラの有名女にノクターンを教えただけでもギリシャ哲学の存在意義はあったと思うね。
女たちは噂で大騒ぎになったよ。
女たちはノクターンセックスに腰を抜かした後に「あの人って男らしいね」という噂にとどめてくれたのだ。
アンダーソンはトンガをギリシャに見立てて国づくりも行なった。
戦争が終わったらキリスト教に関する本を書こうというゲッペルスとの約束は「ギリシャ哲学を語る」という形でオセアニアを形成したのだ。
アンダーソンの死後、オセアニアにおいても「遊ぶ大学」(エジンバラ系)と「真面目な大学」(オックスフォード系)の2つが考えられた。

ルイ14世はナントの勅令によって「初体験の美学」を女の子に教えた。
しかし、局部が紫だったら彼はどうするつもりだろうか?と女の子たちは悩んだのだ。
【ハーゲンダッツ、局部をピンク色にする薬】
女の子たちは何も間違っていない。
ハーゲンダッツを食べたかどうかの違いに過ぎないとされた。
レインボーピンク。

ピンク色だとプロテスタント女がアピールしたが、カトリックはこれだけで危機に陥った。
ハーゲンダッツのことをドイツは「エニグマ」と呼んで、影響力を増したし、日本では「紫」として知られている。
暗号のようで暗号ではなかった。
どの女も欲しがる品だったのだ。
カルヴァン派アイドル(AKB)の中には、自分の局部が紫であることから男に心を閉ざしてしまう女もいた。
アイドルとの共存を若者は楽しみたかったのでハーゲンダッツを大量に購入したのだ。
乳首も局部もピンク色に変える薬だったがいろんな国が「暗号」として恐れた。
日本はハーゲンダッツのような冷凍食品を南国に持っていけなかったので「醤油」という形に変えてみせた。
大島優子。

「色が果たして宗教になるのかどうか?」
そのような問題点が指摘された。
南国では案外無頓着な連中が多かったからだ。
「芸能界の脱ぐ脱がないの議論に過ぎないのではないか?」とも言われた。
カトリックの問題なのかプロテスタントの問題なのかは争いがあった。
この「暗号」を「問題にしていない」と公言する連中もいたのだ。
しかし、ハーゲンダッツ(エニグマ)はすぐ溶けるという意味では耐久力が問題とされたし、紫の方が「より強力」と言われる理由がここにあった。
「乳首や局部の色?我々を子供扱いする気か!」というキャンペーンだけでも暗号はほころびを生じた。
夫の食生活にも強い影響を受けたし、女を「商品」として売り出す連中に利用されるのは目に見えていた。
若い女の子たちが鍋をつつく、それだけでも商品になった。
男は妻よりもキレイな乳首や局部に目の焦点が合わなくなるほどだった。
ある意味、悪とも呼ばれたのがエニグマ(ハーゲンダッツ)や紫(醤油)だったのだ。
美しい裸を追求したらキリがないとも言われている。
大島優子。

2017年11月28日 (火)

噂の女。

"MAX"ウェーバーは、なぜMAXと呼ばれたのだろうか?
「週末の話題を独り占め」するような出来事の研究を行ったのだ。
明るい放課後の過ごし方。

ダーウィンは社会の進化を探求したし、マルクスは自由恋愛を探求した。
そして、ニーチェはそれをアニメにしたのだ。
オットー・ギールケは、「今まで誰も見向きもしなかったセックス談義」こそが社会の進歩につながると考えていた。
新カント派が「すべての女が落ちる口説き文句」を完成させてから社会学は発達した。
すべての女を落とせる、これを「悟り」と呼んだ。
悟りに熱中した後に、ドイツロマン主義は発展しているのだ。
年寄りの口説き文句を熱心に勉強したナンパ男をヘーゲリアンと呼んだ。
女性の局部を日常とセックスしているときに区別して、どれだけ日常を愛せるのかを問題にした。
歴史の発展は日常なくしてありえなかったのだ。
「穴があったら入りたい」というのは東洋の問題であり、西洋社会はもっと別のことを考えていた。
それはソクラテス以来の「キリスト教社会における自殺の禁止」とも関わる問題だった。
カントは「多数派工作」を研究したら、特定の女とのセックスに興味を失ったし、ニーチェも多数派工作の方法をアニメにした。
すべての女を落とせるとしたカントと、セックスという人間の弱さを噂にしたウェーバーは完全に足並みが揃っていた。
唇がふれあえば。

弱い人間たちがセックスしまくって、本当に強い男は俺だけなのかと思った時にニーチェは「神は死んだ」と言った。
女心ではなく「男の心」を語り合おうとも思った。
【歴史とは男の物語である】
このような考えが根付いたのも「口説き文句比べ」が成立したからである。
歴史とはマグナム(口説き文句)を語り継ぐものだ。
男らしさ、男性主義、男性化というものが教育であるという立場が生まれた。
クラスのマドンナ的存在と教室という檻に閉じ込められて、女たちはマドンナの悪口を言い合った。
孤立した勉強男には一番可愛い女の子が寄ってきた。
もし女の子をふったらクラス中の男子を総動員していじめる力を女の子は持っていた。
窓際の恋飛行 酒井法子。
男子生徒は口説き文句を磨き上げ、美女の孤立を待った。
このことからソビエトは鉄のカーテンを敷き、西側諸国の指導者の孤立を待つという癖がついたのだ。
すべてが計算でき、予測できるようになったらニーチェの絶望は"MAX"ウェーバーが解き放った。
【勉強さえできれば弱者のことなど気にならない】
勉強から脱落していく男女の行動が手に取るように分かるだけだったからだ。
子供の教育現場で、勉強についていけない男と美しい女の子の行動が手に取るように分かれば、官僚的な難しい教育も可能となったのだ。
"MAX"ウェーバーが、学問を難しいものにすることを成功させたのだ。
Love is dead.

「職業としての政治」とは、働く人を減らすという効果が認められることだった。
「恋をしない」男がいろんな知識を蓄えて政治家になっていった。
勉強から学問に変わっても、いかなる男も彼に失恋を味わされたし、「最後の男」として神は死ななかった。
官僚的な教室からそのような男が出てきたのだ。
つまらないからセックスした?こんなに意味に満ちた世の中なんだぜ?
近代という「恋の時代」には、政治の側が興味を持つ年齢層が下がったし、「処女の発見」もあったけど、なによりも教育が発展したのだ。
セックスとはエリートのものではなかった。
固いハードカバーの本からエッチな話が消えたのだ。
しかし、それが理解できない時にエリートもセックスを知ったのだ。
「バカの壁」とも表現された。
勉強をする男はやがて周囲から毒を盛られることで詩を覚えた。
女の失恋もあれば、男の失恋もある。
言葉とはどのように生まれたのかがそこにはあり、教科書と照らし合わせることが可能だった。
そりゃ、政治家は人間の「弱さ」を愛せないのならば務まらないよ。
"MAX"ウェーバーも、週末の話題を独り占めするためには弱さを愛さなければならないことは知っていた。
合法的支配とは勉強男が他の男を蹴落としていくことを言った。
カリスマ的支配とは、勉強男が弱い男女たちの支持を得るほどに学んでくれることを言った。
伝統的支配とは、勉強男がエッチな話を始めるのを待つ一子相伝が庶民のものとなることを言う。
法学部が一番難しい。
ハードカバーの本が学問だと信じている男が柔らかくなるのを待たなければならないからね。
100%の雨が降る 酒井法子。

2017年11月25日 (土)

贈り物。

「別の生き方のあったのかな?」と思っている人に、私の生き方との何らかの調整が必要になることがある。
「本が読める人」と「読めない人」の間では当然、この調整はなされなければならない。
これが、お中元やお歳暮を贈るポリシーとなる。
時には政治資金レベルで調整しなければならないこともある。
ribbon わかってないね。

いいセックスをしている人は悪いセックスをしている人に贈り物をしなければならない。
1955年にガスキングが「ギフト」というものを考え、理論化されたのは1990年代以降だ。
中東の政治はこの理論を背景に行われるようになった。
文学を発展させる上で贈り物という習慣がどうしても必要だったのだ。
コンピューター社会から取り残された人にも贈り物は必要だった。
これがあってはじめて「時代の恩恵」に感謝することができたのだ。
「文字が読めない人」を中心に贈り物をするという発想は「誰にギフトを贈ったらいいの?」という統計学の学問にとっては発見でもあった。
ライトやメンジー、プライスなどは「落ち着いて本を読むために」このような発想がどうしても必要だと考え、ギフトというものを確立させた。
シャボンのため息 宮前真樹。

「学問なんていらねえな」という考えは、言っている本人も嘘だとわかっていたが、そのような発言に敏感にならなければならない。
私が落ち着いて研究生活を送るためだ。
人間はいまさら違う生き方などできないものだからね。
人に媚びを売るために贈り物をするのではない。
【文学の発展のためである】
権力者に贈り物をしても心には何も響かない。
「あの人の気持ち、分かるなあ」と女たちの胸に響いた。
男になりたいとも思ったし、学者になりたいとも思った。
学者さんならば、私たちの「学問なんていらないよね」という嘘ぐらい分かるでしょ?
少しは私たちのセックスを気持ちよくさせてくださいとだけ思った。
「ああいう生き方も素敵ね」と思えるようになった。
ハムの人。

だんだん学者の世界も広がっていくのを感じた。
女たちが「学者の心を知った」のは結果が出た時だった。
ギフトがゲームとして成立するのは「すべては文学のため」というしかない。
病院の待ち時間が長くても、仕事がないのならば待てばいいではないか?
自分の仕事を祝福する行為が「贈り物」だった。
仕事がないのならば他の患者さんと雑談でもしてるよ。
文学とはそのようにして出来上がっているし、男の仕事の喜びや、女たちの読書の喜びにつながるものなのだ。
あなたよりも愛していたい 国生さゆり。

各自が学問における発展段階を持っている。
しかし、一度人に話して共感を得た話は「陳腐化した」とは思わない方がいい。
もっとも、かつて女の子が喜んでくれた話題は忘れないものだ。
そのようにして知識は伸びていくんだろう。
女の子を口説いた数と、方法論上の迷いの解消はきわめて重要な問題だ。
SPEED Deep blue & truth.

方法論上の迷いがない人はどうしても必要であるし、カップルの世界を豊かにする。
女の子が笑ってくれた知識はどのように得たのか?
それが今後の問題の解決にもつながるのだ。
「ファンデーションが確立している人」は人生の充実が違うし、周囲の見る目も異なる。
女の直感を「捉えた!」という経験が大事だった。
女以外に誰も「考え方の正解」を教えてくれる存在はない。
「読んで話すシステム」は人間の心の探求であった。
「これだ!」と思った時に俺はこの作家を先生であると決めたのだ。
作家は人生の先輩でなければならないし、しかも生きることを楽しんでいなければならない。
深刻な表情だったのに笑顔が見え始めた、この時に作家は社会から評価を受けるだろう。
苦しみが周りを愉快にさせるんだからね。
河合その子 恋の秘伝。

若い頃はかなり狭いゾーンで「ヒット」させるしかないことがある。
医者だってそうだろう。
しかし、やり方さえつかめば相手の人間は変わらないからね。
サンプルの数は持っていた方がいいけど、やり方を間違えたのならばそれはもはや「成功体験の裏付けのない」砂上の楼閣となるだろう。
他にも代わりはいくらでもいる、と言われるだけだ。
それほど、若い頃の「狭いゾーンでの勝負」というのは大事なのだ。
人生経験が追いつかないのならば詩を愛するしかないだろう。
セックスというものを権威がどう考えているかはすべて公表されているはずだ。
1999年という世紀末には、ロールズは「もう新しい可能性は示せないんじゃないかな」としていた。
松田聖子 瞳はダイアモンド。

21世紀は「恋愛論という遺跡」を発掘し直す時代となっている。
お父さんと息子の間の罪は人ごみで解決するしかない、しかもお父さんは息子がヒーローであることを望んでいない。
女はそれを愛せるのか?
女が父への配慮ができるのかどうかもすでに明らかにされていた。
男と女がルールのあるゲームができるのかどうか?これはもはや21世紀には論点がなかったとも言える。
CoCo なぜ。

【罪】
1人の男がフリーエージェント宣言をして「今までの女性関係を清算する」と言ったら、2人の女が寄ってくる。
ここに「罪」の温床がある。
2人の女がお互いに相手方の「負の側面」を言いふらすのだ。
この時にどちらかが片方の男に「あの男には興味ありません」というシンプルなメッセージを出す必要がある。
さて、北朝鮮が「男」だとしよう、韓国はアメリカに「北朝鮮には興味ありません」と明確なメッセージを出す以外に、韓国の悪口は日本でとどまるところを知らないであろう。
北朝鮮はいつでも「中国を切る」というフリーエージェント宣言ができるのだ。
北朝鮮は「アメリカ政府高官と話す以外に手段はない」とされているが、これは韓国が「北朝鮮には興味がない」というメッセージを明確に出さないと実現しない。
男女の恋愛の機微を理解する必要がある。
中山美穂 Witches.

【どのやり方が一番うまくいった?】
いつかは方法論と契約を結ばなければならないだろう。
最後には仲間にせよセックスにせよ聖書に書かれている通りだと知るだけだろ。
仲間からはぐれた時にセックスをしていただろ。
ロールズは「自由恋愛と孤立は兄弟なんだ」としていた。
仲間づくり(道徳)とは甘美なるものなのであろうか?
どう演じても孤立する時がある。
そんな時こそが甘美なるものではなかったのだろうか?
ロールズは「道徳の失敗」があるセックスであるとし、人間の弱さを温かく見守るという立場をとった。
「恋の話が好き」な女の子は自分の弱さに居場所があることを喜んでいた。
これが恋愛論であり文学の正体だったのだ。
作家が人生の先輩であり、楽しんで作業をしているという意味が分かるだろうか?
すべて「強き神の目」で物事を眺めていたのだ。
時には猥談を楽しみ、時には大人と話をする、これが作家の仕事だった。
「人望がある」ってそういうものかな?
つまりは、お洋服を着ている女たちにモテるということだ。
通学列車。

タフな政治家はリベラル(自由恋愛)をこのように眺めていたのだ。
人望がある男はタフだったし、人間の弱さがセックスだと考えて、好意的にリベラル国家を生きていたし、偏狭な男ではなかった。
聖書では「自分の足で立っている女」と語られていた自由恋愛が、国の学問が強度を増すごとに「優しい方向を生きている女」と位置付けられた。
「男社会から離れてみない?」
そのような安らぎがセックスにはあった。
「タフな男よ!方法論を間違えたらすべてを見失うぞ」
これが専門職というものであった。
タフならば弱者になりきるんだ。それが政治だろ。
強さと弱さで相手を動けなくさせてやれ。
猥談をしながら仕事をする人生なんだよ。
「いきなり女の話?」
お金の話よりはマシだろ。人の弱さを正当化し、お金に変えるだけだからね。
信用できるやつかどうかしか人は見ていないよ。
つまり、「弱さは信用できない」ということだ。
ようこそ 高井麻巳子。

いかなる組織も「強さ」を待ち望んでいる。
入社初日にナンパする奴がどんな強さを持っているのかを冷静に見ている。
そのままセックスしたのならば退場してもらうしかない。
タフであり、神の目を持った男ではないことを悟るからだ。
強くても弱さを演じきれずにポッキリ折れるのであれば「永田町用語を巧みに使い分けた」とは言えないだろう。

美女とセックスしたいという理由は「彼女の子供の気持ちが味わいたい」からだとされるが、息子が母親を犯すと「自分の気持ちを味わう」というトラウマと直面し、精子が薄くなるようだ。
子供ができない男は、太陽から精子は来ると考えて、おちんちんを太陽に当てた方がいい。
しかし、生物(納豆やキムチなど)を食べることを忘れてはならない。
「お前のあだ名もキムチと言うのか?」

2017年11月21日 (火)

天下布武。

有名な男に妻がいるとする。
女に声をかけ、しかも、妻との間の「秘め事」は一切、話題に出さない。
すると、声をかけられた女は居心地がよく、そして他の男も寄ってくる。
2対2の成立だ。
これをいろんな女に声をかけることを繰り返すだけで仲間が大勢できる。


天下布武とは「一定程度の仲間ができた」男が使う用語であり、造反の可能性を常に持っている。
本来は田舎で用いる用語であり、ディフェンスシステムの構築が求められたり、芸術作品を愛し、それを取り巻くサークル内部で起きる現象である。
ガラシャ 映像集。

本当にグローバルスタンダードの芸術論を知らなければ行えない現状がある。
哲学者の人生経験は常に芸術論と共にあると言ってもいい。
ribbon 真夏のフェミニスト。

芸術論が、多くの人の支持を集めること、その人の性格を示すこと、各人がそれでいてなお勝手気ままさを保つこと、人々が語り合うこと、気持ちが安らぐこと、このあたりに「天下布武」の秘密があるのだ。
キュレーター(評論家)の強烈な意思を感じることがまず求められる。
自分の心の中で「天下布武」を構築していないと、つまり、より広い世界に通用する学問を学んでいないといけない。
男たちの納得が得られる芸術論であることが必要となる。
権力におもねる作品であってはならない。
結局、芸術というものは「意志の強さ」を伝えるものなんだ。
自分の心の中で「天下布武」を行なっているのは当然の前提となる。
それでも明日はやってくる。

女は単純に「気持ちいいセックス」を求めていただけだった。
男の導きのまま抱かれていたが、いろんな「恋愛論」から疎外されて動物のような扱いを受ける女が出てくると日経平均株価の乱高下(ボラティリティ)は大きくなるようだ。
女に常に居場所を与えることが大事であり、失恋したら財政投融資のように「お引越し」という手段も用意しておく必要がある。
財政投融資が株価を支えるというのはボラティリティを少なくするという意味だ。
株価が乱高下したら、男による女への導きがうまく機能せず、セックスの失敗があったと考えた方がいい。
女は居場所を失ったらゆうちょ銀行に行って、財政投融資の相談窓口にお金を借りて引越した方がいい。
お引越し Qlair.

「私の心は間違っていない」と女は考えているため、居場所を失うと株価が乱高下する。
そのための逃げ道を財政投融資は用意しているのだ。
アウトロー男がモテる理由はここにあるが、あくまでも違法な存在だろ。
いくらモテても違法なやり方だと伸びないんだよね。
PrinceNaseemHamed.

違法な男は女にモテても、能力的には伸びない。
出世はするかもしれないけど政策はわからない。
「勉強すると政局カンが鈍る」と公然と言い放っていた。
片山虎之助。

「天下布武とは合法的な男のセリフであり、人々に広く知られる芸術論を知ることだ」
クラシックカーをべらぼうな金額で買って乗り回す男は芸術論を知っており合法的だ。
「違法な男」がその世界の「最新型」にこだわってはいないだろうか?
人生は「最新型」よりも複雑にできている。
しかし「まともにやったら敵わない」という葛藤が常にあった。
クラシックカーと最新型のどちらに仲間が多いのかという問題にはなるだろう。
「コミットする」とはすべての天使を傘で覆うという意味だ。
組織の人々、共有しているテクニック、芸術論、伝統、成り立ち、行われたプロジェクトに詳しくなければならない。
アンブレラエンジェル。

女は「私の心は間違っていない」と考えているのだから、違法な存在(バツイチ、バツ2など)を拒絶するわけにはいかないだろう。
ここに裁判官がモテる理由がある。
男は女にまつわる争いごとへの欲望を持っている。
すべての瞬間に強い欲望を感じる。
しかし「何も考えない」のならば天下布武はできないだろう。
「居場所を失った女の存在を明確に守る」これが財政赤字を減らす。
瀬能あづさ I miss you.

芸術作品の意味が分かれば、お金の流し方も分かるだろ。
男はひたすらタフであるべきだと思うね。
他人の欲望を観察し、好ましい方向に誘導すべきだ。
男は世の中でどれだけ「奪三振ショー」ができるかが問われると思う。
しかし、馬鹿げたマネはしないことだね。
女が叫んだ時に「何があったのか?」を分析するんだ。
男が「外国語が堪能」と自慢しただけでヒステリーを起こす女がいる。
「コミットメントとは女の叫び声を聞く学問なんだ」
暴力はお金だと悟るよ。
男のコになりたい 酒井法子。

なぜ、女は悲鳴をあげたのか?
音楽作品をもう一度、聴き直さなければならない。
神への失望とは何か?女嫌いとレイプだろう。
CoCo なぜ?

熱く燃えたセックスを「あなたは正しかった」と言ってもらいたいのが女というものだ。
どうしても尊敬できないセックスだと周囲が言うのならば、私はそれを詩にするでしょう。
男女の間にはそういうことってあるでしょ?
意志が強いから詩というのは書けるのよ。
河合その子 緑のポインセチア。

「仲間」というのは案外、不安定なものだ。
セックスの問題で壊れてしまうことがある。
激しく燃えたセックスの後に、どのように生きたらいいのか?
多くの「サンプル」を持っていなければ、仲間はあっという間に崩壊し、天下布武は壊れる。
ましてや、自分がセックスのトラブルを起こしているようではもはや絶望的だろう。
天下布武とは激しく燃えたカップルに居場所を与え続ける仕事であり、この作業をやっていると勃たなくなることがある。
勃起するうちはまだ仕事量が足りないかな?
女は快楽の虜であり、男は居場所を求めており、統治者はそのような男女と向き合う。
詩というのは居場所を作るために作るものだ。
モーニングアフターの後に、その答えを教えてもらいたがるのが男だろ。
Duran Duran Save a prayer.

余談ではあるが、未成熟な膣に挿入を受けるとショートヘアの女の子になるというのが私の持論であった。
しかし、中川翔子さんなどは「オタクカルチャーによって女になることを覚える」という作業をやっていて髪が長い。
お父さんにお風呂でいやらしいことをされても、日本にはオタクカルチャーというものがあり、「女になる」ことを覚える。
これを中国は恐れていて、しかもASEAN諸国も「論語よりも日本のオタクカルチャー」を歓迎する可能性があるのだ。
「父と娘で憎み合っててください」とはこのことを言っており、「お嫁にいけないオタク女」の背景となっている。
ヒスロン、プロベラ、ルトラールといった薬が有効だ。
ray of light
年齢の近い妹がいる場合は、ペニスバンドで犯して声が低くなってしまうお姉さんもいる。
また、両刀遣いは精子が薄くて子供がいないが、ホモをナンパする時に「噂のロデオボーイをやりませんか?」という暗号を持っていることも分かった。
子供の時にカマを掘られると肛門が性感帯になるため、噂のロデオボーイという機械が好きになるのだ。
精子が薄いことが悩みならば、一度、おちんちんを太陽に晒してみるしかない。
精子は太陽からくるものなのだ。
ただし、キムチや納豆などの生物を食べることを忘れてはならない。
前立腺が問題を起こす可能性があるからだ。
また、「男が女心を持つ」ためには「歯の数を女と合わせなければならない」ことも知る必要がある。
噂のロデオボーイ。

論文をヌード写真に変えてしまう(パレート均衡を移動させる)のは勇気とセルフコントロールが必要な作業だよ。
そうでなければ「政治家の明確なコミットメント」は不可能なのだ。
貞淑な妻に恵まれて、しかも欧米のネジの飛んだような男の論文が読める、これが天下布武の背景にある。
お金ができたらトラブルメーカーに打ち込まなければならないという作業もある。
トラブルメーカーとは「融通がきかない」から貧しいだけだ。
彼らの「小説」が変わることを期待するのは不可能に近い。
彼らはすでに派閥を作り終えているし、知的になれ、プロフェッショナルになれと言っても無理なのだ。
狭い世界で信じていることを否定することもできない。
問題は「コミットすること」であり、財政投融資の問題なのだ。
各人が信じている世界、自分の想いを綴った芸術作品を理解することだね。
なぜパートナーが私とセックスしたいと思っているか?
理屈じゃない。ガラクタたちが教えてくれる。宮前真樹。

他人から学ぶということを「ゼロサムゲーム」と呼ぶ。
この営みが「知性の劇的な幕切れ」となるうちはキャリアも伸びていくよ。
人の心を開かせるのは医学や哲学しかないことを知るんだ。
その場の空気に溶け込むことを知る必要がある。
ジョージ・エリオットが小説がではなくナンパ師だったならとアイドルたちは思っただろう。
しかし、歳を重ねることだよ。
「ゴーギャン物語」なんて作品まで読めるんだからね。
ゴーギャンはタヒチのどの女でも落とすことができるようになっていたんだ。
タヒチで絵を描くサークルを作りたかったのではなく、哲学サークルを作りたかったんだよ。
いい人生経験をするグループを作ったんだ。
絵として仕上げれば本国で天下布武が出来るだろ。
タヒチアンラブ Qlair.

ゴーギャンがカントの影響を受けで「どの女でも落とせる」と思ったのは事実だろう。
しかし、それは「島の話」でなければならなかった。
カントを学んだら一度はメチャクチャなことをしたいからね。
「平和主義、無尽蔵の宗教資源が南方にある」
日本でも噂になったんだよ。
タヒチを占領したり、カントを学ぼうとしたのは事実だよ。
財界人もゴーギャンを買い漁った。
家族のこと、仕事のこと、宗教のことで頭にくることがあったからゴーギャンはタヒチに向かったんだ。
日本軍は南の島で何を思っただろうか?
専制への隷従を行い南に来たけど、リベラルを学ばされたんだ。
学ばない者は死んだよ。戦ったわけではないんだ。
楽園のトリコ 三浦理恵子。

「若さ」があるとする。当然、若気の至りもある。
そのような時に、わがままを聞いてくれるのは音楽しかない。
「間違いを犯すわけがない私の居場所」を作ってくれる言語が必要なのだ。
近代というのは「恋」から始まり、「処女の発見」があり、「失恋」により言語が作り出される世界だった。
オルテガは「失恋ソング」によって南米をスペイン語で満たした。
先の大戦は間違った戦争だったのだろうか?
指導者はオルテガであった。
オルテガが用いた詩はメーテルリンクだった。
ドイツに留学し、インド・ヨーロッパ語の研究をし、これならば言葉は学べるということを証明している。
CoCo 優しさに帰れない。

「女心は大きすぎる」というカントさえ分かればドイツには用はなかった。
スペインのヨーロッパ化はこれで果たせたし、アフリカのヨーロッパ化もスペインがリードすることができた。
米西戦争で敗北してから1898年世代というものが生まれ、そのリーダーとなった。
第一次世界大戦が勃発した時にアルゼンチンのブエノスアイレス大学にいた。
「帝国主義とは失恋ソングを自分の国の言語で覚えてもらうことだ」
サルバドール・ダリはそのことを絵にした。


記憶の固執。

オルテガはそもそもスペインのアカデミズムを仕切っていたプリモ・デリベラの傲慢さも嫌いだった。
若いクリエイターたちはみんなオルテガの味方をした。
アザニア・ディアスなどはこれで有名になっている。
アザニア・ディアス。

新婚旅行で妻にドイツ文部省を紹介したり、フランコ政権下でのスペイン内戦の時はフランスのスペイン大使館に保護されたりと手厚い待遇を受けた人生となっている。
フランコよりもよっぽど仕事をしたので、あとはフランコが自分の知性の限界を感じるのを待った。
1950年にこの時は訪れている。
オルテガはゲーテなども覚えていた。
「人間を誤解するな」「今見ている風景が全てではない」
新カント派は、失恋ソングを強烈にアピールした。
「この時以外にいつ言葉を覚えるんだ?」
可愛い女の子の失恋体験を詩で覚えるのはいい勉強になる。
部屋に居ながらにして世界が広がるからね。
「島崎藤村に文句があるのか?日本人は朝鮮に対して思っていた」
最初に作家が支持を広げ、次に読者が世界を広げる。これが外国まで届く可能性があった。
言葉を必要としている女の子がいて、そのことによって国の勢力地図が決まる。
国ではなく「人間の人生」だけが国境を定めていた。
Madonna borderline.

「恋をした女の子は譲り合えない」
この隙間を狙って帝国は膨張するしかない。
日本支持の若者が天安門で暴れたことがあっただろ。
若者は「男らしさ」を競い合っていたんだよ。
「俺の部屋は日本に満ち溢れていたんだ」
人間らしさを心がけるだけなんだ。
国内でのリリースと同時に外国の動きを見たのはアインシュタインだった。
19世紀中頃からこのような帝国主義が練られていった。
日本語学校でも基本を教えたらあとは失恋ソングを覚えさせないといけない。
日本の女のボディを愛せるのか?そして現実を理解してある国なのか?
その辺をアピールしなければ語学も上達しないね。
中東やアフリカと親しいと言って一帯一路によって日本を脅かしているのは中国だった。
檸檬の年頃 AKB48.

個人の現実を詩にしながら、全体のメディアの動きを見る必要がある。
とにかく「人間を冷静に見る」詩を書き続けて、全体の動きを把握するんだよ。

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