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Foreign Affairs

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経済・政治・国際

2011年9月26日 (月)

帝愛グループの考察

帝愛グループ:会社の目的:警備業法部門・介護部門・その他のインターネット活動

このグループは、皇族や創価学会など、警備に値しない人たちに過剰に警備を施して精神的満足感を得させることで報酬を得る仕事だと言っていい。そこに大口顧客がいるのだ。これは主に黒服と呼ばれる人たちが担当する。しかし、黒服にも軟弱なものが多く、ウェイトトレーニング講習などのようなものはやっていないという。他の職員は介護部門に回す。ヘルパーの資格を取らせるのだ。こちらの方は地道なお金の掘り起こし作業になる。不況時にはこの産業が主流になり、景気のいい時には警備業務が主流になる企業だ。これらの人材を抱えることで、ネット工作を行う人材を大量に確保している。特に、次世代の天皇をめぐる争いで、上層部は敗北を知っていながらも、下部組織には優勢であることを伝えて活動させ、また、資金源にもかなりおしているという虚偽の報告を行っていたとされる。
創価学会本部周辺になぜ黒服がいるの?あそこは公道ではないの?
雅子さんなんかになぜ何十人も警備がつくの?そんな価値のある人なの?
というすべての疑問に答えるのがこの帝愛グループという、行き止まりの仕事にいかに夢を与えるかを考えた会社なのだ。貧乏人でも有名人に会えるというのが彼らのもっとも強みとするものなのだ。

消費者金融業界では確かに、アイフル・アコムのような優良企業から「下に落としていく」仕組みがあるのだが、判例は闇金を目の敵にしていて、「闇金から借りた金は踏み倒してもいい」としている。そのことから、「人的つながり」を重視した金貸しをやっている可能性はあるね。知り合いだから返さなければならない、あんなに泣いて頼んだから貸してあげたのに、というのが闇金の生命線になっている。

俺は「行き止まりの仕事」の代表に「警備・イベント設営」を挙げている。これは、契約そのものが「当日来れないのなら別の人をよこせ」という、労働法上も想定していないような運用がなされている。このような仕事に、「在日」などが流れるのは当然なのだ。こういう行き止まりの仕事をやっている人間に「夢」を与える技術を探求しているのが帝愛グループだ。従業員そのものには「キャリアが蓄積されない」という構造をもっている。そのことから、わざと「派閥争い」などの「社内イベント」もやっているのだ。
帝愛グループはおそらく警察官の公私混合企業であり、再就職先としてうまみをもつことは当然やっているだろう。

どんな独裁国家も、国民に「食料・衣服・薬」を与える限り倒れないとされる。
食料」・・・お金・生活保障
衣服」・・・女性の関心事・お色気
」・・・健康・酒・エンターテイメント
これを、帝愛グループは実践している。
しかし、日本国は独裁国家ではないのだ。国家統治に参入するためには学問が必要だ。税金の仕組みまで踏み込めれば法律家としてはかなりレベルが高い。東日本大震災でどのような税金での対応がなされたかを理解すれば、「税の柔軟性」をどのように行うかが分かるのだ。
帝愛グループは、組織として「普遍性からの挑戦」を受ける宿命だ。それは「自分は働いている」と強烈に自分に言い聞かせることを特徴とする。これが「普遍性」の最後のよりどころなのだ。職業としては「何の実績にもならない」仕事を自分たちはやっているのだ。

「偏向集団」を知らない社会は「経験を知らない社会」だとされる。そういう意味で「帝愛グループ」の存在は日本国に経験をもたらしている。日本の労働市場はいやおうなしに中国・インドの労働市場の影響を受ける。そういう背景の中で「未熟練労働者の扱い」を研究している組織だ。

2011年9月23日 (金)

北朝鮮の最新情報

キム・ジョンウンは、乗り越えなければならないものは多いが「二人の兄と数えきれない親戚」「キム王朝を守るエリート」に支えられる政権になる。しかも「抗日戦争に勝った」というキムイルソンの「資産」も「思想」も使えるのだ。韓国はすでに北よりもGDPは20倍ある。日本も豊かな国だ。中国経済も強大だ。キムイルソンは、ジョンウンに「軍がクーデターを起こさない仕組み」も残すことになる。北朝鮮には「コア」「中間」「反体制」の三つの階層があるが、政治犯はことごとく排除できる。「コア」の階層の誰もが体制崩壊を望んでいない。
そのため、キムジョンウンの地位は案外安定しているのだ。行動を急ぐのは韓国の方だ。「南北統一プログラム」のために税金を課したりしている。韓国はすでに「南北統一プログラム」のために資金を集め始めている。それを踏まえて、北朝鮮は「エネルギー支援を必要としている」ということだ。つまり、「お金に困っている」ということなのだ。韓国は「20倍のGDP」で、キムジョンウン体制の吸収に動き出している。キムジョンウン体制が案外安定するのではないかとアメリカは韓国をせかしているのだ。アメリカはすでに「キムジョンウンの過大評価」を情報として流して韓国を動かしに来ている。北朝鮮が必要としているのはお金なのだ。アメリカは「軍事オプションをとると中国・韓国・日本に難民が大量に出る」という情報も流して周辺国をけん制している。おそらく、韓国による吸収を安定的に行いたいのだろう。日本人も「北朝鮮の連中の謀略」には嫌気がさしている。首脳である俺もそうだ。南北統一プログラムを見守るだけだ。外務省がどう考えているかは分からないが、アメリカがこのプログラムをせかしているのは事実だ。





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2011年9月17日 (土)

国際連合への加盟の要件

国際連合が誕生して間もなく、世界は冷戦構造の渦中に巻き込まれた。新しく加盟を申し出た国は、国連加盟には「安保理の勧告と総会での承認」を手続きとして求められたため、ことごとくソ連が拒否権を用いたのだ。1947年のイタリア、ブルガリア、フィンランド、ハンガリー、ルーマニアの共同申請の際にそれは顕著だった。国連憲章4条では、加盟のためには平和を愛好すること、国、憲章に掲げる義務の受諾、憲章上の義務を履行する能力、憲章上の義務を履行する意思、が網羅的に挙げられている。国際司法裁判所は、この国連加盟の問題は、政治的な問題であるとして判断を避けようという主張もあったが、法律的に解釈できる問題ととらえた。しかし、安全保障理事官の勧告が求められていることは事実であり、ソ連の拒否権を「権利の濫用」とする主張もあったが、基本的には拒否権を認めざるを得ないという立場に立った。1952年には国連総会で「他国と友好関係を維持していること」も要件に加えられ、加盟の要件はますます網羅的になった。そのため、政治的思惑から加盟を排除しようというソ連の考えは通りにくくなった。
国際法判例百選第92事件「法律的紛争と政治的紛争」

2011年9月16日 (金)

国際条約の「ブーメラン効果」~ノルウェー対フランス

1885年から1909年にかけて、ノルウェーの政府と二つの銀行は、フランスその他の外国市場で数回にわたり公債を募集した。フランスはこれらの公債を「金約款を含んでいる」と主張したが、ノルウェーはこれを争っている。第一次大戦の勃発により、ノルウェー銀行券の兌換は停止され、その後、兌換と停止が繰り返されたが、1931年以降は回復することはなかった。フランスは1955年になって国際司法裁判所に訴えたが、ノルウェーは1946年に、フランスは1949年に裁判所規定の選択条項を受諾していたのだ。ところが、フランスの側が、この規定に対して、「本質上国内管轄に属する事項について留保する」としていたことにノルウェーは目を付けた。裁判所規定の選択条項に基づく場合、強制管轄権は両当事国の受諾宣言が一致する範囲で存在し、相互主義の見地からは、自国が留保を付していなくても、相手国の留保を援用できるとされたのだ。このことから、ノルウェーは、この紛争はノルウェーの国内裁判所で解決すべきであるとして、フランス側の「留保」を援用したのだ。このフランス側の自動的留保は「ブーメラン効果をもつもろ刃の剣」と言われているのだ。
国際法判例百選第93事件「強制的管轄受諾宣言と留保」


2011年8月19日 (金)

諸外国の時間


2011年7月30日 (土)

外国人にできること・できないこと

外国人の扱いについては、第二次大戦前までは、文明国の国際標準があるとされる国際標準主義というのが主流だったが、南米などでは、文明国に縛られることなく自国民と同等の扱いをすればいいとする国内標準主義というのが主張された。議論の沿革としてはこのようなものがあるが、日本では、人権の性質によって認められる権利があるとする立場が判例・通説となった。また、外国人にもいろいろあるだろうとして類型化する考え方も主流となっている。1992年に、日本は在日の指紋押捺を免除し、2000年には指紋押捺制度を全廃している。1995年には、憲法は地方レベルの選挙権を与えることは法律は禁じてはいないとしている。公務就任権に関しても、1982年に国公立大学外国人教員任用法によって、大学での教員採用を認めた。また、地方公務員一般事務から国籍条項を除外する自治体が増えたため、1996年に自治省は、外国人がつけない職務を明示すれば採用は自治体の裁量であるとした。また、裁判での通訳費用を外国人に負担させることも1993年に裁判で破棄している。政治活動は「わが国の政治意思決定またはその実施に影響を及ぼさない限り」において認められている(マクリーン事件1978年)。1982年に国民年金法から国籍条項を削除したが、そのときすでに成人を迎えていた外国人障害者は救済されなかった。外国人は、日本では鉱業権・租鉱権をもつことができない。また、日本国籍の船舶や航空機ももてない。無線局の免許も受けられないのだ。しかし、在日であることを理由にマンションの契約を断ることには損害賠償が認められており、また、ブラジル人を店から追い出したことは違法であるとされている。
法学教室2000年7月号「外国人の人権をめぐる新たな展開」岩沢雄司

2011年6月 1日 (水)

日本の電力の歴史

日本は山や河川の多い地形だったので水力発電にまず電力を依存するのは当然のことだった。しかし、戦後になり、熱エネルギーでの発電へと国は方針を変えたのだ。それが「傾斜生産方式」による石炭への依存であった。石炭での火力発電の比重が増えた。1962年に石油の国際取引の自由化を受けて、水力・石炭・石油による発電は比率が拮抗するようになる。1973年の中東戦争の時には石油による発電が7割を占めるに至っていた。海外への資源の依存の危うさを露呈したのが中東戦争だったと言っていい。そこで、国は、原子力発電の研究のために国民に税金を課している。この事実は原子力発電からの撤退の是非を考えるにあたって考慮していいだろう。オイルショックを経て、90年代までには原子力発電は十分に国民への電力供給に貢献する力量をもつようになっていた。また、石油は比率を下げ、水力も比率を下げたが、石炭や天然ガスによる火力発電が比率を上げている。2009年の正確な数字は、原子力が30%、天然ガスが30%、石炭が25%、石油が6%、水力が8%となっている。日本政府の方針である資源の海外への依存度を3割程度まで下げる方針にも原子力は必要だ。温室効果ガスの抑制のためにも鳩山首相が国際約束を行った2020年までにCO2の25%削減にも原子力は必要だ。これを現在は、風力・太陽光発電で代替できるのではないかという「言葉のイメージ」でのごまかしが行われている段階なのだ。これが現在の電力事情の真実である。
デイリーヨミウリ5月31日付

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2011年5月 7日 (土)

ビンラディンをめぐる「5つの嘘」

アルカイダはCIAが育てた。
1980年代にアメリカのCIAがアフガニスタンで「アフガンアラブ」を支援していたのは事実であるが、パキスタンの関係省庁を通じて行っており、直接、CIAがアルカイダを育てたと説明することは困難だとされる。
アルカイダはアメリカを解放したかった。
ビンラディン語録を調べてみると、ほとんどがアメリカやユダヤの中東への介入への批判で埋め尽くされており、アメリカに関する話は1%程度だとされる。アメリカを解放するというのは信ぴょう性がない。だったらスウェーデンを解放する、でもいいはずだとされる。
ドクター・ザワヒリはビンラディンのブレーンだった。
確かに、ザワヒリ医師はビンラディンに、中東内部ではなくアメリカそのものと敵とみなす発想を植え付けたのは事実のようだが、実際はそれほど影響を与えてはいなかったようだ。
アルカイダのイデオロギーはイスラムとは何の関係もない。
コーランに「一か月の断食(ラマダン)の後に、偶像崇拝者をみたら、徹底的に攻撃すべし」という文言がある。彼らは結果的にはそれにしたがったことになるが、あくまでも結果論であるが「神の言葉」に書かれている以上、イスラムと関係があるかどうかは何とも言えない。
ビンラディンの死はテロを活発化させる。
ビンラディンがここ20年の世界史で影響力を持ったたぐいまれな人物であることは事実であり、カリスマ性もあった。アルカイダのリクルートメントにおいても崇拝できる個人の存在は大きな力を持つ。ビンラディンを失った後にアルカイダが活発化するということは今のところ想定できない。
ワシントンポスト電子版5月7日付

2011年4月 4日 (月)

中国をめぐるレアアース

鉱物と言っても「美しさ」だけが尺度ではないのだ。おカネが絡む鉱物の代表例。
コークス・・鉄鋼の原料
ボーキサイト・・アルミニウムの原料
蛍石・・製鉄融材、レンズ材料
マグネシウム・・軽量化・添加剤
マンガン・・特殊鋼
シリコン・カバイド・・耐火材、研磨剤
金属シリコン・・半導体、太陽電池
黄リン・・半導体、食品添加物
亜鉛・・自動車用特殊鋼
セリウム・・HDD、液晶パネル等用研磨剤、排ガス浄化用触媒、二次電池
ネオジム・ジスプロシウム・・モーター用磁石、二次電池
タングステン・・超硬合金、フィラメント
アンチモン・・タイヤ等難燃剤
モリブデン・・特殊鋼、耐熱材
インジウム・・蛍光灯、透明電極、液晶パネル
1990年代には中国はレアアースの輸出を奨励していたのだ。しかし、中国国内の技術発展を背景にこれらの鉱物の使い道を見つけた中国は輸出に規制をかけるようになった。1998年から輸出許可・割当制を採用し、2006年には輸出税をかけるようになったのだ。
2008年以降、10%だった輸出税が25%にまで跳ね上がった。
2009年に総輸出量が5万トンとされ、このころから日中ハイレベル協議が展開された。
2010年に中国商務部が総輸出量を3万258トンに抑えることを通告してきたのは日本にとって衝撃であった。尖閣諸島問題で脚光を浴びたレアアース問題は、それ以前から日中間の懸案であり、中国は「許可証を出さない」「積み荷の全品検査の実施」などの事実上の嫌がらせをやってきたのであり、外交ルートを通じた規制をかけてきたわけではなかったのだ。日本はレアアースに関しては中国に過度に依存していることから、オーストラリアやベトナム、カザフスタンなどでの鉱山の開発に協力するなどしている。これらの投資の保護が今後の課題となる。アメリカは中国との間でGATTの条項に関する議論の応酬を展開している。
ジュリスト2011年3月15日号「中国による鉱物資源の輸出制限と日本の対応」川島富士雄

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2011年3月16日 (水)

中国と戦後補償の理論

「日中戦後処理:外務省と最高裁の異なる見解」
まず前提として、全面戦争に突入した日中間の戦争がいつ終結したのかという議論があるが、「日華平和条約により終了し、これを一回限りの処分行為としてサンフランシスコ条約・日華平和条約・日中共同声明を密接不可分のものとする」三位一体論が存在するが、最高裁はサンフランシスコ条約を中国と結びつける論理として採用したのが「サンフランシスコ条約枠組み論」であった。
日本の戦後処理を決めたのはサンフランシスコ平和条約であるが、サンフランシスコ講和会議には中華人民共和国は招聘されておらず、締約当事国にはなっていない。日華平和条約は、日本と中華民国との間で締結された条約であって、これをそのまま中華人民共和国国民に適用できるものではない。それを踏まえて、サンフランシスコ平和条約と、平和条約の実質を有する日中共同声明をどのように解釈するかが問題となった。
外務省は比較的早い時期に見解を示している。
1951年10月26日の国会答弁で西村熊雄条約局長は、「サンフランシスコ平和条約の拘束を受けないで自由に日中間の平和解決ができる」と答弁した。その背景には、日本が平和条約と同一または実質的に同一の条件で非署名国と二国間条約を締結する義務は、平和条約の効力発生後三年間に限られる、とされており、三年間経過後は「いかなる内容の条約も締結できる」と解釈した前原光雄教授の見解が背景にあった。これは「日中共同声明五項に、明記されていない中国国民の加害者に対する損害賠償請求権の放棄までは認められない」とする主張の根拠とされ、広島高裁もこの立場をとった。個別的な請求権を認める立場だ。
最高裁は、「広島高裁判決の誤り」を指摘し、「サンフランシスコ講和条約一般の解釈論と戦後処理の枠組み論」を示している。この「枠組み」の中で、日中共同声明第五項を、日華平和条約11条および、サンフランシスコ平和条約14条(b)による、「中国国民の日本国およびその国民に対する請求権の『放棄』を含むものとして、中華人民共和国がその『放棄』を宣言したもの」と判示した。
最高裁は、ベルサイユ条約の失敗を引用し、当事国がその国内部での調整を経たうえで、国家間で統一的に解決を図ったものである、ということを前提とし、被害を受けたその国民は、賠償を受けた当該当事国の国内問題として、各国がその財政事情等を考慮し、救済立法を行うなどして解決するもの、としたのだ。
この論理は「サンフランシスコ条約の枠組み」と呼ばれる理論で、「日中共同声明において、戦時賠償及び請求権の処理について、サンフランシスコ条約の枠組みと異なった取極めがされたものではない」とするものであり、いかなる理由で「非当事国」である中国をこの枠組みに組み入れるかに関しては、「公表されている日中国交正常化交渉の公式記録や関係者の回顧録等に基づく考証を経て、今日では公知の事実となっている交渉経過等を踏まえて」考えた、とした。
わが国は、オランダ人元捕虜等事件をきっかけに「外交的保護権のみ放棄論」から「請求権放棄論」へと転換したとされるが、この最高裁判決はそれを基本にしながらも、「個別的請求権に関しては、債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられない」と結論付けた。
もともと、日本は6年半にわたって占領下におかれ、日米安保条約・日華平和条約・日韓基本条約を含めて「なし崩し的にサンフランシスコ体制を構築」したと中国は認識し、周恩来外交部長は、対日講和会議以前から「日本帝国主義を復活させ中ソを敵視し、アジアに脅威を及ぼし、新たな侵略戦争を準備する条約に他ならない」と強く批判してきたのだ。これが「占領下にある日本」に対する中国の見方だった。しかし、占領下にあった時と1972年9月の日中共同声明の時では国際情勢は大きく異なる。占領下にあった時は、日中ともに「同じ認識」をしていたのだが、西松事件最高裁判決においては、現状に合わせて、外務省見解とは異なる解釈を最高裁はとったことになる。
法律時報80巻4号「サンフランシスコ条約と中国」五十嵐正博

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