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Foreign Affairs

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2020年8月17日 (月)

ハイエク~定額給付金第二弾。

さて、いままで「文化と社会のありようをおカネに変える」方法を述べてきたが、それはすなわち、ノンケと性倒錯の研究がマルクス主義にあり、肉体を鍛えてぶっ飛ばせば問題にならないことではないかとするナチズムが存在した。

戦後になり、「おカネとクレジット」の研究が深まった。
ケインズは「おカネとは金額が数えられて、女が買えて、すべての女に通用するものである」としたが、ハイエクは「パートナーに忠誠を尽くすことからクレジットというものは生まれる」としている。
Cocco 強く儚い者たち

ケインズは庶民とおカネを重視し(マクロ経済学)、芸能事情通のように「熱愛報道・破局報道」など(ミクロ経済学)から「クレジットカード」というものを考えたハイエクと対立した。
ミクロ経済学とは芸能界の研究であり、マクロ経済学とは庶民の研究であることはここで明確にしておきたい。
「芸能界じゃなければ破局や不倫は問題になりにくい」ここにクレジットカードの秘密があった。
その代わり、芸能界は「言葉を選ばなければ」生き残っていけない世界だった。
芸能界は「公物管理」と呼ばれて、ソビエトは「計画経済」によって統制することで人々にクレジット(ルーブル)を与えたが、ケインズは庶民はおカネしか見ていないとしていた。
「彼氏」と呼んでセックスする相手を決めることそのものが「公物管理」(芸能界)によって強烈にアピールされ、クレジットを支えた。
松浦亜弥 元彼

「ノンケとか性倒錯は分かっていたけど、パートナーに忠誠を尽くすことがクレジットになることは分からなかった」世界はハイエクをそのように評した。
男は「勃起する限り」パートナーと別れることはないのに、なぜこのような詩を表現するのか?それがそのままクレジットカードにおカネとして流れ込んだ。
松田聖子 瞳はダイアモンド

女子高生にも分かる話をしようとしたケインズ主義に対して、ハイエクは「芸能界の交際や破局」を主婦層に提供し、「勃つ限り別れないようね」という立場(おカネ)と、失恋ソング(詩)の世界(クレジット)の世界を対置させた。
どの経済学者も名ゼリフを残している。
「社会の歯車になった方が国が豊かになる」(アダム・スミス)。
「果たしてこの企業は利益の最大化を求めているのかよく分からない」(フリードマン)。
ハイエクは30代中頃に「貿易をやる商社マンは外国でセックスしなければならない」ということを目の当たりにし、「クレジットの問題」に気付かされたとされている。
ケインズは「好景気と不景気の景気循環」を、政府のカネの量の違いに過ぎないと考えていた。
カントの「高校生金融」「女子高生への送金」の量(上からの革命)や、子供の虐待の防止からなる「下からの革命」などの動向によって政府のカネは決まってくる。
ハイエクはこれを「公物管理」(芸能界)による「特定のパートナーを大事にする」メッセージによってルーブルを支える(ルーブル委員会)という発想を持っていた。
「純潔」「交際」「結婚」「破局」など、クレジット(ルーブル)は常に芸能担当記者が支えていた。
誰もが若い頃は「漁り漁られ」を経験するだろうが、それでも公物管理は冷静にクレジットを見ていたのだ。
松田聖子 大切なあなた

「最後の制度的保障は皇室」とも言われている。
おカネとは「金額が数えられ、女が買え、すべての女に通用するもの」としたケインズと、「芸能界や皇室から由来するクレジット」としたハイエクは立場が明確に異なる。
「ブルーのインクはどこから来るのか?」
それは化学(多様な女)たちや、それを応援する野菜(男たち)からであろう。
高井麻巳子 約束

庶民(マクロ経済)はこれほど芸能界(ミクロ経済)に影響されやすいんだ。
ハイエクは笑った。
「特定のパートナーを大事にする」
これだけでルーブルは支えられるとソビエトの計画経済は語っていたのだ。
それは、性倒錯とかノンケとか、肉体派ノンケとか組織論などはあるだろうが、「大人の事情」「芸能界のありかた」に逆らうものは少なかった。
余談であるが、私は、ストレッチ運動をやっていて「呼吸ができない」と看護師に訴えた。
医学書を読んだら「音楽への感受性を磨け」と書いてあったが、「いろいろな女がいてもキョロキョロするな」という意味であることをハイエクに学んだ。
Melody you are only my love

「約束」「マーケットからの進退」を語る芸能人の方が日本国の「円」を強烈に支える力があった。
ケインズのように「女子高生にも分かる話をして、富を生み出す」「おカネとは金額が数えられ、女が買え、すべての女に通用する」ものとする発想から、ハイエクは「芸能界による恋愛論の発信・哲学の発信」へと円の基盤を切り替えていった。
最後の制度的保障は皇室である。
私の息子が地上波で「哲学講義」をするだけで定額給付金第二弾は簡単に打てる政策なのである。
地上波は、ルイ14世やビクトリア女王、ジョン・D・ロックフェラーが想像していなかったようなことが可能になるものであった。
盗みや詐欺など「グレートソサエティ」は想定していない。
私の息子の「哲学講義」を10分ぐらい聞けば、クレジットカードにおカネが充填されるのだ。
ハイエクは「金利とは人々がどれほど時間を愛しているかで決まる」としている。
マルクスは「人々がどれほどおカネを欲しているかで決まる」とし、カントが「クビにしたい上司がいるかで決まる」としたのに対し、ハイエクは「時間への愛」を金利の根拠としたのだ。
つまりは、一日中退屈していても飽きない性倒錯男が金利を下げているとしたのだ。
「忙しい、忙しい」
これが金利を上げる。
「ゼロ金利とは時間が止まっている状態なのかね?」
時間が止まっている連中には「何かやれよ」と言ってマネーサプライを増やすしかない。
私、もう体を売らなくてもいいのかしら?(インフレ)というのは経済の病気だ。
おカネを増やす方法はいくらでも政府は知っているが、男女が愛し合わなくなるというのは経済の病気としか言えない。
「もう体を売らなくても食べていけるのではないかしら?」と考える女には高いものを売りつけるしかない。
虎の尾をつかんで、噛みつかれないようにくるくる回り続けるのが経済運営なのだ。
恒久的に国民のクレジットカードにカネをぶち込むことは可能である。
しかし、男女が愛し合わなくなるというのは経済にとっては致命的なのだ。
日本国というのは世界第三位の経済大国ではあるが、ある意味、まだ「貧しさ」を抱えた国だ。
オカマに「財務省に怒られんぞ」と言っているうちは、まだ、経済発展の可能性がある。

これから、私は「人気」について語りたい。
人気の代表格は「不勉強と孤立」からもたらされるものである。
ハリケーンも歯の痛みも「不勉強」からもたらされるし、「殺人」「嘘」は孤立からもたらされる。
全能であり、全知であり、すべての快楽を知っている「神」を否定するものであるからウケるのだ。
「勉強しなくていい」「孤立していてもいい」
オウム真理教は平成の時代にそのようなメッセージを送り人気を誇った。
オウム真理教 水槽

 
話はこれで終わらない。
「孤立しながら修行の道に入る」ことからプリンスが登場したのだ。
「おカネが違う」「本当に上達する」「強くなれる」
このあたりはオウム真理教とは異なるものがあった。
ナジーム・ハメド

我々は、「笑い」だけでなく「人生の上達」も求めている以上、いつまでも「勉強しなくていい」「孤立していてもいい」という笑いだけでとどまることはできなかった。
バンパイアや魔女などは「医者」「弁護士」「薬剤師」「政治家」など多くの職業を生み出した。
「説明できない力」
これは令和天皇が持っている力のことである。
オウム真理教など「不勉強」「孤立」でしかなかった。
なんの「上達」ももたらさなかったからである。
「広義の悪」とオウム真理教は呼ばれ、「狭義の悪」とプリンスは呼ばれた。
しかし、「プリンスはイラン、イラク、北朝鮮を生み出してしまった」
これを、ジョージ・W・ブッシュは批判したのだ。
個人レベルで真似をするのと、国家レベルで「修正困難な」真似をするのでは意味が異なった。
北朝鮮 ミサイル

「悪」と呼ばれて国全体を豊かにしたいのならば、まず、国際社会で議論してからにしよう。
石原慎太郎も「個人レベルでプリンスの真似をして親と和解できた事例を知らない」と狭義の悪すら批判した。
女の子たちも「悪」「ダークサイド」の側にいる時の男を遠巻きに見守っていた。
ましてや女子高生ならば、ハンナ・アーレントぐらいの才媛でなければ、「上達のために悪を演じる」ということの意味は理解できないだろうと考えた。
ただの「不勉強」と「孤立」からくるものと区別がつかないからである。
「ヒトラー」と言った途端、「いじめていいカモ」と周囲は判断した。
しかし、「アイヒマン」の裁判を見て、ブレンダン・イングルは「プリンスを育てよう」と判断していた。
キャロルも、アイヒマンに影響され、企業のセールスを伸ばし、クリスマスに人々に物を贈り、「成績を見ながら」悪を演じた。
しかし、キャロルにも「あんな人に後継者などいないのにね」と周囲は批判的だった。
「不勉強」と「孤立」との区別がつかなかったからである。
「いつ、キャラ変更を決断するかだね」とも言われた。
50歳過ぎているのならば、ただの「不勉強」と「孤立」からは抜け出せない。
シュタイナーは、ヒトラーに「今のお前ならばその時期だ」と教えている。
もっとも、ミュンヘン一揆を起こされたときに逃げだしたけどね。
映像の世紀 長い

一向に「上達」しない「悪」はとうとう「サイコパス」と呼ばれて、マクノートンルールで許された。
私も、世界の有名人になり、マクノートンルールで許されたが、レーガン大統領暗殺未遂事件を起こしたヒンクリーにこれを適用した時に、アメリカ世論は激怒した。
マクノートンルールの優等生が令和天皇だった。
「上達」
それは信仰心であった。
「不勉強」「孤立」を正当化するためには「悪」は都合がいい。
しかし、信仰心がないのならば、世界を敵に回すだろう。
プロデューサーの中には「視聴率さえ取れればいいんだろう」と言って、足を机に投げ出すものもいた。
そこで「パンチパーマにサングラス姿で東大コース?」という可能性が示されたが、実は、もうひとつ人気の秘訣があり、「ベンチや家庭の見方と同じ目線でゲームを総括する」ということが可能性として指摘できる。
そうなると、「ヒステリー母ちゃんを持ってカマを掘られたことのある学校大好きな男の子」と「母親の無関心にさらされた、あるいは心の弱い母親を持った男の子」という二つの「ベンチ」が存在することになる。
世論は、「ベンチ(家庭)は彼をこのように見ていたのか?」という「ヒステリー型、無関心型、心が弱い型、神経質型」の四つを見ることができる。
それでインターエデュは成り立っているのだ。
東大受験メディアのある国では、子供たちも勉強しやすいものだ。
彼には自分の部屋がある、ということがまず分かる。
そのあとに「物が盗まれる可能性がある」ことも分かる。
「人と比べられること」「女性がいること」「周囲がそれを認めていること」の三つが部屋には必要であり、それがなければどんな立派な部屋でも「居場所がない」ことになる。
人気とは相対的なものである。
「俺、小野君に負けちゃったよ」などという話題が私の予備校時代には普通にあった。
「気が弱いけど素敵な人」(タイプA)ならば、母親の無関心や心の弱さが必要になってくる。
セロリのKISS ハッカの煙草

普通に「ママ、ママ」と言っていた子供がA型で、「おっぱい」と言っていた子供がB型で、ちんちんをしゃぶっていた子供がO型である可能性が指摘できる。
世の中には「お前がその部屋にいることは容認できないぞ?」ということが現実にあるのだ。
このあたりは、女性たちの支持や男友達に配るおカネなどで調整するしかない。
メディアや世論が「どのような背景を持った男なのか?」を支持しない限り、勉強や学問は成立しない。
「君主としての証拠をみせろ」
そのようなニーズがあるためブログというものはある。
証拠をみせて 工藤静香

どのみち人間は「自分の部屋」にいる限り、世論からいじめられている。
それを、女友達・女兄妹・カネでどのように認めてもらうかが勉強や学問の始まりである。
豪邸や城となると「女友達・カネ」が、その部屋にいることを認めてもらうために大変な作業が求められることになる。
クレムリン宮殿では「リトルコーナー」と呼ばれる一室に大統領はいるに過ぎない。
「女子高生にも分かる話をする」というケインズ主義は、このような意味で「自分の部屋」を女の子に持たせ、成績を向上させたのだ。
女たちは「マスターベーション」を「美しい経験」にしたがっている。
そのため「男の美しさ」は常に人気を持っていた。
「パンチパーマにサングラス姿の東大受験生」が成立しない理由も「女の子たちが美を男の子に求めている」ことが背景にある。
こう考えると、東大合格というのは案外難関である。
率直に言うと「令和天皇よりもGACKT?」とどの女たちも考えていた。
「オーガズムの強烈さ」
これを比べていたのだ。
瀬能あづさ ふたつにひとつ

詩とメロディー、そして哲学に女たちは耳を傾けていた。
女たちの一番人気はモーツァルトであり、次にベートーベン、さらに、シューマン、最後にブラームスがいちばん「感じる」「セクシー」という証言があった。
どのアーティストも、アンディ・ウォーホールのような「ドキュメンタリー」を作っていたため、誰がもっともセクシーかを競い合っていたのだ。
男には分かりづらいが、このような動画が女にとっては「セクシー」だった。
笑顔、言葉、生き方が分かったからだ。
ウォーホール セクシー動画

ピカソのあまりにもストイックな、女日照り状態で描かれた「ゲルニカ」にも女たちは「素敵!」と言った。
ピカソを知っている女たちは「やっぱりGACKTじゃなく令和天皇だよね」と語り合った。
「歴史ってのはただのオーガズムじゃないのよ?」とも言われた。
セックスとは男にとって、女の「子供の気持ち」を味わうためにするものだ。
その「子供」が、GACKTであろうが令和天皇(おじさん・オーディン)であろうがどちらでもいい。
令和天皇(おじさん・オーディン)が日本国の、財務・金融を支えているのだ。
「おじさん」の気持ちを味わいたいというのも男が女におカネを払って行うのは当然であった。
森高千里 臭いものにはふたをしろ


さて、フロイトは「ヒステリーとは自分のおとぎ話を侵害されたときに起こすものだ」としていたが、ユングは「子供の頃に女の子が、性の対象として見られ、そして、アンソニーが落馬して死んだときのトラウマ」がヒステリーの原因であるとした。

9e8aa1f5807b47a0a11af4bacdcce523 アンソニー 動画

ユングは、「精神分析」という本の冒頭で「必ずしもすべての民族に捧げるものではない」としているが、子供の性概念は「2歳でメンスの兆候を確認し」「3歳4歳5歳で勃起の兆候を確認する」という性概念を「歴史上のもの」としていた。
このあたりは、先進国として1970年のミシェル・フーコーの「クリニックの誕生」を日本国が受け入れたことを知らないといけない。
なぜ、保育園・幼稚園はあるのだろうか?
夕日

「女という名のノイローゼをどのように枠にはめていくか」が文化の役割となった。
となると、キャンディキャンディを描いた人は、「原作者」と「ライター」は異なるが、原作者は「ミシェル・フーコーの日本名」として問題はないだろう。
保育園・幼稚園・小学校・中学校は「15歳での性概念の確立」をじっくりと攻めることになった。
目的は日本民族の「種の保存」以外にない。
一斉共同体主義と、男女別コース制(合憲)が確立した。
男女の違いは「栄養とトレーニング」の違いからもたらされる。
このような方法を「オナニズム」と呼び、日本国においては、生まれた時に何らかの「施術」を行っているのではないかと私は考えている。
「欲望のままに生きていきやすい」
それは義務教育が終わるのを待たなければならなかった。
男女は「歌が喧嘩していいと言っている」から喧嘩した。
松浦亜弥 そう言えば

さらに「男になるためには」「飢え」(リビドー)が必要であるとし、ホモセクシャルを排除することの困難さだけは課題として残された。
しかし、それも「気が弱いけど素敵な人」という概念をキケローが考えた時に解消に向かった。
ちんちんのデカさだけは「病気」みたいに扱う必要がある。
松田聖子 赤いスイートピー

オカマや両刀遣いの攻撃性だけは、ケツが痛い、という理由も含めて、ちんちんをデカくする方向に向かった。
「処女」として義務教育から送り出すのが国の役割となり、案外、男の子の扱いはいい加減だった。
我が国は、1970年にミシェル・フーコーを受け入れてベビーブームを乗り切ったが、日本政府は「もう一度やろう」とは考えていないんじゃないかな。
「荒れる学校」は「ちんちん切るぞ」と言って1970年代には沈静化していた。
日本国は「ちんちんを切るなどの保安処分は採用していない」というのが公式見解であるが、生まれた時に「何か?」をやっている。
オカマになると「女心に興味が持てない」などの側面があり、出世と関わったが、「女心のクリエイト大歓迎」と考えたのは日本政府だった。
令和天皇も日本政府の優等生だったのだ。
モーニング娘。セクシーボーイ

これらの研究を知らないで「母に紹介できる美女」をテレビで物色していると、いい加減、気がついたらアイドルと同じ病棟にいることになる。
男の「飢え」(リビドー)は、少年野球や少年サッカーで養った。
感想としては「ノーマルになるって大変だな」ということなのだ。
知恵遅れになるのも簡単だし、灘・開成に入ってカマを掘られるのも簡単なのだ。
このような「国家レベルの企画立案」ができるようになるまでは「両親のシンプルさ」が必要であるし、自分が中心となって家庭が動いていた、というような環境が必要になる。
あとは、仲間を作って、眠りながら夢を見ることだ。
私も本ブログで今まで「女のクリエイト」を主に行ってきたが、自分がやってきた道を振り返ると「ちょっと単純化しすぎたかな?」というぐらいユングは「難しい年頃」を相手にしてきたのだ。
15歳ぐらいで「性概念」は確立するが、女子高生になっても「ノイローゼ状態」は続く。
いかに、ノイローゼ状態を早く脱するかで、私も18歳の時に東大文一に合格したが、女子校でなければ「女子が東大に入ることは困難」な現状もある。
上からマリコ AKB48

「女とは生まれるものではなく、なるもの」である。
男は案外シンプルに男になっている。
女の子の「ノイローゼ」を考えると、成績だけで判断する東京大学と、「男女同数」入学させるメソジストのどちらにも分がありそうだ。

東大生と言っても、ノンケでクラスの隅にいた者や、カマを掘られたものがおり、そのような奴隷扱いを経験した者たちが政府を構成している。
そのような連中が「女性アイドルのクリエイター」をやって、「日本人女はだいたいこんな感じ」(エヴァ)という主権概念を構築したり、「娘のいる父親」として「女心」というものを生み出している。
あるいは、女性アイドルも「美の探求」をやり過ぎて病気になったりしている。
普通の男も、学歴の序列(スクールカースト)の存在からは自由ではない。
だれもが「自由ではない」のがこの国の「かたち」なのだ。
酒井法子 ダイヤモンドブルー

誰もが自由ではないこの国で、女性アイドルの歌を聴いているときだけ自由になれた気がした(後塵を拝す)。
女は所詮、塵から生まれ塵に帰っていくものだ。
女性アイドルの歌を私の息子(王子)が評論しているときだけは「神聖なおカネ」が降ってくることが分かった。
エジプトでは、ファラオは息子を部屋に監禁し、たまに部屋を訪れて、息子が何か発言したら「エジプト中に資料を探させた」のである。
(ヘロドトス「歴史」より)
息子は、女性アイドルの歌の評論をする立場にあり、国の富を握っていたが、それでも「自由であってはならなかった」のである。
すべて、ファラオが語った「女性アイドルの歌の評論」の人生を正当化するために息子が存在したからである。
統治する側もされる側も自由ではないということを熟知し、どこに「おカネが降るか」を理解しなければ、国家財政は豊かにはならない。
景気の循環も国家財政次第である。
ナイル川の氾濫や、その緑に群がる牛など、エジプトでも経済のコントロールは極めて難しかった。
エジプトはこのようなかなり人気のある「君主制」を構築したが、息子は「カナーンの地」を目指して逃げ出してしまった(出エジプト記)。
加藤登紀子 息子

専制君主制(父が女性アイドルの評論の記録を残す体制)が崩壊した時に、アダムの権威は地に堕ち、エヴァは主権としては存在できなくなった。
しかし、アダムの「神との契約」は、アリストテレスからホッブスに至るまで、常にキリスト教社会で研究されていたのだ。
創世記3:16において、神はエヴァに「痛みとともに産めよ増やせよ」と語っている。
アダムが「女性アイドルの歌の評論」をマスターすることがキリスト教の教えとなった。
そうでなければ、無政府状態が続くものと考えられたのだ。
創世記1:18において、神は「鳥や魚を作った。アダムの歌のモチーフをどんどん作った」とした。
「すべての生物多様性が君主・アダムに奉仕するために」
ロマンスかくれんぼ

生物多様性は神は主に「9月」を主戦場に行ったため、「女は10月に美しくなる」という伝説が生まれた。
野獣から果実の成熟まで、9月というのは極めて重要な意味を持ったのだ。
神がアダムを捨てて、ノアに「フルパワー」を与えるまで「神の9月の楽しみ」は続いた。
詩篇第八章において「汝はデイビッドから生まれたものである」と王がノアに歌うまで、君主制は続き、ダビデの時代からは民主制の時代となった。
アダムとかノアとかダビデとか「男が増えただけ」というだけの話であるが、女たちが「どの男が最悪のエリートか?」が議論できるだけでも民主制というものは成立する。
ノアには子孫も約束されたし、「比較できる男」が民主制にはあったために「フルパワー」を神は与えたものと考えられている。
放課後に落ち込んだ少女 おニャン子クラブ

創世記3:26において、神は、エヴァに「夫をあなたの快楽としよう」とし、これが女たちが「神・男の完全性を語ると爽快感がある」という宗教の誕生であろうと思われる。
ところで、アダムに「父」はいるのだろうか?
王室の権威とそれを子孫に伝えるエネルギーのことを「父」と呼んでいるようだ。
「聖霊」とは子供たちのことを指しているのだろう。
マタイ15:4で、「多くの男たちがおり、それでもなおイスラエルの王となったのはイエスキリストである」とされ、宗教の乱立とその制覇を伴ったのがキリスト教であった。
アダムとイエスキリストの違いは「多くの男たちに勝ったかどうか?」の違いだった。
音楽作品の制作を民間に開放し、その評論の腕もそれぞれの男が持っていたが、それでも「令和」という時代が成り立つのだから大したものだ。

たとえば、センチメンタル南向きに関してであるが、「友達と恋人の境界線はセックスしたかどうかである」ことを知らない女であることを表現している。
プラトニックな関係を「恋」と呼び、「仲間が多い、なにかやってくれそう」な男との関係を「セックスの難しさ」を知らずに表現している。
女性をいかに美しく描くかは、映画の基本でもある。
センチメンタル南向き 矢口真里

ペッパー警部に関してであるが、「精子は男にとって青い」ことを踏まえ、「紫色」と女が言っていることから、フェラチオをしたことが明らかになる。
国は子供の親である。
「もしもし君たち帰りなさい」としか国は若い男女に言うしかないではないか。
世代間セックスではないからである。
それにしても、鶴見川の氾濫を抑え込んだことにより、東京は千葉方面ではなく横浜方面に広がっていったが、大洋ホエールズ(横浜DeNAベイスターズ)の青いユニフォームは、性倒錯をなくすための国策か何かかね。
ペッパー警部 モーニング娘。

さて、本ブログをお読みの方に「哲学をやると何が変わるか?」という問いかけを行いたい。
ラカンはこの答えを「夢の内容が変わってくる」とし、これを「脳内革命」と呼んだ。
本来、脳内革命という本はあったが(春山茂雄著)、マスターベーションやセックスの肯定というあたりで落ち着いている本であった。
「どうやったら脳内革命は起きるのでしょうか?」という問いに明確には答えてはいない。
それは「哲学を知ること」「人間を知ること」から「夢の内容を変えていく」というところに本当の答えはある。
学生さんや生徒さんでも、本ブログを読むことで確実に脳内革命は起こせるのだ。
誕生日の朝 タンポポ

「気が弱いけど素敵な人」というのはどのように生み出したらいいのかは「カマを掘られていないノンケ」としたが、体内から汚い便が出てくることと密接に関わっている。
夫のDVをなくしたければ、まず、トイレをウォシュレットに変えてみるしかない。
松田聖子 赤いスイートピー

 

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2003年にアメリカ合衆国は、イラク戦争の備え、コリン・パウエルが、ピカソのゲルニカを大量に印刷している。
ナチスドイツが、スペインの内戦に介入し空爆した時の絵であるが、「誤った同盟を組むとどうなるか?」というメッセージが込められていた。
しかし、「なぜこの絵画が運気を上げるのか?」はCIAとKGBが「女ネットワークを発動するのに都合がいいからである」とその正体を明かしている。
クレア サマーラバー大作戦

ケビン・コスナーが、CIAでこの企画を立案したとされている。
絵画や映画を女たちが噂し合うことで女ネットワークを作ることが男たちの運気を上げるとしたのだ。
ケビン・コスナー

ピカソのゲルニカにせよ、私の「東大合格の条件」にせよ、女ネットワークを総動員したため、周囲の「子供のようにわがままな大人」は「ウープス!」と言ってカネを欲しがった。
「脳内革命」ができるようになれば周囲の「ウープス!」は増える。
「ウープス!」と周囲に言われる男は「新しい服を着た皇帝」とも呼ばれた。
主婦層を味方につけたため「女をだまし取ろう」という考えに満ちていた。
一度、「東大合格の条件」を書いてしまうと、あとは、金属を叩くハンマーが機械により行われ、水車が水で回るように自動的に物事が流れるため、周囲はひたすら「ウープス!」と言い続けた。
これを周囲に最初に言わせたのはユリウス・カエサルだとされる。
これは「従業員の誕生」とも呼ばれた。
Oops

「10月になぜ女の子が美しくなるのか」(伝説)を、概算要求時説からアプローチしたが、「概算要求の締め切りは8月31日である」という指摘を受けた。
そこで、新たなアプローチを考えた。
それは「就職あるいは進学の内定」説である。
元の曲。
放課後に落ち込んだ少女 おニャン子クラブ

 
これは、「アファーマティブアクション」と呼ばれるもので、1972年に「内定」という制度ができ、1980年代には「内定をもらった」ということが強烈な意味を持つようになったという沿革がある。
内定取り消しに「解雇権濫用法理」か適用されたり、HIV陽性のオカマが警察から内定取り消しを受けたことが合憲とされたりしている。
企業においては、「内定をもらう」ということは「セックス優等生」という承認を得たことになり、官庁の内定とは異なる意味合いを持つ。
企業の内定は「気が弱いけど素敵な人」という信仰の対象となる男であるが、警察はHIVの事件で「民間の側」に立つことを明らかにしている。
松田聖子 赤いスイートピー

一度、学生時代に企業の「内定」(アファーマティブアクション)をもらうと、いくらでも仕事があるため、なかには「内定の連絡を受けた」として記念撮影するものもいる。
1960年から1973年生まれを「ジェネレーションX」と呼ぶが、「内定」という制度は、日本国における「メシア信仰」と直結した。
「彼、学歴がなかったから」などという女たちの考えが、そのまま「終身雇用」となったのだ。
あるいは、アメリカ合衆国においては「黒人だから。ヒスパニックだから」時には「女だから」というかたちで、雇用とメシア信仰が「内定」をよって直結したのだ。
瀬能あづさ ジェネレーションX

アメリカ公民権運動や、ウーマンリブなどは「内定」(アファーマティブアクション)という名の、「男のセレクション」から排除された者たちが起こしたムーブメントである。
職場としては「セックスする覚悟がある。一生涯、付き合う覚悟がある」
ものであったから、採用には常に「女たちの目」があったし、病院や施設ではないのだから、わざわざ「トラブルメーカー」を抱え込む必要もなかった。
性倒錯の「攻撃性」だけはどこも歓迎しなかった。
そこで「女心を語るエリート」(政治家)は常に、「偏差値エリート、トラブルメーカー」としての官僚組織を叩き続けた。
女の子は「仲間が多い、なにかやってくれそう」な男に恋をしたが、いざ、そのような男の子と付き合ってみると、尺八ばかりやらされることになる。
この辺は「恋と愛のニュアンス」の違いというしかない。
「恋が愛にならないと知った」
三代目 J SOUL BROTHERS 恋と愛

 
アメリカ大統領選挙は、究極の「男のセレクション」であったし、日本国の天皇や内閣総理大臣もそうであろう。
「10月に新しい男が来るよ?」
この、アファーマティブアクションこそが「伝説」の答えだろう。
今は、「二月の勝者」のように、いかにも「セレクションは遅い」と考えられているが、「10月にはリストが組まれている」と考えるのが「伝説」を理解する上では必要な発想だ。
モーニング娘。好きな先輩

そこで、「医者や歯医者も」人々の「命の選別」をやっているのではないか?と噂になった。
「ジムクロウ法が東京大学の制服をなくした。電車のロイヤルシートをなくした」
これが、「内定」にまつわるアメリカの「命」への答えだったのだ。
医学部合格者を、事実上「内定」(伝説)で出しておきながら、患者には「命」を保障するというダブルトラックを採用した。
作家の世界にも、特許の世界にも「ダブルトラック」が存在するとされ、「大発見だ!」ということは事実上「ない」ことになった。
特許法上は、無効と取り消しの問題とされているが、「勝者は最初から決まっている」ことをダブルトラックと呼ぶのだ。
誰もが、医者に「命」を委ねていたため、クリントン政権は1994年から1995年にかけて会議を開き、「アパラチア山脈の黒人青年を救うべきか否か」を語り合った。
私は、オバマ=マイケル・ジャクソンという立場だったが、「クリントンが命を救った青年」説もあるのだ。
いずれにせよ、大統領になるぐらいだから、医学書ぐらい読めないと、簡単に政治生命は抹殺されるのが世界の指導者の現状である。

暑いですね。
やたら月が大きく見える。
rebecca Moon

 
これは、ニュートンや、ヘーゲン、ガリレオが予言した「繁栄の時代」の到来を意味する。
ちなみに、月が「サブルーナー」の軌道に入ったら、「ヘーゲンの時代」であり、イエスが存在する時代となる。
「月が大きい」「暑い」
で怯えているようならば人類に繁栄はない。
「サブルーナーの時代」
と割りきった方がいいのだ。
ラブ&ルーナーという伝説もある。
ちなみに、現在は2020年から「令和天皇の手によって」サブルーナーの時代となったが、世界史レベルでは1730年から1750年まで「ニュートン」(英国王室)の手によってこれが引き起こされている。
大英帝国の歩んだ道を、現在、日本国は進もうとしている。
「日本国は東洋のイギリス」
これは、国土交通省の立場でもある。
「月が大きくなった!」
これは、実は「太陽も月も楕円形の回転をしている」ということと関わる。
100年分のGLORY

夏の暑さ、冬の寒さも「人々の時間への愛」をコントロールしたければ「金利」を上げ下げするしかない。
ヘーゲンは「日本銀行の金融政策」と、気温や台風、大雪などを連動させることを「繁栄の神学」と呼んでいたようだ。
「男らしさ」(宗教)、「女心」(政治)が一体となって「産業」を構築しているのだとするならば、「工場が煙を吐き出す」時には男女の産業が過熱化するため、気温の調節のために金利を上げた方がいい。
恋をして、「夢中で春から冬を駆け抜ける」女がいるのならば「時間への愛」をしっかりと「金利」へと反映させなければ、暑すぎる、寒すぎるということになりかねない。
基本的には「上司の悪口」に夢中になったときに金利は上げる。
ニュートンは「人々は直線に動いている」という第三原則と、それでも「天皇」というセンターが確立することがある、ということから、月と太陽、そして「時間への愛」(金利)というものを考えていた。
基本的には「どのような経済政策が好ましいのか?」は、「海の潮の満ち引き」を見るしかない。

全知(All knowing)、全能(omnipotent)、オールパワフルな男も、思春期の女の子にはニーズがある。
基本的に「愛の対象となりたい」というものであり、この曲は秀逸。
田原俊彦 君に薔薇薔薇という感じ

 
さらに、愛の対象となりたいと思うだけでなく、時には「どのように生きたらいいか?」まで参考にすることがある。
夏の日差しにまっかっか、だけはやり過ぎた。
普通に「愛の対象になりたい」系の曲と「アイデンティティーを決める」曲の二つの流派がある。

Ninjin娘 田原俊彦

 
さて、ジャニーズや、男性ボーカルは「女の子を愛の対象にする」という流れと、「女の子に生き方(アイデンティティー)を教える」という二つの側面があるとしたが、一番、重要なのは「男の言葉がリズミカルであること」なのである。
フォークォータースリービート(4分の3)でなければ踊れないことをワルツは証明したが、小節ごとにリズムを変えて、女たちの歓声を浴びた曲もある。
Complex No more lies

洋楽のパクリを行わないと「名曲」というものは作れない。
DTIで適当に組み合わせるだけの金のあるブルジョアの道楽みたいなものだ。
技術面での評論にまで立ち入っても構わない。
シェークスピアの「ベニスの商人」において、「2024年に令和天皇の手によって」開発される予定の「タイムマシーン」のお陰で「死の概念が混乱する」とされている。
タイムマシーンの仕組みは「女は男に比べて快楽の記憶を鮮明に覚えている」ことから、空に戦闘機を飛ばし、女性たちの「記憶の回路」をつなげるというものだが、そのためには、ジャニーズの研究は欠かせない。
さて、ベニスの商人において、シャイロックは「殺してはならない。しかし肉一ポンド差し出せ」という「憎しみを込めた」判決を受けている。
なぜ「ユダヤ人への憎しみ」が込められているのだろうか?
それは「ユダヤ人は死の概念が混乱していて死なない」とされているからではないだろうか?
ましてや「ひも理論」を通じて不老長寿を女子高生に祈ってもらったり、案外、グローバルで見た「反ユダヤ」というのは皆さんが考えているものとは異なると思う。
「戦闘機」+「女性たちの記憶の回路」というタイムマシーンの仕組みも、完成したらドラえもんのタイムマシーンのように扱われるのだろうね。
他にも「地球の重力は地球の回転(自転)から生まれている」とし、それから自由である「月」に通信基地を設けて「タケコプター」を作ろうとか、月+水星・金星の三角形を用いて「どこでもドア」を作ろうとか企画しているが、スマホも「7G」ぐらいまでは見えている。
それでも「道路や鉄道」というものは必要だ。
「自分の心の地図」を見失わないためにも、道路や鉄道は必要なのだ。
しかし、コストは「情報を乗せる量」が重要であり、今でも電報というのはあるが、インターネット時代にならなければ「格安航空券」というのはなかったと思う。
さて、ジャニーズの音楽作品の特徴は、「女の子を愛の対象にする」「オールパワフルな男が女の子に生き方(アイデンティティー)を求める」さらに「男の言葉のリズムを用いる」という三つの方法があるとしたが、基本的に「ペニスエンビー」を背景にしたかなり暴力的な「去勢」が背景にある。
ところで皆さん、熱中症というものは「泥に感染するもの」とされているが、今日は「だるさ」を感じなかっただろうか?
「泥」とは「女社会」のことてあり、下手に「メランコリー」に共感すると、こっちまでだるくなってくる。
刑法というものは「モテる方法」を研究する学問であるが、「メランコリー」さえマスターすれば免許皆伝だ。
アジサイは「赤から紫へと」色を変えていくが、女になるために「ノイローゼ」になっている女の子は、「今、自分がどのような状態なのか?」を理解しないと成績も下がる。
孤立から「嘘」も覚えるが、女ネットワークの構築に失敗したらキャバクラで働くしかなくなる。
多数派工作のためにカネが動くのは女社会も同じである。
胸騒ぎのメランコリー 高井麻巳子

熱中症を治すためには「こまめな水分補給」は当然であるが、「天の声から変な声を聞いた」というのも案外有効だ。 スポーツの世界に「でたらめな指導者」がいても健康にはいいことになる。 「ママの小言百回」でもいい。 高橋由美子 わたし

 

 

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