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Foreign Affairs

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2020年5月 5日 (火)

東大法学部の論理。

私はこれまでに、西洋史・中国史・日本史を語らせていただいたが、ベトナム戦争を経て、日本国は、「中華帝国に気温を左右されないように」ヨーロッパの「スカンジナビアシェルター」に類似したものを構築し始めた。
それが「東京大学法学部の論理」である。
どの役所も「条文」「法制執務書」で動くようになり、「お役所」と「政治家」は明確に区別されるようになった。
お役所は「法律の人気には政治家の人気が必要」と考えたし、政治家の人気とは、「芸能界」と切っては切れぬものとなっていた。
どの政治家も、キャリアは「社会経験を積んだ後のプロデューサーへのエントリー」から始まっていたし、「企画書」の面白さでその力量が分かった。
腕組みしながら、「女の子」を眺めていたのだ。
「これが政治家の卵だった」
テレビ局は、どんな社会経験であれ、「企画書の面白さ」だけを見ていた。
レベッカ When a woman loves a man

「コロナウィルスで国民がバタバタと倒れていくのならば天皇を退位する」
この、令和天皇の発言に、東大法学部公法・私法学科の論理と、政治学科の論理が結びついてしまった。
つまり、「条文がすべて」のお役所と、「おカネ・力・人気がすべて」の政治家が結びついたのだ。
敵は「アメリカイルミナティ」であったし、令和天皇は東大法学部と一騎討ちをする形となった。
「それでも、人気よりも条文だ」
東大法学部はそのように考えていた。
そんな時に、令和天皇が「中国の科挙」つまり「天気コントロール」「スマホクーラー」という企画をぶち上げたのだ。
中国からの「熱風」を食い止めてきたスカンジナビアシェルターとしての東京大学法学部は、岐路に立たされた。
ベトナム戦争で「ムチャクチャ強ええ!」と思っただけの「中国の正体」が明らかになったのだ。
論語の専門家と称する所功も、その真の意図を認めようとはしなかった。
東大法学部は、今後もスカンジナビアシェルターとしての対中防波堤としての役割を担い続けるだろう。
しかし、「キャンパスがつまらない」からイスラム圏は原油の安定的供給を1973年に止めてしまったのだ。
そこで私は、「スタンフォード大学ジャパン」を神奈川県三浦市に作ることに決めた。
端的に言うと「女が描く男」は涼しい、と言うことである。
松田聖子 秘密の花園

政治学科の連中はとっくに令和天皇を支持していた。
しかし、公法・私法学科はそうではなかった。
どの条文を叩けば物事が動くのか?
それも「人気」に頼っていた。
令和天皇は、コロナウィルス騒動に関しても「食べ物飲み物の問題」と発言していたし、「組織のトップを守るための幽霊」とも率直に語っていた。
安倍首相が「絆」と言う発言をした時に、令和天皇のような「大人の側面」を見せたが、それも「ブレが生じた」という批判を浴びた。
お役所も政治家も「令和天皇こそが心のライバル」と見做していたし、東大医学部は「出発点から」間違っていた。
令和天皇の「食べ物飲み物論」の勝利を悟った東大医学部は、令和天皇の死をもって決着させようとすら考えていた。
「しかし、令和天皇は持病の腰痛をも自分で治し始めた」
つまらない東大法学部は、今後もスカンジナビアシェルターとして一定の役割は果たすであろう。
しかし、日本国にスタンフォード大学ジャパンがやってくるのだ。
楽しいキャンパスには「女子」は欠かせない。
そのため、スタンフォード大学ジャパンはメソジストの立場に立たざるを得ない。
しかし、「どんな女からも男は学ぶことが多い」ということを知る必要がある。
スタンフォード大学ジャパンに受かる女子は、「お父さんが酒井法子を聞いていた」から受かるのかもしれないし、他にもっと美しいアーティストがいるのであればモーニング娘。でもいいだろう。
モーニング娘。 電話でね

法律職は、お役所には残り続けるだろう。
しかし、行政職には「エッチな答案」が増えるだろう。
お役所だって「法律に詳しいもの」「仲間が多いもの」の間に稟議書を通していくのだ。
この仕組みが浸透して、ようやく「前向きな天皇制」が確立する。
これほど人気があり、影響力のある令和天皇の「死」を願うなんて後ろ向きすぎるのだ。
これはすなわち「法と道徳」の問題でもある。
道徳とは「多数派工作の学問」であるが、男同士は「カネと女」がなければつるむ理由がない。
法は「スカンジナビアシェルター」として対中防波堤であり続けたし、道徳は「政治学・哲学」と結びついた。
ふたつにひとつ 瀬能あづさ

女が彼氏と付き合っていくうちに、「自分はできない」という問題と直面する。
「彼氏が子供に興味を持ってくれるのかな?」「家庭に縛られるのかな?」
と言う二つの問題から「眠れなく」なるのだ。
仮言命令とは「和姦」のことだったし、何を考えながら喘いでいるのかに興味を持つのが「愛」だった。
サヨナラよりは殺して欲しい。
そんな「男が描く女」を語ると亜熱帯になる。
ribbon 亜熱帯ビーズ

亜熱帯ビーズは、寒いね。
「男が描く女」も「ホラー映画」になることがあるのだろうか?

「女は絶対に男を追い越せない」(アキレスと亀)。
このことを巧みに表現した音楽作品がこれだ。
君住む街 Qlair

プロ野球で、大量ビハインドを背負ったときなどは、この曲を使うしかないし、インターネット上ではかなり全体主義的にみんなが動いても、オンエアでは「東京大学法学部の論理」にしたがって、みんな「マニュアル化」された発言を行なっていた。
芸能界(プロテスタント)の世界に負うところが大きく、それでいて、テレビ局は「全体主義」を拒絶した。
横浜DeNAベイスターズの司令塔は、このようなことを考えていたし、率直にメッセージを論文として出していたが、その真の意図を理解するものは少なかった。

歌って踊るのは「女」であり、「女は絶対に男を追い越せない」存在であったが、「立証責任を負うのは男」であった。
工藤静香 証拠をみせて

しかし、「結果」と「証明」は異なるものだ。
「負けたらCは許してくれない」
しかし「AとBを行ったり来たりした」
これが「結果」であり、男が本当に「証明」した時だけCを許した。
カトリックは、「アイドル(偶像崇拝)」を容認しながらも、「現実の女に劣る」と説明している。
現実の女が、立証責任をコントロールしながらも、アイドルは、立証責任を負わされた男への「罵声」を消す効果があった。
罵声を浴びると人間は「何もする気がなくなる」ものだ。
そのためにプロテスタントも必要であったが、カトリック女は「負けてもいいよ」と冷静に勝負の世界を見ていた。
高橋由美子 負けてもいいよ

「女が描く男」は涼しい。
中国共産党の直系のribbonは、「女友達と本気で付き合うときは、男は、他の女の名前を出す」と言う基本を踏まえ、そのような男を描いている。
涼しさだけではなく「ホラー的要素」を含むのが中国共産党の特徴だ。
ribbon ガラスの上のブロークン

天気をコントロールできる「子」が歌のモデルになることを性悪説と呼ぶ。
しかし、大唐帝国は、「行動原理が不明確な男」「若者」に歌のモデルを移して行った(性善説)。
それでも天気は涼しくなったし、若者が夢を見れるようになった。
性悪説には「絶対」があったが、性善説は相対主義の立場に立った。
涼しくなればいいという割り切りと繁栄が中国共産党にはあった。
ribbon わかってないね

中国共産党は「性善説」つまり行動原理が不明確な男、若者を「女が描く男」として歌った。
暑いときは気温が下がるが、冬は暖かくなるのかは実験が必要だ。
いずれにせよ、性悪説は絶対主義と結びつくし、性善説は相対主義と結びつくのだ。
音楽の大衆化を志向したのは性善説である。
ribbon Virgin snow

女友達と「恋人関係」になろうとする男は「他の女の名前を出す」のは基本中の基本である。
そんな時に自分の気持ちに女は気がつくからだろう。
性善説の立場から「若者の国」を標榜したのが中国共産党である。
「女が描く男」は涼しい、それだけを見ていた。
ribbon 君ならば大丈夫

「女が描く男」を、「子」(先生)ではなく、若者という立場に立脚する場合(性善説)、若者は相対主義に立たざるを得ない。
「私は特別な女」「彼は特別な男」というキリスト教アリウス派の立場でもなく、かと言ってアタナシウス派の立場に立って「彼氏と別れた言い訳」を女が版権として持つわけでもない。
とにかく「性善説」=「相対主義」は、別れる理由もあっけらかんとしている。
それでも中国共産党は、「涼しさ」を探求したのだ。
ribbon さよならが終わるまで

中国共産党の性善説は、相対主義と結びつき、若者と結びつく。
加藤紘一も「相対主義の立場からは」と発言していた。
一方で、子(先生)クラスになると、口説き文句の絶対を知っていたり、天気をコントロールできる金持ちであるため、女は「別れた理由」を深刻に受け止めなければならない。
アリウス派はそのような立場であるし(彼氏は特別・私は特別)、アタナシウス派は、女は皆同じという立場から「フラれた理由」の版権を持っている。
アリウス派にせよアタナシウス派にせよ「絶対主義」の立場に立っており、マルクス主義的相対主義とは異なるものだ。
アリウス派の松田聖子の「絶対主義男」と、ribbon=中国共産党の相対主義男は、やはり「涼しさ」という観点からは松田聖子の方に軍配が上がるのだろうか?
松田聖子 Sweet memories

マルクス主義的相対主義と、キリスト教的絶対主義に関しては、ribbonも、立場のブレが見られる。
これは「別れた男は絶対」というキリスト教寄りの立場が垣間見える。
しかし、キャリアが斜陽に向かって「ブレ」が生じたとしか言いようがない。
「どうだ?儒学は涼しいだろう」と言ってくれる評論家がいなかったためだ。
ribbon Be my diamond

これはまだ、中国共産党の相対主義の立場を守っている。
涼しいですかね。
ribbon ハッピーエンド

1991年夏の、ribbonの日比谷野外音楽堂における「ハーレムナイト」は、大雨洪水警報の中で敢行されている。
「涼しさ」「相対主義男」「儒学」と雨の関係を物語っている。
一方で、渡辺美里のような「アタナシウス派」「絶対主義」「女は皆同じ」という立場にも「雨」の存在が指摘できる。
「彼氏にフラれた理由」を考えると雨が降るのだろうか?
渡辺美里

そもそも、スターリニズムというものが、「ゲイカルチャー」「相対主義」に立脚するものだった。
「俺を含めて誰のいうことも聞くなよ」
竹原ピストル

中国共産党の相対主義・性善説は、唐の時代の儒学と結びついたし、中国の歴史と何ら齟齬をきたすものではなかった。
中国の植樹祭で、朝から政府首脳がジャージ姿で現れ、
1日かかって木を植え、夕方に若者が演説した。
「地球最後の水を人間の涙にしてはならない」
中国はあくまでも「若者の国」であり、そうであるのならば常に「地球の終わり」を意識せざるを得ない。
若い女の子の中には「世界に終わりが来ればいいのに」と思う子もいる。
終末思想は、権力批判なのだ。
ribbon Wish

台湾は、松田聖子の「気温コントロール」を研究しながら、
中国に「4つの、ない」があるとし、言論の自由がない、是非を論じない、貞操を守らない、人道を守らない、と批判している。
対決の構図は台湾=キリスト教アリウス派=松田聖子。
中国=儒学=ribbonという図式だ。
松田聖子の方がribbonよりも有名ではないか?と思うだろうが、大陸では「ribbonが勝った」のである。
中国の新聞を読むときには、ribbon=マルクス主義をBGMにするといい。
ribbon 3つの願い

相対主義=性善説=若者の国の中国と、キリスト教アリウス派(特別な男・特別な女)という台湾は、台湾が「中国にとって、おばさんにあたる」ことから、特別な女=おばさんを扱うのが中国には荷が重い。
ビジネスパートナーとする必要があるが、バックにどんな男がいるか分からないし、どんな陰口を叩かれているか分からない。
ribbon=相対主義男の方が、松田聖子=絶対主義男よりも涼しいのならば、中国は「ひとつの中国」という立場を日米に認めさせてはいるが、日米は「台湾問題の解決は平和的なものでなければならない」とし、非常に困難な頭脳戦を構築してしまった。
ひとまず、大陸の図式を見て「ribbonの方が松田聖子よりも涼しい」というあたりを探ってみるしかない。
ribbon もう一度会いたくて

ここで、北朝鮮の「主体思想」が朱子学(文)であることを踏まえると、北朝鮮は、「ribbon+松田聖子」であり、韓国は「キリスト教国」であると言える。
日本国が「平成」になり、国民全員が無神論者、となった時に、北朝鮮に大洪水が起きている。
中国の「天」に対して、日本国の「命」がなければ、アジア経済は大変な混乱を引き起こすのだ。
音楽作品づくりは、日本国の専売特許であり「命」であった。
命まで投げ出そうとしたのが平成という時代だったのだろう。
ribbon そばにいるね

中国には「松田聖子」を、韓国・日本には「ribbon」を、差し出すのが北朝鮮であり、極東地域において「悪の枢軸」と呼ばれている。

「見える!奇跡じゃ!」
神様を信じていいことはあるの?
女でも男でも、神様(男)を崇拝すると「視力が良くなる」のだ。
女しか愛せない女は「メガネっ子」だし、女からエネルギーもらって勉強している男もメガネをしている。
男の場合は「知的ドーピング」として女性アイドルは存在しうるし、のちの人生で「ファイナンス」(金融)の役に立つ。
しかし、男でも「男しか愛せない」(無産階級)男はメガネをしていない。
ケツを青銅の蛇に貫かれなければ、イエスは「信じる」ようにはならなかった。
イエスは強烈な「金融マン」だったのだ。
ケツを青銅の蛇にぶち抜かれて「主よ主よ」と言って「男を崇拝」することを知り、視力が回復していった。
強烈な「金融マン」として「男性ボーカル」を「視力を回復させるために」用いる方向性を見始めた。
イエスは十字架にかけられて「得をした」という側面がある。
すでに、勃つようにならなければ、「男が男を崇拝する」のは危険な行為である。
男の子の8%は、10代のうちにカマを掘られた経験を持っている。
女性ボーカルを聞いて、知的ドーピングをやって、金融マンとしての才能を発揮させた私も、最終的には「ギタリスト」にでもなるのだろうか?
それはそれでファイナンスにはなるし、「英語で」ギターを学べるという立場にはいるが、「視力をよくするため」という「理論」を知ってなければできない。
Bz ウルトラソウル

イエスは「主よ、主よ、なぜ見捨てたもうか?」(エリエリレマサバタクニ)と言って、散々、「女たち」を金融に用いていた己が、ギタリストとして生きることを決めたし、それは、当時、「メガネがなかった」ためであろうと考えられている。
男を崇拝する男でも、哲学的に完成していなければ、勃たなくなるという致命傷を負いかねない。
しかし、哲学者として完成していれば、ギターで自然に女たちが寄ってくるのがわかる。
「それでも神様を信じることが必要だ」
上達という名の「贈り物」を感じながら、取り巻きの女が増えるのを見ていればいい。
Bz 兵、走る

重要なのは、「詩」にせよ「ギター」にせよ、「哲学を覚えたやり方にしたがえ」ということなのだ。
詩にせよギターにせよ「悲しみを地球の奥底に沈める」営みであり、「神」(男)を歌うものである。
スピノザは「ギターは英語を学ばなければ分からない」とし、「視力が良くなる方法」「男性崇拝」の争いに勝利を収めた。
神を語る男か、勉強をする男かに区別されたが、神を語る男はギターを弾いた。
アブラハムの神、そしてイサクとヤコブ、情報源と父と息子の対立という構図を作ればいいだけだった。
さらに、「セックス」の解釈論においては常に「神」でなければならなかった。
これを間違えたら、視力はよくならない。
サウンドがあれば、「詩」がある。
これらの情報源はすべて「英語」に頼らなければならない現状はあるが、それは「視力」を英米が世界で握ったことを日本人として受け入れるかどうかであり、英語への適応能力はもはや才能であった。
イギリスやアメリカ合衆国の「国づくりは芸能界にしたがう」という発想を世界が受け入れた以上、アメリカ合衆国は、覇権国家であった。
イギリスも1956年にスエズ動乱が起きるまでの200年間は覇権国家であったのだ。
すべては「ギター」にかかっていた。
Bz Love Phantom

おニャン子クラブ=原始キリスト教。
CoCo =カトリック。
中森明菜=ハプスブルク家。
松田聖子=キリスト教アリウス派。
小泉今日子=キリスト教アタナシウス派。
SPEED=ルター派。
モーニング娘。=神道。
AKBグループ=カルヴァン派。
ribbon=マルクス主義。
などと、簡単にジャンルは分けられるが、自分で、ギターを弾いてみて、「神」「男性崇拝」を学ぶしかない。
自分のギターが不完全燃焼ならば、CDを聴けばいい。
学問に励んだ結果、楽器をいじらないのならば、哲学の世界は「何も教えなかった」ことになる。
散々、苦労させて、視力を悪くさせただけの、報い、楽しみを学習者に与えなければならない。
「やり方」
が分かって、どの論客にも勝ってきたのならば、最後は楽器をいじらないといけない。

私は、ギターを爪弾いた。

貴女は私を忘れないだろう。
嘘も含めて忘れないだろう。
私が死んだら、ウロウロするよ。

正解はすでにある。
ribbon きっと忘れない

音楽業界は、「もうやることはない」という現状がある。
しかし、「誰もが興味を持てる勉強」を確立する必要があったし、それは「英語さえできればもっと遠くに飛べるのに」というスキージャンパーの発言に似ていた。
「誰もが信用できるわけではない」
そんな世界で「哲学」「音楽」だけは「何を信じたらいいのか?」を教えてくれるだろう。

これも正解。
ほんの3行程度、翻訳しただけでここまで膨らませてしまう日本人の「和」の心はものすごいね。
俳句の影響だろうか?
ribbon 夢見るように出逢えたら

適当なんだよ。
これをちょっとばかり拝借しただけなんだよ。
イングリッシュポエム

世界革命~トロツキーは「戦争するぐらいならイエスでも拝んでろよ」と言って、世界にクリスマスを広めた。
各宗派のリアクションをまとめてみました。
原始キリスト教=おニャン子クラブ。 カトリック=CoCo。 キリスト教アリウス派=松田聖子。 キリスト教アタナシウス派=小泉今日子。
「該当なし」
神道=モーニング娘。 ハプスブルク家=中森明菜。 ルター派=SPEED。 カルヴァン派=AKB48。 マルクス主義=ribbon。 ユダヤ教=酒井法子。

トロツキーの「世界革命」は、ジノビエフやカーメネフも、「スターリンの相対主義より怖い」と考えていた。
相対主義というものは「性善説」「若者の歌」という意味だが、トロツキストの中では原始キリスト教、カトリック、ルター派あたりが一番、セールスを記録したことがわかる。
トロツキーは寒いね。
コミンテルンが「中国大陸の孫文しか見えなかった」ということと関係があるのだろうか?

なぜ「イエスキリストが好き」なのか?
セックスすればどの男も「好き」になれる。
しかし、イエスキリストのソーセージはそんなにタフではない。
「好きになれば肉が食べられる」しかし、そのおカネはイエスキリストを好きになったことから他の男に貢がれたものでもいい。
「令和天皇が好き」と女が語り、しかし「令和天皇はすでに結婚しています」と男に語れば、「だったら俺が付き合ってやるよ」と男が言い、肉が食べられる。
「好きだというのは意味のない挨拶」と言われる由縁はここにある。
1956年にクインは、シェークスピアのオテローの研究をもとに、このような「教団」を作り始めた。
クインは「フローレンス・ロックフェラー」と呼ばれ、ロックフェラー財団に欠かせない人物となっている。
女が、「令和天皇が好き」と言えば、どの男でもモノにできるようになったからだ。
哀しい方の嘘 ribbon

令和天皇のノーベル賞受賞は、もはや「好き」を通り越して「崇敬」に変わっていた。
今彼は、そんな日には、贅沢なご馳走をしてくれたからである。
「令和天皇は心のライバル」と見なす男が多いからコロナウィルス騒動は起きた。
しかし、女の側もその「男の嫉妬」をうまく利用して「肉」に変えなければならない。
「選挙の日は外食する」
そのような心理にも似ていた。
モーニング娘。 ザ・ピース

「令和天皇は男たちに恐れられている」
それならば、なぜ、女たちは「令和天皇は結婚しています」と本命の男に語って肉を食べないのだろうか?
「天皇陛下の長寿をお祈りする場所」である日枝神社は、結婚式場ともなっている。
私のブログを読む男ならば、一生、衣食住事足りるだろう。
シャーロック・ホームズは「モリアーティ教授は結婚している」と語り、女性クライアントを得ていった。
好敵手とは得てしてそのようなものだった。
憎くても「いてくれなければ困る」、そのような関係から財団や教団というものはできるのだ。
うしろゆびさされ組 セキララ

 

 

 

 

なお、私は本日をもって「立憲民主党のオーナー」になることになりました。
寄付をよろしくお願いいたします。
立憲民主党寄付

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