最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 中国の思想と日本の芸能界。 | トップページ | インド哲学~中国を越えようという野心。 »

2020年4月26日 (日)

日本の哲学。

さて、キリスト教史も、中国哲学も説明を終えたところで「日本哲学」に関してお話ししてみたい。

日本という国は、イギリスと大陸の距離の二倍、大陸から離れており、そもそもが、中国の「天」に対する日本国の政治家の「命」つまり「天命」を信じようが(儒学)、キリスト教を信じようが(日英同盟・日米同盟)自由であった。
また、学問というものが、ドイツのワイゼンシャフトからもたらされており、「言葉の壁」を考えると、案外いい加減な講義が大学でなされている。
そのようなお国柄で、端的に表現できるのが「道」であり「神」であった。
私も、芸能界をキリスト教の文脈や、中国哲学の文脈に位置付けるという試みはやらせていただいたが、「道」を踏み外さない、「神」を信じるユニットだけが生き残っていることがわかる。
共通して言えるのは、小さな人間たちが「仲良くなって」「力を増す」というところに日本哲学の本質があり、中国人にとって「命」に見えるコンテンツや、アメリカ人にとってキリスト教の文脈に位置づけられるような音楽作品も、日本人にとっては、会場の隣の人を「オタク」と呼びかけるほど、「仲間を作るためのコンテンツに過ぎない」「社交性のある人には必要ない」ものであったことだ。
ひなげし(聖母マリア)ではなく名もなき花(庶民の女)として生きてよかった、「神さまに祈るかどうかも自由」と歌った曲もあり、日本人の宗教感覚を巧みに表現している。
中嶋美智代 ひなげし

身近な人が死んで遺骨になるのは事実であるし、学校の進級や卒業があるのも事実だった。
いろんな「社会契約」もあったし、そこで出世しなければならなかった。
なによりも、この世に生を授かったのならば、親から自立して生きて行かなければならなかった。
そのためには儒学もキリスト教も「自由自在に」使いこなす必要があった。
儒学は「雨乞い」のようなアニミズムに過ぎなかったし、キリスト教は「詩」に過ぎなかった。
このようなお国柄で、天皇が「神」としてアマテラス(女神)とは何か?を表現した。
「神の長い女」を生み出す国学にしたがって、「令和」という元号もつけられたし、もはや、いかなる制約も中国から受けることはなかった。
令和天皇はといえば「アメリカかぶれ」であったし、多くの音楽作品の「心」を語り、カルト的人気を誇った。
日本人にとっては「宗教」とは、自分を仲間とともに大きく見せるためのものであるに過ぎず、「無神論」と自分のことを語るのが普通でもあった。
松田聖子 抱いて

仏教徒としての「美男美女」であること、儒学の立場から「温暖な気候の中を過ごす」こと、さらにはキリスト教の立場から「好きなアーティスト」を好むこと、などわりと融通の効く文化圏が構築されていった。
まあ、「信仰を持ったお陰で仲間が増えて、人生の悩みが解決した」というあたりが信仰の理由だとするのが無難かもしれない。
私も、何かのしがらみがあるわけでもなかったし、それでいて天皇になるためにおカネを必要としたことから、信者公称9500万人といわれる神道の立場に立たざるを得なかったし、「神道のライター」としてキリスト教や儒学、仏教を語らせてもらっている。
宗教とは「寂しがりやさんのやるものだ」という本音もあるが、時にはキリスト教のおかげで国民的スターになった人も目撃したし、儒学のおかげで、「先生」と呼ばれた人も見た。
しかし、神道と言っても「國學院大学・皇學館大学の学生さんの就職先としての神社」の生活保障という側面があり、その世界の「ライター」をやるということは、決して優秀ではない学生さんたちに職を与えるためのものでもあった。
このように「一歩引いて」日本国の宗教を見てみないと、各セクトの論理や、アメリカの正義、中国の理屈などが理解できないだろう。
日本人は「いい大学に入っていい会社に勤めて」という人生だとするのならば、宗教というものは必ず、「現世利益」をもたらすであろうし、出世とは何か?人生とは何か?家族とは何か?などの答えが見つかるものだ。
日本ほどクリエイティブな国はない。
世界第3位の経済大国は、宗教にかぶれることを「洗脳」とは呼ばない国である。
「おカネのため」「仲間のため」「家族のため」などという見方もできるようになる。
また、「宗教」だの「革命」だの言っている連中を尻目に学問に励んだ私の学生時代は、「それが正解」ということも分かるようになる。
寂しさ、「空」の懐の深さを理解するためには、そのような足跡をたどる必要があるし、いざとなったら「資金集め」をし、「天気のコントロール」ができるようになるためにも、宗教だの革命だのと言っているのは「寂しがりやさん」だと割り切る必要がある。
それを理解した上で、「生活のために」いろんな宗教と関わってみる必要がある。
日本国という国の懐はそれほどまでに「深い」ものがある。
いろいろと「エキサイティングな宗教」を私も語らせていただいたが、それはひとえに「スタンフォード大学」から由来するものであり、「日本語しかできない」「日本で生きていくことが宿命づけられている」人間が「宗教を信じる」その「心の隙間」を指摘して、私もかなり体力が消耗してしまったため、いったん、筆を置きたいと考えている。
SPEED I remember

【つづき】
5世紀頃に、中国の文字が日本に伝わったが、なにしろ「言語」が異なったため、まったく異なる用いられ方がした。
道教・儒学・仏教が「3つの道」として日本国に伝わったが、道教は「神道の原型」としての位置を占め、儒学は「天命」として、仏教は「美男美女」として伝わった。
道教は「歌」のことであったが、「神道の原型」と位置付けられたのは令和天皇による「神道によるJ-POPの吸収」がなされたからである。
妻とは、バトミントンをやったりしたのが出会いだった。
香淳皇后が好んだ「出会いの方法」であり、実際は「大人たち」に見守られて、私も厳しい監視の下に置かれた。
酒井法子 風のアンダンテ

日本国において、華々しく人々の信仰心を集めたのは、「儒学と仏教」であり、美女を瞑想して禅を組めば「美男美女が生まれる」とした仏教と、「陰陽師としての出世の方法がある」とした儒学が、ひときわ信仰の対象となった。
ハンサムで出世する、これ以外に日本国に宗教はなかったのだ。
宗教というものが「男らしさを語り合う論壇」だとするのならば、本来、日本国には儒学と仏教しかなかった。
道教というものは「アイドル」として、儒学の陰陽師にも用いられたし、仏教の「美女」としても用いられたが、今も昔も「オタクカルチャー」としての域を出なかった。
酒井法子 エアメール

香淳皇后(遊佐道子)は、松田聖子にはキリスト教アリウス派の立場に立たせ、「特別な男」「特別な女」を歌わせたが、酒井法子には「神道」の立場に立たせた。
砂川事件において、神道形式の祠を「市の費用で」移転させることを求めた事例があるが、訴えたのは仏教徒だった。
「美女の供給源」として、あるいは「音楽作品の供給源」として神道は位置付けることが可能である。
酒井法子 秘密のガーデン

実際に、周囲の女の子を「妹のよう」に接することをモチーフにし、「セックスしたら続かないよ」ということを教えた(アガペー)という特徴が神道の立場に立つ酒井法子にはあり、童貞のまま結婚するジャンセニズムの立場を強烈に推進した。
ジャンセニズムは、少年マンガを読むことをも教えた。
明治維新の時に、「天命」としての「命」あるいは陰陽師としての「音楽作品の評論家」たちが、神道国家を標榜し、日本国は「芸能界」を確立した。
酒井法子 トライアゲイン

東京帝国大学の学生さんは「僧の中の最高位」とされ、歌のモデルになった。
「カリスマ」は、東京帝国大学で中国語を学び、法科に進み、「神」となった。
女の子にモテて、「妹たち」目当てに友達が適当にいれば、法律も学ぶことができた。
これが「神道」であり、酒井法子の音楽作品の中には時に「哲学的問いかけ」もあったが、それで成り立っていた。
酒井法子 すごすぎる

仏教も、美男美女は、「声も美しい」ということから(バリントシンドローム)、カルマ(伝説からの教え)として、スマートフォンが主流となった現代には有力となっている。
酒井法子 リアル

さて、明治維新以降に「改革」と呼ばれるすべてのものが、「西洋哲学」(キリスト教)を必要とした。
日本国においては仏教(顔)がモノを言ったが、女の口説き方(哲学)を売らなければ、いかなる改革も成し遂げられなくなった。
おじいさんと言われる歳になったら口を動かしておけばいいのだ。
酒井法子 おじいちゃんis watching TV

南北朝正閠論は、天命・陰陽師の方が大事であるとした儒学(南朝)と、美男美女の方が大事とした臨済宗(北朝)の対立であり、
1701年に赤穂浪士によって「南朝正統説」が確立した。
なぜならば、「戦いとはカネをばら撒きながら行うものだ」という現在の選挙戦の図式(武士道)がここで成立したからである。
「忠臣蔵」は、現在でも芸能界で大人気であり、選挙の資金源となっている。
忠臣蔵が放送されたら「解散も近いのかな?」という見方も可能だ。
男は顔じゃなく中身(新派でなく旧派)と言った方がカネになったし、なにしろ後醍醐天皇の人気が認められたのだ。
インドの理想郷には美男美女がいるらしいが、「天気のコントロール」「陰陽師としての立場」「武士道」などがあるとゴダイゴは歌い、人気を博した。
ゴダイゴ ガンダーラ

日本史を振り返るのならば、604年の17条憲法から1185年の「将軍による統治下」が始まるまでは、仏教が主流であり「顔がモノをいう」時代であった。
儒学は安倍晴明のようなサブカルに過ぎなかった。
古墳時代、奈良、平安時代までは「恨むなら親を恨め」という時代だったのだ。
蘇我氏はブッダを信じてはいなかった。
しかし、聖徳太子は韓非子にもしたがって、部下たちに処女を分け与える「会長さま」の側面もあり、組織内で人望があった。
「学校」というものが処女を用意する温床となったようだ。
聖徳太子の教育システムは「2000年安泰」と呼ばれたが、令和の時代に、それは岐路に立たされている。
中央集権国家を作り上げる上で韓非子は必要な書物だった。
平安時代に、最澄の天台宗と、空海の真言宗が「密教」と呼ばれ教義を洗練させている。
私は「文字曼陀羅」というものを天台宗にご紹介させていただいたが、空海は「宇宙」というものを信仰心に含めたという意味で密教と呼ばれている。
空海は儒学も道教も巧みに操ったとされている。
彼氏に見せられる世界を明らかにしたのだろう。
松田聖子 蛍の草原

空海は、J-POPに恵まれた現代において、それと接する機会のなかった両親や友人などに、「モノを分けてやる」力量を真言と呼んだ。
そのような意味では陰陽師と何ら変わりのない「音楽作品のキュレーター(評論家)」であった。
華厳宗というものは「キュレーターが後の世に登場するのを待っていた昭和・平成の時代」のようなものだ。
華厳宗はその名の通り、厳しい世界だったであろうことは想像に難くない。
空海は「心を知れ」と信者に発破をかけた。
なんで人々は分かり合えないのだろうか?
それは「おカネがない」からであろう。
比叡山も高野山も「人々がわかり合うためにはおカネが必要」と考えていた。
「彼氏が子供に興味を持ってくれるのかな?」「家庭に縛られるんじゃないかな?」付き合っていくうちに女は追い詰められていく。
BoA Is this love

「女心」のテキストは紫式部の「源氏物語」や、清少納言の「枕草子」だった。
平安時代の朝廷は、「大学寮の成績で領地を決める」という仕組みのもとでは、あまりにも軟弱すぎた。
「人をぶっ飛ばしてまで大学寮に入る」というサムライが主流になり、1185年に勝利を収めた源氏は、1192年に日本で初めての軍事政権を作った。
京都に天皇を残し、鎌倉幕府を作ったのだ。
軍事オペレーション機能を有した都市であった。
比叡山には「仏陀が入滅したあと時間が経ちすぎた」という末法思想が蔓延った。
この時、浄土宗・禅・日蓮宗が興ったのだ。
法然も親鸞も「阿弥陀仏陀さま」を「理想の男」「女たちが描く男」と位置付けた。
比叡山延暦寺は、これに激怒し、処罰や処刑をもって答えた。
鎌倉に「男が描く男」でありながら「女たちが描く男」としての新宗教が成立した。
マジェスティックベイビー

1338年に、中国の「経済ブーム」を利用するために、京都の室町に足利氏による幕府ができた。
しかし、中国に頼りすぎた政権は長くは続かず、1467年から1477年まで応仁の乱が起きた。
中国に見捨てられた年寄りは儚い(サビ)という日本の美学が資金集めに利用された。
Please tell me Mr.朱 河合その子

徳川幕府は、織田信長と豊臣秀吉の後を受けて徳川家康によって作られた。
しかし、その多くは織田信長に負うところが多く、戦争にキャノンやマスケット銃を用いたことからもたらされた。
ポルトガルとスペインがローマカトリック宣教のために日本国にキリスト教をもたらし、1637年に日本国が鎖国を行うまで交流が続いた。
平田篤胤(1777~1843)は、最も西欧にかぶれた男として人気があった。
臨済宗は、「男が描く男」でありながら「女が描く男」である阿弥陀仏陀を信じていたが、朱子学(文)・陽明学(武)と接することができなかった。
そのため「メジャースポーツの生み出す富」と接することができたのは儒学だけとなった。
(陰陽師)
筒香メジャー

江戸はヨーロッパのどの都市よりも巨大だったし、京都や大阪はパリに近い規模を誇った。
道路・水路・金融の三つで経済的な繁栄がなされ、「文字は古文・漢文のままでいいのか?」が議論になった。
「神が言語を作る」
そこにはスポーツの世界の神もすでにいた。
本居宣長によって古事記が書き直された。
それは、「神話が神道の教え」と言うにとどまらず、「大和の言葉」を生み出すテキストとなった。
伊藤仁斎は、国内初の「サンスクリット語の権威」となった。
「セブン」もこの時に紹介された。
映画セブン

仏教の側は、「ワルって涼しすぎんぜ」と急激に舵を切った。
1854年に日本国は黒船の来航によって開国した。
不平等条約を結ばされ、「西洋化」が求められた。
技術とカネに圧倒された。
「口説き文句を売る連中」だったからだ。
神道の側は「神話」に逃げてしまった。
初代東京帝国大学教授の井上哲次郎は、「和魂洋才」と銘打った。
二度の世界大戦を経て、宗教の世界にロックンロールが起きたのは周知だろう。
ローリングストーンズ スタートミーアップ

6世紀の中頃に、仏教は「インドを発祥の地として」しかし、儒学は中国の教えとして朝鮮半島を経由して、日本に入ってきた。
その内容に関してはすでに触れたが、日本国は「天気」を仲間作りのために用い始めた。
暖かな気温を下げるために雨が降ることがあり、男たちはみんな雨を避けるように同調行動をとったため、占いや神と同じように「女の勝利」であるとされた。
高橋由美子 思い出の銀の矢たち

「聖学」とも「心学」とも呼ばれたものであり、抑圧された女たちが、「陰陽師」を崇拝し、「雨の歌」を歌った。
松永尺五の、愛燐書を参考にしたのだろう。
天と地の間に「男」がいる、それをサクヤムニが歌ったとされる。
長雨

実際に、儒学による「雨」と女たちの関係を噂しあったのはイエズス会だとも言われ、ルイ14世はその音楽作品の完成度を絶賛した。
フランス語、ドイツ語、英語にも翻訳された。
日本国がルイ14世に影響を与えていたことが確認されている。
日本の哲学の背景には常に「雨」があり、それと「女たち」は密接に関わっていた。
美女が「あの人と会える」と考え、周囲が噂しあっただけでも雨が降った。
高橋由美子 レイニーデイ×3

「あの人」とは、朱子学にしたがった「文王」のことであり、「美女」は仏教徒だったため、儒学と仏教はともに音楽作品のセールスを見た。
「あの人」とは本来、孔子のことであり、周王朝の政府高官として、孤軍奮闘した男である。
気温を下げるのにいちばん手っ取り早いのは「雨が降る」ことではあったが、孔子も孟子も「雨男」として知られた。
インテリと美女が出会って、しかも発信力があるから雨が降る、その音楽作品を売ることが必要だった。
松田聖子 雨のコニーアイランド

インテリとして有名な男と、美女として有名な女が出会うと雨が降る、それがカネになるうちは、ひたすらそのことを詩にした。
国生さゆり 雨のニューオリンズ

漢王朝は、その資金力で、事実上、朝鮮半島をも支配したが、日本国では「雨」こそが「元号」の起源となった。
インテリ王子の即位のはじまりはいつも雨だった。
はじまりはいつも雨

「和をもって尊しとなす」
聖徳太子は、音楽作品のセールスを見てこのような17条憲法を作っている。
雨男、つまりインテリと、雨女、つまり美女は組織の中で「幽霊」のように恐れられた。
雨の慕情 八代亜紀

旱魃や飢饉よりは、雨が降った方が良かったが、かと言って洪水が起きるのも困る。
そこで、君主は露出をコントロールする必要があった。
エバーグリーンは雨が約束されないと訪れないものだ。
渡辺満里奈 エバーグリーン


6世紀に日本国に仏教が伝来した。
つまり、「美女のイラスト」が大量に届いたのだ。
それ以降、「イラストそっくりの女の子」が生まれるようになり、信者は盤石なものに思われた。
ナガールジュナ(龍樹)や、ヴァスバンドゥが、「阿弥陀仏陀」の仏像を作り、人々はその顔の美しさに見入った。
女が描いた男は、その場を涼しくさせる。
美男美女に生まれて、死んだらナンマンダブのジュッパヒトカラゲ、お釈迦さんも大雑把だね(大乗)。
しかし、それを「美男子だから」というだけの理由で政府高官にしてしまう連中を「小乗」と呼んだ。
しかし、日本に伝わった大乗仏教は、応神天皇(ボディサットバ)と呼ばれる陰陽師の影響を受けて音楽作品を聞いた。
八幡ネットワークは、神道ではあるが、大乗仏教から生まれたものだ。
法然は、男女がともに「念仏」を唱えればいいとしたが、カントのような「口説き文句」を想定していたかは明らかではない。
繰り返す単純なリズムを男女で楽しんでいたのかもしれない。
Perfume Edge

浄土は、その後、4クォーター3ビートという音楽を受けいる土台を作っている。
「踊れる音楽作品」はすべて浄土に属するものであったし、「美男美女」が歌って踊ったのだ。
東京パフォーマンスドール キスは少年を浪費する

東京パフォーマンスドールは、明確に「浄土宗」の立場に立っていた。
美男美女が歌って踊れる「4クオーター3ビート」を志向したのだ。
「暑い、暑かったのが浄土であり、禅であった」
本来、ナンマンダブだった「4クオーター3ビート」が1883年の大阪での「プロテスタント伝道会議」において現在の形になった。
テーマは「神・罪・救済」にあり、どれだけファンを増やしたかで救済が決まった。
プロテスタント伝道会議の100年ものちに東京パフォーマンスドールは、「小さな革命」と銘打って、浄土というものを作ろうとした。
東京大学の清沢満之によって研究が進められていたのだ。
東京パフォーマンスドール ルビーチェイス

一方で、「禅」というものは不思議な教えで、娘が生まれた後にも、親が禅を組めば「娘が可愛くなる」というものだった。
その不思議な現象に、いまだ中国の10人に1人は禅の信者だとされる。
なんでかは分からないが、お年頃の女の子も「恨むなら親を恨め」と言われるぐらいならば、親は禅を組んだほうがいい。
自分以外に邪魔な人間は目の前にいない(2つではない)、さらに、美男美女を瞑想する浄土宗とは異なり、「無」になるとされる。
そのようにしているうちに「娘や息子の顔が見えてくる」のだ。

なお、日活の各「ライン」が知られているが、今で言うAKB48グループ・坂道シリーズが、「会長さま」の取り巻きになることで、トップの悪口を言って女性社員たちに人気を誇る常務会の連中に「結婚相手と出世」を与えることで、自らの権力を維持するためにあったものだ。
日活の各「ライン」は、韓非子によるものであり、韓流ドラマに近い。
日活の各「ライン」は、吉田茂とか池田勇人、佐藤栄作の系譜で区別されているものと思われるが、吉永小百合は「ベトナム反戦運動の急先鋒」であるプロデューサー岡田太郎に与えられている。
「人事の佐藤」のやることだ。
樺美智子さんが60年安保闘争で亡くなったが、これは実際は「アメリカ人女性記者」であり、それを「日本人女性死亡」と報じ、谷中の「レッドゾーン」に葬っている。
70年安保というものは実際は行われておらず、「ベトナム反戦運動」のことをそのように表現しているのだ。
アラン・マクリーンが、外国人ベ平連を組織し、在留不許可処分を受けたときに、「出入国は法務省の自由裁量である」と言う判決が下った。
覊束裁量が「お金で決める」ものに対して、自由裁量とは「芸能界が決める」ものであるため、吉永小百合より15歳以上年上の岡田太郎には多少もったいないが、マクリーン事件対策として結婚が認められている。
西田幾多郎という人物は、おそらく私の祖母・香淳皇后(遊佐道子)のペンネームだと思われるが、昭和天皇の命を狙う連中を、「日本軍は日本人の命を守るためにあるもの」とする統制派と、「天皇の命を守るためにある」とする皇道派の対立から、「検察ファッショ」という形で皇道派に味方した平沼騏一郎に、「感謝の意を込めて」書かれたのが「善の研究」であり、娘が生まれた後にも「平沼が座禅をやるたびに娘が美人になる」ことを教えたものと思われる。
つまり、吉永小百合は「昭和天皇の娘世代」であり、私や松田聖子や酒井法子は、「孫」なのである。
「幸福の関心と道徳とを対立させ、始原において一致すべきもの」(カント)。
つまり、ハイボケイメノンとアリストテレスが語った、「父がいじめと学問を対立させ、性行為と仲間づくりを対立させ」「女心を学ぶ」(純粋理性批判を読む)と、娘が美人になるということを「トポス」と西田喜多郎は呼んだ。
吉永小百合 花だより

西田幾多郎は、アメリカやヨーロッパに強い影響を与えた数少ない哲学者となった。
「生まれた後にも父親の世界の広さが子供たちの顔に影響を与える」
世界を広げた後に、思い切り「無」に凝縮するのだ。
これは「男の役割」であり、「父」の役割だった。
西田は、カント、ヘーゲル、シャーペンハウエルなどを学び、自ずと芸能人の女の子たちが自分に興味を持つことがわかった。
京都大学で、田辺元、和辻哲郎、九鬼周造などと親交を深めた。
田辺元とは、私の母方の祖母・小野元(中曽根蔦子)であろう。
西田幾多郎が23歳の時に「遊佐」から詩が届けられた。
「23歳まで健康的に生きて夢のように消えた人」
それは、遊佐道子(香淳皇后)が糖尿病などの病気持ちだったことは私も聞いている。
私が東大に入った時に、昭和天皇は「血筋じゃ初めてじゃの」と語ったが、父方の祖母・道子も、母方の祖母・元も京都学派だったとは知らなかった。
エアー~サラダデイズ 酒井法子

世界を広げると言っても、「自分以外の思うにまかせぬ者たちの声を聞く」という意味であり、周囲に腰巾着しかいなければ意味がない。
中には本気で「殺す」という奴もいるので、皇道派を日本軍に形成するのも仕方のないことだった。
しかし、組織の頂点として耳にする「声の高さと低さ(色)」を聞いているだけで、あとは「無」に帰ればいいだけだ。
さらに、たまにはポルノでもみたほうがいい。
ポルノを見た後にも「女たちと話すことが好き」ならば間違いなく世界は広がる。
「見てきたように組織論を語れる」
この道はシッダールタも辿ったはずだ(アヒンサー)。
意識を「天皇と国民はひとつ」(国体概念)と呼ばれるほど高めるのだ。
どの国民も天皇に「みんなと同じ意見」など期待していない。
かと言って「説得」されるつもりもなかった。
英雄を英雄として扱うアメリカ合衆国では、成立しない発想かもしれない。
英雄こそが罵声を浴びせられる。
そんな中で「行為的直感」に頼って自分の進むべき道を選択するのだ。
ドイツのヘーゲルも「顔」は問題にしたが、息子や娘の「顔」に父親が影響を与えるということは想定していなかった。
正直にいうと、最高権力者の耳に何が聞こえてくるかを記した私のブログを「読め!」としか言えない。
自分の息子をハンサムにし、娘を美女にしたいのであれば。
子孫が美男美女になって、マルクス主義に汚染されただけだった、という批判が西田幾多郎に対してなされた。
子孫にフリーライドされたのだ。
三木清や戸坂潤などがそうだった。
松田聖子や酒井法子、そして私もそのメンバーかもしれないが、単純に「フリーライド」とは呼べない活動が展開されたメンバーだった。

和辻哲郎は、「若い頃イケメンで、雑踏の中をまみれたことのある」男でなければ、女に電話して「女が描く理想の男、松田聖子の赤いスイートピーとかロックンルージュとか?」と言われても「涼しくならない」としている。
ミスチル

 
しかし、「昔ハンサムだった」ということが広く知られている男ならば、このセリフを言われたか確実に女たちは「雪女」になって涼しくなる。
松田聖子 ロックンルージュ

気候と文化において和辻はそのように語り、夏目漱石が「西洋化によってこの国は何かを失おうとしている」としたことに理解を示した。
「孤独でたまらなかった一郎」を夏目漱石は小説で描いたが、このような人生経験の重要さを述べたのだ。
私は、田辺元と京都の寺を回ったことがあるが、田辺が「のちに和辻の古寺巡礼が分かってくれれば」という願いを込めて、私を京都に誘ったものと思われる。
また、「キリスト教の文化的意義」という本において、世襲を受けたいのならばマドンナやRebeccaを聴いて歌って、「俺たちはバカだけど遊んで暮らしたい」という連中の気持ちを理解してやらないといけないとしたし、カトリックの立場からは「繁栄・処女・高貴さ・競争」にはいじめがともなうことを認めた。
ヒスパニックの争いとは、実力制カトリック大統領と、世襲制王子の争いだと知ったのだ。
日本国では「コロナウィルスという名の幽霊」がいるとトップに批判的な勢力を脅したり、「会長さま」のように「処女」を与えて出世を約束したりした。
「幽霊」説は墨家思想であったし、「会長さま」とは韓非子の立場だった。
マドンナ スパニッシュアイズ

いずれにせよ、古事記などの研究を深め、この国の気候のあり方や季節のあり方を探ったのだ。
夏でも涼しくしようと思えばいくらでもできる。
しかし、「富の最大化」などは「伝統にしたがう」のが一番いいのは明らかだった。
しかし、「災害的猛暑」だけは避けなければならない。
それも「今となっては可能」なのである。
我々アジア人は常に「寒さ」の中にいたはずだった。
しかし、政治や哲学が「女心」を語るから「暑さ」がもたらされた。
季節はコントロール可能であるが、「それは古事記にしたがえ」という他はなかった。

人間とは「社会的な」生き物である。
みんな妥協しながら生きているのだ。
そのような現実の中で、「会長さま」に会えるとなったら、その喜びは想像以上に大きい。
年頃の女に「活路」が見えることは、大人として当然、考えなければならないことであるし、女子大生の父親でも「座禅」を組んで娘を美しくしなければならない。
座禅と言っても哲学が「分かる」と言う意味でもあり、本ブログの読者であれば問題はないわけであるが、天皇制は、「最終的には外国国家との比較」を目指さざるを得ないと言われている。
美しい女性ネットワークを女子大に持ち、女たちは「神」を信じた。
しかし、このような全体主義的に動いている国家間同士も妥協することを覚えるのだ。
瀬能あづさ 永遠に友達

主権という概念が「日本人女はみんなこんな感じ」というものであることと、「禅」を組んで「カラーとサウンド」つまり「顔写真と音楽作品」をイメージすることを考えると、「例の顔」として「アルバム8枚64曲」を自分一人で出したアーティストで、「日本の顔」と言えるのは酒井法子しかいない。
天皇が「日本人女はみんなこんな感じ」ということを決めることを「国体」(天皇と国民はひとつ)と呼び、自分の家さえ良ければいいという立場ではない。
YouTubeで「酒井法子」を検索すれば、サウンドはほぼ私が出している。
あとは「カラー」つまり「顔写真」であるが、各自ネットで見てみて欲しい。
酒井法子 一億のスマイル

大事なことは「禅が趣味」ということであり、ムキにならず、「カラーとサウンド」にお父さんが身を委ねることだろう。
「気がついたらみんなが楽に暮らしている」
これがどれほど子供の教育に良い影響を与えるかを知らないといけない。
私は特別な女(アリウス派)は異端とされ、女は皆同じ(アタナシウス派)が正統である。

9b189cd2d4874fa38a8f452f0f3ae235

なお、娘の顔を「父親が」決められるようにはなったが、女にとって重要なのは「胸」である。
これは、母親が決めるものだ。
母親が「一番上の子」であり大酒飲みだと娘が巨乳になる(アルコールシンドローム)。
つまり、巨乳とは「病気」であると表現することも可能だ。
貧乳の場合は「母親が酒を飲まない」ことが原因だ。
「生命の連続性」を考えると、貧乳の女も母親に「飲めない酒」を飲ませてみる必要がある。
自分が牛乳を飲むのは「巨乳女の乳がん対策」であり、決して「貧乳が巨乳になる」ものではない。
さて、これらの話は女の子に限った話ではない。
男の顔も「父親が決める」という側面がある。
しかし、男の顔は、女の子ほど問題にはならない現状がある。
さて、私はIQ112だったと語らせていただいたが、人間は「多少鈍いぐらいの方が生きていきやすい」という現実がある。
これはナチスドイツの「優生学」の結論でもあった。
恋愛お見舞い申し上げます おニャン子クラブ

また、「禅をやると右手が痺れる」という人もいるかもしれないが、これは「隠し子」がいるからである。
禅の威力という他はない。
ゴルゴ13もギランバレー症候群ではなく「隠し子がいた」のである。
さらに、女は「上にお兄さんがいる」などの抑圧を受けると「胸が感じなくなる」ものである。
感じない女の胸を揉むと、「なぜ感じないんだろう?」と言って他の男にも胸を揉ませに行くために注意が必要だ。
女の胸を揉む時は、とりあえず「同意」ぐらいはとっておいたほうがいい。
胸が感じまくるという女ならば同意はいらないため扱いやすい。
「胸を大きく開けた服を着ている」女は胸が感じないため、気をつけたほうがいい。
「お兄さんいる?」という質問ぐらいした方がいい。
これは男でも言えることで、私は閉鎖病棟で抑圧を受けていた時に、ヒートテックで作業療法室に行っている。
退院したあとは胸を開けるのが恥ずかしくなった。
横目で人を見ると「ガンをつけている」と勘違いされるほど目つきが鋭い人がいるが、これは「病気を見つめる目」である。
自分が病気なのか?母親が病気なのか?は明らかではないが、家族に病人がいるのならば「プロ野球が好き」であることから「家族が原因」であると言える。
プロ野球に興味がないのならば「自分が病気」だと言える。
いずれにせよ、他人に「ガンをつける」のは「俺の病気を知ってくれ」という意味であり、ガンをつけられたら「昨日はよく眠れましたか?」などと聞いてみる必要がある。

なお、たとえ父親がご存命であっても、「お仏壇」を若い男女が購入することで、弥勒・菩薩・弥勒菩薩なり、なりたい顔をお仏壇に飾るだけで「自分の顔」がコントロールできるようになる。
若い世代へのお仏壇のセールスの可能性はここに広く存在する。
酒井法子の、ラブリータイムスのジャケ写を、スマホ仏壇アプリに入れた。
49歳の私でも、イケメンになるのだろうか?
なお、ラブリータイムスのジャケ写は、ロンドンで撮影されたもので、マルクスのエンクロージャー以降は、イギリスでは「髪の短い女は禁忌」とされている極めて貴重な写真となっている。
「酒井法子」でググれば出てくる。
酒井さんも「もう、私、それしかニーズがないんです」と言って許可を出してくれました。

7763bf1d58124a31a0833b365f17bef5

 
Androidの「モバイル仏壇」なんてのは現実的でいいね。 お釈迦さまが入滅してから時間が経ち過ぎた、というのを「末法思想」と言うが、日本国はまだ末法思想をやってるのか? おばあちゃんが「心ない叔父からのいじめから守ってくれる」というのはトマス神学であり、祖先崇拝だが、それ以外に祖先を崇拝する理由はない。 仏教とは「美男美女を生み出す宗教」であるという認識が必要だ。

お上が、民を治めるためには、「幽霊仮説」つまりコロナウィルスの問題で、自分に敵対する連中を脅かすか、「会長さま仮説」つまり「処女」を結婚相手として与え、出世を約束するか、が考えられていたが、「禅」の場合は、「カラーとサウンド」つまり「顔写真と音楽作品」を与えるだけで、女が「酒井法子のような顔」になるという組織論の都合がある。
酒井法子 天使の館

「和を持って尊しとなす」「鎮護国家」と呼ばれるものは禅とともにあった。
秋田や鹿児島に「白人の血」が入ってきても、「京都」は、東京のような西洋化から距離を置き、日本国の防衛について考えていた。
これが「京都学派」である。
日本人女はみんなこんな感じ、その答えを酒井法子に見出すことは「絶対的無」と呼ばれ、「女をめぐる争い」を無くさせる。
それは、やがて日本国を全体主義に導くことになった。
酒井法子の「顔」の研究は、名古屋の南山大学においてジャン・ヴァン・ブラケットによって「作られた」とされている。
酒井法子 渚のファンタシィ
 

「美しい国」「おもてなし」、その行き着く先は「争いのない国」であり「無」であった。
西洋にはカントの「口説き文句」があり、日本には「女の美しさ」があった。
そこで、東京大学においても、学生たちは気楽に「なんでも研究してくれ」と言われた。
世界有数の経済大国の誕生だった。
可愛い彼女がいて、あとはカントを学べば「すべて儲け」となった。
争いの絶えない国に日本国の「無」が膨張を始めた。
酒井法子 リアル

私が今まで本ブログで述べてきた組織論や女の口説き方などのすべての学問は「争い」を前提に記されている。
知っていれば「大乱世の男」になれるし、何も考えないのならば凡人となる。
改革にはお金が必要だ。
問題のない家庭などない。
お金とは「口説き文句」(哲学)を売って儲けるものだ。
第二次世界大戦勃発前に、中央公論に「大島メモ」というものが掲載された。
東條英機政権を崩壊させずにどのように「戦争を終わらせるか?」が記されていた。
大東亜共栄圏、そこには酒井法子のような女たちが大勢いて、争いのない世界だった。
男たちは女をめぐって争っていた。
どの女も酒井法子のよう、あとはカネが欲しければ大学に行って「口説き文句」(哲学)を学べばいい、そのように大島メモには記されていた。

コロナウィルスは「食べ物飲み物の問題」と発言させていただいたが、それでも「肺炎」というものの存在は認めざるを得ない。
答えは「免疫」にある。
特に「令和天皇のような生き方」に対して、「こういうやつ苦手」と考えると、当然、免疫力は低下する。
セックスの経験が未熟なものは「蜘蛛」を極端に恐れる。
付き合っていくうちに、女は「出来ない」という問題と直面する。
「彼氏が子供に興味を持ってくれるのかな?」「家庭に縛られるんじゃないかな?」
眠れないの、眠れないの。
サヨナラよりは殺してほしい。
もう「蜘蛛」を恐れるほどウブではない。
ribbon 亜熱帯ビーズ

 
これが「免疫」というものを端的に表現している。
一方で、両刀遣いの男は、極端に「蜂」を怖がる。
精子が出ないことから、そのようなトラウマになっているものと思われる。
「蜂は巣から離れていれば凶暴ではない」
それでも蜂に怯える両刀遣いの男はいるのだ。
「蜘蛛」が苦手なのか「蜂」が苦手なのかは、調査が必要であるが、「性」と密接に関わった免疫の問題である。
はちみつロケット

蜂が怖いというのは「女の胸」への免疫の問題だとも言われる。
男を愛し、あるいは、パートナーの女が貧乳である場合などに蜂が怖くなる。
「蜂のようなもの」が周囲を飛びまわっただけで必死に払おうとする。
これは、明らかに「巨乳」への免疫の問題だと思われる。
自分が巨乳の場合は、蜂が飛んでいてもまったく意に介さない。
貧乳女も蜂を怖がるのだ。
はちみつロケット

あんがい、コロナウィルスというものは「毎年起きていた肺炎、インフルエンザ」が、「令和天皇の性概念が怖い」という問題に帰着するものかも知れない。
それでも「蜘蛛と蜂への慣れ」から治るという見方をした方が、事態の収束には有効かも知れない。

 

 

 

なお、私は本日をもって「立憲民主党のオーナー」になることになりました。
寄付をよろしくお願いいたします。
立憲民主党寄付

 

« 中国の思想と日本の芸能界。 | トップページ | インド哲学~中国を越えようという野心。 »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 中国の思想と日本の芸能界。 | トップページ | インド哲学~中国を越えようという野心。 »