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Foreign Affairs

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2019年11月 6日 (水)

宗教体験について。

宗教体験、それはもはやセックスと関わった概念であり、今となっては「いかに女性芸能人とセックスする夢を見るか?」という議論となっている。
女性の場合は「理想の男」「イエスキリスト」であろうが、ジャニーズは「女の子のおちんちん」に過ぎず、「理想の男」かどうかは検証を待ちたい。
とにかく、私は女たちを口説き続けた結果、激しい権力闘争の末、「杖をついて歩いている」のであり、それでもこの時刻になって街を歩いていると、自分の周りでフラッシュが焚かれていることがわかる。
「権力闘争」の挙句に「杖をついて歩いている」のだ。
このようなおっさんが若い女の子たちにニーズがあるかは論文を読まなければわからない。
とにかく「のぼり詰める」という経験が必要であり、「男の現実」を表現するものでなければならない。
女性芸能人とセックスする夢を見たいという男の子は「鏡の前で自分の裸を見ながらマスターベーションしろ」と私は指摘したが、
これはソクラテスの教えであり、デカルトの「瞑想」はとにかく「第5番の瞑想」というぐらいパターンが多く、どのように国民の「財布」を豊かにするかは明らかではない。
とにかく私は、徒歩5分のところにあるコンビニに行っただけで2度ほどフラッシュを焚かれたのだ。
もはや女性たちの目と耳は、目と耳ではなく「見る・聞く」ものとなっていた。
横浜DeNAベイスターズを横浜スタジアムでのクライマックスシリーズ開催に導いたりした「強さ」と現実を女性たちは知りたがったようだ。
健康な女性たちと「杖をついている男」が熾烈な戦いの後に残された。
女たちは写真のコメントに「プレスリーみたいな男を見た」と書いたため、私の評価は高まった。
さらに「彼は私の罪の代わりに杖をついて歩いている」という理解があったようだ。
モーニング娘。幸せですか


女たちの快楽の記憶を、一人で背中に背追い込む、これが「十字架を背負う」という意味だ。
なにか「確かなもの」「語ってはいけないもの」「激突してはいけないもの」が「杖をついて歩いている男」であり、国家の中枢においては「やらざるを得なかった」ことであった。
徳川家康は「見ざる言わざる聞かざる」であった。
本気で自分を殺しに来た連中のことを思い出させてはならない。
マルクスは「プロポーズという名の全体主義」からの脱却を試みたし、フロイトはもっと若い女の子たちを相手にしていた。
しかし、「普通の女たち」を相手にしたのはカントだろう。
私も即位の礼を終えてこの状態であるが、3年連続日本シリーズ制覇した孫正義はもっとひどいことになっているだろう。
お公家集団を相手にしていた私とは異なり、孫正義は「山口俊のストレート」を相手にしていたのだ。
私の発言をソフトバンクのスマートホンで読むのは自由だろうが、私はソフトバンクとは何ら契約のようなものは交わしていない。
いずれにせよ、仏教もヒンドゥー教もジャイナ教も「テレビ」がなければ成立しない。
「どのように快楽に満ちた夢を見るか?」にしか興味がないのだ。
儒学は「周王朝を滅亡から救いたかった」男の物語であるが、日本国を滅亡から救いたかった「男」は、もはや論語ではなく西洋の哲学書を読んでいた。
人生の三分の一は睡眠だとするのならば、国民により快楽を与えるのは「夢を制すること」なのだろう。


右翼の歴史は「街で指を指されて笑われる」歴史であった。
少なくとも、私は高校時代に三島由紀夫に傾倒し、「楯の会」という名前を知っていたため、「大日本楯の会」というペイントがなされた右翼の街宣車を見て指を指して笑った。
しかし、建築や芸術、哲学、映画、環境問題、言語学、文学、政治学などは「右翼によって」作られている。
右翼思想にかぶれ、中央公論社の社長宅を訪問し殺人事件を犯した男がいた(風流夢譚事件)。
この時、家庭裁判所は「矯正は困難」と判断し、少年だった男を起訴している。
しかし、法学や哲学、経済学をやっている私も、「指を指されて笑われている」ことに気がついた。
そもそも「笑い」というものが「性欲」から起きるものである以上、インドや中国に「右翼」という言葉をもたらしたサルトルは、いいクリエイターであったし、言葉の感覚が鈍った思春期の女の子が「右翼的発言を暗記する」というアクティビズムは正解でもあった。
少なくとも、ボーイフレンドは「恋は楽しいもの」と考えたし、後々になって「お前の言っていたことは正しかったわ」と元彼が電話してきたりする。
八月、最初の水曜日 渡辺満里奈


鬱病の患者が「ドイツ第三帝国」などという書籍を好むことは知られているが、高校生にとっても「理解するのに苦労しない」ものだった。
教科書をまともに読むと下痢をするという女の子も右翼が大好きだった。
脳にダメージを負った男が、アドへマー・ゲルブや、カート・ゴールドシュタインの本を読んでいるのを見て、メルロ=ポンティは、「右翼とは何か?」を悟った。
カントが理解できず、それでいて「カントとは何者か?」を語る連中のことを右翼と呼んだのだ。
いわば、哲学者イエスキリストの肉声を聞かずに、「イエスキリストとは何者か?」を語るような行為が右翼であり、聖書は常に自由民主党の側にあった。
哲学書を読むのならば下痢をするけど、聖書を読むのは疲れないという女性がいてもいい。
しかし、それでは聖書は「予言の書」となってしまうし、敬虔なキリスト教徒が「権力闘争こそが磔をもたらす」ということを理解するにとどまる。
国家基本問題研究所


いつ、カントが、何を、どのように「取った」かを語る結果論のようなものを学習するのが聖書であり、右翼であった。
メルロ=ポンティにも見るべき業績はあった。
米ソ冷戦の時に、「弁証論に基づいて両陣営をぶつけてみよう」と考えたのだ。
弁証論は、「ぶつけるのならば新鮮なうちに」という「発見」をもたらした。
キャリアが斜陽に向かった時に「狙い撃ち」したのでは意味がないことを悟った。
どちらの陣営もがビッグマネーを背負っていた方がいい。
オスカー・デラ・ホーヤ


サルトルは、右翼と左翼という言葉を考えた張本人であるが、「人間というのは結果(物自体)しか見ていないんだよ」とし、女たちも「結果」にいかに関与するかを争っているとした。
ラブパッション レベッカ


いわば、最高裁判例を研究するのを実体的憲法観と呼び、その「結果」ではなく、もっと女たちの肉声に迫ろうとするのをプロセス的憲法観と呼んだ。
男が「勃起する」「ノンケである」ことをライバル女から確かめてから略奪する「仕方がないじゃない、わたし神の子なんだから」という
信教の自由の存在などがプロセス的憲法観からは深めることが可能だ。
女二人がラブパッションによって争ったオフィシャルレコードを追ってみたところで何があるのだろうか?という考えである。
Wink 愛が止まらない


サルトルは、物自体(結果)というものはヒューマニズムなんだよ、としている。
その人の名前と、議論する理由、心、いじめ、そして、女心への理解度(政治)を踏まえた上で、さらには芸術と哲学への造詣の深さを踏まえた上で「物自体」(結果)を決めているとした。
とにかく「プロポーズを頂点とする全体主義」を理解しなければ何も始まらないのだ。
女は彼氏と付き合っていくうちに、自分は凡人になるのか?彼氏が子供に興味を持ってくれるかな?家庭に縛られるのかな?と態度決定を迫られる。
BoA Is this love?


デカルトの「芸能人とセックスする夢を見る方法」や、カントの「口説き文句」の研究、さらにはベルクソンのように「人間がひとつになるわけがないじゃないか?」という議論(ベルクソニズム)を経て、最終的には「物自体」(結果)を語るしかないんじゃないか?という境地に至ったのだ。
それは「自分の世界の広さ」(現象学)つまり「顔の広さ」を誇るのが哲学者であるというフッサールやハイデガー、シラーなどの「現象学」へと議論を進めた。
もっとも、「カントほどの人生の成功は収めていない」のが政治の世界となってしまった。
サルトルがいつハイデガーと接したかは明らかではないが、どの男の子も「若さを無駄にする時期」というものがあり、それを「存在と時間」によって明らかにしていたが、
サルトルは「せめて子供たちの記録をスコアブックに残そう」と考え、これを「存在と無」によって「物自体」(結果)と呼んだのだ。
ハイデガーは、目的を持った男はダサい、と語っていたが、サルトルはそのことに強烈な挑戦状を叩きつけた。
サルトルは「政治家のように振る舞え」とし、若者たちもやたらと人をオルグしたり、子供の頃の記録を大事に保存したりしたが、「若い頃はハンサムでモテていいよな」という割と冷めた政治の見方をしていたとも言われる。
「俺は一生結婚できないんじゃないか?」
そんなことに悩む、国の希望が、「共産主義という生き方」を知らないんだよ。
戦後、ドイツにおいて、サルトルの物自体(結果)を残すことしか政治の世界ではできない、としたことに対して、「フランスは自信をなくした」と大々的に報じられた。
カントと互角にやり合ったルイ16世を殺していたことから、フランスでも「フランス革命とは何だったのか?」と語られた。
また、「我々は物自体(結果)があるから頭を使うんじゃないか?」という指摘も行っている。
勃起する二人の男が争うんだよ。
どちらかが負けてオリゴ糖を飲む羽目になるだろう。
若い頃はビックルとかヨービックに夢を感じなかったか?
サルトルは「詩というものは閃きなんだ」とし、それを生かす作業の方が大変だとしている。
女はパートナーをコミュニティから離さないためにセックスしている。
ribbon レディラブ サルトルは、物自体(結果)を出すために必要なカントの知識(女を口説く知識)を「集列体」に過ぎない、としている。
大人たちが集列体を扱うのはわかるが、プロスポーツ選手は「別のこと」を考えているとし、それはそれで「大人たち」も異論のないものだった。
大人たちは「集列体」をめぐって大喧嘩をしていたのである。
また、サルトルは「物自体」(結果)の奴隷になるなよ?と警告を発している。
物自体(結果)の奴隷は、本物のナチズムだよ。
なにしろ若者は「プロポーズという名の全体主義」を生きているのだから。
この「若者の芸術作品の全体主義」を「スポーツの全体主義」につなげる発想を「マキャベリズム」と呼び、その経験値の低さを批判した。
1930年代は、みんな「左翼」だったよ。
記録が残らないんだからね。
哲学と音楽作品の独壇場を目の当たりにしたんだ。
しかし、1956年にソビエトがハンガリーを侵略した時から物自体(結果)というものは政治の世界で知られていたり1968年のプラハの春でも、ソビエトは「結果責任」を引き受けていた。
かなり乱暴に、集列体(カントと音楽作品)を支持する連中を「大文字の他者」(赤子のような存在)と指摘した。
ハンガリー動乱やプラハの春を見て、サルトルは「社会主義は乱暴だ」と指摘している。
「プロポーズという名の全体主義」の支配下に国家の戦争が位置付けられ、サルトルは「マキャベリズム」「大文字の他者」などとあらゆる批判の言葉を浴びせた。
ribbon Virgin snow


つい先日まで、私自身が物自体(結果)の奴隷であり、プロポーズを頂点とする全体主義も考えたが、サルトルは「それは社会主義だ」としている。
さらには、21世紀に入り、サルトリアンは、「結婚からはぐれた共産主義者や次男を何とかしてほしいね」と語るようになっている。
若者は、結果(物自体)を持たなかったため、父と息子の関係(神は死んだ)という問題と直面した。
父はすでに結果(物自体)を持っていたが、息子はそうではなかった。
父が息子の結果(物自体)に協力できるのは息子が「25歳になるまで」だとも言われ、それ以降は「同じマーケット」で女たちと共存していくため、サルトルの「実存主義」は、世界の広さ・顔の広さ(現象学)と直結した。
父に潰されそうになって街をさまよった男が「仲間」を集め始めたら、そのハンサムな顔を見ると「父を圧倒するのは明らかじゃないか?」と思われた。
実存主義は、現象学と結びつくのが必然だったのだ。
ミスターチルドレン


このままでは俺は親父に潰されてしまう!
そんな男たちに「実存主義芸術」が提供された。
「なぜ現象学に向かわないんだ?」
カメラ技術を磨いたり、原稿を書く腕を磨いたり、ファンクラブを運営すると仲間が増えるだろう?
帝国大学に受かった男が「学者」になることだけを父は夢見ていた。
新派の舞台に興味を持つのならば、miwaのファンクラブを主宰するという方向に向かうのは必然であっただろう。
miwa


しかし、隣の男に「おたく」と話しかけるぐらいにしかコミュニケーション能力はなかった。
「オタク」の誕生だ。
miwaも、昔のCoCoも、そのような「草の根の実存主義者が現象学に向かう」つまり私設ファンクラブを乱立させる方向を見ていたはずだった。
カメラ技術を磨く、原稿を書く腕を磨く、原稿のセールスを伸ばす、時には人生相談のようなこともやるという意味では、私設ファンクラブは、「就職の入り口」であったし、一度は実存主義芸術が目当てで知り合ったものたちが、「父と息子の関係から人混みをさまよい、ここにたどり着いた」ことを正確に発信する「原稿の腕前」は、ヨハネの黙示録とも言われた。
「誰々の息子」「誰々の息子」そのような記録は聖書にあるものであるが、私設ファンクラブにあるべきものだった。
隣の男に「おたく」と話しかけるか「お父さん元気?」と話しかけるかが社交界との違いに過ぎなかった。
CoCo 夢だけ見てる


なぜ聖書に「誰々の息子」「誰々の息子」と長々と書いたのだろうか?
司法試験に受からなくて鬱屈した日々を過ごしているのならば、私設ファンクラブで「誰々の息子」という記録を書き始めた方が、よっぽどカネになるし仕事になる。
カメラぐらい親父に買ってもらえ。
男同士でも「横のつながり」をもてれば、若さを無駄にする時期は不幸でも何でもないのだ。
わずか5名の「美しい女たち」をめぐってできた組織だろうが、男仲間に憧れて女たちも寄ってくるものだ。
「親衛隊」というものは、事務所が「最大派閥」を公認しているだけだ。
なぜ、ニーチェを理解しないのか?
父と息子の関係を理解しないのか?
実存主義芸術が現象学に向かうのは必然だった。
親衛隊が「誘導灯を使うのは俺たちの専権だ」と言って12名で取り囲んできた。
人生相談・生活相談の原稿の「腕」がまだ未熟だったと諦める他はない。
就職や資格を取るだけが仕事ではない。
ニーチェの「神は死んだ」を理解し、克明に「父と息子の記録」を書くことそのものが仕事だった。
CoCo なぜ


そんな私の前に、質素で目立たない格好をした郵便局員の女が現れた。
これが遠野舞子だった。
遠野舞子 ミスターサブマリン


文字通り「質素で目立たない」女だったので相手にしなかったが、実存主義者と現象学の「現実」を私ものちに知った。
精神病院で「質素で目立たない」AKB女を見て「あの系統か!」と気がついた時にはすでに40歳を過ぎていた。
司法試験から逃げたら人生おしまいだ、と思ったが、肝心の法律学が立ち遅れていた。
立ち遅れていた法律学に縛られて、ニーチェを理解しなかったのだ。
どっちが「世界のスーパースター」なのかをよく考えなければならなかった。
ファンクラブの会報も「よく練られたもの」でなければならない。
要するに「実存主義とは何か?」をひたすら書くのだ。
そのような言動をしていたら家族として受け入れることはできない、ということや毒物の存在など、通常は理解できないことを書く。
詩の解釈にも抜群の力量を見せ、事務所やレコード会社に一目置かれる。
所詮、CoCoというグループそのものが、留学や東大文一合格という早熟な側面があった私のように「私たちも夢が見たい」と考えて作られたグループだった。
エロビデオを見て「女が嫌がっているじゃないか?」と考える政治的弱者がいる。それに悩む女がいる。
CoCo メロディ


このような「オタクカルチャー」が生まれたのは戦後のことだ。
ボーボワールや、メルロ=ポンティ、アルバート・カミュ、ハイデガー、ヤスパースなどの哲学者のみならず、ドストエフスキー、カフカ、イプセンなどの小説家も生み出している。
「我らの時代」とは何だったのか?
それは哲学書や小説に残されている。
アイドルは、「正しい神」を信じ「恋に詳し」ければ成り立った。
しかし、それを取り巻く男たちは、これほど偉大な人物たちで溢れていたのがヨーロッパの「オタクカルチャー」であった。
私の場合は、読売ジャイアンツの桑田真澄が「短答式試験に受かった」と報告をよこしたのが印象的だった。
プロ野球のピッチャーとして適当に女遊びをしていた方が受かりやすいのかと今となっては思っている。
Melody 世界中の微笑を集めてもかなわない


また、Melodyのイベントの会場には、いつも最前列のど真ん中の席を、麻原彰晃が陣取っていて、カメラを構えていた。
どの男たちも「若さに対して悪意が加えられている」ことを感じていた。
「将来のある若者」であろうと、正規雇用の壁は高く、大学三年次の就活を逃したら、人生は詰んだものとみなされていた。時代が「哲学」を見失っていたのだ。
「周りにいる男たちが財産なんだよ」ということを語る論客もいなかった。
アブラハムが「息子のために犠牲になる」というのは「自己批判」と呼ばれる「昔の自分を思い出す」営みであった。どの哲学者もどの小説家も、自己批判をしていたし、
「オタクカルチャーを偏見に満ちたもの」と位置付けていいわけがない。
ビジネスチャンスがそこにはあり、青年実業家の卵が大勢いるという認識に改めなければならないのだが、それはひとえに文壇の責任と言っていいだろう。
「最近の若者は」という発言は「テロ」以外の何物でもなかった。
ドストエフスキー、カフカ、イプセンだけはテロを行わず、若者に愛情を示したため歴史に名が残った。
ドストエフスキーは、カラマーゾフの兄弟において、イワンに「親父という神が死んだらやってはいけないことは何もない」と語らせている。
親父から生を授かるというのは「神聖な罰」であった。
神聖な罰から「権力への意思」は生まれる。
病気の動物は、「将来という名の妊娠」をしていた。
将来には健康と強さ、そして地球の重力という悪意があるだけだ。
プロポーズという名の全体主義において、「結婚よりも大事なもの」が物自体(結果)として残せれば、おのずと彼女にプロポーズするだろうとされ、しかし、ニーチェは、「それはカントを学ぶことであって、俺には関係ない」というニヒリズムの立場だった。
「誰々の息子」ということはニーチェが語ったが、カントに対してニーチェはニヒリスティックだったのだ。
私のようなおっさんの自己批判(昔の自分を思い出す)という作業は、常に自己疎外(自分と世界がかけ離れている)と向き合わなければならない。
自分と世界がかけ離れ、そこに「若者への悪意」が加えられたら、かなり厳しい試練になる。
桑田真澄も名球会には入れなかったし、麻原彰晃は国家には敵わなかった。
それでも「ナイスガイ」でいられるのだろうか?
薬を飲み、かろうじて正気を保つのが精一杯だったではないか?
「本物」
それは、常に実存主義とは何かを理解している指導者の言葉と接することだった。
現象学(世界が広い・顔が広い)と言っても「俺は子孫を残せるのかな?俺は動物なんじゃないかな?」と考えると頭がボーッとしてくる。
身だしなみを整え、ゆっくりと休養してみることも必要だ。
ダイヤモンドブルー 酒井法子


桑田真澄が球界ならば、麻原彰晃は宗教界であったし、私は法曹界であった。
そこで「もうこれ以上ギアが入らない」と考えたからアイドルのイベントに顔を出したのだ。
みんな「心配事」を忘れたかった。
集中しただけの結果は出せたが、カントのように「女の子を口説く」だけの余裕はなかった。
20世期実存主義を桑田真澄や麻原彰晃とともに経験できた法曹界の住人は私ぐらいではないだろうか?
みんな「先生が言っていたこと」を答案に書くだけだったからだ。
「何が間違っているのか?」を明らかにした小野臨調のようなものは到底作る能力がなかった。
結果(物自体)が出せなかったらどうなるんだ?
プロポーズという名の全体主義において、男が「何者か」にならなければ、一生独身の共産主義者になるのか?
それは、大人たちが「人生の瞬間」をうまく切り取ってくれるはずだ。
「絵になるシーン」をセールスにかけてくれる大人たちがいる。
とにかく「集中」することと休むこと、身だしなみを整えることを思い出し、「おのれ20世期実存主義を知らんのか?」と後輩たちを「呑んでかかれる」ほど努力することだね。
ハーバードロースクールなどでは「本物」という言葉が知られている。
本物とは「版権の強烈な起源」のことを意味し、一方で「信頼できる心の風景」のことを意味している。
今の「私」はどこからきたのか?
女心にどのようにして興味を持ったのか?
最後に「どのように多くの強者をのしてきたのか?」をも示している。
みんなが真似して「仲間を作り」「自分を見つけ」「物事を解釈する」ことができる生い立ちがいちばん人気がある。
欲望に忠実で、それでいてやる気が出て、そばには音楽作品と彼女がいる、スタンフォード大学が最後に目指したのは「人づくり」「理想の人間作り」の研究だった。
BoA This is who I am


その際に忘れてはならないのが、誰しもが「伝説」をまとわない一人の人間である、ということだった。
社会契約を結べるような境遇、つまり「私もオタクなんです」と言えるような人物像が見えればよかった。
隣の人を見て自分の道を確かめるような世の中では、指導者の肉声ほど貴重なものはなかった。
「つまらない軍務についた英雄」
ハンサムなだけのブルジョア出身の正直者。
姪のプロデューサーまでやってしまう「優しい」おじさん。
奥さんがなぜこの人を選んだのかが分かる人。
いろいろな褒め言葉が存在した。
遅咲きながら、どのようにみんなにボコボコにされて己を確立したのかが分かる人がいちばん信頼できた。
常にタバコを吸っている文化人だということは知っていた。
どのように世論を拾い、進む道を「すでに舗装されているかのように」進むかが大事だった。
ただ「カネにモノを言わせる」だけではなかった。
周囲も人間だったからだ。
「勉強っていうのは基本的に難しいものだ」
それでも「勉強」というものを「案外楽しいものだ」と楽観論を持つことも必要だ。
このような「スタンフォード式」は、カリフォルニアカルトとも揶揄されたが、支持者が多かった。
「音楽作品の拡散力に期待しているんだ」という人もいた。
女心を全て解明したと豪語した時に、業界は「音楽作品の伝達メカニズム」の再編を進めた。
私も仕組みは知らないが、今の音楽作品の拡散力は、私が考えた垂加神道に合わせて拡散されている。
ただやみくもに作って売るのではなく、拡散方法が絞られたのは事実のようだ。
作り手としては「あいつら」に売ってやるんだ、という明確な標的ができたとも言われる。
努力はカッコいい、と言うわけではない。
「鏡で自分の裸を見ながらマスターベーションすればテレビに出ている女とセックスする夢を見る」と言ったのだ。
男の子たちの表情が変わるのが分かった。
ハイデガーは少なくとも「努力はダサい」と考えていた。
それでも専門誌は克明に「オフィシャルレコード」を記録し続けていた。
そもそもソクラテスが「夢」の話をしたのだが、デカルトが「瞑想」と言うものを「5種類」も考えた。
デカルトの「瞑想」「夢の話」だけで、庶民にカネが行き渡るようになりヨーロッパ中世は「近代」と名を変えた。
ユングやフロイトの場合


サルトルは大雑把に言うと「好きなことをやってくれ」と言って大勢の人に攻撃させるという手法をとった。
間抜けな「敵」に忠誠を尽くす者がいて不思議だったが、「人生のためだろう」という結論も導いた。
物自体(結果)だけはもはや誰も触れることはできないことも知った。
「真面目な脳」をふざけた者に取って代わらせると「取り返しがつかない」ことも分かってきた。
プロ野球とか台風とかの「修羅場」が周囲に学習をもたらしていた。
資本主義におけるタテ社会においては、しかし「音楽作品の拡散力」がモノを言ったのだろう。


アルベルト・カミュは、実存主義に立脚するエッセイストであったが、自身を「哲学者」と呼ぶことは否定したことがある。
カミュが探求したのは「とにかく自殺について」であった。
私も、東大法学部に進み、司法試験と向き合うようになると、口癖が「死にてえ、死にてえ」というようなものになり、勉強で疲れ果てて1日寝込んだ時に、寝言で「俺を殺してくれ」と言ったことから、隣の部屋にいた弟が、怖くなって家から去ってしまった。
法律学というのは寝言で「俺を殺してくれ」というほど自分を追い込むにはあまりにもバカげた学問であった。
のちに「小野臨調」において、「貧乏セックスのことを犯罪という」「所有とは友情のことであり、占有とは愛という概念を理解した異性との関係をいう」とし、あるいは「債権法とは異性との出会いの生成過程を探究する学問であり、担保物権法とは異性の友達のことをいう」などと、かなりセンセーショナルな発想を明らかにしている。
あの時の「死にてえ、死にてえ」「俺を殺してくれ」といううわ言はあまりにもバカげていたし、そのことへの暴動のようなものが小野臨調としての答申であった。
小野臨調の言っていることを踏まえると「先生が言っていることをそのまま答案に書き」主席になる、司法試験に合格するというのはなんら生産的な営みではない。
とにかく「バカげたこと」が「死にてえ、死にてえ」「俺を殺してくれ」という若者にはつきまとっていた。


東大法学部は、法文1号館と2号館が、安田講堂の正面という絶好の位置にあったが、その「宗教」は私にとって恐怖でしかなかった。
まともに取り組んだら「自殺」と向き合わなければならないようなものだ。
私は、学年末試験の空き時間に朝鮮人キリスト者に話しかけられている。
「深刻な表情をしていますね」
「ええ、今から破産法の試験があるんです」
そのようなやりとりを行った。
破産法とは、本来、「テレビに出るカネがなくなった」人のための学問であり、精算型のように「忘れた頃にまた出てくる」芸能人がいたり、再建型のように「芸名を変えてしまう」
などの立ち直るための職人芸の研究であったが、とにかく当時は「真面目にやってもわからない、つまらない」ものだった。
その朝鮮人キリスト者は、のちに「金集めの方法」を私から教わり、文在寅大統領となっている。


「夜逃げ」というものが知られているが、破産法では「黙示の支払い不能」と呼ばれている。
しかし、実態は「小学生の娘の失恋が理由で親が引っ越しを余儀なくされる」ものであった。
松浦亜弥 元彼


テレビに出るためには、あるいは芸能人を続けていくためにはカネがかかる。
そうではない民間人には本来、「破産」というものは想定されていない。
「働け」としか言いようがないものだ。
恐怖の「安田講堂」の前で、女の子を口説けるようにしたい、
これが「シシファスの神話」であり、東大という「灰色の世界」を血や肉の通ったものにする営みであった。
「バカげた道を極めようとすると自殺だけが待っている」
しかも、債権法とは「異性の出会いの生成過程を探究する学問」であることを知らない法学部の学生は、かなり絶望的な道を進まざるを得なかった。
「それでも、死への扉を開けたいですか?」
どうせくだらない講義しかしていないんだろうと言って、企業は若者たちを根こそぎ持っていった。
しかし、私は東大法学部にとっては「よそ者」でありながら、常に東大法学部の王道を歩み続けた。
それで「東大のここがおかしい」ということが分かるようになったのだ。
司法とは「恋バナ」を学ぶことであり、立法とは「カネをばら撒く」ことであり、行政とは「テレビに出る」ことである。
こうなると「法律」を作るためにはカネをばら撒く必要があるため「立法」に委ねざるを得ない。
しかし、閣法というのは行政が作ったものを立法に委ねている。
「20世紀実存主義」を経験した法曹界の住人は私ぐらいだろうと言ったが、なにしろ王室サロン=精神病院に東大法学部の出身者がいないのだ。
私の弟の「中曽根承太郎」が法務大臣を務めるまでは日本の法学部の学生は「死への扉」を開け続けるだろう。


現象学(顔の広さ・世界の広さ)が、実存主義(父に潰されそうな息子)と結びつくのは必然であると考えられるが、
現象学というものは「大勢の男たちが何かの目的に向かって進む」という意味であり、多数派工作というのは「道徳」という別の表現がなされる。
東大受験というものは「正しい神」だけを追い求めて集団が行うものであるが、アイドルファンというものは「正しい神」があんがい曖昧で「恋に詳しい」ということを柱として構築された世界だ。
アイドルファンの世界では「担当」というものが決められている。
しかし、永田町のように「多数派工作をやり、自分の得意な分野をだんだん絞っていく」というものではなく、また、永田町そのものも萩生田大臣が言うような「多数派工作をやり自分の得意な分野をだんだん絞っていく」という理想は達成されていない。
アイドルグループも「批判に耐えられずに」「解散」することがあるが、政権も批判に耐えられずに「衆議院解散」することがある。
国会対策費・メディア対策費が必要なのはアイドルグループも政権も同じであり、アイドルも政治家も「最後にはマンションすら残らない」という現状がある。
「解散」というものが存在しても、男たちは「正しい神」と「恋に詳しい」神のために前に進んでいく。
つまりは「現象学」というものは「アメリカ合衆国に詳しい者」に群がる男たちであり、女たちを目当てとしたものだったのだ。
安倍首相にも周囲に現象学はあるだろうし、令和天皇には「もっと長い目で見た」現象学がある。
アイドルグループはそれに比べたらかなり「短期的で視野の狭い」現象学がある。
インディゴブルーラブ


そこで、東大法学部が「正しい神」であることは多くの企業や、世論が認めているが、それが「恋に詳しく」なれる場所にならなければ、講義のエスケープは日常の風景とならざるを得ない。
そもそも、債権法が「異性との出会いの生成過程を探究する」学問であり、担保物権法が「女友達を増やす」学問であることを踏まえ、友達と恋人の境界線はセックスしたかどうかであるという共通認識のもとにキャンパスライフを過ごすものだということを理解しなければならない。
三浦理恵子 グッバイフレンズ


アイドルや政治家、そして天皇にまつわる「男たちの目的を目指した行動」も、「若さの特権」であり、その参加メンバーに「これが仕事なんだよね」ということを教え導かなければ長期的なビジネスとしては存在し得ない。
国会が「田舎のプロレス」であるのならば、今の令和天皇はもっと深く現象学を理解している。
自分に興味を持つ連中に職を与え、資格を与え、彼女を与えるのが現象学の世界でなければならない。
亀井絵里 片思いの終わりに


令和天皇にせよ、安倍首相にせよ、その他のアイドルグループにせよ、自分たちに押し寄せてくる男たちにとって「正しい神」でなければならないし「恋に詳しく」させなければならない。
東京大学などの大学もそうであろう。
大学は「就職の斡旋」をしてくれるが、天皇・首相・アイドルグループも最後には「仕事ってこういうものなんだよな」ということを男たちに教えなければならない。
この「現象学」を無視しては、いかなる「ファンクラブ」を持つ資格はないと言っていい。
男(ファーストオーダー)が、女心(セカンドオーダー)を理解すると、予言(サードオーダー)ができるようになる。
私もシアトルのシナゴーグに行ったことがあるが、男の子サークルと女の子サークルに別れ、なにやら話し合いをして、その後の自由時間にエヴァンジャリストのスピーチを聞いて、ホストファーザーが「我々はサードチャーチだ」と、まるでマリナーズやスーパーソニックスの勝敗をシナゴーグがコントロールしているかのように語っていたのが印象的だった。
シアトルにおいて、マリナーズやスーパーソニックス、シーホークスがどのような存在かを理解するだけで、シアトルダウンタウンにあるシナゴーグにどれほどの「敬虔さ」が集まるかがわかると思う。
私も「横浜DeNAベイスターズ」という球団の予言(サードオーダー)をやっていたが、とにかく「男が女心を理解する」という手法の重要性には気がついていた。
アメリカユダヤ教が「サードチャーチ」つまり「男が女心を理解してメジャースポーツで予言をする」場所であると私のホストファーザーは発言している。
法律を勉強しようが、経済学を勉強しようが、「人生、野球以外に何があるんだ」という境地になるのがユダヤ教なのだろう。
ザ・ファン 映画


この「サードチャーチ」は、日本国においては「若さを無駄にする時期に音楽作品を聞いておく」という手法以外に私はなにも想定していない。
ナベツネさんの指導を受けた桑田真澄や、自身が宗教家だった麻原がとにかく「なにも面白いことのない」時代にアイドルのイベント会場にいた。
絶対勝つぞベイスターズ


男社会に、結果(物自体)という概念が持ち込まれたときに、女たちは「セカンドセックス」として「待っている女」という構図が出来上がった。
おニャン子クラブ 好きになってもくれない


しかし、それも高校時代までだった。
プロフェッショナルになると女たち(セカンドオーダー)は、「待っているだけ」の存在ではなくなっていたのだ。
「私たちも仕事がしたい」「美しくありたい」というフェミニズム第二の波とともに1960年代にプロスポーツが発展し、「女」「女心」「セカンド」を無視しては勝利はおぼつかなくなっていた。
檸檬の年頃 AKB48


この「20世紀実存主義」の誕生および、フェミニズム第二の波によって、「プロスポーツとはどのようなものか?」「教会とは何を教える場所なのか?」が明確になった。
神が作った「男女」の存在と、それが「何のためなのか?」ということがプロスポーツの世界では知られることとなったのだ。
「ハードコアが露骨になって、女に興味が持てない?」
それは、おカネの起源を見失うことにもなるし、勝負事に弱くなるだろう。
プラスティックの唇


女たちは、ハードコアが露骨になってから、「私の心を教えて?」とかなりわがままになったし、「私の心」を必要としているのはプロスポーツしかなかった。
プロ野球は、勝つためには「猫」の手も借りたいのだ。
「私の心」を知りたい女たちが、群がるのは当然とも言えた。
今後、女たちはますますわがままになっていくだろう。
2017年には私は「女シリーズ」という連載とともに横浜DeNAベイスターズを日本シリーズに導いている。
今年は「プロポーズという名の全体主義」を明らかにした。
「私の心」が知りたいという女たちは、「猫の手」も借りたいという世界でその願いが叶えられるだろうし、今後の見通しとしては、ハードコアの時代を乗り越えて、女たちがかなり「わがまま」になっていくものと思われる。
1920年代に、アフリカの黒人が三名、フランスに留学してきた。
マルチニク、ギニア、セネガルから来た。
それぞれが「黒い肌」をしており、ネグリチュードは、とにかく「グレー」な世界で、「白黒つける」ことの人気を知った。
「男が女心を理解してメジャースポーツで予言をする」
これが、白人か黒人かを問わずに人気を博したのだ。
「歌を歌う奴はヨーロッパのチンパンジーだ」という差別もあったが、ハーレムルネッサンスは着実に進行した。
ブラックだろうがイエローだろうが、本国にヨーロッパの知識を持ちかえって、「要塞」を構築し始めたのだ。
ribbon サイレントサマー(ハーレムナイト)


 


台風での被害が報じられているが、我々がハーレムルネッサンスで構築した「要塞」はそんなに弱いものではない。
ハーレムルネッサンスの「千手観音」を見たか?
あれが日本国の各都市を「要塞」にしたのだ。
「天変地異」などもはや過去の宗教に過ぎない。
もっと我々が構築した「要塞」を信じてみないか?
「黒い蜜蜂」がチクリチクリと災害の報道を知らせてきたが、「プロスポーツのシーズンを越すたびに」我々の要塞は強度を増してきた。
最近の歌はつまらない?
だったら「要塞」の強度は「もはや十分」と国が判断したことを意味する。
愛の炎 田中れいな


アフリカが「黒人ゲットー」を安全なものにしようとしてきた歴史がある。
日本国に住んでいて、役所に住民票があるのならば、もっと「要塞」を信頼してみたらどうだろうか?
マイケル・ジャクソン ビートイット


さて、実存主義の世界が確立されてから、男でも女でも「オフィシャルレコード」が出るようになった。
なぜ、男は女とセックスすると気持ちがいいのか?
それは「女の子供の気持ちを味わえる」からである。
それならば、子供を偉大な人物の「復活」と位置付け、その後の夫婦生活の充実を試みたらどうか?
さらには、禅において美女を瞑想すると「子供が美男美女に生まれる」ことから、禅というものそのものがセックスを気持ちよくするのではないか?
美しいアイドルを見て、マスターベーションする行為は、そのアイドルとセックスする夢を見ると同時に、「美男美女として生まれた子供の気持ちを味わう」ことにつながるとしたのが禅であった。
夫が娘に「昔の女」の名前をつけたのならば、妻としてはそんなことをされたのではたまらない訳であるが、
なぜ、男が女とセックスしたがるのか?という理由は知っておかなければならない。
女の「子供の気持ち」が味わいたいからなのだ。
今から思うと、私は娘が生まれてから哲学(女心の探求)・政治(女心の定義)が理解できるようになり、息子が生まれてから宗教(高齢の男を崇拝する世界)・法律(若者や年寄りの男らしさを探求する世界)が分かるようになった。
私も、ほとんど自閉症に近いぐらい寡黙な男であったが、妻とであって子宝に恵まれてから「言語」を覚えたに等しい。
ソシュールなども「セックスと子供」と「言語学」を結びつけたのだ。
アイドルのイベントに桑田真澄や麻原彰晃がいたと言ったが、ドゥルーズなどはステージに背中を向けて観客席しかみていなかったと皮肉られている。
いずれにせよ「なぜアイドルを応援するのか?」について、禅(子供が美男美女になるため)であるとか、他の彼女とのセックスが気持ちよくなるためであるとか、
そもそも「美女とセックスする夢を見るため」であることなどの理由が存在することを理解しなければならない。
特定のアイドルと結婚するためであるのならば「株式買取請求権」を行使しなければならず、案外割りに合わない思いをするだろう。
タントラ教(セックス崇拝教団)について歌った曲。
デュランデュラン ユニオン・オブ・ザ・スネーク


プロテスタンティズムが、カルヴァン派(AKBグループ)や、ツヴィングリ派(モーニング娘。)を作ったが、このような「ミクロの女たち」がいなければ「マクロの男たち」が大声援を送ることはなく、各自が「担当」を持つことを超えて「自分の世界の広さ」を知ることはなかったのだ。
ジャニーズのイケメンがマクロなのかミクロなのかは明かではない。
本来、ミクロと位置づけられる若い娘が声援を送るのならば、「ミクロからマクロへ」という「声援の還流」が起きていると考えられるが、誰しもがジャニーズのようなイケメンであるわけではない。
かなり難しい議論が必要で、おちんちんを暴力的に切られた女の子が、鬱になって、イケメンを「自分のおちんちん」と見なしていると考えられている。
あるいは、母親でも娘を「自分のおちんちん」と見なし、自らはネズミのようになってもマスオさんをいじめるお婆さんもいる。
ジャニーズファンの女の子は鬱であり、キッチンでメチャクチャに格闘したあとに美味しい料理をつくる爽快感を知る。
ジャニーズファンの女目当ての男を「親」と言うが、しっかりと「ファンの心理」を理解しさえすれば、料理ダメ、洗濯ダメというアイドルよりもはるかにいい女をゲットできる(戦う民主制)。
戦う民主制においては、警備員の制止を振り切り、最前列に押し寄せる女たちを目の当たりにし、その「鬱」の酷さに圧倒されることもある。
しかし、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神は、このようにして戦う民主制と結び付いたのだ。
アイドルファンをやって自分の世界の広さを知るというのは、現象学と呼ばれている。
御朱印ガール目当ての男と戦う民主制は基本的には同じ構図であるが、戦う民主制とは何かをしっかりとメッセージとして出さなければならない。
ヒトラーに侵略される前のオーストリアは、戦う民主制のメッカとして男子と女子が共存していたのだ。
國府田マリ子 愛のクレイジーエプロン


女性アイドルが、どのような人生をのちに送っていたか、男性アイドルも同様にどのような人生を送っていたかを目の当たりにした「東大生」でなければ、若くて美しさに盲目な「男女」に「付き合っちゃいなよ」というだけの力量はない。
いずれにせよ、オーストリアのウィーンに数多くあった「ハプスブルク家」のサークルは、カルナップの暗殺がなければ「ヒトラーも落とせなかった」とされている。


ミシェル・フーコーは、マッド・ホモ・囚人と向き合っているうちに「ブルジョアへの怒り」を持つようになっていた。
私が目撃した「マッド・ホモ・囚人」の典型は田原俊彦だろう。
1949年から1959年まで、フーコーは、マッド・ホモ・囚人の研究を行い、1963年に「クリニックの誕生」を書いている。
地図では道が「広さ、長さ、色、線」で書かれており、その道の「交差」が記されている。
学問の世界においても、プラトン・アリストテレス・アクィナス・カントという巨大な線に多くの論客が交差している。
フーコーは、その「地図の読み方」をより明確にし、それでいて「人間の誕生」において、「彼らは皆、病人だった」としている。
「病気の哲学者」と「アイドル」の恋を描き、それで社会の「路線」から外れた存在としてブルジョアを憎んだのだ。
男はどのようにして「言葉」を覚えるか?はソシュール言語学のみならず、ミシェル・フーコーも問題にしている。
世の中は「多神教」の世界であり、多くの男たちが「噛みついてくる」ために無口にならざるを得ない。
しかも、「言葉を発する」という行為そのものが「混乱と歪曲の世界」なのである。
古典的な方法は、美女たちに「話が通じる」ことが重要だとされてきた。
これが新カント派である。
カントの「言葉」は貫通力に満ちており、とにかく古典の世界を制した。
それならば、マッド・ホモ・囚人の反応はどうであろうか?
フーコーは、地図の重要箇所にどっかりと腰を下ろした「カント」そしてカントを知っているブルジョアを憎んでいたのだ。
ヘーゲル(イケメン)、マルクス(婚期を逃した男女)、ニーチェ(父親に押し潰されそうな男)、ハイデガー(若さを無駄にしている男)は、マッド・ホモ・囚人の味方をしてくれるであろうか?
「面白ければいい」という連中以外に、古典を脱した「新派」の世界に味方はいなかった。
ソシュールは「娘や息子が生まれた」ことに「言葉を覚えた理由」を見出だしたが、フーコーは「狂人に話が通じた」という成功体験に言葉を覚えた理由を見出だしている。
新カント派は、美女たちに通じた話を「男にも」話してしまうとフーコーは考えた。
男社会は、「言葉の縦社会」であり、美女たちに通じた話を男にもしてしまうと、案外、喫茶店やレストランのマスターは「マッド」が多く、「ちょっと黙っていてください」という返事ならばまだ良心的だが、「次、口を利いたら出入り禁止だよ」という喫茶店のマスターもいる。
世の中にどれほどマッドが多いかを人々は知らないのだ。
フーコーは、男同士ならば「いい体してるね」という入り方がいいと考えたこともあるが、
いかんせんガタイが良かったフーコーに、周囲のマッド・ホモ・囚人は「犯すぞ・殺すぞ」というメッセージにしか聞こえなかった。
そもそも昔の「女」というのはどのように「子供」を生んできたのだろうか?
フーコーは、女が教会で「私を快楽のため、そしてあなたの面倒を見るために使ってください」という「告白」を経た上で「女」と認定してきたとしたのだ。
hiro confession


つまり、グレコローマン(ギリシャ・ローマ帝国)の時代は「私は学問に耐えられない」と考えたら「女になれた」のだ。
ちんちんがついていても「告白」をする男がいた。
生まれたときに性別を記すようになったのは「クリニックの誕生」以降の1970年のことだ。
カントが「女の口説き文句」を考えた、そしてその貫通力を証明したとしても、世界史はフーコーに味方していた。
耐えられない、下痢をする、そのような「男社会」が存在し、ちんちんのサイズの相対化まで行わないと、「性概念」というものは明かにならなかった。
しかし、フーコーの「世界史の研究」は、未公表のまま「カントの悪口」として終わった。
皆さんもご存じの通り、男女の境界線には「アダムとエヴァ」以来、分からないことが多い、という現状があったのだ。
このあたりの議論は「世界史の謎」として終わればいいのだろうが、興味のある人は「50歳以上ふたなり教」などのスレをたてて調査してみてほしい。
私は次のテーマに移りたい。
しかし、中にはライフワークにしている人もいると思う。
フランツ・ファノンはアルジェリアの「国民解放戦線」(FLN)を率いた。
植民地化によって、ふたなりの男と共存するように、「私を快楽のため、そしてあなたの面倒を見るために使ってください」と誓う「黒人女」が生まれていた。
黒人社会に「黒人女」というものを作ったのが植民地化だったため、当然、「ヨーロッパへの支持」は根強く、ファノンはガーナにアルジェリア暫定政府を作っている。
ファノンの代表的な著作は「黒い肌に白い顔」というものだ。
ヘーゲルのような「イケメン」をつくることから始めた。
世界史は「女作りが先、男作りはあと」という展開をたどるのが定石であるが、なにしろフーコーの「1970年」以前は、どの男も「ちんちんがデカいだけのシーメール」だったのだ。
アルジェリアの男たちは洗練されたフランス語を話した。
しかし、フランス女とセックスするのは「タブー」とされていた。
なにしろ黒人男にとって「女の白い肌」は、トラウマとなり、日本でも「痛風」と呼ばれている病気が、もっと重篤なかたちで黒人男を襲ったからだ。
日本人でも白い女とのセックスが痛風の原因であるため、あえて「クロンボ!」などと叫んでみると痛風が良くなる。
マイケル・ジャクソンもモハメド・アリも、白人女とセックスしても「ろくなことはなかった」であろう。
いずれにせよファノンも、「ホワイトとブラックの共存は困難」と考えていた。
植民地化?キリスト教?
ちんちんのない「黒人女」を作ってくれたことには感謝するよ。
しかし、痛風患者が「クロンボ!」と呼んで病気を治しているのはどうにも我慢がならなかった。
白人男が黒人女とセックスしても痛風の心配はなかった。
それどころか痛風が治ってしまうではないか?
ファノンの戦いはこうして始まった。
1961年にルムンバが死んで、コンゴなどでも「独立しようか?」という空気が生まれた。
ルムンバは「奴隷貿易の象徴的存在」であり、痛風の治療のために黒人女を売りさばいていた。
ファノンはあくまでも実存主義の文脈に位置づけられる存在であり、アフリカの黒人が全米メジャースポーツで活躍する様を「アルジェリアの家族」と呼んでFLNの雑誌に掲載していたのだ。
移民政策においては「男作りが先、女作りはあと」でなければ、今の日本のように朝鮮パブやフィリピンパブが蔓延するだけだ。
フィリピンも、フラッシュエロルデから始まり、マニー・パッキャオ、ノニト・ドネアなどの「男作り」はやっている。
しかし、日本本土を拠点とする「男」がいなければこのような風俗店はなくならない。
ファノンは1960年代に死んでいるが、ヨーロッパ植民地政策が「女作り」(おちんちんのない女)をやってくれたのならば、それをうまく利用しながら「男作り」をすることを「脱植民地運動」と位置付けた。
男作りとは「オフィシャルレコード」がなければ成立せず、当然、サルトルの影響を受けざるを得ない。
サルトルがいなければ、日本国とて外国国家の植民地となっていたであろうし、日本国は「鎖国」を行うことで「男作り」をやったのだ。
台風撃退が日本国の宗教史の花形であるが、貝原益軒以前の宗教団体を「既存の宗教団体」と呼び、それ以降を「新興宗教」と呼んだ。
本当に「シーメールではない男」を生み出したのはミシェル・フーコーであり、1970年以降に生まれた男たちをもポルノで売り出した。
「男作り」は宗教でもあり、法律でもある。
1970年以降に生まれた男は、貝原益軒以降の「新興宗教」のみならず「既存の宗教団体」にも組み込まれた。
余談であるが、私は1971年3月生まれで、酒井法子が2月生まれ、渡辺満里奈が1970年11月生まれである。
酒井法子にせよ渡辺満里奈にせよ「年上の男性との恋愛」を歌っているが、その男は「シーメールである」ことになる。
しかし、それらの作品を聞いていると「シーメールの方がよっぽど成熟した文化を持っているのではないか?」と思うこともある。
古くは「黒い雪事件」において「映画でろうそくを吹き消すシーンがあり、セックスを連想させた」ことが猥褻物陳列罪になっており、チャタレー事件においては「コニーとメラーのあまりにも女性を従属的に描いたセックス描写」が猥褻概念をめぐって最高裁で争われた。
「ストイックな方が大人である」という側面が指摘できる。
酒井法子の15歳の時の歌。
酒井法子 サヨナラのかわりに

平成生まれの「五割が子なし」というのは猥褻概念と関わったものであり、たとえば昔、「この小学校はいずれ老人ホームとなる」という噂があり、今はそれが現実のものとなったり、
代々木ゼミナール横浜校が「ホテルにできるように作られている」という噂があり、実際に何年か前に廃校・不動産売却を公表したりしている。
ミシェル・フーコーが日本国に少子化をもたらしたという側面があり、一方で、世界の人口は、30年後には90億人を突破するという現実もある。
1970年のミシェル・フーコーからのメッセージをどのように受け止めるか?
それもキュレーター(評論家)に委ねられている。
酒井法子(1971年2月生まれ)、渡辺満里奈(1970年11月生まれ)が「年上の男との恋」をどのように表現しているかに注目してほしい。
渡辺満里奈 マリーナの夏

もはや文明批評である。
渡辺満里奈

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