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2019年9月 8日 (日)

東大生の人生。

「イアンビシャス」
イアンビシャスはギリシャのネオプラトニストだ。
プラトンが音楽作品を大量に作っていたが、イアンビシャスは「汝自身を知れ」をモットーにこれを、「公衆送信」「演奏」することにしたのだ。
初めてのロックコンサート モーニング娘。

これは「教会」の起源であったし、「アンビシャス」(野心を持て)という用語も、おのずと、「ショービジネス」「株主総会」の演出家などをすることで、エンターテイメントと関与することを意味するようになっていた。
「汝自身を知れ」「聴衆の心」を表現するのがネオプラトニズムであるとし、それは「女性芸能人と観客の擬似セックス」はなかった。
「可愛いから、美しいから観に行った」というのとは趣が異なり、「自分の心が知りたい」というのが教会であり、永遠の愛を誓う恋人たちにも「個性を見すぎる」「セックスをする」と「愛が長持ちしない」ということを提示した。
インディゴブルーラブ モーニング娘。

ローマ帝国は「ギリシャ哲学」「キリスト教」「ローマ法」の三つの川が流れ込んで成立していたが、「教会」「汝自身を知れ」は今よりももっと人々の心を捕らえようという努力が見られた。
「女にとって彼氏って神さまなんだよね」
酒井法子 涙が止まらない

これがキリスト教の教えであったし、彼氏さえいれば、あとは彼氏を導くだけだった。
「父」は「子」に「聖霊」の教えを授け、家庭内で子に「父としての役割」を求めた。
「彼氏はあなたが俺の子孫を残すのかと思うと緊張したんでしょう?」そんな人生相談に乗って女を泣かせたこともある。
恋じゃなくなる日 Bz

もちろん、ギリシャ哲学は「哲学」である以上、詩や音楽作品になんらかの解説を与えなければならない。
哲学者は「男」であった。
パフォーマンスをするのは女であっても「男の子になりたい」というのが哲学のバックボーンにあり、それは「涼しさ」「気候の安定」をも志向した。
とくに「いじめられている男」(魂・ノンケ)が熱心にコンサートに通った。
「いじめられている男は勉強するからね」
ショービジネスの運営の側も「キュレーター」(評論家)を必要としていた。
音楽作品を作って、アルバムをセールスにかけて、セトリを決め、演奏・公衆送信をする。
最後に手形を落とすことでビジネスは一段落するが、キュレーター(評論家)は「聴衆」の役割であると考えていた。
そのほうが運営も楽だったのだ。
これが有効に機能すれば「災害の起きない国」を作ることは可能であったし、それでも災害が起きるのであれば「祈り」という名の信仰心の責めにすることもできた。
女の子がいると涼しい、それでも「男の子になりたい」というのも涼しかった。
「男手が必要」という稲作地帯では豪雪が冬に降ったが、このあたりも「コントロール可能」なのが哲学の力であった。
大都会でなぜ「灼熱の夏」になるのだろうか?
みんな「女の子が欲しい」と考えており、「野郎」(男)がいるだけで、宗教は「セクト化」をしたのだ。
女の芸能人を抱えている教団はメジャー宗教化をした。
しかし、彼女たちと「話をする力量」が、宗教家には必要であり、「汝自身を知れ」というコンサートの運営だけではなく「キュレーター」(評論家)の仕事もしなければ宗教家とはいえなかった。
田中角栄も「新潟の冬の豪雪」を何とかしたければ「女の子が欲しい」という文化を広めればよかったのだろう。

 

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