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2019年8月 5日 (月)

鉄人。

マスターベーションのコツはどこにあるだろうか?
想像する相手が「差別」されていることと、ステレオタイプ(ノーマルセックスを想像すること)の二つが条件になる。
抜けない女というのは「差別されていない」ものだ。
想像する相手が差別されていることと、ステレオタイプ(ノーマルセックスを想像すること)の二つが条件になると、エホバの証人の女などは絶好のズリネタであるし、わざわざ「差別されること」を望んでいるとしか思えない。
「女教師」「人妻」「看護師」なども「差別」されているのだろう。
その対象に「ノーマルセックスを想像できる」(ステレオタイプ)ことがノンケになる条件だ。
「マガジンタイプ」(ヘンタイプレイ)な生き方なんて大人に任せておけばいい。
夢を持つことは「ノンケ」になるのが目的なのだ。
CoCo 夢は眠らない

差別に「いいこと」があるとするのならば、とにかく「韓国女」にせよ「抜ける」のである。
少女時代が「差別」をどのように活用したかはよく理解しなければならない。
少女時代 Gee

「差別」は「悪」に対して行うものだ。
それならば、セックス(罪)との相性は抜群ではないか。
どの男もどの女も「自分にとって一番大切な人」を差別などしていない。
そのために、パートナーでは抜けないのだ。
「悪」は意味に満ちている。
とにかく人類学の観点からも「彼・彼女の論理」が分からないため、ズリネタに一番いいのだ。
韓国との「政冷経熱」つまり「女心が分からない」(政冷)しかし「女で抜ける」(経熱)などわが国の伝統であっただろう。
少女時代 ジニー

女にとって「教科書は男」とも言われ、本当に読んでいる男でマスターベーションをした。
自分で「レポート」を書いてみて、評価が悪いと、成績のいい男は格好のネタになった。
「家族にするともはや抜けなくなるが、キャリアや成績をいい方向に導くことができる」「家庭内にいる人」(ノーゴー)か「差別された人」(ゴー)かの区別は明確に理解しなければならないし、いざ、結婚してみると冷え切った関係になりかねない。

マスターベーションというものは「差別された異性に」「ステレオタイプ(ノーマルセックス)」を求めることであるが、その効果としては「差別されたものたちに溶け込みたい」という感情を誘発することがあるとされる。
私も、中学高校では「成績のいい女の子」が対象であり、大学に入ったら「芸能界のアイドル」が対象となっている。
大学に入って「芸能界には興味がない」というのであれば、行政法などの法律が分からないだろうし、官僚にも向いていない。
そもそも「処女芸術」と接する機会もなければ、大学での講義(知識)と照らし合わせる機会がない。
テクネー(処女芸術)とエピステーメー(知識)こそがあらゆる資金の出所であることから、「ラムちゃん」が嫌いな京都アニメーションのメンバーはいないといっていい。
うる星やつら

「新しい知識」というのはマスターベーションをすることで覚えるのだ。
快楽のショックの穴埋めのために日常に戻っていく。
しかし、「鍛え上げられた肉体に多少の薬」という才能や、「一番いい先生を選ぶ気力」は通常の人間にはないものだろう。
そこで、中年世代になると、バッティング(頭突き)行為などの反則が横行するようになる。
「情報源とそれからもたらされる衝撃の大きさ」を悟ることが己を知るということだ。
自分の発言やプレーがなんら「衝撃」を引き起こさないのならば公然と反則を使うようになる。
そんな時は、そのような反則を使う輩を笑いながら叩きのめせばいいし、私も、腰を悪くした時に杖をついて街を歩いていたら、女子高生に「老人じゃん?いるよね」と噂されたが、マスターベーションの「ショック」の穴埋めをするために彼女たちは私のブログを読み始めるだろう。
とにかく「情報源とそれからもたらされる衝撃」を作家としては保障してやらなければならない。
マスターベーションの「ショック」を英語で「Think」と言い、日常生活の方向性を決める。
自分の家族以外を差別する、ここから人生というものは始まるし、やがて、自分の世界というものは広がっていく。

「魂」(ノンケ・いじめられっ子)と「肉」(オカマ・いじめっ子)よりも上位にくる概念が「霊」である。
霊は、「顔にあらわれる」とされ、男の顔・女の顔・そして出会いと別れを繰り返さない「絶対的顔」の存在が指摘されている。
中島みゆき 時代

「霊は顔にあらわれる」としたが、女の子の文化がなければ「女の子らしい」顔はできないし、男の子の場合もそうであろう。
また、別れないカップルならば「顔が似てくる」などの絶対的顔が存在するはずである。
その「絶対的顔」は時に息子の顔であったりする。
いずれにせよ「霊」とは「顔」のことであり、「文化」のことでもあった。

特に、男の子の「霊」は、勉強さえできればいいかもしれないが、「女二人に男一人」という構図が生まれたことは「女の子らしい顔」の美しさ、の世界を一気に爆発させた。
Wink 淋しい熱帯魚

なぜ、両親と顔が似てくるのかは遺伝という説明よりも「聖霊」の存在を念頭に置いた方が説明しやすい。
DNAトランスミッションよりも「文化」の影響を強く受けるのだ。
このことから「愛されて育った子は、勝手な自分を愛する」などと言われたりもする。
親父の書斎・母親の聖書などは、息子や娘の「顔」に伝わるため、親が恐れられたのならば、赤ん坊などの子孫まで根絶やしにすることは昔から知られていた。
ヴィト・コルレオーネはどこだ?
ゴッドファーザーパート2より

企業経営者といっても決して豊かとはいえないし、労働者も似たようなものだろう。
それならば「カント」を父親が学ぶこと、そして聖書によって母が父を慕うことが、子供たちの「顔」「霊」に影響を与える。
このことから、キリスト教社会は、「霊」を、「魂」「肉」よりも大事なものと位置づけたのだ。

お父さんの「文化」に影響を受け、恋をすることに臆病になる女の子は多い。
中森明菜 セカンドラブ

ヒンドゥ教は、息と霊(顔)に命を見出す宗教となっている。
エジプトにおいても「結婚前のセカンドラブ」を強烈に批判するようになっている。
お父さんとお母さんからもらった「顔」「文化」つまり「霊」を愛せなかったのかという思いが親にはあるのだろう。
聖母マリアも自らの「霊」を愛したために「罪がなかった」と噂された。
女性は、音楽作品の意味が分かるようになるために一通りの経験はした方がいいという考えから、「女性は子供を産む装置ではない」(厚生労働省見解)とされているが、聖母マリアはむしろ「子供を産む装置」であった。

父親がカントだのマルクスだの言っていて、母がそれを慕っている両親を持っていると、男の子は「恋を追い越していく」とも言われる。
歴史上の哲学者は「カトリックに奉仕するため」にいたようなものであるし、カトリックでない女の子は「好きよ泣きたいぐらい」と言って、音楽作品や建築にそれは利用された。
酒井法子 恋と愛のニュアンス

 

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