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Foreign Affairs

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2019年6月 3日 (月)

具体・抽象。

もし、二元論(デュアリズム)というのが正解であるとするのならば「具体と抽象」という斬り方も出来るだろう。
具体とは「彼女」であり、抽象とは「おばさん」であるとも言われる。
セックスする関係、エロスつまり「個性に注目する」関係が彼女であり、おばさんとは「心ない存在」である。
しかし、なぜ、マルクスは「従姉妹と結婚しろ」などと言ったのだろうか?
渡辺満里奈 裸のクレヨン

ダンテは、インフェルノにおいて、従姉妹と結婚したら「心ないおじさんが優しくなった」としている。
「何が勃起か?何が芸術か?」と言われると、当然、「おばさん」という存在を想定しなければならない。
従姉妹の女の子とセックスすると「俺が17という数字を考えていたのが分かるか?」と聞くと、「分かるわけがない」と従姉妹は答えるだろう。
しかし、おばさんは「17よ?」と答えるだろう。
ここに、マルクスが王位継承において想定していた、「楽な勝ち方」が存在する。
私の父方の伯父は、令和を迎える前日に亡くなっている。
その真の意図は「娘への愛」から来ているのだろう。
「娘以外の女を選んだ」という「名誉と侮辱」本がジェーン・オースティンによって書かれた。
つまり、「心ない」おじさん、おばさんというのは「娘をふった男」を想定して描かれている。
「息子をふった女」というのも当然、可能性としては考えなければならない。
みみかきをしていると

一方、具体、つまり「セックスした従姉妹」とはお金のやり取りが生じる。
仮に別の女と結婚した場合でも、「従姉妹の女の子にお金をやる」必要があり、それがなければ「空気が悪くなる」とされる。
「うちの従兄弟が東大卒でね」という世間話でもお金には違いない。
それがないのならば多額のお金が必要になってくる。

木曜まで「心なくて」も、土曜には優しい男になっている。
それが娘とセックスした男の親父の態度だった。
しかし、それは良くその人柄を知っている従兄弟に限ってのことだ。
それ以外の「赤の他人」とはいろんな葛藤が多すぎる。
Strange kind of woman Deep purple

「従姉妹と結婚する」という発想は7世紀のペルシャでよく知られていた。
「具体と抽象」「彼女とおば」という概念、あるいは「心ないおじさん」が優しくなるという現象が知られてきたのだ。
「具体的なかたちじゃなく、もっと抽象的な気持ち」
それはつまり、「従兄弟」ではなく、もっと家族構成からその人の人柄から明らかではない「感性の弱い強烈な恋」という意味である。

エッチな話をたくさんして「おじからのいじめ」から逃げたのはイエスではなくパウロであった。
「オナニーの鉄人」とパウロは自分を自称し、いじめから逃れた。
イエスが「より高度なエロエロ話」を覚えなければ、キリスト教はパウロ教となっていたであろう。
あるいは、四つの福音書という形で、すでにイエスは「故人」となっていて、パウロの「オナニー列伝」しか残されていないかもしれない。

「具体」の関係だと「世界に通用する男かどうか分からない」という指摘があった。
しかし、「東大に受かったのなら」話は別だ。
おじの過酷ないじめの温床はここにある。

わずかな金じゃないんだ。お前が必要なんだ。特に娘にとっては、とおじはアクィナスに対して考えていた。
お金とはそのためにあるようなものだった。
「金額が数えられる、女を買える、どの女にも通用する」というのがお金だとケインズは考えていたが、マネタリストは「娘をふった代わりにおじに叩きつける」ものがお金の起源だと考えていた。
つまり、マネタリストはケインジアンよりも「お金の規模が違う」のである。
浜田省吾 money

娘はまだ子供だったため、「男というものはそういうもの」と考えてしまい、彼氏に高望みをした。
そのため、おじは甥を潰そうとしたのだ。

「ただのクラスメイト」とは異なる論理が「東大に入った男」にはあったし、親戚めぐりをしないのならば決して政治家など夢見てはならないと考えられている。
松田聖子 制服

従兄弟のカミソリ・オッカムはこのアクィナスの「おじにいじめられる」論理を利用して、アクィナスとともに出世した。
もちろん、アクィナスの熱心な読者であった。
アクィナスの弟のスコトゥスは、徐々に居場所を失っていったのだ。

おそらく「従兄弟」が具体的な恋であり、「クラスメイト」ならば抽象的な恋だと思われる。
どちらが危険なのかはよく吟味しなければならない。
具体的危険犯と抽象的危険犯の違いである。
抽象的なほうが危険性が高いのではないだろうか。
狼なんか怖くない 石野真子

抽象の場合は「ゲーム」「ルール」などが想定されている。
しかし、具体にはそのようなものはない。
どっちが危険だったかは「王朝の証言」がなければ分からないだろうが、少なくとも、私は従姉妹(具体)よりも、今の妻(抽象)により「危険性」を感じた。
ピンクのモーツァルト 松田聖子

抽象には「マネタリズム的お金」がかかるし、具体には「ケインズ的お金」しかかからない。
東大・王朝でなくても「原理は同じ」と言っていい。
「偉いおじにお金を払いきれなかった」44歳無職を責めるわけにもいかないだろう。

夢を語るのは「一人の女に二人の男」(実質経済)においてだけ存在するのではない。
抽象の世界にも「男の夢」は存在するのだ。
具体を清算しなければ「クラスメイト」「同級生」とも結婚できないだろう。
リゾナントブルー モーニング娘。

「恋に恋する」というのも女の子にとっては楽な仕事ではない。
「結婚に何の障害物もないだろう?」などと安易に東大生がいうものではない。
庶民には苦労が絶えないのだ。

マルクスは「生涯にわたって貧しかった」とされており、マネタリズム的お金よりも、ケインズ的お金のほうが「楽でいい」と考えたのだろう。
「眞子さまはなんで結婚できないの?」という一定の答えがここにある。
私はお金など要求しないが、「空気」というものは確実に存在するのだ。

台湾という国は「中国のおばさん」だとされているが、アメリカ合衆国が構築した戦術であり、「おばさんは来るかもしれない」と端的に表現される。
そこには、ケインズ的お金ではなく、マネタリズム的お金という金額の桁の違いが存在し、中国に与えられた「窓」は案外狭いとされる。
中国が台湾を手にしたら「習近平は歴代皇帝と同格」とされているが、問題は非常に難しい。

男の子が東大に入ったら、真っ先に手を上げるのは「娘がいるおじ」であり、ある意味、バカげたことではあるが、なにしろ、男の子が「勃つようになったのは」従姉妹のおかげという側面があり、東大生としても不当利得のようなものとなってしまう。
これが「具体」の世界であり、「ワクワクさせて」という抽象の世界へと男の子は導かれていく。
不当利得があるから、クラスメイトなどは「案外高くつく」ものであり、従姉妹と結婚してしまえば、不当利得の問題は生じないため、ケインズ的お金で解決できる。
片思いの終わりに 亀井絵里

名目(女の美しさ)と実質(男の才能)の問題もあり、具体(いとこ同士)の世界でも必ずしもカップルが成立するわけではない。
むしろ、「高くてもいいから」可能性を求めたいという抽象(クラスメート・街でのナンパ)などに魅力を感じる男もいる。
いずれにせよ、名目(女の美しさ)にこだわるのならば、お金(実質)が必要となり、しかし、実質賃金の値上げは抽象(クラスメート・街でのナンパ・ワクワク)につながる。
ワクワクする代わりに「どんなおじ」が女のバックにいるかは明らかではない。
Wakuwakuさせて 中山美穂

まるで、ブルドーザー事件のように、男は「従姉妹がいたから勃つようになり」「不当利得をし」そしてそれを「どのように吐き出すか?」という問題が、巷のカップルの間には存在し、ケインズ的お金(金額が数えられる、女が買える、どの女にも通用する)にとどまらず、マネタリズム的お金(おじに叩きつけるお金)という「利得が存在するものがお金を払う」という仕組みが出来上がった。

なぜ、巷のカップルは「高くつく」のだろうか?
家庭内で「その話は聞きたくない」という「偉いおじ」の話題が出てくるため、「お金を払わないとカップルの空気が悪い」からである。
あくまでも、「夫婦円満」「家庭内の雰囲気」の問題であるが、街で出会ったカップルにはそのような問題がつきまとう。
マルクスはこのことを「共産党宣言」において指摘したのだ。
松田聖子 真冬の恋人たち

私は東大文一に受かった時に、親戚中の話題を独り占めしたが、「男の子しかいない家庭」においては、私のことは一切話題になっておらず、「娘のいるおじ」が大騒ぎしていたことをうかがわせる。

独身男女(一般)が恋をして、セックスするのとは異なる論理が結婚した男女(特殊)には存在すると表現することも可能である。
「一般・抽象・名目」ばかりをアピールしているのが歌謡曲であった。
しかし、「大人たち」は「特殊・実質」の世界からメッセージを送っており、具体への不当利得を返そうとしていた。

なぜ、歌謡曲は、独身男女(一般)・街で会った恋人(抽象)・美しい女(名目)ばかり歌っているのだろうか?
結婚している男(特殊)・働く男(実質)が、おじに不当利得を返そうとしているという(具体)「若者にあまえ、女にあまえる」というあまえの構造が見られるのだ。
ね~え 松浦亜弥

音楽作品を公表する機会が減ったり、CDが売れなくなったことは、作品力が成熟経済の時期よりも下がったことを意味するのかもしれないし、「大人があまえられなくなった」(実質賃金の低下・株価の下落)という形で表現される。
あくまでも、芸能界が、行政の「処分」のエネルギーの背景にある以上、行政力の低下として表現される。
「歌が売れなくなった、テレビで見れなくなった」ことは国力に関わる問題なのだ。
「旧作としてすでに充実している」というのであれば、もっとキュレーターが成熟経済の時期の音楽作品を評論しなければならない。
「完成度の高い”あまえの構造”がバブル経済を支えた」
石井明美 Cha cha cha

 

「プットとコール」
経済学においては「プット」と「コール」の存在が知られている。
プットというのは「男の仲間作り」「多数派工作」を意味し、コールというのは「男が女のレベルに自分を下げる」ことを意味する。
仲間が多い男(プット)に、女のレベルにまで降りてくれると(コール)女としては非常にありがたいものなのだ。
篠原涼子 ムーンライトコール

プットに関してはすでに述べたし、男が多数派工作に成功するかを「オプション」にかけることをプットオプションと呼ぶ。
堅物の東大生にはプットオプション(将来仲間を作る可能性)も、コールオプション(女に詳しくなる可能性)もあるので各省庁から引っ張りだこだ。
道徳(多数派工作)

仲間の多い男(プット)でなければ、女は男がレベルを女の水準まで下げてきて(コール)も「身分が違う」などといって相手にしないだろう。
夜中の、カップルの成立を「オーバーナイトコール」と呼ぶのだ。
松田聖子 秘密の花園

「仲間が多い、何かやってくれそう」というのが恋の秘密ならば「プット」が成功したあとに「コール」が必要となる。
コール(女の水準まで下げる)ことと、プット(男の多数派工作)が常に共存している。

貯蓄、国民の金融資産というものは「国が女性に優しくない」(コールの問題)から引き起こされるものだ。
国が女性に優しければ、もし女の抑圧というものがなくなるのであれば、珊瑚の破壊すら許せるし、普天間基地の辺野古沖移設も実現するだろうし、国民の金融資産が市場に出回ることになる。
女に優しくない国というと、中国のほうが日本よりもひどい。
普通は貯蓄率は40%ぐらいであり、どの先進国でも「女の抑圧」の問題はあるが、普天間基地の辺野古移設が実現するようであれば、女の抑圧の問題はかなり緩和されることになり、日本という国が「女に優しくなる」ことを意味する。
コールオプションがかかっているのが、普天間基地の辺野古移設問題なのだ。

仲間作り、多数派工作(プット)は税収と関わる概念である。
小学校や中学校の「集合写真」をはじめ、大人になっても「集合写真」から税収が生じる。
学業や仕事が終わったあとは、しっかりと集合写真を撮って、税金を緩和(節税)する必要がある。

エンドロール 夏代孝明

本来、税金のために用いなければならなかったお金を、仕事に使えるということはいろんな「業績見通し」「勝敗の予測」に利用できる。
ジョン・コック・ウィルソンは、仲間を作る(プット)ために、18.44メートルなどの「プロ野球などのゲーム」をたくさん作った。
観客はもちろん勝負を楽しんだが、「本物のクレイジー」をファンは歓迎しておらず、「女の話ひとつ」できないファンは「家族に病人でもいるのかね」と思われた。
男は「女目当てで」ファンをやっていたため、モバゲータウンなどは非常にプロ野球チームの親会社として適していた。
野球ファンでることを口実に多くの女性たちが球団を取り巻いていた。
メジャースポーツの登場で、イギリスではポップな音楽作品が発達した。
勝負に勝つために音楽を売ったのだ。
勝敗が決したあとは、みんな、各自が「裁判官」としてのSNSに戻っていったし、勝負の「戦犯」を議論するなんてナンセンスだった。
ローリングストーンズ スタート・ミー・アップ

今後も、モバゲータウンは、男たちの「仲間づくり」に活用されるであろうし、男さえ「女性に優しけれ」ばコールも伸びる。
現時点では、仲間作りに活用されているのがモバゲータウンであり、女性に優しいかどうかは「通報」という仕組みはあるが、プットの強さが目立ち、コールは改善の余地があるだろう。
勝負事と音楽作品は常に手を携えて歩いており、また、女を口説く学問が発達しなければ「18.44メートル」という定義すらなされなかったであろう。
現在は、巨大掲示板では「家庭に病人がいるクレイジー」たちが球団の議論をしているが、別の「球団を問わない」サークルは確実にある。
楽天やソフトバンクも同じ考えから成り立っている。

セックスしても「男の体」「女の体」は何も変わらないだろう?
しかし、「性病の治療」のためにいろんなものを売買する。
売買契約の基本は性病の治療にある。
このことさえ分かれば、「女にお金をあげる」理由が明らかになる。
性病になったらノイローゼになり、男をほとほと困らせるだろう。
そのために、お金をあげる必要がある。
お金がなければ、女のノイローゼは治らず、DVや児童虐待の温床になる。
高橋由美子 ぼくをぶたないで

性病の治療のためにさまざまな製品を売って、男と女はセックスしお金のやり取りをする。
仲間を作る(プット)、女に優しくする(コール)という以外に学問の目的はあるだろうか?

うまくいくビジネスとうまくいかないビジネスがあるが、「性病の治療とどのように関わるのか?」という説明がうまくいくかいかないかを「見よう見まねで」仕事をしているからだろう。
男女の出会いの機会を増やすか、性病の治療をするか、どちらかを明確にしなければならない。
トンタン茶房

世の中には「ブランド物」というものがあるだろう。
「男女の出会いの場を与える」「性病を治療する」以外にビジネスの可能性はないということを理解したものが「カップ」ではなく「Tカップ」を作っている。
資金メカニズムの組み方がまったく異なる「職人」がいて、「Tカップ」が作られている。
モーニング娘。レモン色とミルクティー

そして、「ビジネスとは何か?」が分かっている金持ちが「Tカップ」を彼女にあげて女が喜ぶのだ。
ビジネスが分かっていない「凡人」がどんだけいるんだよ?と思いながら彼女は「Tカップ」でミルクティーを飲んだ。

隣の部屋の「昨年買ったテーブル」と、「自分が思い描くテーブル」が同じなのかどうか?
はたして自分はビジネスというものが分かっているのかどうか?
「男女の出会いの場を与える」「性病の治療をする」という二つがビジネスであるのならば、企業は「男女の出会いの場を与える」のに32兆円儲けて、医療は「性病の治療をする」のに八千億円儲けていることになる。
そのようにして、企業と医療は常にキャッチボールをしている。

欧米で「ビジネスの基本」が明らかになったため、「この甲斐性なし!」という憲法が日本国はかなり世界から遅れをとることになった。
女の怒りは実に103条にまで及んだ。
ヴィトゲンシュタインは「俺はお金のかかった男以外に写真は撮らないんだ」と言った。
プロスポーツの写真はこのことから生まれている。
ニュートンは「多数派工作」「仲間作り」(プット)と言っても難しいよ?俺は60年間誤解されてきた、と語った。
聖書を「錬金術」(精神医学)から分析することをその手法としていた。
ニュートン物理学というものは、日本でも高校の教科書になっているが、ニュートンは、錬金術(精神医学)から、聖書の分析をし、英国国教会で有名になった人物だった。
ニュートンを知りたければ、それは高校の教科書にはなかった。
「人々は誤解しあう重力に囲まれている」
新田恵利 Only lonely boy.

1642年にニュートンは生まれているが、1642年に英国で内戦が始まり、1649年にチャールズ王が勝利している。
1653年に、クロムウェルが「王からの自立」を果たし、1658年に死んでいる。
クロムウェルの息子のリチャードが1658年から1659年に統治したが、1660年にチャールズ二世が統治権を確立している。
この時代の指導者は「姉妹にアイドルがいた」ことから「いかにアイドルの発信力を高めていくか?」で統治権が決まった。
このあたりは「処分性」の研究を知らないと分からないだろう。
ニュートンは、そのような「文系権力闘争」とは距離を置いていた。
ケプラーが「惑星は太陽との距離の三乗、衛星は二乗(面積)」としていたが、物理学はそのように動いていても、化学は「女の研究」をしていた。
ニュートンは、アイドルを背景にしたときの権力者を想像して、リンゴが落ちるのを眺めた。
原罪、これが男と女をぶつけている。
1689年にオレンジ公ウィリアムが名誉革命を起こした。
ニュートンに共鳴したオレンジ公ウィリアムがオランダ美人をロンドンに売り込んできたのだ。
小泉今日子 和蘭美人

リンゴが落ちるのを見て、ニュートンは「俺はアイドルの姉妹がいないから数式を書かなければならない」と悟ったのだ。

アインシュタインが「一般」相対性理論において、独身男女は「高さ一インチの正三角形も底辺は二マイルある」とするまでは、ニュートン物理学ですべてが説明できると思った。
アインシュタインが「特殊」相対性理論、つまり「結婚した男女」と一般を区別するまでは、ニュートン物理学で宇宙を目指しては失敗していた。
ニュートンは、リンゴが落ちるのを見て「男の側と女の側がぶつかり合っている」つまり、原罪を悟り、数式を書いたが、精神科医として「権力者の姉妹の評論」を錬金術として行っていた。
しかし、自分にはアイドルの姉妹がいなかったため「数式」「ニュートン物理学」しかのちの世に残っていない。
「浅香唯だろ?」」「倉木麻衣だろ?」これがないのならば「60年間の誤解」に私も耐えなければならなかっただろう。

ニュートンは旧約聖書の精神分析を錬金術として行い、「F=ma」つまり、凡人は、人々の誤解という重力を理系学問で突破しなければならないとした。
姉妹にアイドルがいるのならば文系に進めばいい。
しかし、「処分」が下せなければ文系も意味がない。
東大に入れば、女たちがついてくるだろうが、それ以外は旧帝以外に意味がないと考え、理系ならば何でもできると位置づけたのだ。
本ブログの「処分と弁護」という記事を「仲間作り」(プット)と位置づけたのだ。

ニュートンは、リンゴが落ちるのを見て、「文系が向いているか理系が向いているか」を明らかにしたが、そもそも「仲間作り」「多数派工作」(プット)をする上で、文系と理系の適性を論じたのであり、コール(女に優しくなる)という意味においては文系も理系も関係ない。
「男女の出会いの場を増やす」「性病の治療をする」というビジネスの世界では「どっちも同じ」だったのだ。
「適当に気分よくなったら帰ってよ」というのが医学の実態だった。
文系男と酒を飲んだだけでも「気分がいい」し、理系の知識は本当に気分が良くなった。
コールというのが「性病を治す」「女に優しい」という意味でもあった。
コールというのは「セールス」という意味であり、企業内部の「プット」とは異なる。
株主利益最大化論がプット(企業内部の多数派工作)であり、セールスがコールでもある。
総売上高は「コールオプション」にかけるし、株主利益最大化(企業内部の多数派工作)は「プットオプション」にかけた。
大規模プロジェクトが公表されたらプットオプションを使うし、景気がよければコールオプションを使う。
オンエアして女たちが笑うまでは「大規模プロジェクト」の成功とはいえない。
中島みゆき 地上の星

「いいよな。会長はオプションを握っていて」(輪島功一)。 試合に負ければ「仲間を失う」、しかし「女に優しくなる」。 試合に勝てば「仲間が多い」、しかし「女に冷たい」。 ボクシングの世界では「プット」と「コール」は「同じこと」と考えられ「オプション」と呼んでいる。 「勝った選手の興行権」と言ってもそんなに儲かるだろうか? それよりも、「勝っても負けても」会長は取引で損をしない、と考えたほうがいい。

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