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Foreign Affairs

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2019年5月21日 (火)

金瓶梅。

唐の時代から、王になるものの人生は、儒家、墨家、法家、道家などをマスターすることのために費やされた。
儒家は「心技体」「季節」などを政治に用い、墨家は「男が女を愛する気持ち」を利用し、法家は「処女」を巧みに用い、道家は歌を用いた。
学問の道に進むと、親にも愛想をつかされる。
それが長男である王の人生であり、
弟はと言えば、博打や酒、女に明け暮れ、それでいて「兄よりも幸せだ」と考えていた。
これが「西門慶家」と呼ばれる、「王を輩出する家」の有様であった。
博打、酒、女、それはそれで幸せだろうな。
しかし、長男は何のために「王」を目指したのだろうか?
「心技体」を鍛え「季節」を感じ、男が女を愛するという思想を学び、処女に愛されようとし、歌をよく聞いた。
そんな「学問」「中国古典」はもはや膨大な文献が積みあがっており、王を目指すと書籍代だけで一気に貧困層に落ちた。
「西門慶家」の長男と次男、それは宋の時代の語り草となっていた。
女が弟に「あなたのお兄さんの肉体は素晴らしいわ?仲良くしなさいよ」と言っても、弟は、中国古典をちょっとかじっては放り投げ、兄とは縁を切ろうと考えた。
甥が「西門慶家」に来た時も、博打や酒や女に興じる人の方が「普通」と呼んで自分も楽をしたがった。
学問を志した兄はおばあちゃん二人にとっては宝であり、親戚めぐりをさせられていた。
叔父たちも「弟の人生の方が楽だな」と考えていた。
これが「西門慶家」の家族のあり方であった。
父や母は亡くなってしまった。
父や母が生きてさえいれば、シルクロードから来るヨーロッパの学問が通用したであろうが、亡くなってしまえば、「中国古典」が読める男だけが王の資格がある。
「心技体」の肉体を持ち、「男が女を愛する」ことを知り、「処女」を活用する。
それを、兄は、親戚から出た銀貨で歌に変えた。
大和撫子スーパースター この歌を聞いた時に、弟が「俺の肉体は3割が人で出来ていて、7割が鬼で出来ている」と語った。
女が「お兄さんを尊敬し、世話にならなければならないことが分かったかしら?だったら安心してお嫁にいけるわ」と言って弟と結婚した。


芙蓉という美しい女がいた。
行李ひとつで、いろんな家に居候していた。
学問のある国の軍隊は「あの女の周りには金があるから気をつけろ」と言って避けて通っていた。
しかし、芙蓉が、トイレに行っただけで「失礼だ」と言って怒るのが庶民の家庭だった。
とにかくおしゃべりな女だったので、いろんな家に迷惑がられた。
そんな女が「西門慶家」にも居候した。
兄が、大金を持って帰ってきたので、家の者はみんな仰天してしまった。
「その金はどうやって手に入れたのか?」
「処女」ほど金になるものはないと韓非子に書いてあってね。
「男が女を愛する気持ち」を利用しろと墨子が言っているだろう。
そのようにして、芙蓉はいるだけで「金」になるという国家の学問をみんなに語った。
CoCo お願いHold me tight


西門慶家に「王婆さん」というのがいて、歌を作った。
その歌の印税で長男、次男に財産を与えたが、三男以降の妹たちにも財産は与えられなかった。
三男の家が西門慶家と呼ばれていた。
西門慶家の長男が「処女を愛する法家」「男が女を愛する気持ちを利用する墨家」を理解していたため、その歌の解釈を行った。
「人間の夢ってのはぶつかり合っていて、三人目以降にまで届くのは難しい」
そのような解釈を長男が与えたら、六人の兄弟に財産が行き渡った。
瀬能あづさ 永遠に友達 王婆さんは、西門慶家の長男を可愛がるのに理由があったし、次男は「楽をしたいものだけが可愛がればいい。ただし、野心を持つな」と言っていた。
二人に財産を与えるのが精一杯の婆さんが、六人に財産を与えられるのも西門慶家の長男のおかげなのだ。
夢がぶつかり合っている女の世界の歌を作ったら、夢がぶつかり合っている連中に財産が行き渡る。
そんな皮肉をこめて歌を作ったのだ。
王婆さんは「弟の方がまともだ」と言っていた息子や娘たち、つまり、西門慶家の叔父や叔母を「一匹二匹」と数えるようになっていた。


王婆さんはまた歌を作った。
周囲は「そんな子供じみた真似はやめたほうがいい」と言ったが、王婆さんは「私は光太郎のために歌を作っている。処女を愛すること、体を鍛えること、季節を感じるほど勉強すること、男が女を愛することを知っている人にしかお金はない」と言って聞かなかった。
CoCo 行かないで夏休み 王婆さんがいないところで、周囲は長男に「あなたの名前は?」と言うので「光太郎です」と答えた。
「この歌の意味は?」と聞くので、「社会契約論です。つまり、権力によって無理やり社会契約が切られたという意味の歌です」と答えた。
周囲の人間は、自分の息子にも同じ事を言わせて見た。
すると、あちこちから縁談が舞い込んできた。


王婆さんは決して美しくはなかったが、美少女の写真を集めては禅を組んでいた。
三男の重五郎はそのためにハンサムだったのだ。
「おい、お前!喧嘩売ってんのか?」と重五郎が他の少年と喧嘩しても、先生は「ハンサムな男」の味方をして喧嘩を売ったものを罰した。
タンポポ 私の顔 王婆さんの中子の杏子はよく婆さんに叩かれた。
なぜ私を叩いたの?私が可愛くないから?
杏子も禅を組んだ。
娘は酒井法子と呼ばれた。
重五郎の長男の光太郎の担当の一人が酒井法子となった。
美少女を思い浮かべながら禅を組むだけで「ルックスのコンプレックス」が解消されるのだ。
酒井法子 男のコになりたい


ある時、王婆さんが「死ぬ」と言い出して自分の棺おけを注文してしまった。
嵐の素顔 工藤静香 権力のあった王婆さんの言動に家中が静まり返ってしまった。
重五郎が王婆さん(香淳皇后)のために、中華街で大量の月餅を買って送った。
王婆さんは「鉄之助の霊」と銘打って昭和天皇の写真を掲げた。
王婆さんのもとに大量の洋服が届いた。
「詩心だけは俺にはない才能だ」
光太郎は後にそう思った。


おさらいしておこう。
儒学:心技体、季節を愛する学問。
墨家思想:男が女を愛する気持ちを利用する学問。
法家:処女を巧みに利用する学問。
道家:歌を歌う研究。


王婆さんは、私はこれほど美少女を愛したのに、詩の才能が評価されない、と言い出した。
河合その子 緑の少女 詩のおかげで一族に富は満ち溢れ、王婆さんの悲願は「誰かケンブリッジに行って私の詩の評価をして欲しい」ということになった。
京都学派第二世代にアメリカ留学組が多い理由は、王婆さんの「わがまま」が理由だ。
私もその中の一人となった。


王婆さんは、眠れない夜は新婚の時を思い出した。
床を急いで作り、三日の朝が九日で、一ヶ月は「足と乳がひとつ多かった」という。
客が来ても出ないため、みんなが手に何かを持ってきていた。
「羊のお面をかぶった山だったわ」
医者の夫に「子供が熱を出した」という人がいたときは「私の熱の方がひどい」と言った。
「警告よ。今すぐ帰りなさい」
高橋由美子 ETUDE とにかく一日が長かった。
無我夢中で生きているうちに第一子を授かった。
「禅を忘れたから耕之補よりも重五郎のほうがハンサムだったのかしら?」
前妻の子の佐紀子(皇后美智子)は「うちに母ははいません」と言ったし、王婆さんの第二子の重五郎は「西門慶家」を作ることが約束された。
お嬢さん、娘たち、一度は結婚というものを経験してみなさい。
そうでなければ、お坊さんにたちまち言いくるめられてお金をふんだくられるから。
新婚生活を知らない女ほど世間知らずなものはないの。


王婆さんは、重五郎が家に来て「光太郎が東大に入ったのに女を知らない」と王婆さんに言った。
「心配すな。わしも夫に先立たれて男を知らんけ」
西門慶家では、重五郎が光太郎に三万円渡した。
王婆さんが「お正月には三万円」という習慣を作ったのであり、光太郎が30歳近くなるまでその慣習は続いた。
貝和さんと、登始子と、貝和さんの娘の晴美が王婆さんの家を訪れた時に、光太郎の敵はコイツらか、と悟った。
認知症になりかかった王婆さんの前で、露骨に「聞いてないだろう」と思って王婆さんを侮辱したこの三名は、「一生呪われてしまえ」と日記に書かれていた。
貝和さんが、プロモーター気取りで王婆さんの家を訪れた時も、西門慶家で光太郎に「三万円」が渡された。
CoCo 夢だけ見てる 王婆さんは認知症だ、という話が通説であるが、その詩心はまったく色あせない。
便の不始末などが知られていたので本当かもしれないが、年寄りなのだから同じことだろう。
貝和さん、登始子(西門慶家の女将)と、貝和さんの娘の春美をぶちのめすための雄たけびを詩にした。


1999年8月に、光太郎は寄生虫疾患が本当の病名であり、統合失調症ではない、という噂が流れた。
ネットでは人気者だったし、東大からも「本当に彼は病気なのでしょうか。信じられない成績なのですが」という連絡が入ってきた。
西門慶家(重五郎)と、貝和さんは「賊にやられた!」と慌てふためいた。
王婆さんは「この季節に光太郎は”ひまわり”を聞いているかな?あなたは八月の少年よ?」と笑っていた。
CoCo ひまわり 王婆さんはこの時に「貝和さんに復讐をした」とされている。
「ワレ、カネ出さんかい」「ワシの孫をどうするつもりや」
貝和さんは、王婆さんに詫びを入れ、登始子とは二度と関わらないことを誓った。
光太郎のお気に入りだった、王婆さんの家の貴子が、これを目撃しており、王婆さんが倒れた時に「登始子おばちゃんと貝和さんにやられた」と思った。


西門慶家は、完全に凍り付いていた。
貝和さんは、韓国大使館に保護を求めていた。
韓国大使館の蓮連と、晴美はこのとき以来仲良くなった。
もっとも、蓮連も金目当てで、このとき以来、貝和家の全メンバーが「銀行も消費者金融もブラック」となっている。
ようするに「仕事をするな」という意味であった。
貝和さんはこの事件で全財産を失ったが、その復讐として王婆さんの殺害に思い至った。
酒井法子 微笑を見つけた ICU(集中治療室)に面会に来た光太郎に王婆さんは涙を流しながら笑った。
しかし、そのあとに訪れたのは貝和さんのグループであり、「分かったか」と貝和さんは言った。
全財産を失ったのは貝和さんだった。


それ以来、西門慶家は、平穏な日々が訪れた。
光太郎による安定した統治がなされたのだ。
姉のまり子は、「すべてのトラブルに中立だった」ことを存分に生かして、しかも、西門慶家の「重五郎の孫の可愛さ」を利用して、西門慶家の乗っ取りを図った。
光太郎を久里浜での独り暮らしに押し込めることに成功した。
それ以来、なんだ、このトラブル続きは。
CoCo 君の歌、僕の歌 王婆さんはもうすでに故人となっていた。
そのあとの主役は、まり子なのだろうか。


西門慶家で、光太郎は、「貝和さんは親父に土下座でもしたかな?」と笑っていたが、真相は、弟の出来の悪さを貝和さんが責め立て、弟の真二郎がみんなが見ている前で土下座をさせられたのである。
このあたりは、韓国大使館の都合があるのだろう。
重五郎の孫の身元を引き受けますと貝和さんは言った。
朝鮮人の論理など分かるはずがなかった。
貝和さんは、重五郎の孫の湧太を虐待した。
とにかく「全財産を王婆さんに奪われた」のである。
しかし、久里浜に追いやられた光太郎が「春をみるたびに」影響力をつけて行った。
とうとう「その時」が来た。
光太郎に北欧から賞が届いたのだ。
貝和さんは西門慶家の前で一晩中立っていた。
「姉さんいる?」
西門慶家の前で登始子のことをそう呼んだ。
貝和さんの娘の晴美は「私の娘だけが私たちの命を守るでしょう」と弱音を吐いた。


今度は、韓国大使館が歌を作った。
「勉強を休んでよ」
完全な弱音だった。
松浦亜弥 Love train 光太郎の妹のめぐみに、西門慶家は「賞金の半分だけだぞ」と言った。
なんと、全裸になって父に詫びを入れたのだ。
奥様方の噂はとどまることを知らず、倉木麻衣は東京から姿を消した。
光太郎は、自分の子供たちのスポンサーを見つけてくる力量を身につけるのに時間はかからなかった。
自分の子供たちのあとに、妹の面倒を見始めた。
しかし、父の前で全裸になった屈辱から電話に出ようともしなかった。
子供たちの「メド」が立ったら、東京大学から貝和さん宛てに「早春のご挨拶」があった。
日本国の全大学が貝和家を見放すだろう、という警告だった。


西門慶家は、光太郎の動向次第で、何人服を脱ぐつもりだ?と貝和さんに怒っていた。
松浦亜弥 ね~え 北欧からの知らせは容赦なく届いた。
王婆さん、安らかにお眠りください。


西門慶家が、今年の五月に引っ越すことになった。
「汝のあるべき姿にもどれ」
カードキャプターさくら そう誓った西門慶家の終焉であった。


西門慶家はいよいよ引っ越すことになった。
重五郎は、妻とお茶を飲んだあとに、自分の家を振り返った。
「まり子とめぐみに甘い家だったな」
光太郎がもたらした富があると聞いて、4~5人の客が挨拶に来た。
西門慶家は、快く、お金を渡し、別れの挨拶に応じた。
また、お金の裏づけがあったことから、「あの物語は本当ね」と近所のみならず町内で噂になった。
4~5人に金を渡しただけで、貝和さんは町内に居場所をなくした。
Qlair お引越し

金瓶梅は、現在、「第16話」で終わりです。
第100話まであるのですが、最後に令和天皇が死ぬと思います。


 


「紅楼夢」
平成天皇は、その凡庸さから「瓢箪」と呼ばれていた。
金瓶梅を読んだが、令和天皇の「石頭記」とでも呼ぼうか。
とにかく「石頭」だねあいつは。
英語と中国語を巧みに操る。
娘を嫁にして良かったと思う。
貝和さんが、朝鮮人であり、アメリカ合衆国と中華人民共和国に頭が上がらないのだ。
韓国大使館が、金瓶梅=石頭記を読んで、令和をいじめるのをやめてしまったのだ。
英語を巧みに操る奴だと言うことは分かっていたが、中国語もメドが立った。
もとはと言えば、瓢箪が、貝和さんに「現金書留で大金を送った」ことが事の発端だった。
貝和さんが、息子の薫のことを瓢箪が後継者にしてくれるのではないかと考えたのだ。
瓢箪が「韓国にゆかりを感じます」と発言していたことの意味は大きく、薫は、「私は朝鮮の林家のものです」といって「狡猾な」期待感を持ってしまったのだ。
現金書留の大金は「石頭」が稼いだものだった。
「韓国の経済発展の原動力にならない限り、お前にはチャンスはない」
瓢箪は薫にそのように伝えてあった。
なにしろ「石頭」(光太郎)は、日本国の経済発展を引き起こす力をもっていたからだ。
「韓国にゆかりを感じます」
この言葉の正当化のためだけに、瓢箪(平成天皇)は、貝和さんを「戦力」とみなしていた。
薫は「無理な宿題」を課されて通院する羽目になった。
石頭は「韓流ドラマってあるだろ。学歴は人種だ。出生の秘密とか、財閥とかもそのために出てくる」と母親に語っていた。
東海大学で土の研究をしていた薫に何が出来るだろうか?
石頭の周辺に「楽観論」が広まった。
父の西門慶家は「薫には無理なことは誰よりも理解している」と瓢箪をあざ笑った。
学歴も人種であるという韓国という国、そこに東海大学の人間が何をしようというのか?
BoA Is this love?


晴美、めぐみ、洋子の愛を失わないために、薫は「出来もしないことを、出来る」と瓢箪に伝えた。
買夫人(美智子皇后)は、「バカな男だね。まあ、せいぜい利用してやりますよ」と貝和一家を見ていた。


光太郎が「鉄・自動車・通信が国民の恋愛にどのように繋がるかの説明」さえできれば日本国は経済発展するだろう、と語っていたことと、その通りにいろんな指標がでてきたことから、買夫人(美智子皇后)は「経済発展」を演説して回った。
光太郎(石頭)と皇后美智子(買夫人)はもはや一蓮托生だった。
貝和家と小野家(西門慶家)の対立は、もはや韓国と日本国の経済発展にまでその争いの場が移され、貝和家は「口先だけ」になっていた。
東京大学・スタンフォード大学・北京大学をまたにかける石頭との権力闘争はこの時点で、買夫人が「石頭に味方する」という形で明暗を分けた。
石頭は、西門慶家(重五郎)の健康相談にも乗り、西門慶家は「神仙」と呼ばれるほど長生きした。
石頭は買夫人にも「野菜ジュースとラーメンをご馳走したかった」と語ったことから、買夫人の健康にも繋がった。
買夫人が石頭の「いじめ」を主導したのでは決してなかった。
日本と韓国の争いだったのだ。


貝和家と小野家(西門慶家)の争いが、韓国と日本の経済発展の争いへと発展したことから、薫は貝和さん(母)に、「出家」を申し出た。
貝和さんのもとにはもはや客人も訪れず、晩年はきわめて寂しかった。
王婆さんの悲願が、この時にかなったのだ。
王婆さんが作った歌だけは永遠に残った。
酒井法子 神のみぞ知るハートの行方


王夫人(光太郎の妻・清子)は、子供を虐げるような真似をしてしまったが、石頭(光太郎)が、「子供たちの心配は要らないよ。全部お金で買った」と報告をよこした。
そのことから、王夫人は石頭の庇護の下で療養生活を送ることが出来た。


あれほど、王婆さんと熾烈な権力闘争をした貝和さんも、東京大学・スタンフォード大学・北京大学には頭が上がらず、特に、朝鮮人は北京大学をとられることは致命傷だった。
人生の斜陽を迎え、西門慶家から犬を二匹譲り受けた。
意外と心ある側面を見せ、犬を可愛がったようだ。
韓国の経済発展なんてソウル大学にも分かる訳がないことだった。
そんな「宿題」を瓢箪(平成天皇)に与えられ、大金を受け取ってしまったことから、贖罪の日々のようなものを送っていた。


石頭(光太郎)は、周瑞家という閨閥を形成するに至った。
世界のファイナンスや国際政治を見渡す力量をもっていたのだ。
この「紅楼夢」は、周瑞家の物語であり、王婆さんの「夢」のことであるが、この物語も、令和天皇の後の人生で語られることもあるだろう。
120話まで続く「紅楼夢」であるが、第8話でいったん終わりにしたい。


 

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