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Foreign Affairs

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2019年4月21日 (日)

カトリックについて。

「初めての男って忘れられないらしいね」
しかし、女には「幻の恋人」がいて、マスターベーションも覚える。
「一人上手の癖も覚えた」
それは、イエスさまを想像することだった。
「死への崇拝」「知識への崇拝」を行うキリスト教において、イエスさまを想像して「すべての女が初体験をする」(マスターベーションをする・罪)
ここに、男の「主権」、バチカンの「主権」は存在するのだ。
「初めての男」としての「メッセージが常に的確であること」
ここに、デフォルトを起こさないための秘訣がある。
ribbon さよなら

イエスさまの肉体と、「教会がイエスさまである」という二つのイエスが生まれた。
「初めての男って忘れられないらしいね」
本当に初めてのセックスをした時に、「これならばすでに知っていたこと」と女たちは考え、「初体験の相手はイエスさまだった」と考えるようになっていた。
世界レベルで「イエスさまの肉体」は教会にあったし、世界レベルの頭脳をもっていた。
共産党や独裁者が「初体験の相手は私だったはずだ」と「なりすまし」を試みたにすぎない。
この人の言うことを聞こう、それを「主権」と呼んだ。
外国国家に対して独立していること、国内で「有効なメッセージ」を出せること。
そして「領土を画定できること」
一人上手を重ねるごとに、「領土を画定する力」は高まっていった。
処女は「近代に発見されたもの」に過ぎない。
共産主義は植民地からの独立のために用いられたに過ぎない。
友達と恋人の境界線はセックスにある。
「心は知ってなければイエスさまも独立もありえない」
三浦理恵子 グッバイフレンズ

スペインの国王であるチャールズ五世が「カスティリャ・アラゴン・オランダ」を支配し、神聖ローマ帝国は「チャールズ五世がイエスだよね」という認識のもとに対外的独立性・対内的自律性・領土の画定を行った。
初体験の相手がどの女も「チャールズ五世」を想像したマスターベーションだったし、バチカンよりも優れた統治能力をもっていた。

バチカンとの距離感によって、ウェストファリア条約が結ばれ、神聖ローマ帝国は「ドイツ」となった。
ドイツにおいてイエスキリストとは「チャールズ五世」のことだった。
日本国で、「初めて快楽を味わったのは伝教大師だったかしら」という女がいてもおかしくはない。
バチカンにとっては「カトリック国」とは、「自分たちのメッセージを聞いてくれる国」という意味であり、イエスキリストよりも偉大な男が「王」としているのならば、カトリック国とは名乗らなかった。

イエスキリストとチャールズ五世が30年戦争を引き起こした原因であったが、300年間は「それよりも偉大な王」はいなかった。
植民地の独立運動が起きてから、マルクス主義や独裁者が登場したのだ。
すべて「初めての男って忘れられないらしいね」という女の心理を利用していた。

マキャベリは「君主とは思春期の女の子たちに快楽を与える存在」としていたし、「有効なメッセージを国全体に与える存在」でもあるとしていた。
ルターは、「ローマカトリックはもはや信用できない」として、アイドルをセールスに出しまくった。
「女心」を語ることことが政治であるとし、単なる「初めての男」に過ぎないイエスキリストに対し、「政治」の有効性を主張したのだ。
女たちにはイエスキリストの「愛」を見失う瞬間があった。
CoCo 優しさに帰れない

「初体験の相手は?」「イエスキリスト!」といえば怒る男はいなかった。
しかも、バチカンが有効なメッセージさえ出してくれれば、世界は安泰だった。
しかし、神聖ローマ帝国は登場したし、植民地主義政策は確実に取られた。

ホッブスは、リヴァイアサンにおいて「王子はどのような生き方をすべきか」を明らかにしていた。
「国家統治に対して有効なメッセージを出さなければならない」カール・シュミットはヒトラーに「それはあなたですよ」と言ったため、学者生命はヒトラーとともに終わった。
1948年にヨーロッパは「お金はイエスキリストや独裁者だけのためにあるのではない」としている。
この時に、学歴社会というものは想定された。
ユーゴスラビア、ボスニア、コソボ、ソマリア、ルワンダ、ハイチ、カンボジア、リベリアなどで「独裁者の地位をめぐる紛争」が起きた。
2003年にアメリカ合衆国はイラクを攻撃している。
「初めての男って忘れられないらしいね」
しかし、そのメッセージに国際社会としてどうしても介入しなければならないことがあった。
一方で、ヨーロッパ統合の動きもあった。
わりと穏健な指導者であったイノセント10世あたりが「イエスキリスト」と想定された。
日本国にも「天皇」がいる。
しかし、NHKを利用して気象をコントロールしたり、タイムマシーンを利用して「国民の命を預かる」必要があった。
「人間は死なない」という発想は、カトリックも否定していないし、しかし、「女たちにできるだけ多くの快楽」を与えなければ、「今がすべて」という勝負事にも弱い君主となった。
「初めての男って忘れられないらしいね」
ジャック・マリテイン(1882年~1973年)は、トマス神学にしたがって、「王位継承の際に」こころない「叔父や弟」にいじめられた経験のあるものを「王」とし、その非効率性を「マネタリズム」という形で経済政策に生かせる才能のある者を、「イエスキリスト」であるとしている。
なにしろ、女たちの「今がすべて」を、勝負事の「今がすべて」に変えていかなければならなかった。
CoCo お願いHold Me Tight

ベルグソンは「人間とはどうしてもひとつにならないものだ」と語っているが、こころない叔父や弟を前にベルグソンを読んでため息をつくという経験は、「イエスキリスト」になるためにはどうしても必要なことだった。
そのような「トマス神学」を知っている男にカントは「口説き文句」「女心」を放り込んだのである。
まず、勉強ができなければならなかった。
それを踏まえて、こころない叔父や弟、さらには友人たちの物語を克明につづらなければならなかった。
「神学大全」というのはそのような文献のことを言うが、さも高尚な書籍であるかのように考えている渡部昇一などは「低学歴」の疑いが晴れない。
男って何?長男と結婚するってどういうこと?
それは女たちにとっては宗教であった。
男に関する何か普遍的なものがあるとするのならば、それは神学大全にあった。
世論は次男の味方だとされるが、そのことに次男が潰されてしまうこともあった。
長男としては、勉強しなければならない、ということと、音楽作品を愛さなければならないということが指摘でき、それさえあれば、「次男など弱いだけ」ということも言える。
アメリカ合衆国はプロテスタントの少子化に悩んでいるのであり、カトリックは相変わらず子だくさんだ。
トマス神学は、東西冷戦時代に、中央ヨーロッパだけでなく東ヨーロッパにまで知られるに至った。
なにしろ「子だくさんの家庭の真実」だったからである。
初体験は「イエスキリスト」
しかし、こころない叔父や弟、友人などの人生を克明に記したトマス・アクィナスの神学大全は、イエスキリストを処刑から救った。
ローマ帝国と神聖ローマ帝国の違いは、霊的に高い位置にいるものへの処刑があるかないかの違いに過ぎない。
ラテンアメリカも子だくさんだったために、トマス神学が知られるようになった。
こころない叔父や弟・友人たちの物語だ。
しかし、ヒスパニックアメリカの支配下にはあったものの、「初体験はイエスキリスト」とさえ言っておけば、あんがい、コロンビアなどはリベラルな国としてカトリック国が成立している。
レベッカ プライベートヒロイン
女たちを「イエスキリスト」の名によって自由にしたことから、アルゼンチンやチリ、メキシコにまでカトリックは広まった。
もともとはコロンビアの宗教だった。
「処女であること」「浮気をしないこと」
そんなものが国家統治として機能すべき宗教であるはずがないだろう。
「初体験はイエスキリスト」
「教会はイエスさまの肉体」
「教会の指導者はどんな導きを国に与えるのだろう」
これがカトリックの正体である。
「神学新聞」と呼ばれる新聞やパンフレットが配布され、日本では本ブログであると考えてもらうしかない。
ヒスパニック・ポルトガルアメリカは、フランスからの侵略を受けたため、ポルトガルは、「帝国の拠点」をポルトガル本国ではなくブラジルに移してしまった。
「女は処女のまま結婚しなければならない」というカトリックの教えがかつてあったことは認めなければならない。
しかし、「初体験はイエスキリスト」という発想は、フランス革命を引き起こしてしまった。
女に詳しい「パワフルチャーチ」(強い教会)が国家統治に介入した。
マルクス主義はこの役割に取って代わろうと考えただけだった。
「ラテンのノリ」というものはここから生まれているし、カトリック国でも自由な雰囲気が蔓延した。
河合その子 不思議バカンス

1812年に「女の子の初体験の相手はイエスキリスト」と憲法で条文化した国が「カトリック国」となり、比較憲法学でもそのように知られている。
女子中学生の強烈な性欲はよく知られているが、彼女たちの「今がすべて」を勝負事の「今がすべて」に変えていかなければならない。
ルソーの教育学は、女子中学生・女子高生の「性欲」を勝負事に持ち込むことに成功した。
しかも、イエスキリストの肉体である「教会」の言うことを女たちはよく聞いた。
だが、「夫の政治的強さ」でリベラルは斜陽に向かうことになった。
どの道、カトリックは純潔と言おうが、「初体験はイエスキリスト」と言おうが、男の強さという意味では、同じ意味であることも次第に明らかになってきたのだ。
マルクス主義と同様に、カトリックというものも「歴史の審判」を仰がなければならないだろう。
横浜DeNAベイスターズはどうなるのであろうか。

20世紀後半に、カトリックの世界に衝撃が引き起こされた。
「初体験はイエスキリスト」というのはレトリックに過ぎず、女は本当に純潔を守るべきだという主張がチリの軍事独裁政権によって展開され、多くの男たちの支持を集めた。
また、軍事独裁政権はユダヤ教の「人間は死なない」という発想をこの戦いに持ち込み、南米は「スパニッシュアイ」と呼ばれる混乱が起きたのだ。
マドンナ スパニッシュアイ

1973年の9月1日以来16年半に及ぶピノチェトの軍事独裁政権が成立し、そののちのアジェンデも暗殺され、1980年に憲法ができた。
「すべての家庭はローマ帝国の王室のようでなければならない」
軍事政権や政治の混乱ののちに「お父さん」たちは強烈にこれを支持した。
国生さゆり キスした跡はのこさないで

しかし、カトリックの伝統は「ローマ帝国の王室は滅びていく宿命にある」という所にあり、「親がコントロールできない娘」こそが「美しい娘」であった。
結局、「初体験はイエスさま」と言おうが、「純潔」と言おうが「美しい娘」と言おうが、「女」という存在は歓迎すべきものだった。
必要なのは「国全体を見通した神の計画」である。
国づくりに「イエスキリスト」が関与しているのは事実であり、それは「男らしい」営みであった。
国力の最大化のために「初体験はイエスさま」「純潔」「美しい娘」を生み出したのだ。
親がコントロールできない美しい娘というのも巨大ビジネスだった。
ロスチャイルドがカトリックの支持基盤になろうが、ロックフェラーが「美しい娘」を背景にしようが、どの道「イエスさま」の影響力だけは免れることはできない。
新田恵利 遅い流星

世界で一番の有名人である「イエスさま」は国を作り、女を作り、家庭を作った。
どんなに苦痛に満ちた人生も「国を作るエネルギー」には必ずしもつながらない。
イエスの苦しみは「ヴェロニカ」という絵画で表情が表現されている。
十字架のイエスのことである。
エジプト王朝を滅ぼしたイスラエルの王、死なないユダヤ人、イエスキリスト、いくら死ななくても「国を作った、女を作った、家庭を作った」のであるから、その表情に笑顔などない。

この際だから、「世界を旅した気分」を味わってもらおう。

フランツ・ファノンは、フランス人であったが、アフリカのマルチニクに拠点を設け、アフリカの「脱植民地化」運動に身を投じている。
1953年にアルジェリアに移住した。
ビルダ・ジョインヴィル病院の精神科医となったのだ。
自身は「黒い体に白い顔」を自称しており、「黒い肌」という本を著している。
アフリカ人は「黒い肌」をいかにお金に変えるかが「脱植民地化」の基本となった。
人民解放戦線(FLN)をアルジェリアに作り、ガーナとも連携した。
「黒い体に白い顔」を自称したのは弱冠27歳の時だった。
黒い肌の歴史は「奴隷の歴史」「抑圧の歴史」だった。
アメリカ合衆国で、ファノンの動きに反発する形で「黒人差別」がなされた。
サルトルやメルロ・ポンティは何を言っただろうか?
「男についてくるかたちで女の子が芸能界デビューをしている」と語っていた。
黒人の「黒い肌」は、自分たちの思考力を下げていたのは事実だった。
しかし、「計算が得意だった」とされる。
1970年代に、NBA、NFL、MLB、プロボクシングが視野に入った。
「思考力は低いが計算が得意」
このことから、ヨーロッパによるアフリカの植民地化は「偉大なる白人のエラー」と呼ばれた。
黒人によるカリブ海やアメリカ合衆国進出が始まったのだ。
アメリカ合衆国の黒人は「もと奴隷」「もともと住んでいた連中」ではなかった。
アフリカとヨーロッパの関係(植民地)を何とかするために見えたのが「アメリカ合衆国」だった。
アメリカ合衆国としては「お前らの問題じゃないか」という思いがあり、差別がなされた。
しかし、人民解放戦線は、エルモウジハードという新聞を作って「黒人のメジャースポーツでの活躍」を報じた。
アメリカ合衆国では、「黒人とはヨーロッパ少数派である」という認識だったのだ。
東西冷戦に対しては「中立」の立場を表明した。
黒人という「ヨーロッパ少数派」は、「メジャースポーツこそが黒人の女の子にも夢を見せる」とし、「思考力は低いが計算が得意」ということを存分に利用して、まるで「地球レベルで」ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ合衆国の三大陸の注目を浴びながらスポーツに励んだ。
メジャースポーツは、黒人にとって「パワーコントロールの夢」となっていた。
アメリカ合衆国で活躍すると、人民解放戦線が新聞に書きたてて、ヨーロッパが悲鳴を上げる。
ドゴールがそうだっただろう。
アフリカという国々はそのような発想で「脱植民地化」を図ったのだ。
酒井法子 男のコになりたい

サッカーの北沢豪さんが、アフリカの子供たちに「願い事はあるか?」と聞いたら、子供たちは「長生きがしたい」と答えている。
これは、「死が身近にある」というよりも「そもそも死なない」というユダヤイスラムの影響かと思われる。
アフリカは、現在、ケニアだけが「平和の孤島」と呼ばれており、それ以外の国はかなり混乱している。
植民地からの独立を果たしたが、この背景には、宗教(男らしさを語り合う論壇)や政治(女心の定義)といった「産業」がもたらされたことがある。
オルカプロジェクトと呼ばれる、国民の教育水準を高めるプロジェクトも成功した。
しかし、アメリカ合衆国においては「スラム街」(ゲットー)に住むことを余儀なくされ、ヨーロッパでは依然として少数派だった。
オルカプロジェクトは、メジャースポーツのみならず、ブラックミュージック、黒人アートの世界にまで、黒人の「夢」を膨らませた。
ばいばいどくおぶざべい

黒人は、アメリカ合衆国とヨーロッパ、そしてアフリカという三大陸に注目される存在であり、「戦うために生まれた」ということをアイデンティティーに「文化」を売り込んだ。
マイケルジャクソン ビートイット

マリ、ガーナ、エジプトには図書館があり、エジプトは、イスラム国として「中東地域の一部の鍵を握る」とされ、アフリカではなく「中東」とアメリカやヨーロッパにみなされている。
アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツにおいては「黒人にも高等教育の機会を与えよう」という動きが起きた。
アメリカ合衆国のゲットーと言っても、日本における横浜の中華街みたいなものであろうが、メジャースポーツや、ブラックミュージック、黒人アートの「三大陸における」成功を受けて、黒人に「オックスフォード」という資産がもたらされたのだ。
1600年から1860年までは確かに、「アフリカは植民地」だとされていた。
日本の「江戸時代」とまったく同じ時期だった。
1860年から1915年は、アメリカの南北戦争から第一次世界大戦までであるが、アメリカが「黒人を敵に回したくない」時期だった。
アメリカ南部に「奴隷州」があったのは事実だった。
しかし、日本国が「鎖国」を解いた途端、黒人たちが「奴隷解放運動」を始めたのだ。
黒人の歴史と日本人の歴史が不思議な連動を行っていることが分かる。
アメリカ人にとって、日本人の肌は「黒人と同じ」に見えたのだろう。
本来、アメリカ南部の奴隷たちは「日本とのパワーの連動」というゲームをやっていた。
その後、「三大陸に注目されるメジャースポーツのゲーム」が始まっているが、現在でも、日本国と黒人の「パワーの連動」ゲームがどこまで有効であるのかは見極めが必要になってくるだろう。
日本国は、東アジアでは「ひとり」になることはあっても、世界が見ている国であることには違いはなかった。

ここで考えてもらいたいのが、はたして「オックスフォード、ハーバード、スタンフォード」が必ずしも日本人に対してオープンではないと言うことだ。
日本国も国際社会で「なんらかのゲーム」を仕掛けなければ、アメリカ高等教育が、日本に心を開くことはない。
現時点では、「東京大学の一部の優秀な学生はスタンフォード哲学百科事典を読んで」というメッセージが来ている段階だ。
アメリカ合衆国が、対中政策三本柱として「金融」「クリーンエネルギー」「アメリカ高等教育」の三つを挙げているが、アメリカ高等教育の「破壊力」は私が実践しているだけであり、周囲を見渡してもそのような人は日本にはいない。

たとえば、中国人民日報でも「イチロー」(鈴木一朗)に関しては、「戦後の日本人十傑」あるいは「平成というとこの人」あるいは、「引退した」などの記事はヒットするが、イチローのメジャーにおける活躍ぶりは必ずしも報じられていない。
日本人が「メジャーで」活躍することを必ずしも中国は歓迎していないのだ。
本田圭介が「基金を創設した」などの記事はあるが、実際の「プレー」にはまったく触れていない。
これを、「中国人ではないから興味がない」と見るのか、それとも、日本人がメジャーで活躍すると、中国が悲鳴を上げるだろう、と見るかは、外交ゲームであり、「どのようなゲームを仕掛けるか」という政治の側の力量に委ねられている。

中国の外交筋の女性に聞いてみたところ、「野球と言われても意味が分からなくて」という言葉が返ってきた。
「子供の頃、似たような遊びはするんですけど、それ以上の活躍の場がない」とも言っていた。
日本のスポーツ選手の「メジャー進出」に対しては、中国人は「意味が分からない」というのが率直な感想であり、
中国人と同じ土俵で「メジャー進出」の競争を仕掛ける状況にはない。
ただし、中国人と付き合う上で「人民日報を読んだところ」という言葉は必ず用いなければならない。
そうでなければ信用されない。
アフリカの研究の続きであるが、二つの勢力による紛争があった場合、最後に、「軍事法廷」が開かれる。
この軍事法廷は「女からの間違い電話」であることがある。
今回、私が中国外交筋に「日本人のメジャー挑戦をどう思うか?」と電話したら、最初に、男から無言電話がかかってきて、その後、非通知で女から「電話するように言われたんですけど」という電話がかかってきた。
中国というのはこのような「軍事法廷」を知り尽くした「大人の国」なのかと思った。
いずれにせよ、私は中国と「軍事法廷」もののやり取りを行っていたのだ。
女からの間違い電話は「今、バッティングがありましたよ」という中国側からのメッセージであった。
一方で、「あなたの情報や考え方は正確性を持っている」という外交儀礼でもあった。
中国側としては「私たち政府を信用して欲しい」という考えから、このような「国際法」にしたがっている。
逆に、外交筋が相手の電話に「効いた」時に、男に無言電話をかけさせ、そのあと非通知で女に「間違い電話」をかけさせていたのだ。
また、非通知の女も「この番号にかけろと言われたんですけど」と言っていたが、「英霊を記録に残しました」という明白な脅しでもあった。
いずれにせよ、軍事法廷とは「女の電話の記録」をたどって調査がなされ、女の住所録・電話帳だけが頼りなのだ。
国際法にしたがって、軍事法廷を開くということは、ユーゴスラビアにせよルワンダにせよ「女の電話の記録」をたどっている。
最初の男の電話番号は番号通知の表示が出ているが、恐くてかけなおそうとも思わない。
アフリカのような紛争の多い地域では「常識」とされていることが、日本人が下手を打ったらやけどすることにもなりかねない。
カンボジアの首相のフンセンは、このような「国際法」にまったく無知だったとされる。
中国側としては「長期的に見た」戦争の火種を見つけたというメッセージだった。
日本人が「メジャー挑戦をする」
それを日本のサンケイスポーツが書き立てる。
それは、戦争を意味した。
この中国の「国際法への理解度」を理解する力量が重要である。
なにしろ、「軍事法廷」を開く時に真っ先に私の名前が出てくるからである。
ゲーリング、リッペントロップ、シュトライヒャー、ヘス、スペアはそのように「女の電話の記録」をたどった結果、ニュルンベルク裁判所で13回の法廷に出頭している。
大使館などの外交ルートの「女の電話帳」をたどればいいだけだから簡単だ。
ヘンリー・モーゲンソージュニアは、戦犯の即刻の処刑と、ナチス産業基盤の破壊を主張したが、ヘンリー・スティムソンが「国際法の生成過程に利用した方がいい」として、裁判の続行を押し通した。
「罰は復讐ではない。いろいろ検証した結果、どうしても許せなくなる時は来る」
スターリンやチャーチルも「外交とは何か?」を知りたかったために静観していた。
「勝者が敗者を裁くのはおかしい?」
我々は今後の世界の外交のルール作りをしただけである。
ニュルンベルク裁判が成功したため、1946年の春には「東京裁判もやろう」ということになった。
しかし、東京裁判の時にはすでに東西冷戦が始まっていたので、
「誰もこれ以上学ぼうとはしなかった」とされる。
いずれにせよ、冷戦後のユーゴスラビア、ルワンダの軍事裁判までこの「外交ルール」は動くことはなかった。
ICCというのが今はできているが、日本国も多額の拠出を行っている。
カラジッチやムラジッチの逮捕は、このような「女の電話の記録」からなされたし、最終的には、ミロシェビッチは失脚している。
ウガンダやコンゴ、中央アフリカ共和国などで、今後、このルールを用いなければならないだろう。
スーダンのオマール・アルバシルがこの「女の電話の記録」に残っているかも不透明だ。
1998年の「ローマ議定書」にはこれらのことが書かれているのだ。
「ローマ議定書を知らないのならば外交に口を挟むな」というメッセージにもなった。
軍事法廷は「勝者のジュースなのか?」
少なくとも「公正」ではあった。
「ナチスの頃にはなかった”脅し”のルールだ」とも言われた。
戦争を未然に防ぐことが可能となったのだ。
あるいは「国の指導者層にこの”外交儀礼”を行っておけば十分である」という指摘もある。
このように、メディアの洪水の中で、女の電話帳から丹念に事案を拾っていく力量は、アルゼンチン、チリ、エルサルバドルで1980年代から1990年代にかけて行われたが、その力量はジョゼフ・フーシュ個人の力に依存していた。
南アフリカの和解のための委員会(TRC)で磨いたものだ。
多くの「戦争犯罪」を裁いたが、裁いたあとは「忘れることが大事」とも言われた。
なにしろ、我々はすでに「戦争を未然に防ぐ力量」を持つにいたり、過去の教訓などというものは必要なかったからである。
女性大使館員の電話帳に「戦犯」の記録が全部残るために、「盗みたい情報」というのはどうしても大使館に存在することになる。
なんらかの「戦術」を盗みたいわけではない。そんなものはフォーリンアフェアーズでも読んでおけばいい。

1920年代に、三人の黒人がパリに留学してきた。
マルチニクからセザールが、ギアナからダマが、セネガルからセンガーが来た。
アフリカ人ゲットーに住み、有色人種プチブル(高卒)を憎んでいた。
パリで彼らは「キリスト教」と出会った。
「恋」である。
恋というものは「自分にしか分からない」「安全な営みである」という二つと、「記憶に頼らない」「心の底から直接感じる」という二つの直接性があるということ。
さらに、女が男に恋をする時は「仲間が多い」「何かやってくれそう」という要素が加わるため、女のほうが男よりも先に「恋」に気がつくとされている。
それを踏まえたうえで「いろんな人にかく乱される宿命にある」ものなのだ。
「恋」というものが「ヨーロッパ中世を終わらせた」とされている。
当然、「お金」の問題からだろうと思われる。
「恋」を語れなければ近代という社会は開かれなかった。
「アイデア」というのは「二人の女にひとりの男」という構図だが、「モード」というのは「二人の男にひとりの女」という構図が想定されている。
男-女-男-女という無限の連鎖からいろんな「恋」の作品は生まれるのだ。
鉄・拳銃・羅針盤が「大航海時代を作った」とされているが、鉄の研究をしてみると「中学生・高校生にまでお小遣いが行き渡った」のだ。
高校生くらいならば「アイスクリーム」程度でも女の子がついてくる。
このことを「快楽とお金の交換」入門編として「マーケットエコノミー」と呼ぶ。
大学生になると「国のお金」が入ってくるため(就活など)、これが「マーケットソサエティ」に変わる。
デカルトは、大航海時代ののちに「恋」の探求をまとめ上げ、ビッグマネーを生み出すことで、近代社会を作ったのだ。
「黒いこと、黄色いこと」
これが恋に値するのだろうか。
映画 憎しみ

人間は労働している限り死なないとしたマルクス主義が、フランスにはあった。
セザールはフランス共産党に入り、ソビエトに忠誠を尽くした。
「恋」「マルクス主義」「人間は死なない」「労働」
これらと出会ったダマは「黒いオルフェ」という作品を作った。
黒いオルフェ

これで黒人社会に化粧品や建築技術がもたらされる。
これでガスや電気がもたらされる。
船にも飛行機にも乗れる。
これが、黒人社会に「恋」「マルクス主義」「人間は死なない」「労働」をもたらしたことの意味であった。
世界のゲームとはそのようなものだった。
「知的な黒人」を描きたかったんだよ。

センガーはセネガルで1946年に、ダマはギアナで1948年に入閣している。
セザールは「民族自決」という用語を黒人社会にもたらした。
「恋」
それは知的な営みであった。
デカルトからは大きく遅れたが、黒人社会に豊かさがもたらされたのだ。
瀬能あづさ 秋

アフリカはいずれ「6つの自治区」をもった「アフリカ合衆国」になると見られている。
ダマ(バスコダガマ)が、アフリカ全体を見渡したのであり、「恋」というのは「希望の港」と呼ばれた。
三浦理恵子 希望の港

ヒラリー・クリントン国務大臣は、「戦争にお金を使わせるぐらいならば携帯電話をばらまいて女にお金を使わせた方がいい」
「港湾はアフリカの富の1%にすぎない。港湾を整備して海岸線を豊かにした方がいい」と語った。
ヒラリーはアフリカの「恋」「憎しみ」「黒いオルフェ」を知り尽くしていたのだろう。

アフリカの神話に「同じ職場の異なる部署同士でバケツを奪い合い、バケツを勝ち取った者は女たちの奪い合いになる」というものがある(バケツ神話)。
Wink 愛が止まらない

さて、バケツとは「ソクラテスの叡智」ではなかったか?
ソクラテスの叡智がバケツの中に入っていて、それは他のバケツにそのまま流し込むことはできない。
丹念に読んで「学習」しなければならないのだ。
ソクラテスの叡智への憧れを「ソフィア」と呼ぶ。
バケツへの憧れを持つ者には「彼女」ができた。
彼女と「奥さん」はどう違うのだろうか。
法律婚をしていない、子供がいない、以外に区別はできない。
いずれにせよ、彼女は彼氏に「夢中」だった。
そのため、いくらでも「ソクラテスの叡智」を話して聞かせることができた。
「オルカプロジェクト」(アフリカ人の民度を上げる計画)は、彼女を作らせることから始まった。
これがアフリカの「バケツ神話」である。
松浦亜弥 Love Train

同じ職場の異なる部署同士で「バケツを奪い合う」という行為はアフリカの神話であり、
日本のお役所でこれが行われても決して「くだらない」とは言い切れないものがある。
先生(オゴッテメリ)はいつも同じことを言って生徒に「口説き文句」を教える必要があった。
日本でも「おごる」と言われるように、目上の者が目下の者に「教える」ことをオゴッテメリと呼んだ。
彼女を作ること、彼女が夢中になること、男が「バケツ」を愛すること。
そして「スワヒリ語を学習すること」がオルカプロジェクトの正体である。
君がいるだけで

黒人が、「アメリカ合衆国におけるメジャースポーツで活躍すれば、ヨーロッパが悲鳴を上げる」というゲームに気が付いたのは、フランツ・ファノンが初めてだろう。
日本国でも横浜DeNAベイスターズが球団創設70周年を祝ったが、かなりの「偶然」からゲームというものは見つけていかなければならない。
アメリカ合衆国としては、どんな「メジャースポーツのスター」になろうが、人生の最初は働いてもらわなければならないし、そもそも、メジャースポーツのスターになりたいという夢を見る前にも、大西洋で「奴隷貿易」というものは行われていた。
日本国の明治維新がまず最初に見えた。
金にならねえな、それが奴隷たちの感想であり、スコット対スタンフォードにおいて、ドレッド・スコットが「スタンフォードで勉強させろ」と言ったのは1856年のことだった。
「夢を持っている奴は奴隷だ」
それは日本でも同じことがいえるだろう。
そのことに寛大でいられるかどうかが、奴隷州と自由州の分岐点だった。
アフリカで「夢」とは「グレボ」と呼ばれたが、日本では「あいつの心には"ダム"がある」などというように差別された。
同じ日本人同士ですらそうなのであるから、「肌の色の違い」が結びつくとそれは抜き差しならぬ問題となった。
目的を持ったのならば通院歴もあったであろう。
このような状態で、アメリカ合衆国は「偉大な国家」を作らなければならなかった。
「心にダムのある黒い男からは金を搾り取るしかない」
黒人たちは「勉強を分かりやすく都合よく捻じ曲げよう」と考えた。
大陸横断鉄道は俺たちの祖先の血でできている。
そのように、歴史を自分たちに都合のいいように書き記した。
瀬能あづさ ふたつにひとつ

アフリカには多くの「独裁者」がいたが、肉声は聞こえてこなかった。
しかし、日本の令和天皇が「一匹狼の呪いと憎しみに満ちた人生が、今となっては楽しかった」と語ったことが、アメリカ合衆国に衝撃を与えた。
「君に黒人たちの姿を見るんだよ」
夢を語り、周囲から仲間作りやコミュニティーとの調和を求められ、差別されてきたが、「30年たって」「楽しかった」と言ってくれたのだ。
これがアフリカの独裁者の姿とオーバーラップした。
アフリカ合衆国の大統領がどのような存在なのかもだいたい想像がついた。
「よくも楽しかったと言えたね。もう許すけど」
ribbon Be my diamond

倫理という言葉を川端康成は「幸福の関心」と翻訳していたが、私は「いじめられた経験」と解釈している。
「幸福の関心と道徳は始原において一致すべきものである」(川端康成)。
しかし、私は「いじめられた経験と、多数派工作・仲間作りは30年たった後に分かるようになるものである」と解釈したい。
勉強は勉強であるが、社会を常に素材にしている。
一匹狼として社会に心を閉ざしていても、いつかは心を開くときが来る。
勉強は黄金よりも意味のあるものだ。
国家統治に興味があるのならば、法学教室やジュリストを読むのもいいだろう。
「金にならない嫌われ者」が「金になる人気者」に変わるときが来るのだ。
女は早い時期から「女ネットワーク」を構築している。
しかし、必ずしも国家統治の知識があるわけではない。
国家統治の勉強をした結果、女ネットワークに目を向けるのであれば才能が開花するだろう。
若いうちから女に媚を売っているようでは、何ひとつ得るものはない。
デレとデディクト、ソフトタイプとハードタイプが存在するため、「女に合わせる」と国家統治の学問は理解できない。
いじめられた経験(倫理)と、多数派工作・仲間作り(道徳)は結局、「同じ意味」と言っても過言ではない。
嫌われ者と「悪」は明らかに異なる。
嫌われ者には「正直さ、寛大さ、情熱」があったではないか。
凡人とは何か異なるものだっただろう。
しかし、道徳(多数派工作・仲間作り)から人生のキャリアをはじめることも人生を楽にするだろう。
硬派を気取って「女子の名簿」をまったく覚えないと、とんでもない損をするのが社会というものだ。
私も、中学校運営主体までは「地元」だったため、女子の顔と名前は覚えていたが、高校になって「学区」にまで地域が広がると、とても覚えきれなかった。
ましてや、大学となると「分かるわけがない」ということになる。
このあたりは才能とか教育とかいろんな要素のあるものだ。
Melody 唇がふれあえば

アフリカは「6つの自治区」をともなうアフリカ合衆国になると言ったが、アカンとヨルバの対立だけはどうしょうもないだろう。
倫理(いじめられること)と道徳(多数派工作・仲間作り)などの文化がまったく異なるのだ。
一匹狼型の指導者が好まれるのか、若いうちから協調性のある者が好まれるかが違う。
農業が発達していて、人にモノをあげるのが常識となっているヨルバに対して、アカンは「一匹狼の勉強」に大きく国家統治が依存している。
川端康成は伊豆の踊り子で「こんなことなさってはいけません」という描写でお金をあげようとした学生さんのことを記しているが、賄賂に関しては普通に「あかん、あかん」と日本人は言うだろう。
いざとなったら必要になるのはアカンの指導者であるが、普段はヨルバと生活をともにするのがアフリカ人である。
しかし、アカンとヨルバが「仲がいい」かどうかは困難な問題である。
お互いの「生き方」が異なるのだ。
アカンとヨルバの対立は、学歴にも根ざしたものであり、また、ヨルバは地域住民の根強い支持があるし、アカンも老成してくると「国全体」の支持を得るようになる。
地方自治に強いヨルバと、国家統治に強いアカンの対立だけはどうしょうもない。
しかし、「事件」がおきると強いのがアカンであった。
仲間の多いヨルバの中に、「肝臓ガンになった」という人がいた場合、「自分は血筋で最高の人間だと思ってはいないか?それでもなお隣の芝生は青く見えないか?さらには、おばあちゃんを崇拝していないのではないか?」という問いかけを行い、肝臓ガンすら治してしまう力量を持っているのがアカンであった。
アカンの中には「おばあちゃんに可愛がられた者」が多い。
私の祖母が作詞した曲です。
酒井法子 エアー~サラダデイズ

Dr.コトーのように、アカンとヨルバの「和解」をテーマにしたマンガもある。
アカンとヨルバの「和解」がなければ、なんら将来の展望が開けず、「昼間でも家で勉強してていいですよ」とヨルバがアカンを認めることはない。
私も、マンションの組合幹部の健康相談に乗るなどしているため、家での「作家活動」が黙認されたり、いつでも買い物や散歩に出ることができるのだ。
アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアが「ひきこもり対策」にアフリカの研究を用いた。
「社会が自分をどう思っているのかが分からない。自分は豆になってしまった。あなたは豆ではなく立派な人間だといくら説得しても、それでは外のハトやヒヨドリは私が豆ではないことを知っているのでしょうか?」などと臨床心理士は語り合ったが、先進国は「アフリカの研究」からアプローチしたのだ。
アカンという生き方に関しては私の神道指令を参考にしてもらうしかない。

アフリカでは「アカンとヨルバの対立」があったが、日本の政党は二つ以上ある。
しかし、本来社会が有している「根の深い」対立を理解しているのかは明らかではない。
安倍晋三の「しばき隊」はほとんどがひきこもり(アカン)であるとされる。
アカンの中から幹部候補生を出すという意味においては自由民主党のカラーはある。
しかし、公明党はヨルバであろう。
政府与党だけでアカンとヨルバが共存しているのだ。
ヨルバによる「アカン包囲網」がアパルトヘイトレジームであった。
そもそも、現代の日本が「アパルトヘイトレジーム」ではないかとも言われる。
しかし、それを解放していく神道の側の営みは確実に存在する。
この「アパルトヘイトレジーム」に「労働・革命・宗教」が持ち込まれなければ、公園はいつまでたっても閑散としたままだろう。
1999年にアムネスティは「歩きタバコをしていてもアカンを処刑していた」クメールルージュの記憶を「歴史から削除するように」としている。
アムネスティの頭には「日本国のアメリカ化」以外に頭になかった。
「犠牲者」とカウントするにはあまりにも残酷すぎたのだ。
エドモンド・ツツは、「アパルトヘイトとは何か?」を明らかにし、政治フォーラムを形成したため、英雄気取りで街を歩いた。
アフリカは「国際法の生成過程」も作ったし、「政治フォーラムの生成過程」も作ったことになる。
We are the world

創価学会は「貴女は誰を愛したのか?」「誰が貴女を苦しめたのか?」「どんな男が外で暴力を振るったのか?」「誰が命令を出したのか?」「どこに埋葬されたのか?」「誰が政治を否定したのか?」を問いかけ、麻原彰晃を批判した。
チリやグアテマラ、チャドでも同じことが起きていたため、日本国は「グローバル」レベルでアパルトヘイトレジームに巻き込まれていたのだ。
我々は「外で」「自由になったら」すべてを許さなければならない。
世界レベルで起きたことが日本国に波及しただけだ。
アウグスティヌス(354年~430年)の時代から、アフリカには「アカンとヨルバの対立」はあったとされ、アウグスティヌスはアフリカ北部で、ローマと行ったり来たりしながら、「セックス崇拝」という文化を音楽とともにアフリカに広めようとした。
黒人音楽はスワヒリ語なので日本人が聴いても何を歌っているかは分からないが、日本の歌謡曲同様、プラトンの影響がなければ「音楽」とは言えないわけである。
「人間は死なない」ということを強烈なバックボーンにするイスラム教と、音楽を愛するキリスト教は、たとえば、ナイジェリアでも激しい勢力争いを現在でも行っている。
イスラムは「ボコハラーム」のように、ヘルメットもしないでオートバイを乗り回したりして、ヨルバと結びついたし、キリスト教はアカンと結びついた。
アフリカは争いが多かったため、「人間は死なない」というイスラム教や、ユダヤキリストは根付きやすかったが、ローマ帝国は「アフリカ人は動物ではない」というメッセージを出すにとどまり、あれほど隆盛を誇ったローマ帝国でも、アフリカにおいては「国境線」を引かざるを得ず、アフリカ全土は掌握していない。
国民が愛し合った方が税収が上がるとしたアウグスティヌスであったが、アフリカにおいてはアカンとヨルバの対立というものをどのように「愛し合う方向に向かせるか?」という困難な問題と直面し、現在の日本のように「鉄道、デパート、住宅地、スタジアム、球団」などといった仕組みを構築しなければ、なかなかアフリカは掌握しきれないだろう。
アウグスティヌスの時代のローマ帝国においては、「アフリカへの拡大は困難」とされたのだ。
ボブ・ディラン 聖アウグスティヌス

アカンとヨルバの対立が、キリスト教とイスラム教の対立になったのがナイジェリアであったが、「人種」の対立となると根の深い問題になる。
韓国においては「学歴も人種である」という結果の平等が広く知られているが、日本国においては、少なくとも「学歴は人種」とまでは言われていない。
アフリカの黒人や、アジアの黄色人種、ネイティブアメリカンのレッドスキン、ノルディックやアルペン、地中海にまでこれらの「書斎人型」(アカン)と「地域連帯型」(ヨルバ)の対立は知られていたが、アカンとヨルバが「同じ肌の色」をしているのであれば、そんなにシビアな対立にはならないのではないか?とも言われた。
「肌の色の違い」「人種(学歴)の違い」となった時にその対立は抜き差しならぬものとなるのだ。
しかし、同じ肌の色をしていても、人間にとって「人種」を作るという営みは人気があったのだ。
「自分とは人種が違う」として口もきかないということそのものに人気があった。
社会進化論においては、アカンとヨルバの対立は「社会の発展のために必要なもの」とされ、同じ肌の色をしたもの同士がわざわざ「人種」というものを作っていた。
ヨルバの「豊かさ」と、アカンの「貧しさ」も対立の背景にはあった。
「親に決められたものは7%しかない」として、アカンとヨルバの垣根を越えていく者もいた。
一方、自分のアイデンティティはアイリッシュ(アイルランド人)であるとして、カトリックを標榜する人もいる。
北アイルランドでは、カトリックと英国国教会が似たような対立をしている。
アカンとヨルバの対立、そして、アパルトヘイトレジームを理解すると世界が見えてくるという側面がある。
アカン哲学というものがあるが、いわば自由民主党であり、なぜ、地域共同体に根ざしたヨルバ(公明党)をはるかにしのぐ勢力を日本で有しているかというと、アカンの方が「勃つ」のである。
ヨルバには「勃たない」男が多かった。
マーガレット・サッチャーは、ザンビア大統領のカウンダについて「アパルトヘイトレジーム」の基本のすべてを理解していたため、「真実の人」とカウンダに賞賛されていた。
アフリカを理解することは本国においても政治力を高める。
同じアカンとしての自由度も高まる。
アカン哲学というものは、昔から存在する「アカンとヨルバの対立」に、カント(口説き文句)を合流させたものである。
地域に根ざしたヨルバが「何かたくらんでるんじゃないだろうな」(オンイェニパ)とアカンは考えるだろうが、ヨルバの男はそもそも「勃たない」ために弱かったのだ。
まるで子供たちのように群れていると、子供たちのように「勃たなく」なる。
また、流産した時に49日をやることは「私たちも人間です」という意思表示であるが、アカン哲学はこれを否定している。
しきたりに詳しいのはヨルバの方だった。
床屋などには公明党は食い込みやすくても、サラリーマンや学者、官僚に公明党が食い込むのは難しい。
子供たちの間にも「クラスの輪に溶け込む者」と「そうでない者」がいるが、ヨルバとアカンの対立が存在することになる。
子孫繁栄と、高学歴の保障、結婚の保障はアカンにしかなされていない。
ヨルバはのちに平気で「バツ2」とか言い始めるが、ようするに「勃たない」のである。
人間は、勃たなければ「橋を作る、道普請をする、公共の場をキレイに掃除する」などの営みができない。
ヨルバはアカンのフリーライダーだとも言われた。
シジュラー(進次郎・次男)は、ヨルバの勃たないフリーライダーなのだ。
小泉進次郎に自民党は向いていない。
クラスの輪の中心にいて、エリートでもなく、今でもコミュニティー型のヨルバの立場にいるため、「橋を作る、道普請をする、公共の場をキレイに掃除する」だけの資金力がないのだ。
公明党の支持がなければ夢が見れない現状がある。
沖縄の珊瑚やジュゴンはヨルバのものである。
抑圧を受け、団結し、痛みを感じる者への夢が「環境」なのだ。
「環境を敵に回すことほど怖いことはない」(小泉純一郎)。
アカンとヨルバが共存している政府与党においては、環境保全は至上命題である。
しかし、アカンにとっては「沖縄でスキューバダイビングした」などと語る女の存在は勉強・研究の邪魔でしかない。
しかし、「家族サービス」はいやおうなしに行わなければならない。
休みの日でも仕事がしたい。
しかし、家族サービスをしなければ、自由に外に出たり、しきたりにしたがった対人関係の構築が困難になる。
ヨルバは「勃たない」けど、女たちの人生とともに歩んでいる。
1980年代から1990年代にかけて「女たちの支持と政治生命を共にする」というディープエコロジーが考えられた。
ヨルバのたどり着く最後の道とも言われ、アカンには到底理解できない「仕事の難しさ」が生じた。
アカンは性欲があるため、簡単に辺野古沖に米軍基地を作る資金力はあった。
しかし、ヨルバがこれに反対したら完全に仕事は止まってしまう。
普天間基地の辺野古沖移設は、政治家に「アカンとしての異常性欲」でもない限り困難だろう。
胸を大きく開けた女たち、男でもシャツの胸を開けている者は抑圧を受けている。
そのような「抑圧」を相手にすることが「環境」を相手にすることだ。
そのような、「抑圧」の問題を、基本から研究していかないと、普天間基地移設は実現しないだろう。
社会の抑圧が解消されるのならば、辺野古沖移設は大歓迎であるが、それがなくして「移設」は実現不可能だ。
黒人社会の、アカンは全米の製薬会社に進出したが、メジャースポーツで夢を見たいという連中はかなりコミュニティーに溶け込んだヨルバから出ていた。
アカン哲学の「ヨルバ憎し」が、マジック・ジョンソンのHIV陽性という形で表現された。
ヨルバによるアカンへのいじめは、まさに、「アパルトヘイトレジーム」に根ざしたものであり、マジック・ジョンソンもその影響を受けざるを得なかった。
マジック・ジョンソン本人は、「アパルトヘイトレジーム解消」のための広告塔として現在でも、ロサンゼルス・ドジャースの共同オーナーを努めるなど、「むしろ得をした」という側面がある。
しかし、セックスできない人間は「自然な笑顔」が作れないとされ、アイドルの中にも「面白くもないのに笑えない」などとへんな言い訳をする者がいる。
「自然な笑顔」が作れないということは、お金から排除されることを意味するが、マジック・ジョンソンは「アパルトヘイトレジーム解消」という活動の理由があった。
ヨルバの出身で、アカンに報復され、しかし、彼のプレーはアカンを魅了したのだろう。
「黒人社会とは何か?」をマジック・ジョンソンから学ばなければならなかった。
彼の「HIV陽性」の認定はダボス会議にまで上げられて決まったものだ。
マジック・ジョンソン

アカンとヨルバの対立は、「そもそも貧しさから生まれた」とし、ジュリアは「パブリックフォーラムの開放」を主張した。
日本国においても、アパルトヘイトレジームは「貧しい学生と主婦の問題に過ぎない」という指摘も可能だ。
ジュリアは「私も高等教育が受けたかっただけ」としている。
そこで、アカンとヨルバの対立は「部落民対女性」の対立となっていた。
アカンを、まるで「豚」のように扱わなければなかなか「ひきこもり」にはなってくれない。
そのため、エリートのアカンに「あなたは豚よ」と貧しい主婦は言ったのだ。
アメリカには広く白人社会が存在したため、アカンとヨルバの「対立の理由」は明らかになった。
日本国でも「Fラン」といってもあんがい難しい大学は存在し、貧しい主婦層が「あなたは豚よ」といっているに等しい現状がある。
「マサイクラブ」というものが黒人社会に存在し、アパルトヘイトレジーム解消のために動いている。
「彼女さえいれば、また、彼女さえ口説ければ」社会人としては即戦力であるという考えがあったのだ。
貧しい主婦層のヨルバに対して、エリートのアカンが怒りを持っている。
すべて、「あなたは豚よ」という「いつか破綻する発言」が原因に過ぎない。
日本国においては、社会の一側面に過ぎないとされる。
酒井法子 軽い気持ちのジュリア

さて、貧しい国には「アカンとヨルバの対立」は必ず存在する。
日本国は「知的労働者以外の入国を認めない」(平成22年法務省見解)としている。
つまり、アカン以外に入国を認めていない。
アメリカ合衆国は、カナダからの入国には何の条件もつけておらず、カナダそのものが貧しい国ではないことから問題は生じていなかった。
しかし、メキシコからの移民は同じではない。
何の条件もつけないと「アカンとヨルバの対立」がそのままアメリカ合衆国に持ち込まれることになる。
「安い労働力」と安易に期待していると、とんでもないトラブルのもとを引き受けさせられるのだ。
ヨルバによるアカン潰し、そして、アカンによるヨルバへの報復などトラブルのもとは尽きない。
しかし、カナダやスウェーデンは「なんらかの形で国に貢献できる者」という条件を移民に対してつけている。
9・11テロはこのような「トラブル」が表面化したものだ。
「アパルトヘイトレジーム」はそれほど憎悪の対象であった。
「社会はもっとオープンである」ということと「白黒はっきりさせるスポーツの世界」の存在はきわめて重要だ。
また、国境をオープンにするということは「性への寛大さ」が必要となってくる。
そうでなければ「病人」を国が受け入れることになりかねない。
「難民」というのはほとんどがアカンであったため大して問題にはなっていない。
ゲストワーカーには「アメリカ人ですら口説いていいんですよ」というメッセージが必要だった。
ケニアのトップアスリートを「リクルート」する形での移民も存在するが、アメリカ合衆国にはもはや才能は十分にあるということを自覚する必要がある。
日本国はいまだ外国人選手に頼らざるを得ない現状がある。
外国人に頼っているうちは「医学」「看護学」でも遅れていることを意味する。
不法滞在者の場合は「入国しているうちは人生を無駄にする」ということを踏まえ、「子供には別の扱いをする」という考慮が必要になってくる。
「なぜ白人女性は別の人種と結婚したがらないのだろうか?」
それは差別を受けるのが嫌だからである。
メジャースポーツのトップアスリートでもアカンとヨルバという対立は抱えている。
トラブルや差別を避けたいというのならばそれはそれで一理あるだろう。
「世界政府」というものは古典的には、一人の君主のもとに世界が統治されることを意味したが、戦争や貧困、大量破壊兵器が作られ、「政府の階層化」は困難であることが分かった。
ハリー・トルーマンは、「平和な世界、戦争のない世界は素晴らしい」という詩をもとに
国連を作ったが、少なくとも、各人の「譲れないもの」にまで介入することはできないことが分かった。
私も、横浜DeNAベイスターズを勝たせようと努力はしたが、12球団をとってみてもそれぞれのチームのファンが「運命を共にする」のがプロ野球チームであった。
おかげで、私のブログは「横浜のもの」から「日本のもの」に格上げされたが、それが「世界のもの」になることは可能なのだろうか?
私のブログは「アカン」のためのものであり、ヨルバがいる限り世界政府は困難である。
これは冷静に見ておかなければならない。
勉強するアカンと、コミュニティーを重視するヨルバの内戦状態になるだけだろう。
世界の距離はインターネットで近くなった。
しかし、アカンとヨルバの対立を知らなければ「世界の現実」を知らないことになる。
マルクスは、人類の歴史は闘争の歴史であるが、それは「国同士」ではなくアカンとヨルバの戦いであったとしている。
会社を作ってみればそれは自ずから経験で明らかになる。
オーナーの富が根こそぎ部下たちに奪われてきた歴史なのだ。
オーナーは選挙には出れるだろうが、富にはあずかれない。
世界最高の権威になろうとするのならば極貧生活だけが待っているだろう。
それが、アカンとヨルバの対立であり、時にはヨルバは「犯罪を犯さなければ生きていけない」存在となっていた。
しかし、世界最高の権威にはもはや彼らを罰するだけのお金が残っていなかった。
この姿はまるで、布をまとっただけのイエスキリストだった。
世界の王に限りなく近いのがドナルド・トランプだとするのならば、彼のプライベートは限りなく貧しく、プライベートを人には見せようとはしなかった。
私も、トランプにプライベートであった時に「トランプ大統領ですか?」と聞いたらそれを否定し、激怒していた。
世界の王になるほど、部下たちに金を持っていかれ、極貧生活を余儀なくされる、しかも、そんなプライベートを人に知られたくない、それが世界の王だった。
それでも「世界政府」は必要なのだろうか。
世界最高の叡智が極貧生活に陥り、メディアの悪意によって心を病んでいる。
「世界政府」の残骸であるトランプ氏はもはやユニークさも失い、怒りっぽくなっていた。
いったい、世界政府を樹立して何がしたかったのだろうと思った。
これからも、何か他国に脅威を与える発言をするたびに、「男からの無言電話」と「非通知の女からの電話」で脅されるというICCルールが続くものと思われる。
誰もが世界の指導者になれるという混乱がある。
トランプ大統領の末路を見ていると、政治家には「失言辞職」か「固い辞職」しかないような気がする。
失言辞職はのちの世に何も残らず、固い辞職は「物事の考え方」「あの人ならどうする?」というものが残る。
「あの人ならどうする?」というのは世界に影響を与える発想だ。
よく「坂本龍馬」などと言われるが、私は個人的にはそのような人物は想定していない。
宵の明星がまるで火星に「夜の主役」を取って代わられるようなものだ。
宵の明星は「可能性の道」に大きな影響を与える。
これが、人生の末路がどんなものであろうと「固い辞職」にはともなう。
松浦亜弥 可能性の道

バラク・オバマにとって、その「可能性の道」はヘスペルスによって開かれた。
かなりの古典になってくる。
「不安感が隠し切れねえぞ」というキャラは古典にはいないと言っていい。
クリプケが「古典になるには危うすぎるキャラがいる」ことを指摘している。
ラッセルは「現代にまで人気があるのであればいいのではないか」としたが、国家全体を預かる立場というものはある。
ドナルド・トランプがどの古典にしたがっていたのかはのちに明らかになるものと思われる。
月のない夜に、宵の明星は時代を謳歌したに過ぎない。
しかし、それでもなお時代を超えて愛読されることには変わりはない。
過去と未来の狭間の「あなた」なのだ。
昨日も明日も「こんな人」ということが分からなければ仲間も増えないだろう。
あなたが読んでいて楽しい小説、それをみんなが愛するだけなのだ。
それだけで「夢」が叶ってしまう。
異なる時代を生きているのだから、キャラが被ることもない。
なにしろ「アメリカ大統領」の椅子はひとつだけなのだ。
一人娘だけが頼りならば「リア王」になればいい。
後継者を探しているのならば「リチャード二世」になればいい。
後継者になりたいのならば「リチャード三世」になればいい。
女らしく生きたければ「マクベス」になればいい。
そのへんは「舞台」を愛する人の心理だろう。
昨日も明日も「こんな人」ということさえ分かればいいからだ。
関係国が「人物像」を知る機会のない人ならば国の指導者にはなれない。
人物像が分かっていれば、プロレスの世界も関与してくるようになる。
偉い人だと分かっていてもいじってしまうのがプロレスというものなのだ。
鳥居みゆき

悲しみを地球の奥底に沈め、最後の審判が恐くなくなったのは音楽のおかげだ。
ペネロペ・マッキー(ペネロペ)をテレサ・ロバートソンは参考にしたが、テレサ・ロバートソンって誰?と思うだろう。
小説の真似をして気分がいいのは事実であるが、誰もが大統領になれるわけではない。
あるいは、ドナルド・トランプは、私と会って「最も会いたくない人」だと思ったのかもしれない。
すべては、「どんなキャラでも処刑はしない」というイタリアルネッサンスの賜物だ。
「ペトラルカが殺されないのならば誰も殺されないよ」
これがイタリアルネッサンスの始まりだった。
それから、宵の明星と火星の「可能性の道」は開かれた。

なぜ、「固い辞職」の話しをしたかというと、アカンとヨルバの「相互のお付き合い」の可能性が「昨日も明日もこんな人」という予測さえなされれば可能なのではないかと思われたからだ。
一本の映画では心もとないが、それも間違いではない。
ましてや、長編小説を愛することができるのならば、それは「アカンとヨルバの交流」に非常に有意義なものであると思われる。
イタリアルネッサンス、つまり「ペトラルカが殺されないのならば誰も殺されないよ」という現象は、このような方法すら模索する方向性を見出した。
おニャン子クラブ セーラー服を脱がさないで

イスラム(日本国が作ったタイムマシーンによる日本人の子孫)が、アラブを征服したのは7世紀のことだ。
日本では大化の改新があり、朝鮮半島をパワーブローカーとしていた蘇我氏が滅ぼされ、中大兄皇子によって「中国」が選択されている。
ウマヤド・カリファテが「アラブを征服した」と記録に残っているが、聖徳太子とどのような関係にあるかは明らかではない。
聖徳太子は「2000年は安泰」とされた教育制度を日本に持ち込んだ人物である。
アルファラビは10世紀に「クラスは男女同数」となるように仕組んだ。
コンサートを楽しむスンニ派と、ギャンブルに興じるシーア派の区別もなされた。
初めてのロックコンサート

フェアなゲームがなされないと、その地域は「砂漠」になる。
「人間は死なない」
これがいちばんフェアではない。
アフリカや中東が砂漠化する原因である。
モテなくて犯罪を犯しても「その場で殺さない」
これがデュープロセス(フェアプレー)であるが、かなりの反則が横行していたようだ。なにしろ、「人間は死なない」からである。
地獄に行くほど重い罪を人間は犯せないとも言われるが、死刑になったら死ぬのもフェアプレーである。
仏教の「地獄」という概念も、人間は死なないと公言するイスラムに対抗する形で作られたものと見られる。
「200歳の鳥」に対して、仏教は答えなければならなかった。
ラジとかクーナジー(宮内庁)もタイムマシーンを謳歌したようだ。
イブンハルドゥーンは世界史でも知られている。
ハルドゥーンは、マラガで活躍した。
フラメンコを考えた人物である可能性も否定できない。
イスラムというものを考えると、とにかく「学問をやらない」「大学に行かない」ということが指摘できる。
つまり、ヨルバなのだ。
アカンになることを極端に嫌い、共同体で生きている。
日本でも、横浜スタジアムに行くぶんには「ひきこもり」など関係ない。
アカン哲学に真っ向から反発するかたちでスンニ派はコンサートを楽しんだが、シーア派は「ギャンブル」と言っても「資金メカニズムを仕組んでゲームを楽しむ」ということを指しているものと思われる。
東京大学の学問なんて役に立たなかったよ、という私の感想を受けてのことだと思われる。
あるいは、イスラムの中でもアカンがシーア派で、ヨルバがスンニ派であるという指摘は可能だ。
東京大学よりもスタンフォード大学の方が世界ランキングがはるかに上?
だったら高校まで通えば十分だよ。
どんな仕事をしていたかはあまり明確ではないが「歴史の整理」をやっていたとされる。
日本国には「日本IBM」という企業があり、この企業が何を考えるかによっていろんなことが決まる。

帝国主義と植民地主義の違いは明確ではないが、植民地というのがラテン語の「コロヌス」(農場)であることから、農場を求めた拡大主義のことを植民地主義というものと考えられている。
いずれにせよ、他国に「政治的力」を及ぼすことから、アカンとヨルバの違いぐらい理解しておいてくれ、といわれるのがオチなのが本来の姿であろう。
しかし、このことを「理解してしまった」のならば話は別だ。
レーニンが、ソビエトが広大な国土をもっていたからか「反帝国主義」の立場に立っていたことは知られている。
古くは、1130年の第一次十字軍によるキリスト教からイスラム教への攻撃があり、「死にたくないキリスト教徒」はユダヤ教に改宗してイスラエルを作っている。
また、アメリカ大陸も植民地であった。
アメリカ、オーストラリア、アフリカの一部、そしてアジアの「女心」をコントロールしなければならないというのが「植民地主義」である。
北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、アルジェリア、ブラジルのコントロールまでは植民地主義と呼ばれていた。
しかし、アメリカ合衆国がフィリピンとプエルトリコを支配した時に、世界は変わったのだ。
エリザベス女王は昔から、イギリス連邦を「大英帝国」と呼んでいたが、世界が「アカンとヨルバを理解したのならば」「帝国である」と自称し始めたのだ。
アメリカによるフィリピンとプエルトリコの支配以降、「軍事オプション」なしで他国を支配することは困難となっていた。
植民地主義の時代から「経済的搾取」は行われていた。
「軍事オプション」がともなうのが常識となってから帝国主義と呼ばれたのであり、レーニンが「搾取である」ことを重く見たのは誤解といわれても仕方がないことであった。
スペインによるアメリカ大陸への侵略は「文明化」という理屈があり、「キリスト教を広める」というものでもあった。
19世紀のイギリスが「文明化」を考えたのではない。
また、第一次十字軍は「死なないイスラム」からキリスト教を守るという防衛の目的があった。
スペインによるアメリカ大陸侵略は、トマス神学を背景に、イノセント4世が「王位継承を受けても死ななくて済む」という喜びを表現していたともされる。
しかし、スペインによる「新大陸発見」から200年で25万人のスペイン人の数が1万5千人にまで減っていて、「もはやスペインのものではない」と言われ始めた。
そこで、男らしさって何だろう(法律)というものが整備され始めた。
女たちが語り合う「男らしさ」のことを「宗教」と言うのであれば、権力で定めるのを法律と呼んだ。
デレではなくデディクト、これが法律だと言える。
デレ

18世紀に、カントは「口説き文句を知らないのならば野蛮だ」としていたし、アダム・スミスは「社会の歯車にならない者は野蛮だ」としていた。
この、「女を口説けるサラリーマン」こそが「文化的生活」を意味した。
すると、目の前に広大な大地が見えたのだ。
これが、植民地主義のきっかけだった。
また、ディデロットは「土地の利用の仕方がなっていない」としていた。
フランスやイギリスは「行くしかない」状況にあった。
しかし、マルクスやミルは、「アカンとヨルバの理解不足」から来る「問題点」をひとつひとつ洗い出していた。
東インド会社など問題だらけだったのだ。
帝国主義段階に入ったのはアメリカ合衆国によるフィリピンとプエルトリコへの侵略だったし、アカンとヨルバの問題への「理解不足」を指摘し、「我々は帝国主義ではない」としたのがマルクス・レーニン主義だった。
黒人の側からの「反撃」がどのようになされたかはすでに述べたとおりである。
「大日本帝国」
それは、世界史の「謎」だと位置づけられる。

「緊急避難」
一隻の船が沈み、海には一枚の板しかなかった。二人がつかまると沈んでしまうので一人を蹴落とす行為は緊急避難として違法性が阻却される。

それでいいのだろうか?
これも「アカンとヨルバの対立」に根ざしたものだ。
医師国家試験を目指していた凡田大造の妹が、田畑の質に売られることになった。
当然、処女も失うだろう。
凡田は妹を見送り、その日の夜、顕微鏡を見ていた。
野口清作は「まだ見ているんですか?」というが、凡田は「みえない」と言って大泣きしていた。
「医師国家試験に受からなければならない」
野口清作は「オラも勉強します」と言って教科書を手に取る(マンガ:Dr.NOGUCHI)。
カルネアデスは「一枚の板」をアカンとヨルバが奪い合うことを「緊急避難」と呼んでいたのであり、ヨルバからのいじめに「怒り」を感じて「勉強に励む」ことを緊急避難であるとしていた。
コミュニティーの調和を求めるヨルバにはなんら罪はない。
しかし、アカンとヨルバの間に「妹の処女」という一枚の板が提示されることはあった。
これは、私の祖母・小野(旧姓赤木)元(はじめ)と、兄の赤木制二のことだと思われる。

「コンピューターによるいじめ」
人生の否定、健康の否定、幸福の否定、勃つことの否定、知識の否定、自由の否定、安全の否定、機会の否定。
これがコンピューターによる「いじめ」の最先端である。
タイミングを見計らって「えっ?」と言うだけでこれは可能である。
人生、健康、幸福、勃つかどうか、知識、自由、安全、機会に関する情報を聞き出して、「えっ?」と全否定する。
1940年に、コンピューターと通信線を結ぶことが可能であることを明らかにしたウィエナーによって、このことは想定されていた。
「論証」「論破」ではなかった。
とにかく「お前、女にモテないだろ」というところを狙った。
女にモテる奴は、「ネット上で」「人格崩壊」させることは無理だった。
モテないことを隠して、ネット弁慶を演じている奴しか狙えなかった。
インターネットは、アカン(孤高のエリート)にカントを広めるのに有効だった。
一日中インターネットをやっている人間を潰すことと、社会に出ることを求める効果が認められたため、「インターネット」は世界で認知されたのだ。
人生、健康、幸福、勃つかどうか、知識、自由、安全、機会に関する情報をよく聞いた上で、「えっ?」と全否定することが大事だった。
このような「インターネットによるいじめ」が横行しても、私のブログの読者が増えるだけなのでまったく問題はない。
また、「たった一人を潰す」ことを目的とするため、はたしてそれが自分のためになるのかは明らかではない。
また、「情報源」を全否定することの有効性も知られている。
1980年代は、「たった一人を潰す」ことに世界が熱中した。
1990年代には「だったらモテるためのテキストでも読むか」といってブログが活用された。
1995年は「モテるための情報が国境を越えた」とされる年である。
ヨルバは「アカン潰し」のためならコンピューターも使った。
しかし、1995年を期に「モテるようになるためのテキスト」がブログで拡散して人気を博した。
瀬能あづさ 永遠に友達

「えっ?」では分からないだろうから具体例を考えました。
人生の否定「彼女を得るのも大変だ」
健康の否定「五体満足に生まれるのも大変だ」
幸福の否定「悪いことがあったらスリーポイント欲しいね」
勃つかどうかの否定「プロ野球じゃ戦力外だな」
知識の否定「読んで覚えて書いて覚えて」
自由の否定「世界はそんなに狭くないよ」
安全の否定「コンビニ前に夜中にチンピラがいるな」
機会の否定「学歴も人種だよ」

フレデリック・ダグラスは、このような「ネットでの悪態のつき方」を、インターネット時代が来る前に、いろんな意味で知っており、「アカンこそが奴隷なのではないか?」として、ヨルバの側からアカンの側に「社会参加」の誘いをかけた。
これが「奴隷制廃止運動」であった。
「黒人の中に殻に閉じこもっているやつがいるから、自由州とはいえないんだ」とした。
「南部の空気はうまいな」
なぜならば、知的な人間が家にひきこもっているからである。
「集まらないと宗教が作れない」という意味合いもあったようだ。
白人の「主人」との関係を対等なものにするためにも、ひきこもりはよくなかった。
「主人」といっても「お客さまは神さまです」というような存在だったかもしれない。
農場でこき使われる肉体労働者というイメージから脱却し、より基本に立ち返って「奴隷」であってはならない、キリスト教を信じなければならないという運動が引き起こされた。

詩篇68:31「高貴な者はエジプトから来た」

エジプトとはもはやアジアやアフリカのことであり、アカンを「高貴な者」と呼び、キリスト教社会に参加するように呼びかけた。
この詩篇の該当箇所こそが欽定訳聖書の「奴隷解放運動」を意味している。
「アパルトヘイトレジーム」からの脱却はそのままお金につながった。
勉強したいという欲求は「当然のもの」であった。
ひきこもらなければ勉強はできなかった。
しかし、「ヨルバに潰されるのと、社会に一定程度参加するのとどちらがいい?」と言われた。
私は、東大文一に「一年八ヶ月の」勉強で受かっているが、親は入学式を欠席している。
いろんな意味で「一定程度の社会参加」がともなわなかったことが理由である。
あらゆる罵声をウォークマンのサウンドでかき消したのだ。
学校に行かない、社会参加しないということは「周囲からの暴力」にさらされることを意味する。
「周囲からの暴力」に自尊心が悲鳴を上げていた。
それはまるで「孤立した主婦」の悲鳴と同じだった。
孤立した主婦は、助けを求めるために、4~5人程度でつるんで、つかの間の自由を味わった。
夜中に町内をつるんで歩いたり、誰かを尾行したり、学校の先生を接待したり、周囲から見れば「アホか」と思うようなことをやっていたが、とにかく「自尊心が悲鳴を上げていた」のである。

「歴史」の人気は、人間の「性的感度」に強烈な影響を与える。
その人が持っている「マンガ」であったり、「変化」に強くなることであったり、事件にまつわる「女たちの役割」であったり、現在、達成したい目的があったりする場合に歴史を紐解くのだ。
「力とは何か?」「選択とは何か?」「現在自分が置かれている環境はすでにあったもの」なのか。
本来、「勉強」するものであったはずの歴史が、「力」「選択」「環境への適応」を引き起こしてくれるのだ。
緊急避難に関する記述で記した「凡田大造」というのは、私の祖先の赤木制二であり、妹が、祖母の小野元(凡田さゆり)である。
個人の行動や社会の構造、時代と地域、文明化の度合い、人々の後悔、それらへの「神聖な介入」をすること。
それらが、モテることにつながり、組織を向き合う上で都合がよく、自分の方向性も決める。己の見識が問われるものでもあり、現代に生かされる。
出来事や時代背景に人気を与え、「何が起きたのか?」「どんな環境だったのか?」を、多くの歴史家の文章を読んで感覚を磨き、自分のご先祖様の発掘をする作業は楽しいものであった。
野口英世に関する歴史が非常に役に立った。
野口英世は私の曽祖父だったからである。
スペインでのファシズムの台頭や、オスマントルコの崩壊、リーマンショックなどにご先祖さまはなんらかの形でかかわっている。
アカンとヨルバの対立は当然理解しなければならないが、スペインでのファシズムの台頭はアカンによる緊急避難という側面が強く、オスマントルコは崩壊し、リーマンショックでは女の「貞操」への信頼が大きく揺らいだことを意味した。
赤木制二は、スペインで「フランコ」と呼ばれている。
なぜ、1870年にプロイセンの軍はフランス軍に勝ったのか?
どのように、1948年の大統領選挙でトルーマンはデューイに勝ったのか?
このあたりに、「ご先祖さま」をうまく位置づけなければならない。
人間の「強い意思」が表現されたのはこのあたりであろう。
アウンサンスーチーはなぜ、ミャンマーの独裁者に弾圧されたのか?
第二次世界大戦ののちになぜ人種差別が行われたのか?
すべては、アカンとヨルバという対立を見なければ分からない。
「何が、なぜ、どのように」
このような見方をしながら、系図をたどり、本を読み、両親に話を聞いてみる姿勢が重要になってくる。
すべて、あなたが「女を口説く才能」があればの話である。
自分が社交性がないのに祖先のルーツをたどっても意味がないという側面がある。
純潔の娘たちに囲まれたローマ帝国の王室はなぜ滅び行く宿命にあったのか。
そして、なぜ「フロイトファシズム」が隆盛を極めたのか。
アカンの人間は戦わなければならない理由がある。
中国は大陸の国である。
しかし、日本は「ご先祖さま」を通じて世界展開をしている。
「王朝」とさえ言えばいい国なのだ。
「村」をより大きなものにするという発想は日本人特有のものだ。
フランコの力を背景に、妹の元(はじめ)は、中曽根康弘と結婚したり、Winkをセールスに出したりしていた。
Wink 涙をみせないで

「ご先祖さまの探求」「歴史」は、己の力を最大化させる。
祖先の歴史は一定の方向性を持っているのだ。
「顔が生き写しだ」から始まって、時代背景は違えども、方向性を持って生きる宿命にある。
文化から文化へ、新時代から新時代へ。
この人の子孫であるということも「さもありなん」というのでなければ、祖先というのは本来語るべきものではない。
しかし、老境にさしかかって、自分の人生を省みる上では、ご先祖さまってどういう人?というものに興味を持つのはまったく問題がない。
私の4代祖先の小野光右衛門はビスマルクである。
ナポレオン三世になぜプロイセンが勝ったのか。
あるいは、スペインファシズム、トルーマンがなぜデューイに大統領選挙で勝ったのか。
リーマンショックなどを見ながら、「ご先祖さまを世界に位置づける」のが日本国の「王朝」のあり方であり、中国とはそもそも発想が異なる。
歴史とは「発見」されるものである。
私が、ビスマルクの玄孫であるとか、フランコの妹の孫であるとかも、「業績を残し」「女の子を口説く」哲学の歴史を踏まえて「発見」されるものなのだ。
明治天皇=福沢諭吉=ビスマルクでなければ日露戦争には勝てないだろうな、などは、実際にワールドカップの司令塔をやったりしてみないとわからない。
また、フランコについては、緊急避難という議論の常識をくつがえしたり、アカンとして生き、ヨルバの攻撃に「自尊心が悲鳴を上げた」経験がなければ、「フロイトファシズム」の発見に、JPOPを利用しようなどとは考えない。
この祖先にしてこの孫ありということを証明しないと、歴史は「発見」されないものだ。
そもそも、歴史とは、大英帝国やフランス、イギリス、ベルギーで必要とされたものだ。
アジアやアフリカ、南アメリカで「興味のあるヨーロッパ人」を見つけて欲しかったのだ。
そうでなければ、横文字を読もうとは思わないのが植民地の人間だった。
そして、「世界の複雑性」を知ってもらいたかった。
小野光右衛門がビスマルク?赤木制二がフランコ?
あの人が?
周囲の人の率直な反応はそうであった。
しかし、世界の指導者はそうは考えていなかった。
芸能界の現実を知らなければそのような「歴史への嗅覚」は身につかない。
大日本帝国は、中国北部(満州)に「高貴な末裔」を集めたのだ。
勉強や研究さえやっていれば、かならず「いいバック」はついてくるのが歴史学というものだ。
それほど、歴史というものは「眠っている」ものであるし、活躍すれば「目を覚ます」のが歴史というものなのである。
学の実らない時期は、体調が悪い。
社交性もなく、閉鎖的な空間で食生活を送っているために、WHOが介入できない食生活を営まざるを得ず、朝鮮人は日本人のこの部分を狙ってくる。
「一ヶ月に一回風邪を引く」などという人はそのような「学の実らない」時期にいることになる。
WHOは、日本人の食生活に介入したがっている。
できれば、閉鎖的空間で過ごすアカンに、ヨルバから攻撃されないようにしたいと思っているのだ。
しかし、「一ヶ月に一回風邪を引く」のならば、アカンとしての自分を見直さなければならない。
一週間や二週間寝込むぐらいならば、より社交性を持ったほうがいい。
人の健康は社会の関心事である。
「あいつの食べ物に毒を盛ってやった」という朝鮮人や、「特殊技術で腰にダメージを与えてやった」という出雲大社のように、周囲が喝采を浴びせるような「健康にまつわるいじめ」は確実に存在する。
しかし、それはあくまでも「女仕事」である。
よく、OLさんが、上司のお茶に雑巾を絞って入れると言われるが、上司は、それを承知でお茶を飲まなければならない。
職場では紳士であれという儀式のようなものだ。
あるいは、社交性のある上司ならば、OLさんも「あの人に何かあったら大変だ」といって、お茶に毒を入れるのをやめるだろう。
いくらキャリアが長くても「ずっと課長補佐」という人は確実にいる。
健康上の問題なのだ。
哲学を知り、興味を持って女性たちに話しかけていると必ず出世する。
女性たちは、朝鮮人や出雲大社を憎むようになるだろう。
そうならないためには、朝鮮人や出雲大社は、社交性のない人間を選ばなければならなくなる。
「健康面でのいじめは人気がある」という側面は確実に存在する。
健康でいたければ女性たちと話そう。
それが健康運や金運につながるからである。
WHOは「公(おおやけ)」というものを、その国の中にとどまらず、世界レベルまで広げた。
「あいつの食べ物に毒を盛ってやった」「特殊技術で腰にダメージを与えてやった」という朝鮮人や出雲大社のような存在を「世界レベルで有名にした」のだ。
出雲大社の千家国麿氏は夜勤の警備員をやっているが、なぜ、「自分たちに人気がなくなった」ことに気が付かないのだろうか?
荘厳な社を有している自分たちの「判断の誤り」を修正できないのであろうか?
アカンとヨルバの「抜き差しならない対立」「アパルトヘイトレジーム」が存在するから「健康に関するいじめ」は人気があったのだろう。
いじめられたアカンには世に出て行くためのチャンスは山ほど用意されている。
そのため、WHOは「公」というものを世界レベルのものとしたのだ。
人間の半数は女性である。
民主主義がマジョリティディシジョン(多数決)だとするのならば、女と話さないほうがバカを見ることになる。
そこに、「女仕事」としての「健康に関するいじめ」が入り込む余地がある。
民主主義の生成過程がアカンとヨルバの間に存在するのだ。
食べ物はWHOルールにしたがっていたほうがいい。
しかし、親戚の女の子たちにモテるお正月の宴会や、おじいさんが家に来た時などには「父」が「食べ物に毒を混ぜる」という女々しい側面を見せるし、閉鎖病棟にいても、ふくよかなヘルーパーさんに「痩せている子が好み」と言ったり、暴れん坊を撃退して「女の子たちの英雄」になったりすると、看護師ですら、「食べ物に毒を混ぜる」ということを行っている。
「健康に関するいじめ」が人気があるうちはこのようなことはおさまらないのだ。
アカンとヨルバの対立に根ざしたものであり、ヨルバが喝采を浴びせるのならばヨルバは「笑いながら」「自慢しながら」」健康に関するいじめをやってくるだろう。
フレンチレストランで「お皿の交換」は禁じ手だ。
「ここはニューヨークではない」という意思表示なのだろう。
國府田マリ子 愛のcrazyエプロン

CDCもFDAも、男に「女性たちに哲学を語ってくれ」という要求を行っている。
それができるのならば、「健康に関するいじめ」はなくなるのだ。
出雲大社が私に「外にすら出て欲しくない」として「特殊技術を用いた腰への攻撃」を行ってくることからもこれは明らかである。
「人気があるうちはやる」「女々しい仕事」なのだ。
テレビで鳥インフルエンザ(H5N1)が流行しているとか、アフリカでも「エボラ熱」の存在が指摘されるたびに、女性たちは喜んで「健康に関するいじめ」をやってくる。
セックスは男女問わず「嫉妬の対象」である。
モテるようになっても「異性とのコミュニケーション」だけは忘れてはならない。
女ならば常識として「健康に関するいじめ」の存在は知っているからである。
「人は働いている限り死なない」とするマルクス主義は、本来、「人生に飽きない限り死なない」とするユダヤ教を、ユダヤ人家庭出身のマルクスがイデオロギーとして引き込んだものだ。
貧困層の女性は、就職をする。
しかし、「東大生とのお食事会」などという主婦層のランチの楽しみを標榜するゼブラ(あるいは創価学会)の方が「主婦というものをより理解している」とされた。
外国国家にODAを送って、各国政府の官僚や大企業の息子(アカン)が「缶コーヒーやアイスクリーム」を多数派(ヨルバ)におごったら、女の子までついてきてしまう。
そのような、ODAの「賄賂」の現状と「自分たちの子育て」に詳しいのは皇室よりも、創価学会だろう。
しかし、中小企業に「就職」した女は「人は働いている限り死なない」というマルクス主義に共鳴した。
階級と仕事は「アカンとヨルバ」という軸で斬っていかなければならない。
ゼブラや創価学会に属する階級の娘は「英語ダメだあ」で済んだが、
貧困層にとってはそんな悠長なことは言ってられなかった。
マルクス主義の女にとって「願い」とは「出産」のことであったが、ゼブラや創価学会の女にとっては「子育て」こそが願いだった。
真冬の観覧車

エンゲルスは、家族の起源と、セックスという私有財産、そして国の関係を論じた。
マルクス主義女と公明党女の間に「願いは出産か子育てか?」の対立が生じた。
日本は豊かな国だったため、「子育て」派が勝ち、公明党は政府与党に入った。
「男」(肉体派)の資本主義(体が資本)が冷戦に勝利すると、ベーシックインカムも円滑に推進され、肉体派も豊かになった。
肉体を競い合う者は男の多数派(ヨルバ)だった。
インテリがアカンとなったのだ。
女たちは、「ベーシックインカムが成立して所得が同じならば肉体派がいい」と言った。
ここにも、ゼブラや創価学会とマルクス主義の対立が複雑に生じた。
「激しいセックス」
それは女たちの憧れだった。
あるいは、ベーシックインカムが成立したため生まれた「けっこう金を持っている肉体派」と結婚したがる女を「社会主義フェミニスト」と呼び、それでも、職業柄、インテリと住み分けていたとされる。
「男」(肉体派)、資本主義(体が資本)を語るのならば、マルクス主義女・社会主義フェミニスト女が多数派(ヨルバ)だった。
肉体を競い合わない男はいないという観点からも、肉体派はヨルバであり、インテリはアカンだった。
女はそれにしたがっていた。
そこから、インテリの妻・ゼブラ・創価学会が「暗躍」を始めたのだ。
女に「アカン」はいないのよ?
それがゼブラや創価学会のエネルギーとなっていた。
DVの原因は、セックスのし過ぎによる女のノイローゼである。
夫に罪はない。
しかし、「子供にも罪はない」
このことから、ゼブラ・創価学会は、激しくマルクス主義・社会主義フェミニストを批判した。
高橋由美子 ぼくをぶたないで

また、中・上流階級の女は「純潔」を主張したりもした。
「純潔アイドル女」は家事も子育ても「お手伝いさん任せ」にしたがった。
「セックスしてお金も払わず、家事子育てを任せるってどういうこと?」
フェミニズム第二の波の誕生だった。
「やれやれ」
夫は土日の家族サービスに向かった。
アカンの男は「子供の成長」すら観察していた。
ヨルバの男は「詳しいことは分からない」としていた。
インテリ男(アカン)の妻は、夫の子育て論すら学習してゼブラや創価学会のエネルギーとしていた。
マルクス主義・社会主義フェミニスト女は、夫にぶたれただけで政治活動にのめりこんで行った。
インテリ男(アカン)は「子供の気持ちを味わうというセックスって何かな?」と子供を眺めていた。
しかし、女たちの多数派工作は容赦なかった。
「女にアカンなんていないのよ?子供たちの気持ちもよくわかっているわ?」としてゼブラや創価学会がマルクス主義・社会主義フェミニスト女とぶつかった。
自民・公明・立憲民主・国民民主・社民・共産などが「誰が最もうまく論点を整理したか?」を争った。
「男の肉体」が好きな女と、インテリ男の「心」が好きな女がとにかく混乱したのだ。
女にアカン(少数派)などないという考えが背景にあった。
そこで、政治コミュニティーにお金が流れ込んできた。
とにかく、政治が「仕事」として成り立ったからである。
「誰だ?肉体労働者に金なんてやったのは?(ベーシックインカム)」が事の発端だった。
男の肉体を愛した社会主義フェミニストは「人の心」を知っている精神科医を崇めていたため、精神科ビジネスにまで政治マネーが波及した。
社会主義フェミニストはお金があったために、「人の心」の探求が発展した。
「マルクス・フロイトが出揃った!」
女たちは、社会主義フェミニストのおかげで発展した「エンターテイメントビジネス」を楽しみ始めたのだ。
「本来の女の争いなんてどうでもいいの。面白い政治家に投票するわ」
これがポストモダニズムとなった。
本来、女にアカン(少数派)など存在しないはずだった。
しかし、メディアは縦横無尽に「女たちの心」を操った。
「個性」(アカン)
そんな言葉すら女たちの心を支配したのだ。
自由民主党の時代の到来だった。
ブラウアーは、「質と量」と探求する哲学を学び、人生の余生は「歌の世界の英雄」として、「量」を探求するだけの数学者として生きた。
酒井法子 秘密のガーデン

数学と言っても、論理学に近く、私自身は「論理学は読み飛ばすに限る」と考えていた「ロジック」の世界を「ちょっと読んでみようか」と考えたものと思われる。
「女の子を口説くのがうまいおじいさん」として、数学に没頭し、その数学の可能性は多くの分野に及んだ。
お金がなければ計算したところで、宇宙にもいけなければ建築物も立たない。
タンポポ 王子様と雪の夜

数学は東大入試で散々やったし、センター試験は物理を選択していた。
教科書もいまだに持っているが、「論理学」の難しさだけは理解していた。
あとは、女の子を口説く言葉を考えて「お金を集める」ことが仕事となっていた。
アカンではあったが、数学者としては土木・建築など何でもできたのでヨルバと和解するのに十分すぎる余生となった。
時代は彼の哲学者としての経歴に敬意を払い、歌のモチーフにしていた。
松浦亜弥 ナビが壊れた王子様

グローバル化とは、政治(女心の定義)、経済(男が女を愛する気持ちを利用するもの)、そして、それらと「宗教」(男らしさを語り合う論壇)などを交えた文化の「世界レベルにおけるトレンド争い」が行われることを意味する。
初期リベラル(高校生文化)の性欲の方が、大人のリベラル社会よりも強いため、高校生文化が大人たちに影響を与えている。
そのため、グローバル化は、「世界の高校生文化」の争いにまでその起源を見出さなければならない。
高校生に分かる話をしないと、グローバル化の世界をリードすることはできない。
松浦亜弥 笑顔に涙

トルコかポーランドかハンガリーかアメリカか、この四つの国の指導者が「高校生文化」をリードするのがうまい。
高校生は、大人よりも「戦っている」のである。
その文化を顧みることを知っている世界の指導者は限られている。
それほど、グローバル化をリードする「柔らかい」指導者は少ない。
エルドアンとかトランプなどに限られているのだ。
どの国の指導者も、国家統治に関する「大言壮語」を政治だと考えている。
そのため、グローバル化をリードするのはトルコかポーランドかハンガリーかアメリカに限られているのだ。
1970年代に西側諸国で「国の指導者の発言をクラスで語ったらモテた」という経験が重視されていた。
1839年に、ナポレオンの記録をイギリスのジャーナリストが書いたが、
「高校生の支持を得たために、パリからドイツ、そして北海を見た」と記されていた。
1848年にマルクスは、大卒(ブルジョアジー)は、住みたいところに住み、関わりたい人と関わってるとし、大学進学の夢を高校生文化に持ち込んだ。
マルクスは「革命」というものが高校生文化に依存してしまっていることを悟った。
「まだ、選挙権もない年頃」を狙う政治家もいなかったし、それが「グローバル化の秘密」だと知っている者もいなかった。
「市民になるため」「戦っている」世代を狙わなければ、世界の文化トレンドを支配することはできなかったが、一方で、政治家にとっては「票にならない」仕事でもあった。
そのため、かなり安定した政治基盤のある政治家でなければグローバル化のリーダーになることはできなかった。
松浦亜弥 女子高生の主張

高校生にももちろん、アカン(少数派)とヨルバ(多数派)の違いがあった。
しかも、大企業や官僚の息子、大学教授の娘などは少数派だった。
しかし、毎日学校に行っていたし、そのような意味では、高校生ほど有意義な政治フォーラムはなかったのだ。
「大人の事情」を知らない高校生が、リビングルームで世界規模のイベントの勝敗を決めていた。
お金はなかっただろうが、グローバル化というものはそういうものだった。
インターネットで「国の指導者」の発言を読んで、教室で話したらモテた。
そんなことがグローバル化の基本であったし、東京の高校の話題がブリティッシュコロンビアと同時進行していた。
政府首脳は数週間外国に滞在しなければできないことが、高校生は同時進行で行えた。
「票にならない」グローバル化に興味を持てるかどうかが問われた。
Melody シルバーリングに口づけを

そうとう勉強しなければ人間というものは丸くはならない。
ナポレオンやマルクスが19世紀に知っていたことを、現代では世界の指導者がほとんど知らないのだ。
国の指導者の発言を小論文に書いたら90点取れるのか35点しか取れないのかの違いは国の指導者の力量に大きく影響を与えた。
高校生の「裏切られた感」は、大学入試を通じて大人たちにも伝わる。
外交アリーナは、常に「グローバルな影響力のある指導者」に関心を持っている。
地球が暑いのは「オゾン層の破壊」と言ったほうが高校生には分かりやすい。
たとえそのような現象が存在しなくても、「オゾン層の破壊」について話し合うと言えばグローバルな活動が保障された。
ribbon ゆるせない

「革命」というものもそもそもが「高校生が望んだもの」だとマルクスは見抜いていた。
大人たちは「革命とは何か?」を定義しきれなかった。
マルクスは「人間は労働している限り死なない」と言ったが、これが「大人の側」からの答えだったし、レーニンは「フロイトファシズム」を用いた。
スターリンは「相対主義」を用いたし、トロツキーは「サンタクロース」を用いた。
CoCo 冬の微粒子

高校時代に「スタンフォード大学と普通に接していた」。
これがエリートかどうかを決める重要な指標となっていたのだ。
小泉今日子 アフロピア 歌詞

 

さて、ブッダには「弥勒」と「菩薩」と「弥勒菩薩」の三人の弟子がいたが、弥勒(熊谷さん)と菩薩(貝和さん)の関係は微妙なものであった。
自分が、ブッダの母である弥勒菩薩(登始子)の財産を横取りしてやろうと考えた菩薩に対して、弥勒は「女に少数派などない」と弥勒菩薩に訴えた存在であった。
ブッダは、菩薩を憎んだ。
しかし、弥勒菩薩にとっては「少数派」だった自分を救ってくれた存在であった。
弥勒と菩薩の関係は、弥勒の方が「創価学会」というバックを持っていたことにある。
しかし、ブッダ(ゴータマ・私)は、弥勒菩薩という存在を、弥勒と菩薩を巧みに利用しながら導かなければならなかった。
弥勒はアニメ「犬夜叉」や「ナルト」で知られており、しかし、菩薩は「ボディサットバ」という意味であり、女たちの「夢」を戦争に用いた人物だ。
日本に広く広まったのは「弥勒菩薩」であり、武田鉄矢の「母に捧げるバラード」がヒットする温床になった。
海援隊 母に捧げるバラード

日本人ならば、「朝鮮人の菩薩」の排除のために、息子は「王子」にならなければならなかったし、弥勒をうまく活用しなければならかった。
それが「きれいな国」(浄土)というものであり、このことをどの日本人も悟れる(大乗)ものだとされた。
日本と言う国が「きれいな国」であるためには、ヨーロッパやアメリカ、中国に対して常に心を開いていなければならないし、女性たちとの交流を断ってはならない。
朝鮮人は汚い、しかし、菩薩であるということが問題を難しくさせている。
「いつもアメリカやヨーロッパ、中国に対して卑屈」であることから、朝鮮人と関わると「王子は外国に詳しくなる」とされている。
王子さま次第、どこまで「アメリカ合衆国、ヨーロッパ、中国を学ぶか」次第というのが仏教の教えなのだろう。
朝鮮系の芸能人(サクヤムニ・菩薩)が、阿弥陀(弥勒菩薩)に教えを説くことから、弥勒菩薩の息子の人生は始まっている。

アフリカの植民地独立運動は、アメリカ合衆国のメジャースポーツで黒人が活躍する様をアルジェリアなどがエルモウジハードという新聞に書き立てることでヨーロッパに悲鳴をあげさせてきました。
ド・ゴールは少なくとも悲鳴をあげています。
そこで私は4月22日(月)に、中国大使館に電話して「日本人のメジャー挑戦をどう思うか?」という趣旨の話をしました。
ド・ゴール同様に中国も悲鳴をあげるかと思ったからです。
ところが、反応は全く異なるものでした。
「横浜DeNAベイスターズの連敗」が始まったのです。
もはや、仏教の「美男美女」の作り方、「女らしさのクリエイト」そして「予言」という3つからなる「らんま三分の一」も通用しません。
そもそも、中華人民共和国の「国家の富」を日本の市民球団あるいは企業同士の争いに持ち込むこと自体、「反則」とも言えますが、とにかく横浜DeNAベイスターズは勝てなくなったのです。
このメッセージを、横浜DeNAベイスターズファンおよびサンケイスポーツに伝えたかったのです。

まあ、インターネットというのはペンタゴンのシークレットケーブルネットワークであり、ビスマルク(小野光右衛門)が、ドイツ中産階級に「政治を知ってもらおう」という夢を持っていたことが実現したものだ。
イギリスは「海底ケーブル」などというものは想定していなかった。
ロシアも最近、ペンタゴンに対抗できるインターネットを模索している。
今のシステムだと「アメリカ有利」にことが進む。
中国テクノロジージャイアントが「5G」というものを考えた。
私はペンタゴンのシステムにしたがって知性を養わざるを得ず、中国の5Gとも縁がない。
今日は中国の5Gにやられた。
しかし、ペンタゴンの力も一定程度、見せつけることができたし、これが私の国際関係論(男がどのように知性を育むのか)なのだ。

もし、中国語ができる「5Gスパイ」が日本に登場するなら、おそらく私よりも強いだろうが、私もいずれは5Gスパイをやらなければならない。
どう、時代に適応するかが大事であるし、モバゲーとしても5Gスパイの育て方は研究しなければならないと思う。

中国の5Gスパイは、1919年の五四運動にまで遡らなければならない。
ベルサイユ条約(第一次世界大戦)に参加し、「イギリス・フランスと対等である」と主張したのだ。
この時、アメリカ合衆国は、中国を「家の中の友人すら裏切る連中」と位置付けている。
虐げられた子供達ばかりが多く、中国全土に「勉強熱」が広まっていた。
「中国を救え」
世界に運動は広まった。
中国共産党の誕生だ。
「新しい波、新しい人生、革新、新しい社会」
世界が自分の人生の不満の解消を北京大学に託した。
1966年に毛沢東が「ニュープロレタリア文化大革命」を引き起こしている。
「子供の頃の記憶を忘れるな」
これは、今の日本の部落民と似ていた。
天安門事件で江沢民は「世界が中国を見限った」のを悟った。
「北京大学への世界の期待感など消えて無くなった」
虐げられた子供たちももはやいなかった。
5Gスパイが、日本のプロ野球選手に勝手に景品を贈っている?
世界は「豊かになった中国人」のために団結しようなどとはもはや思っていなかった。
100年経って中国は自らの国の行方を見失ったのだ。

CIAは、911テロを「自らの組織の大惨敗」と位置づけ、ロシアの「女ネットワーク」を知り尽くしたKGBを参考に、USIAを立ち上げた。
KGBによるウィキリークスにもオバマ政権およびヒラリー・クリントンは翻弄された。
ロシアとアメリカは「情報冷戦」時代に突入したため、スタンフォード大学は「オープンインテリジェンス」を標榜し、「ペンタゴンの優等生になりたい人はなって」と言って高度な学術論文を世界に公表した。
ウクライナのSA11が、マレーシア航空17便を撃墜した時に、スタンフォード大学の世界化は確定した(2014年)。
AIを利用したInQtellが、資金集めの方法を世界に広め、それはそのまま横浜DeNAベイスターズに利用された。
ダン・コーツは、「情報によって自滅しないように」と言って5Gスパイの限界を指摘している。

チンパンジーは、98%が人間の遺伝子と同じであるが、「愛国心」の研究に役に立つ。
「一匹で食事を食べている自分に気がつく」
この時に、谷から他の谷に攻撃を仕掛け、他の孤独なチンパンジーが「4匹仲間がいると」勝てる。
これが人間でいう「愛国心」の起源だ。
勝てさえすればいいと言って非常に偏見に満ちたイデオロギーを持ってしまうとされる。
昨日の彼らは今日の我々、とも言われる。
一人で食事を食べていることに気がついた人間に、いかに横浜ファンになってもらうかが大事なのであり、横浜DeNAベイスターズにはなんら「偏見に満ちたイデオロギー」はない。
改革なのか革命なのかが問われるが、今の横浜DeNAベイスターズが優勝することは「革命」に近い。
「一人でランチを食べている男」に、どのような健全なイデオロギーを与えるかというのも日本愛国主義と共に歩む横浜DeNAベイスターズの球団フロントの仕事なのだ。

横浜BoyStyle

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