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Foreign Affairs

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2019年3月 7日 (木)

社会。

社会科学(社会科)を勉強していると、政治とは「いつ、誰が、何を、どのように」取るかが問題となるため、「あいつがやった、こいつがやった」などの「歴史上の人物」だけを学ばされ、「どのように」がまったく学べないことがある。
これは、一生懸命勉強しても「賃金が上がらない」ことにつながる問題だ。「どのように?」それは「女たちにモテる」ということだろう。
雇用の問題や、犯罪率の増加などを引き起こしかねないのが「どのように?」を明らかにしない社会科学の問題点となる。
女たちにモテれば企業も雇ってくれるし、犯罪を犯すものもいなくなるのだ。

女は勉強ができない。珊瑚の話題でもして男の勉強を邪魔してやろうかしら。
これが私の恋。
青い珊瑚礁 松田聖子

「算数」と「数学」では「メディアの数」と「女たちの声援」が数学の方が桁違いに多い。
社会科も日本史や世界史を勉強するであろうが、「歴史上の人物の名前」を覚えて何かいいことがあっただろうか?
女たちにとっては「珊瑚礁」を愛することの方が重要であることを大学では学ぶべきだ。
政局など学んでも意味がない。
「政局」「最後の審判」の予想すらくつがえしてしまうのが「歌謡曲を明確に理解する」ことであった。
マックス・ウェーバーも、カール・ポパーもワトキンスも「誰々がやった」などという教え方はしていない。
「なぜ、私の恋が珊瑚礁に向かったのか?」
を明らかにすることが、モテることにつながり、そのような情報を拡散させることを「社会学」と呼んだだろう。
会社などの組織があり、そこに資金が投げ込まれ、誰に分配するかを決める、さらには、文化を豊かにする、そして、組織が信じていたことをうまく誘導する、組織のメンバーを広く社会で生きていける人物にするなどの分析が「政局を読む」ことであり、それは「あー私の恋は」「それってあなたたちのテーマソングなんですか?」というようなことから始まる。
「誰々がやった」ということよりも、彼の「世界の広さ」「資金力」を知って欲しいというのが社会学であった。
ダークハイムは「誰々がやった」にこだわったが、1980年代からコムテやヘーゲル、マルクスの研究が進み、「イケメンだった」「女と話すのがうまかった」などの視点が重視されるようになった。
「大迫半端ないって」と言われるストライカーも「女と話すのがうまい」からチームに溶け込めるのだ。
メディアも相変わらず「誰々がやった」にこだわっていた。
チームに溶け込むのみならず、組織論を成立させてゴールを決めることの困難さは、もはや、国際Aマッチであるのならば、我々の想像を絶する力量が求められる。
司令塔がボールを支配すると、6人が「パスをよこせ」と声を出す。
誰にパスをやるかは「お金」「女と話すのがうまい」「組織に貢献した」などの要素が存在するとしか思えない。
それだけでなく、「あくまでもサッカーがうまくなければならない」のであるから、「誰々がやった」としか報じようがないし、それでいて「社会学」は別の見方をしなければならないのだ。

「神・男・聖霊」の完全性を議論すると爽快感がある。
赤いスイートピー 松田聖子

王子さまが「口説き文句」を考えるのだけど、それを「教育」という形で、どの男の子も「王子さま」にしてしまうのだ。
そうでなければ、女の子たちがそのような「社会」と契約を結ぼうとは考えないだろう。
酒井法子 涙が止まらない

鉄は「口説き文句」の世代を下げ、自動車やAKBはそれに反発し、通信も低年齢化を進めた。
しかし、国際Aマッチでの「ゴールの難しさ」を知るにつけ、7千円や8千円という「組織、男、ルール」が崩壊した状態で女子が社会参加するのは好ましくない。
なにしろ、「そもそも試合に弱くなる」からである。
政府は日経平均株価の下落と、女の子の安易な社会参加には「ノー」と言っている。
女の子たちは「孤立」をしたくなかった。
ブレナンとブキャナンは1985年に「機は熟した」として女の子たちに社会参加を求めている。
お先に失礼 おニャン子クラブ

ジョン・ロールズが「結婚と恋愛は違うスポーツ」という理論を確立したことから、1985年はロールズにとってはハイライトとも言われた。
恋愛している「私」と、結婚する「私」は異なるとされ、私と私と私という表現もなされた。
松浦亜弥 私と私と私

日本代表が決勝トーナメントに進出するためには日経平均株価の高値での推移が必要になってくる。
しかし、日本国は、「私と私と私」という体制を確立し、結婚と恋愛は違うスポーツという立場をとった。
日経平均株価の高値での推移という「国全体の豊かさ」よりも、財政の充実という公的資金の充実を目指したのだ。
インディゴブルーラブ

しかし、平成の時代にはもはや、皇室に「王子さま」はいなくなっていた。
「恋ばな」を教えてくれる先生がいなかったのだ。
そこで、小泉政権は「公的資金の政策的縮小」(郵政民営化)という政策を打ったが、日経平均株価も上がらず、「お上」は遁走してしまった。
小泉政権は「劇場型政治」を標榜する以外にその存続は約束されなかった。
「いざなぎ越え」という戦後最長の好景気は、「そのシステムの失敗」によって「かげろう景気」とも呼ばれた。
国民にお金はあった。
しかし、国全体の豊かさを示す日経平均株価や、国民が愛し合った証である税収にはつながらなかったのだ。
本来、男が「チョキしが出さない」と言ったら、女は「グーとパーしかだせない」と言って勝ったり負けたりを繰り返すものだ。
しかし、そこまでの激しい愛の世界はなかった。
恋のやじろべえ タンポポ

「みんなが生き残りたいと思っている」世界で、女子の側が簡単に「告る」という現象も見られた。
女の値段がここまで値崩れしていたのかと思った。
「私と私と私」「恋愛と結婚は違うスポーツ」が想定していたのは、「恋ばな」を教えてくれる王子さまの存在だった。
こわれかけたピアノ

ワールドカップの「ゴール」、オリンピックの「金メダル」は、選手の「口説き文句の論文」や「資金力」の賜物である。
会社などの組織があり、そこに資金が投げ込まれ、誰に分配するかを決める、さらには、文化を豊かにする、そして、組織が信じていたことをうまく誘導する、組織のメンバーを広く社会で生きていける人物にするなどの営みが功を奏してようやく手にできるものだ。
「皇室の王子さま」が何か発言してくれないと、決して手にすることのできないものなのだ。

人間は、言っていることそのものが「周囲に影響された」ものである。
しかし、研究生活に身を置くと、非常にノイズが少なく、「読んだものを話し」「演じていればいい」世界がある。
それでも、研究資金の出所に発言は大きく影響される。
DNA型鑑定は、「6番目の遺伝子で行う」ことになっているが、学習院大学の教授で「父と息子はDNA型鑑定で区別ができない」と論文に書いた人もいた。
また、三笠宮殿下の「Y遺伝子理論」も「父から息子に根性が伝わる」としたものであり、アメリカは「それはありえない」と証明するのに「実際に息子が大きくなるまで」20年間待った。
それほど、その人の発言は「資金の出所」「交友関係」というノイズに大きく晒されているのだ。
哲学は「真理である」と確定すれば、それは永遠である。
そのため、スタンフォードやハーバード、イェールなどには「ノイズの少ない男」が入学している。
「読んで」「大物たちと渡り合う」のがこれらの大学の卒業生なのだ。
「哲学は永遠」
それさえ理解すれば、この世界には「進歩」しか存在しない。
アメリカ合衆国は1940年代1950年代から、1996年まで、この「読んで」「大物たちと渡り合う」という「哲学者の行進」が展開された。
1977年のバーンズ、1982年のシェイピン、1983年のコリンズもこの方法を支持し、続けることにしたのだ。
ニューメキシコ州ロスアラモスでオッペンハイマーによってマンハッタン計画が練られた。
実際は、核開発というよりは、「お金の集め方」の研究に多くの時間が割かれたため、その「お金」は「ヒトゲノム計画」に引き継がれた。
今のアメリカの最新の医学書を読める人は、その世界が「人の体がまるで小説のように」明らかにされていることを知るだろう。
健康談義で盛り上がれない年寄りはいない。
「免許制」にもマスコミが存在するため、一定程度努力する人はいた。
免許を取ろう 高橋由美子

1988年にデビッド・ハルが、「哲学者が丸くなった」と指摘した。
スタンフォード大学などの一流大学の左傾化を指摘したのだ。
「A型男は真のエリートではない」とも言われた。
1991年にデボラ・マヨーや、レイチェル・ホランダーなどが、農業の品種改良などの分野でも「採算に合わない」ことはない、とし、哲学(口説き文句)の資金力を高く評価している。
コスト・ベネフィット論がここで消滅し、モデル理論と呼ばれる資金集めが主流となったのだ。
セット理論とは「カップルの発信力を高める」研究であるが、日本国でそれが歌謡曲として浸透しているかは明らかではない。
西野カナ ダーリン

日本国においては「愛は狂気をともなうもの」という認識が強く、セット理論は確立していないのではないか?
いずれにせよ、アメリカの銀行が「丸く」なったのは1980年代から1990年代にかけてである。
「愛は狂気をともなうもの」
という論点さえ克服すればコスト・ベネフィットは問題にしなくて済むようになるということは明確になったのだ。
松田聖子 天国のキッス

「愛は狂気をともなうもの」
これを芸術に昇華させることを「ホットバイアス」と呼んだ。
セット理論がコスト・ベネフィット論を凌いだのはアメリカ合衆国が初めてであり、日本国では「ホットバイアス」がどのようにかけられているかは研究が必要だ。
松田聖子 抱いて

セット理論における「ホットバイアス」について。
「愛は狂気をともなう」ということを芸術に昇華するセット理論。

少年のようにもっと素直なら。
フェアリーデイズ 穴井夕子

童話。
せつない童話 こんぺいとう

過去形に変えてみたいだけ。
トゥデイズガール 小泉今日子

サヨナラの未来系。ハレー彗星。
遅い流星 新田恵利

このような研究をしていると「神は笑わない」「神は祈らない」ということの意味がセット理論の登場によって確立したことが分かる。
狂気のともなう愛には笑えないし、お金に困っていないから祈らないのだろう。

雨に濡れた夜の歩道。
CoCo 優しさに帰れない

いちばん売れた曲。
病んで行く彼女。
米津玄師 lemon

カントは、彼の社会学・政治学において、「ホットバイアス」を知っている男たちがいるのであれば、女たちの社会参加・社会契約はおのずとなされるであろうと考えた。
カントは結婚という制度に反対したのではなかった。
ホットバイアスの存在、そして愛には狂気がともなうということを問題にしたのであり、それが社会の共有財産となり、ファイナンスにつながるのであれば問題はないと考えた。
セット理論は探求してみれば相当な「深さ」を見せることが明らかになり、彼女をまじまじと見つめて「社会の多数派ってなんだろうな」と考えることが重要だとした。
「お金の教え」「治めることの教え」がセット理論にはあり、男性陣営・女性陣営の双方から「ホットバイアス」の表現がなされた。
カップルは孤立しがちだったし、その理由は「ホットバイアス」にあった。
彼女のことがよく分かるようになるまで別れるなとも主張され、ひとりの女と向き合う男にこと富が約束された。
法の支配に根ざしたものがセット理論であり、セックスすると彼女は壊れていく。
そこに発信力を求めることが重要だった。
いつも顔を合わせているパートナーにこそ「お金」はあった。
世界を敵に回さないことが重要だったし、セット理論および、それにしたがった音楽作品はもはやコストベネフィット論を過去の産物としたのだ。

寂しくて泣いていた。
観月ありさ He's gone

カップルは仲間が多い方がいい、お金があった方がいい、このことを踏まえるとセット理論は強い議論だったし、深さもあった。
「表現が曖昧すぎるではないか」とも言われたが、自由とはそのようなものだった。
特定の法則のようなものはなく「狂気」のようなものだけがあった。
カントは、セット理論の表現者として「女性・子供」を排除したのであり、結婚というものを否定したり、女性差別をしたわけではなかった。
女の子たちは、このような愛の世界に「社会契約」を結ぶだけでよかったのだ。
どんな美女でも口説き落とせるという「悟り」の研究も、男女が同じ影響力を持つという民主主義も、最後に向き合ったのは「愛の狂気」であり、「悟りの時代は終わった」とも言われた。
コスト・ベネフィット論を過去のものとしたセット理論に軍が興味を示さないわけがなかった。
カントは自分のファイナンス力を誇るように「常備軍」を否定しなかった。
「永久平和のために」においては、どのカップルも同じ問題を抱え、それが政府レベルにまで共有され、ファイナンスに用いられる仕組みを描いた。
カントは、セット理論を深めていくにつれ、「それでは結婚とは女を所有することだね」と考えるようになっていたし、セックスするために口説いたはずなのにそれなりの距離感に落ち着くことにも気が付いていた。
しかし、カントは革命家ではなかった。
あくまでも、ファイナンスを重視していたのであり、結婚というものの「難しさ」の魅力にとりつかれていた。
フランス革命とは、ラファイエット将軍の「幼児教育こそが主婦層の支持につながる」という発想が、ルイ16世の「セックスの作法の研究」に勝ったという話であるが、セックス崇拝と、それにともなう税収も限界を見るようになると、カップルの「怒り、哀しみ」の方に担税力は軸足を移した。
人間は「怒っても」税金がかけられる。

本気で喧嘩した。
ribbon Stay with me

二人でいれば何でも乗り越えていける、という議論は、セット理論が成立したからこそ言える話であり、セット理論の「お金の教え」の影響が強いとされている。

中国においては、この「愛は狂気をともなう」「セット理論」が、800年ごろに新・儒学の立場から「要するにモテればいいんだろう」という科挙のあり方もあいまって、その理解力が問われた。
このテーマは「天命」とすら呼ばれたのだ。
孔子は、天命の問題において「女嫌い」を示したが、孟子は女に対してもっと寛大だった。
古くは、周王朝において「主導権」(場)争いのためにその理解力が問われた。
戦国時代においては、「民心をとらえる学問」とされた。
「愛は狂気をともなう」「女が病んでくる」この問題を、道教の側も詩にした。

おしゃべりな私。
Love train 松浦亜弥

墨子は、この問題を「天命」と呼ぶのであれば「天子さま」は当然、このことを熟知していなければならないだろうとした。
孔子は「女に食べ物を与えよ、国は武器を装備するだろう」と語っており、「愛に狂気がともなう」という「天命」を理解することは、のちの「セット理論」と同様、国に富をもたらすと考えた。
「狂気というのはとどのつまり人殺しだ」として、食べ物と武器を交換することにしたのだ。
男女は快楽を求めている。少数の指導者層や君子は「芝生を綺麗にし、風を吹かせる」こと以外に女を病気から開放する手段はない。
孔子にとって、快適な環境を女に保障することで、税収を得ようという議論が「天命」であった。
天命さえ理解すれば、「犯罪を犯したら処女がセックスさせてくれなくなる」というのが「法」であることもおのずと分かるようになる。
しかし、墨子はこのような「芝生と風」の議論には同意しなかった。
道教の「詩」の充実に、より魅力を感じたのだろう。
道教の側は、荘子が露骨な詩を作ってぼろ儲けした。
法家の韓非子はこの問題に関しては「常識をわきまえろ」と男に「法」を求めた。
rebecca Trouble of Love.

この「天命」に関する議論が出尽くしてから、中国は「王朝」の時代を迎えた。
秦でも漢でも、隋・唐でも、君子は同じ問題と向き合っていた。
「愛には狂気がともなう」「女が病んでしまう」
議論が出尽くしているのならば、どれかの学派に習うしかないだろう。
無道と呼ばれる道教の立場のように、何もしないで詩を作るだけの連中も有力だった。
宋の時代になって新・儒学が確立すると、それ以降は、明にせよ清にせよ、皇帝の力は尋常ではなくなっていたため、「グローバルに考えよ、ローカルに対処せよ」と呼ばれて、カントの議論がどの道、シルクロードを通じて持ち込まれたようだ。
新・儒学の立場が「心の病のアフターケアは教育水準次第」と考えて、女子にも教育を与えたのは事実である。
しかし、女子に教育を与えた結果、派閥というものが女社会に生まれたとされる。
「愛は狂気をともなう」「女が病んでしまう」
という問題は、女社会に派閥をもたらした。
また、男ほど教育のない中途半端な女たちの派閥に「空手形」が蔓延した。
散々、「君子の天命」として扱ってきた問題が、ロシア革命以降、中国に「民主化」「女性の政治参加」が求められたため、マルクスが一気にクローズアップされた。
新・儒学も「モテればいい」と割り切っていたため、女性の政治参加が現実のものとなるとマルクス主義者になるものが多かった。

「理科・自然科学」
理科とは、「勉強の法」であり、法(男らしさ)が女を作る。
重力や運動の三原則、理想気体、需要と供給の関係などの勉強が理科であるが、理科の得意な男の子を見て、女の子は「女らしくなる」のだ。
波は地球が宇宙の中心ではないから起きるとか、アインシュタインの「慣性の相対性」(一般相対論)がこすれあう男女を意味するとか、「遠く離れたものの時間の同時性」(特殊相対論)が「電話に出なければ浮気を疑う」ということを意味するとか、「女のカン」と呼ばれているものが、CIAと比較されることは「すでに男が明らかにしている」ことを認めることでもあり、理科の勉強ができる男の子の存在によって女らしくなったことを意味する。
サマーラバー大作戦

遠く離れていても時間を同じくしていることから、勉強をする男は、女の子が綺麗になる年頃になっても「優しくない」という問題が存在する。
目標を持っている男の子は優しくないのだ(パズル)。
私は知恵の輪

金は標高一マイル以内でしか見つからない、ウランも標高一マイル以内でしか見つからない、などの「黄金領域」が存在することは男が見つけた。
果実のなる木は輸出をするために男が育てるものであるが、「黄金領域」を知ることは果実のなる木を見つけることを意味する。
男の子はいずれ働かなければならない。
そのために、「2対2でも割り切れない」ということが起きる。
避暑地の森の天使たち

男の考え方の「シンプルさ、強さ、バランスのよさ」がどれほど人気があるだろうか?「シンプルさ」には金がかからない。
しかし、大事なのは「全国レベルで戦うこと」であろう。
教室には「54通りの男女のカップルの可能性」があった。
しかし、果実のなる木は「国の問題」「全国レベルの問題」と関わっていた。
制服 松田聖子

「あの人、今頃どうしているかな?」という特殊相対論や、セックスをするという一般相対論という大人の世界に女たちは入っていった。
こちらが毎秒一メートルの動きを止めても、周りは確実に前に進んでいる。遅くても確実にみんなが歩いている。
立ち止まった時に、昔のクラスメートを思い出すこともあるだろう。
荒井由美 卒業写真

「変って行くのがイヤだ」という男もそもそもいた。
長淵剛 勇次

全米の千マイルの広さの中にも「本物の黄金」は限られていた。
だったら「逢いたい人」に会うためにガソリンが必要になってくるだろう。
いずれにせよ「理科・自然科学」とは、果実のなる木を作る男のための学問であり、大工という「技術に満ちた男」のための学問でもあった。
なぜ、男が果実のなる木を作る、つまり、ガソリン・黄金・ウランの研究をするのかは、妊娠させた妻を養っていくためであった。
しかし、確実にこの「教室」を卒業した女の子は「女らしく」なって行った。
「女子高生」というものを作ったのは1977年から1980年にかけてのドゥオーキンであるが、それはもはや「社会現象」と呼ばれた。
ニクソンショック以降、女子高生が「恋愛マーケット」に参入してきたのだ。
結婚と恋愛は違うスポーツという理論をロールズが確立したのは1985年である。
理論よりも先に、「女子高生」たちは存在したのだ。
1980年から1985年までの間、理論は完全に宙に浮いたままだったことが分かる。
セーラー服を脱がさないで おニャン子クラブ

大人たちは大学で「人気」の研究をしていたはずだ。
「女子高生」のクリエイターだったドゥオーキンはハーバードロースクールに招かれた。
理科が得意だった男も、「セールスにかけられた女子高生」の握手会に参加する始末だった。
オタクのエリートも「自分が女子高生を育てた」ということを忘れていたかのように振舞った。
これが、ドゥオーキンの大きな業績だった。
CoCo ちいさな一歩で

カントは数学者であった。中国で言う「天命」つまり「愛には狂気がともなう」「女が病んでしまう」という問題を、本来、文系の人間が探求する問題であるとし、それでいて、カントは理系の人間として「女子高生に情念系を歌わせる」「男がクリエイトしなければならない」と考えていたものと思われる。
カントは結婚を否定もしていないし、女性差別もしていなかった。
「女子高生に情念系を歌わせたかっただけ」
ということがこのような誤解を生んだのだろう。
秋色協奏曲 東京パフォーマンスドール

中国が台湾を落とすための「窓はあんがい狭い」と言われているが、たとえば、ドゥオーキンが1977年から1980年にかけて「女子高生」をセールスに出し、1985年にロールズが「結婚と恋愛は違うスポーツ」という理論を確立している。
「おニャン子クラブ」に用意されていた「窓」も狭かったし、活動期間は二年で終わっている。
歴史を作るとはこのようなことなのかもしれない。
カルメン’77 ピンクレディー

アメリカの「対中政策三本柱」は、
1、金融。
2、クリーンエネルギー。
3、アメリカ高等教育。
だとされている。
アメリカにおいて高等教育を受けた日本人に、融資を行い、そのような人が「先生」(阿久悠・秋元康など)と呼ばれている可能性は否定できない。
その代わり、原子力発電の普及に否定的な人はいなかったはずだ。
忌野清志郎 なに言ってんだ

それでは、中国が狙うべき「狭い窓」とはどのようなものであろうか?
あえて語りたい。

エンタの神様。

旧約聖書、新約聖書、マルクス主義、ユダヤ教の奥義。


【壮大なテーマ】

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