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Foreign Affairs

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2019年3月15日 (金)

そもそも「統計」とは何か?

統計というものは「すべての人にクリスマスプレゼントを贈る」ために取るものだ。
政策を打ち出したら、その有効性が知りたいと思うのはすべての政治家に言える。
そこで「サンプルスペース」に、「ターゲットシステム」にもとづいた調査をするのだ。
政治家は「小説」「芸能界」を用いて、有効なメッセージを発信しようとするが、サンプルスペースやターゲットシステムは、たとえば、ミルク入りの紅茶かそうでない紅茶かをご婦人が「二分の一」の確立で、想像して用意していても、実際の好き嫌いは「二分の一の五乗」つまり「3%」しか的中しない。
つまり、「ミルク入りかそうでないのか」は、前もって聞いておかなければならない。
しかし、政治の有効性を確かめるためには、「小説」「芸能界」の有効性をサンプルスペースやターゲットシステムを用いて拾っていくしかない。
政治家は、現状としては「すべての人にクリスマスプレゼントは届いているのか?」はタクシー運転手のご機嫌などを見ていくしかない。
CoCo 冬の微粒子

「俺の知っているとおりにやったらうまく行くはずなんだけどなあ」と考えても、5%ぐらいの人の心にしか響いていないこともある。
一方、タクシー運転手の「季節はずれの」機嫌のよさに出くわしたりもする。
これが「統計」の世界なのだ。
「運転手が機嫌が悪いから効いていないのかと思った」ということもあるし、「今日は風もなく暖かいですね」と運転手に言われることもある。
統計として明らかになった時には「誰がやったか」も明らかになっておらず、奪い合いになるのがオチだろう。
しかし、「これで良かったんだな」と思う一部の政治家が統計の世界には存在する。
「このやり方でクリスマスプレゼントをみんなに送り届けるんだ」と考えるに至るまで3ヶ月以上待たなければならない。
だいたい、3ヶ月で予想が的中するのであれば、因果関係も明確であるし、「政界のキーパーソン」も決まるといっていい。
「経済学のテキストの書き換え」も行われる。
官僚はわざと「サンプルスペース」や「ターゲットシステム」をキーパーソンに都合の悪いように設定している。
「みんなにクリスマスプレゼントを届けるまで認めない」という思いがあるのだろう。
そのため、統計の取り方にそもそも不正などない。
治める側としては「効いていないのかと思った」ということから、徐々に自信が確信に変わる世界なのである。
「国民が愛し合うように誘導したかった」という私の哲学も、「愛は狂気を含む」「女が病んでしまう」ことを知るまでに時間がかかった。
日経平均株価も思うようには上がらなかった。
夕方6時以降に「女が値段を釣り上げようとしている」現象は、日経先物で観測したが、なにもかも思い通りに行く「統計」の取り方はやはり「分からない」のである。
3兆円流れてきたら「過熱感がある」とされる日経平均株価も、簡単に敵対的勢力にかく乱されてしまった。
「偏差値のない世界」では、タクシー運転手と話す以外に統計のとり方はないのかもしれない。
官僚は「時の権力者に都合のいい統計の取り方」などするわけがないことだけは知っておいてもらいたい。
ribbon Virgin snow.

横浜DeNAベイスターズだけを勝たせるファイナンスのやり方が、2017年に日本シリーズ進出を決めたが、2018年にはワールドカップがあった。
「教養番組なんて視聴率5%だよ?」
という問題も、4年に一度メジャーになるチャンスがある。
Σとかエントロピー(log)なんて忘れたから、サンプルスペースやターゲットシステムなんて分からないのが政治家だ。
基幹統計から民間に任せる統計まですべてが「職を与える」問題に過ぎず、いいデータが出てきたら、「指導の誤り」が指摘されるまで職にしがみつくのが政治家なのかもしれない。

社会人としてはあんがい「グレー」の世界に生きていても、メジャースポーツは「白黒」つけなければならない。
そこで、1980年代から1990年代に「女心」が歌謡曲で明らかにされた。
しかし、「息子」の問題となると、「父の好きな女など興味がない」という現象を引き起こすであろうし、「叩き甲斐のある」息子と、そうでない息子が存在することになる。
私も「垂加神道」を書いたが、誰も「二番煎じ」など作ろうとは考えていないことは想定外だった。
そのようなことも含めて、息子に何が伝わるのか?勝負事に強い男になるのか?は明らかではない。
「男の子」というものは財産である。
しかし、どこまで「女心」に詳しいのか?「よりシンプルな女性像」ですら理解しようとしないのか?は、父と息子の関係もあり非常に困難な問題である。
「父親の知らないことが知りたい」と思う息子がいるとするのであれば、「女の単純さ」すら理解できないだろう。
あるいは、私が書いた「垂加神道」も、現在の山崎闇斎のように「奇妙で難解な書物」として、1980年代1990年代の音楽作品とともに燃やされるのかもしれない。
「女の単純さ」を描いたら、「焚書」は覚悟しなければならないし、「神・男の完全性を議論すると爽快感がある」というプラトンの原点にすら「賛否両論」であることを知らないといけない。
松田聖子 赤いスイートピー

「息子」たちにとって「父を受け入れる」かどうかは「イエスかノー」の問題に過ぎない。
しかし、クリエイターという名のクリエイターは全員、垂加神道に「ノー」と言っただろう。
息子だって同じ気持ちであるのは明らかだった。
東京は1913年に「神道を発明」し、2013年にそのコンテンツを充実させた。
しかし、今後の見通しは明らかではない。
勝負事が好きなのは国民全員だ。
「息子を叩け」「滅私奉公せよ」と要求するのは明らかである。
しかし、なにしろ「人類が経験したことのない世界」を我々は見たし、東京の今後はアインシュタインの「量子論」の予測にしたがって「息子の個性を叩きのめす」方向を見ている。
今度は「統計」というものが「息子が父にイエスという」かどうかという出し方をしてくるだろう。
「ノー」と言えば悲観論を流し、「イエス」と言えば楽観論を流す。
息子の「マインド」を、うまく調整するために「統計」の出し方も変わってくる。
父の「実績」と、息子への「世襲」とはそのようなものだった。
「父」は確かに横浜DeNAベイスターズに、2017年に「三位からの下克上」を果たさせ、戦争ポテンシャルの強さを見せ付けた。
しかし、2018年のワールドカップでは決勝トーナメント進出を果たすにとどまっている。
予選リーグのポーランド戦では、「フェアプレーポイント」に泣きつき、残り五分で中国やバチカンにまで振り向いている。
この「父の限界」を、息子および統計は知らなければならない。
あの時、父の力はほぼマックスに等しかったのだ。
文鮮明がいた韓国にもかなわないことをあの時、悟っていたのだ。
私に「ファイナンス一任」がなされた結果、指導者として「世界の現実」を知ったのだ。
アメリカ合衆国も「日本国はもはや”大きな野心”がもてない国」と考えている。
この「父」の現実も踏まえて、「息子と統計」を見ていかなければならない。
世界と「激突」した「父」の感想はよく理解しなければならないだろう。
「ロシアの”白い女”さえいなければ」という後日談も確かにある。
「白い女」に足腰をダメにされる日本人の「痛風」は、ベルギー戦で二点リードしてから露呈した。
「ファイナンス力世界一」と自負するのは簡単であるが、大法螺を吹くのならば「世界と激突」してからにしてくれ。
メジャースポーツを、そして垂加神道を愛せないのであれば、統計で何を言われるかは分からない。
国民の「心の風景」は世界一かもしれないが。
赤い靴のバレリーナ

あの時のワールドカップでは「フランスとクロアチア」という「色の白い男たち」に勝利の女神は微笑んでいた。
世界は確実に「戦争ポテンシャル」のデータを取ったのだ。
またどんなデータが出てくるかは分からないだろう。
「女の白い胸」の誘惑に誰もが耐えられるわけではない。
日本人女の「美白」も進んでいるため、今後の世界の動向は分からない。
札束で尻を叩いても走れない男たちがいたことだけは忘れてはならない。

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