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2019年2月 4日 (月)

建設。

社会を建設するためには、「その人のもっとも人間らしい瞬間」を集めなければならない。
たとえば、ヤリマンで知られた女が、ある男の知性の前に「目を伏せて」通り過ぎたとか、どれほど快楽主義に走っても「失うものはあんがい少ない」などという瞬間をコレクションするのが「建設業」である。
中森明菜 二分の一の神話。

快楽主義の女も「失うものははんぶん」ということは他のアーティストも表現している。
建設業は、背広組はこのような瞬間をコレクションしているのが実態だ。
はんぶん不思議 CoCo

「男たちの統制を取りたい」
これが建設の仕事であり、どんなヤリマンでも「ウブ」な側面を見せることがあると語ることは、「自分よりも格上の男がいる」ことを周知徹底させることを意味するため、建設に用いられる。

「男が女の居場所を作る」
これが、さらに建設の目的となっている。
頭の悪さをバカにされず(失恋せず)、レイプもされない、つまり「神」のいる社会である。
女の子やお母さんに「サンタクロース」を柱とする「神」が存在するのならば、男社会の統制はさらに磐石なものとなる。
冬の微粒子 CoCo

アンドリュー・ピッカーニングが語った「建設クォーク」とは「快楽主義に走った女でもウブな側面を見せることがある」ということと、「サンタクロースを柱とした神」の二つのことである。
どういう道のりを歩んだらそのような男になるの?
この問いかけはかなり国際色豊かなものだ。

私が何を考えてあえいでいるかに興味を持ってほしい。秘密を守れますか?
can you keep a secret 宇多田ヒカル

憧れちゃうわ?文化的生活。
サラリーマンとはアダム・スミスが作ったものだった。
女の子はとにかく金になるため、女の子の居場所から作ることにしたのだ。
文化的な生活には近親相姦などなかった。
建設クォークはすでに述べたとおりだが、あとは「文化的であること」つまり「女性を歓迎すること」が必要だった。
そのあとで「貧しい男二人」と「お坊ちゃん一人」がつるみ始めた。
街ぐるみで「神の建設」が始まったのだ。

DVは現在の医学では「病気ではない」とされている。女のノイローゼが原因であることが分かってきたからだ。
子供には罪はないし、出来ることもない。
セックスのし過ぎを防いだり、夫の将来の見通しを明るくするしかない。
ぼくをぶたないで 高橋由美子

「どうやっていじめを克服したのか?」
その成功体験だけが「神」を進化させる。
つまり、それが街づくりだった。
「お坊ちゃん」を海に追い出すまでいじめたし、海と出会わなければ「国家社会主義」「上海倶楽部」は生まれなかった。
親が元気なうちしか勉強する余裕はないだろうし、姉がいなければ「女心」に興味がもてないだろう。
あるいは、そもそも、贅沢に王子として風呂に浸かったりできる家でなければ勉強する基盤ができないだろう。
つまり、勉強とは「姉が必要」「親の健康が必要」「風呂が必要」などという具合に金のかかるものだった。
授業料だけで済む問題ではなかったのだ。
あるいは「少年時代の美しい顔が必要」とも言われ、それは才能と呼ばれた。
少年時代 井上陽水

建設というものは「哲学者がテキストを書くから可能となる」という側面があり、それは、勉強でもあり、「女の子が好き」だから行うものでもある。
「ヤリマンでもウブなリアクションをする」「サンタクロースという柱」の二つから男たちは「神」と呼ばれ、建設クォークは一気に街づくりへと動き出すのだ。
この国はどこから来たのか?
それは時代の外交努力というものであり、外交が情報の流通を円滑化させていた。
酒井法子 涙が止まらない

ジェリー・フォーダーが、1980年代に「建設クォーク」を自由に操った。
カントが「海」に上海倶楽部や国家社会主義を用いたのならば、マルクスは「陸」の人間だった。
王室は海から来た。
しかし、陸の人間はスーツを着ており、お洒落であり、セックスの取引を行っていた。
陸の男女たちは「セックスの取引」を強みとしていたのだ。
運命’95 Melody

建設業界は第一次世界大戦を経て「お金いくら出せる?」という世界を作り上げていたため、建設クォークこそが、この世界で重視されるようになった。
細かい技術や工法までは哲学の世界は追うつもりはない。
ほとんど「フィクション」みたいなものを作る連中になっていたからね。
戦車にせよ飛行機にせよ「左右対称」に作ったので「2」という数字は重要だ。
しかし、「フィクション」を作るのはいつも「奇数」だった。
職人をやっていると「使い慣れた偶数」と「フィクションを作り出す奇数」の存在は意識せざるを得ない。
お金を生み出す「女」
嘘をつく「女」
処女である「女」
を用いて建設というものは行われる。
娘は「お父さんに嘘をつく」ために「女言葉」を覚えた。
日本エレキテル連合

職人も当然「お金の出所」を知っていたため、カトリックマイトレーヤのように、「女の子を守る」ということをコンセプトに建設を行っている。
裕福な家庭では「男の子優先」であり、貧困層では「女の子優先」という違いはあったが、それ以外の「建設」においては、「家」「建築物」のみならず、ブロンズ像・テーブルなどに職人の関心は移っていった。
おとぎの国のバースデー 酒井法子

ブロンズ像やテーブルを作るのでも「腕」は磨けるし、ビルを建てる力量は誰もが持っていた。
「住んでいる女の子が欝になる」
ことを防ぐために職人たちは腕を磨いたのだ。
クレア お引越し

女の子を資金源に「「建設」というものは成り立っていたため、性差別だけは建設の敵だった。
第二次世界大戦ののちにボーボワールが「女とは生まれるものではなく、なるものだ」とした時に、社会「建設」は「女らしい女」を求め始めた。
「男二人に女一人」という構図がこの時に完成し、資金力を強めた。
女が魅力的になったから生まれた構図だった。
SPEED Deep Blue & Truth

ボーボワールは「女作り」を終えた後に、「男の子」に「女って何?」という問いかけを行った。
これが戦後の国づくりだったのだ。
男の子はこの「問いかけ」をされなければ、机に向かうこともなかっただろう。
このフレームワークだけは理解しておく必要がある。
「部屋は左右対称」「ふたつ」
これは分かっていたが、「男と女」の問題は難問だった。
フレームワークが機能しなければ家は狭いままだろう。
男運とは「アメリカ合衆国」を常に念頭に置いたものだ。
ribbon 真夏のフェミニスト

DSMは「DVの原因は女のノイローゼが原因である」としている。
しかし、自己愛性人格障害は病気とはせず「モテない」だけであると切り捨てた。
男の子が「宿題」をこなすのを待つだけだったからである。
これが、社会「建設」のフレームワークだったという認識があったからである。
偏差値Boy うしろゆびさされ組

女たちは、医学が社会「建設」と結びついて、アメリカがそのような診断を下すのならば、「アメリカにいるような気分」を味わいたいわ?と考えた。
「女作り」が終えた後に「男作り」は始まった。
それはヨーロッパ中世でも同じだったし、戦後の世界史でも同じだった。
日本国は「アメリカの言うとおりにしたらうまくいった」という側面が強い。
大学受験というものも熾烈を極めたが「戦いがあったから勝ちに行った」という男の子が多く、アメリカのフレームワークが一部で有効に機能したに過ぎない。
社会「建設」とはこのようなものであり、男女を生み出すものだ。
なぜ、「ステージに上がりたい」という男女が生まれるのだろうか?
それは「セックスに自信がない」ことが理由であることが多い。
「男としての性質を持った女」が「お父さん以外の男に裸を見せられない」とか、男でも「包茎である」などが考えられる。
さらには、ホモセクシャル、レズビアンなどが考えられるのだ。
私もパノプティコン刑務所では、ほとんど「まともな男女」は見ていない。
中森明菜 セカンドラブ

男としては、長い目で見れば「女たちと話す」ことが豊かになる秘訣であり、「こういう女がいた」という記憶作りが論文や小説を読むのに役に立つ。
女として「私ってこんな感じ」という証言を出し惜しみしたのでは、
のちに「食事一回分」ぐらいは損をするかもしれない。
私も、「子供を産んだ女は感じなくなる」などの証言は、実際に女性と話すことで論文の裏づけを得ている。




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