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Foreign Affairs

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2019年1月11日 (金)

郵政。

フェイスブックやマイスペース、ツイッター、ユーチューブなどが社会をグローバル化したが、このような社会が、「友人とはなにか?」「親子とはなにか?」「同僚とはなにか?」「雇用とはなにか?」「先生と生徒とはなにか?」「隣人とはなにか?」「取引先とはなにか?」「医者と患者とはなにか?」などを明らかにした。
これらの人間関係すら「オンラインで」政府がコントロールすることができることがわかった。
「名宛人が不明確です」と記して送り返せばいいからである。
大規模に掲示板で活動していると、SNSによる、より親密な「プライバシー」「友人」「治めること」「自分というもの」の発見を見失うことがある。
少なくとも、宮内庁は、私個人に対してこの「サイバー犯罪」を実行している。
こわれかけたピアノ 高井麻巳子

1970年代のアーパネットや、BBS、MUDsの時代から研究は進められてきたが、現在は、Web2.0という技術を用いて、「政府を敵に回すとこうなる」というサイバー犯罪が行われているのだ。
美智子さまは「身ぐるみ剥いだら死ぬかと思った」という程度の認識で「行政計画」を練っても、下の行政機関にはとんでもない迷惑をかける行為であり、ずさんな行政計画そのものが国家賠償の対象になる。
OrKutや、マイスペース、リンクドイン、フレンドスター、微博、ハボーなどが、
「何のために存在するのだろうか?」
という問題が、私宛ての「年賀状すべて没収」「お歳暮の横領」などで行われたのだ。
Web2.0の時代に、はたして「宮内庁は必要か?」という観点から議論しなければならない。
「すべてコンピューターで行える」(CMC)ことから、政府が「政治家一人抹殺するのは簡単」とも言われる。
他の省庁に通報しても「見てみぬふり」をしているところを見ると、入閣したら各大臣は同じことをやっている、と考えた方がいい。
「入閣して安倍さんとともに汗を流す」ということがどれほど大きな意味を持つのか?あるいは、入閣せずに「安倍さんとは距離を置きたい」として「次」を目指すことがどれほど難しいことなのか?を理解しなければならない。
安倍さんとともに汗を流せば、「総決起集会」の案内も届くし、「歓迎しないもの」を排除することができる。
派閥から大臣を出せば仲間が喜ぶし、公明党も与党から離脱することは考えていない。
民主党政権を実現させた小沢一郎は、アメリカでは「ガッツ!」と言われて、日本のおじさんのモデルとして描かれている。
政権をとるというのはものすごいエネルギーが必要なのだ。
「圧力には逆らえない」
それは、麻生太郎対小沢一郎のほうが、美智子さま対小野光太郎よりも熾烈であっただろう。
美智子さまはただなすすべもなく、「権力を濫用し」「論文を書かれる」宿命にあった。
「小沢が何を知ったのか?」を私も痛感した。
サイバー犯罪とは「友人」「親子」「同僚」「雇用」「先生」「隣人」「取引先」「医者」を失わせることが可能なのだ。
政権の側も、野党の側も「生きていればいい」と割り切っている。
生きていればいい、そのような境地にならないと政治家は務まらないのだ。
しかし、「生きていればいい」と考えると、権力から遠い側が「左翼」になるのは目に見えている。
SNSという小さなサークルを掘り起こさない野党の政治家はいない。
巨大掲示板で「閣外で」国土交通や、農林水産、老人福祉元年、防衛、宮内などを論じた私が、内閣から「歓迎されないもの」と思われるのも当然だったであろうが、各省庁がどう考えているかは明らかではない。
総務省に電話しても「いずれは権力の中枢に身を置く人なんだろうな」と思われて、相手は無言になってしまった。
酒井法子 思い出に帰りたい

サイバー犯罪を行う側は、SNSで連携していたし、クッキーを消したり、匿名で名前を登録していたりした。
政治家の「位置情報」を頼りに攻撃していたので、「動いて欲しくない」と言って「精神的なものから来る」腰痛を引き起こしたりした。
これが「Web2.0」の時代の権力闘争だった。
どのみち「サイバー犯罪でいじめられた側」は「権力とは何か?」を誰よりも理解した「豊かな権力者」になることは目に見えている。
「プライベートが恐れられている」のだ。
表に出せない人間であるはずがないだろう。
そのような「プライベートパラドックス」というものが存在した。
小沢一郎は「酒を飲みながら全国をトラックで駆け回っていた」運ちゃんであり、ある意味「プライベートパラドックス」というものはあったのだろう。
SNSには常に「そんな彼がまぶしかった」といって側に寄り添うように「いる」女は確実に存在する。
私も、島崎遥香や、(人妻ではあるが)松たか子などがラインに残っているが深い仲にはなっていない。
Web2.0も、「側に寄り添うように」「いる」女まではブロックしようとは考えていない。
このへんは「善悪の彼岸」を踏まえて、「関係を持ってくれるとありがたい」と考えているようだ。
「政治家になりたい」と思うのであれば、当然、このようなことは想定しなければならない。
「心に響く事務所」「フィルターバブル」と呼ばれる政治家事務所は常にこのようなことに晒されていたのだ。
Web2.0も、ハーバーマスが考えた「フェアなゲーム」であり、警察に通報するような考えのあまい政治家であってはならない。
中国の「レンレン」や、ロシアの「Vコンタクテ」なども、「側に寄り添う女」は保障している。
身ぐるみ剥いだら死ぬかと思ったというような作り方はハーバーマスも想定していない。
島崎遥香も、松たか子も「公人としての」私を見ている。
政治家は「私人」ではない。
テレビのオンエアがなくなれば、自然に私の周辺の「サイバー犯罪」は消滅するだろうし、彼女たちも消えていくだろう。
「男が金儲けをするとはどういうことか?」を考えなければならない。
サラリーマンにはない「経験談」が政治家の書物にはあふれているのだ。
もしかしたら、彼女たちは、私が最後に泣きを入れて「ごめん、愛している」と電話をすることを待っているのかもしれないが、男は人を愛するほど弱くはない。
ごめん愛してる 最終回

コンドレセットは「数学者」として、しかし、「心に響く事務所」「フィルターバブル」としては、「社会算数」という方法をとって、郵政の問題と向き合っていた。
女の子は「男の子の数で数字を覚える」という幼児教育の拡散の研究から数学や「社会への情報の伝わり方」を見ていたのだ。
いじわるねダーリン おニャン子クラブ

「幼児たちはまるで主婦にとってのお金ではないか?」
1790年の論文でそのように記している。
Web2.0が広まるはるか昔の話だ。
フランス革命においては「女たちには投票させない方がいい」とされた。
幼児教育が政治フォーラムに入ってくるのが明らかであったからだ。
幼児、そして「男の子・女の子」を政治の世界に入れたくない連中が「郵政」を用いた。
マクリーンやヘウィットは1994年に「昔の人は大変だったな」と言って、通信規制の緩和というインターネット時代への突入を眺めていた。
おかあさんといっしょ、への支持を選挙に反映させてもいいのだろうか?
おかあさんといっしょ

子供にまで「世界の近さ」が教え込まれた。
あるいは「信頼できる大王」の存在まで教えられた。
人間の人生は「戦いではない」ということが幼児教育のコンセプトだった。
学生であることそのものが「偉い」とも教わった。
世の中のことがキャンパスに凝縮されているという意味でもあり、キャンパスで「仕事とは何か?」を学んでしまうのだ。
「必ずしも実力主義ではない」ということも学んだ。
18世紀の「数学」が向かったのは幼児教育であったし、フランス革命以降の「女性たちの支持」を求め始めたのだ。
いずれにせよ、郵政というものがなぜ生まれたのか?というものを考える上で、「幼児教育」というものは無視できないものであった。
「世界」「信頼できる大王」
それを体現する政治家がもっとも警戒されたのだ。
そもそも、18世紀には「運河が必要である」とされ、その資金源に「主婦層の支持」が求められた。
そのために、幼児教育に目をつけたのがコンドレセットだった。
1791年に「セックスの専門家」であったルイ16世がヴァレンヌに逃亡した。
ラファイエット将軍は、キャンプドマーズで指揮をとり、ルイ16世を攻撃した。
コンドレセットは、妻や娘とこの戦いを群衆の中から見物していたため罰金刑に処せられたが、フランス第一共和制の議員に選ばれている。
ルイ16世の「ギロチン」論争は、主婦を味方につけるのには「セックスの研究なのか?」あるいは「幼児教育の研究なのか?」が争点となったが、ルイ16世は敗北した。
みなみのしまのハメハメハ

マクリーンもヘウィットも「子供の教育無償化」はこの「幼児教育と婦人参政権」に資金源を見出した。
「代表なくして課税なし」ともいわれる問題となったのだ。
このことは、「女性は二等市民」という発想を切り替える必要性を生じさせるものだ。
「B層の心のつかみ方が分かった」
CDショップが「だんごあります」と書くほどの影響力をもったし、週末の出来事まで番狂わせが起きた。
だんご三兄弟

郵政民営化の奥義は「B層にある」といわれたことを誤解してはならない。
Web2.0の民間への開放のおかげで、私へのいじめは出雲大社やその他の民間人までが参加可能になったのだ。
小泉純一郎首相が「俺を殺したいやつは大勢いるんだろうな」ということの真の意図は「Web2.0の民間への開放」にあった。
ミニモニじゃんけんぴょん

「B層の支持さえ得ればいろんな物事が予言できる」
小泉純一郎はそう考えていた。
しかし、「B層の支持を得ることの難しさ」がだんだん明らかになってきたのだ。
「いつも、ファミリーのようにテレビに出ていなければならない」とも言われている。
しかも、ケインズは「テレビで貝殻をばら撒いて主婦層を買わなければならない」と考えていた。
劇場型政治が小泉によって繰り広げられた。
その忠実な弟子は安倍晋三ではなく、小野光太郎だったのかもしれない。
「言葉はお金だよ」
マルクスのように多くの女たちと話し、フロイトのように女心に詳しいものが「お金」とおなじ「言葉」をばら撒いたのだ。
「テレビから消えれば、Web2.0もやめるわ」
主婦層はそのように考えていた。
ファミリーのようにテレビに出ていて、お金をくれるから相手にしていたのだ。
DAPUMP USA

カール・ポパーは「なんで結婚したの?」と主婦層の研究をしたが、「彼氏と二人きりになって孤立したから」という答えが返ってきた。
そこで、B層にとって「お金」とは、「孤立から開放してくれるもの」であることが分かった。
幼児教育もその一環であったし、フロイトの「女心」も似たようなものだった。
しかし、「全米・世界標準」を示すことがなによりも日本の主婦層にウケた。
テレビで「ファミリーが」「アメリカに住ませてくれる」ことが大事だったのだ。
「娘の心が分かった」
それだけでも十分だった。
髪が長い・短い・巨乳・貧乳の見方すら分からなかったのだ。
しかし、B層は、けっこう気まぐれに「ファミリー」を選んでいたので、
Web2.0による「いじめ」が長期化することがむしろ異例なことであった。
影響力の証であったからだ。
政権としては、Web2.0の長期化は「なにも学ばない」「何をやってるんだ」という批判とともに、いつしか、「いじめの対象に命運を頼り切ってしまう」という現象が見られた。
つまり、ハーバーマスが考えたWeb2.0は「テレビ」「アメリカ」「女心」の発信とともに存在し、いじめられる側は「あんがい安全である」ということが指摘できる。
なによりも、アウグスティヌスのように「国民が愛し合う」ことに担税力を見出したり、デカルトのように「内省」に担税力を見出すことが、
Web2.0でいじめられている作家は「注目度が高いからコントロールが簡単」という側面があり、税収見通しは極めてよくなった。
B層に「ウケる」話は特に「アメリカ」「女心」を前面に押し出していたので、税収見通しとも相性が良かったのだ。
さらには「鉄・自動車・通信がどのように国民の恋愛につながるか」という経済発展の原理まで発信できたのならば、東大出身者としては「やるべきことは全部やった」ということも可能である。
議院内閣制のもとでは「政権の側がイエスキリストの死を望んでいない」とも言われ、王室の都合だけで磔にしても、イエスの死にはつながらない。
多くの、女性たちや王室の母が「イエスキリストの死」を待っていても、この国は、単なる君主制でも大統領制でもない。
政権という助け舟がイエスキリストにはあるのだ。
郵政民営化といっても「文化の全米並み」という結論を引き出すことにつながり、ブッシュと小泉の「日本国内需拡大」という政権公約とも関わるものであり、美智子さまにはもはや「何もできることはない」状態だったのだ。
たとえば、韓国の憲法は「結果の平等」と「均衡の取れた発展」の二つを標榜しているが、「機会の平等」というものそのものが「アメリカに詳しい男が序列が上である」ということを意味している。
いざ、機会の平等を実行してみると文鮮明は「もはや洗脳」という評価を受け、韓国憲法の「結果の平等」というものは、世界統一家庭連合とは整合性の取れないものとなった。
日本国の「機会の平等」は、必ずしも前面に押し出したものではないが、「アメリカへのアクセス」を求めたものだ。
憲法のいち側面に過ぎないために「洗脳」であるとも考えられていない。
イエスキリスト待望論が「機会の平等」であり、キリスト教的な考え方なのだ。
「王の息子でなくてもいい。才能に対してオープンである」
このことは、世襲制を否定するものであり、二世議員などが多くいる日本の永田町は「どれほどアメリカに疎いのか?」を示している。
勝たなければ自信はつかないとも言われ、「日蓮が不思議」のように勝ち続けることによって覇権国家とはどのようなものかが自ずから決まる。
親切にも「世界大学ランキング」というものも公表されているだろう。
東大コンプレックスを持っているうちは「国家社会主義」の立場には立てないし、覇権国家の水準を知ることもない。
前島密は郵政から「グローバル化」を始めただろう。郵政は常にグローバル化を見据えている。
一億のスマイル 酒井法子

私を攻撃した発信源は、美智子(浦賀の川口さん)と、明仁(津久井浜の大友由一)である(私への殺害命令も何度か出している)が、他にも、横須賀の小豆沢が常に背中に痛みを与え、横須賀の相澤祐一がお金を盗み、三浦市葉山の千田豪がそれらのいじめを煽るなど、個人を特定できることは一定程度可能である。
横浜市港南区日限山3丁目の貝和智というおばさんは、山谷えり子などとともに私の株式を横領売却していたようだ。
明確な犯罪も混在しながら成立しているのがWeb2.0なのだ。

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