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2018年12月14日 (金)

天皇家の真実。

小野家系図。
そもそも、私は小野鐵之助の三男の重五郎の長男として生を授かりましたが、曽祖父の達郎が、野口英世として、あるいは別のペンネームを和辻哲郎として知られた医者・哲学者でありました。
このことは「万葉集を一人で書いた人物である」ことから裏付けを取りました。
百人一首を全部暗記していて、「上の句を詠んだだけで目をつぶって足で札を取るおじさん」として知られていたのです。
このことから「小野達郎=大正天皇」という発想が生まれました。
すると、その長男の鐵之助は昭和天皇であるということはすんなりと導き出されます。
鐵之助は広島県尾道市で産婦人科医をやっていました。
長女に佐紀子というのがいて、これが現在の「皇后美智子」となっています。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか?
答えはアレキサンダー大王にまで遡らなければなりません。
「お金さえ出してくれればどんな映像もテレビで作り出せる」
このことをアレキサンダー大王はペルシャやインドにまで持ち込んでいます。
それを日本に持ち込んだのが空海なのか日蓮なのかは明らかではありません。
しかし、日本のメディア論を知る上で「お金さえ出せばどんな映像でも作ってくれる」というメディア論を理解しなければとんでもない「エラー」をやらかしかねません。
佐紀子は、すでに没したことになっていますが、近藤という政治家に嫁いで、自分に投票しなかったものを部落民と呼ぶ土地柄に身を置きました。
部落民の中から養子を取る習慣があったようです。
養子にとったものたちを屋敷に集めていたのです。
1990年に私が東大文一に合格し、1992年には力士・佐田の山が天皇として「くにつくりのおはなし」を確立させ、皇統譜というものを明らかにしています。
そこには天皇と皇后がいて、長男に徳仁親王(徳島登氏)がいて、次男に文仁親王(阿部洋氏)がいて、三人目の娘さんとして清子内親王がいました。
佐紀子(美智子皇后)は、鐵之助の妻の道子の力を背景に活動していたのです。
松田聖子や志村けんの実母でもあります。
アレキサンダー大王とメディア論を理解しないとなかなか「皇室とは何か?」が見えてこないのです。
皇族というものは「佐紀子が養子にとった部落民である」ということを冷静に見抜かなければなりません。
政官要覧にも「国家統治に責任を負うもの」として天皇家のメンバーの名前は掲載されておらず、これが佐紀子の限界だったのだろうと考えられます。
佐紀子と近藤家の関係は明らかですが、天皇である元力士・佐田の山の関係は明らかではありません。
すべて「メディアのなせる技」としか言いようがないのです。
画家の高橋朋子は鐵之助の四女です。
画家・高橋朋子。


子供だって人間である。しかし、仲間作りを苦手としていて、巨大組織を率いる子供などいない。
男の子にはおちんちんがあり、周囲には成長していく女の子もいる。
しかし、「大人に許されていること」が子供には許されていない。
痴話喧嘩の裁判を苦手とするために、シャイになる男の子もいるし、選挙権もない。
これらの能力がないのならば軍務につく必要もない。
しかし、身体能力は年寄りをはるかにしのぐ。
「子供の喧嘩に大人が出て行くな」と言われるが、私の祖母(遊佐道子)は独自の方法で「子供の喧嘩」に介入してきた。
1989年に「国連世界子供資金会議」というものが開かれた時に、それは露骨になった。
「子供の個性のある振る舞いを歌にしていい」(12条)
などが記されたため、遊佐道子は最先端の手法を私に取り入れたのだ。
酒井法子 秘密のガーデン

この時、「子供」とは18歳以下のことを言うとされ、大学入試でも現役ならば「歌で応援してもいい」ことになった。
遊佐道子は、国連の会議に出席する資格があったため、それを実践した。
酒井法子 エアメール

なにしろ「絵になる子供」をお金を用いて「詩」にすると、税金を納めることにつながり、国も文句がなかったのだ。
そのために「お金に満ちた子供」は浪費癖もなく生み出すことが可能となった。
実父が息子を詩にすることはないだろう(神は死んだ)。
そのため、「おばあちゃん」としてやるべきことを遊佐道子は見つけたのだ。
私は、道子が作ったCDを五枚程度、書斎に持ち込んで勉強した。
東大文一には一年8ヶ月の勉強で合格している。
しかし、「子供の喧嘩に大人が介入した」のは認めざるを得ない。

1989年の東大入試は、私は事実上の「飛び級」で受験したため、
泡を食った母方の祖母・小野元(はじめ)も曲を作った。
この時に私に「大人たちの喧嘩」が介入し始めたのだ。
1990年に文一12位合格という記録が残った。
Wink 涙を見せないで

「大人たちの喧嘩」も、18歳以下の子供にとっては、あんがい紳士的なものであり、「女をもてあそんではならない」というあたりに公約数的見解が見られる。
なにしろ「一回三万円」などというセックスとは距離を置かないと、子供の側が「値崩れ」を引き起こしかねないからであろう。
もうすぐの予感 酒井法子

国立大学には裏口入学はない。
しかし、音楽作品を作って税金を納める、というのは大人たちのフェアな喧嘩だった。
とにかく、私も東大に入って「みんな童貞なのが当たり前」だったのが印象的だった。
Wink 淋しい熱帯魚

子供に現金を与えると「悪い遊びに使う」ということと、それでも「お金に満ちた子供にしたい」というおばあちゃんの思いがあり、さらに「サヴァイヴ」つまり「死んでも私のことを覚えておいてもらいたい」という女としても考えが音楽作品に表現されたのだ。
真夜中のエンジェル Wink

18歳以下の「子供」を詩のモチーフにするメリットは果たしてあるのだろうか?
すくなくとも、子供はお金を持っていない。
1989年の「会議」以前は、しきりに裏口入学が模索された。
しかし、子供に現金を与えることは、子供がスポイルされてしまうという問題点があったのだ。
そこで、「歌謡曲のモデル」「納税」という方向性が定まった。
父や叔父・弟は「男」をモデルにした作品がガンガン流れることが面白くはないだろう。
(三位一体)
三位一体が真理であるのならば、「詩を作ってくれ」とレコード会社と掛け合うのは「おばあちゃん」しかいない。
1989年の、留学経験のある事実上の飛び級東大受験を経験した私は、その後、特待生で予備校に入ったが、大人たちの喧嘩が展開され、秋には模試で「合格可能性80%」という数字を出し、異様な雰囲気で受験を迎えている。
この時、不合格だったら次はないとすら思った。
Wink セクシーミュージック

子供には意外と「個性」というものがないとされている。
なんだかんだ言って「大人たちの導き」にしたがっているのだ。
そこに介入するのも「大人たちの喧嘩」だとされる。
幕府側(酒井法子)と朝廷側(Wink)のどちらに影響されたかというと幕府側だといわざるを得ない。
朝廷側の方が「髪の長い美女」に満ちているし、現代では主流となっている。
十代の子供が書く答案に「個性」など必要ないともされる。
「正確性」が求められ、大人たちの喧嘩を眺めていたほうが楽しいという人もいた。
Wink ニュームーンに逢いましょう

「医者一人育てるのに五千万円かかる」「国立大学医学部に受かるのは宝くじに当選するのと同じ」と言われるように、本来は「よきサマリア人」つまり、東大理Ⅲでこのようなことが想定されていた。
子供が「強烈な義務感」を身につけるであろうことは事実であり、
私も、父が「俺、こんなに勉強したかな?」と首を傾げるほど大学に入ってもよく勉強した。
お金のかかった子供が「自分は特別だ」として傲慢になってしまい、友達をなくすこともある。
ときには「家族のメンバー」として家族が受け入れるのも困難になる。
必要なのは「大学を大事にすること」「大学を体現するほど大学が発信する情報に通じること」であり、私は法学教室やジュリストを愛読した。
おばあちゃんが考えていたような「医者を育てる」という発想をもとに展開されたことであったが、医学に興味を持つようになったのはおばあちゃんが亡くなってからであったし、医師免許もない。
このようにして「家族のメンバーでもっとも重たいものを背負った人間」として、大学に入ったからと言って彼女も作らない「理Ⅲ・文Ⅰ」男は生まれた。
女性差別・朝鮮人差別にも疎く、おばあちゃんとしても「かなり長い目で」子供を見ていかなければならない。
同じ人間として、お金をかけた子供に「裏切られた」という思いを抱くこともあるだろう。
Wink 背徳のシナリオ

いずれにせよ、大学受験がどれほどおばあちゃんにとって大きなイベントであるのかを知る必要がある。
そのあとは、淡々とした研究生活が続いていく。
あれほど、英雄扱いした「子供」だったのに、研究生活においては「人生の後輩」として位置づけられることになる。
そのため、「大学の講義」「大学とのご縁」を大事にしないのであれば致命的な悪影響を人生に与えることになる。
Wink 私たちらしいルール

しかし、一度このような「お金のかかった子供」としての経験をすると、それは、おばあちゃんには敵わないまでも、他の子供に比べると「晩成型でありながらかなり多くの物事に精通した」大人になるとされる。
それほど、周囲の同級生は鈍さを見せることがあったのだ。
語学の才能からして根本的に異なった。
おばあちゃんも、晩年を「才能のある若者」とともにあんがい楽しく暮らしていた。
Wink エンジェルラブストーリー

青春時代の「薄さ」と、大学人としての「厚さ」が、大人になって「仲間の多さ」につながった。
つまりは「お金持ち」になることになった。
その「儲けたお金」をソープランドに用いるほど女にも困っていなかった。
「大学人であること」からこのようなことになったが、そもそも、おばあちゃんも「曲を作った」と言っても、「お金を払った」というだけに過ぎないことが分かる。
なにしろ、音楽作品のクオリティはあまりにも高く、大学人としての見識とほとんど変らないものがあったのだ。
Wink マイティマイティラブ

大学人として、東京大学の情報をこよなく愛したら、「次」のブレイクまで時間はかからなかった。
ボクシングのマジソンスクエアガーデンでのビッグイベントの盛り上げ役をやって、28歳で「カリスマ」と呼ばれた。
このとき、おばあちゃんの家にふたたび招かれたが、おばあちゃんは熱心に真言宗の仏壇に手を当てていた。
周囲は「仏壇の威力」を知る由もなかった。
Wink スカーレットの約束

現在、私はスタンフォード大学に軸足を移し、熱心に学んでいる。

そもそも、酒井法子さんが「ホワイトガールで楽になった」と語っているように、大学受験というのは「大人たちが鬼気迫るもの」となるために、入学以前と入学以降はこれほどまでに雰囲気が違うものなのである。
酒井法子 100%の雨が降る

子供は高校までは、「大学に入るための指針」を教わるが、それはあくまでも「学校知」であり、大学に入ってようやく「大人と肩を並べる研究」を行うようになる。
当然、「子供が大学に入った親」もモテるようになる。
11歳や12歳以前は「子供の存在により親がモテるようになる」ことはほとんど想定されていない。
中学受験あたりが「親としてのデビュー」となるのだ。
6歳児「お父さん。この世界のすべては夢なのかな?」
5歳児「寝ている間に時計は二周していないのかな?」
4歳児「飛行機に乗るとおしっこしたくなる」
なぜ、子供が11歳や12歳になると「親がモテる」ようになるのだろうか?
「歌謡曲を歌い始めるのだ」
失恋の悲しみを知った時に「親が子供の喧嘩に介入」できるようになる。
8歳から11歳の間に「テレビのチャンネル権争い」からこれを学習するとされている。
優しさに帰れない CoCo

8歳から10歳までは「2対1のスプリットディシジョン」に泣くだけだが、10歳から11歳までは「なぜそのチャンネルが見たいのか?」を30分間話し合うようになる。
歳の近い子供同士でチャンネル権争いをさせるだけでもかなりの「戦術」を学ぶとされる。
どんな議論をさせても最後は「神」(全能)の話になり、チャンネル謙を委ねるのは「セックスを知っているお父さんやお母さん」となるのだ。
セックスを知るとは偉大なものだという発想が根付く。
冬の微粒子 CoCo

この、数人のチャンネル権争いを「教室」にまで拡大させたのが小学校である。
「国語、算数、理科、社会」
この世界に争いを拡大させたのだ。
「成績がよければ家庭内での立場が違う」
これが基本となる。
このような「子供の喧嘩」に大人が介入できるようになる、あるいは「大人と肩を並べる研究をするようになる」頃には、親もテレビを二台も三台も買えるようになる。
テレビというものはこのようにして、子供に影響を与え、時には「自分のことを歌っている曲」を目にすることもある。
おニャン子クラブ メリークリスマスフォーユー

私の母方の祖母・小野元(はじめ)は、私が23歳(1994年)の時に再会しているが、私は心を病んでいた時期であり、それでも「復活」を予言して「あのご病気いかが?」と揶揄している。
年寄りの貫禄ということが可能だ。
結婚しようね Wink

情報というものは「経験論」から始まっている。
なにがウケて、なにがウケないのかはまるで、人々は恐る恐る凍りついた坂道を歩くように探ってきたのだ。
冬の微粒子 CoCo

そのあと、イエスキリストに立ち返り、「あなたは女として最高の存在だ」という言葉に集約されるような、「女が泣き出す情報」(涙=媚薬)へと研究は進んだ。
ときにはコンピューターも使ったが、あくまでも「大勢の女たち」を研究対象とした。
千年の媚薬 CoCo

これが分かれば、政治学が分かる。
丸山システムなり小野システムをノートにまとめて「女の子に話してみる」こと、そして「決して負けないこと」を確認するのが「情報学」となるのだ。
ノートをまとめるにあたって、常に自分の「おちんちん」の動きに敏感にならなければならない。
男にも「痛みを感じる側面」(女性的側面)があるからである。
女子たちの支持が根強ければ「不確実性」は確実に減っていく。
どのみち、「情報」というものはエントロピー(log)にかけられてわけが分からなくなるものだ。
そこで、本やブログを書いて「拡散」させる必要がある。
あるいは「θ」(角度)をなくして「時事問題」を冷静に見ていく必要もある。
主婦層にバカウケすると磐石な基盤になるとも言われる。
そして、人々は常に「セックス」に関心があることも知らないといけない。
これらのことが分かってくると、女が「落とし穴」(ハニートラップ)と化すことも分かってくる。
女に不自由しないことが必要であるし、子供にも「男の子」「女の子」がいることを知る。
ハートのイヤリング 松田聖子

ノートが膨大な量になってくると、まるでスマホやパソコンの操作方法を電話で聞くようなマニュアル的対応でも、女にとっては「わけが分からない」世界となってくるのでマニュアル的対応が哲学の仕事となった。
複雑すぎるのだ。
イワンは「クレムリン広場の群衆の中に放置しておいても自分だけ生き残る奴」と言われたが、周囲の女性たちの支持を着実に取り付けるという意味だ(カラマーゾフの兄弟)。
「哲学の知識だって情報だ」と言ったのは1967年のエドワーズ百科事典である。
やがて、略奪愛の存在や、「全能の神」(税収)が上がるのが確認できる。
男を奪われた女が「美しく」なることも街で確認できる。
次男三男の嫁は楽だとか、長男の嫁は辛いとか、いろんなことを確認した。
次男三男は一生、頭が悪いことも分かってきた。
自分のおちんちんにいちばん素直にノートが書けるのは長男だったのだ。
処女(十字架蛇説)か、非処女(十字架は縄である)かを問わず、髪の長い女に「19歳になったらポルシェをあげる」という政策を採ったとする。
なにしろ、女の声は、ギターの弦の真ん中を押さえるように「いちオクターブ高い」のだ。
父としては、娘がポルシェに乗ることは、娘のセックスを容認することを意味する。
なにしろ「男が車目当てで近づいてくる」からだ。
とにかく、男としては「歩くなり運動するなりして」体を鍛えるしかない。
女の声が、ギターの一番下の弦の真ん中を押さえるようにいちオクターブ高い。
CoCo ムーンライトエクスプレス

それだけで「処女の証明」とするしかないではないか?
十字架蛇説やカトリックはそのような「割り切り」を行ったのだ。
大学一年生は大人の仲間入りをするが、「おちんちんと計算」以外すべて白紙(タブララサ)なのだ。
政治学を学ぶ才能に満ち溢れている。
教育というのは「勉強すれば女の子にモテる」ということを背景に行われるが、政治学は「研究」つまり、学んだことを直接女の子に話す、というものであり、成績を出すものではない。
大人へのゲートウェイ(大学入試)をくぐったら、あとは、女の子のポルシェ目当てに男は政治学を学ぶしかないだろう。
日銀の「イングランド銀行の金塊」は、日本国の政治学を発展させる。
瀬能あづさ ふたつにひとつ

東大生なら誰でも(ポルシェに)乗せる女というのは確実にいる。
しかし、そこからが「政治学のビッグバン」の始まりであろう。
政治家に東大法学部卒が多いというのは、言い伝えでもあったが、今後は現実に影響力が変ってくるだろう。
見た目良し、頭良し、それが東大法学部の学生だった。
広瀬香美 ロマンスの神様

男の「値踏み」なんてものは「女にやらせる」しかないだろう。
経験不足な男、政治音痴な男は女に判断させるのだ。
どんな「強者」にも動じないのは丸山システムなのか小野システムなのかの判断は男たちに委ねよう。

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