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Foreign Affairs

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2018年8月22日 (水)

因果関係。

安倍晋三49%、石破茂16%、石破茂は小泉進次郎の19%すら下回る。
これが9月の総裁選の予測である。
どうやったら石破茂は番狂わせを起こせるのだろうか?
Qlair 君住む街。

答えは「死」という無限にしか答えはない。
番狂わせの背景にはいつも「死」という無尽蔵の富があった。
安倍晋三を「殺す」ことは勝利にはつながらない。
自分の破滅にもつながるからである。
「他人の死を待つのも作戦ですよ?」そんなたわごとは皇太子徳仁だけに言わせておけ。
自分がひたすら「死とは何か?」を探求する以外に番狂わせを起こす方法はない。
安倍晋三に「知性」で負けた時に、彼女(吉澤ひとみ)が部屋から去っていくのがわかった。
石破茂はこの時に「自衛官がどんな時に死を覚悟するのか?」を知った。
中森明菜 リフレイン。

人が死んで勝つことほど簡単なことはない。
小野光太郎は、三笠宮が死んだ時も池田大作が死んだ時もそう思った。
「これでは俺が伸びないんだよな」
他の男に知性で負けて、彼女が部屋を去っていく、このリフレイン(カサブランカ)を理解すること以外に番狂わせの理由はない。
小野光太郎は常に勝ち続けていたので、知性で皇太子徳仁や秋篠宮文仁に負けることはなかった。
戦いは「常に優位」にあった。
もし、皇太子徳仁や秋篠宮文仁が「カサブランカ」(リフレイン)の問題と真摯に向き合い、その心情を吐露するのであれば接戦になったであろう。
しかし、彼らは死と向き合ってはいなかった。
「小野光太郎が死んでくれればいいのに」
そんな連中だったのだ。
さて、自由民主党総裁選であるが、石破茂は安倍晋三の三分の一しか支持を得ていない。
それでも一騎打ちになるだろう。
「恥ずかしくないようにボロ負けしよう」と考えるのならば何の波乱もない総裁選になる。
しかし、石破が「死とどのように向き合ったのか」を明らかにしたら局面はガラリと変わる。
もう一度キスしたかった Bz.

安倍晋三の死を望むのではなく、自分の死と向き合うこと、これをやらないと「勝負から逃げる」ことになる。
終始劣勢であること、それは自分が世論から憎まれていることを日々、マスコミが報じることを意味した。
支持率が伸びないのは「人気がない」からではない。
「世論から憎まれている」からである。
それでも、メディアに数字を出させるということは「勝負に出た」ということである。
あとは、世論から憎まれて、テレビで見るよりはるかに可愛い吉澤ひとみが自分の元を去っていく心境を歌にする以外に接戦に持ち込む方法はない。
Bz alone.

安倍晋三は金閣寺である。しかし、三島由紀夫は「金閣寺」において、「時代の陰にある銀閣寺」を描いていた。
そこには常に「死と向き合う男たち」の姿があったし、その本を書き上げた後に自衛隊の市ヶ谷駐屯地に向かった。
「クーデターが成功する公算がある」
佐藤栄作首相は大混乱に陥った。
世界を敵に回して、その心情をより内向きに探求し、表現する、外国人女性観光客は金閣寺には目もくれずに銀閣寺を見に来た。
そこには、第二次世界大戦の戦没者のサビがあったのだ。
B'zに熱狂する日本人女すら知らないことをアメリカ人女性は知っており、哲学の小道を歩いて銀閣寺を目指した。
愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない。

時代の寵児は各業界に一人しかいない。
しかし、いろんな世界に「銀閣寺」の支持者はいるのだ。
世界を敵に回すのは「弱い」からだと公然と言われる男たちは確実にいる。
経営者と従業員の関係にも似た構図が世の中には無数にある。
その「従業員」(銀閣寺)あるいは自衛官の心境を理解しないものは指導者にはなれないだろう。
「信用できる男かどうか」だけを見られているのであれば、知性などあまり問題ではないこともわかる。
加計だ森友だ、野党と同じことは言わないことだ。
野党の「なんでもあり」とは異なる戦いが自由民主党内で「より内向きに」展開されているのだ。
大きく水をあけられて「なんでもあり」の道を選択するのならば皇太子徳仁や秋篠宮文仁みたいな惨めな負け犬にしかなれない。
時代の寵児の死を願っているうちは「金閣寺の放火魔」となんら変わり映えはしない。
三島由紀夫ほど銀閣寺を、そして自衛隊を愛した男はいない。
結果無価値論(女たちの考え)は、一般人が接戦を予測できることを因果関係とし、より男らしさを男に求めた。
CoCoの「夢もの」なんて女々しくて聞いてられないわ。
CoCo 夏空のDreamer.

本当に愛される「カップル」というものは「男が敗北を知っている」ものではないだろうか。
男は世界から憎まれ、女が部屋を去ろうかと思うようなカップルなのではないだろうか。
批判されるカップルの絆はあんがい強いものだ。
男の側が「何か普通ではないもの」に挑戦しているからだろう。
しかし、政治力で劣勢に立たされるということは「女心を知らない」ということであり、石破茂は吉澤ひとみと喧嘩ばかりしているのではないだろうか?
「アニメの何が面白いんだ?」
石破は吉澤に聞いた。
「女心ってのはアニメみたいにバカバカしいの、男に聞かなければ自分の気持ちも分からない」
そう吉澤は答えた。
男社会で石破が安倍にかなわない部分があるとするならば「女心はアニメでできている」ということに疎かったということだろう。
SPEED Deep blue & truth.

なぜ、世論に憎まれたのだろうか?
それは、アニメを理解しなかったからであり、しかも、女性にも参政権があったからである。
アニメの主人公の男の子はイエスキリストの養子であった。
しかし、ルパン三世にせよガンダムにせよ「湾岸戦争にまったく太刀打ちできなかった」ではないか?
たまに男が「イエスキリストの養子」と重なって見えればいい。
本当にアニメの主人公のような視野の狭い男がいたらおそらく頭が悪いと思う、吉澤はそう思っていた。
最新アニメPV.

哲学を勉強すると何が変わるか?
それは「多くの男たちが失恋して、好きな女を独り占めできる」ということだよ。
勉強ができる奴は哲学と親しみやすく、オシャレになっていくんだ。
石破茂は、どの女とでも話す気さくな男ではなかった。
女で失恋し、勉強で負け、いじめられ、健康を害する。
この四つは「痛みという意味では失恋と同じ」とされ、どれか一つを経験すれば「人生の一通りのことは知った」ということができた。
女を寝取られることは、受験の不合格、いじめられること、病気になることと同じ痛みであり、エリートは同窓会でいじめられて政治家になるし、有名になると周囲からの眼差しが気になって病気になる。
すべての痛みを経験したら「国士無双」だよ。
だから、吉澤ひとみは石破茂に懐いていた。
「痛みを知っているおじさん」に懐いていたのだろう。
快適な環境に身を置きたいと考える女にとっては非常に癒されるおじさんだった。
おじさん東大?何か話して?
小野光太郎は「期待されていないことができないのが女らしさだ」と同じ病棟で発言したので、吉澤ひとみが2度と近寄ることはなかった。
吉澤ひとみにとっては「女心をまるで知らない男が気持ちいい」という思いがあったために、石破茂に懐いたのであろう。
「期待されていないことができないというのが女らしさだ」
この発言を聞いて、吉澤ひとみは転院してしまった。
石破茂というまるで「女心」を知らない男がいなくなるだろうと予感したのだ。
「勉強ができる人が何をやるのか?」
それは「女心を知る」ということだよ。
Bz 今夜月の見える丘に。

ライヘンバッハは、常に「その国の時代の発言者は一人」であることを気にかけていた。
Bzに共感を覚える人が「常に多数派」だとしたのだ。
ジャニーズ帝国(安倍晋三)すら怯えさせたのがスタンフォード大学であり、小野光太郎であった。
小野光太郎は、決して石破茂に大命を下したわけではなかった。
時代の発信源として「石破茂とは何者か?」を語ったのだ。
「台風を撃退できる」
「タイムマシーンが作れる」
「日本人はアラブ人の祖先」
「女の人生の体系化」
などを行なったスタンフォード大学(小野光太郎)は、ジャニーズ帝国を震え上がらせ、今回は安倍晋三に「総裁選が終わるまで家にいてくれ」と言われている。
もし私が石破茂と組んだら、安倍晋三は屍となるだろう。
しかし、私は石破茂は「近所でよく見かけるおじさん」としか思っておらず、また、石破茂からの連絡もない。
今回は「吉澤ひとみが懐いていたおじさん」としての石破茂を語らせていただいた。
この国は「独裁者を嫌っている」「カリスマいらね」という本音を持っていることを理解しなければならない。
しかし、9月20日の自民党総裁選は、石破茂が安倍晋三を「刺す」可能性があることも指摘しておきたい。



Aが小野光太郎で、Bが安倍晋三で、Cが石破茂となっている。
Bz チャンプ。

「悪」とは人気のあるものだ。
なぜなら「攻略法」が明確だからである。
「勉強悪」と「孤立悪」の二つがある。
勉強不足の悪は、「神に祈れば攻略できる」ものだ。
全知全能の「先生」の導きによってどうにでもなるのが「勉強不足の悪」(勉強悪)である。
しかし、殺人などの「世界から孤立してしまう悪」(孤立悪)は扱いが難しいね。
「俺は少年院上がりだ」などと言ってのちに多数派工作に利用されたりするからだ。
政治の世界では「政策」で攻めるか「政局カン」で攻めるかの違いが見られる。
加計だ森友だという「孤立悪」が多数派工作に利用されることもある。
なんのために勉強してきたんだという「巨悪」も存在する。
9・11テロ フォーリングマン。

一方で、「勉強さえできればなんでも許される」という発想も存在する。
ヴァンパイヤや、狼男のような「サタンの所有物」は、「勉強がずば抜けている男」に浴びせられた「孤立悪」の指摘であり、その批判はなんら有効ではない。
サタン崇拝とは「王位継承崇拝」であり、その「勉強さえできればいい」という発想に傾きがちな男は、のちにヴァンパイヤや狼男と呼ばれている。
「孤立悪」の扱いの難しさはここにある。
イラン・イラク・北朝鮮をジョージ・W・ブッシュは「悪の枢軸」と呼んだが、北朝鮮は自らの影響力を楽しみ始めただろう。
勤勉な彼らにとって「俺らは狼男っすか?」という思いがあり、勉強だけの日々に希望が見えたのだ。
母国語の朝鮮語だけでなく、日本語や英語を学ぶ彼らの姿勢は、日本人からは「狼男」「孤立悪」などの噂で満たされるようになっていた。
孤立悪の噂はなんら有効ではない。周囲がビビってしまうだけだ。
在日朝鮮人が朝鮮人のアイデンティティを捨てられない理由もこの辺りにある。
【女は彼氏と付き合っていくたびに、彼氏が子供に興味を持ってくれるのかな?家庭に縛られるのかな?と追い詰められていく】
BoA Is this love?

ニーチェは「善悪の彼岸」において「悪は伝説につながりやすい」としている。
背景には「勉強がずば抜けている」ことへの嫉妬や怒り、憎しみがあるとし、ニーチェ自身はヴァンパイヤと呼ばれていた。
「暗闇の王子」を周囲は「いじめてもいい奴」と判断したためにニーチェは「勉強がずば抜けている」ことが果たしていいことなのかが分からなくなっていた。
カントも「狼男」と呼ばれるほど勉強がずば抜けていたが、周囲の「自己愛」が団結に向かうのを観測した。
何も悪いことをしていないのに、勉強がずば抜けているだけで「孤立悪」の噂を立てられることをアウグスティヌスは「告白」から知り、ローマ帝国は「中世」を迎えている。
デカルトが「アウトローっぽい男への恋」というモデルを提示するまでヨーロッパ中世は続いた。
うしろゆびさされ組。

駿台模試一位の鬼塚とか、悪の噂とは案外、そのようなものだった。
エルサレムのアイヒマンなどの「巨悪」もナチスドイツの勉強エリートがそのような噂になっており、ユダヤ虐殺とイメージが重なるように映像が作られた。
「勉強がずば抜けている男」が「間違った行い」と噂が結びつきやすいのは事実だった。
「孤立悪」の噂はたしかに孤立しやすかった。
そのために、勉強の世界は「女の子にモテる話」の研究に向かうのは当然だったのだ。
壮大な「悪の扉」を開くことは、何かのとてつもない目的を持つことを意味した。
しかし、学問の行き着く先は「女の子にモテる」ということだったのだ。
女の子にモテれば、子どもの命も最優先に助けてもらえるし、奥さんの洋服も綺麗になる。
このようにして、カントは「狼男やヴァンパイヤの時代」からの決別を図った。
いじめっ子にエイズの烙印を押したのもカントだったし、学問を「女の子にモテる」方向に向かわせたのもカントだった。
勉強もしないでイエスキリストになろうとする者を「サイコパス」と呼び、「時代の学問に恵まれなかった者」としてマクノートンルールと呼ばれ、救済が図られた。
本物の「駿台模試一位の鬼塚」に憧れるチンピラはその行動原理からマクノートンルールの対象とされた。
夏の扉 松田聖子。

何が「悪い行いなのか」という側面だけを真似するチンピラがいるのであればマクノートンルールの対象だ。
偏差値だけの世界でどのような争いが展開されたのかを、「追体験」することは賢くなるための秘訣でもあった。
中には「コンピューター」に憧れるものもいた。
お金を払って女遊びをして「頭が良くなったふり」をする人もいた。
すべて「カントやニーチェのモノマネ」であり、それはそれでマクノートンルールが成立しているのだ。

「スポンサーを探す企業」である電通は、社員が哲学を研究して、多くの人脈を作り、ファイナンスをするのが一流の「電通マン」であるが、組織の「奴隷的扱い」などがとりわけクローズアップされ、国内最初の「ブラック企業」となっている。
背景には「どうやってスポンサーを探すの?」という問題が庶民には理解できなかったことが指摘できる。

ヴァンパイヤや狼男が女たちを口説くのが上手い、女心を知っている、男らしい、仲間が大勢いる、敵の少ないセックスをさせたくない、搾取されたくない、これだけで周囲は「間接統治」と呼んで差別を行なった。
その集団が「学問を好む」のであれば、しかも、自分たちがついていけないのであれば、ヴァンパイヤや狼男と呼んで知的弱者は社会に「己の弱さ」を自己紹介するだろう。
南の島はカントで満ち溢れていて、羨ましい。
これだけで、家庭に縛り付けられた男女たちは「信託統治理事会」を作ってカントを世界から殲滅しようとした。
南の島には「無料キャバクラ」のような有様が蔓延しており、「社会の文脈が異なる」として、同じ人間としては扱っていなかった。
差別とは「勉強のしすぎ」が温床となっている。
「朝から晩まで勉強している」
このことと向き合うのが差別であり、「実らないうちに刈り取っておこう」というものだ。
実ったのならばみんなが「間抜けな面」を晒すのが分かっていた。
散々、狼男だヴァンパイヤだの言っていたのに、学が実ったら、世界は敵に回すわ、職は失うわ、それだけが怖くて「朝から晩まで勉強している人」を磔にした。
Qlair 秋の貝殻。

学が実らないうちは「直接」とも呼べる統治が可能であったが、女たちにモテたり、仲間が大勢できたら、周囲は「間接」統治と用語を切り替えていた。
しかし、ブラウン対ボードオブエデュケーションは、国立大学はすべての高校の内申書を同じ扱いをする、とし、「朝から晩まで勉強する高校生」を「すべての高校に」生み出すことを選択した。
様々な地域、様々なレベルの高校にイエスキリストが誕生した。
勉強することが、うまく「女の子たちの支持」につながらなければならない。
絶対解ける問題 松浦亜弥。

ローマ人ジプシーは、歌を歌うだけでなかなか学問が進まない連中のことを言った。
ジムクロウ(フリーセックス容認)の時代になって、その「歌の意味」が分かるようになった。
ローマ進軍が、フリーセックスの広まりを背景にムッソリーニによって行われた。
詩の解釈をムッソリーニは新聞によって行なっていたのだ。
「カエサルのものはカエサルに」
そのようにして、ローマの休日においては登場人物のセリフは「すべて詩によって」作られた。
直接統治(直接差別)を受けたのは、学問が未成熟なオタクだったのだ。
間接統治(間接差別)を受けたのは、オタクカルチャーをよりメジャー化した連中だった。
ローマの休日は、その「メジャーな」男たちとお姫さまを描いていたが、ローマの「一部の統治者」だけが知識を独占しているとして、「シチリア島マフィア」などという悪いイメージが世界に配信された。
間接統治(間接差別)は、一部の統治エリートに対して「ユングも知らない盲目な庶民」が行なった。
直接か間接かは「セックスをする」「個性に注目する」「宗教に守られていない」という長続きしない愛という評論を理解しているかどうかの違いでもあり、それを知っていて自分だけが「愛」を謳歌する者へは間接統治が行われた。
インディゴブルーラブ モーニング娘。

自分たちはすでに離婚していたり、冷めきった貧しい暮らしをしていたからだろう。
間接統治(間接差別)とは、庶民が統治者を見張るものであり、半代表制とどのように違うのかは明らかではない。
どの国民が国の知的空間を作ってもいいという純粋代表制に対して、統治者を見張るという半代表制が対置される。
半代表制の対象になるものは常に純粋代表制の支配者であった。
「私の学校の雰囲気はそんなに知的ではなかった」などの理由が半代表制にはあった。
学歴の階層化が半代表制の背景にある。
「成績がいい」だけの鬼塚ならば「間違い」はたくさん見つかる。
要するに「チンピラ風情」として描かれた。
しかし、女の子にモテるようになる講義を行なっている大学なり組織なりで成功するようになると「学閥」という形で半代表制が機能するようになる。
半代表制、つまり間接統治(間接差別)は学歴とともにあることになる。
しかも、のちの人生を考えると「入試問題の難易度」でその階層は決まっている。
直接統治(直接差別)は、近所の奥様方の激しい戦いであるが、間接統治(間接差別)は、学閥という「グループ」を作ることで回避できる。
「東大閥きらい?」
そのようにしてモテるようになった男たちは果たして半代表制が機能しているのか分からないという学閥を形成した。
官僚は純粋代表制を機能させる者もいるかもしれないが、学閥を形成することで半代表制からは免れている。
しかし、政治家は純粋代表制(国民の知的空間を作る)を機能させなくても庶民の激しい監視(半代表制)のもとに置かれる。
カトリックは「壊れていく妻が怖くて浮気をする」ことを戒めるために教会を作った。
教会には医者もいれば弁護士もいた。
壊れていく妻から逃げる男をなくすためにカトリックもオーソドックスユダヤも「牧師さんは男である」と決めたのだ。
医者の能力も弁護士の能力も兼ね備えている存在を「牧師」と呼んだのだ。
オリビアを聴きながら 杏里。

目標を断言する、それは「何かの企みがあるんだろうな」というイメージと「身だしなみが綺麗になる」という効果が認められる。
「だんだん壊れていくのが観測された」のでは目標の達成は叶わぬものとなるだろう。
愛は勝つ KAN.

「愛は勝つ」程度の断言ならば問題ないが「野球選手になる」という断言をするのならば、周囲から質問を受けたり、脅しを受けたり、警告されたり、リクエストを受けたりする。
「周囲が怯えるような形でリクエストに応える」ことを繰り返さないと彼の「断言」は実現しない。
効果測定は甲子園でも模擬テストでも行われている。
しかし、「政治家になる」という断言はどうであろうか?
学生の頃は、近所のおばさんたちの直接統治(直接差別)を受け、大学を卒業して女の子にモテるようになったら間接統治(間接差別)を受けるようになる。
ひたすら「学術法則」を学んでいるだけで、庶民にとっては「ショッキングな」事件の解決がなされ影響力を増していくものだ。
女の子の取り巻きの計算をしたケプラーがもし惨めな死に方をしていたら彼の「学術法則」は後の世に残らなかっただろう。
成功した歴史上の人物から学んでいるんだよ。自分が失敗するわけがないだろう。
周囲は「醤油をとってくださる?」「4のルートは半分かしら?」などと当たり障りのない間接統治(間接差別)しかできなくなる。
なぜならば、庶民にはわからない「成功者」が歴史には多く残されているからだ。
「スイスは攻撃的な外交政策を取っているらしいわね」などと言ったら「スイスはヘキサゴン(六角形)でね、周辺6カ国の同意のもとで永世中立をはかっているんだ」などというたちまち周囲がやり場のなくなる答えが返って来るために、周囲は間接統治に切り替えていた。
「六つの声を同時に聞くのは聖徳太子だ、攻撃的に決まっているだろう」
そのスイスの姿が「政治家を目指している男と重なって見えた」のだ。
また、「絶好調人生」を妨害してやろうという女の子たちがいることも忘れてはならない。
「彼は政治家になると断言した」という噂を聞いて取り巻きの女たちができる。
落とし穴にはまらずに「10万人の女の取り巻き」を作るのは「絶好調人生」にとっては案外簡単なのだ。
美女の誘惑に負けない男はほとんどおらず、「彼は当選しましたか?」「おそらく当選したのだろう」「彼が当選したということを知っている人を教えてください」という具合に、女によって政治家への道は絶たれていた。
そのようにして「猫」は人生の階段を上っていった。
東大に入って「政治家を目指す」と言ったら「政治家の卵を食って芸能界に行く女」は必ずいた。
いろんな意味で「食われていた」のである。
「彼、私でマスターベーションしてるらしいわ?」
都合よく女に利用されるのが絶好調政治家志望男であった。
「学閥を形成しよう」と思っても、女の人生の体系化がなされていないと、必ず「女による進路妨害」は起きたのだ。
業績を成し遂げる「主語」は必ず存在するが、何か突拍子もないことをやるわけではない。
制定法(音楽作品)と、音楽作品の解釈(習律)の中に人間社会の「慣習」を泳がすだけである。
「あの氷は分厚いぞ?」という周囲の警告はあるだろうが、そのような氷を打ち砕く仕事は「父だからやらなければならない」という側面がある。
どの音楽作品と「契約」を結ぶかは、アーティストもその時の状況次第であろうが、「切れ味のいい音楽作品」というものは必ず存在する。
政治家になるのであれば、明るい音楽作品だけでは言葉も不自由になるし、問題の解決力もあまりないことになりかねない。
暗くて深刻な音楽作品を愛さなければ人間社会が見えてこないのだ。
制定法(音楽作品)、習律(詩の解釈)、そして世の中を泳ぐ人間たち(慣習)の世界を淡々と伶俐な眼差しで見るのが仕事であり、突拍子もないことはできない。
「これがあなたの人生の目的だったのですか?」というほど淡々とした現実を毎日、処理していかなければならないのだ。
スポーツ選手のように大歓声を浴びることもない、しかし、それが「予言」というものではないだろうか。
ひたすら「制定法」「慣習法」「習律」の世界で「主語」「私がやった」ということを明らかにする、このような世界が、かつて私が夢見た政治の世界の現実であった。
人間の「馬力」を見て、時には「お耳に入れたいことがある」ということも言われたが、馬力とは制定法、慣習法、習律という淡々とした世界にしか存在せず、音楽作品などみんなが趣味として聞いているが、それをどのように解釈し(習律)、現実の人間社会がどのような空気で人々が泳いでいるのか?(慣習法)を見て行くしかないのだ。
優しさに帰れない CoCo.

ヴァンパイヤや狼男とセックスすると、周囲からは偏見の目で見られる。
しかし、黒人や在日朝鮮人、部落民、LGBTという「味方」ができる。
愛になりたい 瀬能あづさ。

男は「朝から晩まで勉強して女の子にモテるようになった」ために周囲が「勉強では太刀打ちできない」と考えてヴァンパイヤや狼男などという悪口を言っていたのであるが、そのような男とセックスすると「マイノリティを味方につける」という効果が認められる。
ニーチェやカント、いや「ツァラトゥストラ」とセックスした時に女は「ジーザス」と言って周囲を敵に回し、マイノリティ宗教に所属した。
バブル青田。

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