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Foreign Affairs

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2018年5月 1日 (火)

ドイツロマン派。

カントが「すべての女を口説き落とす方法」を考えた後に、シュレーゲルは「だったら男女の音楽作品を作ろう」と考えた。
これがドイツロマン派である。
しかし、「学のある男ほど早漏だ」という問題がテーマにならざるを得なかった。
頭の中に口説き文句を蓄積させた男は、その快楽で早漏になっていたのだ。
松田聖子 秘密の花園。

口説き文句の計算能力をパスカルが高めてから、「考えすぎじゃない?」というような男が女を口説き落としては「早漏」の問題から「ロマン」が生まれたのだ。
悟りというものは「早漏につながる」とされて、女たちにモテる男は問題ばかり起こして一気に芸術を開花させた。
松田聖子 天国のキッス。

勉強しすぎた男と美しい女は喧嘩ばかりしていた。
ほどほどに勉強して、適当に体位を2種類用いる男が女の独占欲の対象となった。
鈍牛のような男は、その鈍さを女に批判されながらもセックスが上手いために独占欲の対象となったのだ。
独占欲 モーニング娘。

「俺は悟った!」などというと「早漏だろ」と言われ、カントが完成させた「どの女も落ちる」という世界はなんだったのかな?ということになった。
適当にバカな方が世の中は生きて行きやすかった。
しかし、カントの永遠がドイツの音楽シーンで展開されたのだ。

歴史、文学、建築学、人類学、外国語に精通していたシュレーゲルは、詩の解釈で次々に革命的なアイデアをもたらしていたが、女の子とは「デートするだけ」にとどめていた。
学問の楽しさを女の子に話すだけで、発信力のある「デート」ができるようになった。
恋をしちゃいました タンポポ。

ここから「フランスの聖人は悟っていない」とシュレーゲルは発言し、大変な問題となっている。
フランス道徳哲学はとにかく「多数派」を目指す学問であったが、ドイツ観念論哲学は「悟りと早漏、それが引き起こす男女の問題」をテーマにしたのだ。
セックスが上手いだけが男ではなかった。何度も失敗しながら「会いたいな」と思う男がいた。
そういえば 松浦亜弥。

「セックスが下手な男に会いたい」
これは「芸術の謎」と呼ばれ、ドイツで発達したものだ。
ribbon stay with me.

18世紀のドイツにはもはや中世のような「完璧な男」はいなかった。
バカな男はセックスがうまかったが金もなかった。
頭のいい男は早漏だった。
「神・男の完全性を議論すると爽快感がある」
それは「セックスが苦手な男」のことではないだろうか?
なぜならば、きわめて知的な会話になるからだ。
赤いスイートピー 松田聖子。

「言葉」を女に教える先生はみんな早漏だ。
先生はそのために「聖職者」と呼ばれた。
ハートをロック 松田聖子。

これらはみな「芸術の謎」から生まれた作品である。
ドイツ愛国主義とそのままつながっている。
「ドイツ語を話す者はみんなこのような男である」
それを国際社会にアピールした。
口説き文句がやたら得意で、しかし、セックスからは一歩引いた立場にいた。

ゲルショム・ショーレムは、ドイツ人学生としてこれらの文化をパレスチナ地方に持ち込んだ。
「シオニズム」運動であった。
松田聖子はイスラエルの文化だろうと言われると、その通りである理由はここにある。
ユダヤ人は「アイデンティティを持ち続ける」ということは「早漏である」ということを意味した。
セックスの遍歴を「弱み」とみなすカバラも背景にあった。
これは12世紀の学生の発想であった。
1492年にスペインがこの発想を論破している。
しかし、ユダヤ人には「安息日」というものが設けられ、「週末に教会で女の子に会える」という文化が発展した。
ユダヤ人が頭が良かったため、安息日は「メシア信仰」と結びつき、「休日返上への批判」は関係諸国に負の圧力を加えた。
日曜はダメよ 三浦理恵子。

ヘブライ語聖書に「メシアは童貞だったのではないか?」と記されていたため、カバラは「音楽信仰」へと形を変えた。
ガザ地区のネイサンが「自分こそはメシアである」としてイスラムのスルタンの庇護を受けたことは今でも禍根を残している。
女たちは「誰を信じれば自分たちは綺麗になれるのだろう?」という問題意識しかなかったようだ。
第一次世界大戦の時に、このようなことを企画していたからヒトラーに「背後から銃を撃った」と批判された。
いずれにせよ新約聖書という「救世主に関する物語」は「救世主ビジネス」として活用するために削除した。
カバラは「自分の人生の神話化、音楽趣味、そしてカルト化」を迎えている。
国を作るのにはお金が必要だ。
大人たちは「若者」にその資金源を見出している。
Mr.Children Tomorrow never knows.

ドイツにおけるユダヤ人のルーツはといえば「親のように生きたい」と考える東ヨーロッパからの移民であった。
学生であり、未婚であり、経済的に自立できない年齢の若者たちだ。
1929年にヘブロンで「パレスチナ人に仲間の若者が殺された」ということから、「仲間の死」も金になることを学習した。
ショーレムは「ヒトラーは今では考えを改めたはずだ」とホロコーストを位置づけ、1967年には「もはや国境線は明らか」と言われるような国になっている。
しかし、現代においては「パレスチナ紛争はもうお金にならない」という経過をイスラエルは辿っている。
松田聖子 Sweet memories.

ハーバーマスは、子供の頃、ニュルンベルク裁判で国家社会主義が「仲間作り」に失敗していたという報道に接し、落ち込んでいた。
その後、「労働」と「話し合い」つまりテクネーとプラクシスが必要であるという境地に達している。
この境地はマルクスと同じであったが、女心はフロイトが完成させていたため、マルクスよりも時代が進んだことを意味した。
女子大生はOLさんになってサラリーマンと結婚しても十分きれいでいられるというのがハーバーマスの考えであった。
働いた後に、女子トークや男子会などの爽快感が得られる場が職場になければならないとし、その話し合いの場で「海に行こう」などという「箱物」は使われることになった。
もはや言論の自由は「ドイツ人は割礼を受けていない」ということを語ることが許されていたし、美女のいる職場で働くのは労働者であって、哲学者は様々な理論を提供するだけという意味では主役ではなかった。
哲学者のいう通りに女に話をしたら本当に落とせたというようなことがあっても、あくまでも労働が大事なのであり、苦労を共にしてくれなければ女は男の話も聞かなかった。
松田聖子 ロックンルージュ。

職場で女たちが決める「男の序列」が高ければそのまま選挙にも生かされた。
ハードコアが露骨になると、女たちは「草食系男子」というものを作り出した。
女たちが美しくなったのに、この露骨なハードコアはなんだ?
男女にはそれぞれの役割がある。
女の「美しい側面」だけを見せて男にやる気を出させる必要もある。
女子高生はセックスしない方がいい。
その美しい側面だけを最大限に利用すべきだ。
「芸術の謎」も二人のセックスを望んでいなかった。
官僚とマーケットは言論界の調和をうまく取りながら君主の「相場管理」を眺めていた。
君主が草食系男子みたいなものなのだから、それに沿った論陣を作ることが大事だった。
「人気のある男とはどういうものなのか?」を見ながら君主の影響力を利用したのだ。
マッカーシズムは、草食系男子に国が女をあてがう特高警察・赤狩りであった。
日本国が戦前に行っていたことを、そのまま思い出していたのだ。
赤狩りをやる女は自分を美しいものとしなければならなかった。
そこからハーバーマスの「甘美なる逸脱」は始まっている。
甘美なる逸脱。

ハーバーマスは、「これが本当のセックスだ」と言って「ソフトコア」というジャンルを作った。
女が美しくなければ「女心の定義」という政治は相当、後退してしまうだろう。
ソフトコアの女はハニートラップを仕掛けるか妊娠するかのどちらかだった。
しかし、ソフトコアしか流通していないという昔の日本国においては、若者は社会に出ても女の「ダーティーなイメージ」を持たずにカントを女たちに語って回った。
ソフトコアが日本国の高度経済成長を牽引したのだ。
甘美なる逸脱2。

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