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Foreign Affairs

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2018年5月 8日 (火)

アメリカ合衆国。

1795年にアメリカ合衆国憲法ができた。
「金儲けの方法」の一覧表を作ったのだ。
トム・ペインは、愛を囁くクエーカー教の父親と、英国国教会の母親のもとに生まれ、彼自身は英国国教会に身を置いていた。
二度、家出をしたことがあり、二度目に「ペルシャの王」になっている。
これは、親に秘密のまま美容整形をして、二度目にひどい失敗をしたことを意味している。
トム・ペインは、ヘッドストーンクラブに所属しており、多くのプロデューサーが彼を取り巻いていた。
妻との結婚はお金が足りずに400ドルをもらっただけに終わった。
そんな時に、フランス革命が起きた。
ルイ16世のバレンヌ逃亡や、キャンプドマーズの虐殺などを目の当たりにして、「地主がお金目当てで、宗教家が金を人々から巻き上げ、地主の部下が傲慢である」ことが革命につながるというエドモンド・パークの見解を聞いた。
ジャコバンは横暴だったが、シェイエスの憲法(金儲けの方法一覧表)は「女の時代」を表現していたために影響を受けた。
ボブ・ディラン。

トム・ペインは「パンフレット」を好んだため、本当に哲学者なのか?と言われた。
金儲けの方法一覧表である憲法にしたがって、男たちに議論をさせたら、かなり「直感に頼った」方法で勝敗が決まり、なんら得るものはなくても鐘を鳴らせば女たちは男の魅力について語り合い、金になった。
得るものなど何もなかった。
それが世の中であり、本当の真実など誰も知らなかった。
「個と公」はこのように区別され、公においてはクエーカー教のように愛を囁くことはできなかった。
このことから「金持ちと貧しいものたちは似ていた」とされ、本当の「ビジネス」が分からなくなった。
憲法とは「金儲けの方法の一覧表」であるが、本当に金儲けについて知っている金持ちは「女を排除していない」という富裕層であった。
「個と公」に区別することで真実を見えなくさせる。
これが金持ちも貧しいものも「似ている」というアメリカ合衆国であり、硬派な男はなんら金儲けの方法を知らずに生きた。
クエーカー教のように「愛を囁く」男のことを富裕層と呼んでいたのだ。
貧しきものはニュースを永遠に見ておけ。政治の秘密を知るな。
サラリーマンとして働き、金で女を買え、これがNYダウを支えたのであり、若い女の子を口説くことができる男が増えたのならば株価は下がると考えた。
ひたすら真面目に働き、マルクスやフロイトとも縁がなく、「女の時代」にアメリカ合衆国に巨大な「人間の序列」を作り上げたのがトム・ペインであった。
テレビばかり見ている男は永遠に貧しい、文字が読めないのならば夢が見れない、この「勉強はお金になる」という国づくりを行なったのだ。
貧しきものは常にテレビに対して受け身であった。
ブルース・スプリングスティーン。

1850年代に南北戦争を経験しなければ、アメリカは「セックス崇拝」を受け入れることはなかったであろうし、黒人の「カネ集めムーブメント」(公民権運動)から学習することもなかった。
「クロンボは野獣だ、しかし政治の真実を知っている」
これが問題を難しくさせていた。
黒人社会の貧困と痴話喧嘩の文化が嫌いな人も多かった。
勉強して、いい会社に入って、という白人社会においては悩まなくてもいい「ミクロ経済」が黒人社会にはあったのだ。
詩篇68:31 アジアとアフリカは上昇するだろう。
貧困の中にこそ政治の真実があった。
「7月4日とは奴隷の日」とも言われていた。
勉強を全米が休むことが許されたからだ(夏休み)。
サマースクールに通う奴は、白人だった。
それ以外は「ミクロ経済」を勉強させられたのだ。
果たして「リーダー」が恋愛論に疎くていいのだろうか?
いい会社に入って、いいお給料をもらう。
この「受け身の姿勢」を公民権運動は批判したのだ。
八月、最初の水曜日 渡辺満里奈。

トマス・ジェファーソンは、「我思う、故に我あり」という言葉を噛み締めていた。
勉強の成績による序列を社会に作ったトム・ペインとともに、アメリカ合衆国独立宣言は「女性」とともにあった。
「アダムが女神を作る営み」
これが大事だったのだ。
社会には複雑な知識があった。
音楽にせよ踊りにせよ、とにかく複雑だったのだ。
しかし、「勉強」だけは若者のものだった。
複雑な音楽作品を若者に提供するのが「大人」だとされた。
勉強の成績が社会の序列を決めるのだ。
大人たちが「若者」に介入しないはずはなかった。
のちに日本でも、「金儲けのために女神を用いていいのか?」という形で専修大学などの英米法の「女神崇拝」と、フランス法の連中による「民法典論争」がなされ「民法いでて忠孝滅ぶ」などとアイドルの存在が語られた。
芸能界というものは「家庭を崩壊させる」ものだと考えられたのだ。
日本ではそうであっても、戦後に芸能界というものは確実に誕生したし、民法典が英米法を受け入れたことを意味した。
「業界ルール」「プロ野球規則」などはアメリカ合衆国に倣っている。
しかし、イエス・キリストは「アイドルの息子である」とされながらも、仲間づくりの達人だった。
女と男は対等であること、平和的であること、人々に選ばれること、連邦政府に守られるべきこと、選ばれたものは軍務につかなくていいこと、税金が安いこと、借金を返すつもりがあること、女遊びをしないこと、言論の自由があること、スパイ防止法に守られること、宗教が自由に選べること。
すべての「事務所」は宗教をやっていた。
若者は「勉強ができるのならば」どこかの宗教に帰依していたのだ。
もはや、「芸能界」を容認できないのであれば「革命を意味する」とジェファーソンは語った。
すべての人種に、同じような教育を与えることが可能であるかはジェファーソンの時代には明らかになっていない。
ごく一部のアメリカ合衆国の中枢が描いていたグランドデザインが「女神を崇拝しながら勉強する」というものだったのだ。
嵐の素顔 工藤静香。

デビット・ソロー(パックン)は、トマス・アクィナスの「日本の歌謡曲」に衝撃を受けて親日家になっている。
ハーバード卒であるかどうかは「彼の町では秘密」とされていた。
トマス・アクィナス(小野光太郎)が、アメリカ合衆国でパックンの家にホームステイしたことからの縁であった。
アメリカ合衆国に、本当の「女神崇拝」を伝えたい、そのような思いで、軍隊でも昇格したし、日本の芸能界でも人気があった。
デビット・ソローは「死んだ魚がいたら家に持ち帰って長さと重さを計った」つまり、病気になったアイドルがいたら家にお持ち帰りしていたとされる。
アクィナスは、ソローの子供の頃に「日本の芸能界」「日本語」などを紹介していたが、あとはソローが成熟するのを待てばいいだけだった。
日本の「女神崇拝」は、トマス・ジェファーソンが想像していた以上に発展していたし、ソローはそれを「アメリカに還流させる男」と位置付けられ、アメリカ空軍少将となっている。
パックン。

ソロー(パックン)の父・ダグラス・イェーツは、マッカーサー将軍の実の息子だった。
自らを「奴隷の出身」とするほど父は厳しく、16歳だったアクィナスは、当然のようにその「厳格さ」を受け入れていた。
バンキット(高校生のパーティ)すら出入り禁止の文化を持っていた。
しかし、ダグラス自身は「奴隷の世界の後退」を予測し、「兄弟が男には必要である」と考えを改めるようになり、アクィナスをソローのブラザーとして選択したのだ。
「ジェームス王聖書」を書くほど、日本独自の資金集めの方法に詳しくなっていた。
「主の武器は短くなってはいない」と言って日本の資金集めを学習したダグラスは自らをジェームス王と位置づけていたのだ。
金儲けの方法一覧表は奴隷のために書かれたんだと語っている。
国の独立とは息子の独立と同じであった。
ダグラスは、トランプ政権の強烈な圧力団体を作るに至っている。
「マッカーサーから自由になりたかった」
そんな青春時代を思い出していた。
「自由な男でなければ戦争もできないんだ」
アメリカ聖書主義は、「ソローとアクィナスの兄弟が作っている」と描いている。
男は男のためにいる、キリスト教の多数派工作が日本の音楽シーンに頼った瞬間だった。
1950年代から1960年代にかけて「日本国の吸収」をアメリカ合衆国は試みたが、アクィナスが持ち込んだ「おニャン子クラブ」のカセットテープで考えを改めていた。
ダグラスが死んだ後に「アジアやアフリカの魂へ」という哀悼の意が表された。
オレゴン工科大学の財務の方法をまったく異なるものに変えていたからだ。
警察官が黒人を射殺したなどの報道があるたびに、ホワイトハウスに圧力をかけていた。
日本人と黒人を区別していなかった節がある。
ホワイトハウスが「オー、ダラス」などのダラスでの黒人射殺事件のコメントを出すのはすべて、マッカーサーの息子、アーサー・マッカーサー(ダグラス)が仕組んだものだ。
アーサー・マッカーサーの妻、ソローの母(キャシー・イェーツ)はペンネームを"ジュリア"と言い、アメリカでも「女として生きるとはどういうことか?」というカルトを形成している。
アメリカ南部の生まれで「南からの声」という論文を書いてアーサーの心を掴んだ。
パックンも「カルト」の存在は知っているようであるが、それが極めて親日的なものであることなどの詳細は知らないようだ。
軽い気持ちのジュリア 酒井法子。

ベンジャミン・パース(ガトゥーラ)は、バスケットボール部のコーチであり、なぜかダグラスも頭が上がらなかったようだ。

q=a+bi+cj+dk

つまり、「予言」=キス+「胸」「メディア」+「セックス」「正当化」+「出産」「奪三振」という方程式を作った。

2つの必要性とは「メディアを用いて胸を揉むこと」と「セックスをした後に正当化すること」の2つであり、すべての男たちが、女の胸を揉みたいがためにメディアに出て、注目を集め、セックスした後に正当化していた。
この方程式で、すべての男の行動原理が説明できたために、ダグラスはパースに一目置いていたのだ。
本来、ハーバードで教鞭をとっていたが、オレゴンの高校で若者を指導しながら、方程式を完成させた。
ソローも女の胸という「ギリシャ哲学以来、隠すと決めたもの」が見たかったために「テレビとは見るものではなく出るもの」と発言している。
セックスした後の正当化をする作品は案外多い。
女が「次の男」を探さないためには音楽が必要であった。
Melody Oh! Please「セックスを正当化する歌」

perfume Fake It. 「予言」する歌。

松田聖子 抱いて。「出産を奪三振とみなす歌」

b'z もう一度キスしたかった。「女の胸が揉みたいという歌」

あとの曲は「キス」程度がテーマだとされた。
Melody 唇がふれあえば。

音楽作品の「深さ」を示す方程式だったのだ。

q=a+bi+cj+dk でperfumeの「△」を聴いてみた。

Take off.
これは「a」だ。
ジャブに過ぎない。

Love the world.
これは「a+bi」だ。
「私の胸を揉んで?」としか言っていない。

Dream fighter.
これも「a+bi」だ。
「私の胸を揉んで?」としか言っていない。

edge.
これは「q」だね。
予言がなされている。

Night flight.
これは「a+bi+cj」だね。セックスまで踏み込んでいる。

Kiss and music.
これは「q」だね。お姉さま系と呼ばれるものはみんなそうだろう。

Zero gravity.
これは「a+bi」だね。「私の胸を揉んで」としか言っていない。

I still love you.
これは「a+bi+cj+dk」だね。
「子供を産んだ成功体験」まで踏み込まれている。

The best thing.
これは「a+bi」だね。「私の胸を揉んで」としか言っていない。

Speed of sound.
これは「a+bi」だね。「私の胸を揉んで?」としか言っていない。

ワンルーム・ディスコ。
これは「a+bi+cj」だね。セックスまで踏み込まなければ深みは生まれないだろう。カンだけどね。

願い。
これは「a+bi」だね。深みでどこまで行くか見るしかないよ。
締め歌にしては深みがない。

ベンジャミン・パースは「詩の深み」を論じて、ハーバードで教鞭をとったために、オレゴンから「ハーバードへのコネ」をもたらしており、ダグラスもソローの身を案じ、頭が上がらなかったのだ。
ベンジャミン・パースは「今を生きる」という映画で生徒の父親役として出演し、詩の教科書を「エクスクレメント」(糞)と呼ばせている。
持論に自信があったのかは明確ではないが、ハーバードの学生の支持がなければダグラスが一目置くことはなかった。

ソロー(パックン)が日本から受けた影響は大きかったし、彼は家族や友達を大事にした。
家族や友達を大事にしたからこそ「ハーバード卒」を名乗れたのだ。
生涯、未婚であったが、二度ほど「激しい恋」に落ちている。
子供の頃、「オールAの取り方」というものを大事にしていたし、成績がよければどれほど世界が広がるのかを知っていたのだ。
華々しい自分と、奴隷扱いの自分がいることは「森の草木が生い茂るような仕組み」であった。
「美しい世界に住みたい」
このような動機からアクィナスの宗教を認めていた。
アクィナスとの友情がなければ「女心の定義」(政治)はできなかった。
とにかく、ダグラスが厳しかったので、人混みを愛した。
しかし、「天使たちが彼を取り囲んだら父に潰される」ことも知っていた。

ジョージ・サンタヤーナ(岡哲郎)は、アメリカ市民ではなかったが、ヒスパニックへの憧れを持っていた。
中学の頃、「エロ本コレクター」だったことはアクィナスには秘密にしていた。
大学入学年度には家に引きこもっていたし、自宅を「スペイン」と呼ぶほどエロ本に囲まれていた。
しかし、この引きこもりの時期は8年で終わりを告げている。
このあと40年に渡る左翼活動を展開した。その実態の真摯さはボストンにまで伝わっている。
ホモセクシャルやバイセクシャルと関わり、その活動は「竹原ピストル」として知られるようになった。
竹原ピストル よーそこの若いの。

しかし、この作品のブレイクによって、サンタヤーナは「もっと知的に生きたい」と言って早い引退を決めていた。
「人生への祝福だけで教授になった」
人々はそのように語り合った。
若い学生の死を目の当たりにし、父親が死に、姉が結婚した時に、「俺の知っていることすべてを詩に託そう」と考えた。
彼の「勉強」は周囲に女子がいなければ成り立たなかったし、彼の母親が死んだ時の相続財産で、「金を払ってハーバードで講義した」とされる。
ヨーロッパ各地を旅して、パリがいちばんいい、と判断しているが、日本でいうと「東京」だろう。
彼の墓には「熱き心が消えゆくまで俺は生きる」と中学時代の卒業文集とまったく同じ文字が刻まれ、弔辞で身内が「彼の念願は叶ったと思う」と語った。
尾崎豊にせよ、竹原ピストルにせよ「第一次世界大戦の塹壕作戦」から生まれている。
一日中、塹壕に隠れていて、性欲処理をする相手は男しかいない。
この伝統が「アジト」と呼ばれた。
ダンテやゲーテがいた時代ならば処刑されていたであろう。
「最後のピューリタン」と名乗って、かつてトマス・アクィナス(小野光太郎)が滞在していたアメリカの街はすべて訪問した。
彼の詩のモチーフは、「少年が旅をする」というものであった。
教会の扉を開けるとトマス・アクィナスの宗教が満ち溢れているだろうが、自分は一生、その扉を開けることはないだろう、としていた。
若者は「動物への忠誠心」があった。
彼の支持基盤は「勉強をする世代」にあったし、虎の穴にいるものが最後に勝つ世界であった。
「女たちの心も少年のようだ」
このようにして「女心の定義」というアクィナスが言った「政治」を一蹴している。
竹原ピストル Forever young.

W.E.B.ダボス(スコット・ガトゥーラ)は、ベンジャミン・パースの息子である。
アクィナスの影響で「日本通」になることで日本人は黒人の友達であるとし、ファイナンスに詳しくなった。
世界経済フォーラム(ダボス会議)でリーダー的存在になったことからスコットはダボスと呼ばれるようになっている。
日本では、生活保護を受けている元芸能人を取材すればミクロ経済学が分かるが、ダボスはそれを「アメリカ合衆国においては黒人から学ぶべきものだ」としている。
本を読んでいる時の風景と現実の風景は異なるという「二重見当識」を持つに至るまで本を読んだ。
生活保護女のように、飴玉一個で「体を売った」とみなすようなミクロ経済学を学ぶことがダボス会議の目的であり、国内最貧困層と接していなければ日常生活で経済を感じることはできなかったのだ。
本を読んでいる時の自分は常に、現実社会の最貧困層を相手にしていた。
このことを「ジムクロウ法」は指摘していたし、ソローと同じように、最高のエリートだった自分が最貧困層と関わることで「車が買える」ことを悟っていたのがダボスだった。
高校のスターだったスコットはもうどこにもいない。
日本国内で最貧困層と交流を持っている外国人となることで、父のパースをはるかに上回るエリートとなった。
ダボスの愛読書はマルクスだった。
1日6時間働いたら残りの3時間で社内の政治と宗教を煮詰めていくべきだとしていた。
政治とは「女心の定義」であり、宗教とは「男らしさを語り合う」ことだった。
民主主義(マジョリティデシジョン)をなぜダボスは好んだのだろうか?
女たちの支持を集めることが得意な男はみんな民主主義を好んだのだ。
「ニューサイコロジー」「フロイトの時代」をビジネスの世界は取り入れ始めた。
ダボスがアクィナスを高校の頃から「要注意人物」としており、アクィナスが東大に入ったことが町の噂になったことなどから縁があったようだ。

ラテンアメリカの議論になってしまうが、ベンジャミン・コンスタント(中居正広)は、アクィナスの侵略に対して「組合」を総動員することにした。
組合とは「ゲイの集会」のみにとどまらずリベラル(フリーセックス)を広く含むものだ。
コロンビア大学を頂点とするラテンアメリカのリベラルはマリア(宇多田ヒカル)が取り仕切っていた。
政教分離、つまり「女心の定義」(政治)と「男らしさを語り合う論壇」(宗教)を徹底し、あるいは三権分立も推し進め、立法(男らしさを語り合う論壇)と行政(男らしさを演じる男たち)と司法(痴話喧嘩を裁く大人たち)も完全に分離させた。
三権分立がなければ、「男らしさを演じる男たち」のやりたい放題の被害を被るのがアクィナスであったため、アクィナスは「司法」に救いを求めることもあった。
リベラル(フリーセックス)が蔓延するラテンアメリカでは権力者(カトリック教会)のトップであるアクィナスの人生への救済が必要であり、アクィナスは政治犯収容所に入れられた時に、横浜地裁に救われたことを生涯、忘れなかった。
コンスタント(中居正広)は、人気のあったアクィナスに対して「小さな政府」を要求し、男としても女としても「体を売る」のが金儲けだと主張している。
リベラルが「小さな政府」を志向したのは「組合が楽しいから」であって、文化的なオピニオンリーダーの多数派工作でもあった。
宇多田ヒカルも椎名林檎も、「組合」の連中へのオーラルセックスでのし上がったのだ。
2時間だけのバカンス。

カトリック教会のアクィナスのクライシスマネジメントが国のあり方を決めたし、それはそれでリベラルの連中も助かる仕組みだったために「カトリック国」と名乗ってその恩恵に預かることにした。
アクィナスが作ったクライシスマネジメントの恩恵を受けるという意思表示が「カトリック国」の本当の意味であって、人々はリベラル色が強かったのがラテンアメリカの実情だ。
一から国づくりをしなければならなかったのだからトマス・アクィナスをいじめることに国づくりを頼るのも仕方がなかった。
アクィナスは、政治犯収容所での服役ののちに法律家としても医者としても「リベラル」な連中の相談役として生きた。
政治犯収容所が「司法」の存在に気がついたのはアクィナス以降だったのだ。
これを「道」とアクィナスは呼んだ。
「我々は常にアクィナスの側につく」といった連中がメキシコ合衆国を作った。
NAFTAというものをアメリカとメキシコが締結するということは、メキシコの「南米から勝ち得た尊敬」に敬意を払うものであった。
メキシコが南米で影響力を増し、「カトリックが作った国家のインフラ」に救われる人々がいたため、「ラテンのノリ」は後退局面にある。
宇多田ヒカル 道。

メキシコは、中米に位置するが、スペイン語圏である南米にとっては医者であり弁護士であった。
アステカ文明というのは遥か昔からあったが、この5世紀ほどは「南米の相談役」としての地位を固めた。
ヴィットリーアやラスカサスが「財務」を担当してメキシコを侵略したのだ。
エラスムスが「失恋ソングを聴くと言語が覚えやすい」としていたことからもスペイン語は簡単に受容された。
1959年に「ニュースペインとは何か?」という総括がなされるまで無我夢中で国を作った。
16世紀に国づくりが始まり、17世紀には「悲しみを地球に沈めるための」音楽が発展した(バロック)。
1910年から1930年の「メキシコ革命」は、リベラルに対して「アクィナスはそんなことはしていないはずだ」(大逆事件)として着々と国づくりはまとまっていった。
フランコ政権下のスペイン内戦の時は移民先となったりもした。
1960年代から「南米の医者や弁護士役として」膨張を始めたのだ。
女たちの美しさで南米に優位に立つためにグアダルーペまで行進するお祭りも行われている。
グアダルーペ巡礼。

コロンビア(コロンブス)以前は「カリブの海賊」と呼ばれるヨーロッパをパワーブローカーとしていた連中が暗躍していた。
「ヨーロッパ本国の植民地を作るんだ」という野心に満ちたカリブの海賊は、いまだ有効な資金集めのための物語である。
カリブの海賊の物語の資金集めは、最終的には「植民地の独立へ」と向かっている。
「秩序と発展」を望む進歩主義が混乱の世には必要なことがある。
19世紀にはメキシコ、チリ、アルゼンチン、ベネズエラ、キューバなどの国にそれぞれの「将軍」が置かれた。
いずれにせよ1910年の大逆事件は、「アクィナスはそんな生き方はしていない」という考えのもとで中南米に秩序と発展が模索された時期だった。
日本の「大逆事件」は、いわばメジャーリーグへの憧れとして展開されたものだと思われる。
1910年から1940年にかけて「女心の定義」(政治)、「男らしさを語り合う論壇」(宗教)、男が女を愛する「経済」などが整備されていった。
これは「秩序と発展」を志向する進歩主義者が主導したものだ。
1910年に続々と登場した「アクィナスの優等生」がいなければリベラル(フリーセックス)の混乱は治らなかったであろうし、1960年代に労働の現場にマルクスを持ち込んで「6時間働いたらあとは政治や宗教の時間である」という心の余裕も生まれなかったであろう。
カトリックの統治エリートがマルクスに詳しいという現象が中南米には存在し、それが国の豊かさにつながると考えられた。
原住民は「カリブの海賊の悪者」として描かれていたから差別された。
しかし、政治、宗教、経済の発展とともに混血が進んだ。
「カリブの海賊と進歩主義」
これがアメリカ大陸全体のアイデンティティとなったのだ。
パイレーツオブカリビアン。

アクィナスは、ひたすら読書をした。それでも周囲や国の認めるところとはならず、自分の限界を悟ったら半年間、寝て暮らした。
東大法学部の学士入学の成績は一位だった。
「もうダメだと諦めたら突然、うまく事が運ぶことがあるのは」
これを「復活」と呼び、ディズニーランドでもイースターパレードなどを行なってみんなでお祝いをしている。
ダイヤモンドブルー 酒井法子。

アクィナス(イエス・キリスト)のような人生を息子には歩ませたくない。
このことからイエスの息子はことごとくアニメの主人公として描かれている。
カリオストロの城。

ルパン三世の元ネタは、シェークスピアの「リア王」「リチャード二世」であり、アクィナスは「リチャード3世」として「王朝の断絶」の元ネタとなっている。
ルパン三世のモデル。天皇明仁。

大逆事件、つまりアクィナスは「暗くて女とは無縁の法律家だった」という考えは映画「黒いオルフェ」でも描かれている。
陽気でモテるオルフェが、アクィナスに追いかけられて殺されるのだ。
人々は「生き方がまるで違う」アクィナスに追いかけられる夢をよく見た。
このことを大逆事件と呼んでいるのだ。
「懐疑論」というのは「なんでも疑う」という意味ではない。
【セックスを拒絶する人生なんてあるのかな?】
という考えを懐疑論と呼ぶ。
アクィナスに追いかけられた男たちはみんな懐疑論の立場に立っていた。
オルフェの方がアクィナスよりも女たちに人気があったし、共感を呼んだために、将来の大統領よりもイケメンの懐疑論者の方がより親しみやすいキャラクターだった。
ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、コロンビアなどで懐疑論が有力になり、1960年代からカーニヴァルも始まった。
しかし、将来の大統領候補であるアクィナスに「追いかけられる夢を見た」と証言するものが多かった。
ペルーやチリやウルグアイでは「アクィナス信者」の方が有力だった。
黒いオルフェをどう思うのか?これが国のアイデンティティを分けた。
アクィナス信者のことを「フィロニアン」と呼び、ネオフィロニアンは「頭がおかしい」ことに憧れすら持っていた。
「時代は我々に何を与えたのか?」
そのことに関心がある連中がアクィナス信者であり、アクィナスは常に「時代の最も新しい空気」にかぶれていた。
「夢にまで出てきて追いかけてくるアクィナス」に対して、現実社会で女たちにモテる男の側につくのか、アクィナス信者になるのかの選択が迫られた。
大統領選挙においても、常に「懐疑論者」、つまり女たちと楽しく生きてきてアクィナスを批判する立場と、フイロニアン(アクィナス信者)は対立したし、南米のお国柄として、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、コロンビアの「懐疑論」とペルー、チリ、ウルグアイのフイロニアンは国としても対立した。
「夢判断」にまで遡ってお国柄が問われたのだ。
黒いオルフェ。

オーガスト・コムテ(チンチャンウォン)は、韓国人であったが、東京大学でアクィナスと出会っている。
第一次世界大戦までは有力な考え方であった「秩序と発展」を標榜する進歩主義は、ロシア革命以降、50年間忘れ去られた。
しかし、大韓民国だけは「機会の平等と均衡のとれた発展」という進歩主義を標榜していたのだ。
機会の平等とは「女心に詳しい男は、どんな美人ともセックスできる」というものであった。
美人妻を持つことは「第二のキャリア」とも呼ばれた。
コムテ自身が「家内が病気で」とアクィナスに語っており、奥さんがかなり美しかったであろうことを表現している。
ルイ18世に「秩序と発展」という考えを拒絶され、「民の支持のある君主制とは何か?」という問題と向き合わされている(1848年の問題)。
テレビでは「アクィナス」をネタに歌が歌われていた(宗教)。
しかし、女心の定義(政治)を知らないと美女と結婚できないだろう。
JPOPは人気があればあり次第、宗教の側にも政治の側にもついた。
コムテは「宗教」つまりトマス・アクィナスをモチーフに歌う第1段階と、トマス・アクィナスについて詳しく、漫画を描いたり詩を書いたりして「近所の歯医者に行ける、行きたい美容院に行ける」という第2段階と、それを踏まえた上で「女心の定義」(政治)を表現してみないか?という第3段階を考えた。
女心の真実ばかり表現していると女たちが鬱になるからだ。
本来、韓国に「東京大学の理系の学問」をもたらしたのはコムテだった。
天文学でも生物学でも社会学でもなんでもやった。
アクィナスの宗教がどのように拡散していくのかというのを日本国内で注意してみていた。
チンチャンウォンの正体。

コムテ(チンチャンウォン・文大統領)は、大統領になった後、「秩序と発展」という考え方が「情熱」という具合に形を変えていくのを感じた。
第一次世界大戦やロシア革命は、このようにして「秩序と発展」という考え方を見失ったのかと自分で体験することとなったのだ。
韓国の女たちを美しくしようと必死になった。
韓国国内では超一流だった天文学の知識を生かして占いもやった。
カトリック教会に属していたが、大統領の座を虎視眈々と狙うために新聞も書いていたのだった。
垂加神道の韓国版を握っていたのはコムテであり、韓国のKPOPがコムテ(チンチャンウォン)を大統領の地位にまで引き上げたのだ。

アイザック・イスラエル(松本潤)は、トマス・アクィナスの宗教を「垂加神道」から入っているが、詩そのものがトマス・アクィナスについて歌っているとされた時に、「我々は1つになれる」と考えた。
これがアラブ(芸能界)の総意であったし、音楽番組で男たちが「ひとつ」になった後は株価は上がらないのではないか?と考えた。
アクィナスによると「あなたトマス・アクィナスじゃないじゃない?お金払ってよ」と女たちが言うために株価は上がるとされていたが、実際は男たちが「ひとつ」になってしまうために株価は下がった。
つまり、女たちが自分の値段を割り引いてきたのだ。
神学。つまりトマス・アクィナスの「男らしさ」を語ることは、すべての男たちの「男らしさ」を語ることだ。
株価を上げるためにはもっと「女心」(政治)を語った方がいいと考えたのがアイザック・イスラエルであった。
その女心の複雑さを最も正確に理解していたからであり、「神学・法学・医学・外交」は株価を下げ、「政治」だけが株価を上げる要素だということも理解していた。
しかし、地上波の影響力を政治(女心の定義)に用いることができないことも理解していたので、放送倫理基準、番組編集準則などをにらみながら、実の父親の株式投資にいかに自らの影響力をアラブ社会で用いるかを考えたのがアイザック・イスラエルだった。
ヒロイセをヒロインとし、ペテロ・アベラードとの禁断の恋ばかりを歌っていたが、それで株価は上がるのだろうか?
嵐が放送されるたびに株価は下がってはいないか?
アクィナスの投資理論を学び、嵐というもののあり方をどのようにしたらいいのかを考えたのだ。
嵐メドレー。

「個性の重視」というものは19世紀の中頃から言われていた。
好きな音楽作品が違ったり、祖先崇拝を行わずに教会に属することなどが集団主義とともに受け入れられたのだ。
好きな音楽作品や、美しさの違い、実績の違いなどが「トマス・アクィナスに共感できる男女」(トミスト)に課題として問われることになった。
トマス・アクィナスが「垂加神道」を公表した時に、類似の宗教は「12の流派」が生まれたとされる。
「真理の前にも個性というものが見られた」
しかし、それぞれの流派がお互いに認め合える関係にあった。
なぜこのような流派が生まれたかというと「各人の直感が異なった」と言うしかない。
しかし、トミスト(トマス・アクィナスに共感できる者たち)も聖書神学(男らしさを描く世界)では様々な役割を演じていた。
誰だって「いとこ」ぐらいはいたし、その時点でロゴスの第2位としてのイエス・キリストにはなれた。
しかし、「主が聖霊を遣わす」ことから個性というものは生まれている。
カントは「読んだ」から個性が生まれると考えていた。
それは「話す生き物」としての人間であるからいろんなものを読むだろう。
コムテは、「韓国人としての個性」を見せつけた。
しかし、「個性重視」となると好きな音楽作品や、読書歴などで表現されるものが多く、トミスト(トマス・アクィナス信者)はイケメンである時代であるならば共産主義に向かうのではないか?とも言われた。
「主が聖霊を遣わす」とは女心の真理を確定させた後に、個性が12種類表される(12使徒)という意味であり、キルケゴール(1813〜1855)もニーチェ(1844〜1900)も常に時代のアクィナスだった。
マックス・シュラー(1874〜1928)、デートリッヒ・フォン・ヒルデブランド(1889〜1977)、ローマン・インガーデン(1893〜1970)、エディス・ステイン(1891〜1942)などの中の一人に過ぎないのがかトマス・アクィナス(小野光太郎)であるとアメリカは捉えており、アクィナスの教えはクラカオやラブリンのカトリック大学が吸収した。
詩の世界のヒーローなど歴史上、山ほどいたし、垂加神道を考えたものも大勢いた。
しかし「あなた、トマス・アクィナスではないじゃない?お金払ってよ」と言われるほどの自伝を書き、垂加神道で女の価値を高めるという株価を上げる「両睨み作戦」を考えたトマス・アクィナスは間違いなく天才だった。
「真理があるから個性が議論できる」とも言われた。
「主が聖霊を遣わす」ということを信じない人と信じる人が出てくるだろう。
人間の個性を信じている人を「パーソン」と呼ぶのだ。
マルティン・ブーバー(金子知之)のように「パーソン」つまり人間であることを自ら否定する者もいた。
本人は覚醒剤を使用することで自らの楽しみを見出していたようだ。
「人間やめますか?」というのは覚醒剤のことであり、それ以外の人たちはみんな「聖霊」を信じていたようだ。
うしろゆびさされ組。

結局、その人の個性というのは「周囲の女たち」が決めていたんだよ。
それを宗教と呼ぶのだろう。
「俺は男だ!」という前に、率直に自伝を書いて、トミストを生み出した方が株価が上がるのだ。
しかし、「悪い噂」ばかり集めて回る組織では満足に自伝も書けないだろう。
FBIの協力を得たアクィナスはやはり傑出した作家だった。

アラブというのは日本でいうと「芸能界」である。
男女が常に共にいて、しかも美しい。
小沢一郎(イブン・ルシュド)は、別名・明石家さんま(アベロス)という名前で活動していたし、アクィナスが登場する以前は、「女にもっとも詳しい世界」として黄金時代を築いていた。
トレンディドラマはみんなそうだ。
トレンディドラマ。

全盛期の安倍官房長官の隣で笑うことが許されたのはアベロスだけであったし、それは正体がイブン・ルシュドだったからである。
アベロスは、安倍政権の支持率低下にも「おう、もう落ちてきよった」と発言するほど政界での立場が強かった。
いつアラブ社会(芸能界)は、垂加神道の存在を語るのか?
「あくまでもエンターテイメントでなければならない」という立場からフロイトや山崎闇斎、トマス・アクィナスについて語ることは困難であるとされていた。
「エンターテイメント性」が求められていたのであり、しかも放送作家は「版権の問題」と向き合っていたので、常にオリジナリティが求められた。
まず「仕事であること」、そして「下痢をしないこと」「女心に詳しいこと」が求められたので、下痢をしながら研究する学者と放送作家は似て非なるものだった。
空気の中で動く男女に魅力を与えなければならないという意味でも、文壇の「露骨さ」はアラブ社会では遠ざけられた。
地上波の男女はとにかく「ランブダ」を踊らなければならなかった。
ランバダ。

アラブ社会とギリシャ哲学は密接な関係にありながらも「菊タブー」と呼ばれるものにより距離感を保っていた。
「本当の神を踏みつけていいのか?」このような問いかけもあった。
ぶりぶりざえもん。

アヴィセンナ(皇太子)サークルというのは確かにあった。
しかし、アベロスは「アヴィセンナサークルから実戦で使えるものは何もない」としている。
「テレビは戦場」と語るアベロスがいたことがアクィナスの救いとなった。
アヴィセンナサークル(皇室特番)の女性観はフィロソフィーではなく「ファルサファである」と皮肉られた。
「これでは資金集めができないではないか?」
「テレビは戦場」と言ったアベロスがいなければアクィナスの命運も尽きていたかもしれない。

ディビッド・プリンス(ディビッド)は、シアトル在住のユダヤ人であるが、2世紀にビザンチンに住んでいたディビッドが「エリアスの音楽作品」と出会ったことによりそれを仕事としたこととよく類似している。
1980年代にシアトルに「おニャン子クラブ」「聖飢魔Ⅱ」などを持ち込んだトマス・アクィナスは当然、ディビッドにも影響を与えていたのだ。
アクィナスは「言葉が通じない」というストレスをディビッドに与えるにとどまる滞在期間であった。
しかし、このことが彼をコンスタンチノープルに近づけさせたのだ。
のちにトマス・アクィナスが東大に入ったという知らせも聞いた。
これだけでトマス・アクィナスの仕事は「十分なもの」とされている。
あとはディビッドは「版権」の問題と向き合うだけであった。
星のバレリーナ おニャン子クラブ。

オリンピオドロス(ライアン)は、アンモニウス(ドナルド・トランプ)の経営学の生徒だった。
日本語を勉強するために、モンターニュ(高橋正男)の家にホームステイしている。
アクィナスの実家を訪れ、父のフィロテウス・バーナーと鎌倉に行ったりもした。
アンモニウスが大統領になるなんておかしいじゃないか?と思った人も多かっただろう。
そうなのだ。
アンモニウスは彼の「暖簾」をオリンピオドロスに譲っていたのだ。
アクィナスの宗教の影響を受けたオリンピオドロスは、常にアクィナスの熱心な読者であり、同じ夏にサマーキャンペーンを成功させてアクィナスと同じ時期に頭角を現してきた。
知名度はアンモニウスの名前を借りたが、実際のオリンピオドロスはアンモニウスとは似ても似つかぬ人物像を持っていた。
ゼウスとヘラを崇拝し、それはまるでスサノオとアマテラス、イザナギとイザナミ、ヒロイセとペテロ・アベラードを崇拝するような感受性の持ち主だった。
彼もアメリカ合衆国の精神病院を活動拠点としていたが、「アンモニウスよりも30歳若い」とされ、「ドナルド・トランプ」と関わる上では「実際は30歳若いこと、そして繊細な感受性の持ち主であること」などを考慮しなければならない。
また、アクィナスの文章を英語に「還流」する能力の第一人者であることも知らなければならない。
トランプ大統領。

ジュリアとダグラスに「黒人・黄色人種の研究による資金集め」(ミクロ経済学)を教えたのはアレキサンダー・クルンメル(ロンメル)であった。
ケンブリッジのクイーンカレッジで「奴隷解放運動」を目の当たりにし、「奴隷の論理」「フリーセックスの論理」を学んだ。
ダボスも父よりジュリアやダグラスの影響を強く受けた。
公民権運動(セックス政治)とアメリカ合衆国憲法という「金儲けの一覧表」はどう関わるのか?
クルンメルは、自らに「多少の自由」を与え、アンテローペ(1825)、アムスタッド(1841)、グローブ対スローター(1841)、プリッグ対ペンシルバニア(1842)、ストラダー対グラハム(1850)などで「セックス政治に強いものが人を殺すようになっている」とし、ローマ帝国の頃の「イエスの処刑」の反撃がなされているのを見た。
「ミクロ経済学」(恋愛論)に強いものが最高権力者だということをアメリカ合衆国に知らしめたのだ。
南北戦争(内戦)が起きるのは明らかだった。
南の資源ではない。「自由な空気」であることは今の南スーダンとも似ていた。
「南進論」「女が資源」ということを源氏物語を書いたフィロデマス(昭和天皇)が知らなかったわけがない。
「勉強がお金になる」
それさえ理解してくれればフィロデマスはアクィナスには多くを求めなかった。
Qlair タヒチアンラブ。

「南は星の祝福が違う」とクルンメルがアンダーソン(ヒトラー)に語った時の嫉妬は強かった。
結局、第二次世界大戦で死ぬ人間も「奴隷だった」と位置付けられた。
フリーセックスを許可するということは「世界に終わりが来てもいい」と考える女たちを増やすことであり、男は兵士として死んだ。
クルンメルは学ぶために自分に「多少の自由」を許したのであり、政治家でストイシズムに立脚しないものはいなかった。
クルンメルは「女の裸体の輝き」だけは忘れなかった。
フィロデマスも、「黄色人種である限り」文化の共存が可能だと考えていたようだ。
なぜ戦争で死人が出たんだ?
「十分、人生を楽しんだからだよ」
普通選挙制度は、奴隷が選挙権を持っているようなものだ。
そこで「帝国主義段階の終わり」を迎えたのである。
クルンメルはこのような話をダグラスとジュリアに伝えて、「アクィナスには親切にするように」という教えを受けた。
哀しい方の嘘 ribbon.

「特定の女が自らを多数派に導くだろう」
私を抱いた8人の男、なんていう自伝を書いたらその度に引っ越さなければならなくなる。
詩の意味を吟味するためにも、女性関係はシンプルな方がいい。
アフリカ人の共通語に「グレボ」という言葉がある。
「速くてエネルギッシュ」「言葉を知らない」「女に不自由している」などという多様な意味を含んでいる。
黒人は「グレボ」である。日本では「クロンボ」という具合になまっている。
「グレボがいなければ国に政治家がいなくなるだろう」
しかし、彼らに戦争で死ねという気か?
政治を成立させているグレボにはこのことから選挙権が与えられた。
そのかわり、恋愛において男女は「生きるか死ぬか?」という思いをさせられた。
戦争は国づくりの基本である。
しかし「文化」によって国境線は画定されるだろう。
死んでもいい「奴隷」がいたから9・11テロは起きた。
失恋して行き場をなくす男への文化もなかったのだろう。
リフレイン 中森明菜。

人間にはタバコに火をつけて読書するというような「文化」が必要だ。
昨日より今日、今日より明日というようなものがなければ一生、奴隷のままだろう。
どの男も「今の女」は大事にするよ。
あとは「詩」をよく理解することだろうね。
黒人にはそのような文化がなかったからリベリアなどから奴隷として連れてこられたのだろう。
読書によって「多数派工作」のやり方も変わってくる。
クルンメルは「タバコを吸って風呂に入る」という日本人のような黄色人種は「白人に準ずる」と考えるようになっていた。
「戦うために生まれた」「文字が読めない」という黒人と仕事をすると「驚くこと」が多いため、奴隷に「父親のように振る舞え」というのも無理があるが、勉強が好きになってくれるのを待つしかない現状がある。
それが「生きること」につながるのだ。
マイケル・ジャクソン スリラー。



ペテロの葬列。



【つづく】

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