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Foreign Affairs

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2018年4月28日 (土)

英国国教会。

イギリス国教会には、特定の教祖はいないが、女たちが「イエスは私たちの敵」と位置づけることによって、王子を敵とみなし、それを資金力にしてきた歴史がある。
論客は多いが、特定の教義はない。
「王子さま次第」とも言える宗教である。
たとえば、デカルトの友人であるアイザック・ニュートンはF=maという式を作り、人間のエネルギーとは重力(重さ)とそれに逆らう勢い(加速度)であるとし、当然、このような男が「恋の対象」になることを想定していたものと思われる。
モーニング娘。I'm lucy girl.

ニュートンの人生は1661年にケンブリッジのトリニティカレッジに入る前と、1687年にプリンキピアを出版した時、そしてその後のケンブリッジでの教鞭をとった時代、そして「王室ソサエティを楽しんだ30年間」に区別される。
女子部屋を覗こうとした望遠鏡を作ったガリレオが死んだ一年後に生まれている(1642年)。
イギリスで1642年に内戦が始まり、1649年にチャールズ国王が即位した。
1653年から1658年までクロムウェルが君臨し、1658年から1659年にかけてクロムウェルの息子のリチャードが統治している。
1660年にチャールズ2世がイギリスカトリック国教会と名乗る王室ソサエティを作り、自らの支持基盤としている。
ニュートンはこの王室ソサエティでの時代を楽しんだのだ。
1684年にハレー彗星が来るという予測をしたことも王室ソサエティで人気を博した。
1688年に名誉革命が起き、オレンジ公ウィリアムがシティにオランダ美人を売りつけた時も、彼は王室ソサエティに残って1703年に王室ソサエティの総裁になっている。
その後のニュートンはもはや王室ソサエティの権威となっている。
彼のプリンキピアが日本国のいくつかのグループに知られるようになったのは1936年のことであり、「物理の教科書」になったのは1970年代のことであった。
ニュートンは「目で見えて回転する」ものの研究を物理学であるとしていた。
これをたたき台に「光、波、粒」の仕組みを明らかにしている。
このことによって「旧約聖書の出来事」を研究したのだ。
1905年にアインシュタインが「遠くに離れたものも同時に存在する」という特殊相対論を、1916年に「別々のものが独自の慣性の法則を持っている」という一般相対論を明らかにした時、人々は「ニュートンのどこにそんなことが書いてあるの?」と我に返った。
1730年代には「ニュートンのいう重力というものは経験に頼りすぎている」という指摘がなされた。
1740年にオイラーが「力点」というものを考えてニュートンのプリンキピアは分かりやすくなった。
男と女のララバイゲーム モーニング娘。

1750年代に再びハレー彗星がきたので、「重力ってなんだろう?」という議論が起きている。
月の方が木星よりもはるかに複雑な動き方をしていた。
ジョン・ロックは、ニュートンに詳しい男を女たちが奪い合っているとし、ニュートンは生きている、と主張した。
カントは「mv」を力とし「mv^2」をエネルギーであるとしたが、ニュートンほどの成功は納めなかった。
いずれにせよ、1660年のチャールズ2世が作った王室ソサエティの権威がニュートンであり、その教義をあえて挙げるのであれば「高校の物理学の教科書」であると言える。

アンソニー・コリンズは18世紀の最初の30年間、英国国教会を支えた人物だ。
ニュートン物理学はもはや教義として完成されていたが、「魂への罰、死後の世界」などを考え、「神」というものの議論をより深めた。
イートン校と、ケンブリッジのキングズカレッジを出たコリンズは、1703年にジョン・ロックと出会い、「略奪愛って知ってるか?」と言われている。
ニュートンのサークルはまだ王室ソサエティにあったが、「セックスは感じる」というパンフレットを配ってニュートンのサークルに対抗した。
松田聖子と郷ひろみの破局。

イギリスカトリック国教会は、コリンズのおかげで「カトリック」という看板を降ろすこととなった。
「いいからだしてるな」
このようなことを語っていたら、1707年から1708年までの一年間、サムュエル・クラークが文通を申し込んできた。
かなりいやらしい内容の文通で「女性のオーガズムの瞬間の感触を香水にしたんだ」などと書かれていた。
手紙はのちに公表され、男たちには「格闘技に関するうんちく」がウケたが、女たちはその「下ネタの才能」に喝采を浴びせた。
男の魅力と動きという2つの要素が香水にはつまっているとした。
略奪愛をしたら、二人の香水は同じになるのだろうか?などという議論をふっかけていた。
この議論によって、ニュートンのサークルとは異なった英国国教会の自由な議論ができるようになったし、「香水」というものが流行した。
田中れいな 香水。

サムュエル・クラークは、コリンズに「魂への罰が下るだろう。死後の世界で会おう」と罵声を浴びせている。
しかし、このやり取りこそがフリーメーソンのオープニングであり、香水の起源であった。
クラークは「見た目は変わらなくても、匂いでパートナーを見分けるのか?」とも言ったし「人間は好きなように行動していいはずだ」と語った。
しかし、コリンズは「人間は自由ではない。より快適な生活に縛られている」としている。
特定の香水に縛られることを「決定論」と呼んだ。
この手紙にイギリスの女たちが受けた衝撃は大きく「トマス・アクィナスってどんな匂い?」と言い始めた。
女たちは自分のオーガズムの時の匂いをばらまいて歩いていた。
Perfume Night flght.

ニュートンサークルの「固さと強さ」に緊張していたイギリス国民はこの話に大爆笑した。
「これが宗教なんだよな」
ヒュームもこの話題を好んで女たちに話した。
オックスフォードのエリートはこのような話題を考えるのが得意であるという考えはイギリス内部にとどまらず、ヨーロッパ大陸にも伝わった。

ホワイトヘッドは、19世紀末に登場した人物であるが、「女の子ってのは男がいなければ数字も数えられないんだよ」と語った。
このため、小学校における「女子校」というものは禁じ手とされた。
国語教育も「数字」から教えるのでそれは当然でもあった。
高等数学の権威であったホワイトヘッドもこのような冗談を言ってイギリス国民を喜ばせた。
いじわるねDarlin' おニャン子クラブ。

エドモンド・バークは、大英帝国の一部を構成していたアイルランドに生まれ、トリニティカレッジを出ている。
法律家だと儲からないと考えて歴史家になった。
「地主」というものに興味を持ち、もし、地主が自分の財産を増やすことにしか興味がなく、お坊さんが貧しきものからお金を巻き上げ、地主の子分が傲慢だったら暴力を使うしかないだろうと考えていた。
「このような地主がいて、人々が女の子と自由に話せないのであれば革命は成功するだろう」としている。
人間の行動原理は「痛みと好奇心」であると考え、地主に支配された連中に同情できるかどうかという力量が歴史家の力だとした。
他人の不運や落胆や孤立に同情できるように聖書は書かれている。
しかも、少数派だった人間が多数派工作に成功する物語が多い。
社会の病理面を直していく、このような物語ばかりではないか?
略奪愛が横行したため予算を割いてくれと言ったマグナカルタや、ノルマン人によるイギリス侵略などは聖書にしたがって解釈できた。
歴史を「聖書で説明できる」というのがバークの考えであった。
ローマ・カトリックが後退局面にあることは、イギリス国教会のバークのように「聖書で歴史は説明できる」という試みすらもはやなかったことからも察することができる。
すべての時代の人物の配置が聖書にはあったし、ヘンタイプレイを嫌う女たちが描かれていた。
【街に女たちが溢れていれば革命は起きない】
はっぱ隊。

引きこもりには革命は起こせない。
そう思っていた矢先に、アメリカに対して大英帝国は「税金」を課した。
まるで大英帝国は「地主」ではないか?
さらには英国議会は「地主の子分」ではないか?
もし、宗教家が貧しきものから金を巻き上げ、アメリカの街から女が消えたら革命は成功するだろう。
それはもはや「最初の経験則」であるとバークは考えた。
フランスでバスティーユ襲撃が起きた時に、バークは「フランスの女は動物みたいだ」として、街を歩く女たちがいないことから革命の成功を予測している。
日本共産党も明確にできない「革命のプログラム」をエドモンド・バークは聖書をたたき台に明らかにしていた。
のちに、世界のすべての「反共ムーブメント」がエドモンド・バークに注目している。
「特高警察・赤狩り」とは、社会に不満を持つ男への国家レベルでのデリヘルだったのではないだろうか。
エドモンド・バークは「革命のプログラムを知っている」女の敵だった。
特高警察・赤狩り。

チャールズ・ハートショーンは、英国国教会の20世紀の人物だ。
「セックスの体位は32ある」としながら、「基本は3つ」とし正常位、後背位、騎乗位を挙げ「本番では2つで攻める」としている。
2種類使われただけで、女は心のすべてを委ねてしまうのだ。
一種類だと「ベッドの上ではいたって普通」と言われる。
「胚」には「大人のコンセプト」のすべてが込められている。
ハートショーンは、男らしさもあり、ギリシャ哲学の語り部を「演じる人」でもあった。
「神はいるのか?」
それは「セックスの途中で体位を変える男」の存在にかかっていた。
女が心を委ねるのが神の条件だったからだ。
いろんな男を試す女がいたのは事実だ。
しかし、「子供ができるまで心を委ねられる」というのは案外、このようなところにあった。
松田聖子 抱いて。

アンセルムス(引間)が言っていた「神」は単純すぎる。
「デュアル」つまり「2種類」を使い分けるだけでどれほど女が固まってしまうであろうか?
デュアルを知っている男ほど国に対しても忠実だった。
やれ「暴れる」だのなんだの言っている奴は「どんなセックスしているのか?」を自分で告白しているようなものだった。
女たちはデュアルを知っている男を「水の上を歩いた」と表現している(創世記)。
問題は「男がそれを学習する時間が与えられているのか?」ということであり、天草四郎時貞のように16歳で「水の上を歩く」男もいた。
ハートショーンも「女の敵」と呼ばれ、英国国教会に名を連ねた。
モーニング娘。 リゾナントブルー。

ジョン・ノリスは、デカルトの「恋」というものをイギリスがどのように受け止めるべきかという「マレブランケプロジェクト」に参加した。
【恋と愛を統制しなければならない】
名誉革命が起きた時に、シティの株価を気にしたのは当然であったし、クェーカー教の立場からも「女は聖書を読まなくていい。男が愛を囁けばいい」という見地から、「恋=セックスは高校生には早いかな?」と考えたようだ。
「女の子は神聖な光を見ながら生きるべきだ」として思春期の心の救済を考えた。
CoCo 夢だけ見てる。

デカルトもイギリスが「恋」というものを「高校生には早い」としたことを「そうか、しかし女の子のエネルギーを勉強に生かすことは忘れないでくれ」とだけ語った。
ジョン・ノリスはしかし「偉大なガリレオ」だった。
「女の子の世界の覗き見」を芸術にしたのだ。
バスルームトラベル 欅坂46。

神・男の完成のほうが大事であるとしたのがマレブランケプロジェクトの結論だった。
「女の子たちと勉強、それは永遠ではない」
とし、女の子たちもいずれは歳をとるし、勉強もやがて忘れていくものだと考えた。
しかし「若さ」という特権が与えられたのだ。
「鏡さえ見ていれば健康だ」ということに若者はまるで太陽と月の大きさが同じであることが当たり前であるかのように気がつかなかった。
太陽と月が同じ大きさでなければ男は勃起できないとも言われる。
生命がある限り「太陽の巨大化」を人類が見ることはないのだ。
このことから「もっと太陽と月にあまえよう」とマレブランケプロジェクトは考えた。
ガリレオの望遠鏡さえあれば「男らしい男」「女らしい女」は生まれるではないか。
NMB48 Partyが始まるよ。

自己完結した「先生」がこのプロジェクトから大量に生まれた。
男は勃起する限り、自己完結した先生であり続けるだろう。
しかも、勃起する男の話を女たちは聞くだろう。
「南京大虐殺はなかった」
それで男が勃起するのならばそれでいいではないか。
愛を強化するためならば歴史など歪めたって構わなかった。
「俺、坂本龍馬っすよね」
君がそれで勃起するのならばそれでいいよ。
歴史とは勃起するための勉強であり、議論するものではなかった。
高校生にはふんだんに勉強の機会を与え、教科書も練りに練った。
高校時代の「恋」=セックスは否定しても、教育は太陽と月に最大限にあまえながら、男と女を育てることにしたのだ。
制服レジスタンス。

トマス・アクィナスは、高校時代にセックスしたために「神」「最高の知性」を見失う男を見た。
「もう望遠鏡には興味を持てない」という男もいた。
ジョン・ノリスはこのことから愛を囁けない男になるためクェーカー教の立場からも高校時代のセックスは否定せざるを得なかった。
あるいは、オレンジ公ウィリアムへのご機嫌とりだったかもしれないが、それで大英帝国の前途が開かれたのだ。

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