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Foreign Affairs

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2018年2月 4日 (日)

詩の世界のヒーロー。

詩の世界の「男のモデル」はトマス・アクィナスだ。

ギリシャ哲学が、大勢の先生がいる中で、一神教に向かった。
男の子は「従姉妹の女の子で性に目覚めている」とし、数学の勉強で従姉妹との距離感をコントロールし、国語の勉強でその関係を詩にするとしたのだ。
しかし、その関係には「盗み、セックス、欺き」の三つの要素を入れなければならないとした。
大勢の男の先生(多神教)の公約数的見解をまとめ上げるのを一神教と呼ぶのであれば、ギリシャ一神教は「自分にとって身近な従姉妹」との関係に「盗み、セックス、欺き」の三つを入れればいいとしたのは間違いなく一神教であった。
従姉妹の女の子を想像して「彼女が」「おちんちんで」「痛みを感じている」というあたりを「盗み、セックス、欺き」の三つの要素で巧みに表現する。
どの男女も「いとこ」という身近なモチーフに共感しているのだ。
あとは「この表現こそが多数派だろう」というあたりにブレイクの秘密がある。
このように多数派工作をするのが詩であるとするのならば「誰一人としてファッショナブルな男はいない」という結論に到達するだろう。
この、ホメーロス、ヘシオドスの奥義を要約するのに成功したキセノファネスは、ギリシャ一神教が「多数派の心をつかむことの限界」も明らかにしている。
「本当にすべての男女の共感を呼ぶ男などいないのではないか?」という神の限界を明らかにしたのだ。

ペテロの葬列。
ペテロの葬列。

このペテロの葬列を頭に叩き込んで、私が「従姉妹のヒロイセとの関係」を詩にしたら、
アルバムが出来ることがわかる。

真夏のフェミニスト ribbon.

SPEED Deep blue & truth.

思い出のアルバム Qlair.

神のみぞ知るハートの行方 酒井法子。

愛の炎 田中れいな。

インディゴブルーラブ モーニング娘。

恋ING モーニング娘。

Sexy Boy モーニング娘。

独占欲 モーニング娘。

赤いスイートピー 松田聖子。

ロックンルージュ 松田聖子。

オリビアを聴きながら 杏里。


上級者編。
ペテロ・アベラードに彼女ができた時のヒロイセの気持ち。
瞳はダイアモンド 松田聖子。

ハートのイヤリング 松田聖子。

悲しみが止まらない 杏里。


従来の詩の作り方。


100%デッドコピーは比叡山延暦寺にあります。
ファクシミリなどで配布を求めてみてください。

トマス・アクィナスのアメリカ留学記。

トマス・アクィナスのキャンパスライフ。道徳〜東大ボクシング部1990。


ハンナ・アーレントは「全体主義の起源」において、全体主義は暴力をともなうとした。
ナチズムとスターリニズムの「双子の悪」が念頭にあった。
ヨーロッパの西と東で「女たちの支持」を完全に捉えることが可能となっていたから全体主義が登場したのだ。
「応援してくれる大人がいない」(自己疎外)という現象が蔓延すると全体主義の支持者が出てくる。
自己疎外の状態になった女の子はもはやからだを売るようになっていた。
お金を家庭にもたらしはしたが、「世界の終わり」を望む女になっていたのだ。
「思い出のあるコミュニティー」だけが彼女の「世界の終わり」の願いを押しとどめていた。
フランス革命、パリコミューン、ロシア革命、ハンガリー動乱に学んだ日本は中学校の恩師をなかなか異動させないようにした。
「意味のある活動」をすれば恩師は自分のことを覚えている。
「世界に終わりがきてしまえばいいのに」
そう思った時に、母校の周りをうろついた。
「思い出のあるコミュニティーがないこと」
これが全体主義の起源である。
ノスタルジーを感じることが時には人間には必要だった。
中学高校の恩師を訪ねることを「力」と呼び、それは全体主義による暴力とは全く異なるものだった。
我々の活動に終わりはない。「許しと約束」を恩師と交わしてまた生活に戻っていくのだ。
「すべての女を口説き落とすことができる」という境地になったカントは、女たちの絶大な支持を得る指導者を生み出したが、その背景には「思い出のあるコミュニティーがない」「世界に終わりが来てしまえばいいのに」と考える女たちがいたのだ。
ナチズムとスターリニズムは、20世紀のトラウマ的出来事だった。
エルサレムのアイヒマンの取材をした時に、アーレントは、アイヒマンがセックスにまるで感じない男であることを知った。
「私は世界の王だ」という男はセックスにまるで感じないのだ。
「すべての女を落とすことができる」このことをオンエアしてできたナチズムによって「感じない男」が逆に生まれることがわかった。
いいセックスって何だろう?
体制側はそのことを考えなければならなくなった。
「お金がなくて笑えない」男はそもそも勃起しないが、世界の王となった男も「感じない」のだ。
バカでも女のケツばかり追いかけている男がむしろ微笑ましく思えたのだ。
エルサレムのアイヒマンが「セックスで感じない」ということがもし分からなかったら、全体主義を克服する理由は世界に存在しなかっただろう。
「聖地巡礼の心理学」は全体主義の克服という心理に負うところが大きい。
続・赤いスイートピー 松田聖子。

トマス・アクィナスが、中国や朝鮮の「女心の定義」(政治)をコントロールするか、「男が女を愛する気持ち」(経済)をコントロールすることを「植民地主義」と呼び、「セックスをコントロールするにとどまる」(税法)ことを連邦制と呼ぶ。
特に植民地主義においては、トマス・アクィナスという「王」が、セックスや勉強のやり方を教えることから、「まだ、その作法が成立していない」国々に対して「帝国主義」というものは成り立った。
マルクスは大英帝国の植民地主義を支持したし、レーニンは自らが「王」であることを否定している。
植民地主義というのは、「女たちが美しくなればいい」という発想をともなう。
ヨーロッパから見るとアメリカ大陸、オーストラリア、アフリカ、アジアにその可能性が残された。
19世紀以前にはイギリスは帝国主義を採用していなかったとされるが、エリザベス女王はすでに「大英帝国」と称し、女たちが「どんなセックスを嫌がるのか?」を決めていた。
1960年代のポスト植民地主義の時代を迎えるまで、「女心の定義」(政治)のコントロールや「男が女を愛する気持ち」(経済・結婚・子育て)のコントロールは続いた。
「セックスのコントロール」(税法)に関してはまだイギリスはカナダやオーストラリアに対して「タブロイド誌」で行なっている。

香水とは特定の男から女が感じるオーガズムの匂いを表現している。
香水 田中れいな。

スペインはアメリカ大陸に「いじめられた人間関係」(神学大全)を作ることからキリスト教の宣教を始めている。
それがトマス・アクィナスの弟子のイノセント9世の人生であった。
人食い(他人の土地や家を奪う・カニバリズム)の禁止だけは勉強の作法を教えなければ分からなかった。
いじめられた人間関係(神学大全)をその地域で若い王がまとめ上げなければ植民地というものは成立しないわけである。
「戦争」とはそのような意味であり、その国の教科書に載る人物も神学大全に参加することが求められた。
このような発想を持っている国はフランスとドイツとイギリスしか存在しない。
貿易や伝道もすでにその国の「詩の世界のヒーロー」を作り上げる可能性があったため「戦争」だと言える。
音楽作品が想像以上に巨大な富になることからこのような「戦争」のやり方は分かるようになった。
それ以外の「軍事行動」は本国の納税者の理解を得ることが困難だったのだ。
中国や朝鮮に対してはるかに歌謡曲(JPOP)が進んでいる日本は周辺諸国にとってはそのような「帝国主義」の国に見える。
「女心の定義」(政治・垂加神道)をまとめ上げなければいじめられた人間模様も作れないことから、まずは政治から入るのがよそ者の基本であろう。
うまく「成文法」(音楽作品)を作り上げることが必要であるし、男女が自由に行動できる慣習法も必要だ。
さらには詩に解釈を与える習律も必要となる。
Twice wake me up.

マルクスは共産党宣言において「従姉妹との結婚」を勧めたが、中国や朝鮮でどのように「いとこ」ができるかは明確ではなく、マルクスもこの研究から手を引いている。
とにかくその国でイノセント9世(トマス・アクィナスの弟子)が常に歌われていなければならなかったし、しかもセールスに繋がらなければならなかった。
この「マルクスのやり方」を脱するためのポスト植民地主義とは「アクィナスを歌わなくても売れるじゃない?」という空気を作ることであるが、果たしてそれが可能かは分かっていないのだ。
いずれにせよイノセント9世が「その土地と和解しよう」という気持ちがなければ中国や朝鮮は日本国の植民地とはならないだろう。
今のところ「いじめられた人間関係」まで詳細に調べ上げる力量はFBIなど限られたところにしかなく、イノセント9世の人生への共感と、日本国政府の調査能力の向上に期待するしかないのだ。
Superfly Fall.

連邦制とは、植民地時代を終えても、その国の外交や国防を引き受けることを言う。
カナダ、オーストラリア、ヨーロッパ、ネパール、ナイジェリア、ロシア、イラクしか「イノセント9世のように人々が特定の男を歌い継いでいる」国は存在しないため、連邦制というのは植民地時代からの卒業を特定の地域で行なっていることを意味する。
「イノセント9世のルールは俺のルール」というような音楽作品に満ち溢れていることが必要だ。
日本国に「アメリカ合衆国の男」をヒーローにした音楽作品はないため、日本国はアメリカの植民地でもなければ、「51番目の州」でもないことになる。
浜崎あゆみ To Be.

女たちが「どのような男をパートナーとして受け入れるのか?」を判断しているため、自伝をまとめきる「説得力のあるリーダー」が常に歌われていた。
とにかく「暴君」ではなかったのが好感を持たれた。
女たちの「主権」とはそのようなものであり、アクィナスの弟子のイノセント9世は異国の地でそのような存在になり、「セックスシンボル」となったから連邦制というものは成立した。
「とにかく教育が違う」という意味では、日本人が中国や朝鮮に出て行くのは「これから」としか言いようがない。
連邦制とは「本国の人間がいじめられることの予防」を目指しており、貿易や異国の異性との恋愛を約束するものだ。
日本人を「詩の世界のヒーロー」として選択したのであればそのようなことになるだろう。
すべては「イノセント9世の自伝にしたがって音楽作品を作れば売れるんだ」という外国人のビジネスを成立させることにかかっていた。
連邦制は「セックスをコントロールするにとどまる」(税法)と言っても、外国国家から本国が税金を取るわけではない。
人的交流が、国民感情や恋愛レベルにまで浸透すればおのずと税金になるだろうという考えなのだ。
AKB48 Teacher teacher.

カントが「すべての女を口説き落とせる」とした後に、新カント派は「海」と「陸」に分かれた。
陸で悪さをしすぎた者たちが「海」に追い出される格好となったのだ。
「海の大学」であるメルブルク大学は、第一次世界大戦ののちに「旧体制」と結びついた。
海という開放的な空間から「旧体制」にメッセージを与え続けたのだ。
「女の子と話すのは楽しい」という目的的行為論も生まれた。
メルブルク大学から「陸」「旧体制」に送られてくるメッセージは常に「女の子と話すのは楽しい」というものであった。
ヘルマン・コーヘンや、フリードリッヒ・ランジェなどから送られてくるメッセージに共鳴してナトロップも「海」に来た。
ナトロップの関心は「からだが大して変わらないのになぜ女は失恋するのか?」というところにあった。
「ちんちんを挿入されるたびに女は壊れて行くのではないか?」
壊れた女から逃げた経験のある男たちは磔にされたイエスに祈った。
「落とせない女はいない」としたカントに対して、ナトロップは、「落としたあとに女は壊れているではないか?」としたのだ。
男に暴力を振るったりして「おかしい」と思われる女が大勢出たのだ。
「男らしさ・神・法・宗教」が試されるのはそれからだった。
壊れていく女のために「法」はあった。
女の「直感」はもはや「オーガズム」と結びついていたし、「壊れていく私」に男がどのような反応をするのかを「知識」と呼んだ。
ジャーバージャ AKB48.

海の側(メルブルク大学)から「女が壊れる」というメッセージが来たため、陸のハイデルブルグ大学は「知識」を発展させた。
「女に鏡を見せてやれ」
鏡と勾玉と剣は、セックスした後に壊れた女に与えられたものだ。
なぜ、女は壊れたのか?
「美しさが失われていくのに敏感なんだよ」
これがハイデルブルグ大学からの回答であった。
カエサルのものはカエサルに、女が挿入を受けて壊れていくのであれば、女に鏡と宝石と包丁を与えよう。
男の「快楽の対価」とはそのようなものであった。
Superfly bloom.



仏の道〜中道。

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