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Foreign Affairs

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2017年11月 1日 (水)

男学。

男というものは、さまざまな出来事と直面するたびに「女心ってこういうものだよね」と言って「肋骨」の意味を定義し、しかもすべての女たちが納得する、それが「男らしさ」であり、「すべての女が落ちる女心の定義ができる力量」が問われる。
どのような会社で「女心」の研究をしているのか、おちんちんの経験、若さ、余裕、服装、実績などを女たちは見ている。
仕事を任されるというのも男の魅力だ。
どのようなシチュエーションで、どのように勃起し、どのような勉強をしたのかが問われる。
勝たなければ勃起しないし、勉強しなければ勝てない、あとはシチュエーションに身を委ねるしかない。
ロマンスは偶然のしわざ。

女たちはなぜ男に「自分の気持ち」を聞きにくるのだろうか?
それは男を比べるためである。
「勉強階級」がなければ全く自分の気持ちがわからないのだ。
【守られたい】
しかも、自分の気持ちを教えてもらいたい。
すべての女が同意する「女心の定義」の下に身を置きたい。
女心というのはすべて想像の域を出ないが、落ち着きのいい定義はある。
女たちが群がる「最高値」は確実に存在するのだ。
それは「神」の役割でもあった。
余裕と若さから男を見はじめるだろう。
そして、財産や人間関係、出来事、数、彼女についてなどを見るだろう。
その上で「あの瞬間何を考えていたのか」を知りたがるだろう。
まるでキメラのように若さが突然変異した瞬間の話を聞きたがるのだ。
その瞬間、女たちがどのように彼に力を与えていたのか?
そして、大騒ぎになるような結果を女たちは「自分のもの」としようとするのだ。
それが「守ってもらいたい男」となる。
BoA まもりたい。

いずれにせよ、女に力を与えられて結果を出さなければ、女たちはそれを「自分のもの」にしようとは思わない。
女心を定義したいのならば、何か少しでも結果を出すしかない。
力を与えられたことがないのならば興味がない証拠だからだ。
「女学」を財産に変えようと思うのならば力を与えられて勝負に勝つことが必要だ。
勝負から逃げる奴は「おちんちんと財産の分離」を行うことになる。
女の力を知ってようやく「女学」は入門を迎えることになる。
特定の女(具体)ではなく、すべての女(抽象)に通じる話に興味が持てるようになるのも「女に力を与えられて勝った」ことがあるからだ。
負け犬がコソコソと語るのが女学だとは思わない方がいい。
男と財産を結びつけるのはそのあたりに秘密がある。
すべての女に通じる、しかも、大学のカラーがある、典型的な負け犬の大学のカラーもあるのだ。
経験したこと、経験させられたこと、それも若い頃からそれを見ておかないと「女学」には興味が持てないだろう。
ましてや「女と同じことをしていた」のならばもはや女学を勉強する資格はない。
17ビート 酒井法子。

「普段、何をやっているの?」
周囲の影響を受けないようにしているんだ。
「eBooksも読まないの?」
それは指導者を選ばないとね。
世界にはすべてがある。「何が目の前にあるのか?」を理解しないとeBooksも読まないよ。
何もなければ読まないけど、必ず目の前には何かがあるんだ。
特に、目の前に「他の男」がいれば本を読むね。
女の話をしないとどいてくれないだろ。
相手の男のおちんちんを狙って話をするんだよ。
まあ、天気の話をするのと同じ意味だな。
しかし、ちょっぴり気が弱い男ほどか強敵だな。
女学の400年の歴史に顔を赤らめる奴は強敵なんだよ。
女学の話をするということはお金を上げることであり、本棚を紹介することでもある。
これを嫌う奴がいるんだ。
赤いスイートピー 松田聖子。

守るべき家庭のある奴は女学を歓迎しないかもしれないね。
雑魚と大物の区別もつかない奴も女学を聞きたがらないだろう。
「勉強の向こう側」を嫌う連中なんだよ。
場所を示す「ゼロ」の次は「1」だろ。
一からやり直すのを面倒くさがる奴がいるんだ。
仕事を邪魔されたくないから普段、女の話をするのだけど、それを嫌う奴はタチが悪いね。
だったら「お子さんはいらっしゃいますか?」から女学の話を切り出すしかない。
家庭に縛り付けられている奴ならば話に応じるだろ。
なぜ「女学」だけではなく「男学」があるのかの理由も知るだろう。
学歴社会には便利な学問があるもんだな。

プロセス哲学(プロセス憲法)というのは「若さをダイナミックなものにしたい」というムーブメントである。
楽しんで学問をやった奴ほど「大乱世の男」と呼ばれるんだ。
なぜなら資金力が違うからだよ。
ひどい経験をした後に「金こそがすべてだ」と思うのならばプロセス哲学を持つようになる。
組織再編にもプロセス哲学を持つものは必要なのだ。
女性職員の「女心」を定義してくれる男は職場に残ってもらいたいんだ。
だから組織再編に強い。
二股かけられた女は「死んでもいい」と思うだろうけど、二人の女と同じ速さで走ることの危険性をパルメニアデスは指摘している。
「女心を定義できる」「危険な二股をかけない」これが「大乱世の男」と呼ばれる秘密なんだ。
幸せですか モーニング娘。

そもそもヘラクレイトスが「万物は流れる」として「世界の秩序ってなんだろうな」と考えたことにプロセス哲学の起源がある。
海で夜中に焚き火をした時に「金がすべて」だと思ったんだろう。
「これからが本当の戦いだ」という決意を海の焚き火を見て固めるからだろう。
黄金でいろんなものが買えるし、心の火はなんでも生み出せる。
寒い日の海での徹夜は、暑さと寒さ、戦争と平和、空腹について考えるのには十分すぎる経験だ。
ヘラクレイトスは、その時、海で徹夜した仲間をゲシュタルトと呼んだのだ。
ルイシッポスやデモクレイトス、エピクロスなどがいて、お互いにぶつかり合ったよ。
みんな「なんのために勉強するのか?」を理解していた。
四人が「火、水、土、空気」の四つを奪い合ったんだよ。
激しさ、静寂さ、成熟さ、そして常識的であることなどが海で徹夜した時の決意としてのちの人生で表現された。
ヘラクレイトスが「火」となるだけで他の三人も自分の生き方を決めた。
のちにヘーゲルが漫画にしたことから、中学の卒業式の後、海で徹夜するものが現れた。
カントは夏だけでなく「寒い季節の海」の意味も見出していたのだ。
1790年から1850年までフィヒテ、シェリング、ヘーゲルは「この経験の大きさ」を語り合った。
ホワイトヘッドも「メンバーの誰かの心に火がつけばいい」と考えていた。
のちに、チャールズ・パース、サミュエル・アレキサンダー、ロイド・モルガン、アンドリュー・ユシェンコもこの経験をしている。
このことは「リフレックス」と呼ばれるようになっている。
デュランデュラン The reflex.

自由民主党は、寒い季節の海も政治利用した。
そのへんに立てかけてある竹を燃やしたよ。
「俺たちはもうひとつにはならないんだろうな」
しかし、大乱世の男の原体験となった。
アレキサンダーは、大金持ちになったロイド・モルガンの心をよく理解していた。
銀行家と評論家を生み出しただけだよ。
あとの奴らは子供のように駄々をこねただけだった。
「男になる」ってのはそのようなものなんだ。
あの時のメンバーの一人が女に囲まれていたら、それに興味を持つものが一人でてくる。
あとはみんな駄々をこねるだけだよ。
秘密は「海で徹夜する忍耐強さ」にあっただろうし、若さをダイナミックなものにする力を誰よりも持っていたということだろう。
いずれにせよ、一晩見た海の風景から「女心を定義しよう」と思ったのは事実であったし、お金に困らなくなったのも事実だ。
どんな教科書を読んでも「答えになっていない」とも思った。
いずれにせよ「ビュッフェにつながることを勉強したい」と思ったのがプロセス哲学であり、海が起源だった。
ハイデッガーもドゥルーズも「海での原体験」は否定しなかった。
しかし、ダーウィンだけはイギリスは認めようとはしなかった。
「人間の進化は海にはない」としてイギリスが頑なになってしまったのはダーウィンがこの議論に参加したためだ。
自分の「原体験」を振り返るだけならば構わないが、それを「進化」と結びつけるのは反対だ。
雪国で育ったりしてもっと多様な原体験を持っている人がいたからだ。
まあ、好き勝手やらかすメンバーが揃うのは海ぐらいなものかな?
大きすぎる空間に身をさらすのは悪いことではない。
女の子のメランコリーの意味も知るだろう。
「浜」を宗教体験に使う連中もいるからな。
胸騒ぎのメランコリー 高井麻巳子。

勉強というものが「大人たちの世界で役に立たないではないか?」と思うこともあるかもしれないけど、勉強の限界を知っていれば確実に「分析力」は高まる。
「固まっていた方が狙いが絞りやすい」とも言われる。
政府が何を考えているかという問題は特に「固めておく」必要がある。
勉強をやってみると、自分が危険にさらされていることにも気がつかずに、政治生命が助かることもある。
それは、主人と執事ほどの違いが生まれるものなのだ。
2006年のオーストラリアのグラシアー国立公園でブルーノという熊が住んでいることが話題になった。
熊が出没する可能性のあるエリアを「17」とし、出没したエリアを「18」とした。
観測している研究員が眠っているエリアを「19」とし、サプライズが起きたらエリアの番号を「20」とした。
三嶋17、山崎19、須田20。

番号のイメージは2006年にオーストラリアに浸透した。熊の怖さから浸透したのだ。
熊が群れをなしていたら「25」とし、群れが暴れたら「26」とした。
筒香25。

濱口26。

番号の意味はオーストラリアの人たちの「熊への恐怖」から世界にイメージが拡散している。
地面がぬかるんでいて逃げ場がない場所を「29」とし、日の丸の印をつけた。



ぬかるんでいても逃げ道がある場所を「30」とした。



尾仲29、飯塚30。

横浜DeNAベイスターズが「投手の威圧感」を重視しているのがわかる。

熊を誘導するためのエサが3つ用意されているエリアを「31」とし、エサがない危険なエリアを「32」とした。
柴田31。

さらに、熊を殺傷する武器があるかないかで「29」と「34」を区別した。
ぬかるんでいるところでは必ず熊を殺傷する武器を用意したのだ。
尾仲29、平田34。

また、熊への対処を行なった経験値の高いエリアを「36」とし、ほとんど経験のないエリアを「37」とした。
桑原37。

熊が出たら喜んで殺す人がいるエリアを「38」とし、10人がかりで除雪作業を行えるエリアを「39」とし、ぬかるんだ土を5トン以上どかさなければならなくて逃げ場のないエリアを「40」とした。
嶺井39。

勉強というものも、子供の頃に「権威にたよる時期」があるために作られた完璧なゲームだ。
これを一生、続ける人を「権威主義的人間」と呼ぶ。
背番号のうんちくを語ったり「女学」を語ったり、どこかでみんな丸くなっている。
勉強はヴェーダ、ヴェダンタ、ミーマーサー、サームカーの4つの流派に分かれていて、「偏差値」を出すことによって、子供たちに「権威とは何か?」を教えた。
「女心を知らない偏差値BOY」という題材もここに示された。
男たちは「人生で一度は通る道」だとされている。
ブッダも「ヴェーダの優等生」でなければ王子とは言えなかったし、病気の女たちが「女心を定義してください」とのちに集まることもなかったのだ。
偏差値の起源はアドバイタ・ベダンティンに求めることが可能だ。
偏差値BOY うしろゆびさされ組。

セクシャルポーズであるヨーガはそのような偏差値BOYを挑発するためにあった。
国家の発展段階の初期においては「塾」というものが税収源となっていた。
これらの「インドの学校」からニャーナ教、ヴァイセシカ、仏教、ジャイナ教が生まれている。
ニャーナ、ヴァイセシカにおいては偏差値BOYが「勝手な連中」と向き合うことをその教えとしている。
ニャーナ、ヴァイセシカは「宝石」というものを作り、偏差値BOYをきらびやかに飾ることで「勝手な連中」を抑え込もうとした。
宝石というものは「女心を知らない偏差値BOY」が購入するものだった。
サームカーはこのような教団を生み出している。
シルバーリングに口づけを。

仏教は「アジャジの花」のように花にその関心を向けた。
花は味、匂い、色、肌触りを語らなければならなかった。
ジャイナ教は、これを突き詰めて「植物大全」を作った連中だ。
花束を女性に贈る習慣はジャイナ教のものだと言っていい。
私の16歳 小泉今日子。

女の子に「花言葉も分からないおバカさん、偏差値BOY」とバカにされるまでヴェーダは動かなかった。
しかし、やはり勉強の向こう側に「女心の定義」をする研究の必要性を感じた。
そこで、プラクティ・パリナーマ・ヴェーダとブラーマ・カーラナ・ヴェーダの2つの流派が生まれている。
日蓮宗は、この2つのどちらかから「女心」を学んだことになる。
女心の定義の必要性を「女が痛みを感じた」ことに見出したのだ。
痛みを感じるというのは「怒る」ということだが、思春期におちんちんを切られるというオイディプスコンプレックスすら分かってやらないと「反抗期」と言われる羽目になる。
理解することが大事なのであり、投薬などは行なってはならない。
「女が怒った時が研究の狙い目」だとして作られた女心の研究はもはや「聖典」と呼ばれて、のちに誰もやりたくない作業となっている。
サームカーの側から「聖典」が出されてヴェーダは立場を失ってしまったのだ。
「日蓮が不思議」と呼ばれる論破の連続は「偏差値の向こう側」に女たちが群がったという現象だったのだ。
酒井法子 ミーハー。

ニャーナ教も「聖典」にのっとることにしたが、偏差値というものが好きだったために、あくまでも「学校」にこだわった。
高校生レベルの「恋」の時代には「女学」を教えたのがニャーナ教だった。
「パラマウント」と呼ばれるベッドで高校生の男女が寝ていたから、果たしてニャーナ教からエリートが出るのか疑いの目を持たれた。
ブルジョアの高校生カップルが夜を明かした丘の上の家が放火された事件があったため、「女学は大学でやった方がいい」という方向に向かった。
いずれにせよ「友達が欲しいから勉強する」という文化が偏差値の世界にある以上、何を教えるかはきわめて重要なテーマだった。
性教育ではなかった。
クラスの女の子の心を知るという教育であり、今の日本国においては日蓮宗だけが採用しているものだ。



ラインカメラで修正してみました。


【延々とつづく】

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