最近のトラックバック

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 若い女。 | トップページ | 公共事業女。 »

2017年10月 4日 (水)

無政府女。

なぜ、割礼というものは行われるのだろうか?
答えは「皮オナニーをやるとセックスというものがよく分かるようになる」からである。
「政府はセックスというものを理解していない」と主張して女たちの支持を集める活動家を「無政府主義者」と呼ぶ。
特高警察 赤狩り。

しかし、政府のメンバーの多様化は、マルクス主義者やヘーゲル左派の野放図な活動範囲を確実に狭めていったし、音楽作品の普及は「恋愛とはどのようなものか」を完全に透明化させてしまった。
昔、政府がまったく掌握できなかった連中がいたのは事実であるし、その伝統は今でも「政府は固すぎる。私たちのセックスを理解していない」という日本国の伝統となっている。
宗教面においても、教団は「政府を真似して」教団組織を作っていたので「本当に私たちの恋愛事情を分かっているのかしら?」という疑いの眼差しが向けられた。
音楽作品をみんなで笑いながら聞く道教やスーフィズム、そしてドラマを楽しむ仏教の世界に疎いのが「お固い宗教家である」というイメージも根付いていた。
「カリスマとは高尚なものである」
このことから宗教家においても無政府主義者が暗躍することになった。
カトリックの影響力が宗教家に広く及んでいたことも背景にある。
日本国の神話に「性行為非公然性の原則」があったことから、カリスマを維持しようとした男はセックスの存在をひた隠しにした。
「オープン家族」とはデリダやドゥルーズ、フーコーが提示したものだ。
この「オープン家族」モデルがインターネットの世界に性を蔓延させたのだ。
国家がそのハンドルを握ることとなった。
「国がハードコアを許している」
このことはマルクス主義者に痛烈な打撃を与えた。
そこで、無政府主義は「女心ってどのようなものだろう?」という方向に向かい、政府とその「理解力」の競争を始めたのだ。
「政府の腰が重い」「有効な政策を打ち出せない」このことを狙って活動したのだ。
猫舌ごころも恋のうち。

やがて、無政府主義者は「権威」から排除されていくのを感じた。
性に奔放であるとまるで「爆弾を投げるニヒリスト」のように扱われたのだ。
「堅物」
それが権威だった。
人々も、自分たちは自由を謳歌しながらも堅物との社会契約を望んでいた。
「抑圧、暴力、腐敗」は憎むべきものだった。
エジプトのファラオは巨大なロッドを一生涯使わなかった、このことからピラミッドは作られている。
ルソーもその教育を採用したのだ。
クロポトキンやゴールドマンなどは「王になるつもりはない」としてかなり派手に女遊びをして秩序を乱した。
1910年にクロポトキンの影響で大逆事件が起きた。
王に近い連中が、それに歯向かって自由奔放に遊ぶ男たちを取り締まったのだ。
この時に「満場一致の民主主義の難しさ」を学習した。
部下の前で汚い言葉を使わない、食事も共にしないという統治機構の基本があったからこそ、大逆事件は生まれた。
しかし、リーダーはまるで精神科医のように「女心に詳しい」という心理学が統治機構を形成したのだ。
家庭が破綻した男を指導者にはしたくなかっただけなのかもしれない。
チョムスキーは「子供がデートする」ことを批判した。
格差や階級、エリート主義、人種差別、性差別が「子供のデートの禁止」から生まれた。
民族によってかなり全体主義的にこの問題は捉えられたのだ。
この時の記憶から大人になっても「風俗は悪である」と考えるエリートもいた。
まるで「違法なグループ」として出世しようとする男たちが風俗に行った。
統治機構が扱いに困ったのは事実なのだ。
反共労務管理の一部として、風俗通いする社員と向き合わなければならなかったのだ。
組織は「現状維持」を求めていたからだ。
権力の「中枢」は風俗通いなどしていなかった。
特高警察 赤狩り。

どの社会人も「政治生活」を送っていた。
「口説き文句」を考えては他者と「財布の交換」をしていたのだ。
ボルシェビズムは右翼のムーブメントだったが、「必要なことはなんでもやろう」という考えに至って、女を口説いた。
トルストイも「恋愛をする奴は平和だ」としており、ガンディーに影響を与えた。
「派手な女遊び」ではなく「恋愛」というものが提示されたのだ。
それは無政府主義の間に蔓延した暴力とは一線を画すものであった。
「国家に反発して」行うものでもなかった。
なぜキリスト教徒は「カエサルのものはカエサルのものに」と言ったのだろうか。
それは「特定のパートナーとしっかりと向き合う」という意味であり、女心というものをよく考え、そこで学んだものを権力者にお返しする、そういう意味においては「女遊び」を戒めるものであった。
無政府主義者はあまりにも戦術的すぎたのだ。
風俗は国家レベルで「革命ごっこ」「天皇ごっこ」を提供するものに過ぎない。
お金も払わなければならない。
そのようにして国は暴力というものを吸収した。
クエーカー教のハチソンが17世紀にマサチューセッツベイコロニーにおいて風俗店を営み、もはや王にはなれない男たちが女を口説いた。
無政府主義の理想郷の原型はここにあり、19世紀から1930年代のスペインなどで国に反発するものがお金を払って風俗に行った。
1960年代から1970年代にかけてセックスと革命の嵐が吹き荒れたが、国はもはや若者への「出世の道が閉ざされないだろうか?」という親心から眺めていたに過ぎない。
「空想的な革命ごっこ」に過ぎないのが女遊びだったのだ。
新宿鮫とて、もはや警察が完全に掌握していた。
特高警察 赤狩り。

« 若い女。 | トップページ | 公共事業女。 »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 無政府女。:

« 若い女。 | トップページ | 公共事業女。 »