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Foreign Affairs

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2017年10月19日 (木)

物理女。

オスマン帝国が崩壊した1917年に、ウィーンサークルの全貌が明らかになった。
モーリス・シュリックの「時間と空間の物理学」という本が紹介され、ウイーンの女の子たちとの「セックス」という男女の相対性理論などが記されていた。
やがて、カルナップやゲーデルがサークルに加わった。
数学者であるゲーデルがいたことや、サークルの知識がどのように拡散していくのかを探求したオットー・ノイラーがいたことが大きな意味を持った。
シュリックの研究は常にマックスプランク研究所に報告されていたし、物理学というものが「常に女の子たちを口説く新しい話題を探求する学問」であることをもっともよく理解していたのがシュリックだった。
おニャン子クラブ 愛の倫理社会。

本来、マックスプランク研究所は、ヘルムホルツのような「パチンコ」の開発を行っていたが、カントの「女心は大きすぎる」「男に無限を期待している」ということと物理学を結びつけたのがシュリックだった。
「常に新しい理論を」求めている物理学が「女の子たちへの口説き文句」へと「新しい理論」の方向性を定めたのだ。
ヘルムホルツは「物理学がどれほど人間に刺激を与えられるのか?」を探求したあたりからそのような方向に向かうことは明らかであった。
日常には「別の生き方もあったのかな?」という悔いだけがあり、男の知識が何を必要としているかという問題と向き合おうと決めたのだ。
「悔やんでも仕方がない、彼女と仲良くするしかない」
ヘルマン・コーヘンも「男に刺激を与える学問とは何か?」を探求したが、答えは「若い女の子」だと考えた。
これらのことから物理学の世界は新しい空気に満たされたのだ。
「理論物理学」の誕生だった。
遠くから見たら動物に見え、だんだん近づいてきたら犬に見え、やがてそれがペットのフリッツだと分かる。
この人間の「直感」こそが「口説き文句」の正確さの根拠だろうと考えた。
女の子たちの直感とはそういうものだとたとえられた。
「どれほどクリアーに磨き上げるかが大事だな」
Please tell me Mr.朱。河合その子。

「心の風景を磨く学問なんだよ」
ローレンツとフィッツジェラルドは、「目があったらドキッとする」男の研究をした。
女に詳しい男にはドキッとするものなのかね。
まったく異なる世界を生きていればドキッとするとしたのがアインシュタインの特殊相対性理論だった。
まったく異なる世界における「速度」が問題となった。
特殊相対性理論とローレンツ・フィッツジェラルド仮説はどう違うのだろうか。
アインシュタインは、「ロッドの速さ」まで問題にしていたという意味では、ローレンツ・フィッツジェラルド仮説の方が「見つめ合う」だけの研究であり、ロマンティックなものだった。
ロマンティックでありながら、より高度なものだった。
ポアンカレも「男は自分の世界を生きていればいい」とした。
男の目を見て女は「見透かされているかどうか」を考えていた。
そんな女は目を伏せたし、それは電磁波としか呼べなかった。
知識が電磁波になるんだよ。
女は「私の指の記憶がバレていないかしら」とも思ったのだろう。
アインシュタインは、ロッドの速気持ち良さを論じたが、ローレンツ・フィッツジェラルド仮説はハプスブルク家の女の子たちとこんなことを楽しんでいた。
女の子はロッドだけに感じるのではない、それが言論の自由の背景にはあった。
ラッセルも「知識の可能性」として「見つめ合うこと」の方が大事であるとしている。
アインシュタインは、時間と空間を存分に用いてセックスしたら気持ちいい、としてこの発言はウイーンでも噂になっていた。
日本でも「遠くの味噌を掛け合わせる」などと噂になった。
しかし、世の中の複雑な男女の幾何学模様までは考えていなかった。
ヴィトゲンシュタインもこの研究をもとに「高嶺の花の美女」の写真を撮りまくった。
物理学に欲しいのは「刺激であり知識である」とされるに至った。
パラディラタンの夜 河合その子。

見つめあっただけで刺激がもらえる?
「火のないところに煙は立たず」とも言われた。
マスターベーションの存在が背景にあったのだろう。
1936年7月22日にシュリックは元生徒であるヨハン・ネルボックに拳銃で撃たれて死亡した。
ナチスによるオーストリア併合がこのことから可能になった。
「楽しい国は侵略されない」ということを感じさせる話である。

女たちがその「知性」にマスターベーションしている男だろ?
俺らサムライは「義」によってしたがうしかないじゃないか。
いろんな噂が飛び交っているので、それに巻かれた方がいい。
これが武士道であった。
武士道の起源はラテン語ができる男に忠誠を尽くしたフランスの男たちにある。
新約聖書は、新しい自分の国の言語で書いたけど、旧訳聖書だけはラテン語で読むしかなかったのだ、
ユダヤ人はモテたし、金持ちが多かったからね。
勉強ができない連中は忠誠を尽くしたのだ。
子供の世界ではないんだ。
強烈な推進力が主君にはあったのだ。
旧訳聖書なんてラテン語の教科書だよ。
言葉さえできれば膨大な書籍の蓄積が手に入る。
ユダヤ人というのは「ラテン語を学ぶのに苦労している連中」のことなんだ。
主君というよりも「覇権国家」への忠誠だよ。
「ラテン語の勉強、頑張ってください」という以外に何もできないよ。
ただし、主君の名前を出すだけで俺は女に困らないんだ。
友達、家族、仕事などの都合があってフットボールやコーヒーのチェーン店、ギャングやマフィアのいる国の勉強をしている男にしたがった方がいい。
ミスターチルドレン Tomorrow never knows.

ナチスは「ラテン語からの脱却」をやったのだ。
「他人から見て俺はどう見える?」という発想が大事だった。
「アメリカ?全然おかしくないよ」
それが必要な世界なのだ。
世界標準の「女学」を勉強しているらしいな。
子供にも伝えたいよ。
仕方がないだろう。覇権国家が「気持ち良さ」を握ってるんだから。
勃起しない奴には「忠誠心」の意味が分からないだろうな。
別の生き方などない、覇権国家の言語を勉強するんだというユダヤ人は、時に殺伐としていたが、サムライたちは「あんな苦労はしたくないな」と思っていた。
忠誠心というものに盲目である者は仲間を失うとすら言われた。
集団とグループがあるから忠誠心というものが存在する。
女が主君の目を見て「シビれる」というんだからな。
ビクター・フランケンシュタインは、自分には学ぶ能力がないと悟り、人間に忠誠を尽くすことにした。
主君の彼女は「ラッキーガール」と呼ばれた。
モーニング娘。 Im lucky girl.

人間である以上、できることとできないことがある。
マーク・トウェインやグラハム・グリーンは忠誠心というものを否定してみせた。
セックスすることを諦める男を描いたのだ。
無価値な男を描くことも楽しいことだった。
キリスト教社会には無価値な男も必要だった。
友達を作って、寛大さを覚えて、勇気を持って、働いて、そんな人生が待っているであろうからこそ無価値な男を描いた。
この「社会主義労働」はナチスが描いたものだ。
宗教をぶち壊す必要性を感じるのだろう。
なにが「フェアプレー」なのかを考えた挙句に打ち壊そうと決めている。
宗教改革はいつも「フェアプレー」を求めて行われているのだ。
サヨナラ金八先生。

禅というものは、自分のおちんちんを起点に「俺は何のために学ぶんだろう」と考えることを言う。
組んだ左右の足は女性の胸をイメージして、「二つではない」「ひとつではない」をひたすら考えるのだ。
二つとは女性の胸であり、ひとつとはおちんちんのことだ。
「戯論」と呼び、問題があるたびに禅を組めば「何のために学ぶのか」を悟るようになる。
数息観と呼び、呼吸の数を数え、公案を与えられる流派と只管打坐(ひたすら座っている)流派がある。
永作博美 Feel me.

白隠は700の公案と、それにともなうものを合わせて合計3000の公案を考えた。
唯物与仏と呼び、女を仏にプレゼントする営みであり、ちんちんに到達し(理知)体の真実を知る(発心)、源泉と呼び言葉が湧いてくるのを待つ、公案は解決困難であることを知る(難道)、そのあと日常に思いを巡らせる(機関)、仏の足跡を辿った気分になる(向上)の五つの段階を覚え、仏像はなにを考えているのかを真似するのだ。


永作博美 Drivin'

門のない門、青い崖の記録、いろんな人生の記憶があると都合がいい。
仏像を見て感銘を受ける、言葉に頼らない、心を感じる、勉強しようという気になる、これが臨済宗だ。
曹洞宗は、だんだん分かってくることと静けさを愛することを教えている。
臨済宗は特に「急激に分かってくる」時期があることを教えている。
周囲が「あいつはもう手がつけられないな」という状態を悟りと呼んだ。
永作博美 エアメイル。

適切なダイエットや運動をすることで体調を整えなければならない。
ロータスの姿勢が取れるのならばそもそも合格なのだ。
呼吸を整える時は「一、二、三」と数えていく。
入ってくる息と出ていく息を感じるのだ。
一分間に60回から70回の呼吸をすることは脳にいい効果がある。
世の中の暴力から自由になるという効果もあるだろうね。
永作博美 Without you.

行動するからダメになるんだ。ただ座っていれば「これ以上ダメになることはない」ことを知る。
呼吸に変化をつけてみれば脳にどのような影響を与えるかがわかる。
教室でこれをみんな知らぬ間に覚えさせられているんだよ。
呼吸と脳の関係がわかればいい。
永作博美 信じさせてください。

一番いい脳の状態で授業を受けるようになっている。
心配事がなければ成績はいい。
永作博美 恋と微笑みと花。

うまく禅をができたかどうかは通信簿を見るしかない。
永作博美 逢いにきて。

要するに「女の王国」で授業に集中して欲しいんだよ。
授業中はちんちんもおっぱいもないだろ。
「何のために勉強するのか?」
その答えを感じてもらいたいんだ。
先生が難しい質問をしてくるだろ。
時には二択を迫ってくることもある。
「分かりません」で済む話だろ。
ムキになると目の焦点が合わなくなり成績が下がる。
永作博美 このままでもう少し。

他の男子と競争することもあるだろ。
それでも分からないのならばギャンブルはやるなよ。
「俺が俺が」じゃない方が得をするんだ。
授業なんてCDを聞くように簡単なんだ。
永作博美 天使が胸に降りる時。

先生の話がたまたま理解できることを「見性」と呼ぶ。
分かった時からが、クラスの女子の胸との向き合い方の始まりだ。
覚えることを知るからだ。
「分かりません」と答えなくなるようになる。
見性さえ分かるようになれば、教室なんてゼロ空間ゼロ時間だよ。
右胸左胸の二つがそのような空間と時間を作るんだ。
「この教室が俺の居場所だ、鳥が空を飛ぶようなものだ」と思えるようになる。
やがて、クラスの女子でマスターベーションをするようになる。
そうなればますます成績は上がるだろう。
成績がよければ教室に舎弟ができるようになる。
「心が道を作る」(柳田國男)。
沢庵和尚も「何の役に立つのか分からない勉強」に見性を見出して、女の子にモテて、舎弟を持って欲しいと考えたのだ。
成績がよければ「禅の男」と呼んでいい。
禅をやるとスタイルが良くなる。
スタイルがいいと「世界中を旅できる」とされる。
酒井法子 男のコになりたい。

スタイルがいい(エステティック)という学問は18世紀に「味」の研究から生まれている。
思春期にメランコリーになると、「私が私が」というのでも「その場を治めたい」と言うわけでもなく、食べ物に混入させる薬物の発達とともに、「料理の複雑性」が増したのだ。
恋をする頃に料理の腕が上がるのだ。
男の「フィジカル面の強化」というのも「複雑な味を覚える」ということを意味した。
女にとっては、自分の料理の「味」を愛してもらうことは自分の「詩」を愛してもらうことだった。
美食家になっても「まずいものってないんだよね」としか分からなくなる。
女も「イエスかノー」しか聞かない。
味の評論に悩んで詩を覚えるのだ。
hiro delicious.

味の評論に悩むと「詩心」がつくのだ。
イギリスでは「ラグーと呼ぶごたまぜのスープ」の評論に男たちは悩んだ。
詩心があると儲かるだろ。
どのみち「味」がフィジカル面の強化につながるようになっているんだ。
詩心がなければ毒物混入が防げないのだ。
コンビニの弁当なんてのは本当は安全でいいんだけどね。
味の感想を聞かせないと女は平気で食事に毒物を混入させるんだ。
詩心もやがて「女学」に発展するようになっている。
美味いと思ったら「表現」に興味を持つようになる。
詩に興味がなければ外国語も読めないものなんだ。
セックスの美しさを学ぶこともないだろう。
若者は「家庭への執着」から詩を聞いている。
子供の頃、母親がいろんなものを食べさせておけば、あとは放っておいても詩心はつくだろ。
「美味いかまずいか、それしか言えないのか」と真剣に悩んだことがあればいいのだ。
これだけで「フィジカル面の強化」は行えるものだ。
ピカソのゲルニカを「暴力的でダイナミックで致命的で不愉快な」ものだと呼べるのも「味」に悩んだことがあるからだ。
食事に毒物を混入させられないための本能みたいなものだね。
恋と愛のニュアンス 酒井法子。

ケンドール・ウォルトンのような絵の評論家も、食べ物に毒物を混入されて一生懸命、語彙を磨いているんだ。
翻訳の才能はその後に花開くものだよ。
絵の評論だけでなく「セックスの評論」も上手くなる。
すべて「味の評論に悩んだ」ことと「毒物を混入されたくない」という本能から学ぶことなんだ。
毒をあおった経験から書かれた「カテゴリー・オブ・アート」のような名著はもう生まれないんじゃないかな。
誰も真似しようなんて思っていない。
世界の評論なんて「味」からすべてくるんだよ。
フランク・シブレーもアイゼンバーグも「セックスの美化」がうまかったよ。
「専門家」ってのはそのように生まれていると割り切るほかないんじゃないかな。
「やりたい、やりたい」だけでは済まない世界だね。
「クチュクチュあんあん」なんてノー天気だね。
悲しみ、楽しみ、喜びが人生には必要なんだよ。
「お茶」というものは年季が入っていなければ感想が言えない飲み物なんだ。
「色をどう思う?」
そこまできたら相当なものだね。
イタリアルネッサンス絵画もロマンティックシンフォニーもハリウッドもそのようにして生まれている。
歯がボロボロのエリートの可能性を見抜けるのは年寄りだけじゃないかな。
エアー〜サラダデイズ 酒井法子。

味に関しては「ソクラテスが毒をあおった」としか伝わっていなかったのだ。
美しさと向き合う秘密だったのだろう。
悩みを相談したいから音楽を聴くのかな。
「聖書は詩篇から読め」という人もいるね。

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