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Foreign Affairs

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2017年9月26日 (火)

スコットランド女。

18世紀から19世紀にかけて、イギリスは世界の覇権を握ったが、スコットランドで主に哲学の研究が進んだ。
カーミカエルは、「別れが近い夫婦やカップルの思い出話」に注目して、今後、我々は誰を頼りに生きていき、誰を排除するのかを話し合っていることを指摘した。
快楽も痛みも共にした中であったが、語るのは日常に起きたことであり、王子さま、つまり「より仲間の多い若い男」の綱引きになる。
もはや、院政が敷ける状態にはなく、後継者の奪い合いをやって分かれるのが王というものなのだ。
後継者がお金を稼ぐようになったら、別れるのはその親なのだ。
後継者を育て上げた父親を女たちが奪い合うことが原因であるとも指摘されている。
熟年離婚のメカニズムはここにある。
「今のままでは安心して死ねない」という父の言葉は妻への愛を示していた。
それでも、息子は容赦なく歴史を書き換えていったのだ。
Wink 愛が止まらない。

息子がセックス政治を覚えた時には、「女の常識」も分かってくれるだろう、それが真実なのよ、と言って両親は熟年離婚を決断した。
「病気がちの息子」これが両親をつなぎとめていた。
完璧なイエスが両親に何をもたらしたであろうか?
18世紀のスコットランドでこのことが明らかにされている。
周囲の人はイエスに「お前はボートを沈めようとしている」と言った。
アダム・スミスはこのことを雄弁に語って影響力を増した。
愛を語れなければ経済学者とは言えない。
しかし、アダム・スミスは力をつけた自分に対して怒ってもいた。
自分を愛し、仲間を作り、それが両親の破局につながる、それだけでもイエスは罰せられる宿命にあった。
「なんでも知っていると思った俺は結局、バカだったのかな?」
ドゥガルド・ステュワートは「これが分かったのならば歴史がわかるようになる」と喜んだ。
家庭内のルールが分かるようになったのだ。
Be my baby.

スコットランドのこの研究はヨーロッパやアメリカでも賞賛された。
バークレアンシステムという名前もつけられた。
一方で、農場などで息子に「賢くならないでくれよ、俺は妻と別れなければならなくなるからな」というのをハチソニアンシステムと呼んだ。
日本国においては憲法(女の怒り)第1条が「天皇」であるとされ、バークレアンシステムに理解を示している。
「教育ママって自分が何をやっているのか分かっているのかな?」
トマス・ブラウンはこれを理解し、エジンバラ大学で「適当な教育」を与えることにした。
しかし、ウィリアム・ハミルトンは「オックスフォードはエジンバラとは異なるのだ」という立場をとった。
アメリカのイェール大学もオックスフォードに共鳴した。
高等教育が向き合わなければならない問題だったのだ。
「カントとどう向き合うのがなんだよ」
繁栄の中でのつまずきとも呼ばれた。
そのかわりエジンバラ大学では芸術論は非常に豊かなものとなった。
スコットランドはなぜ、このような哲学に気がついたのだろうか?
優秀な息子とそうではない息子がいたから気がついたんだよ。
昨日、ディナーを共にした息子が、今日になって表情が違う、それは読書にあった。
そんな時は塩を多めにふってやれよ。
これがバークレアンシステムだった。
札束を抱えて買い物をしている青年実業家の両親が離婚していることも知っているんだ。
アレキサンダー・ベインは「言論の自由がイエスを生み出している」としていた。
守るべき家庭がない、それはのちに共産主義者を生み出すことにつながっている。
ヘーゲルが「顔の美しさ」というものを考えたが、それとカントが結びついたのだ。
スコットランドは、「家庭を守ろう」ということを強烈にアピールして独立運動を引き起こしたことは想像に難くない。
ローリングストーンズ Prodigal son.

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