最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« レディチャペル〜神社の付属施設。 | トップページ | 医学の話。 »

2017年8月 6日 (日)

垂加神道〜スタンフォードとJPOPの出会い。

【序文】
女は家事や子育てなど「男にとっては小さな問題」を重視している。
男は身体を鍛えたり、戦争の話をしたりするのが仲間作りだと思っているが、女はそのような男性的なものを強調することを行わない。
【体がそのような考えを作るの?それとも社会が生み出すの?】
男女混合グループが作れるのかどうか?という問題だ。
女は感情的だから男がその場を治めているのは事実だ。
しかし、教育を与えたら女も男の場に加われるではないか。
そのため人間の女は「メス」とは異なるのだ。ずる賢さ、虚しさ、未成熟さを批判してくれる。
「女性に優しい」という紳士も生まれた。
男の真似をしてみたけど孤立だけが待っていた。
【女らしさってやっぱりあるよね!】
19世紀までは女のネットワークは体が作るものだと考えられていたが、「与えろ、奪うな」という教育がなされたことからやはり女ネットワークは社会が作っていたことがわかった。
女社会の治めかたの方が面白い。「情け」なんだよね。
それは「家庭の学問」に他ならなかった。
倒れた人がいたならば駆け寄るのも女だった。
何で神は女にこんな重荷を与えたのかと思うね。
国の悲しみは「女を世界に解き放つ」しかなかった。
女が男より劣るからこそ、倒れた男に女は駆け寄る。それは、彼女なりに記録に残りたいからであり、仲間作りの基本だった。
男の助けがなければ国も動かないしね。
女とは何か?男とは何か?はこの瞬間に表現される。
中島美智代 初恋通り。
女がフェミニンになるのはこの時なんだ。
フロイトは、女の子がお母さんの付属物としてお父さんにこのおちんちんとしての自分を切られるのが怖いから男の子よりも物事の学習が遅いのだろうとした。
ギリガンは、男の子が同世代の女の子の体の変化に対応して成長するのに対して、女の子は男の子の体に合わせて成長しないことにこの問題の答えを見いだした。
コールバーグは、女の子が肩たたきのレベルからこれを学習していると考えた。
女の子なりに大人への階段を上っていたんだよね。
私に三人の男が近づいたらもっとも率直な男が倒れるわ?
傲慢な男は誰だったのかも分かるでしょう。
これが男たちの自尊心なの。
【どれだけ多くのわがままな人と貴方は接してきたの?】
信念を確立している人もいれば未熟な人もいるし、感情的な人もいるでしょう。
「私の小説ってこんな感じ」
碧志摩メグでどりーみんチュチュ(伊勢志摩サミット記念)
女の子が成長するって何?男の子の話を聞いてしまうからかしら。
「セックスしたい」ばかりじゃないの。私はその場を治めなければならないのに。
あいつらにお金をあげちゃダメ。
私が体を売ってしまったあとに、恋に興味のない男の子の大切さに気がついたの。
どんなご両親なのかしら?あなたを守りたいのね。
「子育てってそういうものなのね」
男の子達はぶつかり合っているのにあなたは最初から恋に興味ないの。
でも、あなたが「支配」という名の世界の痛みを知るときがくるのがちょっと心配。
そういう人はいい大学に行くから、あなたを愛すると私は敵を作ってしまいます。
私にとっては「私は白であなたは黒」なのを知ってちょうだい。
だってあなたは恋の冒険をしなかったくせに私に気があるふりをするでしょう?
世話をする側とされる側が生まれるのは戦争の時。
スーダンにも戦争で傷ついた男たちのアイドルはいるわ?
アイドルもいずれ子育てをするでしょう。そのときに楽しかった思い出を思い出すよ。
彼女は傷ついた者たちで自分を慰めたこともある。だからこそ優しくなれた。
【自慰とフリーセックスのポリシーは2002年に完成している】
ホームレスも精神病も教育も家庭から始まっていたのだ。
女が表に出る理由となった。豊かになっていくのも楽しかったし、政治の世界が変わっていくのも楽しかった。
「人間が持っている情報って同じではないんだな!」
彼女は感じた。その事をほのめかしながら毎日を生きるだけなの。
【学歴高いんでしょ?契約のお勉強よ】
だからあなたのお母さんも私を認めているの。
母親というのは「幼児殺し」を妄想しては、自分が考えたことに震えている。
しかし、学生さんが幼児よりも弱い側面を見せるのならば面倒を見てあげた方がいいお母さんになるよ。
ミスコンはそれで生まれたのかもしれないね。
お母さんは言えるわけのない妄想を思い出して黙認している。
ウェスト0センチというわけでもあるまいし。
学生さんが社会の負け犬に見えるかい?女たちは「母とは何か?」について考えていたんだ。
【戦争で負けるって素敵なものよ?】
会社と契約を結びなさい。専門職がどれだけ残酷なものか分かっているかしら。
父と息子、母と娘の関係は雇用に似ていることが分かるよ。
母と息子の関係がどれだけ無償のものかを感じるのです。
いい王子さまになればいい関係が続く。
アイドルとの「挿入のない関係」なんてあり得ないよね。家族になるだけだと思えばいい。いろんな学問を家庭に持ち込むね。
「挿入がなければ尊敬すべき子供が生まれない」と息子がいったら笑っていればいいんだ。
仕事ってのは案外、厳しくないんだ。馴染んでしまえばみんな甘えながらやっているよ。
家族のつながりやダイナミックな友情をたまたま仕事と呼んでいるだけだ。
世の中の支配と従属をお母さんは悪だと思っていない。
【MMD】君がそばにいるように【碧志摩メグ】

恋愛論を知れば会社の外にも出ていけるよ?

すべての男が「母の息子」だから勉強しないと恋愛論は分からないよ。

アニメは、ヘーゲルとシラー、ニーチェが作った。
ギリシャの彫刻と絵画、音楽と詩をない交ぜにしただけで「見ただけで痩せる」世界を描いたのだ。
芸術の終わりとも呼ばれ、その因果関係を知る必要がある。
「お母さんと結婚したオイデプス」などのギリシャの言い伝えは女の子のメランコリーにも有効だし、男の子は理想の女性を夢見る。
「死の恐怖の克服」がテーマだ。
女にも父親がいるし、男にも父親がいる。その父親を殺して母親を奪い取ろうというスピリットを「絶対的魂」「自分にとって絶対的な父親」と呼ぶ。
「親父が言っていたこと」「学問」そして「親父の強さ」が関わる世界だ。
これはアートの基盤であり、制作者の条件なのだ。
ヘーゲルはホメーロスの戦争の詩や、アイスキュロス、ソフォクレス、ユーリピデス、シェークスピアなどを研究し、アニメの起源としている。
絵画はラファエロ、レンブラント、コレジオなどを参考にした。
シアターやオペラも愛したし、フェリックス・メンデルスゾーンの音楽も愛した。
のちにアドルノは「カントもヘーゲルもパクっただけでアニメを作りやがって」と皮肉った。
女の子の支持を得ることの重要性を知った。
古典があったからもはや製作側は「半分しか」アイデアは必要なかった。これで女たちは痩せられたのだ。
キリスト教文化とも一致していた。
女の子が自由になれて、男のユニークさを女の子が身に付けることが必要であったのだ。

自由で自分で判断する女の子というモデルを提示した。
制作者は、親父にバレたら怒られちゃうようなものを作ったし、それが女の子を自由な気分にさせた。
女の子への一方的なキスだったよ。
制作者にとって親父はそれほど豊かなものであり神聖なものだったのだ。
美しさと古典で半分は完成されていたが残りは製作会議に委ねたのがヘーゲルだった。

30分間、人生が動き続けなければならないのがアニメだ。
黙って座っている時間を無駄にしないし、爽やかさがある。
争いと解決を理想の男がやってのける。ギリシャ彫刻のような美しい男女が死にそうになって知恵を出すのだ。
家族をどうしよう?アンティゴネへの愛をどうしよう?それをクレヨンで描いて見せるのだ。
【人生は楽しいんだよ】
テーマは「自由になること」なんだ。
美しさには刺激を受けるし、愛が長続きしなければ悲しいし、古典にしたがっていれば安定している。
きわめて反体制的なんだよ。
美しさというのは思春期に見られるものだね。
父に勝つために子が聖霊と結び付くんだ。これが古典だ。
怖いお父さんが許してくれないこともアニメではできたのだ。
制作者のモチーフだって案外、身近な家族だったりする。
美しさからも愛が離れていくことを表現したよ。
でもキリストは美しさを求めて昇天しただろ?
この曲に合わせてアニメは作られている。
Mendelssohn Violin Concerto E Minor OP.64

映画アニメはこの曲に合わせて作る。
Bach, Matthäus-Passion BWV 244. Herreweghe

大体、宗教というものは85%確かだと「信じていることを演じる」のではなく「愛している」とされている。
仏の道もヒンドゥーもこんな感じだったのだ。
「悟り」というものが否定されたのだ。
アイドル(ファーティマ)の存在は神を経験で証明しているのであり、信じている人を証拠とするしかない。
彼女たちを冷静に見ている人が主導権を得ようとしたのが宗教界の伝統となった。
クリントンはそのようにして政治的地位を高めた。
カントが女を純粋な地位に引き上げたが、それは間違った道だと公然と語る男がでてきたのだ。
楽しければいいと言って女を活用したポストモダンへの批判の道がここで開かれたのだ。
ヘビーローテーション

これに対して、ブッシュは「神はそれほど苦しんではいない」と反論した。
彼女たちは80%信じていたものが60%になっているに過ぎないとし、巨大ビジネスを守ろうとした。
68%が神を信じるボーダーラインだったので無神論になるのは仕方がなかった。
神は60%から80%の間にいればよかったのだ。
セックスしているときは99%神を信じていたからだ。
いい顔をしていればいいではないかとも言われた。
神を信じるかどうかなんて言葉遊びに過ぎなかった。星たちが太陽の十倍輝くことを「神だ!」と呼びたかっただけなのだ。
もっとも、これ自体、言葉遊びをより知的にしただけだった。
考えるのをやめようともした。
私が有名だから私を選んでセックスして噂になったのか、私を選んでくれたから有名になれたのかもわからないではないか?
神はなんでも「許す理由」を知っていた。
彼女たちを救うための学問が発達していたのは事実だ。
カルヴァン/アクィナスモデル、つまり日本で言う処女/非処女モデルを放棄する政治家はいなかった。
地上の星

甘えというものは、家庭内で起きるものであり、極めて女性的な考えであることから、
「女の探求」を行いやすい。
また、おちんちんを対象にしている。
【分からない】から甘えが生じる。
女に詳しい男(神)は甘えないのだ。
【垂加神道を知っている者にみんなが甘えてくる】
ファミリーが広がるだろうね。
男の子、女の子、そして喜び(xyz)があれば、垂加神道を覚える有資格者だ。
弟はお姉さんの存在に理論を頼っており、そこに不朽のものがあることを知る。
理解していることはもはや「器」である。
いろんな意味で「かいたら」男の子は歴史に残るよ。
学んだら人に話すんだよ。
知っている者をファミリーの「神」と呼ぶ。
リンゴは赤であり続けるわけではないが、世代を越えて伝わるだろう。
これはもはやソクラテスの不朽の実績だった。
しかし、ソクラテスは「若い世代」に甘えていたことも認めなければならない。
人に話してまわったという意味では対等ではなく、そこにも甘えがあった。
結婚という制度にも甘えた。お姉さんがいれば自分を甘やかすこともできた。
【これが甘えの構造だった】
経験者を尊敬すればそれは甘えではないよ?
歴史に残った男の子を宿し、そのあとセックスを許した聖母マリアは、男が男女ともに歩んでくれたから彼を認めたのだ。
息子はトムというしけた男だったよ。彼も女兄弟がいなければ父の偉大さを知ることはなかっただろう。
【なぜかというと、では答えになっていない】
知っているものは知っているのだ。
老いたソクラテスにはキスは似合わなかったけどな。
globe - MUSIC TAKES ME HIGHER (High - Power mix)

【お姉さんのセリフをそのまま詩にするのは不朽のものではない】
現象学とは、「その人の世界の広さ」から作品のモチーフを判断していく学問である。
その人の見識を見たりする。
たとえば、井上陽水の手の甲の毛深さを見てほしい。
お母さんのお腹にいた頃に陽水は「ギャンギャン泣きわめく年子の兄弟」がいたことが分かる。
その毛深さの度合いから、相当の心臓の大きな兄弟であることが分かる。
陽水の恋愛ソングを分析すると、それはお姉さんであろうと想像できる。
この曲を聞いてほしい。
飾りじゃないのよ涙は 中森明菜。

このようにして私は芸術作品を評価し、価値を高めているのであり、ヤフーオークションで見知らぬ人の絵画を購入しているわけではない。

小室哲哉の手の甲も毛深いが、陽水ほどではない。
お姉さんは多少心臓が小さいのだろう。
小室哲哉は、ホモセクシャルであり、お姉さんの声がもし低いのであればペニスバンドで小室はいたずらをされていたことになるが、そこまでは取材していない。
「globe」というアルバムは小室哲哉のお姉さんの台詞に満ちている。
globe - Joy to the love

陽水と小室の違いは、お金目的の結婚ならば男性優位の家族になるというところにある。
陽水の母はお金目的の結婚をしているものと思われる。
小室友里。


ジョージ・サンタヤーナは、お父さんに認めてもらいたかったことと、お姉さんの結婚と、幼い子の死を見たことから与えることを知った。
私は、お姉さんが心臓が小さい方だったようだ。
幼い子の死も見たことがない。
私の姉は歯を抜歯して血が止まらなくなったぐらいで大騒ぎをし、血液の病気と言われ、私が調べたところ、毛深くならなければアンギナールという興奮剤は必要ないことが分かったのは良かった。
実際に経験したアーティストに敬意を表したい。

美少年が失っていくものの代わりに得るものが男の才能だ。
井上陽水がお姉さんよりも美形だったであろうことは想像に固くない。
天網恢恢疎にして漏らさずとは、男兄弟には女兄弟は恋愛事情を語らないことを言うが、お姉さんに興味があるということが大事だった。
井上陽水   少年時代.flv

家族を大事にすると国が強くなるというのはギリシャの法則だが、その因果関係は明らかでない。

玉置浩二は、お父さんをモチーフにしている。
これも、ホモセクシャルの関係であるが、医学書においては「虐待」と表現する。
ワインレッドの心 安全地帯


アメリカの黒人は「セックス目当ての男」をスローガンに日本人を友達にしました。しかし、これを白人は神への侮辱と考えていたのです。
「愛し合いたければ自由で対等と憲法に書いておけ」という発想を白人は持っていたのに中国もそれを知らなかったのです。
日本の「いやらしいおじさん」は、黒人による友達作戦に巻き込まれています。
仲間もおらず、神も信じず、しかし、セックス目当ての男という強烈なスローガンがあるのです。
日本も黒人派と白人派で政治の世界は争っていますが、アメリカと同様に黒人の論理の勝利に終わっています。
このことから、しょせん「セックス崇拝の方がいかなる家の論理より上である」と考えて、神社のキリスト教化をやってみました。
万世一系に勝つためにはセックス崇拝を利用した方が得策と私が考えたのは日本人が黒人の友達だったからなのです。
(フレデリック・ダグラスに負うところが大きい)

19世紀のローマにおいて「女の勝負カラダは音楽を聴いて作る」というムーブメントが広がった。
美しさや真実、善がそこにはあった。
詩はすでに完成されていたし、心を耕すのが一向に疲れなかったの。
ギリシャ人は「知りたくない、変えたくない」と言って痩せたが、ローマはもっと芸術的だった。
プロットを組むのに太るんだよ。リスナーは勝手に痩せてよ!と作り手は考えていた。
女の体の情熱と学問が身に付くんだ。
人間が生きる上での心のバランスだった。
イギリスやドイツにはなかったのが女性のサイエンスの詩だった。
感情のない女の体は空虚だったし、女の体のない感情もむなしかった。
無限を求めるのは動物だけど、詩は必ず限界にぶち当たっている。
右や左に殴り飛ばされるのが人生だと若い頃に悟る。
女の体がなければこんなこと起きないだろう?それを聴いて女は痩せていくんだ。
女の体がくれる快楽にも限界があるが、詩は「より高く、より高く」を求め続けた。
人間の心には驚かされることばかりだね。大きすぎるんだよ。
小説もよかったけど、詩は本当に人間が美しくなるんだ。
大きすぎても越えられないものがあるのが人間同士の力というものなんだ。
美しさは無限だという皮肉もあったし、それを女は認めてもらいたかった。
女の体の美しさとは自分で生み出して、自分で壊れるものなのだ。
周囲が敵に見えるかい?世界全体に限界があるんだ。
人間のサイエンスというのは「どこからも見ていない映像」なんだよ。
アーティストと男は女を美しくする義務があったし、世界の奴隷にする必要があった。
女の世界には限界があったし、それを経験しなければならなかった。
顔の美しさは体の美しさより無限を感じるとしたのはヘーゲルだ。
【顔に無限を感じるのか?それはソクラテスへの侮辱だな】
目的は「経験してもらう」ことなんだよ。なぜなら、それは絶対だったからだ。
「絶対」は女など愛していないことを知るだろう。
決意を固めるのは男だからだ。
絶対とは世界全体ではないことも知るだろう。
【すべては男の戦いのために】
絶対的な女のために予測可能になり、人間の一部分は無限になる。
美しさというものは大きすぎるし、芸術というものは狭かった。
それでも、どれだけ芸術を愛している人なのかをヴィトゲンシュタインは写真として残した。

ウォークマンダイエットの感想。
詩は女のカラダを美しくする。しかし、女の世界が有限であることを知るだろう。
女のカラダは男にとって絶対である。
しかし、絶対は女に味方しない。
男の決意を固めさせるだけだろう。

藤本美貴 - ロマンティック 浮かれモード [PV]

ハッキリとした物言いで力から守ってくれる人がいる。
これだけで痩せることができるのが女性である。
しかも人種や国、地位、歴史などからくる「私の生き方」を理解してくれる人。
小網代の森〜女性の抑圧からの開放。

技術に満ちていて人間らしい。
リンダ・ノーシリンは「なぜ、女に偉大なアーティストはいないのか?」と語った。
痩せさせてくれるのは男だったのだ。
男のテクネー(スキル)によって女は痩せている。
しかし、「挿入目当ての物真似」は危険なものだ。
人間の恐怖や勇気や知恵を国家レベルで探求したのがギリシャだった。
【結局、男のパワーに圧倒されてしまうのよね】
Michael Jackson - Beat It (Digitally Restored Ver
心と体、宇宙とおちんちん、女の体と感情に男が割り込んだのだ。しかも、この順番通りの重要性があった。
宇宙の方がおちんちんより大事だった。
また、女の体も感情より役に立つものだった。
男性らしい体と、女性らしい体のどちらが大事なのかは男性優位の社会を揺るがす問題だった。
その議論は知性をどこまで尊重するのかにかかっていた。
女の体の方が大事だというのならば「挿入目当ての物真似」も許せるのだ。
男女の体における逆転をピタゴラスが考えた。
ギリシャは国家規模で「ウーマンクリエイター」をやった。
うしろ指さされ組「ピタゴラスをぶっとばせ」歌ってみた

本当に芸術のテクネー(スキル)と体の関係が認められたのはルネッサンスの時だった。
18世紀にはフランス、ドイツ、イギリス、スコットランド、ローマ、そして日本が「エステティック」を競いあった。
しかし、歌舞伎は図画工作であり痩せないと言われた。
中上流階級の女たちは一斉に「観る側」にまわった。
女性アーティストもいたがクララ・シューマンもファニー・メンデルスゾーンもアマチュア扱いだったのだ。
女性らしい体を重視したのだから知性は当然男が担うことになった。
テクネーに満ちた世界をファインアートと呼び、女の体をアートと呼ぶ区別も生まれた。
1970年代まで女性がファインアートを生み出す作業に加わることはなかった。
男は知的であり、女は感受性に優れている。
しかし、男の天才は知性と感受性の両方を身に付ける可能性がある。
汗をかき、痛みをともなう出産のエクスタシーは「男がクリエイターなのね?」という確信を女にもたらす。
女性芸術は安心感をもたらしてくれるが、男の芸術はよりコントロールされていた。
お金を得るために小説をかき始めた女もいたが、ジョージ・エリオットや、シャルロット・ブロンテなどの女流文学だけは本物だった。


1970年代に女性芸術の発掘がなされ、フェミニズム第二の波として自由恋愛を推進し、1980年代には心理学がなだれ込んできた。
女性の局部との向きあいかたが劇的に変わったのだ。
【男が英雄化したのはこのときだ】
天才的男の感受性によって描いたのだ。
ヒルデ・ヘインは、女には男ってこう見えるよね?という活動を強烈にアピールした。
それは男性中心主義ではなく、人間中心主義だった。
松田聖子 マリオケットの涙。

コーネリア・クリンガーは、フリーセックスの嵐の中で忍耐強く耐える「話し合いのパートナー」のことではないか?とした。
それは、母が娘に伝える宝石とも言われた。
「フェミニンを描け」というムーブメントは、人種や階級、社会的な状況で異なる反応がなされた。
このことによって、女流文学や少女漫画が「生き急いだ」とも言われている。
女たちが男をここまで語り合ったことはなかった。
「興味がある」のなら芸術だった。男に美しさを求めてもよかったし、ベッドの上での話を漏らさないことが大事だった。
美しさと幻の二つが表現できたのだ。黒人女性がこれを好んだ。
ヒュームは「フェアなセックス」にこれを求めたし、カントは「すべての人の好みの男になれる」ことにこの芸術の根拠を見いだした。
エドモンド・バークは、女性的な曲線を男に与えてみた。
そして、女たちは18世紀には世界が争った「エステ」に一斉に注目した。
しかし「見れば分かる」世界ではジャニーズ系は憎まれてきた。
「男の視線」という表現も彼女たちが考えた。男は観る側であり、女は見られる側となったことで女は美しくなるとされたのだ。
ボーボワールはこれを「観られるストレス理論」と呼んだ。
ビジュアルアートは観られることから始まっていた。
「若くて可愛くて色白の少女」へとビジュアルアートが向かうのは目に見えていた。このことで「男の美しさ」の議論はお手上げとなった。
男たちを惑わしたという意味ではダダだったし、ポップアートはこれをフルに活用した。
女もようやくクリエイターの世界に出てきたのだ。
松田聖子~バイブルの解説。

今まで排除されてきたからこそ、1970年代以降、女たちはひときわ輝いた。
「私は女よ?」というだけで売れる前衛芸術も生まれた。
しかし、混乱していて攻撃的な世界に女が入っていったという意味ではもはやマリア崇拝とは異なっていた。
【女のことはなんでも分かってるんだぞ?】
とも言われた。
人種や国家のバックグラウンドが発信力に影響を与えたのだ。
このことから「一部の人だけが特別な」ポストフェミニストの時代へと変わっていった。
「怒りとともに朝を」などの反レイプ活動も起きた。
そして、女たちは冷静に「子宮」へと戻っていったのだ。
一部の特別な女は「何か面白いことをやってよ!」との声に深刻な表情をしていた。
そして、自分の中の確かなものを発信するしかなくなっていた。
セックスされる存在、そして、どんなセックスかも知られている存在として生きていた。
浜崎あゆみ / M

この「ファインアートを聴いて痩せる」という発想は心と体がつながっているということだし、神・理想の男の探求は結婚というものがあったから成立した。
結婚したからウォークマンを聴かなくなったという女性もいる。
そして、アートは「味覚」につながるものではなかった。
【味に無頓着な人の方がカンが冴えている】
女体盛りに、塩辛い牛肉を乗せてみただけで女は汚いと考えてしまう人は鈍いね。
芸術にのめり込むと食べ物のことなど忘れてしまうようだ。
「見る、聞く」と「触る」は全く異なる原理なのだ。
確かにアーティスト活動はお金や食べ物に化けるが、感情が見て聞いて突き動かされているんだ。味なんて分かっていないよ。
作り手は部屋の寒さや色まで使って感情を動かしているけどね。
「セックスするのが女」という考えは家父長制の思い込みよりも強烈だった。
女の美は、常に男によって楽しまれてきたからだ。
人妻もセックスするというのはもはや文化が作り出したものであり、そのためにラカンは「性の儀式」を考え出した。
洋食を食べる人にはマイケル・ジャクソンが必要でも、和食を食べる人には歌舞伎でよかった。
子供が母親になつくかどうかもお母さんのスタイル次第だね。
松田聖子 ブルーラブレター。

フランス女は読書に親しみ、放蕩を避けることで痩せた。
キリスト教カルチャーを愛し、讃美歌を解釈した。
女の精神世界を詩にしたという意味では本稿と同じ作品を聞いていたことになる。
フランス映画は「戦争で死ぬのが怖くなくなる」ことをテーマにしていた。
ホメーロスだ。
女が腐っていくさまを描いたのだ。
ティティアン、ルーベンス、ラファエロ、ミケランジェロはこれを絵にしたのだ。
指原莉乃 渡辺麻友 「アボガドじゃね~し」
1481001290410.jpg

光と影は偶然のなせる技、女の体は勝手に動く(イリアス)。
色がだんだん変わっていき、我々の世代に近づいてくるのだ。
女が大勢いて、同じパレットで一気に描くのが一番良かった。
目の保養になり、全員が同調行動をとることが大事だった。
美しさの向こうに女の局部が見えるけど何があっても知らないよ?
私って可愛らしいかもしれないけど、何も着ていないこともあるのよ。
【女のからだが常に私の心にあったからだ】
ステージは常にカトリックに苦しみをもたらしていた。
この女に結局、なにか痛い目に遭わされたのかな?あたりに痩せる理由があるようだ。
男をむやみに興奮させていいのだろうか?罪のない若者に耐えがたい苦痛を与えてもいいのだろうか?
【女だって同じ気持ちなのよ?】
誰にも心をかき乱されたくないというデカルトの影響で「一人の男で十分」という発想が生まれ、女の体はブランド化することになった。
男の良し悪しは分からなかったけど、男は全体主義的に動いていたからね。
男は美しさは求めたけれど、女は感じ方が大事だったのだ。
芸術の都で作られた女の体は神聖だったよ。
歩く道を選んだり、携帯の機能を駆使したりしてまでセックスしようとは思わなかった。
フランス女は「神の言うことしか聞かない」男がいれば痩せられのだ。
恋愛論の天才に女は抱かれるものだ。真実と美しさの間に違いはなかった。
ロマンスは偶然のしわざ/新田恵利(2015ハコムス秋衣装スライドショー)

ドイツでは三人男を知るのが普通だったので、愛が長続きしなかったことへのカタルシスが女を痩せさせた。
それは喜びでもあったし、そのような話題を共有する女友達もいた。
美しい経験だったし、涙を流すほど女はきれいになるとされた。
これが「女心の世界」だとされていた。
これを知っているということが女の価値だったのだ。
偉大な作曲家がもっとも多かったこともひとつの理由だ。
女だって知っていたし、瞑想したよ。
神はこれで完璧になれたんだ。
男が別の男よりも優れていても構わなかった。
女が美しくなくことに矛盾はなかったし、ハーモニーと調和が絶妙だった。
Risa Niigaki, Eri Kamei & Reina Tanaka - INDIGO B…

神と男と、こんな勝手を許してくれるお父さんの世界もドイツで生まれた。
女の体の世界を書き上げた。

1481269344837.jpg

女の真実というよりはおちんちんの真実だった。
知らない者は混乱したし、他の男と区別するのにちょうど良かった。
【ラテン語からよく訳したな!お前は完璧だ】
ラテン語からドイツ女を攻略した力量は「命の値段」と呼ばれた。
Falco - Rock Me Amadeus

これを基盤にウルフが詩を書いていったのだ。
おちんちんと女の関係が完璧に描かれていた。
【夢では男女が逆の立場で出てくるではないか?】
このようにして女は正気を保っていたのか。
男が女のまわりを取り巻いていることが逆転していた。
美しさとおちんちんの関係があったから女はこれを聴いて痩せた。
夢ではおちんちん「たち」は完璧だったよ。
夢での「男女の逆転」を知ったからドイツでは家が立った。

1481271485659.jpg
服を着ていない女を描いている。

【夢から覚めたくない】
女たちは思った。
宗教体験ではないのだろうか?女の肉体に男が映っているのだから。
【鏡に映せばいい。すべてが完璧だった】
「ドイツの快感」と呼ばれたし、人々は「彼」の知恵を愛した。
彼女と私の事情 弾いてみました

ウルフへの批判は「男女を入れ換えればすべてうまくいくわけではない」というものであったが、試行錯誤は続き、ウルフが影響力を謳歌したのは間違いない。
1730年代から1740年代までこの事をめぐって大喧嘩したけどね。
汎ヨーロッパがシェークスピアから自由になった瞬間を見たのだ。
プロイセンは「女の体」だけを用いて独立したが、これは中国以来だった。
そして、プロイセンは、ドイツだけでなくフランスのシアターにまで売り込みをかけた。
女たちは夢の続きを見たのだ。
男たちの勇気や知識、経験がこの世界を成立させていた。
男には仲間がいたし、コメディみたいなことがたくさんあった。
女が笑ったネタで女が成り済ましたのだ。
そのようにして「女の世界」を豊かなものにしていったのだ。
まあ、そういう男に抱かれていたけどね。
言葉、仕草、行動が女にはないサイエンスだったのだ。
実在しなければ詩は書けないけど、女が真似して仲間ができると思わない方がいいよ?
フィクションだけど、それが女の真実だったのだ。
この「描く人の逸脱」の研究はスイスにまで広がった。
情熱的で、きらびやかで、誇張されていた。
芸術の世界に限界があるのは知っていたからね。
真夜中のコレクトコール おたこさんと歌ってみた カラオケ

現実ではなかったけど「可能な」ヒーローを生み出すことに成功した。
ミルトンはこれを「失われた楽園」と呼んだ。
現実のサイエンスや歴史よりもダイナミックだったのだ。
女たちは笑いながら歌っていたよ。
私たちが慣れ親しんだ女の映像ではなかったからね。
感覚を大事にしていたんだよ。
「ウルフの枠組み」はこのようにして認知されていった。
バウムガーテンがこの世界を「エステにちょうどいい」としたのだ。
カントが「純粋な女の体の探求」のテキストにしたのは一世紀も後の話だ。
笑える男を祝福していたし、高いレベルの女をクリエイトしたし、こんな世界観を持った女っているのかなあという議論も面白かった。
女の感情に訴えかける神学だった。
笑える男に抱かれたいと思うのも神を語ることだったよ。
理想の男が完璧なのかそうではないのかも分からなくなった。
男が女の美しさになり変わったら、女の体が大事に思えた。
田中 れいな - 愛の炎
ユーモアでもあったし、発明でもあったし、セックスを気持ちよくさせるものでもあった。
人間の心のパワーは快楽を生み出すよね。
女が「美しい芸術」と向き合ったときに痩せるのだからこれもアリだった。
女は体を売るからね。そういうのを抜きにして詩を作った方がいいんだ。
カントは女の純粋さも探求したけど、女の仲間作りも探求した。
女が朝、起きれればいいんじゃないか?と現実的に考えていた。
女の美しさの議論と、男の偉大さの議論がない混ぜになっていた。
こんな歌の真似を女がやったら仲間ができないということを気にしていた。
しかし、男の美に対して女がどのような反応をしようが自由だった(フリープレイ)。
真剣な男からフリープレイによって純粋理性(ピュアな女の体)を生み出したのだ。
ダイナミックさと計算を女の体に流し込んだ。
その事ですべてが無限になったのだ。人々はその女を忘れないだろう。
女に勇気とパワーを与えたのだ。偉大さって自由になるためにもっともいいものよ?
男前の知識にも興味が持てるようになる。
美しさというのは偉大さを愛するための準備ね。
法則に満ちた社会ではそれを知っている男とのセックスが一番感じるの。
そして、私たちの美しい体を政治に使う人もいたわ?
中森明菜 サンドベージュ。

女がこんなパワーを持っているわけがなかった。
強いハートがなければ美しくなかった。
【男しか自信があるわけないじゃない?】
美しさってものは絶対だったし、人間が作り出したものだけど、女は真似できないんだよね。
フリープレイによって作り出した女の偉大さというのは朝、起きれるかもしれないけど、敵を作るんだ。
でも人間の可能性は示したよ。
シラーはカントに答えた。どんなサウンドを聴いて美しくなったにせよ「認めあう」って大事だね。
B 9 I'm Lucky girl Morning Musume

そして、シラーはセンチメンタルアートに回帰していき、私たちは何者なのか?私たちはどの原点に戻ればいいのか?
という論点に詩の世界を移していった。
偉大さと認めあうことはこのあたりにあるのかな?
聴いている作品で女たちが認めあうという観点からカントを克服したのがシラーだった。
よく練られていたし、知的だった。自ずから3人男を知ってしまうよね。
そうでなければこのショットは撮れないもの。
美しさでも仲間ができるし、聴いている作品でも仲間ができるということが大事だった。
【偉大さと認めあうこと】
美しい体をした女の仕草を「所作が美しい」と言っているだけなんだよ。
Risa Niigaki, Eri Kamei & Reina Tanaka - INDIGO B…:



イギリスは男を五人知るのが普通だったので女の感じ方が問題になったが、女たちは英国紳士などの「男」を語り合った。
男を語り合うのと女のからだの美しさを論じるのはライバル関係にあった。
こんなお金持ちの彼がいるのよ?と語ることが大事だったのだ。
「男は中身だね」と語り合ったのもお金が理由だった。
男には知性が求められたし、女はお洒落をしたよ。
男を語り合うと「神聖な心」が出来上がるんだ。
いい体をしていれば英国紳士と結婚できるだろ。
これが「心」と「体」の関係だ。
そして、男とあった瞬間、この人だ「ビビビ」と分かるようになる。
そして、そんな男との日常は彼が守ってくれるため痩せたままでいられる。
目と耳を使わない痩せ方はイギリスにはなかった。
「美しい男はこういうことを全部知っているよ?」という女もいた。
結局、美しいのは心なのかな?という意見もあった。
真剣な話に対応してくれれば良かった。色恋沙汰に詳しい人は美しかった。
知的な調和がとれているのが恋愛論であったし、女の体には記憶があった。
The Rolling Stones - Start Me Up - Official Promo

いろんなことを真剣なときに思い出すよ。
冷たく熱く、甘く苦い心を生み出せるのは男しかいなかった。
恋愛に詳しい男とはもはや完全体である。
美しさと調和がとれた男はいろんな恋話を持ってきてくれた。
男の感受性で感じたものを率直に聞きたかったのだ。
日常を詩に集約してもらいたかったし、そこには女よりも強烈なパワーが混ざりあっていた。
言葉はいらない、美しさは見れば分かるという立場だ。
美しい男に抱かれたら感じるのは多くの感情が背景にあったからだ。
【現実もあなたが詩にすると美しいね】
Duran Duran - The Reflex

女の本能は完璧ではない。仲間が多い、才能がある、なにかやってくれそう、
この三つを見ている。
【強いということは弱いことよりも素晴らしいものよ?】
男の力と知識、知恵と治めることは女を痩せさせてくれる。
【それ、どこで聞いたの?】
美しいままでいたい私が「合図」を出すの。
彼女たちの趣味や愛情、伝説と関わるものだった。
動物的だけど、どこかに完璧なものはあったでしょう。
彼氏のいる女にはない本能だった。仲間内ではなかった感情だわ?
Melody(アイドルグループ)- 運命'95 - PV

新党を作る、起業するなどの「新しいこと」に女はついてきた。
【だってノウハウがあるんでしょ?】
何か別の方法でやってみてよ?
衝撃を女たちは楽しんだし、男はひたすら冷静で、ショックを狙った。
それは正解であったし、女たちは興味を持った。
彼の体のプロポーションを密かな喜びにしたのは秘密たった。
【偉大で美しくて崇高だった】
同じスタートを切ったのは明らかだった。
比較できたからなおさら美しかった。
【死ぬのが怖くないのかな?】
【こんな男がまかり通るなら私たちは安全ね】
純粋に知的な男だったから、これも女の本能ね。
その世界をよく知ることね。想像力を働かせて。
迷っている連中と戦ってみなさいよ。みんな同じ生き物だったと悟るでしょうね。
左と右の両方に長く広がってどちらかと契約を結ぶだけ。
契約を結ぶ時だけ感性を働かせな?
男は広げ方のセンスに喜ぶし、女は契約を結ぶんだ想像力に喜ぶ。
まあ、そんな作業をやっている男に彼女なんていなかったけど、女が痩せるのには男がやらなければならないことだとされた。
何の価値もない営みだけど、神が何かを作っているんだろう。
その男が大きく見えるようになるだけだよ。
天才ボクサー:ナジーム・ハメド

デカい男を見たら体が美しくなるとも言われる。
偉大さ、高貴さ、美しさに女が反応するのだろう。
デカい男と連れ添うと女は自然に美しくなった。
これはもはや「社会の終わりであり、自己防衛の終わり」と言われた。
デカい男に女が美しい体で応じると出産後の神経痛もなかった。
社会がデカい男のパワフルさを愛したらどうなるのだろうか?
男のデカさと女の体の美しさは必ずしも同じ土俵にはないが、男の光と影のコントラストを女は愛した。
力はデカさから降りてくるというのはもはや女の「感じ方」だった。
想像力をかきたてるからね。
グループ交際においては男のデカさのバランスを必ずとっていた。
あの人、喧嘩強いとか噂しあったりね。
ランディ・ジョンソン 2004年完全試合達成

誰から奪った男かも女の「感じ方」に影響を与えた。
複雑な感情がセックスの時は「シンプルエモーション」に化けた。
【あれだけ頭を使ったんだからね】
詩の世界が他人事ではないことが分かったわ?
「ファインエモーション!」 ~ベストカップル!

他者に自分が思うような行動をとらせることを女は「力」と呼ぶ。
社会における関係もそうなんだろうね(マックス・ウェーバー)。
これを「誰を標的に?」と議論したのがダールだった。
男が「できる」ことと「潜在的能力」を意味した。
つまり「標的」を選ぶだけで「人々」に化けるのだ。
権威、強さ、力、暴力、失ったときにモテなくなる。
【標的を選ぶことは戦術を放棄することだ】
「標的にシカトされたら終わりなんだ」
そのことから「標的」は「誰に対して」力を持っているかが分かる。
シカトしたら逆に相手が動くだろ。
日常の決意なんて誰も持ち続けられないから力のある奴をシカトするんだ。
業界が違うんだよ。止むことのない争いだな。
【現在の力で将来、得るであろう良きもののことを力の源泉と呼ぶ】(ホッブス)
それは人々への影響力が背景にある。
複雑さを持っているものに単純な形で絡むよね。
800の神がいる社会と個人の関係なんてそんなものだ。
経験で学習しちゃうんだよね。
まあ、力というものは挑戦されるためにあるわけだろ。
妻は夫に力を行使し、富の分配を求める。産業化が進んだからだろう。
抑圧や女であることから「誰を標的に」を決めている。
ボーボワールは、その人の世界の狭さと、私はもう何も出来ないという気持ちに「誰を標的に」の根拠を求めた。
女のような男が、絶対的な男に対してやることであり、女は駄々をこねれば動いてくれた。
いじめるかいじめないかは女を知らないか知っているかで分かった。
女を知らないいじめっ子がが駄々をこねたら女は動くんだよ。
女のようなボールの投げ方をする人の味方をし、女に詳しい人は私たちと同じように抑圧されてしまえと思う。
女はいじめっ子の味方だよ。体が男になった気がするの。
妊娠や洋服、胸の感じ方などから女に詳しい男よりも、何も知らない男の味方をしている。
女心を知らない人の方が好きというのは女の体に由来する女の嘘だった。
Morning Musume (モーニング娘。) Dokusenyoku (独占欲)

美しい女とセックスしたらなぜ気持ちいいのだろうか?
それは「子供が味わう感覚」を知るからだ。
男はこれによっていってしまうのだ。
「射精ってものは美しいものよ」と女が男に言うだけで簡単に男は落ちる。
女の価値も高まるのだ。
それでは「美しい女」の議論はなんだったのだろうか?
頭を使えば女の美しさの議論は意味を失う。
いいことも汚らしいことも女の内部で起きる。
美しさの真実は知っておいたほうがいい。
美しさってなぜ精液という汚らしいものに頼っているのだろうか?
男の「深刻な」瞬間に美しいものは汚く化けるのだ。
しかし、美しさは一人ではなくなる。
女は自分の体が汚れるのを知っているので、この言葉は思いつかないだろうね。
美しさを探求した女が、汚れることを気にしないと思うか?
経験と知性って違うんだよね。
女は汚れた後にいろんな話をするよ?
なぜなら、散々美しさを競い合ってきた後にこのような有様を見せたからだ。
汚れた後にも私はヒロインだとアピールしているんだ。
芸術と接して磨いた体だったからね。
汚された女の体の曲線はエレガントではあってももはや美しくはなかった。
美しさの探求の終わりは知っておかないとね。
長崎は今日も雨だった。

いい女の体を「舐めるように見る」というニューアリーナが20世紀中頃に中国と日本で展開された。
「どのアーティストがこの体を作ったの?」
みんな芸術に興味があったのだ。
女の美しい体が見たかったからむしろ芸術が発展した。
日常に聞こえてくるだろ。
食べたり家事をやったりするだけでなく、スポーツやパーティーにまで波及するものとなった。
洋服も作られたし、絵も描いた。
最も活躍した男も芸術にした。
休日に楽しめたからね。
男は歌われた通りに走ったよ。続けることができるんだ。
女が歌うと日常がオーラに包まれる男がいる。
男が童貞を守ってしまうこともあるくらいだ。
このあたりから現実を見失い始める。すべて女の体のためだ。
激しい経験を求めて男は生活の安定を失う。
【家庭をしっかり見てみろ】
共産主義者が仕掛けているだけだよ。
芸術の負の側面といってもいい。
芸術の暴力、芸術の痛み、芸術の毒だね。
ビルボードを見るたびに毒されていくんだよ。
外の空気でも吸えよ。


ダーティーな部分は文化に現れないよ。
このような芸術を「能や狂言」と言ったのだ。
軽量級の男を見ているけどね。可愛いで済むから。
影響力は計り知れないよ。
男は喜びに満ちて痛みも感じないんだ。
狭い部屋で茶道に励むだけだよね。
孤立感は深まるよ。
でも、結局、みんな不安だったんだよ。
時代の空気の中で助けを求めていたんだ。
情熱なんてものはどこにでも出せるものだ。
大人は彼に庭いじりの喜びでも教えてやれ。
オランダは絵を描いている途中だね。学問と漫画が一体となっている。
医学、ビジネス、スポーツ、教育などから始めている。
美しい体はキャンペーンにも用いられるし、「世界の男」を取り巻くよ。
発展途上国には実はあまりいないんだ。
「アメリカの綺麗な芝生」みたいなものだ。
国家そのものを動かす可能性があるね。
王子さまと雪の夜。



女心に詳しい男がいるというのは女にとって「ドン引き」の経験であることがある。
【ヘンタイを見たわ】
私の世界が広がらないじゃないの。
先生と患者の関係にするつもり?
怒りの鉄拳を与えてくれる人の方が好きよ。
話し合いのパートナーならば女心を知らないといけないけど、私たちはセックスをするからね。
女心を知らない人とのセックスの方が新鮮ね。
男は女心を学んで出世していくけど、パートナーの女は何も知ってほしくないことがあるの。
【女心を語るっていうのはお金の話だってことが分からないかな?】
「女の子と女性」の区別は世界をどれだけ正確に理解しているかでなされるものだ。
女性のことを「女」と呼ぶ。
女の子の体に女の経験がもたらされることになる。
【抑圧だ!】
勉強してきたことなんて全部抜けるわ。
だから「ヘンタイ」と言っているんでしょう?
松田聖子 マラケシュ。

そうやって男性社会という名の世の中の多数派が生まれるのでしょう?
セックスするパートナーから話し合いのパートナーに変わるまでは対等ではないのよ。
どの女もそれからは逃れられないの。
女の力って矛盾しているわね。
男の子は「なんで男女で分けるんだろう?」と思っている。
主人と奴隷の関係になることを知らないんだ。
おちんちんを女の子が求めてもそうなる。自由と女の間を行ったり来たりね。
男には、セックスするための暴力とお金があるわ?主人と呼んでも構わないの。
この「ご主人様モデル」をどれだけ発達させるかに学問が集中した。
[Sub Esp] Fantasy ga Hajimaru

男女の違いを見失い、子育てを見失ったのがマルクスだった。
経済、差別、暴力などがシステムとして行われるのならば、子供なんてものはお金にすぎないと考えた。
アメリカはすでに経験していたものである、すべての抑圧から女を解き放ってみた。
セックスしてお金のやり取りをするのが男の子女の子の正体だ。
本当に抑圧というものをなくしてみたブラックフェミニズムだった。
この新左翼の動きに対して「人種と性別は違うんじゃないかな?」という問いかけがなされた。
家父長制を排除すれば支配階級がなくなると考えたんだよ。
でも、女が老いさらばえていけば若い女の子にはかなわないという事実は新左翼のオウンゴールだったわ。
女の中で階層が出来てしまったのだからね。歳をとった女への差別はまるで人種差別だった。
老女とそのことを話し合ったのがミシェル・フーコーの脱構造主義だった。
そういう老女は力を持っていたからね。
老女は政治家だということが分かるよ。
キレイどころではなくそういう老女と話すのが監獄における生き残り方なんだ。
郷ひろみ 男の子女の子

抑圧をなくすもうひとつのアプローチは、男女ともに学園祭をこなし、運動会をこなす中で最後に告白するというものだ。
「目指す方向が同じだった」という男女の経験から生まれるセックスは1991年にクレンショーが認識した。
よく男女で話し合いもしたしね。
女たちもあの騒動には悪口は言わなかった。
ゴンバヒー川の乱交パーティーで有名になった。
男女のどちらが優れているのかという議論もなかった。
しかし、ナオミ・ザックは「狭い世界に閉じ込められていただけではないか?」と指摘した。
自分を祝福したい気持ちは分かるよ。
【力が男女を結びつけていることを脱構造主義は知った】
監獄や学校での話だったからね。
女たちは「女を知らない男」を厚化粧で追いかけた。
そうしなければ食べ物をやたら食べるしか自分を祝福する方法はなかったでしょうね。
「力のサイキックライフ」という本でバトラーも、異性に詳しくなくてもセックスできる方法としてこれを指摘した。
「先生の命令が混乱している」だけで男女は自分達の正統性にめばえてカップルになれる。
モダンパワーのどこが間違っているのか?を語るだけでよかった。
あの人たちは私たち女の神ではないよね?
しかし、グループ全員が先生にしたがっていたし、孤立したときには先生にお手紙を書いた。
これも女の嘘だったのだろう。
【いつ、抑圧は終わるのでしょうか?】
男のメンバーは「システム」をよく理解していなければならなかった。
女は短期的(ショートラン)でしか考えていない。
ロングランでシステムを語っても意味がないのだ。
【変なセックスしちゃったな】【私は悪くないよね】
しかし、先生は権力の乱用は決して認めないよ?
【それは私が女だからですか?】
男であることと男性らしさは違うの。だから先生に手紙を書いた。
女言葉で手紙を書いてみたの。
小泉今日子 【100%男女交際】 1986

結局、「標的」には余裕があったんだよ。
余裕があるとみなされたら「シカト」を使ってみな?
より人間らしい「力」が生まれるのが分かるよ。
コントロールしているのは「下からの力」だったんだよね。
己の力が自分の力だと悟れよ。
出所直前に先生をシカトしたらより人間らしい反応が見られる。
女はそういう権力の本質を見ているよ?
男は権力と共にあったのだ。
権力を知り尽くしていることが大事なのだ。
そういう男の発想は言葉にして欲しいよね。勇気付けられるのよ。
関係を続けないとお礼参りよね。
小泉今日子 学園天国 [89]

私と私と私、つまり「彼はわがままな女、そして絶対、そしてなんでも言うことを聞く大人」
子供をあやすときは女じゃないの。
文化が女と見なしているだけだけど、女としてみてくれない男もいるわ。
このことから「男性」に低く見られているの。
都合よく使い分けるわ?
これがある限り、日本は西洋社会ね。
女は文化のメンバーとして仲間ができた。
【詐欺ではなく計算だった】
ときには「おばさん」にもなった。選べない関係、選べない社会で生きた。
話もするし、セックスもするし、人種や年齢もあるわ。
そんな私が「意識」をもって生きているのよ。
体を鍛えている女は心配していないことが私にはあるの。
頼らなければならないから男の欲望にもなった。
どんな男でも自由を失うのを見た。
バカだから歴史に無視されてきたけど、これが分かってから男たちが優しくなったの。
あとは「女の感情」を発明するだけ。
男になろうとすることもあるけど意思は弱いの。しょせん肋骨ね。
1000年の歴史を見ても女がこんなに輝いたことはなかった。
松浦亜弥 -私と私と私-:

ヨーロッパやアメリカが「女心」を作り出したが、結婚したら夫はそれを否定し、飲み込もうとし、ひとつであろうとした。
でも夫は私を殴ることはできなかった。そんな私に選挙権がなかったらどうなるの?
妊娠したら法律からもお金からも守られた。
弁護士は「離婚なんてどうでもいいっすね」と言った。
女は名前を失い、子供をも欺いた。
【女って話ができる生き物よ?】
鍛えられた男が素晴らしいのは分かっていたの。
この「女心」に対してもっとも罪がなかったのはエリートだった。
男社会においては女の体の暖かさに救いを求めるのは間違いだと考えられていた。
聞き分けのない女は敵でしょう?いい体をしていなくても憎まれるでしょう?
女の体の良し悪しは男が決めたけど、感じるかどうかは女が決めるの。
国会は女の局部がもたらす混乱に対して忍耐強かった。
松浦亜弥 - THE LAST NIGHT [PV]

女の体の限界には差別があったわ?
実際は男の心とシームレス(縫い目がなく)につながっていたからね。
母が娘に教えたのは仲間作りであり、女になることだった。
男と変わらない部分は見ないふりをしてね。
男の人生計画に悪影響を与えるから。
家父長制の抑圧をどのように乗り越えようかしら。
思いきり感じるしかないんじゃない?
男たちがそう信じているのだから。
男らしい人は、女の体の小ささを見て「私」がないと信じていたのよ?
いずれ「主人の物語」と「奴隷の物語」が喧嘩するわね。
猫をかぶっているというよりも本当に気が小さいのは事実よ。
でも、長続きしない愛の物語を女たちが共有する秘密はここにある。
妊娠は本能だと思う?長続きしない愛(エロスカルチャー)を変えてしまう力を持っているのよ?
「できちゃった」と言うだけで社会のつながりが変わるという意味では女が主導権をもつ瞬間だわ。
核家族の外にあるコミュニティーの恋愛論や、政治社会などとダイナミックに結び付く言葉だった。
松浦亜弥 - ね〜え? [PV]

「できちゃった」という言葉は女が主導権をとることでもあり、男に頼ることをも意味した。
ソノグラフィーや、妊婦さんの手術の技術の発展から、アメリカで白人と黒人の混血が排除されたり、「生殖をコントロールできるのだから触らないでよ」という問題になった。
それもすべてフェミニズム第2の波(自由恋愛)にしたがったものだ。
顔を見合わせながら「できちゃった」と伝えることは生涯にわたるお付き合いを意味した。
女が長続きしない愛に苦しむエロスカルチャーも背景にあった。
生き残ることと、大人になることと、社会に馴染むために必要な経験であるとされたのがエロスカルチャーだった。
【社会のトラウマを知ってから大人になれ】
自己愛や、自由の世界に解き放たれること、逆らえない力を知ってほしかったのだ。
これが「子育てのための団結」につながった。
貧困から来る団結をした動物との違いがここにあった。
エロスカルチャーは、男の子や女の子が育つ上でのイデオロギーだったし、女の子が受けるショックは大きかった。
「続かない」ことを知っているのが男だと見なされたのだ。
老女が知っていることより男が知っていることの方が大事だった。
松浦亜弥 - From That Sky ~替え玉は硬メンで~

女に愛される男は大きく見える。
これは「おばさんルール」だった。
男は自分をさらけ出すことで仲間になっていたが、女は男からは避けられないし、頼りたい、お金も必要だということから女心を知ってほしかった。
「私、産むわ!」というのは「もう体は売らない」ということを意味した。
そしてそれは「この男でいい」という意味だというよりは「横顔が好き」などの理由から決めていた。
しかし、他の女の励ましがなければ言えないことでもあった。
自分が分かり、自分の方向性を決めるものだった。
読んだ漫画にもよるし、彼のことをいろんな方向から眺めてみた。
そして、この言葉を言ったときの「摩擦」も実は見ていた。
しかし、周囲の女友達は「どの道が摩擦がもっとも少ないのか?」という判断スキルが磨かれていないことを知るだろう。
「男」というものを予言するときね。
女はそこで家庭をうまく動かしていくスキルを身に付け、ときには自分に足りないことまで学習していく。
女が人生ではじめて直面するワークショップだった。
女は大きすぎる海も宇宙も愛したが、小さすぎる「命」も愛した。
【おばあちゃん、お母さんネットワークが構築された瞬間だった】
ナイジェリアのイグボはこのことによって「恐れを知らない女戦士」になっている。
しかし、アフロアメリカの世界であり、西洋社会はこれを否定しようと躍起になった。
1990年代の「祝福主義」がこれにあたる。
女は衝動から想像へ、そして現実へと誘導されていったのだ。
それほど女は男に頼りきっていた。
女の豊かな生物学を学問にしたのが結婚というものなんだ。
子供は「結婚」という言葉から性別を知る。
松浦亜弥 - あなたの彼女

女が「できちゃった」「私、産むわ」と言って主導権を取っていいのだろうか?男だけが祝福されるべきではなかったのか?
長続きしない愛に介入した小さすぎる命に関しては「伝え方」があるのよね。
意味をうまく伝えないと男が逃げちゃうよ。
男らしさを守りながら「私たちってどんな関係だったかしら?」を伝える。
男と女の強さと弱さが表現され、結婚生活をより良いものにしなければならないね。
幼児はそれが自分のアイデンティティーとなるからね。
「おばあちゃん、お母さんネットワーク」ができるし、女は「恐れを知らない戦士」になるけど、うまく表現する必要がある。
男性中心の社会で自己主張したいのはわかるけど。
「私って誰?」「どんな人に見える?」という問題と直面し、これからは話し合いのパートナーになっていくのだ。
女の体のサイエンスからもたらされる陰謀をうまく芸術にした。
私たち二人はどのみち権力のもとで生きているのよ。
今の関係にもう一人、大人が加わるとしたらどう思う?
アフリカを旅したクレンショーはこんなことを考えていた。
松田聖子 抱いて。


女が環境問題にうるさいのは「世界で学問が幅をきかせている」からである。
1980年代後半から1990年代にかけて女は勉強ができないことをアイデンティティーに団結を始めた。
1970年代までは環境問題は「人間らしく扱ってもらいたい」というムーブメントに過ぎなかった。
ミミズだっておけらだって人間と団結しなければならないという考えを教会法は否定していた。
しかし、これらの動物を女たちは環境問題の仲間に加えてしまったのだ。
そして、動物愛護を男にまで押し付けてしまった。
さらには土や水や植物まで仲間に含めてしまった。
土を愛することは女を愛することだった。
レオポルドが1949年にこれを明らかにしていた。
この体系がまとまっていて美しく、一貫した世界観を作り上げることが大事だった。
女たちは教会法の向こう側を目指し始めた。
土まで味方につけるのが女の仲間作りの感情だったのだ。
ワイルドなものも私たちが生み出したのよ?
建築、言葉、洋服、宗教は女たちが作り出した。
食の安全が文化によって異なるのは良いことだったし、アジアやアフリカの森林はお金目当てではなく女性によって管理、運営されていた。
教会法は、女の仲間作りを認めていなかったということに根差したムーブメントを「ディープエコロジー」と呼ぶ。
それは人間中心主義だったし、女は自己実現ができた。
文化と学問は常にケンカしていたし、学問ができる男が女とセックスしていた。
女は「なりたい自分になる」ために文化を利用した。
人間と学問は切っても切れない関係だったし、人間は宇宙のメンバーだったし、私は欲望を持った女だった。
【MV full】 風は吹いている(DANCE! DANCE! DANCE! ver.)/AKB48

スマホをいじっていると、「女って結局、セックスされる存在なんだなあ」と思って女たちはサークルを閉じた。
このことからSNSは進化したのだ。
セックスだけが目当ての男を基準に機能を作っていった。
バージニア・ウルフがこれを提案したところ大ブレイクした。
何も知らない男は女のイメージを悪くするだけだね。
女がお金目当てなのかな?などと考えて警戒してしまう。
まだセックスしていない女と「男」の関係を標準に機能を構築している。
さらに「どの女の方が美しいのかな?」という問題と直面し、最後にセックスしたあとにSNSの機能は正常化する。
それが「すれ違う人たち」の宿命なのだ。
女が世界を広げるためにSNSを活用したのは事実だ。
親密なメールのやり取りは「セックスしました」という意味だし、他の男と比較する手法としてSNSを活用した。
女は彼氏がいても知識や力を生み出すために他の男の声を聞きたがるというのはキューリー夫人が明らかにしたもので、中森明菜のDESIREのモチーフになっている。
キューリー夫人はこれでノーベル賞を女性ではじめて二つ受賞しているね。
1940年代には数万人の女性が働きに出た。それより70年前には10個ぐらいしか女子大がなかったのに。
アメリカ合衆国憲法修正第九条において女性の教育を1972年に保障したことは自由恋愛を加速させた。
タンポポ 恋をしちゃいました!

2000年には博士号の25%が女性で、学士は50%に及んだ。
2006年には博士号の40%が女性になり、それはまさに金のバラマキに近かった。
【世界の科学の半分は女が握った!】
しかし、教授は10%しか女がいない。博士から教授になるのはいまだ困難なのだ。
そのためにお給料での男女の格差は残り続け、セックスするときにお金の話をする慣行が残った。
女たちはそのお金を「スマホのスキルを磨いた対価」だと見なしていた。
女の教授は女たちにその方法を教えていた。
MITは「セックス至上主義の中で」という本で女たちにそれを指導したのだ。
女たちは仕事の合間にこれをやっていたが、男社会では「科学の才能の浪費」と呼ばれた。
何らかの決断にその能力を使おうとしたのだ。
「なぜ女は少数派なの?」「私はいくらで売れるの?」という問題が背景にあった。
女の値段はもう40年も議論した問題だった。
「母になってもらわなければ困る」と言われて「腟モデル」は批判された。
人種差別でもあるのならば分かるが、女は小さなサークルで「美しさ比べ」をやっていて、もっと大きな規模で「女子トーク」をやった方がいいとされた。
SNSにおいては「話すだけではお金にならない」という問題と女は向き合ったのだ。
女は健康でなければ稼げないことを悟り、1960年代から1970年代までの「ガンとの戦争」は、乳ガンをめぐって行われた。
また、「クニリングスしなければ不整脈になる」という病気と男は直面するが、女は「クニリングスされなければ不整脈になる」という病気と15年後に向き合う。
男女が「話し合いのパートナー」のみにとどまらない理由はここにある。
【女がクニリングスさせてくれない】
ここにも女が主導権をとる方法があった。
中森明菜 Desire.

SNSで出会った男女が顔を会わせる場所においては「男のハンターたち」がどちらの側を問わずに群がることも知っておいていい。
神に失望した男たちだ。
唇よりも大金の方が強いために女の側が男を集めることが多い。
結局、SNSというのはこういうことへの正確な理解度を語り合うだけでオーガズムに達するようにできている。
おちんちんのついた女がSNSをそのように利用していることがあるのだ。
生け贄の巫女さんはそうやって調達する。
性別がおかしいからSNSを利用しているのだ。
精子に似たスライムを出すからビックリだよ。
スライムを出す女にビックリしたのは1980年代中頃のことだった。
このような動画を見せつけられても哲学の側は「おちんちんのついた女だ」と冷静に反応しなければならなかった。
ribbonの左がそうだとされる。
ribbon "Deep Breath"

女はSNSで、相手の男が男社会で生きている人かどうかの証拠を戦術的に集めている。
マイナーな業界のはかない恋でもいい、一人より二人がいいと女は考えている。
裏方の仕事をしている男が好きな理由は貧困が背景にある。
それでも女の「セックスという仕事」には天井はないと考えているものだ。
女は「誰からも見られない」ことを望んでおり、小さなムラに参加したがっている。
そのようは事実はSNSの出発点であり、マイナーであることと、それでも権威は中枢と変わらないことを話す必要がある。
男の強さと柔軟さ、そしてお金の結論だけ知っていればいいことを女に教える。
これさえ踏まえれば結局、スマホというものは男が都合よく使うものとなる。
HOW TO LOVE FOREVER 櫃割香奈子 from 東京パフォーマンスドール

恋愛と結婚は違うスポーツだろうか?
白人の中上流階級はそうは考えていなかった。
違うスポーツになるのは階級と関わる問題だ。
肉体労働をする男をカッコいいと考えたことから、ブルジョアとは異なる恋愛マーケットが生まれた。
【女は子供を産まなければならなかった】
肉体労働をする男は女に金を払ったが、ブルジョアは家庭内に金を払わずに閉じ込めた。
女の目標は、肉体労働男との関係ではなく、総合職になることとなった。
これが女の「フリーセックス圧力」との向き合いかただった。
【ブルジョアと結婚したい】
これがフェミニズム第一の波だったのだ。
ビクトリア朝で起きたこのムーブメントは、もはやカルト化していた。
移民に来てもらいたくない、平和が好きなどの特徴が女に見られるようになった。
【家庭に入ってくれと言われれば入る女なんです】
遊びと真剣なお付き合いを区別するのはセックスでお金を貰うかどうかだった。
子育てをするのならば遊びではなかった。
女の給料は、男の七割だったし、仕事は家事労働に似ていた。
【お嫁さんになるのが夢】
「知っている」ことから子供が生まれた。
頭のいい男の子供を「サイボーグ」と呼ぶ。
セックスするパートナーと話し合いのパートナーという図式ではなく、セックスが愛に変わるパートナーという考えを持つものが金を払った。
【土建国家じゃなければ家庭に入らなかったわ?】
口説くのがうまい男は子育てもうまいというのは女の心理だった。
セックスが愛に変わったと言われたら子育てできるのか不安だわ。
「セックス階級」ね。つまり口説くのがうまいか下手かの経済階級なの。
セックスが愛に変わったと男が言うのならば私は家事労働ではなくデイケアの職員や看護士になった方が儲かるわ?
いずれ挿入を楽しむようになる男の子にそれを伝えたいの。
【教育の問題ね】「ポモ」が目指したものだった。
彼の背景が見えるし、中産階級アカデミズムはこのような心境に至ったのだ。
女を教育してみた結果、そういう結論が出た。
黒人女にそう教えた方が黒人の給料が上がると考えられたのだ。
「女は戦術的に口説かれている」と世界銀行のキャロリン・モーザーは言った。
小泉今日子-私の16才


父と子、聖霊という完璧な男がいるとするならば、イエスは「劣った方の子」だった。
モーゼ五書にしたがっていたのならば民の支持は得られなかっただろう。
イエスが昇天したときに、人々は「いやらしくなければ人々の心は掴めないのだろうか?」と語り合った。 
堅苦しいモーゼ五書を読んだ男は優れた方の子だったかもしれないが、女の胸や尻をいかに芸術にするかが問われた。
(アブナー・ブルゴス)
モーゼ五書、あるいはアリストテレスの偏差値を探求する神社のクロスバーには三角形がついており、純粋に垂加神道を楽しむ神社のクロスバーには三角形はついていない。

男は常にダブルライフを生きている。「別の生き方もあったんだろうな」(プルターク)
すでに生まれたものと、彼が悪と直面するたびに想像する理想像(ティマエウス)がある。
ティマエウスを理解したのはプラトンであったが、これを物事を治めるために活用したのはプルタークだった。
人生の悪が多いほどティマエウスは理想的なものになった。

1475549212863.jpg
英雄で学者として彼女と接したい。
しかし、彼女はあなたに言葉を返すだろう。
あなたは女心をどこまで知っているの?
月を見て、私は「神聖な復讐」について考えた。
神武天皇がアマテラスを本当に理解しているのだろうかと。
広末涼子 RH DEBUT TOUR 1999 - 04 - It's my Idol
俺にだって親父から引き継いだものがあるんだ。
女を見ると知性が涌き出るのを感じるよ。
ロードアイランドのように北極星を目指して一緒に歩くのに適した島も見つけた。
数字に強い男が確実に私たちの居場所を示し続けた。
【学校でしか教えてくれないことがあることをご存じかしら?】
あなたのストイックなところが好き。
顔が見えない「世代」が延々と連なっているのが歴史ね。
人々の「知識」だけが残ったみたい。
万世一系というのは「知識」のことを言っているの。
世界が広い人は表情がないし怒らないの。
女が医学の実験台になってくれて、男に生かされたときは本当に清々しい気分になるね。
学問って情熱からなりたってあるのかと思うよ。
地球ってのは本来、冷たいものなんだ。
神聖なものへの理解力は限られているよ?時代ってものだ。
だからティマエウスを生み出したのだ。
現役世代によってクリエイションがなされるわけではない。
宇宙は一点から生まれた。それならば理想の男はその中心にはいなかったことになる。
様々な世界の宝石をティマエウスと呼ぶのだ。
中心にはいなかったのだから争いを好む。これが物事の治め方の探求だ。
宇宙以前の中心とどう関わっているかが問われるのだ。
世代の問題もあるのだ。世界の父親と人間の父親の二つに分かれただろ。
人間の父親は争っているよ。つまり、センターではない。
プロ野球 ハマの大魔神 佐々木主浩投手の黄金期

文化や、ポップカルチャーが称賛する女との挿入を目指したのがフェミニズムだった。
映画のようなセックスでなければ女への差別はなくならないと考えた。
「それは私が知っている話ね」という範囲内にセックスをとどめたかった。
私たちのセックスは社会が称賛している。
このモデルを作ることが病気をなくした(ソーシャルジャスティス・社会的挿入)。
ポナパルトになりきって女とセックスすることも理にかなっていた。
「役を演じきれば対等だ」と考えるようになったのは19世紀だ。
男がセックス目的ではなく恋の相談に乗ってやることをフェミニズム第一の波と呼ぶ(1920)が、これにお料理などの教育まで含まれたのが第二の波(1960)だ。
人種、階級、国籍、宗教によってセックスのモデルのアイデンティティをアピールしたのが第三の波である。
肌の色を持った女や、労働者階級の女が性の儀式を考えたのだ。
背景には抑圧があったし、政治的主張と性の儀式を結びつけることで発信力を高めようとした。
ユダヤ人は「娘が玄関でコートを受けとる」ことから安息日のムーブメントをアピールした。
娘が持っているエネルギー(お金)を利用したのだ。
性の儀式においては「女が可愛らしく見えること」と「侮辱的な命令ではないこと」が必要だった。
【女が儀式を決めることが大事】
純粋に侮辱的でないことなどあり得なかったし、男はどのみち暴力を振るったし、出産という問題もあった。
女は挿入される側だったし、セックスの終わりとは男の射精だった。
このような実態がある営みで仲間作りや政治的アピールをしようというのだろうか?
しかし、男女のセックスは、階級、ホモ、人種などによって「いい映像と悪い映像」があるのだ。
【貧しき者のセックスなど見たくはなかった】
より良いセックスのための戦いが待っていたのだ。
良いセックス作りの司令塔を中枢に集めきれなかったではないか?
白人のセックスの方が優れているとなぜ言えるのだろうか?
女は皆、アイデンティティを持っているのに。そこで、その序列を入れ換えてやろうという動きは常にあった。
理想的なセックスができないと女の方が苦しむのだ。
太った女の抑圧や、老いた女の抑圧は、セックスの発信力にあり、人種よりもそれは露骨に表現される。
男のエロい世界でどれだけ差別されるかに抑圧はあるのだ。
ラカンの性の儀式。


ribbon "それは言わない約束" 永作博美


心に性別はない。体がより生物学的でサイエンスに満ちているのが女だ。
美しさがなければ生きることを呪うだろうね。
しかし、美しさを探求したら妊娠の危険があるだろう。
働けと言われたら背中の筋肉もつくし、手はお料理などの家事労働に用いられ、膣は快楽のため、子宮は子供を生産するために用いられる。
肌の色によって階級が分かれる。
子供の肌の色によって第一次世界大戦で生きるか死ぬかが決まっていた。
女が嘘をつくかどうかも肌の色次第だった。
女は力が弱いので医学の実験台にしやすいと考える生き物は人間だけだった。
女とは生まれるものではなくなるものだ。数々の神話や、たとえ話から教わるのだ。
オスでも卵を暖められるという事実から、メンスなどを除けば心と体に違いはないことがわかる。
男の子は木登りをしたり乱暴なことをし始めるが、女の子は「見られる」ことから体が異なってくる。
女にとって体とは「恥と恐怖の原因」なのだ。
生理の血を見ることからセックスの準備を始め、結婚や母であることも、生理の血を見たときの「不快感」から始まっている。
妊娠するというのは受け身のものであり、排卵が止まるという反則を行っていると考えている。
「妊婦です」というだけでも世界が広がるものだ。
妊婦さんが「あなたはなにも知らないの」という表情を男に向けるのもこの不快感を前向きに変えようという営みであるし、軍人の子供が産めるぞと言えば誰も逆らえない。
赤子を抱いた母というのは「最悪の苦しみ」を抜け出したあとの喜びだった。
セックスの経験においても母体にとっても危険な行為が出産だったからだ。
「お母さん」と呼ばれるだけで女としての意味が変わってくる。
唇を閉じているだけでも女でいられるようになる。
男のぺニスに対して「唇が閉じている」と表現する。
このような女の体が生み出す言葉は残虐な形で文化に反映されていく。
言葉は肉体から涌き出るものだったからだ。
男も女も「異性の立場になってみたい」と考えるが、男に膣をつけるのは現代の外科手術ではできないのだ。
女心が知りたいという愛の世界を現代医学は頑なに守っている。
伝説の美白家 鈴木その子さんが見せる様々な表情

しかし、「ママでも金」は無理だったではないか?
二つの閉じた唇というイメージはあるが、子供を産むということは様々な文化に巻き込まれてしまい、母は強いというのは幻に終わっている。
出産というものが女にどのような混乱を与えるのかも知らないといけない。
また、出産が膣の「感じ方」にどのような影響を与えるかも「答えられない質問」となっている。
膣が感じなくなった人妻との生活は「私が考えていることに興味を持ってください、秘密を守れますか?」あたりとなる。
感じなくなった女たちは、美容整形をしたりダイエットをしたり、お洒落をした。ブルーのコンタクトレンズをする女もいた。
そのようにして社会で魅力を維持して、セックスしない新しい女性像を作っていった。
そのようにして男性中心の社会は出来上がっているのだ。
子供がいる女は「娘の性の心配」からセックスには興味を持ち続けた。
また、女たちは魅力的であることが男を惹き付けることだけはいまだに覚えていた。
動物であり機械であることだけが二人目、三人目の子供を産む理由となった。
いつしか性のパートナーは「話すパートナー」に変わるのだ。
性のパートナーの役割を果たせない、働くことができないという問題が子供を産んだ女性に付きまとうことになる。
女は「私の幻を愛したの」という言い訳すらする。
セックスに痛みと攻撃しか感じなくなるからだ。
女は「世界に存在する私」という問題と向き合い続け、女らしいって何だろう?などの問題を探求するのだ。
セックスとジェンダーと違いは自ずと明らかであろう。
Miki Fujimoto - Ekimae no Dai Happening

【想定問答集】
「女の子は男の子と同じ時期にマスターベーションを覚えているらしいね?」
正解「理想は高いですけどね」

「女は出産すると感じなくなるらしいね?」
正解「それも悟りね。女は畑ですからエネルギーを与えて男社会で頑張ってもらってます」

「正しいことと女が純粋であること、どっちが大事?」
「女の真実を知ることへの心の限界があるんじゃないかしら?」
「女が気の毒すぎて映画を見るのをやめたことがあるんじゃない?」
「セックスに集中したくはないの?」
「文化ってもっと余裕のあるものではなかったかしら?」

男の答えは「正確に理解していた方が大勢の女の心がつかめるんだ」というものだった。

「フランス?面白い人種ね」と答える戦術的女もいる。


「女が太っていてはいけないの?そんなに家が小さいのかしら?バスタブのお湯がもったいないのかしら?子供をたくさん産んだ方がいいのではないかしら?」
という反論に男はなにも言えなかった。
建築とは「男サイズ」で作られていたからだ。


ヨーロッパは、ジェンダーが確立したら1990年代には第三世界は「理論の植民地」と化した。

男同士はすべてをさらけ出して仲間を作るが女はより感受性が強く、よりナルシシスティックなものだ。
そのため「からだ」が重要になってくる。
「ずる賢さ」「虚しさ」「未成熟さ」は女の仲間作りの敵だ。
母が息子に教える「間違い」は、男女の違いを理解しないことにある。
女は弱った男が嫌いなのだ。守ってもらいたいから。
男が弱ったら女は男にならなければならない。
愛すべき娘、仲のいい妹、貞淑な妻がよりいい体をしたお母さんなのだ。
女同士は話すだけの関係だが、社会システムを利用してどこからか仲間を調達してくる。
男のように賢くも強くもないからだ。子育てへの同情、自己犠牲などを利用して女は仲間を用意していたのた。
女は仲間作りをしたいし、古い因習を考え直したいんだ。


宇宙が生まれて、暴れた奴とそれを見ていた奴が「中心ってなんだろうな?」と考えただけだ。
燃えるものと冷やすもの、女たちと男たちが宇宙を作ったのだ。
イシスは自分の美を操る女で、オシリスという男を自在に配置した。
オシリスは知性と親父と肉体の三つからなる。
どのように生きるかは親父から聞くんだよ。
とにかく生きていることと話すことなんだ。
我々に委ねられたのはやはり「子育て」だね。
暴れた奴と黙ってみていた奴が宝石を生み出しても、子育ては黙ってみていた奴の味方をしてしまうんだ。
動かない方が予測しやすいね。
アポロとゼウスのどちらが偉いと思う?その時点ですでに中心は分からなくなっているんだ。
神の知識にお伺いをたてるダイモンズもいる。
ダイモンズは争ったり治めたり好き勝手だったけど、デーモンに悩まされたよ。
【神が悪に責任とれないことを明らかにした】
自分で腐っていく奴を罰する必要があるのかな?
【それぞれの人間が人生から仕草まで責任を持っていることも明らかにした】
【女は肋骨ではなく、男の知性から出たという境地に達した】
ダイモンズになってみれば分かるよ。
女は知性と親父、肉体に激しく反発するだろ。
親父は先生を作ったし、知性は親父よりも優れているし、親父から肉体は生まれた。
【人間は二回死ぬ】
知性が親父と肉体から抜け出るとき、親父が肉体から抜け出るとき。
太陽に愛されたときに知性は抜け出る。治めることを忘れたときに親父が抜け出る。
【知らないおじさんたちの永遠を悟れ】
瞳はダイアモンド。



1479105552678.jpg
マホロバの裏の三峯神社。


人間とは素晴らしいものだ。死にそうになったら面白いことを言う(パトス)。
しかし、真実ではなく芸術であることが多い。
この世界を文学的に深めてみよう。
これをソクラテスの弁明と呼ぶ。
詩の意味も分かるようになる(ゴルギアス)。
ソクラテスは、検察官ではなく民衆を見ていたし、虐げられた若者も見ていた。
ソクラテスは悪の扉を開けたし、若者をむしろ腐敗させた。
国が知っているものを知らなかったが、別の才能に恵まれた。
不正が黙殺されたら喧嘩を売る。
口先だけで逮捕されたならば喧嘩を売る。
俺はそのとき危険をおかす。
刑務所は怖いけど死を覚悟する。
のろい年寄りを若いランナーが追い抜いたら村の掟を破ることになる。
このときにも喧嘩を売る。
法がなくなったら戦争だ。
いっていることに展開がともなわなければ武器を捨てるだろう。
アガメムノンの息子は神の最終的な悪あがきを始め、ヨブの息子、ラトナの息子は怒りに包まれた。
どこかで戦があったと聞けば英雄が女をあてがわれて陥落させられないかどうかを見に行った。
組織で政治家をやっていたらこんな遊びできなかっただろうな。
俺の礼儀を車で教えてやるんだ、死にたくないだろ。
死からひたすら逃げるのが戦争というもんだよ、俺の友達よ。
Bad Girl 中山 美穂



1470242000132.jpg
伊勢神宮一の鳥居(偏差値BOY)


1470242117649.jpg
大宮神社二の鳥居(芸術・垂加神道)




【女性の美学】
多くの男女が関わって作られた芸術作品を男が分析することを楽しみ、それをみんなに言ってまわったり、
自分たちも文化の一翼を担おうとするのが女性の美学だ。
1971年に、リンダ・ノーシリンは、なぜ女性は偉大なアーティストになれないのだろうか?と問題提起した。
偉大な人の真似が下手だったんだよ。
物真似には国の検閲もあったんだ。
正解に近づいた人を真似することが大事なんだ。
真似するだけで3倍になるんだよ。
幻が現実になるし、誘惑的な方法なんだ。
恐怖と戦っている人の真似をすると頭がよくなる。
賢い人は男にしたがう姿を描いているだろ。
女らしいだけで頭がよくなるんだ。
友近 藤原紀香のモノマネ記者会見

18世紀に「ドラマのような恋」へと女の頭をよくする方法が変わったのだ。
芸術は楽しむものよ?
クッションを置いて女の子らしくするだけでも全然頭の働きが違う。
作り込まれた男の芸術は、ファインアートと呼ぶ。
女は男が作ったファインアートのサンプルをたくさん持っている。
クララ・シューマンや、ファニー・メンデルスゾーン・ハンセルみたいにお父さんが特別でなければ頭はよくならないし、それでも男には敵わない。
しかし、キルトは、博物館に飾られているし、彼女たちのエネルギーを感じるものもある。
母であることをアピールしたのだ。
星の金貨

教育学も仲間作りもドラマの側も「女は天才になれない」と考えていた。
男らしさを追いかけているので天才ではなかった。
男の天才は男性らしさと女性らしさを使い分ける。
19世紀には、体を使わずに男に重たい問いかけをした女というモデルが示された。
子供を産むのは女という問題と向き合わざるを得なくなった。
女がサイエンスまで生んでしまうことがあるのだ。
いろんな世界に女のパイオニアが生まれ始めた。
教会法は彼女たちに何を教えていたのだろうか?というほど無理があった。
女はお料理を作るのではなかったの?
1970年代から80年代にかけて女子を大学に行かせてみたら、勉強するときは男になってしまうことが分かった。
学問の世界は男の英雄を望んでいた。女子は女性教師の得たものを学ぶべきだということが分かった。
のだめカンタービレ Nodame Cantabile Special 1

女を中心とした学問の伝統を女子学生も知らないといけない。
コーネリア・クリンガーは、「男言葉主義」の存在を指摘した。
女には女の経験があり、テキストも違ったのだ。
女性教師のテキストを読むことを「母と子の宝石」と呼んだ。
性差が明らかにならない学問は学問ではなかった。
女は、男性経験が違うだけで味覚も変わるし、学問も変わる。
経験と合わなければ学問も楽しくなかった。
味にこだわる女ってベッドで情報を漏らすのよ?
女が漏らす情報って奇妙で、風変わりで、よそよそしいものになる。
女の心は美しいよ?でも、雑誌の外交に関する情報は女が漏らしていて風変わりなんだ。
男は自分の味覚を持っているが、女はいろんな人の味覚を作ってしまう。
頭をよくする工夫をしながら生きているんだ。
男がギョツとする絵が浮かぶ、そんな話を作っているんだよ。
映画を一緒に見て解釈を聞いてみるといい。どれだけでたらめかがわかる。
「片思いの終わりに」 亀井絵里

男をギョツとさせたいだけなんだ。
時間が大雑把な情報は全部デタラメ。
男が仕事ができなくなるのを見て笑ってるんだ。
だって、男は別のページのヌードを見て笑っているじゃない?
いろんなことを知っている、もう何も知りたくない、これを理解しないといけない。
1990年以降、すべてを破壊してやる、という動きが女性に広まった。
悪意、そして美しさを求め始めた。
外交に関する論文なんてダダだよ。
前衛の連中は、モテるからそういうことを知り尽くしていた。
内部から破壊してやろうという女がいたのだ。
白人女性が議論に参加するまで分からなかったんだよ。
メンスや出産の神秘を男に知られたのが大きかったね。
39人の女が膣をさらして伝説になった。
女性は深刻だった。パロディにしたかったほどだ。
妖しいニュアンス松田聖子

女の体以外にアートについて語る理由がなくなった。
女の体の再評価が必要だろうね。
食べ物の味を語るように、女の体を語れないと文学は朽ちていくだろう。
ジェニン・アントニは、体にラードとチョコレートを塗ったよ。
1987年にジャナ・スターバックが「女体盛り」を考えた。
食べ物は美味しくなかった。女の体が腐っていることを表現したかったのだ。
女が女の体を定義した。

1463552303191.jpg

その効果は、西洋の女は常に体をさらしていると思われるようになり、しかし、裸の時の動きは男のシナリオにしたがえといわれるに至った。
パメラ・アンダーソンはその優等生だった。
それまでは、ヌードのポーズは女が決めてきたのに。
男は体に糞や血まで塗れと言ったのだ。
セックスの時に、カーテンを開けるものもいた。
カーテンを開けて犯されている女を外に露出して反応を見るのもデリケートな問題となった。
出産というものがなんだか素晴らしいもののように思えた。
この世界を落ち着かせるためには男も掘られるしかなかったので、両刀使いがなんだか偉くなってしまったという効果はあった(安倍晋三)。
みんなが「性の行き過ぎ」に恐怖を感じるようになったのは認めざるを得ない。
素敵なラブリーボーイ

こんな夜を過ごしたあとに女は仕事に戻っていることを知らないといけない。
日常があるのだ。
妊婦さんが裸体を公表しても落ち着きしか感じなくなったのだ。
不愉快な映像は母と子の関係に悪影響を与えることも分かった。
女たちは「賢くなりたかっただけなのに」と思った。
そして、ポストフェミニズムの時代に入っていった。

【女言葉は自らが不利な立場にあることを示すため、敵が少なく、しかも、嘘をつくために分析の対象になる】

人は乳で子供を育てるものだ。

この言葉に、女性が隠されていること、これが問題になった。
なぜ「女医」「女社長」という言葉があるのか?
「セロテープ」を「スコッチテープ」と言い換えるようにジェネリックが生まれているのだ。
ジェネリックが女を侮辱していた。
君は卵子と精子のどちらを生むの?
男のいやらしい世界観が隠されていた。
「前戯」と言っても女は本気モードに入っているのに、なぜ男性中心主義なのだろう?
[MV] Perfume「ポリリズム」

レイプと普通の力の区別もつかなかったから「セクハラ」という言葉を考えた。
重要な出来事においては女も妥協ができなかった。

【誰かセーターを忘れていったよ】
これしか言葉の改革は成功しなかった。
他人が男か女かはどうでもよかったからね。
色々試みたけれどどうでもいいのは他人しかいなかった。
言葉そのものがいやらしかったのだ。
「独身」「プロフェッショナル」どれをとってもお手上げだった。
暗黙のうちに「男の方が上」と女に教えていた。
私は真剣なのに「前戯」というのだけはどうにかして?
【それは何に貢献したかだよ。射精じゃないか】
ここから「女言葉」という復讐が始まったのだ。
[MV] Perfume「チョコレイト・ディスコ」

特に若い女たちはこれから仕事をしようという時期だったので暗号化が好きだった。
精子が卵子を攻撃しているのではなかったのかしら?
酒井法子 イヴの卵 1990-12-28

しかし、男のための言葉の方が多いのは認めざるを得ない。
言葉ぐらい妥協してもいいんじゃない?
「個人主義」という言葉を女が嫌うのは事実だった。
感じかたが違うもの。
個人主義が嫌いなだけでも言葉というものはできてしまうのよ。


男のぺニスは、それが指向する女の膣が散らばる可能性をコントロールする。
人種の議論とつながる。
精子がどっと溢れてくることを言う。
17世紀には、女の心には性別はない、とされていたものが、19世紀には「女のメンテナンス」という観点が指摘された。
女の美と栄光のために、中国の纏足よりはマシだろうとされた。
性病の感染の原因としてこれを見ようとしたイギリス人も19世紀にはいたし、女を奴隷と見なす議論だという方向にも発展した。
黒人奴隷の女性が、家族を養うためにご主人様に体を売ることが喧嘩のもとだった。
20世紀に、オハイオ女性会議で「女性の体が人種を識別するマーカーとして利用されている」とした。
男のように働き、男のように疲れ、男のような筋肉をし、男のように食べる女であることを忘れてはいないか?
この問題はオハイオの支持を得る作法となった。
精子が溢れたあとに色の違う子供が生まれることがあった。
サクソンのメンバーに加えられるのだろうか?
第一次世界大戦で安い命と見なされたため、堕胎まで考えられた。
目的を持つ男の子、物理学を忘れてしまう女の子の前に母体をさらすことの意味を考えた。
「体が小さい女は動物なのか?」
この問題から議論が生じた。
子供は生まれない方がいい、女でありたい。そのような意見も1970年代に示された。
受け身の卵子を持つ女の考えだった。
人間の命は不朽なんだよ。ワーという問題で一生、生きていくのか?
女たちは自分の体が恥の原因となることを知った。
受け身の女を売春婦として扱うのか?
それでは障害者と変わらないではないか。
この違いを力に変えてやる。
出産以外の女の体の価値と力が明らかになったのだ。
男たちはそれにひれ伏した。
この力を女は反戦運動にも利用した。
そこには恥よりも誇りがあったからだ。
母であることなどの人生を前向きにする要素が弱い体から見つかった。
男は「おばさん」を想像したし、女は皆同じではないことを知った。
ミニモニ。 - 01 ミニモニ。ジャンケンぴょん

ラカンが「セックスの作法」を考えたとき、女たちは怒ったんだよ。

女がこれを演じながら社会に参加していることが分かったからね。
女はつけまつげをしたりしてマンガになるしかなかった。
それだけでも女はもっと多様化したのだ。
肉体から精子が溢れる、これだけで「女であること」を考えてもらいたかったのだ。
子供ができない女もいたし、人間の進化を感じてもらいたかった。
「このとき私は何を考えていると思う?」
世界に通用する女が発明された。
私、フィットネスクラブに通っているの。
女の進化を考えてほしい。
ダイエット、メイクアップ、服装、美容整形などの「体制」が女らしさをより志向した。
進化とはそういものだ。子供も美容整形を義務付けられる。
1970年代には「女の体は一部分を除いて触れられていない」としていた。
1990年代から女の体は罰から逃れるようになった。
しかし、社会からは犯されていたのだ。
「スレンダーな女って矛盾しているよな」
女の標的は、男の肉体美に向かった。
スレンダーな女と筋肉質な男というモデルは「正常化トリック」と呼ばれる女の復讐だった。
「あそこ」の話をするのならば痩せなさいよ!
ホモだと言いふらすわよ?
本来は人種の話だったのにね。
つけまつげ派とそうでない派の二つに女は分かれた。
「妊娠している男は普通だよね」
「世界は男と女だけなんて嘘だ」
男は「隣で寝ている物体を見て現実を嘆くよ」と言った。
しかし、「物体」への暴力だけは女は許さなかった。
医者は太った女に医学を見失った。
きゃりーぱみゅぱみゅ - つけまつける , Kyary Pamyu Pamyu - Tsukema…

女に公然と体重を聞いて数字しか見ない人も現れた。
体重のポテンシャルしか見ていないんだ。
つけまだろうがなんだろうが動物だ。「体重何キロ?」
「大人だよね。どんなマンガ読んでるの?」
「体重を計る前におしっこを絞り出す幽霊がいるからね」
産んだ母よりも育てた母が大事になった。産んだ母はおちんちんで、育てた母は女だった。
何かを言ってくれるお母さんと、私は何かにならなければいけないという気持ちが生じたのだ。
学問はみんなに対してオープンだった。
生物学と進化論が分からなかっただけなのにね。
お母さんの意味と、お母さんが言っていること。露骨な性描写に興味があったのだ。
動物と人間、人間とサイボーグの間を女が行き来していたのでなおさらお母さんに興味があった。
「アニメにはあんなグロいものついていないよ?学問とはアニメで向き合わなければならない」
ノスタルジーがあったのだ。
医者は体重を聞いた。
きゃりーぱみゅぱみゅ - にんじゃりばんばん,Kyary Pamyu Pamyu - Ninja …

膣から精液が溢れてくる映像は、特定の女を愛するという発想をなくし、女はみな同じという考えをコミュニティーにもたらし、つけまをつけている女も体を想像された。
女が怖くないのだろうか?体のラインだけを愛していたのだ。
女というものが全部わかっているのに「この女は無理だ」という考えが生まれた。
すべて「俺の作品」だったからだ。
女たちの反撃だったのだろう。
女は「出来ない」ことをアピールし始め、自分たちの体が重荷になっていき、守られることを望んだ。
「何かに熱中したらいけないのかな?」
妊娠したこと、胸の経験、生理という三つの問題がある。
これらは世界から遠いものだった。女でありたかったからだ。
文化の創造者に身を委ねるしかないのだろうね。
肌の色、髪、鼻、胸、おしっこというような親密さを示す言葉があった。
鏡を見てもそれしか議論する必要性を感じなかったのだ。
女の体はみな大して変わらなかったので他の人に「スタイルがいい」などのイメージをつくってもらうようになった。
それも、男にとっては喜びだったからだ。
「階級に関わるでしょう?」
体も心だった。
きゃりーぱみゅぱみゅ - もんだいガール, kyary pamyu pamyu - Mondai …


【からだ理論とお勉強の作法】
それは男が作った世界。お勉強もからだの価値も男が与えている。
男女の言葉を使い分ける男から女の世界を教わっている。
女の創造性と感受性だけはインタビューしているね。
出産とか消化とか、労働とかはね。
19世紀に女が自分の心を「たとえる」ようになった。
男が女の世界を創造することをスウィートペインと呼んだ。
出産シーンが知られるようになってから、「このときどんな気分だった?」という疑問が女性の芸術の基盤となった。
globe - SWEET PAIN


女が体を売るというとのは古代の女性であるという意思表示であり、現代においては女性の階級に関わり、
「お嫁にいけない」という問題と向き合わなければならない。
女が「家族への贈り物」であるというのならば、男がそのパートナーであり、女は自分の考えを実現することはない。
魅力的なのは認めるけど「どんな社会システムにあなたはいるの?」と問われ続ける。
キャロル・ピートマンは、これに対して、リベラルな「筋肉質な男と売春女」というカップルを考えた。
売春は、他の職業とは明らかに異なる。
社会の最底辺の仕事だ。
「親からもらったものを楽しむ」という発想が必要なのだ。
「男女はいいことを分かち合っているんじゃないのかなあ」
売春は結局、男性観、女性観を間違ってしまうというあたりに問題があるんじゃないかな?
売春女は女のイメージを悪くするんだよね。人前で歌うことそのものがイメージを悪くする。
「契約でやっているのよ?」という反論がなされた。
パメラ・アンダーソンは、すべての職業女性はやりたいこともできずに踊っているだけじゃないかしら?と言った。
「身の丈にあったパートナーって大事よ?」
モーニング娘。 『リゾナント ブルー』 (MV)

贈り物としての射精は永続的に使えるんだけどな。
「でも、高級コールガールは失うものも多いのよ?」
簡単な性労働者だと思われちゃうからね。
「看護師は患者の面倒を見るし、保母さんは子供の面倒を見る。貴女はセックスをするのか?」
「散々あえいでお金とるの?健康に悪いよ」
「社会の一線を越えちゃってるよ」
「三国人の肌の色してんじゃねえだろうな」

国際結婚は、グローバル化のために必要なものだ(ネオリベラル)。
世界銀行もIMFもWTOもレイプと認定せずに貿易ができる。
貧富の格差が生まれ、数百万人もが貧困層に落ちたのがグローバル化だ。地球の北側だけが得をした。
しかも、戦争が起きやすくなってしまった。
国連やEUは、上からのグローバル化を進めたが、世界のもっとも弱い立場の人を見捨てた。
女たちは「下からのグローバル化」を進めて独自の政治ネットワークを作った。
金持ちと結婚した日本人女がアメリカ保護主義を批判するのも当然だった。
戦争が起きやすくなったり、地球の南側が借金を背負ったり、クリスマスを祝ったり、気候変動が国際結婚をしたネオリベラル女の責任であることがわかっていた。
1990年以降、気候変動の問題がおかしくなった。
【だって本国であれだけ私を抑圧したでしょ?】
外国の金持ち男に体を売れば私は何でもできたの。
南には情報がないからよ?女にはグローバルプレッシャーがともなっていたのだ。
私が外国人男とセックスしてお金をもらうだけで南の生産ラインはフル稼働よ?地球も暖かくなるわけね。
イスラムも保護主義だけど、インド、インドネシア、ケニア、リビア、パキスタン、ロシア、サウジアラビア、イエメンでバンバン火が炊かれるでしょうね。
本国でひどい目に遭った女は「世界の貧困って何?」「どの肌の色が優れている?」という神を語り始める。
DVや、仕事の差別、いろんなものが植民地にはあり、アメリカの神こそが理想に思えた。
すべてを敵にしたのは神のせいだったからだ。
家庭内の人間として働きたい。これをグローバル化は認めてくれた。
【私の話を聞いて?】
これが外国人男とのセックスでは成立したのだ。
「侵略されるぞ?」というのは男の偏見だった。本国にいても性奴隷だったし家庭内での仕事があった。
学歴もなかったし、家は貧しかった。別の国には別の社会がある。
国際人、つまり外国人男との恋愛理論はすでに確立していた。第三世界は愛を知らなかったのだ。
北半球がそんなに進んでいるのならば、南半球に生産ラインをアウトソーシングするのは目に見えているけどね。
地球温暖化なんて知ったことではないわ。
ドナルド・トランプ氏の勝利に野沢直子が「アメリカ人はバカ」



モーゼは、繁みを焼き払ってこの世界にたどり着いたのだ。
君が勉強しようがしまいが、この女の絶対は、変わらないんだよ。

玉串(たまぐし)とは、アマテラスに捧げる髪飾りだ。この世界に髪飾りを。

女が役人に近づいて関係を持った。そして、カサブランカから、パリ経由でアメリカに行くパスポートを発給してもらう。
しかし、女は別のハンサムな男と一緒にアメリカに行くために役人に近づいたのだ。
女が役人に拳銃を向けた。背中から拳銃を向けられた役人は「撃てよ、俺のために」という。
男が死ねるときというのは、別の男に知性で破れたときだけなのではないだろうか。
中森明菜 リフレイン。

太陽崇拝は、一方的な片想いである。プトレマイオスは、太陽を男であるとしたが、日本国はこれを女であるとした。
和辻哲郎が、日本国を「海に浮いた泡」とした理由であろうか?
Speed Tour Rise Tokyo Dome

神はいるのかどうか?滑りやすい坂道だ。
この問題にマーケットが集まったし、銀行が緊張した。
MERRY X'MAS FOR YOU


女は伝説との向き合いかたが男とは違う。その源は「体の安全」にある。
松浦亜弥 - ナビが壊れた王子様(LOVE CHANCE)

女の心には火がある。言っていることは全部嘘。しかし、出来事だけは女が暗号化していて、男に治め方を聞いている。

出来事だけを歌った曲。君の心には火がある。
ホワイトラビットからのメッセージ/渡辺満里奈

女の進化論「病気になっても私を使って?お医者さま」
シシド・カフカ「Don’t be love feat.斉藤和義」MV/Short Ver.

エロビデオを見て「女性がいやがっているではないか」と考える政治的弱者がいた。
女性はマンガであり、おしりや胸をちらつかせる。
おニャン子クラブはそれを活用して人気を誇った。
男と女は生身の人間だと悟ったときに、男たちはおニャン子クラブからから離れていった。
ほんとの女を知らないで?という「欲望」が「深刻」であり「出口がなかった」ためにみんな泣いた。
おニャン子クラブ じゃあね (1986 LIVE)

美空ひばりは、11歳の春の女の子の「ショック」以前に芸能界に入っている。
男性社会をお母さんと共に生きた。
そのために不感症になっている。
草原だけが男には分からない美しさだった。
松浦亜弥 - 草原の人

女の生物学は、セックスのパートナーとして選ばれること。
男は女の所有物となる。
治め方を見ている(笑顔、言葉、生き方)、男が何を発見したか、そしてどんな想像力を持っているか。
この営みは動物よりも優れている。
美しさのためにすべてを捧げる男。
女の美しさのための男のサバイバル。
女の美しさで男は成長する。
成長した男の美しさで女は競争をやめる。
卵子(受精卵)を育てなければならない。
男が子孫を残す喜びは女よりも大きい。
こんな私の生物学を知ったら二人は私を見捨てるかしら?
瀬能あづさ:ふたつにひとつ(CD音源)

清子さん~マーガレット・フェル
クエーカー教徒は、女の対等を求めたため、王位継承に関与できなかった。
キリストの乗り物であるときだけ教会について語ることが許された。
女であることを自ら否定、これは、王室と関与した女どもにしか分からなかった。
王位継承のテキストである聖書に対して、「私たちだって法則にしたがっている」「主のキャンドルをあなたの心へ」と主張して影響力を増した。
治めることよりも「生きる、純粋に、永遠に」を重視した。
王でなくても、私たちは神の光を感じることができるとしたのだ。
「ベッドの上での私たちはいつも新鮮」を探求した。
杏里 サマーキャンドル。
「真面目に考えて?」「探して味わって?」私が考えていることを。
徳仁親王は長男として生を授かり、弟、秋篠宮が美智子のおっぱいを吸うのを見て「俺は誰なんだ?」と考えた。
ここに、皇室の「Sランク」と「Eランク」が確定した。
歳月を経て、天皇(ヨゼフ)は末っ子である紀宮の婿、光太郎を見つけた。
美智子(マリア)は天皇と「アブラハムからの贈り物」を喜んだ。
光太郎はワイルドカード「X」となった。
美智子は男たちに「私は男を知りません」と言った。
「アブラハムの贈り物ですぞ!」
三単元の「SEX」の誕生だ。
工藤静香 LIVE'90春「No no no no~琥珀のCocktail~
愛し合うことの喜び、イスラエルの種への期待、などの本がある。
心の弱いユダヤ人に自殺を迫られたクロムウェルは彼女たちにキリスト教への改宗を迫った。
これがクエーカー教徒の原点だ。
しかし、クエーカー教徒は、聖書の預言にしたがうのは「最後の日にね!」としている。本物のイエスさまを見た日に本気になるとした。
男たちは「俺こそが生き神さまである」と争った。
クロムウェルは「メシアに期待するな。君たちの内面と向き合いなさい」とも言った。
「私たちを口説きたければ、男たちに認められてからにしなよ」女は言った。
「私たちに純潔を求めるなら、そんなもの抑圧だと言ってくれたハーケンに勝ってからにしなよ」
「夜の月、朝のお日さま、それがすべてじゃない?ハーケンは宇宙を語るよ?」
男はオックスフォードやケンブリッジである必要はないの。神の言葉さえ囁いてくれたら。
勉強する男は冷たいもの。でも、牧師さんには喧嘩を売ってね!
大臣だって怖くないわ。女の前では光は丸裸になるの。
勉強する人は神の創造と発明からほど遠いルックスをしている。
牧師さんは勉強したのではなく聖書から出てきた人なの。
皇位継承から女を排除しないためのマーガレット・フェルの旅だった。
私を野球につれてってくれる人は約束を守るから私をぶたないわ。
軍隊は見せかけの愛と真実ね。
イエスさまは私をぶたないわ。お互いに自由ですもの。
聖書の言葉なんて全部ウソ。彼の言葉から真実を見つけるの。
I Remember / SPEED
女の勘が最高の権威
イヴは、アダムの肋骨から生まれたから女は牧師さんになってはダメ。男の声じゃなきゃね。
女の牧師さんは神の魂に動かされてはいないからね。
でも、男の指導者に蜂の一刺しを与えてくれる女の牧師さんもいるよ。
女社会というモンスター体制では、常識的な女の牧師も必要ね。
弱いものが強いものを導くことになるわね。
女の直感が男を導くというのはパウロさまの教え。
女性は沈黙から学ぶ。
女性はセックスしたいときは沈黙するものだ。この観点からも女性の牧師さんは問題だとされる。
神か聖霊以外話してはならない教会で女性が話していいのかも問題となる。
女性のスピーチは、「主にキスしてセックスを諦める」ものとならざるを得ない。
男は聖書に王位継承をかけているけど、女の聖書の解釈は明るいのよ。
女は団結するからね。
クエーカー教徒は、アダムもイヴも神と同じ形で作られたとしたが、それは、イヴが「アダムの肋骨から生まれたがアダムにはしたがいたくない」という意味だとした。
神は女に「女の種」を授けたが、マリアはその種を語ることを禁じられた。
【MV】 RIVER / AKB48 [公式]
マリアは女の牧師ではない。アイドルだ。そのため、彼女の話はしもべたちの種となった。
人間のファーストクリエイションの時、男女は平等だった。
キリストも男であったが女心も持っていた。
クエーカー教徒の男は女性の支持を得るのがうまかったのだ。
王位継承で殺されるのは男でしょ?聖書に出てくる女性たちは皆、処刑された男に駆け寄るだけ、祝福されてるの。
コリント人への手紙14:34「教会では女を黙らせなさい」
これは、男たちが暴れても知恵で黙らせて、安全をもたらしてくれた女の眼差しを意味している。
男と語り合って知恵というのは育てるものだ。
テモテ2:11「女たちを沈黙させ、女心で感じさせなさい」
夫であり父であればそのような修行の場はいくるでもあるだろう。
暗い僧はおしゃべり女に怒る。しかし、大勝利を経験してみよ。
女は黙ったあとに神を称える歌を歌い始める。
女の牧師は女性と「あなたをこんな目に遭わせた男」について語れるという特権がある。
「男と女はひとつ」というクエーカーの立場に対しては、「実際の私たちはもっと弱く、虚しく、恥を見ているのです」という批判がなされた。
沈黙、セックスというが語りたいことがあるのではないでしょうか?
女の本音

幼い頃の発作のトラウマは鏡を見て「何て美しい美少女かしら」と思うことで解消される。(ミラーイメージ)
顔にコンプレックスを持つだけでてんかんになり低学歴になり、発作を起こす。
バスのターミナルなどの人混みで発作を起こす。
だんだん呼吸ができなくなる。
そんなときには深呼吸するしかない。
不細工な私から恋が逃げないように深呼吸して。
渡辺満里奈withおニャン子クラブ 深呼吸して

一度きりの人生。お葬式で「我々一族は伝説からの教えを受けた」として輪廻転生から追い出す。
「欲望」「深刻さ」「出口がない」
「この次は優しい時代に生まれておいで?」というパンチラインを生み出す教え。
レベッカさんの「瞳を閉じて」を唄わせていただきました。

この宗教の草創期に、月がボールに見えた。これはノンリアリズムという立場で、プロレスの理論だ。
しかし、資金集めを終えた途端、月はもとの円に戻ったのだ。
リアリズムという現実に私が返ったことを意味する。
心の状態と関係あるようだ。
もう、ボールの月は見れないのだろうか。
月がボールに見えるためには「目的」「男」「独立」の三つの要素が関わっている。心の問題であるが安心感がこの三つに表現されている。
夏に月がボールに見えた。しかし、秋に光太郎は月が円に戻った。目的、男、独立が関わり、月が円に見える男は優しくない。清子には相変わらずボールのままのようだ。
強さを競いあう人間には丸に見えるのだ。
また、彼氏の「上から何かの知性が降りてくる」という観点も、女性が月がボールに見える秘密であろう。
「お月さまには目的があるのかしら?」

男とその所有物。女である月が地球を攻めようとしたときにボールになった。
テーマがあれば男たちは争い、敵を作る。
「7」というのは抽象的な算数だが、このナンバーをめぐって争うのは柴田さんであったりカンセコであったりする。野球という数学が算数の世界を証明するのだ。
「誰が真理を知っているか?」で争う。
そのたびに月は円くなる。
本人がどれだけ真理を知っているかで争ったプラトンに対して、「周囲の有識者が争おう」という反プラトンの立場もある。
しかし、有識者が争って、当事者の肉声が聞こえてこないと「あることないこと」が争われることは知っておいた方がいい。
そこで「あることないことを語るな」として、「その人のものの考え方」を語った方が有益だとされた。
あるいは、「現物を動かすやつを信用しよう」という発想も生まれた。
実績を語り合う分にはさほど争いはないともされる。
瀬能あづさ 秋。

夜の営みが終わったときの女性の落ち込みはハンパない。
そんな夫婦で「宗教の共有」をしてみたらどうであろうか?
営みが終わったあとの「追いかけっこ」として以下の話をするのだ(スーパーナチュラリズム)。

「美しさのために美を捧げる」
女性が男を愛する理由はこれしかなかった。

エジプトの歴史書、ヘロドトスで「ring」を検索すると、offspring(子孫)や、動詞の~ingのように、もっとも心に近い場所に「ring」という言葉が使われている。
薬指を「ring finger」と呼ぶ。
エジプトの高度な建築学は指の長さで単位を計っていて、薬指がもっとも心臓に近かった。
Melody(アイドルグループ)- シルバーリングに口づけを - LIVE

男の知的空間は女よりも上にある。
しかし、男も宇宙や天気にはかなわない。
女が晴れを祈るのは男の勝利を祈ること。
本来、女は雨が好きなのだ。
すでに新しい生活が始まり、男もいるのに電話するのは唐突すぎる。
Melody(アイドルグループ)- 青空をあげたい

神を取り巻くものを天使といい、何も知らないものを悪魔という。
この宗教が常に向き合わなければならない問題である。
高橋由美子「天使か悪魔」

アイドルの起源。

1432156389287.jpg

最高の哲学がアメリカから入ってきた時代に、それを知っている「話したい誰か」がいるという、
ナルシシズムに浸った不感症女の歌だ。
今、話したい誰かがいる

なぜあなたが時計をちらっと見るたび泣きそうな気分になるの。
赤いスイートピー 松田聖子。

女性は「私たち二人の間にいいことはなかったのかなあ」と考え、泣きそうな気分になる。
しかし、男は精神錯乱を起こしたから時計を見ているのだ。

サバイバルに成功した親をもつ女「山の手の少女」
背の高さや髪の色が遺伝することから、男の好みが決まる。
女が髪の色を変えるのが正解であり、男は変えてはならない。
島谷ひとみ / 「亜麻色の髪の乙女」【OFFICIAL MV FULL SIZE】

女言葉はどのようにして生まれたか?お父さんにエッチなことをされないために生まれた。
しかし、学問は男言葉でやる。
そのため、女子高の方が勉強には向いている。
【MV】上からマリコ / AKB48 [公式]

「ゲーテ~シュタイナーの理論的基盤」
ゲーテは哲学者になるには頭が良すぎたし、彼の命が燃え尽きるまで詩人として生きた。
マシンの美しさをひたすら詩にした。
すべてのものに神は宿るとするものだが、回転だけは特別だった。
ホメーロスの時代とゲーテの時代の違いは「回転」であった。
昔の詩は美しかったし、現代の詩は面白かった。

町内会、奉賛会、崇敬会は、神社の下部組織だ。

女の生物学は女の抑圧を正当化してきた。
女も夢を語りたいけど勉強は消化に悪い(エドワード・クラーク)。
自然の女に対する暴力だった。
ダナ・ハラウェイは、「霊長類のビジョン」という本により、静かな革命を志向した。
動物のメスはどのようにメスのリーダーになるか?
「メスの解放」
「法則の発動」
であった。
大規模プロジェクトへの参加は、座布団を投げること。相撲界への忠誠心を高める。
白鵬-琴光喜 平成21年(2009)七月場所11日目

運命とは低レベルのものだ。
生物学的現象であり、政治などどうでもいい。
統計(どの男に割り当てるか?インテリジェントなのか?)、生物学的な人間のサイエンスだ。
リチャード・ルウォンティンは、「王子さまなどいない」と言った。
遺伝子とタンパク質がセントラルドグマであり、DNAからRNAに逆転写されタンパク質に行く。
DNAのメッセンジャーがRNAだ。
RNAは、タンパク質とアミノ酸に働きかける。
それが、子供の「人物像」を決める。
DNAとRNAがあるから新たな人物像に「違う命令」を与えられる。
「万世一系は進化論には支えられてはいない」
ハイレベルな脳の発達が、決まっているのか?与えられるものなのかは非常に困難な問題で、いまだ答えはない。
タンポポ「王子様と雪の夜」

フォックス・ケラーは、DNAのマスターモレキュールを見つけた。
進化論と数学と私の体について語ったのだ。
「あなた、パートナー選びの競争なんて言葉は滑稽なものよ?私は私、この人の子供を産む」
ribbon サイレントサマー PV

人間のふるまいと、社会の構造があるから「万世一系」というものが成り立っている。
「上から何かが降りてくる」
ロンギノとドエルが主張した。
一直線のホルモンモデルを提示した。
Y遺伝子が信じられていた時期があった。
「男らしい」
これはホルモンの話だ。
数十年、このストーリーが支配した。
非常にパワフルなモデルで、一切の複雑性を排除した。
パパとママ。
しかし、社会の複雑性は考慮しなかった。
「王子様という低レベルな話」を無視した。
上から何かが降りてくる。
経験で「ダメだこりゃ」と語るしかない信仰となったのだ。
愚か者

複雑性と男がある。
男は「カテゴリーを使え」と言って上から知性が降りてくる。
「男はハンター」
そう表現すると、ハンターという言葉が複雑で学問に満ちている。
子供に栄養を、言葉を、文化を。
それが人間の進化だ。
アンヌ・ファウスト・スターリングが、内科・文学・外科などで、問題があるたびに解決してくれる男を提示した。
Y遺伝子理論は別の発展を遂げたのだ。
ガリレオより 「vs.2013 ~知覚と快楽の螺旋~」 福山雅治

「見える人、見えない人論争」が政治的な意味を持った。
男と女の子孫を残す戦術だ。
有意義な知的空間を作る努力が求められる。

「ポイズン」
海岸法は、海岸線を守る法律であり、国会によって祝福されたものである。
公物管理という。
女は、寂しい、セックスしたいという気持ちからOD(ポイズン)をやるが、同じ効果が得られるのが、夜中に海に近づいて、暗闇の中海辺に近づく行為だ。
アメリカではアメリカ陸軍が海岸線を守っているし、日本でも東京都では人工の海岸線の許可が出る。
それを踏まえて、女に「どうだ、これが行政法だ」と教えるのは男の知的空間と女の知的空間の疑似セックスであり、チンタラした行政への権力批判ともなる。
海岸線に接近し、女にショックを与え、空を見上げる。
その日そのとき、天はどのような意味を与えたかを確認し、海岸を去る。
女は四時間10分はその記憶がトラウマになる。最高のナンパテクだ。
安全性が確認された国会によって祝福されたゲームだ。
三浦海岸で試したところ、「ここまで波が来るんです」という証言もあり、ほとんど知られていないことがわかった。
♥♥ Relaxing 3 Hour Video of California Ocean Wave
「密教世界の入り口・鳥居」
線と色のコンビネーションだけでエロスは表現できる。美しさと男・女の関係を意味する鳥居は私の存在を意味するし、
私を生かしたり殺したりする「感情」を示す。
クロスバーは、時間の一次元テープの始めと終わりを意味し、永続しない愛(エロス)を示す。つまり、セックスをよりシンプルにするし、
縦のバーとの交差は過去の女・男を意味し、恋愛の心の限界を示す。
愛とは鳥居の最も重要なテーマなのだ。
マネのオランピアは、線と色だけで温かさを表現し、それは日本の鳥居と同じ発想にもとづく。

1429942367836.jpg

オオヤマクイとタマヨリヒメが、山王祭で御輿をぶつけあい交尾し、ウブヤ神社で子供が生まれた。
オオヤマクイは現在、大宮に祀られており、タマヨリヒメは宇佐八幡宮に祀られている。

私たちタバコ吸えませ~ん。
ワンツースリーフォーいちにのさんハイ。
期待されていないことができないことが女らしい。
Perfume「リニアモーターガール」

教わったことしかできない。U-21(21歳以下)。社会契約が切れる。
女子高、男性教師の声だけを覚えている。夏休み。
松浦亜弥 - そう言えば

「隣人愛」
お前らが好き勝ってやるから俺のインテリジェンスが高まる。
汝の隣人を愛せ。邪魔物がいるから人間は頭がよくなる。
涙はインテリジェントなもの。女を知性で泣かせた千年に一人のキリストは女に涙という媚薬を流させた。
千年の媚薬。

有名な女と関係を持つと男に「富の移転」が起きる。AKBだの華原朋美だのを次々に捨てて権力を目指した愚か者が竹田恒泰だ。
Eriko with Crunch - Tsumetaku Shinaide

奇跡というのは、議論があるが「神聖なものとして肯定できる」ものだとされている。
miwa 『ミラクル-short ver.-』

「受け~フェチの研究」
サプライズの訪問者。文化、宗教、世界の上位概念。
ユダヤ(心の弱い女性)、本来は信じていない、文化のひとつ。文化とは「本来は信じていないもの」
やるまで自分を騙せ!
信じすぎてはいないか?直接すぎないか?
あなた自信を信じなくてよくなる。
祈る行為は男によってもたらされる。
安らいだ場所への侵入、信じる、瞑想することもなく。
抑圧の重荷が儀式のなかで幸福と共に降ろされる。
おはようの挨拶とともにどうぞ。
彼は言う。なぜ幸せなのに「幸せ!」と言うのか。
二人きりの丁寧な交換。
どのように生きるか?私の存在を否定できない。脳の誘惑。
その経験を思い出したい。
人間の脳は飽き飽きしている。
これが救いだ。
うつ病、心配、薬。
「私の脳がそうさせた」という防御。
レイプとは祝福や呪いに脳がアクセスしないでセックスするかどうかだ。
裸は嘘をつかないし、親密さを示すし、見るに値するものだ。
女は敗北者だけれども、もっとも美しい時期を記録に残したがる。

もっと美的であれ!私が属するコミュニティーへの誤ったイメージを持て。
スクリーンに写る私が本当だと男は思うだろう。
男を殴ってレイプすることを想像しろ。
私は本音を現実社会で言うことを許されていない。淑女だ。
サイバースペースのスクリーンでのみ私のフェチは明らかになる。
女の真実はフィクションの中にあるのだ。
目の前にいる人は腐敗しており、しかし、私は丁寧に接しなければならない。だから私は彼の言葉を信じた。私の目は信じなかった。
裁判官の言葉は心地よかった。何かが間違っていたからだ。
知っていることは間違いであるということを知った。
何かを信じ続ける男が間違いであったけど、その嘘さえも教会では美しかった。

ユングやフロイトの場合
「女はどんな演技をすればいいのか?」
基本的に男のリビドーとは不朽の命、抑圧された命であり、女の「猫が消え、また復活する」という不思議の国のアリスを参考にする。
ラメラと言って、プレイが始まったら笑顔を消す、激しく声を出す、体をモンスターのようにくねらすことを行う。人工的な物体を演じる。
これは、男にとって「破壊できないものを破壊する」ことであり、女を全滅させて、女はよろよろと立ち上がる。
ホラーフィクションを参考にしており、生と死、世代と腐敗を表現する。
アンデルセンの赤い靴のように、女の子は魔法の靴を履いて無我夢中で踊り足を切る。
これが男を引き付ける基本なのだ。
男は殺し屋。決意と獰猛さ、沈む太陽から生きる力へ。ホモからの撤退。
性欲にせよ別の方面で用いる努力にせよエネルギーは皆同じだ。栄養から生まれるものだ。
このノリで女を攻める。Savage:獰猛さ。
GOOD SAVAGE
「女豹」
自然の悪夢を表現し、自然が乗り移る。
生き物としてふるまい、従属、絶滅、ふさわしいものが生き残ることを表現する。
想像の世界と現実の世界を区別し、ラメラは無意識の世界にもぐる。
現実の方がもっと怖いことを表現し、歴史のナレーションが流れる。
とっくに人間が失った「真実の体制」を表現し、二つの性の敵対を表現する。
女性の去勢を前向きに評価し、我々の中にもともとあるものを示す。
「フェラチオの基本」
大事なのはくわえさせる男が女に「お前は俺の妻だ、俺の主人だ」と言って行為を始めることだ。
他の第三者がその世界に入り込む余地のないようにする。
終わったあとに「話は終わりだ」という言葉を必ずかける。
これだけでうまくいくのがフェラチオというものなのだ。
松田聖子 ハートのイヤリング。

女二人には男二人が必要。「四つだ」
相川七瀬「彼女と私の事情」

魂とは人間の脳に直結した精子だ。
人間が死んでも子孫という形で魂は残る。
子孫の精子という形で魂が現れる。
動物の精子と人間の精子の違いは「知性」にある。
男の知性は子孫に伝わり、死んだら男の魂は抜け、男女ともに密教世界に復活する。
ソクラテスへの愛とは「女の交換」であり、ソクラテスの知性=魂をもらい受けることを意味する。
親が子に伝えるものはDNAトランスミッションと文化だ。

まず、宇宙の法則があり、男性優位の社会においても、男は天がその日そのときにどのような意味を与えていたかに関しては逆いようがない。
セックスに暴力を使われた女が神や占いを語りやすい。
女は、いいパートナーと巡り会うためにひたすら競争するし、男は資金力を競いあう。

西野カナ 『もしも運命の人がいるのなら』MV(Short Ver.)

女とは「生まれる」ものではなく「なるもの」だ。しかしその基盤は実は弱い。
個性に注目する+セックスをする(エロス)は長続きしない。
男にとって千年の媚薬とは「知性」であるが、女にとっては「彼の知性に泣く」(涙)が千年の媚薬だ。
彼は女を忘れられなくなる。

人間の心は、イメージと言語とシンボルからできている、というのが俺の持論だったが、この関係を明確にしたのが、中森明菜の「スローモーション」だった。
中森明菜 スローモーション。
イメージは人間のエゴに働きかけ、言語はシンボルを形成し、衝動の基盤となる。
イメージは人間に必要な幻想であるし、シンボルはパラノイアと結び付く。
また、無意識と言語は似たような構造をしている。
ラカンは「無意識は言語のような構造を持っている」という言葉を有名にしたが、
さらに有名な言葉が「エゴは主体でなく客体である」というものだ。
性衝動やフェティシズムにより発明されたものがエゴだとしたのだ。
このエゴを、幻想的な感覚と小説的な私というものが助けているのだ。
精神分析の対象になるのはこのエゴとイメージなのだ。
赤ん坊は、生後6ヵ月から18ヵ月の間を、生きるか死ぬかの依存を他者にたいして行っている。
それを終えたら自分は万能になり、鏡を見て「何てハンサムな男だ」「何という美少女なのかしら」と思う。
これを、ミラーイメージという。

図にしてみよう。

エゴ←イメージ
シンボル←言語

衝動

となる。
夏の恋人候補が現れて、衝動が先走った時に、言語がシンボルに追い付かず、風景がスローモーションになる、という作品だ。
交通事故の瞬間もスローモーションになるそうだ。
衝動に関しては現実の抑圧がそれを押さえつけるため、人間は認めてもらいたい(尊厳)という問題に直面する。人間がこの抑圧と衝動の間の「認めてもらいたい」という発想に「連帯」「ナルシシズム」「太陽・地球・人間」を持ち込んだのが死の研究だった。
ちなみに、男の子は、お父さんを殺してやろう、というイメージから、スーパーエゴというものを作り上げ、自分を痛め付けてまで修行するようになる。
アスリートはみんなそうだろう。
B'zは、いいスーパーエゴを持っているね。
あくまでもイメージであり、言葉にすると「認めてもらいたい」程度だろう。
第一印象が悪くても「話してみたら面白かった」というのも、
エゴに働きかけたイメージを言語が修正し、衝動をうみだしている。
むしろ「恋は言語からうまれる」とすらいえる。
人間の精神分析はリビドーとフェチによって行うが、リビドーとは「いやらしい発信源からの興味」であり、興味があることを言う。
世界の終わりは興味によって救われる。
恋をすると現実感をなくし、まるで「痴呆」の状態になる。
性的興味を失うことで痴呆は治るのだ。
性的興味はファンタジー(おとぎ話)によって成り立っている。
興味はやがてノイローゼに変わり、ヒステリーへと変化する。
恋愛とはまさに「痴呆vsヒステリー」のシーソーゲームなのだ。

[H!F] Niigaki Risa, Kamei Eri & Tanaka Reina - IN…

この「シンボルと衝動の仕組み」の研究を記号論という。
初めに言葉があった、だな。
超人は決して「英雄の闘争」からは育たない。むしろ、奴隷扱いから超人は育つのだ。
第二次世界大戦というのは人間の狂気が出揃ったときでもあった。
この時にラカンはエゴの研究を完成させたのだ。
日本という国は世界を相手に戦争をしたことがある。そのときに出揃った人間の狂気がすでに経験としてある。ラカンはしっかり研究しないといけないね。周辺諸国もそれを恐れている。

神行進(かみこんじん)、江戸幕府の末期に日本が行った天皇選びのゲーム。鼻の長い男(猿田彦)が行進する。国際社会が注目する。精子は女に向かう力の十倍の力でまわりを蹴散らす。

女の子の「病的な女らしさ」というのも興味深い。
父親は母親の欲望の対象であり、なぜなのかというとぺニスがシンボルとしてある。娘はそのぺニスと自分を同化してしまう。自分も母親の欲望の対象だからだ。
女児と男児は同じ時期にマスターベーションを覚えていることを中森明菜の少女Aが歌っている。
子供にはおとぎ話がある。
11才の少女は、眠れる森の美女は春と豊穣さを示し、龍に守られ、王子様がやって来る。地球は冬のとりこであり、春の日差しは王子様だ。
このことを「処女」という。
初体験というのは女が男のおしっこに汚染されたという意味であり、処女とは明確に異なる。これをユングが明らかにしている。
ユングやフロイトの場合
女の子の病的な女らしさは、「お母さんの言葉が面白くなくなる」ことから生じている。
娘は母のぺニスであることから、この現象を「キャストレーション(去勢)」と呼ぶ。
さよなら 失恋ピエロくん (Cover)
この時に女の子はFood or Love (食べ物か愛か)を迫られる。
メランコリーになるのもこのときで、女の子は去勢された惨めさとナルシシズムが戦い、異性の言葉のリズムが恋しくなる。
言葉の感覚も鈍るとされる。
ジャニーズファンはFood and Loveか(笑)。
松田聖子の天使のウィンクで歌われている約束とは、ダイエットのことなのだ。
ダイエットをすると性感帯がクリトリスから膣に変わる。これを「願い事」と歌っている。
松田聖子 天使のウィンク。
個人的にはSPEED の「自分に負けないで」という言葉の多用もキャストレーションを表現していると思う。
STEADYって曲など。
Steady (SPEED)
アメリカには「ティンカーベル」という概念があって、松田聖子の「時間の国のアリス」のように、ティンカーベル(英語で男の同性愛者)の優等生でいられなくなるキャストレーション
を歌っている。
女性を「愛の対象」にしてしまうのが抜群にうまいのが嵐やGLAYだ。
SHAZNA Melty love
娘は永遠の少年であり、ティンカーベルに愛されなくなることを恐れているのだ。
時間の国のアリス 松田聖子。
この、キャストレーションを「オイディプスコンプレックス」と呼ぶのだが、このとき女性は「処女」となり、失恋によって神に失望するまでこのイノセントタイムは続く。女性はこの時になぜパートナーが自分とセックスをしたがったのかの説明を見直す(言葉の見直し)。言葉の見直しに成功すると女は中年になってもジャニーズを応援できるし、失敗するとストーカーになったりイケメンに興味を持ったりする。
女性が「何のためにセックスをするか」というと、
「コミュニティから男を離さないため」だ。
ribbonのLady Loveという曲が露骨にそう歌っている。
ribbon Lady Love.
ribbonのジェシカというアルバムも哲学の宝庫だ。
女性にこの話をすると必ず「売春はどうなのか?」という。
売春は、古代バビロニアの寺で神へのサービスを女性が行ったことから「最古の職業」とよばれている。
売春は女性の地位を低め、差別される。
しかし、皆の前で歌ったり踊ったりすることも売春に類似した行為だとされていた。
問題は、女性を奴隷化させるということであり、
「自治」という観点からribbonの愛してジャスティスという曲
で「どのシチュエーションも本気で愛する」という指摘がなされている。
ソープランドも、「ホステスが自由恋愛している」という扱いであり、売春ではないそうだ。
ribbon - 愛してJustice
フェミニズムに関しては、「自治」というものを重視するリベラルな立場がある。
自分が得たものよりも多くのものを人に与えることだとも言われる。
かつてのREBECCAを思い出しながら論文を読んでいた。
そうは言っても「家庭に入る」ということを考えたら、自治を強調するわけにはいかないだろう、という立場もあるし、
保守派(女を妻から学ぶ立場)からは、女性の自治というものから我々は失うものがあることを知らないといけない、という指摘もなされた。
女の子は父と母を見て女になることを知り、父親との関係修復に苦労する。これは、女の子が父親が隠しているポルノを見て男の惹き付け方を知るという意味だ。
エロスというのは、「個性に注目する」「セックスをする」という二つの特徴がある。
本質は「長続きしない」というものだ。
杏里のオリビアを聴きながらはエロスがテーマだね。
杏里 オリビアを聴きながら
SPEEDのI Remember なども、永続きしなかったエロスを歌っている。
中森明菜のセカンドラブも、エロスが永続きしなかったため、次の恋に臆病になる女性を歌っている。
中森明菜 セカンドラブ。
逆に、個性に注目しない、セックスをしない愛をアガペーと言い、妹への愛のように長続きするものであるとされる。キリストの愛もアガペーだ。日本の音楽作品ではまだセックスしていない男を「月」「Moonlight」に例えることが多い。

エロスに関しては「色」が気になるね。
色というのは人間の記憶の共有なのだが、図を示すと、

神:世界
男:女
女のからだ:情熱
心:出身母体
白:黒
異性愛:同性愛

というように、左が神、右が世界に対応する。
EXILEは黒を着るし、AKBは白を着る。
これが神と世界の関係だ。
色には中間があるだろ。
赤・オレンジ・黄色・緑・青・藍色・紫
EXILE / 情熱の花
エロスも深まると共に神(白)から世界(黒)に変わってくるようだ。
国生さゆりのノーブルレッドの瞬間
モーニング娘のインディゴブルーラブ
が面白い。
俺の研究で、女性は恋愛を深めていくにつれ、
「夫が子供に興味を持たないのではないか」
「家庭に縛られるのではないか」
の二つの点から態度決定を迫られる、としたが、
中森明菜の禁区
中森明菜 禁区。
BoAのIs This Love
鈴木亜美 ねがいごと。
杏里のLast Love
松田聖子のチェルシーホテルのコーヒーハウス
などがまさにこれをテーマにしているのだ。
広瀬香美のくちづけにいたっては、この二つを自分の言葉で歌詞にしている。
この議論はまさに、内在的(夜明けを待つしかない議論)であり、BoA も、記録に残したくないとうたっている。
女は子供を育てたいが、男はそうではない。また、結婚すると女性は働く能力を失い、社会で地位を高めていく男への「富の移転」が起きる。
家父長制が女性を仲間に取り込む力に敏感な人がこのような問題意識を持つようだ。
男から見たこのテーマはB'zの恋じゃなくなる日にある。
結婚というのは「セックスの統制」「子育ての統制」だが、家父長制が女性を仲間に取り込むという意味合いがあり、
禁区のような問題が生じる。
永遠の愛の誓いといっても、「その時はそう思った」あるいは「一定の方向性を示した」という解釈がなされる。
結婚に強烈な愛を求めるようになったのは19世紀以降だとされる(ラブレボリューション)。
恋愛結婚はお見合い結婚よりも周囲に与える葛藤が大きいのだ。
キャストレーションが女性が味わう最初のバージンだとすると、結婚はセカンドバージンだ。このテーマの前には女性はまるで赤子なのだ。

恋愛結婚が周囲に葛藤をもたらすことを松田聖子の雨のコニーアイランドが歌っている。
セックスの神聖化をしたのは聖オーガスティンだと記憶しているが、論文を読んでみてもそれらしい記述がない。
ただ、魂は神がアダムだけに与えた、ということと、魂は神にも体にも属さない、ということから、神の意思により近づく行為だとしたのは間違いない。
J-POPにおいても「セックスをしたら友達のラインを越える」という立場は明確だ。
三浦理恵子のグッバイフレンズの意味がこれで明確になった。
三浦理恵子 グッバイフレンズ。
女というのは彼氏がいても「知識や力を生み出すために他の男の声を聞きたがる」
ものだ。
長続きしない愛(エロス)とも関係がある。
知恵と対話は疑似セックスだ。
女は知恵のある男の声を聞いてマスターベーションをする。
これは疑似セックス以外の何物でもない。
これでSPEEDのDEEP BLUE & TRUETH の意味を解読したのは奇跡だった。
SPEED Deep blue & truth.
中森明菜のDESIRE もテーマは同じだ。
女は「真っ逆さまに落ちる」と歌われている。
女は、自分で自分を犯しているシーンを想像したがる。
結局、彼氏とのセックスシーンを動画に撮影して自分で持っておくとマスターベーションに使える。
「あなた、誰を犯したのか分かってるの?」と女は考えるのだ。
女がその動画を所持している分には構わないが、男を裏切ったら男はそれをばらまいてしまう(リベンジポルノ)。
「女はまっ逆さまに落ちる」


中学校の卒業式で、子供たちはバロックを聞く。「悲しみを地球の奥底に沈める」という意味で、人間は最後の審判を恐れなくなり、政治コミュニティーは自由になった。
パッヘルベル カノン

セックスは男を中心に語られるものであり、男の射精で終えるものだ。キスというのもフォアプレイ(前戯)であり、男の射精のために行われる。
ヒステリーというのは早熟な性的経験が背景にあるとも言われたが、この子宮から由来するという説をフロイトは否定し、自分の「おとぎ話」が抑圧されたときに女性はヒステリーを起こすとした。

女のガールズトークというのがあるが、女は「神・男の完全性を議論すると爽快感がある」とされる。
実はこれは「私たちの子供をどのように育てるか?」という議論なのだ。
松田聖子の歌はおそらくそうだろう。
自分の発達の条件の完全性とも言える。
神・男・聖霊は三位一体だ。
松田聖子のいう「男」とはアブラハムのことなんですね。
松田聖子 赤いスイートピー。
神と男と聖霊が三位一体だと言ったが、要するに、神性の段階を作りたいのだ。
神がいて、自分の自我の永遠(男)があって、聖霊という段階がある。
この人より別の人が好き、というところに「段階」があり、これが聖霊だ。
自我の永遠というのは神と同じなんですね。
自我の永遠は神によって与えられている。
己のために真実を語るのが自我であり、己のために愛されるのが聖霊だ。
キリストも男として生まれたが、死後「愛する側」にまわり、聖霊となったのだ。
三位一体というのは非常に自由度の高い議論で、父と子、聖霊で「神聖な本質」を分けあっている、ということから、神聖な本質は、AさんにもBさんにもあるという考えに至り、神聖な本質を持つ隣人を愛せ、という解釈につなげる論者もいる。
三位一体は、神をスタート地点として三面構造を明らかにしたという社会学者もいる。
Aさん、Bさん、Cさんの3人組がいるとすると、AさんがBさんに矢印を向けて、その共通意志がCさんに向くとした。
三人組は常にこの基本を守っているとしたのだ。
もちろん、三人とも独立した存在で、各自で単独で生きていけるのだが。
三人組に身をおくときは、自分に向けられる二人の共通意志に対して、どっちが最初に矢印を発信しているのかが分かるようになったのが三位一体の研究なのだ。
かつて、ハロプロにカントリー娘。というのがあり、あさみが里田まいと組んで、りんねを追い出したという話があったが、あれは、あさみが「矢印」の発信源だったのだ。
この場合、あさみが「父」で、里田が「子」の役割を演じたとも表現される。
神聖な人間たちが、より優れた愛を求めるためにやる営みだ。
なぜ、三人組であり、四人目がいないのかというと、より優れた愛を求めるための営みの「神聖さが替えがたいから」であると言われる。
http://youtu.be/g5vIDz4nz74
追い出したあと。
Country Musume - Bye Bye Saigo no Yoru
女性の美学に「超越論的」というのがあり、これは「大きすぎるもの、小さすぎるもの」を意味する。
海や山はデートにちょうどいいし、小さすぎるものがサイエンスだとすれば、ランドマークタワーもいいデートスポットだという指摘を受けた。
高橋由美子の晴れのち曇りのち晴れ。
また、火・水・幾何学模様も女性の美学だと言われる。
杏里のドルフィンリング。
杏里 ドルフィンリング。
「男らしさは女が決める」とも言われ、少女マンガや宝塚、女流文学もあなどれない。
中森明菜のDESIRE や、
SPEED のDEEP BLUE & TRUETH のように、他の男の声を聞きたいという曲は松田聖子にはない。
男の完全性を議論するというのはユダヤ教だ。
ユダヤ教は、妻の側からの離婚を禁じている。
男と女は生身の人間でありながら「女はマンガである」ということを強烈に志向したのがきゃりーぱみゅぱみゅだ。
女の力は「子宮から脳へ伝わる」力だ。
ドリカムのうれしい たのしい 大好きがそう歌っている。
うれしい!たのしい!大好き! DREAMS COME TRUE
モンスターの頭脳を持っていて貧弱な体をした女性は下痢をする。
なぜ人を好きになるかというと「その人が持ち合わせているものに感性が弱いから」
で、女はコミュニティから男を離さないためにセックスをする、ということを歌ったのが、
Melody の運命'95だ。
Melody(アイドルグループ)- 運命'95 - PV
エロビデオは、女が高い声で叫び暴れるが、それを見て「女性がいやがっているではないか」と考えてしまう政治的弱者がベビーブームの頃にたくさん生まれたことを
中森明菜の十戒1984が歌っていて、
中森明菜 十戒1984.
その秘密の暴露に悩む女をCoCoのメロディが歌っている。
CoCo〜メロディー
おニャン子クラブを支えた連中だ。
女性が神に幻滅するのは「レイプに遭ったとき」と「女嫌いな男に会ったとき」の二つだけだとされる。
CoCo ミスロンリー。
女嫌いというのはミソジズムと言って、女の歯の数が男よりも少ないことから、賢さや勇敢さで男に劣るということを嫌う思想だ。
女の側は「私たち」と言ってサイエンスが得意な男を仲間に含めようとする。
浜崎あゆみのSEASONSがそうだった。
Ayumi Hamasaki - LIVE - Seasons
女性に神聖なものがなぜ存在するかというと詩になる。
「人間の地平が神聖さを通じて他の世界を越える。物理学の説明も要らないという感覚を味わう」
女性は生理になると女性ホルモンが撤退してしまい女性らしさを失う。マラソンでも生理の時はタンポンをして素晴らしいパフォーマンスをするとされる。
男のために走ることはあり得ない。
森高千里 『自転車通学』 【セルフカヴァー】

「女はなぜパートナーが自分とセックスしたがるのか説明を与え続けている」
このことから、アイドルが自分で作詞した曲を調べてみた。
酒井法子のサイレンス・フォー・ラブは「私が強いから」
新田恵利のトラディションは「それが伝説」
瀬能あづさのオール・アイ・ニード・イズ・ラブは「天使の羽に抱かれろ」
瀬能あづさ:All I need is Love(CD音源)
宮前真樹(CoCo)のシャボンのため息は「理屈じゃない、がらくたたちが教えてくれる」
CoCo シャボンのため息。
渡辺満里奈のKISS KISS KISS は「あちこちでやってるから」
「女が男を育てる」という発想は1986年にアメリカで漫画化された。
女性副大統領候補も出た。
当時大ブームだったおニャン子クラブにはこのような作品はない。
1990年代にribbon が、ポイズンの退屈~めまいへの招待状という曲を出している。
ribbon ポイズンの退屈"めまいへの招待状" 日比谷野音 '91
ところが、80年代に酒井法子が、Love Letter という作品を出している。
これも、男を育てていることに入るのか?
ケアリング・マンという漫画を入手するしかない。
重要な指摘を忘れていた。
異性が自分に向けていた愛情の矢印が他に向くだけでジェラシーという感情は生じる。
杏里の悲しみがとまらないなど、杏里はエロスとジェラシーだけで曲作りしている。
テトラビブロスに、友情の17度というのがあるが、これは、空のみえかたが17度違うという意味で、
当時のギリシャ人にとってはエチオピアを意味した。
エチオピアを旅するとカップルは仲直りしたり恋に落ちたりした。
中森明菜の北ウイング、ミアモーレ、
中森明菜 北ウィング。
松田聖子の白い夜など。
聖母マリア学もやったんだが、国や家族は、女の純粋さに依存している、とあった。
AKB もなあ、国や家族が女の純粋さに依存しているのは事実だが、歴史的にみて、貧乏な階級では「処女の娘」というのは財産だと考えられてきた。
まあ、エネルギーのジェネレータには違いない。
「恋愛総選挙」とは、民族中心主義だとも言われる。

感情・出来事・主観・本能→女がコード化。
理性・心・客観・科学→男がコード化。

フォックス・ケラーは、DNAのマスターモレキュールを見つけた。
進化論と数学と私の体について語ったのだ。
「あなた、パートナー選びの競争なんて言葉は滑稽なものよ?私は私、この人の子供を産む」
ribbon~サイレント・サマー

女はある「暗喩」をもっている。
エミリー・マーティンが、女はもっとロマンティックで受け身のものとした。
英語の翻訳だが、
限られた卵子に厳しい暗闇を生き残った精子の王が攻撃を続ける。
眠れる卵子の眠りを覚ます精子。
というものだ
酒井法子のイヴの卵を聞くと結構ウケる。
酒井法子 イヴの卵。
キャストレーション(去勢)というのが起きると、女の子はティーンエイジブルーになり、
異性の言葉のリズムに救いを求める。
このことを「ポエティックレボリューション」と呼ぶ。
嵐もEXILEもそれを背景にしている。
アジサイが赤から紫に色を変えるように女になると秋元康は詞にしたし、おニャン子時代は青にこだわった詞をたくさん残した。
AKB48のロマンスかくれんぼも、去勢(キャストレーション)を歌っている。
ロマンスかくれんぼ 研究生 荒巻美咲 vs 島崎遥香
女は黙読していても「声」で文字を読んでいる。
女児は男性たる父、女性たる母を見て女になることを知り、父親との関係再構築に苦労する。

制御された男性ほどセックスに暴力を使う。しかし、子孫を残す本能からレイプとは明確に区別している。
筋肉質の男の暴力から男性優位の社会を見てしまう女性がいる。
そういう人が占いや神を語るようだ。

星座占いで瞳を閉じて おニャン子クラブ。
【夕やけ】 星座占いで瞳を閉じて

アメリカでロー対ウェイドという事件があり、生殖をコントロールできないのならば男と対等ではないと議論された。このことから「対等なものしか自分の体にさわらせない」という発想が女の側に生じている。

まだ、フェミニズム研究はたくさんネタがある。
山崎闇斎が江戸時代に、伊勢神宮とヤマトヒメという宗教を作ったが、アマテラスのディテールを作る作業だ。
スタンフォードと合流させて「垂加神道」を完成させたい。
もちろん、J-POPと合流させるのだ。
宗教と政治に関しては、宗教が、善、美徳を持っていることや、どのみち人間は一人では生きていけないことから、
政治の側も寛大になろうという発想がある。
母親にとって「犠牲」とは、息子を生け贄に捧げることだ。
息子を戦争でなくした、病気になった、そういうことを競いあっている。
息子の側は「繁栄とは何か、生きるということはどう言うことか」を証明していくしかない。
生け贄の肉はいろんな命に乗り移る。
予言者、医者、詩人、指導者。
女性のサクリファイス。
祝福された命となって生け贄は生きるのだ。
生け贄は肉を食べると自分に乗り移る。
命が有限であることから来る愛と闘争。それが肉を食べることだ。
加藤登紀子のANAK息子という曲がある。
女性の研究をしていて「貧弱な体をした人が神を語る」とあった。
貧弱とは、デブも含むのかね。
現場を観察すればわかるのだろうけど。
英語で、貧弱な体をしていてモンスターの頭脳を持った女性は下痢をする、という研究もあり、食べても飲んでも太らない人のことだと思っているのだが。
タレントで、サッカー選手と付き合った梨花は、テレビで下痢を告白していた。
内蔵の強さは「セクシャルセレクション」と言って生物学の観点から女コミュニティーでうらやましがられる。
内臓が強いと子孫を多く産めるのだ。
男同士の競争と、女が選択権を持つのも食べても飲んでも太らない内臓の強い人だとされる。
Ribbon Yurusenai!! (ゆるせない !!)
結局、エロスとは、長続きしないということに本質があるが、愛というのは、相手が何を考えているかに密かに興味があった、あたりに落ち着くようだ。
広瀬香美のピアニシモ。
愛には狂気がともなうとも言われる。
女は自分の好きなことしか知識にしないとされ、少女時代のGeeの勉強の度合いは素晴らしい。
また、右翼的発言などのステレオタイプに飛び付くとも言われる。
一方、正義(平和・環境・人権)のために身を捧げるのも女だ。男はこれを下ネタなどで妨害するとされる。

政治コミュニティーには「約束の研究」というのがある。
守ったらいいことがあるのか?二人の間に正統性はあるのか?
などが問われるのが約束なのだ。
会社は来月もまた働いてくれるから給料を払う。
給料を払うのは当たり前ではないのだ。

娘の性とどう向き合うかも研究した。
基本的には、セックスとはコミュニティーから男を離さないためにやることから、その必要はないとする優性学がある。
一方で、ダウンシンドローム(男の学業不振)や、ベビーブームの心配(政治的弱者への悩み)に気を付けろというポリシーリベラルの立場もあるし、
性に無頓着なリバタリアンリベラルという立場もある。
聖母マリアの研究をマリオロジーというのだけど、国や家族は女の純粋さに依存している、という研究なんだよ。
面白いよ。
マリアは、AD60年ごろに死んでいるが、神の母と認定されるのに300年かかっている。
物事の難しさを感じるよ。
中山美穂の曲に、天使の気持ちというのがあるが、天使は神に仕えるものであり、マリアは天使ではない。
神の母だ。
そのため、神様にしかられた、という立場にはないのだ。
フランスにルルドの水というのがあり、
これを飲んで難病を治した秋田県の女性をバチカンのヨゼフ・カーディナル・ラティンガー(のちのベネディクト16世)が、報告し、正式にマリアの出現と認められた。
しかし、地方の村おこしに利用されるのではないかともいわれている。
ヨハネパウロ二世も、マリアの聖地を訪問したときに拳銃で狙撃され、重傷を負った。この時に、マリアが銃弾の軌道を変えた、として彼はマリア信仰にのめり込んでいった。
たしか、Blessed, because she believed.
だったと思うが、信じるものは救われる、という有名な言葉も、ヨハネパウロ二世がマリアについて語った言葉だ。
ダウンシンドロームの存在は、
東京パフォーマンスドールの、キスは少年を浪費する
が有名だ。
ベビーブームの心配は、CoCoのメロディ。
ダウンシンドロームに関しては、PerfumeのKiss and Musicが、怖いのね? と歌っている。
たしかに怖い。
男の子はお父さんのエロビデオをみて「女性がいやがっているではないか」と考えるし、女の子は女になることを知る。
kiss and music - Perfume
スーパーエゴというのを身に付けると、
人を殺してはいけない、
近親相姦をしてはいけない、
という二つのタブーが身に付くそうだ。

女性にとっての神のイメージ: 生きとし生けるものすべてが関連付けられ、すべてを突き抜け、燃える炎のように輝き、心を暖め、闇の案内となり、傷を癒し、すべてに泉が行き渡る。

女性の反応: 心が動き、落ち着き、ふたたび緑を取り戻し、純化され、解決され、力づけられ、癒され、集まり、失ったものを探す、心に音楽が流れ、命の生まれ変わりの風を吹かす。
杏里のコットン気分だろうか。

セックスする時とか、ボクシングの開始のゴングが鳴ったときに、人間は「神は妬まない」という今がすべてという時間空間を経験する。
一方、昼間や夜中にボーッとしているときや、愛がさめていく瞬間などに未来・将来を語る「妬む神」という空間を経験する。
愛の永続は、セックスが終わったあとの妬む神(ボーッとしている時間)にある。
このときの「感性」が愛の永続の秘密だ。
何かを信じ続ける男はそのこと自体間違いだったけど、その分、教会の言葉は美しかった。

「男は一つと言い、女は二つと言う」というネタがある。
これを踏まえて川本真琴の「二分の一」を聞くと気の毒になる。

中森明菜は哲学の宝庫でね、政治コミュニティというのは男(オヤジ・アニキ)の世界で、女は欲望と交換の対象に過ぎないということをトワイライト~夕暮れ便りが歌っている。
中森明菜 トワイライト。
政治とは「母体がなくなった孫によって行われるゲーム」だとも言われる。麻生太郎は吉田茂・麻生多賀吉の、安倍晋三は岸信介・安倍晋太郎のもとでゲームをする。
ある論文で「夕方の森」にオーガニックスリルを感じる、とあった。
オーガニックスリルとは、原罪に由来するもので、女性の胸や尻に感じるものだ。
「夕方の森」は女性の胸と同じか?
俺は先日、夕方にタバコを吸いに出て奇妙な不安感を味わったのだが。
デモ行進も夕方になると革命を確信するだろ。
砂漠という場所は、すべてがフェアなゲームが行われる場所であることをSAND BEIGE~砂漠へが歌っているし、
涙はインテリジェントなものであることを飾りじゃないのよ涙はが歌っている。
努力に見あった報酬を、怠け者には何もない。
トリポリ攻防戦に勝った砂漠の狐。
「楽をして私を得ようとしたあなたに砂漠を見せたい」
中森明菜 サンドベージュ。

女の奇跡というのがあり、期待されていないことができない、というところが最も女らしさを表現する、
ということを工藤静香の奇跡の肖像が歌っている。
すべてを敵にする、とあることから日本で言う「ぶりっこ」のことだろう。
これを聞いたあとにモーニング娘。(重ピンク&こはっピンク)のレインボーピンクを聞くとゾッとするね。

今の先進国は男と女のカップルの帝国でね。
レズビアンのカップルの結婚式をディズニーランドが認めたことにどんな論文の根拠があるのだろうと思ったが、どうやら世界の流れは異性間カップルの「帝国の逆襲」をむいている。
そういう研究はアメリカに見解を照会しながらやっているんだろう。
黒の舟唄という曲をいろんなアーティストが歌っている。

神の起源は、自分達の部族の神が他の部族の神よりも勝っているから戦に勝つ、というところにある。
ところが、それ以外にも「信じていた方が健康的である」ことがある。
嵐に遭遇した船に乗っている人は神に幸運を祈る。
いろんな国の宗教に学ぶ姿勢が大事だ。
「知る」という言葉は成功に満ちている。
多くの有神論者は、祖先からの言い伝えを信じていることが多い。
祖先という権威に従うことは悪いことではない。
しかし、たとえば化学の勉強をした人が、知識だけで実験を行わないのならばそれは不誠実だろう。
神に関してもいろんな「実験」が必要だ。
銀河、星、惑星、体、心。
すべてが調和がとれていることが大事だ。
サイエンスというものが人類共通のものであり、「部族間の戦い」ではなくなったのは事実だ。
しかし、旧約聖書だけを信じる人は進化論を信じないだろう。
大事なのは、調和がとれていることであり、それは個人だけでなく、社会の調和がとれているということも大事なのだ。
いずれにせよ、神道を精緻化すると、国のインフラが強くなると思う。

神はどこにでもある。神はひとつでありながら、いろんな場所ですべてのものを目撃する。
神は偏在しており、世界は神の肉体である。
神には、場所も時間もなく、すべての場所と時間に存在する。
このことをOmnipresence と言うようだ。
私たちの間にあるのか、中にあるのかはわからないが、心が肉体に働きかける作用に神はあり、すべてを目撃するのだ。
心が肉体に働きかける作用に神がいるのなら、ダイエットの決意のためにお祈りしにいけばいい。
銀河、星、惑星、体、心の調和がとれていればいい。
アリストテレスは、魂と肉体はくっついていて、朽ち果てるものだとしたが、「知性」だけは不朽なのではないか?と考えていた。
もし、我々の知性がイエスの再臨をもたらすとすれば、
答えは間違いなくアメリカにある。
スタンフォードにすでにイエスの再臨はあるはずだ。
ヤバい国だな、しかし。
愛されるということは、やる気が出るということだ。
魂は、知識を求めるためではなく、神に愛されるためにある。
真理の探求は、神に愛されることに繋がる。
ハスダイ・クレスカスは、アリストテレスを若干修正した。
SPEEDのBody&Soul。

女子の教育は、プラグマティストが発展させた。
「社会活動はインスピレーションの母」ともいわれ、自分が属する文化の多数派によって教育というのは行われる。
英語、日本語を叩き込まれたのがBoA だ。

女は、個人主義を批判する。
江戸時代後期の「国学」というのがあり、本居宣長が、古事記伝を書いた。
中国の影響を排除しようというムーブメントだった。
本居宣長は、賀茂真淵の弟子であり、
平田篤胤も同様の研究をした。
玉ぐしというのを、宝石のついたくしとしたり、その系譜は、丸山真男にまで連なる。
天皇が、彼らが排除しようとした「仁」にこだわるのもおかしいね。
そういう意味では、雅子さんのハーバードもそうだけど、覇権国家アメリカから学んでもおかしくはないでしょう。

ユダヤ教の歌は、基本的に人間の自由を称えるものだ。
神の前で自らの罪によって痛みを味わうことを歌うのも、有限な存在である人間を自由にする。
カントは美の根拠を「没頭」に求めたが、ヘーゲルは、「見ている人の魂を自由にする」というところに注目したようだ。
古典的な美が「没頭」にあるとすればそれは肉体に存在する。
一方、ロマンティックな美は、「顔」に存在し、キリストの死と復活、つまり自ら死を選んだキリストというのが人々の魂を自由にし、「顔の美しさ」と同じ原理だとした。

ウォルター・ベンヤミンが「アーケードプロジェクト」というものを考えた。
「性的にフラストレーションをかかえながら知性だけを跳ね上げる」というもので、
灘とか開成で実践されているものだ。
芸術の再生産ができるようになった時代に可能になった。
ベンヤミンの時代はボードレールだったそうだが、今はAKB48でもいい。
ベンヤミンの言う「暴力批判」とは、結局、何があったかは勝者が描くという研究であり、
東大に入ってしまえば、「青春時代に何があったか」は勝者が描いていることを明らかにしたのだ。
性衝動の効率的な利用(エコノミー)という観点はラカンも指摘している。

エロスとタナトスが対極にあるとされている。
タナトス(死への衝動)とエロスが結び付くなら、悲劇として「死よりもっとひどい風景がある」としてこの曲を死の恐怖の緩和に使ったのも頷ける。
中森明菜のリフレイン。

暴力の起源とは女性のネクロフィリア(死体愛好症)にある。
子供を育てる、繁栄する、という背景には、女性の「母親殺しの願望」がある。
これも、男の子のスーパーエゴと同じく「認めてもらいたい」というものなのだろうが、宇多田ヒカルは実際にそのような歌を残しつつ、本当に母を死に至らしめている。
藤圭子の死を望んではいなかっただろうが、死んだあとは形見が追憶に変わる。

法然も密教をさんざん楽しんだ結果、もう一度この経験がしたいと思い、どうすればいいかを考えている。
それが、みんなと同じことをするということであり、南無阿弥陀仏と唱えることであり、傲慢さをなくせばもう一度この浄土に生まれ変われるとした。
いわば「人生の出口」を押さえてしまったのが念仏カルトだったのだ。

ドゥルーズはこのような世界をアフェクティブセンターと呼び、広大な実験場であるとし、女がいなければグローバルな世界は朽ちるだけだと考えた。

« レディチャペル〜神社の付属施設。 | トップページ | 医学の話。 »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/439553/71350579

この記事へのトラックバック一覧です: 垂加神道〜スタンフォードとJPOPの出会い。:

« レディチャペル〜神社の付属施設。 | トップページ | 医学の話。 »