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2017年7月 9日 (日)

できない女。

女が「私は社会では何もできない」と考えた時に、そのような女たちにライオンの群れが群がった。
「俺の思うような社会とそのような女を契約させることができる」と考えたからだ。
男たちが女の性の経験を決める権力を持つというのは「女は処女」という結論で一致したために、「女にもお金が必要」という動きが生じた。
中森明菜 禁区。

ライオンたちは偉大な政治家の仕事を奪うことにはならないか?
所得や富、健康は多数派工作には必ず必要だが、「できない女」が多いと、セックス政治が機能しなくなるほど女の性の経験が乏しくなる。
鈴木亜美 ねがいごと。

結果的に「共謀罪」が成立したということは、このようなライオンたちの多数派工作が成功したと言えるのではないか。
ライオンたちはすべての女を同じにしたかったのだろう。
そして「できない女」は自分を見失った。
女が職場で「劣った存在」とされたことに端を発する、ライオンたちの「すべての女を処女にしてしまおう」という政策だったのだ。
共謀罪 山本太郎。

男の子たちに「漁り漁られ女」の餌食になって欲しくなかったんだよ。
19.2%の男女が「私はもう働けない」と考えていて、「ぜんぜん楽に働ける」と考えているのは64.5%だった。
47.4%が何らかの形で生活に苦しんだことがあると語っている。
このことから「楽に働ける」と考えている男たちにせよ女たちにせよが「女の性の経験の定義」を争うのは当然だった。
認めて欲しい、再分配して欲しい、この動機が貧困層の女の性の経験を決めた。
大まかな「全体の動き」を決めるのはこのような貧困の問題だった。
マイノリティーの訴えが国民全体に波及してしまうのだ。
それが「ライオンたちのニーズ」だったと言える。
SMAP らいおんハート。

あれほど「男女共同参画」と言ってきたじゃない。
左翼は呆然と立ち尽くしていた。
中立的な立場を取っていた連中までもが「女は処女がいい」という立場に飛びついてしまったのだ。
らいおんハートを聞いて思考力を下げた女たちが実際にいただろう。
どの女も国全体がこのことでどう動くかなんて分からなかったよ。
女たちが楽をしたがったのではないのか。
そのような「できない女」たちは共謀罪成立に罵声を浴びせながら、自分たちの行いを受け入れた。
精神医学の現場では「このことをどう思うか」という考えを女から集めて回れるよ。
日本国を歩いている可愛い女の子たちの統制に利用されたんだよ。
高額のビジネスをSMAPはやってのけたな。
SMAP 世界で一つだけの花。

女たちが「もう歩きたくない」と言っただけで高いビルは立ったよ。
しかし、その影響も知らないといけない。
女に派手に遊んで欲しくなかったのは官僚たちだった。
津波が来るたびに女たちは歌に酔って、官僚たちに誘導されていった。
斉藤和義 真夜中のプール。

ライオンたちが「若い娘は処女がいい」と言い始めて法律まで作ったのに、もう歩きたくない女たちは「できない女」のレッテルを楽しみ続けた。
複雑な計算能力が若い娘たちから消えていくのが嬉しかったのだろう。
「私の娘も処女のままいてほしい」
昔は認められなかった考えを大人になった女たちは認めるようになっていた。
若い娘に口紅が流行ればみんなが真似した。
少数派になることをみんなが恐れているようだった。
すべてが娘たちの皮肉だったのだ。
官僚たちはとにかくこの問題に動かなかったのだ。
なぜ多数派の発言をしないのか?
なぜ教育を嫌がるのか?
なぜスキルを磨こうとしないのか?
すべての若い娘に同調行動をとらせることが可能だった。
若い娘たちはもはや大人たちに逆らえなくなっていたのだ。
警告の張り紙や、新聞、裁判官のいうことなどすべてに「深い考え」を感じていた。
お父さんが好きだったので美容整形も許してもらえた。
その効果としては「国が予算で彼女たちを応援した」ことに表現された。
「その時、退屈な日常に新しい道がひらけた」
女の子たちの「チャンスゲーム」が始まったのだ。
精神医学すら常識として知っていたし、国からお金がもらえるのならば人生のチャンスはいくらでもあった。
勉強しろと言われたから国公立大学に入ったら「何でもできる自分」がいた。
斉藤和義 歩いて帰ろう。

車をもつ女子大生もいた。
「私たちの肌の色を見て?」と言っているようだった。
所得の再分配は、セックスではなく知識によって行われた。
「キャンパスが私の人生を変えたの」
1973年にアメリカ合衆国はこのような光景を見た。
1990年代までアメリカの女の子はこのようにキャンパスというものを受け止めていた。
どのような社会と契約を結びたいの?と言われるのならば「神社の王子さま」に決まっていた。
みんなで同じ行動をとって、みんながチャンスをもらったのは国のおかげだったからだ。
「女としてはもとの定位置に戻ったわ?」
やっぱりロールズよね。美しければ何でも許される。
高校時代の「厳しい罰」としかもう思ってないわ。
「できない女」を演じていたおばちゃんたちに比べて、私は肉体が弱いだけで頭はいいのよ?
友達もいるし、お金もある。
「できない女」だったはずの私が何でもできるようになったの。
もう「人生の地図」も出来上がっていたし、IT企業の社長に憧れたりもしない。
結婚なんてものはこのような「私の時代」を短くさせるだけよ。
大学の先生も「最近の女子大生は教えがいがあるね」と語った。
周りのことが色々とわかっていたからだろう。
国際社会においても「王子さま」よりも強かったんじゃないかな。
「らいおんハートの娘たち」はもはや「できない女」ではなかった。
いずれは社会で重要な地位を占めることが分かった。
今はまだ沈黙を守っているし、ある意味ヘンタイみたいな扱いを受けている女子大生に過ぎないけどね。
「特殊教育」を受けたと彼女たちは思っている。
でも、そうとう差別されると思うよ?
グループとしてのアイデンティティは明確だったし、SMAPすら解散に追い込んだ連中だ。
らいおんハートはどこから間違ったのだろう?
分からなかったよ。
モーニング娘。 リゾナントブルー。


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