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Foreign Affairs

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2017年7月 3日 (月)

お先に失礼女。

女の子たちが初体験を経験したグループとそうでないグループが共存することがある。
市民社会のメンバーとしてどのようなメンバーを受け入れるのかはもはや「戦争」とも呼ばれた。
外国では常識である恋愛論が今の若い娘に通じなくなるのか?
恋愛の天国と地獄を歌った音楽作品が売れなくなるのか?
犯罪を犯さない男しか未経験の女とセックスできない現状があることを男たちは知っているのか?
女の子たちの「戦争」をうまく裁く委員会はあるのだろうか?
マスコミは彼女たちのニーズをうまく掴みきれるのか?
などの問題がある。
おニャン子クラブ お先に失礼。

未経験の女の子のために人間は多額のお金を使っている。
「戦争」のあとには平和があるだけだ。
国はなぜ私たちの「戦争」に沈黙しているのかしら。
未経験の女のために数百万円が飛び交う居酒屋もあった。
家庭を持たず失うものがない大人は確実にいるのだ。
「どのように彼女たちに安定をもたらせばいいのだろうか?」
犯罪者を罰すれば、優しい男だけが世の中に残り、彼女たちも安心して相手を選べるだろう。
もはやニュルンベルク裁判も終わっているし、ユーゴスラビア国際刑事裁判も終わっている。
未経験の女とセックスできる「刑法」は完成しているのだ。
「優しい男が好き」という基本もわからない連中のために国は刑法を用意したのだ。
河合その子 恋の秘伝。

暴れれば歴史に残ると男は思ってしまう。
しかし、それは逆効果だ。
戦国時代の物語は子供たちに誤ったメッセージを送っている。
子供たちの「五感」に大人たちの誤ったメッセージは染み込んでいるのだ。
「歴史とはなんだろうか?」
国家基本問題研究所にもその誤解が伝わっているし、みんな戦国武将が歴史上の人物だと思っている。
ニュルンベルク裁判や、スペインのフランコを裁かなかったらみんなこのことに気がつかなかっただろう(東京裁判史観)。
真実は穴に埋めてしまえとアムネスティーは考えていた。
そのために東京裁判で日本国が学んだことも穴に埋められて東京裁判史観がいまだ大河ドラマなどでまかり通っている。
しかし南アフリカやルワンダ、タンザニアなどでも「暴れたって歴史上の人物になんかなれやしないよ」ということは伝わっていった。
これらの「ガラスの裁判」は子供たちにはおそらく伝わらないだろう。
やんちゃな少年を大人たちは可愛がるからね。
豊田真由子。

哲学は東京裁判史観からだけでも一部の支配層のみに共有されるものとなった。
また若い娘は年上の男性に憧れるという効果があった。
年上の男は女の子たちの「戦争」を知っていたし、すでにその総括を終えていたのだ。
戦国武将はマキャベリが描いたものに過ぎず、そのようにして王子は民との情報格差を維持しろということであった。
サルトルも「汚い手でいったい何を望むというのだ?」と言って哲学を知らないものが何も得られなかったことを嘲笑った。
南アフリカはスペインのフランコからこのような誤ったメッセージを受け取っていたのだ。
南アフリカは一気に内乱に陥った。
子供を過失によって車で跳ねてしまい殺してしまったというだけでも若い娘はドン引きしたのだ。
さだまさし 償い。

男の優しさと未経験の女の子は常に東京裁判史観の前に緊張関係に立たされていた。
2001年の9.11テロは人種差別(ヘビアスコーパス)への痛烈な哲学攻撃だった。
「どうだ、暴力で歴史に残っただろ」
犯行声明を出したアルカイダはアメリカ合衆国にマキャベリ的なメッセージを送った。

1946年から1949年にかけてニュルンベルクは、ゲーリングやリッペントロップ、シュトライヒャー、ヘス、スペアなどを裁いた。
モーゲンソー財務長官は速やかな処刑を主張し、ナチスの一掃と経済の破壊を行おうとしたが、スティムソンは「戦勝国も暴力を用いている」として、その「未経験の女の子をめぐる戦争」の趣旨を周知徹底させようとした。
このスティムソンの考えは「勝ったから何がしたいの?」と言われた連合国側を一致団結させた。
「これが分からないから罰するんだ」ということが明確になったのだ。
このことから法廷づくりにもしっかりと理解している人を選んだ。
「予防であって復讐ではないことが明らかになった」
未経験の女の子がいる限り争いは治らないだろう。
ヨーロッパのユダヤキャンパスライフを破壊したこととも整合性が取れた。
「秩序に従わないと何が起きるか」も明確になった。
七名が処刑された。
それに比べて連合国側が「東京裁判はつまらない」というほど論点は絞りきれなかった。
西田幾多郎などは未経験の女の子を利用して資金集めをしたほど女の子を大事にしていたからだ。
しかし「戦争犯罪とは何か?」がこれで明確になったのだ。
1993年のユーゴスラビアのICTYにおいてはミロシェビッチが「この事件はモノが違う」と言われるほどニュルンベルクと同じ論点を提起させていた。
ハジッチ、カラジッチ、ムラジッチが逮捕され、3億ドルをかけて82カ国から人を集めて「戦争犯罪とは何か?」を世界に発信した。
「未経験の女の子」をめぐる争い、それが世界に周知徹底されたのだ。
高橋由美子 Step by step.

ミロシェビッチは、その地位にとどまり、ボスニアのセルビア人司令官として、レイプが起きたと言っては侵略をするようになっていた。
クロアチアの腐敗なども徹底攻撃する政治家となったのだ。
ミロシェビッチはセックス裁判が得意だったので、南アフリカやローデシア、イランも参考にするほどだった。
「罪とは聖母マリアを遠ざけてしまうものである」
タンザニアやルワンダでもICTRは、ジェノサイドを企画したものは「ビッグフィッシュ」と呼び、その結果として起きたレイプを重く見ているのだ。
「聖母マリア」という概念を使うだけで「専制とは何か?」が明確になった。
カダフィなんてのは殺される素質が山ほどあった。
国際刑事裁判所(ICC)に関しては常任理事国でもロシア、中国、アメリカが批准していない。
しかし、ウガンダ、コンゴ、スーダンで国連が活用する発想だろう。
アメリカ合衆国は「国内ではよくある問題」として聖母マリアに関する議論を行いたくなかったのだろうと思われる。
戦後の裁判というのは難しいんだ。
日頃、痴話喧嘩ばかり裁いている裁判官が戦争を裁かなければならない。
そのためにどうしても聖母マリアをめぐる争いという観点を引き込む必要があった。
軍事裁判と普通の裁判の「文化を合わせる」という発想が求められた。
ニュルンベルクのリメイ判事やマクナマラ判事はこのことで「彼は常に裁判官だった」と言われたのだ。
アメリカ合衆国は、空襲を散々行なっていたが、「勝者が裁く」という問題は常に罪なのだ。
「勝った以上、何かの法則に従っていたのだろう」としか言えない問題だ。
「女性をどう扱っていたか」あたりだろうね。
政治なんだよ。
「勝利こそが真実」であるとして政治的な真理を探究するという考えも当然あるだろう。
フレディもしくは三教街。

戦争犯罪には「血塗られた手」がまず存在し、いろんな悪事がはびこるものだ。
「まず、すでに過去の話となったこと」を基盤に「2年以上裁判に時間をかけること」が必要とされている。
そして、「国家として罰を与えること」で出口を作るのだ。
被害者を出頭させることや、その論理を関係国すべてが理解できることがも求められる。
南アフリカにはデズモンド・ツツのように被害者が存在する。
1980年代から1990年代にはアルゼンチン、チリ、エルサルバドルなどでも裁判が行われた。
アルゼンチンにおいて1976年から1983年のダーティーウォーにおいて「三万人が消えた」とされ、7000の証言を得て、そのうち1500の証言はアルゼンチン軍の軍人からのものだった。
このことを総括した「ネバーアゲイン」という本はベストセラーにもなっている。
チリのピノチェト将軍の17年間の統治下において、チリも汚い手を使っていたとしてアルゼンチンの真似をして1991年に総括がなされた。
「泥沼から希望へ」というタイトルで総括されたものがベストセラーになる、これは争いを治めるのに一番都合が良かった。
エルサルバドルも、南アフリカに介入してANCの支持者を虐待していた。
アルゼンチンもチリもエルサルバドルものが南アフリカに密かに介入していたのだ。
「終わった悲劇から富を生み出す」ということの重要性が指摘できる。
終わったことは穴を掘って埋めてしまうのが仕事だったアムネスティがこのことを知ったのだ。
結局、外国国家の「セックス裁判」に参加してみるということは有意義なことであり、セックス政治を標榜するキリスト教国家の影響力を増す。
「許しって何?」
紛争の総括でもっとも高い評価を得ることだよ。
松田聖子 上海倶楽部。

一方で「風化させる」という対応の仕方がある。
風化しないということは悪い体制の存続を意味するからだ。
法に満ちた信頼できる体制ができれば総括は自ずからなされるものだ。
ポーランドやチェコスロバキアが「経験した娘とそうでない娘の共存」に詳しく、その時の女の子の政治から「風化させる」ことを学習していた。
KGBなどもこのことはよく勉強している。
最後におばさん連中みたいに「あの頃の深刻な戦争は忘れる」という対応がなされる。
たとえ娘がいてもあまりにも深刻すぎて「忘れる」という対応をしてしまうのだ。
これはもはや記憶のメカニズムであると言ってもいい。
女の子たちの戦争から学ぶことは多いね。
安倍首相が指原莉乃は政治家に向いていると発言。

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