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Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

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2017年7月

2017年7月31日 (月)

散歩女。

宗教は「気持ちいいこと」を探求したし、道徳は「仲間が多いこと」を探求した。
宗教と道徳はどのように関わるのであろうか?
それは1960年代から1970年代の「戦争」「トラウマ」「厳しさ」を経て1980年代になってようやくまとまってきたものだ。
人間的に練れてくること、これを経験したのだ。
「そういう話は外国では通じても今の日本には通じないんじゃないかな」
「外交をより優れた人と行ってきた」
「いろんな著名人が、この人は落ち着いているね、と発言してきた」
飲んだり食べたりしたけど、やっぱ一人での食事の方が落ち着くわ、という境地に至ったこと。
それはもはや理論ではなかった。
実際の人付き合いがなければ人々が語らないことだった。
盗み、助け、食べ、傷つけた。この経験がなければ散歩の道案内はできないのだ。
60歳を超えなければ任せられない仕事がどうしてもある。
ちい散歩。

新聞の自販機で25セントを入れて一部だけ持っていくようにという機械がアメリカで知られている。
88%の人が一部だけ持っていき、4%が根こそぎ持っていく。
このデータが分かっているからそのような自販機を作っても採算がとれる。
女性の叫び声が聞こえても、外に出て助けに行こうという人は驚くべきことに7%しかいなかった。
怒った時に270ボルトの音量で叫ぶ人は80%で、450ボルトに達した人は65%いた。
とにかく、盗まない、助ける、叫ばないということの意味を経験から学ぶのに60歳は超えてもらわなければならなかったのだ。
150ボルトの静かな話し方の意味が変わってくるからだ。
「大物たちが噂し合っている」
それだけで彼の「静かな話し声」に耳を傾けた。
新聞社はそのことをアメリカで「テスト」するためにそのような自販機を作っていた。
「そういう性格なんだわ」と言って盗む奴を排除するネタとして使われた。
他人の喧嘩を煽って欲しくなかったんだよね。
アメリカで見た自販機の仕組みを世界で語り合ってもらいたかった。
世界の喧嘩を煽って欲しくなかったのは新聞社だったのだ。
ジャーナリズム班はそんなことばかり考えていた。
また、貧しい人にも散歩の道案内は務まらないんじゃないかな。
「金を持っているということは耐えたということなんだ」
これも理論だけではどうにもならないね。
その場の優劣を「どちらが耐えているのか?」で決められる人は上級者だよ。
経験でそれが分かってくるんだ。
裁判でもやってみれば分かる。
そのような人には孤立というものはなくなるだろう。
ちい散歩。

また、1995年には小田祐一が世界に知られた。
「スレが進むごとに重要でない話を落としていける」人が人柄が練れているとしたのだ。
世相に応じた人々の衝動がある。
そして、女性たちが自分の価値を高めようと争う。
自分で「より忍耐強く」立ち向かえる男がいる。
秘密の暗号を解読できる。
これは、インターネット時代の「人柄の練り方」であった。
若い連中はこのようにして人柄が判断された。
散歩まではできないよ。
暗号が解読できるのならみんなその人を振り向くだろ。
どうやって解読できるようになったのかをみんなが生い立ちにいたるまで興味を持ったよ。
正体は「逃げないうさぎ」だったのだ。
みんなと同じように震えていた。
うさぎでなければ情報にそこまで敏感になれなかっただろう。
正体がバレても仲間が増えたし、人柄が練れてきた。

また、聖徳太子のように常に「情報への五つの立場」を論点整理してくれる人もよく練られている。
「恐怖を感じている人」
「果実を得て喜んでいる人」
「おおらかな人」
これを五段階に分けて「立場」を論点整理してくれる便利屋がいたのだ。
「興奮」
「同情」
「ヒステリー」
「緊張」
「おおらか」
と言い換えることもできる。
これだけで人の気持ちがわかっちゃうんだよね。
そうやって「五つの立場」に収斂していけば、問題は解決して忘れられていくんだ。
これを「ビッグファイブ」と呼ぶ。
山本太郎。

一方で、50本もの狂っている論文を読んで発言するものもいた。
儒教、仏教、ギリシャ哲学、イスラム思想。
ベンジャミン・フランクリンがそうだったとされる。
なかなか実体験としては分からない話だ。



2017年7月30日 (日)

日本の女。

暑い季節、寒い季節、そして泥の匂い。そこには何もなかった。
それが日本だったのだ。
和辻哲郎は1928年にヨーロッパ留学を終えた後に日本という国を改めて考えてみた。
泥の中で遊んだ、この純粋な経験以外には何もなかった。
キリスト教や仏教や儒教がこの世界を取り巻いていた。
男の人生ばかりを語り、本当に女というものを顧みるものもいなかった。
学のないものから女は遠ざかり、学歴社会となった。
洪水、梅雨、台風、竜巻、地震、噴火。日本人は食べるとはどういうことかを考えざるを得なかった。
生まれ、愛し、死ぬ。
そういう国では「人生を無為に過ごす」しかなかった。
災害の話ばかりされると人間は努力をしなくなるのだ。
ライバルを蹴落とすためには災害の話をするのが一番よかった。
そのような国で、季節に合わせた服を着て、食べて、家に住む、それが人生だったのだ。
ロマンスかくれんぼ。

災害の話をして他人を蹴落とす、そのことを「人間」と呼んだ。
小さなグループを作るために「連歌」というものも生まれた。
仲間がいなければ歌も作れなかった。
人の発言にちょっとディストーションをかけて笑っていたのだ。
ホームグラウンドには「何もなかった」のだ。
人を助けることしか求められていなかった。
「人間存在」つまり、ホームグラウンドではひたすら他者をもてなした。
組織は個人を否定し、個人は個人を否定する。
「分かる」とはそういう意味だった。
「私のことなど分かるわけがない」
そう思った時にどの宗教も受け入れることができた。
泥の匂いのするところで遊んだ子供時代、それ以外、成長していなかったのだ。
日本語を話すやつ、そういう奴には「努力が足りない」という臭いがプンプンしたのだ。
和辻哲郎は、ヨーロッパ大陸を経験してそう思った。
生い立ちが虚しいのは分かっていた。
だから外国に憧れたのだ。
春色のエアメール。

日本国の「西洋の学習」は、1945年から1975年まで行われた。
しかし、1980年代にそれは「危険なエリアを超えた」とされている。
全体主義的に「アメリカ合衆国」をみんなが見始めたのだ。
あれだけ大げさに語っていた「神国」はもはやそこにはなかった。
鎖国の解体は1980年代に行われていったのだ。
どんな宗教の嵐が吹き荒れても、日本という国は、最後に思い出すのは「子供の頃の泥んこ遊び」であって、そこには男女の区別がなかったのだ。
その「泥んこ遊び」を日常会話で話せるかどうかは力量というものだね。
とにかく、アメリカを体現した暴君やアメリカファシズムが台頭するのは1980年代に分かっていたことだった。
日本人が愛し合う限り、それは宿命だったのだ。
日本という国が何になろうとしているのかは常に見ておかないといけない。
rebecca moon.

2017年7月29日 (土)

神社の掲示板。

高橋由美子 おみくじ。


日枝神社(赤坂) 7月29日土曜日18:00 小野光太郎より。

こんにちは。
私は神奈川県に住んでいる小野光太郎と申します。
日枝神社というのは「天皇陛下の長寿を祈る場所」とされていますが、祈りというのは「その人脈と関わりたい」という意味です。
私、小野光太郎は、「小野光太郎のブログ~次世代神道体系」というブログで医学について研究しています。
神奈川県三浦市の福井記念病院は、まるでギリシャの都市クロトンのように有名人がいっぱいいて、私は彼らそして彼女たちを毎日見ながら、アメリカの医学書や哲学書を紐解いています。
この営みは、当然、私の長寿にもつながるのです。
もし、日枝神社が「医学の聖地」としての位置付けを明確にしてさえいただけたのなら、私は心置きなく医学の研究に没頭できるでしょうし、中には有名人のファンであるという参拝客も医学の聖地に足を運ぶでしょう。
是非、野口英世が医者であったこと、そして「天皇陛下の長寿をお祈りする場所」と位置付けたことの趣旨を理解し、今後とも私の研究を支持してくださる読者の方々を大切にしていただけたら非常にありがたく思っています。
今回はご挨拶まで。



伊勢神宮 7月29日土曜日午後18:00 小野光太郎より。

こんにちは。
私は神奈川県に住んでいる小野光太郎と申します。
私の妻、清子の件や福井記念病院の件では大変お世話になっております。
福井記念病院では、外来にクーラーが効いた、ソファーが新調されたなどの喜びの声が患者の皆様から上がりました。
私の研究はすべて「小野光太郎のブログ~次世代神道体系」というところにインターネットで公表してあります。
男というものは「恋」をしなければ、医学や哲学の研究には興味を持ちません。
私も、かつては清子に恋をして、医学書や哲学書に目を向けるようになりました。
アマテラスというものは、医学に奉仕するものであり、哲学によって価値を高められるものです。
恋をした女性を治したい、これが医学の発信源であり、その女性の価値を高めたい、それが哲学なのです。
今後とも、私の研究を是非理解していただき、女性たちは「私の身体を医学の進化につなげてください」と考えていることや、唯物論は「女性は無限の資源である」と考えていることを踏まえて、私の活動を応援していただければ幸いです。
今回は、私の研究成果の発表の場をご報告して終わりにしたいと思います。



日吉大社 7月29日 18:00 小野光太郎より。

日吉大社は、全国の日枝神社を統括するものですが、その趣旨は「天皇陛下の長寿をお祈りする」というものです。
「祈り」というものは「日吉大社及び日枝神社の人脈と関わりたい」というより現実的な問題があり、長寿をお祈りするというのは、私、小野光太郎の医学の知識と関わりたいという意味を持つものです。
是非、全国の日枝神社は医学の聖地であるというメッセージを明確にしていただければ、私も医学の研究を思う存分に行うことができます。

日吉大社 8月20日 12:00 小野光太郎より。

猿の使いを祀っているとされますが、猿の世界はお金がモノを言う世界であり、身体能力がモノを言う世界でありまして、天皇陛下の長寿をお祈りするという意味でも医学の重要性は指摘できます。
病気がちの皇后が、視覚聴覚障害者を「山法師」として採用したことから、セックス政治の道理が全く通用しない官僚組織が出来上がり、天皇は彼らを「猿」と表現したのです。
天皇が病気になると、お金の心配から「宮籠り」(みやこもり)をするのが猿の慣習となっています。


明治神宮 6月28日午後23:00 小野光太郎より。

吉田さん。こんにちは。
私は以前、電話でお話ししたことがある神奈川県在住の小野光太郎と申します。
実は、私は「小野光太郎のブログ~次世代神道体系」というブログでアマテラス、つまり日本の女性たちの研究を公表しています。
明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祀られておりますが、これも1915年に東京が「発明した」宗教であることも承知しており、教義は儒学となっております。
しかし、明治天皇が自らの祖先を神武天皇とし、さらにはアマテラスともつなげてしまったことは偉大な宗教感覚と言わざるを得ません。
岩戸神話にあるように「洞窟に隠れてしまったアマテラス」に出てきたもらおうというのはまさに私のブログが行なっていることであり、明治天皇がプラトンのイデア論を正確に理解していたことは想像に難くありません。
女性というものを明らかにすることは、「あな、おもしろや」と言いまして、沈みかけた太陽すら元に戻します。
沈みかけた太陽を元に戻すものは万物をつかさどるとも言われております。
なぜ、明治神宮は、この「アマテラスと神武天皇の原点」を忘れてしまったのでしょうか?
もし、明治天皇と昭憲皇太后のみならず「アマテラスも祀っている」とさえ言ってくれれば、私の上記ブログの熱心な読者も明治神宮を支持するでしょう。
また、万世一系というものは女の子たちにとっては「どこかの知らないおじさんたち」のことを意味し、歴代天皇たちも「アマテラスへの詳しさ」を政治力としてきたはずです。
最後に残るのは「女性たちの真実」だけであり、このことだけが万世一系の宝なのです。
是非、吉田さんにも「アマテラスこそが日本の女性たちの熱烈な支持の源である」ということを理解していただきたいのと、万世一系とは何の矛盾も引き起こさないことを理解していただき、明治神宮にアマテラスを祀っていただきたいのです。
1915年に明治帝国カルトが発明されてから100年が経過致しました。
いかなる老舗も販路改革を繰り返して存続している現状もあります。
私の「小野光太郎のブログ~次世代神道体系」の趣旨を理解していただき、「アマテラスよ洞窟から出てきてください」ということの意味も含めて、私の意を汲んでいただき、是非、アマテラスを明治神宮で祀っていただければ幸いに存じます。
ヤクルトスワローズはもはや平成の初め頃の強さの面影もありません。
國學院大学や皇學館大学ではなく、私のスタンフォード大学を日本国の女子たちは見ているのです。
是非、このことに関するご意見をお聞かせください。
お返事、お待ちしております。
愛の炎 田中れいな。


出雲大社 7月29日午後20:00 小野光太郎より。

こんにちは。
私は神奈川県に住んでいる小野光太郎と申します。
何度か電話でお話ししましたね。
アマテラスの研究を深めていくにつれ、私はなぜスサノオがアマテラスの寝床に馬の首を投げ込んだのか。
そして、アマテラスが岩陰に隠れたのか?
そしてアマテラスとスサノオがなぜ日本国にヤマトタケルと大国主を遣わしたのかを考えました。
大国主に関する論客は和辻哲郎と夏目漱石です。
東洋と西洋はどのように区別するでしょうか?
答えは「自殺」について考えることにあります。
「カップルは信じている。社会は知っている」ということから「信じている」世界が東洋であり、「知っている」ことを増やしていこうとしたのが西洋でした。
和辻哲郎は「風土」において「西洋に対して常にオープンであれ」と語ったし、夏目漱石は「こころ」において先生の自殺を描いています。
大国主とは夏目漱石のことだったのではないか?
和辻哲郎は、1920年に東洋大学で、1922年に法政大学で、1923年に慶應大学で、1924年に津田英語塾においてこのことを説いてまわっています。
「神風特攻隊は何を信じ、そしてどれだけ虚しいことなのか」
当時の司令官の「こころ」には夏目漱石があったはずです。
大国主とは夏目漱石であるという私の研究をここに送らせていただきます。
気まぐれSWING.


大本教 7月30日午後16:00 小野光太郎より。

こんにちは。
私は神奈川県に住んでいる小野光太郎と申します。
いろいろと宗教の研究をしていましたが、西洋ばかりでなく日本の宗教を勉強してみて興味深いことが分かりました。
日本人は子供の頃、みんな泥だらけになって遊びますが、その後、地震や、台風、竜巻、津波などの話題に満ちた世界に出されて「子供の頃の泥の匂いだけを覚えて大人になっている」のです。
この虚しい世界で生きて、愛して、死ぬ、これが日本人でした。
それさえ理解してもらえれば人々は外国の情報にきわめて寛大だったのです。
大本教は、「天変地異を人々に語って周囲を子供のまま生きさせる」という教えであり、自分はその意味を誰よりも理解し努力する、そういう宗教であったから明治時代に強烈な迫害にあったのではないでしょうか?
その本当の意味を日本人のメンタリティにまで遡って考えなければなりません。
大国主が夏目漱石であるのならばヤマトタケルは和辻哲郎だったのでしょうか。
そのような境地で私は宗教と向き合っています。
私の考えは「小野光太郎のブログ~次世代神道体系」によってインターネットで公表してあります。
よろしければご一読ください。
では、ご挨拶まで。
大本教。丹波哲郎。



靖国神社 8月1日午前11:00 小野光太郎より。

こんにちは。
私は神奈川県在住の小野光太郎と申します。
いろいろと宗教を研究してみて、第二次世界大戦を宗教にしたのは世界でも日本国だけであることが分かりました。
ノスタルジーというのは「多数派だった頃の自分を思い出したい」というもので、高齢者の孤独を癒すのにはふさわしいでしょう。
しかし、第二次世界大戦というものは明らかに「人間の狂気」だったのです。
たとえば、若い女の子に「天井を見てれば終わるよ」と言ったり、性の営みの相手を自分では選べなかったりしたのが第二次世界大戦でした。
なぜ、戦争に負けたのか?
それは、ジャック・ラカンを日本の女性たちが歓迎したからです。
私の「小野光太郎のブログ~次世代神道体系」においては、「女の本音」あるいは「垂加神道~スタンフォードとJPOPの出会い」という記事でなぜ日本の女性たちがジャック・ラカンを歓迎し、「こんな戦争、負けてしまえばいいのに」と考えたのかを紹介してあります。
今後は、ノスタルジーというものだけではなく、なぜ、西洋は明るかったのか?という研究も必要になってきます。
自殺の禁止です。
カップルは狭い世界のことを「信じて」います。
しかし、社会は「知って」いるのです。
社会が何も知らない、これは東洋の特徴であり、第一次世界大戦ではじめて西洋社会はキリスト教圏以外を相手に戦いました。
西洋の明るさとは「自殺の禁止」であるというあたりに戦争に敗れた理由があるでしょうし、社会が「知っている」ことを増やしていこうということに今後の靖国神社の可能性というものはあるのではないでしょうか。
第二次世界大戦の狂気を研究したのはジャック・ラカンである、このことを明確にして今回はご挨拶を終えたいと思います。
ラカン〜女の本音。


伊勢神宮 8月5日午前11:00 小野光太郎より。

日本国は、オイルショックの時にイスラエルを批判しなければ石油が国に入ってこないという状態に陥り、資源のない国として、「イスラエルを語らないのなら世界は日本について語らない」という状態に陥っていました。
しかし、アメリカによる「ガス革命」や核エネルギーの存在によって日本は「いつでもOPECを切れる」という状態になり、嘆きの壁の問題でアラブ社会に味方して敵の報復にあっていた昔の日本の姿はもうないのです。
ネタニヤフと安倍が「ライジングサン」と話し合ったのは「イスラエルと日本はともにアメリカに近い」ということと「日本の外交の手法が変わってきた」というところにあります。
中国を取り巻く空間はアメリカやヨーロッパとは関係なく「真空地帯」のようなものです。
そこで「イスラエルについて語っていい」という空気が漂ったのは、アメリカの金融とクリーンエネルギーと高等教育という対中政策三本柱の賜物に他なりません。
伊勢神宮の五芒星はもはやその封印を解かれるに至りました。
今後も、私は伊勢神宮の人格的統治者としてアメリカ高等教育を体現した男としての活動が保障されたのです。
今後ともよろしくお願い致します。


金光教 8月13日 小野光太郎より。

こんにちは。
私、小野光太郎はアメリカ合衆国をパワーブローカーとして横浜でも「開国横浜」という声援を受けるに至りました。
しかし、叔父である小野晃嗣に「征伐」を受けたのです。
この時に、川手文治郎の甥の小野光右衛門とは福沢諭吉(明治天皇)だったのではないかという心境に至りました。
小野の屋敷で何があったかは分かりませんが、祖父母の小野鐡之助と道子は孫たちを海外に送り出していました。
私もその中の一人です。
しかし、小野晃嗣は、東洋の人間として、東洋を信じ、自殺と向き合い、社会が何を知っているのかを知らなかったのです。
夏目漱石が大国主として出雲大社に祀られており、和辻哲郎はヤマトタケルとして大本教に祀られています。
夏目漱石は「こころ」において東洋に存在する自殺を語ったし、和辻哲郎は「風土」によって、子供の頃の泥んこ遊び以外に覚えていないまま大人になる日本人を描いています。
東洋の人間として、信じる、たったそれだけの簡単なことと考えた小野晃嗣が、2ちゃんねるの暗黒騎士団というものを作り、犬、猿、キジを連れて鬼退治をしようとしたのを見て、私は川手文治郎と福沢諭吉の関係を悟りました。
川手文治郎は最後に「土下座」というものを考えています。
小野晃嗣は、アメリカ合衆国をパワーブローカーにした私、小野光太郎の前に消息を絶ったようです。
「一人、舎弟がいればいじめは成立する」というのは三位一体と言いまして、小野晃嗣はいまだに舎弟を探しているようですが、外国国家が関与している私の前にはもはや何もできないでしょう。
しかし、それが川手文治郎だったのです。
東洋を愛し、恋人を信じ、自殺と向き合い、子供の頃の泥んこ遊びの思い出を大事にするという東洋人の西洋社会への憎しみ、それが「長州征伐」だったのではないでしょうか。
今回の私の話は以上です。




神社の皆さまへ。
後継者として子供を縁組する場合は、職業選択の自由を踏まえて「6歳ぐらいまで留保したらどうか」と家庭裁判所で運用がなされていましたが、厚生労働省は「虐待を受けている事例においては学齢期を迎える前に家族に加わってもらったほうがいい」との意向を示しています。
ここにこのことをご報告いたします。


以上、八通の通達を出しました。

小野光太郎

2017年7月28日 (金)

医学の女。

デカルトは「彼氏ができた」「彼女ができた」という話を最高の英知とみなした。
プリンセスエリザベスの「文化」にどのように発信力を持たせるかがデカルトの仕事だったのだ。
田中れいな 愛の炎。

ヤサ男につきまとわれるぐらいならばグラウンドにいる「重力に逆らっている人」がいい。
戦いのルールは大人たちが決めているんだ。
いろんなことを知ってそうだからね。
ルールが完成されているゲームでなければダメ。
勝ったときに一緒に喜びたいわ。
人生に満足する人ってこうやって生まれるのか、と思う。
真理の探究ってこうやってやるのか、と目の当たりにした。
檸檬の年頃。

大人のルールで勝った若者は表を堂々と歩いている。
これが本来、人間が欲しかったものなのだろう。
より統制のとれた心にだけそれが許された。
精神や身体に障害があるのならば堂々といろんな組織と交渉することもできないでしょう。
病気ってものは人間からどれほど多くのものを奪うだろうか。
「健康の真実」を知らない人はどれほど人々に相手にされないであろうか。
最高の幸せは日常にある。
しかも「死を恐れる」ことにある。
病気になるとなんだか死ぬのを恐れなくなってしまい、幸せを見失うのだ。
それで人生を楽しんでいると言えるのだろうか?
「恋というものを思い出してみないか?」
ひたすら知恵を求める人生は、もし恋を知らないのならば病んでいる。
恋というものをデカルトが考えたから、文明は一気に開かれたのではなかったか?
デカルトが作った「哲学の木」は、女の命を救ってやろうという方向に発展し、それが男に還元された、ら
医者の諸君、君の恋という果実は実ったのか?
女たちが健康だけを求めて君を取り巻いたことはあるのか?
女に恋したことがあるのならば医学ぐらい覚えておけよ。
病気の女と医者の関係は100%の恋人だよ。
酒井法子 100%の恋人。

女を救ってやりたい。
それならばローカルな友達だけで終わらせるなよ?
子供の頃からお行儀よく育てられている人を医者と呼ぶんだ。
敵ばかりじゃ偏差値も伸びないよ。
常に多数派に身を置くやつが才能があるとされる世界が医学部だ。
人と接する機会が多いというのがどれほどの才能であろうか。
「自らいじめられにいく男」
このような医者にプリンセスエリザベスは恋をした。
俺は恋しただけだ。
過剰な名誉は必要ない。医学の邪魔だ。
人と話し、読書に戻っていく。それだけじゃないか?
恋がなければ医学は発展しなかっただろう。
「医学を楽しんでるな」
それだけが名誉なんだよ。
いい先生に巡り会うまで譲れない夜もあったよ。
でも、医学の世界には必ず正解があるので楽しいんだ。
恐れられた才能には女をあてがってやれというやつもいたよ。
いろんな罪と向き合ってみな?
人の神経に「カチン」と触れるたびに「なんでかな」と調べていけばいいんだ。
次に会った時にまだ同じことを言うようであればそんな医者とは縁を切れ。
勉強してないんだからよ。
人を怒らせても学ばない医者は情報源がないんだと割り切るしかない。
一度目の「分からない」ぐらい許してやんな。
もしかして、プリンセスエリザベスが恋をした相手というのはデカルトだったんじゃないか?
ユングやフロイトの場合。

人間の体が分かっている医者は「身内に敵がいる」とされる。
情熱に満ちた男は「咳をしながら顔が青ざめた母」と20年間共に過ごしたのだ。
「分からない、病気だな」
そう思いながら育っているのだ。
母は、失われた時間があっただけに、息子を潰そうとするのだ。
医者の卵の母親というのがどれほど不愉快なものであろうか。
「完全な幸せというのは人生にはないのよ?」ということを押し付けがましく教えようとしていた。
母の人生を清算してやることはもはやできない。
医者になった息子のいうことも聞こうとしないだろう。
プリンセスエリザベスも、母の問題には頭を悩ませていた。
不健康は世の中の一部、と考える母親にどれほど医者の卵は悩まされたであろうか。
しかし、それも「医者の才能」だったんだよ。
新しい時代の知識を母が握りつぶそうとする、それは才能以外の何者でもない。
母は古い時代の医学を信じていたのだ。
恋をしちゃいました。

母に恋したわけではないから言うことを聞かないんだろう。
ひたすら母は「間違い探し」ばかりやっていた。
それが昔の人の楽しみだったんだろう。
最後にデカルトは医学の集大成とともにプリンセスエリザベスへの愛を記した。
「いじめられることへの情熱」
というタイトルだった。
迷うこと、愛すること、憎むこと、欲望をもつこと、嬉しいこと、そして孤独、これが医学の世界だとしたのだ。
思い切って声をかけてみる勇気、それだけだよ。
いい武器も悪い武器もあるけど、勇気が必要な世界だ。
母を治したら「自分さえ良ければいいのか」と世間が考えてしまうために、母親の病気は治らないんだ。
「母に恋はできない」
これは医者の宿命だよ。

2017年7月27日 (木)

死にたい女。

死にたい女は、死にたい死にたいと言っていると周囲から人がいなくなり、セックスも気持ちよくなくなる。
そのような女は、自分の身辺整理を始めて、精神安定剤を飲み、苦痛の少ない死によって、最後の人生の輝きを死に求めるようになる。
ヒトラーは自殺したが、ソクラテスやイエスは自殺していない。
人のことを思いやる、それさえあれば死に追い詰められることはない。
死ぬ前にもっと周りのことが見えていれば。そんなことばかりだよ。
小林麻央。

警察官は市民に自殺を求めないよ。
間違ったものを信じ、間違ったものに追い詰められていく人間が死ぬんだよ。
「何を信じているのか?」をうまくコントロールしなければならない。
男も「女が胸に秘めているもの」を信じていると死に追い詰められるぞ。
特に「自分の病気は治らない」と信じている女は周りの男を死に誘惑するぞ。
同情を誘うために死にたいという女は、周囲の男を死に引き込もうとしている。
戦場では仲間の兵士を死に陥れるのは簡単なんだよ。
だからみんな戦場では紳士になろうとした。
このような「戦場で仲間の兵士に殺される」ようなことを第3分野と呼んで保険まで作られている。
第3分野の保険。

不貞を働き批判され裁判を避けるため、そして身内を守るために切腹をすることはむしろ国の税収につながる。
スパイは少数派の狭い視野しかもっていない。
自分で自分を「必要ない」と思うことがあるために毒薬だけ持たせておけばいい。
松居一代。

ソクラテスは「ファエド」において、自殺の研究を素晴らしいテーマであるとして西洋という概念を作った。
視野の広さという観点から東洋と区別しようとしたのだ。
「我々の学問を知っていながら死にたいとは何事か?」
人間には臆病風というものがあるんだ。国のために死ねるかよ。
お金儲けの方法からして西洋は違うんだよな。
バカで惨めな東洋人を見て笑っているんだよ。
神風特攻隊。

キリスト教が自殺を禁じた理由が分かるだろ?
「我々は惨めな東洋人ではない」ということなんだ。
自分が可愛くない奴は学習しないし、才能もない。
他人を助けてやる力量もない。
キリスト教が目指すものが何かは明らかだった。
カップルは信じている。社会は知っている。社会は何を知っているんだよ。
いじめは無くならないよ?
でも、頭おかしい女のことを知っていればいじめっ子は逃げ出すだろ。
ロシア正教会はそのように教えたし、プロテスタントもカルヴァン派は、死と直面した男にはなぜかアイドルが寄ってくる仕組みに気がついていた。
Qlair 秋の貝殻。

キリスト教社会は「罪の告白」というものを行い、なぜ浮気をしたのかという理由まで事細かに牧師さんに話させたのだ。
「妻が壊れていくのが怖かった」
要するに磔とは何かを牧師さんは詳細に聞くことができた。
これがどれほど医学を発展させたであろうか。
「富める時も病める時も」
これは医学の発展を願った言葉であり、牧師さんは医学って何だろうな?と考えたし、医学の側もそれに応えようとした。
医学こそが神の計画を知るのにもっともいい学問となったのだ。
自殺なんてもったいないよ。歳を取るまで生きて医学に貢献してよ。
死ぬより辛いことがあるのは分かるけど、すべて告白してよ。
黒の舟唄。

恋人たちは信じている、社会は知っている。
自殺なんてのは「信じているもの」から生まれている。
社会はもっと広いはずだ。
周囲が死にたい女を孤立させているのに、周囲が自殺を止めることはできるのか?
国は民間の「村八分」により生じる自殺を犯罪化できるのか?
ときに「ご立派な自死」はあるのだろうか?
「命は神聖である」しかし「勝ち方を知らない」
この世界に自殺は存在する。
西洋の知識に負け続けた東洋で本当に自殺が生じたんだよ。
英語を学ばせる年齢はしっかり考えないとね。
本気で自殺を考える中学生はいるのだ。
神の計画を知っているものに死んでほしくはないね。
ためらい傷ぐらい作るだろ?
みんな「贈り物」が惜しいんだよ。
三人組のいじめや、他の女から男を奪うこと、すべてが神の計画であり、神の財産だ。
隣人の「妻」を盗めば、これらの神の財産を失うことになりかねない。
ロシア正教会のように「いじめられることを楽しむ」こともできなくなるし、カルヴァン派のようにアイドルが寄ってくることもなくなる。
不幸は「盗み」から始まっている。
「女心を知らない社会との契約」を盗むことによって迫られるのだ。
死ぬためのお金を盗んでいるようなものだな。
奥様方に「シカト」されたら「夜中まで起きてはいないか?盗んではいないか?」を省みなければならない。
家族や友達が大混乱に陥るんだ。
村八分 ぶっつぶせ。

他人のセックスにだけは介入してはならない。
周囲に追い詰められて「楽に死なせてやりなよ」と言われて政治的には自殺させられるんだ。
家族は離散するし、本人は周囲が安楽死を望むし、夜更かしや盗みにはいいことはない。
ソクラテスやイエスはこのことを語ったのであり、死んだのではない。
女のからだが何を望んでいるのか、ぐらい知らないといけない。
夜更かししたり盗んだりしたら儲かるだろ。
しかし、それは「死ぬためのお金」なんだよ。
鬱病患者がこのような生活をしている人は普通の人の20倍にもなる。
知性を求める上で誰もが通る道が4当5落だろうけどいずれ分かるようになる。
周囲は夜更かしを応援したい時期があるだろうけどしっかりこのことを教えなければならないのが宗教であるし、いくら人生に意味を与えたいと言っても村八分になってまで意味を与え続けられるのかはしっかりと考えなければならない。
ribbon 愛してジャスティス。

2017年7月26日 (水)

恋する女。

恋する女は男の何を見ているだろうか?
からだを駆け抜ける電子、神経、重力、遺伝などだ。
つまりは「恋は重力から生まれている」と言っていいほど重力というのはあらゆる要素をはるかにしのぐ巨大さをもっていた。
レスリング。

若い頃に重力と戦ったことがないのならば「女心の探求」の世界には耐えられないかな?
簡単なんだけどね。
家庭内のルールも大黒柱の肉体次第だね。
男の言葉は体を見てから聞け。
貧弱な体をした男は見られることを嫌がっている。
「財産」だって見られるものだろ。
財産は青くて硬くて冷たい。
体で稼ぐものなんだ。
温度や激しさ、圧力は体を見て決める。
電子を体中に走らせたやつほど愛を語る器がある。
エネルギー保存の法則によって、いちばん重力に逆らったやつがその場を支配するのだ。
ガスだって理想の状態で落ち着くだろ。
空気だってそうだ。
言葉を失うからやめとけ。ヘビー級。

デカい男は体に電子を走らせた分、子供に伝わることは確実だとされている。
有名な男の息子は望遠鏡からも電子顕微鏡からも観察される。
観察されても親父が完成させてしまったものがあるんだ。
匂いが分からない女は色も分からないし財産のことも考えない。
とにかく世の中の女たちに潰されたんだ。
親父が逆らった重力に逆らう可能性があったからね。
なぜかみんな「とにかく時間ほど危険なものはない」と考えてしまうのだ。
家庭内の重力というものを考えるんだろう。
マービス・フレイジャー。

親父がいると安心して眠れるというのを「α波」と呼ぶ。
また、息子は親父が逆らった重力を利用して女を集め始める。
そういう奴には「常に問題を与え続ける」必要がある。
息子を孤立させてはならない。
とにかく「何かとぶつける」必要があるのだ。
カルナップは、ハプスブルク家でこのことを学んだ。
このことから、遺伝というものは「核」しか伝わらないのかね、と語られた。
「お父さんが弱くなった!」と言ってみんなが喜ぶだけだろ。
戦ってもらいたいという立場、八百長で生きた方がいいという立場、女の子なら良かったのにという立場がある。
物語の続きを見たいという人は確かにいる。
太っていた方が女が寄ってこないキャラに見えていいとしている。
お父さんの話がまわりに満ちていると自然に太る。
お父さんを信じているのだろう。
男の子だけに時間というものが許されている。
また、八百長で生きた方がいいという立場はとにかく「音楽」を多用したね。
お父さんが聴いた曲は普通は息子は愛さない。
しかし、プロデューサーは平気で使ってくる。
まわりがどれだけ息子を思いやっているのかが問われる。
瀬能あづさ ふたつにひとつ。

父親が求めた世界は本当だったんだな、と思える日がいつかくる。
垂加神道〜スタンフォードとJPOPの出会い。



【書きかけ】

穢れなき女。

「穢れなき女」は、パートナーさえいれば仲間もできるし、セックス政治に非常にいい反応をする。
ふしだらな女に罰を与えるのが穢れなき女なのだ。
彼氏に意味を見出せないのね?
彼氏は貴女に「女にもわかる話」をしていないから貴女はセックスの時に感じないのかしら?
「女にもわかる話」(ワラント)のない世界に穢れなき女は罰を与えた。
穢れなき悪戯。

家族や職場で「別れた」という話は罰が下る。
セックスが下手だからだよ。
言葉が不自由だから女にわけのわからない話をして、女を感じなくさせているんだ。
そういう奴は世の中でも嫌われ者だから「別れたんだってね」という口実でいじめられる。
いじめられたら刑法に触れる問題を起こして「若い女の子」にも相手にされなくなる。
国はいったいどんな教育をしていたんだろう。
若い女の子にモテる、それだけで男というのは犯罪を犯さないものだ。
女の子に「あなたの言っていることは分からないの」と言われることは、パートナーとの関係すら冷え込ませてしまう。
女たちに「あの人は深い話さえしなければ大丈夫よ」と言われる男は犯罪に近い場所にいて、しかもセックスが下手なのだ。
「彼女すら守れない奴」
そのような噂が最もふさわしい罰だった。
男に対する彼女の罵声に世の中は共感しやすい。
どうも彼女の感度が悪いな。他の女はどうなのかな?
社会は総力を挙げてこのような男を罵倒した。
女にとって「彼の話はつまらなかった」のだ。
パートナーの発信力は女に委ねられて別れた。
松田聖子 ハートのイヤリング。

子供がいない男はなかなか「女にもわかる柔らかい話」はできないだろ。
しかし、カップルは出会った時はまだ子供もいない。
「読んだから知っていた」という部分が男にはある。
つまらない、感じない、それは犯罪の起源であり、国の課題なのだ。
学ばない男には女たちからの罰が与えられるだろう。
「法って何?」
女たちはそのことばかり考えていた。
セックスの時に感じるからだ。
rebecca trouble of love.

国は教科書をすでに用意している。
読めないのならば女が離れていくほどのテキストだ。
離れていかないパートナーがいる。
それだけでも市民としての合格点を与えることができるのだ。
若い女の子が尊敬しない男、そういう男は犯罪を犯す。
彼女を守れなくて自信を失っているからだ。
「ソビエトには犯罪など存在しない。全部病気だ」という考えにも一理あった。
女に詳しい、女の子にモテる、男社会で尊敬される男はいじめられないというロシア正教会との関係を示している。
政治家と庶民の距離は「女に詳しい、女の子にモテる、男社会で尊敬されている」という点にしかないだろ。
わけの分からないことを言って女たちが彼の言葉から何も感じないととんでもない罰が下る。
プライベートでお金も払わないのに女の子たちが群がる、このような男が犯罪を犯すわけがない。
妻との良好な関係を維持しながら犯罪を避ける。
それが学ぶということだよ。
民法はお金を集める学問だけど、刑法はお金を払わなくても女の子たちが集まるという学問だ。
プライベートの「間違い」は公にさらされる。
幸せですか モーニング娘。

お金を集めるのがプライベートで、罰を与えられるのが公である。
私法と公法の違いはここにある。
私法学科は金持ちでいいね、公法学科はモテていいね。
学生のうちは分からなくてもいずれそういう仕事をするようになるんだ。
民事部に勤めていると「ほう、そんな儲け方があるのか」と思うことがあるし、刑事部に勤めていると「もっといいモテ方があるのにな」と思うんだ。
法学部の学生が身内に出ると、一族は安泰だな。
「事件性」があると裁判官はいろんな言い分を聞かされて勉強するのだ。
一生やってろと思うね。
あとは身内に教えてやれ。
刑事部では「モテないとはどういうことか?」を思い知るが、結局、プライベートでも貧しいということがわかるために違法性というのは民法も刑法も同じなのかなと思う。
工藤静香 証拠を見せて。

わけの分からないことを言う男に罰を与えるって悪だよね。
世の中には巨悪というものがある。
女は本でも読んで感じ方の勉強をしていればいいのに。
そうすれば女たちにも余裕ができでバカな男でも相手にすることができるのに。
犯罪のない国家というのは情報に満ちているんだ。
犯罪というのは端的にいうと「勇気付けてくれる女たち」がいないという女の問題だ。
女たちに快楽が少ないから無知な男に罰を与える口実を探している。
女たちが世間で罰を与えれば犯罪が減るのかどうかは分からないよ?
しかし、社会的制裁を与えるモチベーションが減るのは事実なんだ。
「システム」だけは明確にして犯罪と向き合わなければならない。
国は検察が起訴するといえばそれにしたがわなければならない。
「女たちが劣っている」
これが彼女たちが犯罪者の噂をする理由だ。
レイプ、殺人、盗みなどは「罰に値する」として女たちが噂しあった。
「そんなことをして男と言えるのでしょうか?」
女の子たちは犯罪者を勇気付ける気持ちを失ったのだ。
シルバーリングに口づけを。

おばさんグループの「シカト」から男は罰の存在に気がつく。
女たちの「出会いのための暗号」にも逆らった。
世の中は政治で動かすんだよ。黒い手はいらないんだ。
検察は、男を元の生活に戻すためにどれくらい時間がかかるのかを考えていた。
キャバクラも高額なお金をとった。
「有罪」って厳しいよね。
女に詳しければこんなことにならないでしょ?
男に「改革」が求められたのだ。
女たちが力を与えるのをやめてしまう。
読書をしたくなるのを待つ。
二段階で罰は与えられる。
社会のメンバーとして何が必要かを考えてね?
女の子たちがまた周りを取り囲むためには時間が必要よ。
夏の夕方、冬の夜明け、夜は罪深い時間よ?
夜はしっかりと眠ってね。
タンポポ One step.

裁判官は休日に喫茶店で珈琲タイムを楽しみながら、日常はこのような「犬のようにモテない連中」の相手をしていた。
裁く側と裁かれる側なんてこの程度の違いしかないよ。
女性たちの眼差しが違うだけなんだ。
裁判官もいろいろと教えさとすけどね。
反省させたって仕方がない部分がある。
女性にモテるかどうかを問題にしていただけなんだ。
それは精神障害者ならばとっくに社会で制裁を受けているから刑なんて必要ないし、健常者に「俺のようにモテるようになれ」なんていえないよ。
能力のない人間に「女にもわかるような話をしないと感度が上がらないだろ」なんて言えるわけがない。
学歴社会なんだ。
本当の裁判官ならば、女性向けに哲学書でも書いて、女の感度を上げる努力でもするだろうけど、なかなか時間がないからな。
Every little thing Time goes by.

2017年7月25日 (火)

頭おかしい女。

頭おかしい女は、文章を読めば分かるが、実は真剣に、そして健気に生きているという立場がある。
彼女たちは何も欲しがってはいなかった。
ただ、「日本国の学問の水準」を知りたがっていた。
心と脳の関係にしか興味がなく、男の見た目を気にしなかったのだ。
矢口真里 青春 僕。

彼女たちの論理をより人間らしく語ることを汎サイケデリックと呼ぶ。
「医者にはこう見える」という世界が医学書には書いてある。
しかし、患者が語るストーリーはまったく異なるのだ。
「人間ってみんな生きているんだなあ」という境地に至るのだ。
すべてのものはすべてに属する。
古い小説では「テンキョウ病み」としか書かれていないだろ。
しかし、そろそろ彼女たちを表舞台に出していいんじゃないか?
ギリシャ哲学ではアナクサゴラスがこのことを専門にしていた。
アナクサゴラスは彼女たちが「おちんちん」をどう思っているのかな?と観察していた。
おちんちんに興味のない女も「頭おかしい女」の中にはいたのだ。
土と空気と火と水、これだけは変わらないが、みんな「愛と戦い」の中に身を置いていた。
デモクリトスは、人間の心というものはこの4つよりもはるかに複雑だなと考えた。
あまい、苦い、熱い、冷たい、色。
おちんちんだけでなくこれらとどう向き合っているかも考えなければならないなと考えたのがデモクリトスだ。
二対一のいじめは2500年前の話ではない。
いまだに行われている。
女心を覗き見したガリレオ、恋というものを考えたデカルト、男同士でも共感することがあると考えたニュートンがいたから二対一のいじめにロシア正教会は向き合うことができた。
女心に詳しいやつ、周りの女たちが恋しているやつ、男社会に詳しいやつはいじめられないとしたのだ。
この三つのうちどれか二つを用いれば、ニヤニヤしていじめようとしたやつは表情を変えて逃げ出すのだ。
一度成立させれば800人が真似するだろうとスピノザは考えた。
ラッセルの一神教は、800人が真似するという意味ではヤオロズの神と同じことを言っていた。
それほど多くの男がいじめに悩んでいたのだ。
「頭おかしい女」に詳しいやつは特にいじめられなかった。
こういう奴ほどセックスに詳しいのだろうと思われたのだ。
頭おかしい女から逃げ出さない奴?そりゃ神だろ。
そこで周囲は「契約」を結ぶのだ。
「あいつは心の底から怖い」とね。
いじめがなければ宗教は進化しないよ。
矢口真里 バレンタインキッス。

ポールセンもプリンスもハートマンも、「女を好きにならないと頭おかしい女のことは分からないよ」としている。
ドイツの「いじめ進化論」の歴史は頭おかしい女の研究に向かったのだ。
アメーバという単細胞生物にないものが電子やクォークにはある。
やっぱり「カップル」の研究をしなければ頭おかしい女の存在は分からないのだ。
男女でビビビとこなければ女は本性を現さない。
心の塵が電気で整理されるから本性を現すのだ。
神が生み出した学問は絶滅するのかしら?
女たちが集まった。
1930年代から20世紀が終わるまで、「頭おかしい女に詳しいといじめられない」とされて精神医学は深まっていったのだ。
汎サイケデリックというのは「すべては心の中にある」というのが本来の意味だが、いじめを受けた男がこの問題と向き合うことになる。
日常に何を思っているのかを探求するのか、それともセックスしている時に何をイメージしているのかを探求するのかに絞られる。
セックスしている時に、日常の彼の言葉が分からない(ワラントではない)ことから感じなくなることがある。
女にもわかる話ができない男は「感じない女」に侮辱されてEDになる。
セックスの失敗というよりは日常の失敗だったのだ。
ワラント(女にもわかる話)を日頃、話している男にはどのみち思い切りよがるからEDにはならない。
話の内容が分かっているから女はヒステリーを起こすんだ。
女の嘘を見破らなければならないね。
藤原紀香。

普通、頭おかしい女と言われたら怒るだろ。
しかし、人間を動物レベルにまで下げて語るのならば頭おかしい女は怒らない。
19世紀から20世紀にロンドンのシティで障害者がよく用いられた。
株価の操作に使ったのだ。
21世紀になって、彼氏がいる女が「障害者の真実」に義憤を感じると言い始めた。
本当に株価の操作が可能だということが明確になったのは21世紀なのだ。
女たちの「動物としての共感」は株価を下げるのに用いられるのだろうか?
哲学は女の魅力を語ってきたはずだ。
女たちが「私と同じ!」という医学は株価に悪影響を与える。
「そんな世界があるんだな」と言えるような一歩引いた障害者に関する情報こそが株価を上げることに用いられたのだ。
「こんな悩みのためにお金を使わなくてよかったな」と思えるからだ。
あくまで株価を上げるための障害者に関する情報は「他人事」でなければならない。
お嫁に行けないじゃない、という情報ではダメだ。
彼氏がいちばん大事だと思える話でなければ株価は上がらない。
しかし、巨大医学ムーブメントの後に人々は「万物の創造主」の存在を感じるだろう。
それこそが頭おかしい女に関する研究が待っていたものだ。
最後に女の子たちが「結局、脳って何なんだろう?」と思ってくれるようになればいいのだ。
松浦亜弥 LOVE Train.

男が言うことに女たちは「逆襲」してきた歴史があるだろ。
今は医学の知識でその「男女の戦い」が行われているに過ぎない、と割り切る考えもある。
女はベンゼン環のように完成されている。
彼女たちを動揺させる医学情報などもうないのではないか?
ヒュームが「誰にお金をもらっていて誰に長話を聞いてもらっているの?」と言って女のパートナーを当てた時ほどの奇跡ではないのではないか。
国全体の動きを見たり、それぞれのカップルの話を聞いたりするが、それほど国王の力があるのならば、医学情報は常に「突然現れた新説」であり続けるだろう。
しかし、ただ「障害者です」と言って表に出るよりも、その実像を語る方がより急進的なものとなる。
障害者もセックスをするだろう。
通常のエロビデオにはない描写が見られるために、この研究は乙武洋匡などが世界に知られた。
健常者ならば太っているか痩せているかぐらいしか違いはない。
頭おかしい女が「からだを売るのが難しい」ことは理解しなければならない。
障害者がオーガズムに達するという映像は、とりわけ強い影響力をもった。
このとき彼は健常者になったという想像をしているのだ。
「俺は健常者だ」「私は健常者よ」というのがこのとき脳に行き渡る。
障害者のマスターベーション。
普通のポルノなんて「からだの洗いっこ」にしか見えないだろ。
普通のポルノ。

彼や彼女が子供を産むというのは「飛躍」でね。より単純な「普通の人間」として生まれてくるのだ。
これも進化だね。
処女がいい、童貞がいいという考えを持つとやはり障害者を見てしまうだろうね。
美しい障害者、三浦理恵子。
障害者は、チンパンジーからの進化が遅れたのだろうか。
しかし、障害者以外の男女はセックスするし、罪人ではないか?
よそ者が嫌いという大人は障害者と子供を結婚させている。
障害者の初体験を大事にしているのだ。
初体験というのは101回やるまで感情は変わらないのだ。
モーニング娘。 インディゴブルーラブ。

障害者をパートナーにするという発想は「女の幸せ」を考えて行うものだ。
親としては娘に「あなたは今、楽しいでしょう?あなたのためにやったのよ」と言うしかない。
女の側には障害者の友達しかいないという問題は残る。
また、障害者には「バックどこよ?バック」というしかないことがある。
いずれにせよ、障害者というのはなぜかセックスを大事にするね。
三浦理恵子 水平線でつかまえて。

2017年7月24日 (月)

市民女。

アメリカは「違法な移民」に仕事を与えないという罰を与えている。
ルールにしたがってアメリカに入国しなければお金も稼げず、テレビにも出れないことを意味する。
テレビに出れるだけの感受性を持っているかどうかを「右脳左脳問題」と呼び、そのことをしっかりと見極めたいというのがアメリカの合法的な移民政策なのだ。


王朝があるのならば、どの男も「国王」のまねをして生きる。
女はその男に「市民女」としての資格を与えられる。
国王は民主主義の世界で揉まれに揉まれて俗っぽかった。
「やる気はどこからくるの?」
国王は市民に語りかけた。
18世紀に、ルイ16世がもっと謙虚だったのなら、そして議会で「国王の真似」をする人が出てきてくれたのならばフランス革命は起きなかっただろう。
1990年代に「国王」という概念がまとまってきた。
「俺が国王だ」という共和党員と、市民としての奔放さを容認する奴隷階級としての民主党員が生まれた。
国王が本当に立派な男だったら共和党政権は続くだろうし、失敗が目立ったら「リア王」のように暗愚な王として民主党政権に移行する。
アメリカ大統領とは「宗教の王」であり、王朝であった。
国王に統治してもらいたい安定した時期と、奴隷階級による革命が求められる時期が4年ごとに問われ続けている。
「市民女」は共和党政権のもとで、国王の真似をする彼氏がいる女の事を言う。
ローマ帝国の到来を感じた時に共和党政権というものは生まれる。
市民女も彼氏に安定感を感じる時期だ。
シーザースパレス。

アメリカ合衆国の社会全体が「私たちは混乱していない」という時期は確実にある。
それぞれの会社や大学、家庭で「王室」が作られるのだ。
「社長が国王と同じ事を言っている」
一方で、民主党政権下では「政治はよりプライベートなことに興味を持つ」ことになる。
マイノリティにIDをつけて、黒人やヒスパニックの恋愛を監視しようとしたのがオバマ政権だっただろ。
市民女の彼氏が国王を真似できる時代背景なのかどうかだけが問われている。
「俺はダメだ、庶民にまかせよう」という発想はクリントン政権も行なった。
竹中平蔵は、このことをプリンストン大学で目の当たりにしたようだ。
庶民の「生きるというエネルギー」にすべてを任せたくなる時があるのは事実だ。
フランス革命のジャコバンはそうだったし、奴隷みたいな奔放な連中が幅を利かせた。
今、日本の男はローマ的だろうか?
言っていることは全部、詩みたいなことであり、男女は美しい、それがローマだった。
ローマの休日。

国王に興味が持てない。「政治家や官僚に任せてダメになるなら庶民に任せてダメになろう」
民主党政権はこんなにも悲観的なのだ。
しかし、このような発想をとっても庶民にはエネルギーがあるし、いろんな王が出てくるものだ。
1970年代から「フェミニズムというものがある」ということが知られ始めた。
女たちは男がフェミニズムを知らないことに失望もした。
女は無限の資源だということを政治の側が受け止めてくれる日が来るならばと思って、民衆にまかされた「民主党政権」を引き受けたのだ。
「おちんちんは何も失わない」
このバネだけが民主党政権に残されたのだ。
「宗教界の再編が必要な時期ね」
国王を育てるためには、どうしても見せなければならない世界がある。
民主党よりの新聞ってのはプライベートな問題ばかり扱っているものだ。
レイプ、堕胎、子育ての問題、売春の問題、そんな記事ばかり読んで王子は考えなければ国王にはなれないだろう。
民主党寄りの新聞とはライオンの肌のような「性別、階級、言語、人種」の話題を好む連中のことだ。
愛が止まらない Wink.

「民の問題」から学んで「つまりこのようなワケだな」という言葉が注目されるのが国王である。
失業や、病気、暴動など「俺にはどうすることもできないな」と言って、「愛のメッセージ」を送るしかないのが民主党の国王(大統領)だろう。
共和党の国王は、これらの問題に直面したら、社長さんも国王の真似をするのをやめてしまい、「暗愚な王」と批判されるだろう。
生き方を否定するわけではない。
災害などを「どうすることもできねえな」と思うか「男女の出会いの場が開放的になって自由がいきすぎてねえか?」という見解を出せるかどうかなんだ。
共和党の国王は女に詳しく「男女の出会いの場」を多く作って影響力を増したんだ。
当然、災害も起きるだろう。
この時に女は、国王ではなく彼氏を振り向くだろう。
瀬能あづさ 愛になりたい。

国王が大事なのか彼氏が大事なのか?
それが共和党と民主党の違いだ。
T.H.マーシャルは「市民と階級」において20世紀の民主主義は「指導者の真似をすることでお金が拡散していく」とした。
日常に庶民に戻り、社会の病理面と向き合う国王をみんなが真似する、それが社会の安定につながるとしたのだ。
1980年代以降、「演説しかしない」政治家も現れたけどね。
「国政報告会」が、人間に違いを盲目にしたという側面がある。
永田町の論理を報告されたってどの世界にもあるものだからね。
多数派ってそんなことを考えているのか、とマイノリティが思うだけだろ。
しかし、1980年代後半には「社会は複雑すぎる」としてすべての政治家が俗世間に帰っていった。
政治がそれを悟ったために、芸能人も80年代を最後に「普通の生活」に戻っていった。
普通に職業を持ったのだ。
政治家も芸能人も「日常の仕事の充実が公の活動を保障する」ということになった。
常に日常の仕事と「公の活動」は対話をしていた。
扉を開けて 堂本光一と神田沙也加。

「金持ちしかセックスシンボルにはなれない」
アイリス・ヤングは政治や芸能をそのような世界にした。
何に感受性が弱く、何を尊敬すべきか?
それはテレビ局で知ることではなかった。
普段の仕事やアルバイトで知った。
この20年間で政治家や芸能人へのそのような教育は終えたといっていい。
「お金があるということは面白いということだろ。テレビで何か言ってよ」
それが分かっていないのならば、インターネット時代に芸能人や政治家なんてできないよ。
文化の多様性や少数派の意見がテレビでは好まれた。
お金を払ってまで「言いたいこと」があるのはそういう連中だけだったからね。
司法、立法、行政の方がよっぽど影響力があるのにテレビに出たいというなら少数派しか集まらないよ。
評論家も「その世界で孤立したために言いたいことがある」ことからテレビに出ている。
辺真一。

政治家も芸能人も「テレビに出て言いたいことがある」という点では同じだよ。
しかし、政治家は立法と行政に関与できる。
だが、結論は「テレビに出たい」ということなんだ。
特定の世界に敏感なだけである、これが政治家なのだ。
移民が言葉を覚えるために公立高校に行く、これがテレビの正体である。
ジョゼフ・カレンは「私は処女よ」ということを巧みに利用してテレビに出ることで言葉を覚えた。
政治の側も「どの女が今いちばん重要なのか」を考えているに過ぎない。
さて、なぜこのようなことをテレビでやるのかというと「テロが怖いから」だろ。
国王が知っていることとはこのようなものだ。
テレビに出ている人たちはお金を払っているし、優越感を味わいたいわけでもない。
居場所が欲しいだけなんだよ。
市民として「一つの顔」として生きるか、政治家や芸能人として「二つの顔」として生きるのかのどちらかだろ。
国が考えているのは治安のことだけだよ。
2005年7月7日のロンドン爆破テロの時にこのメディア論はまとまっていたんだ。
イスラムは若い女の子さえテレビに出せば文句は言わない。
のん。

目立ちたい奴には金を払わせるよ。
国は「国家の統合」しか頭にないからね。
テレビは影響力はあるけれど、端的にいうとそういうことだ。
それほど、哲学の世界はテレビを冷静に見ていたんだ。
子供たちを見ていたし、学生の反応も見ていた。
今のご時世にこのことを知らずに愛国心を語るのは愚かなことだ。
テレビは「歴史のバランスシート」をうまく解消するだろう。
要するに「出会いの場」が欲しくてマイノリティはテレビに出ている。
多数派は大学や会社があるだろ。
少数派の人間の「ファンになる」というのは憲法愛国主義なんだよ。
人間社会の競争ってのは、テレビでいったん解消されているのだ。
年末にはそういう連中は「誰にもわからないお金の計算」をして終わっている。
そうやって、差別に対する「心の火」は消えて無くなるのを感じている。
人生に前向きになれればもうテレビにも出ないよ。
昔があって今があるんだ。生きていければいいだろ。
俺は参加したんだよ。
小島よしお。

グローバル化を迎えたらあっという間にテレビはこのような「発想の切り替え」を終えていたのだ。
テレビがある以上、領土は動かない。これぐらい悟れよ。
みんな金を持っていて枠が限られている以上、このような使い方しかしないよ。
少数派だって仲間が欲しいんだ。わからない奴は「誰々に干された」という噂を立てられていなくなった。
豊かな国というのはもう安全にしか興味がないんだ。
移民の受け入れのためには「お金を保障すること」であり、お金がなければ孤立するだけだということを理解しなければならない。
そうでなければ、まるで隠れ家のように体を売る場所を見つけるだろう。
二つ目は「権力を持たせること」である。
そうすればその移民は仲間を引き込むために権力を用いるだろう。
三つ目は、「貧しい国の出身者」の看護士ですと言って男を勃起させることだ。
国同士の関係の優劣を男女間に持ち込むのがいちばん落ち着きがいい。
彼女たちは決して暴れたりはしない。
それが国だと思っている。
朝鮮は劣った国だ。
女たちはそれを明らかにしたくないのだ。
誤ったメッセージを与えてはならない。
「メディア論を知らない朝鮮男が暴れるだけだろ」
組織に属したければ金を与える、権力を与える、劣った国との扱いを受けるという三つは知っておかなければならない。
国際結婚が移民政策のゴールだということも知らなければならない。
外へは厳しく、内へはあまく。
それでも外のアイデンティティを持ち続けるものには厳しく当たらなければならない。
上の三つの考えに納得していないのだからね。
どうせ泣き出して国に帰るだけだよ。
日本国のセックスサークルに加われば、本国のアイデンティティなんて忘れるだろ。
これを知っているのが国王なんだ。
国内で金のやり取りをして政府を助ける仲間になってもらう。
生活する上での投票と、セックス政治に対する投票は異なる。
こわければ地方でやってみればいい。
参政権はお金の話だということがわかる。
生活のために投票するかセックス政治のために投票するかはお金との相談だろ。
マイノリティ芸能人。

そのうえでのお約束として「わけのわからない文化」が日本に入ってくることは理解しておいてもらいたい。
本当の意味がわからないデモ行進もあるだろう。
いい空気が吸いたい奴は山ほどいるんだ。
それも我が国のポテンシャルになるし、見慣れた風景になる。
外国ではやっていないデモなのだから我が国の領土を守るために起きていることだ。
平和、安全、お金、環境、貿易、セックス政治の目的でやっているに過ぎないんだ。
これがわかればEU、国連、WTO、IMFの優等生だな。
組織の考えを知って欲しい。
みんな「課長になる」というマンガぐらい読んだだろ。
外国の「嘘つき女」との話し方が我が国のものになるだけだ。
我が国の政治フォーラムを世界に広げるためには外国のネイティブを引き込むしかない。
嘘つき女の言葉がまったく分からないからね。
人はどうやって大人になるの?
母国語で考えながら大人になるんだ。
外国の論理がわからないんだよ。
痛みは動物でも感じるものだし、みんな楽して生きようとしている。
その国の空気で育たなければ、その国の論理を学ぼうとはしないよ。
国家レベルで見るのをやめて、「カップル」レベルで見てみたらどうだ。
国内で「トンデモセックス政治」を語って人気を博することはできても、外国女の言語までは分からない。
朝鮮人の芸能人。

2017年7月22日 (土)

行きずりの女。

もし、街ですれ違っただけの男女がカップルになるのならば、それはそれぞれの男女の今までの付き合いや、組織に影響を与える。
簡単に成立する効率的な男女の関係が、今までの「私の法」とどのような関係があるだろうか?
瀬能あづさ 土曜の夜にレインボー。

街でのナンパが一気に広まったのは1970年代のことだ。
「かわいいな」と思ってしまうという点では、法に嘘をつくのが街でのナンパだ。
アメリカ合衆国の民法が、そのようなカップルにも居場所を作り始めた。
宗教や社会の慣習が、このことをまちづくりの一つとして街を開放したのだ。
ドォーキンは、今まで属していた組織における長い付き合いから「プロポーズ」に至ると考えていたが、背景には「女のからだは皆同じ」という発想があったし、女が他の女のからだに吐き気を感じないための恋愛フォーラムが好ましいと考えていたということが指摘できる。
藤本美貴 銀色の永遠。

学校や会社の「ルール」ってなんだったのかなという思いもある。
モーゼ五書の戒律の伝統はどうなるのだろうとも思った。
「街に可愛い子ならばいっぱいいるじゃない?」という考えが学校や会社組織を強いものにしていた。
街とイエの「プライベートの違い」も理解しなければならない。
「女を連れ込む」という急進的思想がどれほど危険なものなのかをしっかり研究しなければ街は作れなかった。
【街でのナンパは難しくないか?】
これが議論の核心部分である。
男が使ってきたお金は今までの組織の女の方がはるかに多い。
女が男に求めるものが多いから組織というものを作ったのではなかったか?
女の快感の値段と、男の収入をしっかりと安定化させるためにも組織というものは必要だったのだ。
カップルというものは「男が稼いだお金の結論」だったのではなかったのか。
キスから胸に進み、セックスして結婚に至るという道のりが街でのナンパでは困難なのではないだろうか。
MajiでKoiする5秒前 広末涼子。

「お金は女のために使うものだ」という発想を忘れないで「街」に出なければならないね。
今までの交友関係のルールを「コモンロー」と呼ぶ。
その方が男は金を払うだろ。
しかし、街ですれ違った女の子をナンパしたら「お金がドッと出る」だろ。
お金を喫茶店などのアリーナに解放するためには女の子が必要なのだ。
パートナーを連れているのに、すれ違った女の子を見る男、それはもはや裁判の世界なのだ。
街というフォーラムを前向きに考えるか、コモンローを大事にするかの問題だ。
男は市民であり、時には政府の高官であることもある。
戸塚の「トンタン茶房」

女は「ナンパをされても振り向かない」という基本を理解している。
男を判断する材料に乏しいからだ。
企業が「効率性を求める」とは、街に可愛い女の子を歩かせることによって「自分の会社の女の子を可愛くする」という意味である。
1930年代から1940年代に起きたことが70年代から80年代にかけて再び引き起こされた。
国が今までの組織に大量にお金を流すというニューディール政策であり、女の子は街で男に振り向かなくなった。
これが法律の伝統だったのだ。

しかし、いまや国家のまちづくりとして、そして政治フォーラムとして、さらには今までの人間関係を大事にしつつも女の子と話せる場として喫茶店は利用されることになった。
ナンパの正当化の論陣は非常に強い。
政治家が喫茶店を「裁判所」とみなすようになったのだ。
社会経験を背景に影響力を高めるために「ちょっと喫茶店に行ってくる」と言われるようになった。
政府高官が普通にコーヒーを飲んでいる店、それだけでもよくなった。
政府高官は飛び交う言葉を黙って聞いていて色々考えたり新聞を読んだりしていた。
女性たちに囲まれたかったのだろう。
それが男の出世だったし、休息でもあった。
飛び交う女たちの言葉を聞いているだけで富のパレートが移動するのを感じるのだ。
家庭を持っている男が女性たちの話を聞くことができる。
それがコモンローの結論であり、悩みを抱えた女性たちが「政府高官という裁判官」に話を聞かれているのを知りながら集う場所となった。
男を勃起させるのが女たちの目的だったからだ。
「私たちの興味のある話題で男を勃起させるの」
喫茶店では「騙された話」ばかりしているのが女たちの本音だった。
仕事や家事、子育てがあるから「騙される」のだ。
その経験を政府高官に聞こえるように話した。
政府高官は「あの問題か」「いつか話さなければいけないかな」と思いながら新聞を読んでいた。
高橋由美子 コートダジュールで逢いましょう。

家庭を持った男は女の話を聞く機会が減る。
それが法律というものだった。
そのために街に可愛い女の子をたくさん歩かせた。
あるいは仕事をしていたり家庭を持っている女性たちに街を開放したのだ。
家庭内では話したくない、外で話したいと言っていろんな善後策をコーヒーを飲みながら話した。
まるで「何かを守りたい」かのようだった。
社会経験に満ちた喫茶店はまるで私たちの悩みの答えを知っているようだった。
想像で男は勃起する側面がある。
想像力を磨くためにはコーヒー代は、コンビニに比べて安いぐらいだった。
裁判では悩んでいる人を誰もバカにはしないだろ。
政府高官も表情を変えなかった。
ヘンリー二世が街を開放的にしたのだ。
法律事務所よりも解決能力があるようだった。
男はみんな喫茶店では「男らしく」振舞っていたからだ。
女の子を街でナンパして喫茶店に誘うのも、店がこのような文化を持っているからだ。
「私たちの出会いに無関心ではない人たちがいる」
中には恋愛作家も喫茶店にいた。
宇田川光代。

「みんな家庭を守りたいんだよ」
客の男がそう言っているように思えた。
カリフォルニア州最高裁は、喫茶店の椅子を「女王の椅子」とまで表現した。
私たちの話し合いは一面トップに来るのかしら。
そのために新聞というものは置いてあった。
女たちは「セックス」を語り合っていたが、言葉にはしなかった。
プラベートを楽しむとはそういうものだったのだ。
うまく言葉にはできなかったので話は長くなった。
安倍なつみ 男友達。

ナンパして「お茶しない?」というのはみんなが通ってきた道だった。
今まで属していた人間関係より優れた経験というのはこれほど成熟した喫茶店というものがなければ成り立たなかった。
「お茶の作法」とはこのような政治フォーラムをいうのだ。
千利休は、信長様を理解していない。秀吉はそれを知って激怒した。
法律学というものは非常に混乱しているんだよね。
必要なのは「やる気」だけなんだ。
女たちの議論が聞きたい。それだけだよ。
どんな仲間がいて、どんな宗教を信じていて、何を強制されているのかな?
男は口出しできないので黙って聞いていた。
喫茶店という文化を作っただけで国の税収は増えたのだ。
家庭というものがあり、税金というものがあり、うわさ話というものがある。
文化ではあるけれども政治の側が「計算した」ものでもあった。
すべてが無駄には用いられないことが分かっていたのだ。
話し合った悩みは社会の共有財産になる。
松浦亜弥 S君。

家庭を守るために語り合うことは敵を作らない。
いろんな人が話題に共感しているのだ。
自分が一番大事だということを巧みに用いている。
政治家は「喫茶店で世論を拾った方が安上がりなんだよ」と言った。
「女のルール」を知ることもできる。
人と向き合わなければ罰が与えられてしまうのが世の中なんだ。
まず「空気に馴染む」こと、そして「自分の方向性を決める」こと、「役割を明確にする」こと、これができなければ「罰が待っている」こと。
引きこもるぐらいならば喫茶店に行った方がいい。
政府というのはそれほど複雑なんだ。
人と会わない奴とは政府も話したくない。
それが「罰」だと思った方がいい。
ハートは「法律っていうのは要するにいろんな組織と話ができるということだろ」と言った。
法律は守ればいいと思うだろ?
その通りだよ。でも「罰」を避けるために人と話せということなんだ。
ひとりの女はあまくはないんだ。
いろんな仲間がいる。
痛みを感じていたり病んだりしている女と話すとあっという間に広まるよ。
健康的で可愛らしい女を街でナンパすると「悪い男」だと思われるよ。
でも、健康的な女なんていないんだよね。
家庭を守ろうと思っている他の客はどう思うか?
「私たちに馴染めればいい」と思っているよ。
女が肉ではなく豆腐をレストランで注文したら、安いし健康にいい、そのこと自体、感受性が強く病んでいるのだ。
「守らなければならないことがあるんだろう」
食べることにすらリベートを求めているのだろうか?
お金と健康を求めること自体、誰かと話したがっていることを意味する。
罰を受けるよりは税金を払いたいんだ。
引きこもりなんて犯罪的だと思っている。
そのおかげで引きこもりの人のまわりの空気は汚れているからね。
「政府と話をするために法律を学んでいる」という意味を知ってくれ。
政策を作る人もできるだけ多くの人と話した人物の話を聞きたがっている。
罰を受けた人の通報なんて聞いてはいないよ。
攻撃側が正しいと思うだけだ。
松浦亜弥 絶対解ける問題。

女の子を街でナンパするのはいいことだよ。
引きこもって一方的に罰を与えられるやつよりははるかにいい。
ラスコーリニコフは一回の罪から300人と話しただろ。
家庭を守るという気持ちが世の中で一番大事なんだ。
「守る」という言葉のすべてが家庭にはある。
家庭内では何度「これならオーケーだ」と言ったことだろう。
喫茶店で「ナンパした女の子」が笑ったのならば周囲は微笑ましく思うだろうね。
所詮、家庭を守るって「笑う」しかないことばかりなのよね。
何度も「イコール」を成立させていくしかないし、きりがないものだ。
男であり続けるために男は多くの人と接するしかないのだ。
いろんな物事が計算できる人は素敵ね。
面と向かって人と接した男しか家庭内にいて欲しくない。
自分のグループをコントロールした男ならば政府も話をしたがるよ。
コントロールと言っても「人を元気にさせた」というだけだろうけどね。
H.L.A.ハートは「他人を元気にさせてやる気を出させる」ことだけを教えるために「心のふるまい」という本を書いている。
「官僚自体、毎日くよくよしていることを知ってくれよ」
なぜ官僚は優秀だという漫画を信じているんだ?
まわりには女の職員がいないじゃないか。
政府高官は、ラフな格好をして喫茶店にいた。
瓦全房。

官僚や裁判官は「周囲に認めてもらう」ために裁く。
そのため、喫茶店でも女性たちに声をかけるというよりは「頭の体操」をして終えればいいのだ。
街でナンパして入ってきただけの男女も当然、風景の中に含まれている。
二人の男女が緊張しているのを見ればわかる。
まるで自分の住所も教えないゲレンデの恋みたいだ。
それぞれが「守るべきもの」を持っている。
1975年にランズとポスナーが喫茶店でこの研究を行った。
「男のセールスポイントが一通り、語られるのを見た」
一生、言い続けるんだろうな。
外ではいつもそう自己紹介しているのか。
最後に男がお金を払った。
2001年にカプローとシャベルがこの世界をもっと深めた。
日経平均に見合わない金額だとセックスまで至らないのが喫茶店の価格設定だったのだ。
喫茶店でご馳走して「お持ち帰り」など誰もできないことがわかったのだ。
男の「階級」だけ確かめて女は帰っていくのだ。
2とランクされたら、次は4でさらに次は16だ。
3とランクされたら、次は9でさらに次は29だ。
29まで行くのならば「セックスOK」というシグナルが出される。
喫茶店で男の点数は2か3しかないのになぜ緊張しているのだろうか。
政府高官は眺めていた。
4か9まで区別がついている男女ならば盛り上がり方が違うだろう。
16か29ならばお会計まで女の子が付いてくるかどうかで分かるだろう。
セックスOKならば、その後も女の子は話の続きをするだろう。
ナンパした女の子とはそのようなものだ。
喫茶店というものはそのような「物語」まで提供するものでなければビジネスとしては成り立たない。
価格設定とセックスの関係を理解しなければならないのだ。
カプローとシャベルは「お茶しない?」というナンパの意味を21世紀になってから明らかにしていた。
女の子は常に「からだは売るものだ」という発想を持っていることを忘れてはならない。
しかも、男が喜んでお金を払ってくれたというところを見ている。
男の値踏みというよりは「女としての自信」を喫茶店で見ていたのかもしれない。
「この人とならば女として生きていける」というぐらい金払いよく、しかも機嫌よくお金を払わなければならない。
三度目のデートでようやく結論が出るために、何らかの方法でふたたび会わなければならないだろうが、そのあたりはめぐり合わせだろうね。
さだまさし 雨宿り。

2017年7月18日 (火)

いじめをなくす方法。

読む前に、お楽しみください。
「本当の女を知らないで」という願いが込められた曲です。
CoCo メロディー。

神は自分に似せて人間を作った。だから我々はアドニスのために泣ける。

いろいろと病気を見たけど、ご近所づきあいをしっかりやって、ご先祖様を敬っている人は病気にならないね。

フレデリッヒ・ダニエルは「頭のおかしい女に詳しければいじめられない」ということを悟った。
いじめをネタで撃退する男は神であったし、家族の前で威厳を保てる「最高善」たる男であった。
「俺たちは命を握られているのか」といじめる側は考えていじめをやめてしまったのだ。
三位一体(三人組の間で起きるいじめ)が宗教であるとするのならば、精神医学も宗教だった。
ダニエルはランツベルグ刑務所で、常にフランスのバスティーユ王室刑務所襲撃事件のことを考えていた。
「いじめられないために精神医学に詳しくなろう」
ドイツは宗教改革を終えていて、有名女がたくさんランツベルグにいた。
有名女がどれほどいかれているかに詳しければいじめるものはいなかった。
「言葉の起源は女の失恋ではないよ。いじめなんだよ」
子供たちの前で威厳を保つために父は必要性に駆られて言葉をシンプルにまとめ上げる技を磨いたんだ。
親としての自覚が言葉を磨き上げたんだ。
ランツベルグで子供たちの前で恥をかくわけにはいかないだろ。
親であることというのはいい精神論なんだ。
外国語を知っているのならばとにかく親になれ。
いろんな人間が外国の情報に顔面蒼白になる瞬間を楽しめよ。
音楽なんてものはいかれた女たちの「秘密の中の秘密」に満ち溢れているんだ。
すべてプラトンの焼き直しだよ。
統治機構の一部でしか「音楽を聴く耳」は共有されていないんだ。
「詩は男らしくあれとしか歌っていない。役人を育てたいんだろう」
「頭のいかれた女たちがどれほど役人を必要としていたのかを知るんだ」
しかし、「頭おかしい女」の話をする男なのだから見た目で女たちとぶつかり合うのは覚悟しような。
女たちが平気で罵倒できる見た目をした男の方が女の研究をやりやすいんだ。
このこと自体、多数派とは違うアートとなるのだ。
イケメンは絵画や音楽の世界だけにしてくれ。
お札のモデルにまともな見た目をしたやつがなっているか?
これがドイツロマン派のムーブメントであり、日本でも見た目を気にしない作家が多く生まれた。
日本人は骨の髄まで「研究者とはそういうものだ」という発想が根付いている。
あくまでも経験論ではなく「理論」を語る必要がある。
女二人が罵倒しながらも「理論」を奪い合っている、この図式が一番いい。
女を競争させるのではない。「理論」を奪い合っているのだ。
すべての人間に言えることは「理論」にしかなかった。
「なんでかな?」というような美女もたまに話しに来たからまともな見た目をしていないやつをお札にしたのだ。









みんな「何が女に局部を与えたのか」を語ったのだ。
譲れない夜も生まれただろう。
真理によって笑いをとる。これが学問だったのだ。
「言っちゃいけないでしょ?」
みんなが笑ったが、真理であるとして記憶された。
まわりは笑っているだけで国際政治が分かるんだからね。
王室刑務所バスティーユの記憶だけは国内の憲法では済まない記憶として残されていた。
刑務所の三人組の中で行われるいじめから、このような世界が生まれた。
「もっと面白い話を聞かせてよ」
男二人は何度も寄って来たよ。
まるでメシアを待ち伏せしているようだった。
ユダヤ教の戒律の世界がなぜキリスト教に発展したのか?
それが三位一体にあった。
カテキズムは「メシアの前で美しさを維持してはならない。相当露骨なことを言うやつだからな」という立場だ。
可愛い子にはこのことを説明する必要がある。
女たちはフリーセックスの世界に入っていった。
オックスフォードはフリーセックスさえ宿題にしておけば発展するのがわかったのだ。
三位一体のいじめの世界に神はいた。
女たちはフリーセックスだった。
しかし、家庭内には三位一体はなかった。
カトリックだ。
この「頭のおかしい女」の研究が発達した今となっては「家庭内ではカトリック」という側面がある。
女の子たちは「いじめのない家庭内」での神聖さをカトリック教会に祈ったのだ。
16世紀から17世紀にかけて、キリスト教は憎まれたよ。
十字軍というものもあった。
なんでそんなに頭のおかしい女に興味を持つんだ?長いものに巻かれておけよ、それが十字軍だった。

イサク・ポルカーは、三位一体よりも「父と息子」の関係に言葉の起源を求めた。
「希望の使徒」「宇宙の否定」などでそのことを書いたのだ。
頭のおかしい女の話は父にはできなかった。
「モーゼ五書の戒律を覚えればいいんだ」と父は言った。
ユダヤ教は「もっと父親にあまえていいんじゃないか?」として、父親を越えようとするメシアに批判的だった。
出エジプト記第20章「私は主である」「イスラエルよ。主は我々の神であり、神は一つである」「主に形はない」などの記述があり、結局、キャンパスにおいては「いるもんだね、そんなスーパーマン」という具合に父と戦う息子を遠巻きに見ているのがユダヤ教だったのだ。
三位一体もユダヤ教の容認するところとならず、さらには「主の化身」となることも認めなかった。
なぜ、ヤーヴェに身を委ねないんだ?
ヤーヴェがすべての力を持っているとするだけで、我々凡人は父にあまえることが出来るのに。
「神、神、主よ」エルエロヒムヤーヴェ。
こういうあまったれた坊やはなぜかお金に困らなかった。
キリスト教における「息子」とは違ったのだ。
大学に行ったらあまやかされた坊やたちとファミリーになってこい。
五族協和などというお互いにあまえる世界が構築されるのを見た。
父と息子の関係が激しいものとなるから三位一体も生じるんだ。
いじめをやる奴は父親に絶対服従しているだろ。
イスラエルは、父親と戦い三位一体で戦う男を拒絶し、ひたすら「父から息子への富の移転と男同士のファミリー」を求めていた。
イスラエルに世界レベルの大学などなかっただろ。
「ホサナ!」などというバカ息子を親父は可愛がったのだ。
Prodigal son.

バカであることから仲間を作る連中がいる。
「それで女は気持ちいいのかい?」
女はただの動物ではないんだ。
チンパンジーほど人間の存在に劣等感を感じている生き物はないのだ。
しかし、チンパンジーみたいなバカな連中は「見世物小屋」を作って金儲けをしただろう。
インテリへの復讐だよ。
しかし、インテリも「いかなる動物よりも優れているチンパンジー」の研究をしなければ人間社会で生きていけなかったのだ。
「見れない聞けない、しかし二本の足で歩く」というチンパンジーの群れを研究しなければ中学校をなぜ逃げるように卒業したのかが分からなかった。
「知的な限界を抱えながら序列を作っている」
「人間をどう思う?」そう思いながら身体能力がモノを言う世界だった。
チンパンジーの世界で生き残るためには「対等である」ことを理解することだった。
チンパンジーとして生まれたことの意味をよく理解しないと仲間はできない。
チンパンジーの世界には尊敬もない、お金もない、ルールも守れない、からかわれながら子供を産むことしかできないのだ。
セミナーに出るほど頭も良くない。良いことが悪いことしか起きない。
なぜ人間社会に「多数派」が生まれるのかもわからない。
子供の世界の住人だから女にもモテない。
繁栄というものの「負の側面」があることを知らないといけないね。
誰もが「見たり聞いたり」できるわけではないからな。
こういう連中にこそ「お金がモノを言う」んだよ。
口説き文句を教えたって意味がない視覚聴覚障害者の存在を知った。
人間社会で起きていることを共有できないのだ。
ホモ・サピエンスとしての男らしさにすら興味がない。
自分を劣等遺伝子だと思っているから周囲にも痛みを要求してくる。
チンパンジーから利益を生み出そうと思うのならば、そのような視覚聴覚障害者の行動原理を研究することだよ。
他人を尊敬できないのは能力的な問題なのだ。
ひたすら「障害者の繁栄」を祈っていた。
しかし「夢を見ることが許されない人間」と位置付けられていたのだ。
処女とセックスできる男らしさもなければ、犯罪を犯さないという基本もわかっていない。
動物の研究をしないと視覚聴覚障害者のことは分からないでしょ。
チンパンジーとして生きなければならない不幸があるんだよ。
「俺も人間なんだ」
このように主張するしか仲間作りの方法はないよ。
人間社会の巨大組織には圧倒されていた。
特別支援学校出身というアイデンティティは大事にした。
「対等な」人間はそこにいたからね。
みんなセックスが下手だった。
洋服や食べ物に不自由したのが問題だったね。
「女にモテない」ことから様々な「人間らしい自己表現」をする連中だ。
辻井伸行 ラカンパネラ。



【本題】
御本人の口から語られることはないであろうが、私が直にお目にかかった時に、美智子皇后の「顔色が茶色い」ということが気にかかった。
これは「農場で育った娘」特有の症状であり、情報を急激に与えられた女の顔色だった。
美智子皇后は、正田家の娘ではなく、農場の娘であり、東京大学の女史として知られた女だったのではないか?
と私は疑った。
人混みに出ると感染症にかかりやすい田舎娘であり、抗生物質の大量摂取からも顔色が茶色くなっているのだろう。
良家の子女はみんな顔色が茶色くなる。
知識の発展段階で睡眠薬などの薬に頼ると顔が茶色くなるとも言われる。
教育が健康に悪影響を与えるのは事実だ。
酒を飲むために顔が茶色くなっているのも間違いない。
性病にかかった時のペニシリンも肌に悪影響を与えている。
おそらくクラミジアだろう。
肝臓が悪い人が「もう働けない」と言って皇室に集まってくる。
ハーブティーの重要性を知らないといけないね。
王室というのは「南国の持病」なんだよ。
オリビアを聴きながら。
妊娠中のインフルエンザワクチンがなかった時代は、肌に致命的な悪影響を与える。
徳仁親王は、美智子のヘルペスに感染して生まれた。
小柄な男だ。
徳仁親王は、眼に黄疸があり、肝臓に問題を生じさせていた。
言葉が不自由で、歯の治療も繰り返していたのだ。
肝臓とはそのようなものだった。
美智子は「孤独に耐えられない」ということも指摘していい。
美智子さまご成婚秘話。
徳仁親王は、おちんちんのヘルペスにかかった。
ヘルペスとは「痛み」のことであり、これは首や腰に伝わる。
母が子供の頃、さすったことから母の手は「神」となっている。
このことを「ピアノを弾く」と呼ぶ。
下痢というものは口で「根性の歌」を歌わない限り治らないね。
山崎康晃。
美智子は英語を好む。
つまり、日本と英国、アメリカに責任を負っているということを意味する。
たとえ、その国の看護師になれる程度の語学力しかなくても、語学ができるということはその国に責任を負うことを意味するのだ。
おそらく「その国の小児科と関わることができるから」だろうとされている。
また、アメリカや英国の学問だけがこの深刻な病気に太刀打ちできるのだろうと言われるほどの先端医学を英語圏がすでに知っていることからも、責任を負いたがる理由は見つかる。
英語圏の手術台における医者のチームワークを評価しているのだ。
飛行機が怖くないのは「医学を信用しているから」だとされる。
外国語がわかる人は「自分への投資」をエスカレートさせていくとされる。
これも「病状の説明を長々とやらなければならないから」だとされる。
どの国の医者も「その道一筋」の人は似たような質素な暮らしをしている。
このことから清貧を愛するという発想も生まれる。
患者を助けるためには「医学の発展を待つ」という長い目が求められるために、人を育てる根気が養われる。
美智子はカラオケを私と歌った時に「ブラボー、アンコール」と言った。
医者の血筋と言われるように、外国語を学んだ人ほど家柄にこだわる。
2003年にヒトゲノム解析が終わり、2009年のインフルエンザの脅威を押さえ込んだ時に、アメリカ人も「家柄」を持ち出すようになった。
この時ほど「遺伝」というものを人々が考えたことはなかったのだ。
「可愛いだけの女の子」の時代は2009年に終わっていたのだ。
これ以降、「お父さん」を語れない女の子は夢が見れなくなったが、まだ日本人は気がついていない。
美智子はおそらく戦争の影響だろう。人の命があまりにも軽く扱われたため、家庭内に「命の軽さ」が持ち込まれ、とにかく「馴れ合い家族」となっている。
「まごころ」はこのようにして育まれたのだ。
【これが医学が社会に与えた影響だ】
そう思った。
「体調が悪ければ肝臓のせい、負ければ心臓のせいにする」
男社会は大変だ。
秋篠宮佳子。
地方に行くと地方特有の病気があることがわかった。
しかし、「気候変動で世界にすでに拡散している」と考えて、アメリカやイギリスを振り向いた。
「だって田舎にもいろんな家電製品はあったでしょう?」
密度の低い髪は耳に向かって生えている。密度の濃い髪は耳とは反対側に生えている。
イヤホンを聞いて髪が増えるという事実がある。
耳と髪の関係も知っておいていい。
一方で、ヘッドホンで大音響を楽しむ人は「小さな音が聞こえない」という理由からイヤホンではなくヘッドホンを使っている。
目の動きが左右で異なるなどのメニエール病を疑わなければならない。
寒さや、夜の頭痛から頭が痒くなる人がいる。
他人のヘアブラシを嫌がる人の理由は知っておいていい。
子供の頃、瞬発力が必要な運動をした人は、のちの人生でカルシウムを必要とし、カルシウムをとらないと他人をいじめなければ細胞が膨れてきて死んでしまうという病気になる。
人に人生を否定されることからいじめというのは生じている。
キャラメルが好きな人にいじめっ子はいないよ。
カルシウムをとらないと耐えられないだろうね。
梅毒というのは「人々から注目されなくなった」人がかかるものだ。
結核や興奮しやすくなる病気(ハイパーテンション)などによって別の意味で人々に注目されるようにならないと治らないだろう。
激しい運動をした後にがっかりした時には痙攣を起こすね。
子供は孤立した環境で痙攣を起こす。自分の家がすべてだからだろう。
ママ友とかがいないと厳しいね。
感染症に抗生物質は本来必要ない。
お風呂で体を洗う(0.005%ブリーチ)さえやっておけば性病にもならない。
先生が明確ではないアスリートは水虫やいんきんになる。
多くの日本人のいんきんを治したアインシュタイン。
アインシュタイン。
麻生太郎は咳が止まらずに、大騒ぎして、他の重大な症状を医者が見落としている。
たとえば背骨の肥大化であったり、心臓であったりが「咳で大騒ぎした」ことから医者に嫌われて、見落とされている。
筋肉の腫瘍の痛みも組織のメンバーとして「咳で大騒ぎした」ことから痛みを見落とされている。
「咳はたいした問題ではない」と医者が言って家に返さないからこのような重大な病気にかかるのだ。
嫌われ者は医者との付き合いにおいて非常に不利な立場に立たされる。
これが、咳で大騒ぎをするという意味である。
肝不全で死ぬとはこのような人のことだ。
ジャージのパンツの下にシャツを入れている日常を見ると肺癌だろう。
麻生太郎。
体の横が痛いとバスや電車の「奥」に進めなくなる。
ヘルニアだよ。
美智子はギャンブルをやる。
このことは前頭葉の病気を意味し、甘い食べ物で簡単に釣れる。
ネットのフィッシングをやったり、浮気をしたり、常識がなかったりするのが前頭葉の病気だ。
いずれにせよ「有名になりたい」という人は常識がないわな。
ビタミンB12をとらなければ治らないだろ。
美智子は絵も描いた。
骨や肉を描く人物画を描くということは「心の病」に興味を持つということだ。
「人間の痛みに興味がある」という側面は否定できない。
ドリカムの吉田美和は、パートナーの中村がステージで見せるハイソサエティの顔と、日常生活の最下層の顔のギャップに日常生活で声を失っているね。
中村の輝きを見てステージで声を取り戻すのならば問題はないだろ。
病名はジフテリアだが、お風呂で体をゴシゴシこする習慣が声を良くする。
ホットミルクも有効だ。
ドリカム 何度でも。
矢口真里が、タオルをかぶってうつむいているのを私は目撃した。
めまいとは頭を打ったか風邪をひいたかによって起きるものだ。
矢口真里は、息子に殴られていた。
なぜだろう。
「病気だな」
ミニモニ ジャンケンぴょん。
父が医者で、医者としての経験を積みたいと言って娘の腎臓を一つとる因習が日本にはある。
矢口真里は、医者の家に女の子として生まれ、里子に出されている。
腎臓を一つとると人間はどうなるか?
「心臓が25%弱くなる」とされる。
家庭内の修羅場で臆病風に吹かされるのだ。
このために息子に「その弱さが憎まれる」ために殴られている。
女が臆病風に吹かれたらどうなるだろうか?
とにかく「ヒステリックに叫ぶ」のだ。
おしっこの流れが片方しかないとどうなるだろうか?
おしっこするたびに「ショック」を受けてトイレから出てくるのだ。
匂いフェチというが、実際は気が小さいために「救世主」だと思った人の匂いを必死で嗅ぐ癖がある。
てんかんである。
同調率90%という感情になったら、毎日、会いにくるだろう。
久本雅美は、矢口真里と同様に腎臓が一つない医者の娘であるが、本当に心臓病になり歯茎が腐っている。
この両者の違いは、歯磨きの時の出血すら怖いという久本の気の弱さからきている。
たとえば久本雅美が外国出身で、日本語で「歯の磨き方」を教わらなかったという可能性も指摘できる。
腎臓が一つない女性はおしっこする時のノイズが大きいとされ、それもショックの原因なんだろう。
8歳になるまでの栄養状態が極めて悪かったことも彼女の出生の謎として歯に表現されている。
久本雅美。
いじめっ子を演じるなどしてHIVの陽性になると、歯医者が治療を嫌うことから「このままの歯で過ごすしかない」という状態になる。
「若い頃、人生に意味が見出せなかった」ということは指摘していい。
HIVの陽性反応が出ると、母の「傲慢さ」が1%の確率でウィルスのように息子に伝わる。
ベニスが痛いとういう子供ができただけで「エイズがうつった」と人々が大騒ぎするため、HIV陽性の女はセックスさえ避けてしまう。
発展途上国では「HIVウィルス神話」が根強いために、母乳で育てるなという指導がなされ、子供たちはアイスクリームすら食べられなくなる。
神田沙也加は、家族の歴史、つまり父方の家族に興味を失ったために表情がない。
国生さゆりは肝臓が悪いために首にタオルを巻いている。
なにかおかしいと感じるだけの肝臓も、裕福な人は尿を調べたり血液検査をやったり、ありとあらゆる手を尽くす。
その上で「肝機能が悪い」と言われるのだが、実際の治療につながるのかはあまり分かっていない。
医者は患者との関係を「簡単にしたい」と考えているし、間違った診断を恐れているために「カンゾー先生」などと呼ばれる医者もいた。
患者の「体調の悪さ」を数値でわかりやすく説明しやすいから血液検査が医者に好まれているに過ぎない。
治療というものはお金を払ってやってもらうものだ。
コストに見合う対応しか医者は行わない。
すべての「体調の悪さ」を肝臓のせいにはできるが、もっと研究を深めなければならない世界が肝臓なのだ。
特定の患者にエネルギーを使い過ぎずに、適当に診察して適当に生きていくという発想が求められる。
医者はどうしても「証拠」を欲しがる。
そのために用いられたのがコンピューターだった。
それでも今までのメディカルレコードを集めることしかできない。
その人の病歴すべてを集めてアプローチするしかないのだ。
体調が悪い人と付き合ってみて、本人が「退院したい」と言い出すのを医者も待っている。
胸の不快感を訴える人には「肝臓ってどれほど大きいか知ってますか?」と言うしかないのが現状だ。
太った人の体調の悪さ、あるいは体調が悪くなくても何でも肝臓のせいにするのは良くないね。
ニトログリセリンを飲めば体調は良くなるかもしれないが、細かいことまではわからないよ。
こうなると「医学の失敗」は全部、肝臓のせいになるよ。
モルヒネ、メペリジン、ニフェジピンなどを適当に使うしかないだろ。
本当に死にそうになって初めて真剣に取り組まないと割に合わないし、どうせその時は死ぬだろ。
はしかというのは2ミリから3ミリの斑点が出る病気だが、三週間寝込んでしまう。
妊娠中にはしかになって髪形を変えてしまう女性もいる。
国生さゆり ノーブルレッドの瞬間。
小林麻央が亡くなられたが、「ご先祖様に興味がない」ということから癌になるのだ。
ご先祖様の記録を集めるということはもっともいいがんの予防になる。
ご先祖様を捨てて名家に嫁いだらこうなる。
小林麻央の訃報に接した芸能人。
タモリは、子供の頃、父親に殴られたために左目が見えない。
朝日新聞の岩井記者もそうだけどね。
人間の目は、光を見る時に右目の方が左目よりも輝いて見える。
左目が見えないと「人に同情できなくなる」とされる。
タモリだ。
人に同情できなくなると味がわからなくなるため、タモリなどは食事で人の気持ちを知ろうとしている。
片目の人はパチンコをやらないが、タモリは「スロットが好きだった」と言っている。
すごい発明だね。パチスロは。
目をつぶれと言って、冷たい金属(フォークなど)とお湯に浸した金属を肩にあてて、「異なる感情」を目覚めさせてやるしか方法はない。
床屋で足に128ヘルツのマッサージ器を装着するが、それだけで「目が見えないのかどうか」が分かる。
気持ち良さそうなリアクションを片目の人は行わないのだ。
施術とはそういうものなのだろう。
rebecca チェリシャッフル。
ビートたけしは、眠れないために編集部長をやっている。
作家と話す作業は眠るのにちょうどいい。
外科手術が原因だ、
たけしさんは、労働組合の窓口をやり、「みんながワーワーいうからおかしくなった」と証言しているが、実際は陰湿ないじめによるHIV感染者が出たことにより、各自の身内で毒殺者が大量に出たことへの恐怖心をこのように表現しているのだろう。
たけし自身が、ココナッツサブレーをバリバリ食べていることから、彼も毒の入った水を飲んでいたことがわかる。
たけしさんは風邪をひいたことによって肝臓にダメージを受けたためにタオルを首にぶら下げている。
本人が快適ならばそれでいいだろう。
人が書いている文章をコピーしているうちは子供がいない証拠だ。
たけしさんにもその節が見られる。
フライデー事件とはなんだったのか。昭和の謎というしかない。
また、取材旅行を好むあたりは兄、勝あたりの子供が助けを求めるのかもしれない。
脳にダメージを負うと人の真似をする。しかも、うまくいった人の真似をする。
私もたけしさんに新聞ネタを真似されたが、悪口を言う能力は損なわれない。
稲垣吾郎は腰痛に悩まされている。
世界を旅したことからマラリアにでもかかったのだろう。
抗うつ剤や鎮痛剤で対処するしかないだろうね。
鎮痛剤は痛い部分に注射してしまってもいいし、サロンパスなどの「熱による対処」も可能だ。
軽い運動だけではなく、スプリントのような急激な運動も腰痛には有効だということを知らないといけない。
腰痛により欠場するという野球選手は、一塁へのダッシュがむしろ有効だということを知らないと選手生命が終わるだろう。
マラリアだよ。
エジプトと暑い夜は先進国が向き合わなければならない復讐だね。
稲垣吾郎。
栗山英樹はエアコンを好む。
虫が怖い、感染症が怖い、などの心臓の弱さからくるものだ。
医者を転々として「話にならねえ」と思ったことがあるのだろう。
C型肝炎で臓器移植を受けた人のための感染症予防のためにエアコンというものは作られたのだ。
肝臓が健康ならばエアコンは使わないだろ。
臓器移植だけはしっかりエアコンディショニングして感染症を防がなければならないね。
栗山英樹。
中居正広は、女の子として生を授かったが、おじいさんが男の子を望んでいて、男の子にさせられている。
それを秘密にしているため、医者もホルモンバランスの崩れに有効な対処法を見出せないでいるのだ。
中居正広の上半身の神経痛は出産を経験したことからくるものであることなどを見抜かないと、医者も女性ホルモンを投与しようとは思わないだろう。
中居正広。
草彅剛は、赤血球が多くなった時期に裸で外に出たね。
体の赤くなった部分が気になって気になって人に見てもらいたいんだよ。
草彅剛。
三田寛子がレミオロメンの「3月9日」をそのまま真似して歌っていたが、これも「子供がいない」ということを意味する。
この曲の本当の意味は「春は女がおかしい」というところにあり、「私は子孫が残せないのかな?私は動物なのかな?」ということからもおかしいことがわかる。
言っていることは「実在する人物になりすます」というもので、別の女の顔で出てくる物語だ。
最後には失意のもとに救済を得て平穏に至るという妄想をしていると思われる。
三田寛子はお酒を飲まないために、お金の心配もなく、頭痛もなく、胃痛もない。
言っていることは健康的な話なのでいいんじゃないか?
嘘というのを英語で「lie」と書くだろ。
検索すると「裁判官」「信じる」「家族」などの意味が含まれていることがわかる。
彼女が「裁判官の父親がいてプロフェッショナルのチームプレーに憧れていた」ことが推測できる。
子供の頃、大病を患い、両親がジェット機まで使って、医療チームを組ませ、本人はチカチカした光しか見えなかったところあたりから、彼女には忍耐力がついたのだとされる。
「嘘をつく」というのは周囲に高度な学習をさせる。
三田寛子は、「とにかく情報に満たされたい」と考えているが、役に立つ知識がなかなかなく、とにかく「情報のコントロール」をやることを覚えているのだ。
会った人の顔をイラストにしたり、時系列を記したり、時には録音したりしながら生きているのだろう。
「患者は医者に嘘をつく」
このことは精神医学の永遠のテーマだね。
三田寛子に限らず、芸能人は「鼻の病気」になる人が多い。
あれは「昼夜逆転」によって光のエネルギーが乏しくなることから生じる。
目で見るものは法律の教科書しかないし、耳で聞くものもない。
目や耳でから得るもののエネルギーに気をつけなければならない。
小説を読んだのならば「劇場版」は必ず見に行かなければならない。
頭脳だけで生きていこうと考えることの危険性を知らなければならない。
頭とからだは六つの神経でつながっているのだ。
芥川龍之介の「鼻」の治療法の答えは、頭を左に向けて30秒、右に向けて30秒、正面を向いてうつむいて30秒という運動を繰り返すことだった。
伊藤真の司法試験塾の伊藤は子供が生まれてからブロックカードが書けるようになったのだろうね。
伊藤真は港南台高校から東大法学部に入っていて、彼の虚言もとんでもないけどね。
不衛生な水から感染症を引き起こしていて「女のタバコの息が耐えられない」んだよ。
レミオロメン 3月9日。
藤原紀香が離婚した理由は「夫のED」以外に理由がない。
夫が「女にもわかる話ができない」ことから女に「会話になってないよ?」と突き放されて勃起しなくなったのだろう。
男はセックスに失敗するから勃起しなくなるのではない。
ワラント(女にもわかる話)を知らないのだ。
ひたすら「女にもわかる話」のできる男を求めていて、男を傷つけている。
今の夫とももめているんじゃないの?
男は「セックスの失敗」だと考えがちだよね。
藤原紀香。
独特の歩き方をする人がいるが、あれも脳に損傷を受けているために人の真似をしている。
たけしさんはそこまでひどくはないようだ。
左の脳に歩き方のコツは記憶されている。
松本人志が、「歩き方を学習していない女性」の真似をしている。
松本人志は、おそらく「ペンのキャップを外して逆さにはめて、そのペンで文字を書く」という作業ができないんじゃないかな。
また、肉などのタンパク質を摂取しないとトイレでおしっこをした時に倒れてしまう。
肉を食べても尿にタンパクは出ないだろ。このプラズマコントロールが発作と関わっているようだ。
「クリープのないコーヒーなんて」という人は深刻なてんかんの悩みを抱えている。
血圧の低い日は久本雅美に「姉さん、ドライブに行きませんか」と誘っていたが、その日の気分で言っているだけだ。
本当に約束を守らせるためにはやはり肉などのタンパク質が必要だ。
怒らせたら必ず「焼肉に行こう」という必要がある。
焼肉を食べる約束ならば必ず守るだろう。
たくさん食べたりお酒を飲んだらした日の翌日に血圧が低く、一緒に飲んだ日の翌日になぜか待ち伏せしていて「偶然のように」出くわすことがある。
低血糖の時に「俺はもうメシが食えないのかな?」というトラウマや頭を打った時の記憶がよみがえり、救世主だと思って待ち伏せしているのだろう。
矢口真里もこれで何人の男を追いかけたことか。
「人の可能性」に敏感なのは事実だろうね。
明石家さんまも「なんかあるんやろな」とよくテレビで発言している。
強制されてもいないのに坊主頭にしたらそれはもう「健康に対する警告」だよね。
松本人志プラベート。
彼の独特な目つきを見て欲しい。論者によっては「薬をやっている目だ」という人もいるが、答えは「ひたすら目で人の病気を見ている」のだ。
あるいは「有名人を多く見たために目つきが変わる」のは脳腫瘍からくるものであり、彼が歩き方を忘れた理由でもある。
目は「俺の病気を知ってくれ」と人々にアピールするために鋭くなる人もいる。
レントゲンをとってやっただけで目つきは柔らかくなるものだ。
あるいは、目の前で手をふって「二つの標的」を作ってやる必要がある。
目つきが悪いのを気にしてサングラスをしてしまう人もいる。
人間の「光」にせよ太陽にせよとにかく敏感なんだ。
目が鋭くなる分、耳が聞こえなくなるとめまいがして大騒ぎする。
中居正広と木村拓哉。
子供などは偉い先生の前で目がキョドッたり泳いだりした後におしっこをしてしまう。
おしっこを漏らす子供が他の子よりも「遅れている」のは事実だろうね。
田代まさしは「低いコストで人の病気を見る」つまりおしっこが好きなのであって、パンチラを見るというのもそのような理屈だろう。
田代まさし。
吉田沙保里はレスリングという「減量が必要なスポーツ」をやっていたため「敵がダイエットの失敗を祈る」という経験から常に食べたり飲んだりしていなければ落ち着かないという病気になっている。
夜、おしっこに行くことを禁止された経験がある人も水分を取らなければ顔が真っ赤になるね。
シンドロームという名のつくものはすべて水分で治るんだ。
肺病のトラウマから人はタバコを吸うが、肺に穴が開いたのならばコーラ、喘息ならば栄養ドリンクで済ます人もいる。
人間は太ったら恐怖に強くなるし、痩せたら弱気になる。
糖尿病は、恐怖のコントロールがうまくできない人がかかる病気で、のんびりと暮らしていればかからないものだ。
ミネラル麦茶を大量にとるということは「骨の問題」を抱えていて、年に一回の血液検査が必要だ。
遠回しに言っているが覚せい剤の使用に注意を払わなければならないということだろう。
吉田沙保里は、言葉を失った。犬に噛まれたからだ。
彼女に必要なのは「泣く」ことだね。
加護亜依。
和田アキ子さんは唇による男の誘惑と、むかし覚えた嘘泣きで、ギャグが冷めた後に興奮状態に陥って周囲をパニックにさせていると思う。
これがゴッド姉ちゃんの正体だ。
みんなが笑ったあとに必ずフォローが必要なのだ。
アッコにおまかせ。
みんなが冷めたら極度に興奮するのだ。
天皇明仁は、「男の先生の朗読」を聞いて口が開く(下唇が垂れる)という症状を見せている。
男の方がより威厳があるからだとされ、口での呼吸や体温の因果関係が指摘されている。
瀬能あづささんもそうだった。
歩くのが遅いということは栄養不足を意味し、だいたい「老い先が短い」ことが分かる。
ストレスに耐えられないんだよ。
飲み物を大量に飲むというのも栄養不足を意味するし、トイレの禁止をしないことが大事だ。
栄養不足の人は汗をかきやすいというのはもはや人生に根ざしたものであり、食べればすぐ治るというものではない。
汗をかきやすい人が下痢をしたり吐いたりするのを見ているのだ。
痩せていなければ成立しない職業というのは確実に存在する。



瀬能あづさ もう泣かないで。
「読み聞かせ」よりもより臨場感のある授業が必要となる。
天皇明仁は、心臓が悪いが、先進国で「心臓が原因の死」は17.9%で、発展途上国で10.1%である。
サブサバラン(エジプト)ではわずか2.6%となっている。
1991年から1994年にかけてロシアでは心臓が原因の死は倍になっている。
国の発展、そして命の値段が高まると人は自分の心臓に興味を持つのだ。
世界の貧困は減ってきても、医者の心臓との向き合い方に関する考えは技術的には1950年代から進歩していない。
いまだにペニシリンを用いて手術している以上、仕方がないだろう。
しかし、国が発展したのならばよりクオリティの高い心臓に関する医療施設を作らなければならないだろう。
自分の命が惜しくなったんだ、医学なんて金儲けだろ。
HIVの陽性反応出たぐらいで、死ぬのが怖くなって大騒ぎするのが心臓病みたいなものだ。
1960年代に白人の間で心臓病が流行ってね、命に無頓着な人種には関係がなかったんだ。
心臓を邪魔するものがなければ血圧が下がるよ。何か自分の「最も落ち着いた状態なのか」をしっかり理解しないと心臓の問題で大騒ぎするんだ。
誰も心臓発作を起こさない横浜スタジアム。
学問が実らない、結果が出ない、自分のベストコンディションとは何か?を問い続けるとなんでも心臓のせいになる。
男社会は「最高の男と最低の男」が常に心臓病をめぐって落とし合いをしていると思った方がいい。
どうしても落ち着きがわからないやつにはフェニトインやセオフイリンを与えるしかない。
てんかんの発作ばかり起こしているとそんな境地にもなるんだろう。
1997年から2012年の間に、このことを理解しないで心臓病で死ぬ女性がどれほど増えたことだろうか?
女にも「男社会の優劣」が波及したのだ。
天皇陛下。
松浦亜弥は、常に顔がにやけているが、かつて「犬を見る表情」が「車の大量保有」によって固まっている。
孤独感がぬぐえない人は自分で自分の名前を連呼する。
松浦亜弥 ね〜え。
宮前真樹は、セックスによって熱を出していたため、セックスの時の出血に悩んだ。
生理の前におっぱいが柔らかくなることを知り、自分で自分のこと「セクシーダイナマイト」と呼んでいる。
また、生理前に食事を大量に摂取する癖があったために「顔が丸い人」と呼ばれていた。
子宮内膜症は、黒人やヒスパニックの方がアジア・コーカサス人よりも罹患しにくい。
「どうやって大人になったのか?」という理解が足りない時期にセックスしていて、妊娠と生理の区別もつかなかったんだろう。
膣の成熟が足りなかったんだよ。
「女って何?」
それを問い続けていた。
便秘をしているときは特に「女」について考えた。
生理が始まったかどうかという時の性交が彼女の人生に影響を与えている。
クリトリスの感度が異常に発達するため、セックスは愛せなくなった。
女性ホルモン治療を行う必要があっただろう。
塩辛いものを食べると「下の口と区別がつかない」と考えてしまうため、塩分を嫌うようだ。
クリトリスバキュームとの出会いも時間の問題だった。
子供の頃、男の子のヘアースタイルをしていたであろうことは想像に難くない。
髪の生え際が男のように不明確だったからだ。
どの女の子もそうであるが「これが理由で男の子との違いがわからなくなる」女の子がいるのだ。
女性ホルモンの問題なんだ。
なぜ胸の柔らかさが「セクシーダイナマイト」かわかるでしょ。
宮前真樹 夢へのポジション。
雅子さまは、喘息であることを私は確認した。
肺水腫につながる可能性があり、子宮からくるものだ。
出産が原因なんだろう。
肺や心臓の精密検査が必要なのに放置してあるから、意味不明な病名を自分で出してくるのだろう。
放置すると肺水腫になる。
心臓も10分間は心電図で検査しなければならないし、30秒から60秒の「T-Wave」の深さを見なければいつ心臓発作が起きてもおかしくない。
おそらくすでに何度も心臓発作を起こしていて恐怖でパニック障害にはなっているだろうね。
ウェーブの見方次第ではペースメーカー細胞になんらなの処置が必要だ。
ペースメーカー細胞に刺激と回復の機能を与えるのであり、機械を入れるというものではない。
刺激と回復の機能は、量と方向をコントロールするために皮膚の表面に装着するのだ。
脈拍を測るときは「トッ、ドッ、ド、トッ、ト」という5度の反復を何度も聞く。
4回目の「トッ」の深さを感じることができれば「T-Wave」が理解できる。
自分の心臓なんてこれで分かるんだ。
雅子さま。
秋篠宮は、酒、タバコを愛し、もっと文化を豊かにする必要があったが、わがままさが災いし、「シートベルトをしないまま交通事故を起こした」ために急激に痩せている。
交通事故や喫煙歴などのメディカルレコードが残されていない限り医者には治療は難しいだろうね。
終末期医療の対象に何らかの理由でさせられると「家族への約束」を破ったり、搬送の途中で死亡したりする。
彼も敵が多いことに気がつかないという善良さを持っていたのだろう。
安楽死が合法的なオレゴン州ではとっくに殺されていただろうが、彼は権力とはもはやかけ離れているという「生命の軽さ」を感じている。
交通事故を起こすたびに「痛い痛い」と大騒ぎして終末期医療の対象にされていたという点も彼の特徴だ。
「痛み」というのは測定できないから騒げば騒ぐほど損をするのだ。
「死にたいか?よし分かった」という国ではなくてよかったね。
「どうせ俺は死ぬんだろ!」と言って食べるのをやめてしまったのだ。
こんな情けない男への家族の落胆は大きく、わざと「ゼーゼー」と死にそうな息をしていたのもみんな分かっていた。
秋篠宮殿下。
家族にすら「殺しちゃおっか?」と言われた。
ナースコールを押しまくったのも彼には不利に働いた。
「死ぬってのは寝てるということとどう違うんだ?」という発想が、彼をこのような行動に駆り立てた。
「昔、お葬式ではみんな寝ていただろ」
どこまで甘やかされていたのだろうか。
高円宮妃久子は、アルコール中毒であるが「酒さえなければ防ぐことができる死がある」ということを指摘しておきたい。
「痩せる、運動する、シートベルトをする」などの生きるための基本を酒で忘れるのだ。
もっと教育が必要だっただろうね。肌の色の白さは驚異的で、何も学んでいないことがわかる。
ヘルメットを被らないでバイクに乗ったり、自転車に乗ったりすることも危険だ。
大学で酒を飲むことを覚える人がいるが、「酒に興味をなくすため」に高等教育は存在すると言っても過言ではない。
酒を飲んだりハーブをやったりするのは「心の闇」を抱えているからであり、心理カウンセラーを用意する必要がある。
体重を考えると女性の方が男性よりもアルコールに弱く、また、消化機能も弱い。
高円宮妃久子は「夢も見ない」と発言している。
心の闇と言っても「夫のDV、胃痛、頭痛、摂食障害」であるという現実的な解釈が可能だ。
「太っていることをバカにされた」などの些細なことが案外、トラウマになるものだ。
教育のある女性は「酔っ払っている私」をみっともないと考えていることからも、いずれにせよ教育の問題であると言える。
酔っ払っている私をみっともないと考えてしまい、精神安定剤を飲む女性もいる。
久子は「酒を飲むといいダイエットになる」と考えている節もある。
「心配、うつ、不眠」などがともなう世界であり、彼女の文化は極めて暗い。
常に「痛風を避ける」ということを念頭に置かなければならないし、みんな胃潰瘍になったという経験を共有している。
案外、「暗い連中が群れている」のが飲み会だということも知らなければならない。
肝臓の左側、心臓の右側という極めて面倒な箇所への腫瘍にも気をつけなければならない。
「心の闇」を持っているという現実を理解しなければならず、この暗い世界を愛するのがアルコール治療であるとも言える。
高円宮妃久子スピーチ。
生活保護や金の話ばかりなどの世界だ。
この世界と向き合わなければ「戦争に勝てる国」にはならないだろうね。

本当の女を知らないで。
CoCo メロディー。

最後に、このような研究は医学の観点からなされるものであり、ハリソンの医学書を参考にしている。
メディカルチャンピオンの座を日本国も手にするためには避けては通れないものだ。

頑張れ私女。

モンターニュは、哲学者だったが、エッセイだけは歴史に残った。
「セックスが生み出す俺たちの知らない世界」をエッセイにしたのだ。
モンターニュはブルジョアの生まれで、フランスのフランソワ1世のために父親はイタリアで戦った。
16世紀の話だ。
ボルドーの大学に進んだが、もっとも人間の見せる「瞬間」に満ちた大学だったのだろう。
法律を勉強したようだがどこまでやったかは明らかでない。
37歳で人生に疲れ果てた時に父親の城に帰ってきた。
彼の法律の探求の世界がどのようなものだったかは分からないが「モンターニュの言葉はメシアの言葉」と呼ばれ、カトリックもプロテスタントも注目した。
彼の言葉が、現在のアメリカのツイッターで140文字つぶやかれているのが現状だ。
19世紀に「ボルドーコピー」というのがまとめられた。
彼の言葉には「怠け心がなかった」「嘘がなかった」「ゆっくり話した」「子供を大事にした」ということが言える。
柔軟にアカデミズムの情報を取り入れていったのだ。
「人が動物より優れている」という衝撃を西洋社会に与えた。
言葉がグローバルスタンダードだったことも魅力だった。
キス、胸、セックスという基本を踏まえていたことも魅力だった。
詩や歴史書や哲学書の読書量も彼の言葉が物語っていた。
彼の法律家としての人生を彼は見つめ直したのだ。
「地球はまだ動物だったのか」という境地にもなった。
まだ空はあったし、おそらく神も天使も空にいたんだろう。
そう考えざるを得ないほどの修羅場を生き残ったとしか思えなかった。
いじめにも耐えていたことは明らかだった。
「忍耐力のない子供へのメッセージ」こそがコピーライトだと発言したこともあった。
やがてプライベートを充実させていくであろう子供達に宛てたものだった。
それほど大人になっても「社会に馴染めず、知識も満たされていない」人たちが多かったのだ。
非常に忍耐強く、そして権威を簡単には信じない、それがモンターニュの特徴だ。
メチャクチャな人生を生きた者がキリスト教に怒られる、この図式を描いた。
古典的でありながらか発明だったのだ。
「人間は定義のない人生を生きている」
目の前にいるパートナーとのセックスの可能性の探求でもあった。
「私には分からない」「おそらくこういうことだろう」「本当かよ!」これがコピーライトの基本であったのであり、イベントと絡まなければ真実は誰も分からなかった。
苦しい人生の中で何を見てきたの?みんなが錯乱している中でなぜあなただけが冷静なの?
モンターニュはアイドルに騙されなかった。
学園生活の思い出や、詩に浸った時期を常に頭においていた。
権威の「独善」よりも法律家としての経験の方が勝っていると確信していた。
「神がこんな空間を私に与えてくれる限り、私はエッセイを書くだろう」としていた。
このことを悟った時に、彼は法律家としての苦しい人生を捨てて父親の城に戻っていったのだ。
「マスメディアよりもマシなことが言える」
これが大事だった。
メデイアの人間のような浮ついたセックスよりも「重いもの」を知っていた。
法律家をやめた彼の言葉は非常に喜びに満ちていた。
聖書が描いた「歴史的瞬間」も法律家としてその意味を探っていた。
「男女の痴話喧嘩だよ」
多数派が信じている「幻」の中に自分のスペースを探し続けた。
「キリストはグローバルスタンダードだよ」
みんながそう考えていた。
「世界がどう見ているのかを彼に聞け」
女のからだ争いが男らしく語られているだけではないか?
女は自分よりもセクシーな女に吐き気を感じている。
それをただ「男言葉」に直しただけのことをメディアの権威が言っているに過ぎない。
モンターニュは、若い頃のデカルトにそのことを伝えた。
デカルトは法律家ではなかったが、このことから「言葉磨き」を始めている。
「女のからだ比べを男言葉で語っている」
これさえ分かれば、メディア論は終わってしまった。
モンターニュのキャッチコピーは次々にイベントで影響力を増していくだけだった。

2017年7月16日 (日)

クローン女。

羊のドリーは、優れた羊の細胞から生まれたクローンだった。1997年2月のことだ。
ドリーは混乱とパニックを世界に引き起こした。
「人間でもそれは可能なのか?」
ドリーは羊の皮を被った狼だったのだ。
人間の生殖に、極めて危険な段階をもたらした。
ドリーは今、スコットランドの国立博物館で多くのスタッに囲まれて生きている。
2005年に国際連合が「クローン人間の禁止」を宣言した。
しかし、哺乳類での実験は何度も行われたのだ。
クローン人間を作ることには私も反対だ。
しかし、議論はしなければならないだろう。
モーニング娘。 情熱のキスを一つ。

クローンとは何か?
すべてのゲノムにいたるまでDNAを同じくするものだ。
胚が分裂を始める時に、通常はDNAは「逃げてしまう」ものだが、ここに電気を与えることにより、胚をドナーとまったく同じものにすることを言う。
しかし、ドリーはフィン・ドルセットの羊の100%コピーではなかった。
ミトコンドリアの影響だった。
胚のDNAをまったく同じにすることに成功しただけだった。
ドリーは確かに画期的だった。
しかし、生物学的に「何が不可能なのか?」も明らかにした。
細胞分裂を完璧にコントロールすることはできない。
人間のiPS細胞を作ることはできるが、オリジナルとの違いがわかるまで10年かかるためにまだ誰もやっていない。
このことはむしろ研究者の「楽しければいい」という感情理刺激した。
「治療目的」といえばなんでも通る世界だったからだ。
個体を作るのではなく、必要な心臓の細胞を作ったり、糖尿病のインシュリン生成過程をコントロールする細胞を作ったりが「オリジナルと同じ胚」に期待された。
「まったく免疫の問題がない」ことが期待されたのだ。
必要な臓器を何度も補いながら長生きするための「物体」は作れるのではないか?
なにしろ自分の体の細胞からできたものだ。
自分の体に有効な薬を確かめたりするのにラットでは不十分だった。
2011年にニューヨークのラボラトリーが「治療目的のクローン」の研究を行うと公表した。
100%同じDNaを持った人間を生み出せないことは悟っていたのだ。
「自分とまったく同じDNAをもった胚」というものに議論は変わっていった。
分裂させて同じ人間を生み出そうとはもはや誰も思っていなかった。
「敵を作らないだろうか?」という議論だけが残された。
人間を作っても「免疫の問題はクリアーできる」という意味しかない。
多くの命を救えることはわかっていた。
臓器移植というものがあったからだ。
「殺していい人間は物体に過ぎなかった」
この技術を使えばオリジナルの人間が長生きできることも分かっていた。
殺してもいい人間と生きてもいい人間を作ることができる。技術的には。
そこまでは分かったが、研究者がそれを楽しんでいいのだろうか?
卵子の提供者を「お母さん」にすることは年齢的に可能なのだろうか?
よそ者を排除した「身内だけの企て」においては何が行われるかわからない。
息子が長生きしたいといっただけで母親は高額な報酬を要求することになる。
母親の「出産」がともなうのが「免疫の問題が生じない別の人間」だったからだ。
韓国もこの研究を始めた。
殺される運命の人間という物体を生み出せばかなりの長生きが保証される。
そうなると、その人間にとって「セックスとは何か?」が議論されなければならない。
やってみればわかる。
割りに合わない存在になるからね。
ガンや心臓病が治っても割りに合わない問題を「免疫の問題を引き起こさない人間」はオリジナルの人間に持ち込んでくるだろう。
「神を信じない人間を一人生み出すだけだった」
アイドル 高橋愛。

動物でははなく人間がやることではないか?
人間の特権であるという主張がなされた。
生まれてきた子供に長生きして欲しいと親は願う。
特定の子供にとってはクローンはいい効果があるよ。
子供を産む自由もあるしね。
しかし、クローンの「冷たい血」が特定の子供にどんな影響を与えるかはわからない。
家庭内の話だ。
15年間研究してみたけど、クローンも歳をとるし病気になるんだ。
クローンに「人生計画を練ろ」といっても無理だろ。
それでは「前に進む」ということがありえないではないか。
自分の人生というものが成立しないんだ。
「遅れてきた双子」は人生の先輩をどう思うのだろうか?
人生の先輩の死を願う「遅れてきた双子」が必要か?
先輩が可愛かった頃の「幻」を親は見てしまうのではないか?
学校にも当然いくであろうし、自分の立場を着々と固めていくだろう。
もし、テニスの才能があったらどうするつもりだ?
男らしいし可愛いし、人生の先輩のための「手段」ではなくなるよ。
家庭内で何が起きるかを考えてもらいたい。
女の子たちの支持がクローンに集まったらおしまいだ。
クローンにも個性があるということもだんだん分かってくる。
そうなると家庭内の地図が変わってしまうだろう。
クローンの方に内臓を取られないように気をつけなければならなくなる。
ここで、クローン人間の限界が見えたよ。

2017年7月15日 (土)

わがまま女。

女は世界と自分の関係はファッション雑誌を見て決めるが、自分の身内の中や、自分の心とも向き合っている。
さらには「男に見られる存在」となって「私は」がいて「私を」がいて、最後に「私の」ができる。
今井美樹 プライド。
Iをmeと呼び変えて、ようやくmyが生まれるという成長をとげる。
何が自分のエネルギーになるかという問題であり、そのように子供は育つのだ。
「私の彼」と言うようになるように育つのを待つしかない。
私の彼は左利き 麻丘めぐみ。

ギリシャでデルファイが「汝自身を知れ」と言った時にこの巨大ビジネスは始まった。
オイデプスが父であるライウスを殺した時に、「父親に自分のペニスを切られるのが嫌だったのだろう」と語られ、自分にとっての巨大権力者に何をされるかわからないという気持ちを感じるのだ。
それを目の当たりにした女の子は「おちんちんがない」ではないか?
「私はもう頑張れない」
そこからわがまま女は人間を冷静に見る人生を歩み始めた。
そんな女の子に「恋」というものを与えたのがデカルトだった。
男の子が男の子らしくなったからだろう。
いや、男の子が自分のおちんちんに見えたのかもしれない。
Mr.King bounce to night.

「自分のこと何にも知らない」そんな男の子がおちんちんにふさわしかった。
他のおちんちんとも比べて欲しくなかった。
心というものはただあるものではなかった。
オイデプスが父親を殺したのを見た時に、女の子は「私にも切られたくないおちんちんが欲しい」と思ったのだ。
それが「大切な人」なのかはわからなかった。
プラトンがそのことを詩にしていたのでプラトニックと呼ばれた。
ロマンスかくれんぼ。

ヒンドゥーもジャイナも仏教もこのことには興味を持っていたよ。
頑張り屋さんの男の子を見てしまうと恋をしてしまう年頃ができた。
「我思うゆえに我あり」
これは別の女の子が男の子とセックスしたと聞いた時に女の子がつぶやいた言葉だ。
私にはおちんちんがなくてもいいのね?
生まれて初めて女の子が戦術的になったのだ。
この出来事がなければ私は人生のスタートラインにも立てなかったでしょうね。
男の子とはまったく違う育ち方をしたのがわかるでしょ?
檸檬の年頃。

カントはこれらの研究を見て「大きすぎる資金源」とみなしたのだ。
ただ頑張ればいいと思っていた男の子が「彼女たちと話したい」と思うだろうと考えたのだ。
男の子の方も「我思う」と言った。
女の子が急に痩せて可愛らしくなったからだ。
「私の」とこの時に女の子は言った。
カントがこれらを「資金源」としたことから「カント以降」が生まれた。
恋愛お見舞い申し上げます。

フレッジはそのような女の子とセックスしまくったし、ヴィトゲンシュタインは写真を撮りまくった。
この二名が一気にこの「女の子の議論」を発展させた。
ハイデルブルグ学派が20世紀に誕生した。
フッサールは「女を相手にするなんてたらしだな」という立場をとった。
男の方も「私」の定義を迫られたのだ。
女の子の好みはあるか?
みんな同じ境遇だということに変わりないことを知っているか?
親父という権力者におちんちんを切られたくないから努力しているのに女は弱いから嫌だな、と考える男の子を女の子は憎んだ。
女の子はしかしスーパーマーケットで買い物をしてご馳走を作って見せた。
スーパーマーケットでメチャクチャやって台所でメチャクチャやったら美味しかったのだ。
國府田マリ子 恋のクレイジーエプロン。

女の子はさらに「ファーストキスもまだ」と言い始めた。
もはや「お料理」という武器も身につけていた。
女の子は男の子に「さて、今あなたはどの位置にいるでしょう?」と謎かけした。
パンツなんてもう燃えてなくなったわ。
私は女の子だった、そう思えるようになったのだ。
ribbon あのコによろしく。

フレッジがこのような女の子とセックスしまくったら、女の子は「二つの神」を比べる機会に恵まれた。
「男の子が信じているものがまるで違うじゃない?」
どの男の子も自分の生き方を信じていたことを知った。
「どの生き方を祝福しようかしら?」
瀬能あづさ ふたつにひとつ。

頭のいい男の子はてっきり私の生い立ちの全てを勉強しているのかと思った。
「最高の本になんて書いてあるの?」
太陽と水星の間に位置するとされたバルカン半島への想いは憎しみに変わったわ。
男が大勢いすぎて私の生い立ちが消えて無くなりそう。
しかも、すべての男が仲間を必要としていたのだ。
「犬の群れは巨大すぎる」
この時にすでに忘れかけていた「私は」という言葉を発し始めた。
しかし、周りの男の群れは女の「私は」という言葉をもはや「あれ」や「これ」と区別がつかなくなっていた。
一人の「大人の女」が出来上がった。
しかも「平凡な女」として扱われた。
ある意味、病的に男の部屋に「私はここにはいません」などのメモを貼って他の女との違いをアピールした。
胸を強調したのもこの時だった。
ねえ、ダーリン。

男にエネルギーを与えるのが仕事、とも悟っていた。
男の痛みが女によって癒されることも学習した。
そのようにして、私の「ここ」という右胸は男に揉みしだかれてメチャクチャな人生が始まったのだ。
これが分かった時に、女の今までの写真を眺めて見たのがヴィトゲンシュタインだった。
時には骨折した時の写真もあったが、写真から痛みが分かったのは本人だけだった。
どの女もそれほど「堅実な人生」を送っていたのだ。
痛みが分からない、間違いを犯さない、そんな女ばかりが誕生しただけだった。
靴が好きだったので靴屋さんの男と結婚するというような選択をしていた。
靴屋さんは精神科医ではないのよ?私の人生は墓場まで持っていくしかないと思った。
女と話すことで出世するという哲学の世界のプログラムはどうなったのかしら?
男と女のラブゲーム。

女というものがどのように誕生するのかを知っている男を「先生」と呼んだ。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとなんでも話せるのも「先生だけ」だった。
ここに「主人」と「先生」が誕生した。
先生の「所有」と主人の「所有」が生じ、女が「私の」という言葉を覚えた昔を思い出した。
こんな女の歴史も知らずに「誰にお金をもらって、誰に長話を聞いてもらっているの?」と聞く男もいた。
ヒュームは女を「凡人」だと思っていたのだろうか?
離婚、不倫、ストーカーにも「興味ない」とテレビで語る弁護士もいた。
「女の心は広いよ」と語ったのはカントだけだったのだ。
靴屋さんは、女といろんな世界を旅したよ。
「分かり合えない」「先生がいるのか」そんな葛藤を持ちながら生きるしかなかった。
デュランデュランは、この記憶を政治に使えというメッセージを歌ったが、マスコミにも「俺にも分からないんだ」とメンバーは言葉を濁した。
DuranDuran The reflex.

女は「私の、私の」と言っていた時期すらこれらの研究を明らかにされたことで恥じてしまった。
分かるわけないから言えたことだったのだ。
主人に「ねえ、私と話していて楽しい?」と改めて聞いて見た。
全部わかるのならば統合失調症すら治ってしまうのに。
匿名の男たちだけが昔いた気がするわ。
セックスなんて大事ではないわ。
これがわかれば私は女なの。
銀色のオートバイ。

こんな私が「親になった」のだ。
もう「難しい年頃」としか思い出せない。
「女の子を育てるのはこのことが分かっているから楽しいのよ?」と本当は言いたかった。
なぜかあれほど必要だった「恋」にも厳しくなった。
もはや自分の写真だけが頼りだったのにもう手元にはない。
それでいながら母と娘は仲良しだったのだ。
分かり合えない関係になっていたのに。
母と娘のデュエットソング。

これらの話は「男らしさ」を語る上で知っておかなければならないことなのかしら?
「妻が何に痛みを感じているかは理解しないといけないね」
おちんちんを切られたくないから父親と戦った男の子の人生に最初からおちんちんがなかったんだよ。
お金を稼ぐのが男の仕事だけど「女相手の商売」も当然あるだろ。
クライアントの要求を知る上では知らないといけない。
セックス政治なんてキリスト教の発明なんだ。
神が男女に何をしたのか?それは信仰の領域であった。
女はなぜ踊るのだろう?
やる気がある時には踊ることしかできないんだ。
男たちも上機嫌だったよ。
東京パフォーマンスドール。

女の子が友達同士でしか分からない話がここにはある。
大人たちはいじめの存在を否定するしかできないよ。
鏡を見ながら毎日、女の子は生きているんだ。
幼女は動物と違って鏡を気にしている。
4歳以降の記憶は確かだけど、3歳ごろの記憶はいい加減だ。
女の子にとって「意味が見出せない」という側面があるのだろう。
動物と一緒にいるときは4歳になった気分なんだよ。

おしん女。

「耐える」というのは「信念への介入を許さない」ことを意味する。
友人の弱さに耐え、王朝は卑しさに耐え、親は子供の愚かさに耐え、教会はホモセクシャルに耐え、社会はメチャクチャに耐えた。
耐える女は周囲に「やる気」を引き起こしていたんだよ。
周囲は無関心でも肯定でもなかった。ただ「一家の柱」としての位置付けを与えた。
耐えている男女には女たちが助け舟を与えた。
耐えたら女の味方が増えるというのはもはや宗教であった。
信じていることがみんなが納得できることであることと、周囲が多少の過ちを犯しても問題にならないことから「一家の柱」と位置付けられたのだ。
豊田真由子。

ただ「苦しんでいる」のとは違った。
ビハインドを負っても「耐えたら」女たちが金を出してくれて均衡のとれたゲームがいつもできる。
選手に罰を与えるタイプの監督だとわかったら大変だ。
多少のミスを犯してもいい。
そう思わせることが大事だった。
女にモテたいから暴れる少数民族がいるとする。
ひたすら耐えて女たちの支持を集めれば排除できるだろう。
なにしろ「劣った民族」なので多数派を占める人には寄り付かないよ。
「耐えるタイプのレイシスト」というのは確実に存在するのだ。
多数派工作を着々とやるだけなのだ。
耐えると言っても「教科書」がなければ意味がないだろう。
「耐えている人は強敵だ」
ワンサイドゲームになったら耐えられないだろう。
そんな時は「限界」を見られているんだ。
あのチームは何点ビハインドが限界なのだろう?
女たちは自分の過ちを認めてもらえそうな気がしたから周りに群がったのだ。
豊田真由子。

マンチェスターユナイテッドは、マイノリティに耐えている。
プライベートでは肩身の狭い連中だと知っていたからだ。
「多数派の権威」を作り出せばよかったのだ。
周りの女の過ちに「耐える人」は寛大だ。
耐えることは相手への侮辱だというぐらい女たちの支持が集まる。
①その人のやる気を見ている。
やる気を見る場合はその世界の権威が見物していなければならない。
しかも、権威の記憶に刻まれることをプレーヤーは知っていなければならない。
②同じ野心が激突していることを誰よりもよく理解しなければならない。
ゲームという「紛争」ではお互いに譲らない世界が展開されることを誰よりも知っていなければならない。
③やる気を尊敬しなければならない。
みんなが勝利の美酒に酔いたがっているのだ。
女たちもその勝敗に社会でのポジションをかけているのだ。
いいからだにさらに価値を与えたがっている。
彼女たちのための「やる気」を尊敬しなければならない。
④男のやる気はその場で表現するだけではない。
子供の頃から磨いたスイングスピードだけは人生をかけた作業である。
それを「紛争」に持ち込むのだから、やる気というのはその人の歴史を語ることでもある。
高橋由美子 yell.

ゲームは政治的宗教的紛争である。
アイドルを持ち出した宗教改革もあった。
運の悪かった男にはアイドルしか寄り添わなかった。
彼女たちは案外貧しく、無償の愛という割に合わない世界に身を置いた。
ローマ・カトリックも、彼女たちの境遇は認めざるを得なかった。
たとえ偶像崇拝を否定していてもである。
なぜならば耐える男には「おしん女」とような耐える女が寄り添うという構図ができたからだ。
年寄りはこの世界に救いの教えをもたらす義務があった。
男は男らしくありたかった。
「萌え萌え」と自分を皮肉りながら。
高橋由美子 step by step.

宗教改革は成功したのか?
お金の話を抜きにしたから成功したよ。
男たちがメガネをするようになったという影響はあった。
17世紀の宗教改革は、紛争に強い男を生み出したのだ。
政治的権威が紛争と直面していたのも宗教的権威が期待に応える理由となった。
男は真実を欲しがった。
信じるものがなければ女が寄りつかなかった。
神だけが責任を負っていた若い時代が誰にでもあるものだ。
18世紀には「恋人たち」が幅をきかせ、真実を知りたいものは肩身がせまい思いをするようになった。
女たちは男を奪い合っていたが、アイドルを崇拝する男は排除されていたのだ。
この世界と向き合う、それが教育だった。
「一度経験すると女に詳しくなるぞ」.
カントはルソーを褒めた。
まるで父親のようにこの世界の図式を見守り、しかし、しっかりとした教科書を書こうと考えたのだ。
耐えるだけではない。しっかりとした指導者がいなければならない。
耐えるとはどういうことか。
目的は「いいセックス」のためにあった。
プレイヤーも、観客もそれで1日が終えるのならばゲームとして成立した。
紛争には「いい人生」が待っていなければならない。
そのことまで監督は考えていたのだ。
誰よりもエキサイティングなものを提供しようと思った。
そのためだけに耐えるのならば体力は持つものだなとも思った。
人生の意味まで理解しないと監督は務まらないな。
文化ってなんだろう。
一度は考えたことがあったのだ。
政治の側は宗教の側に力を貸して欲しいと言ったが、アイドルの偶像崇拝の世界を生み出したために、より紛争は大規模になって、より、文化は豊かになったのだ。
高橋由美子 天使か悪魔。

2017年7月14日 (金)

SMAP女。

音楽というのはドラマほど明確な意味を持たない。
しかも、絵画よりも解釈が難しい。
テーマが「男の射精」という点で特別な意味合いを持つ。
SMAP オレンジ。

もし、悲しみを表現するのならば、はたして何人がこの企みに関わっているのだろう?
「現実をどこかのお兄さんやお姉さんにたとえて表現して戦っていた」
音楽というものはトーンの調和とピッチとリズムがまったく独立した要素として存在するために複雑性をもつ。
パフォーマンというものに隠れた形でこの三つが表現されるのだ。
セックスが「深刻な時」であり、それ以外は日常であることを巧みに表現している。
チューニングされていない楽器には「希望がない」とも言える。
なぜ聴いただけでからだが美しくなるのだろう。
それはトーン(旋律)が美しいからだろう。
ただのBGMのような片想いからリスナーとの両思いになる秘訣はトーンの調和にある。
「沈黙ではない安らぎ」を与えることが大事だ。
My childhood friend.

この音楽の世界に「女心」が流れ込んできたために一気に豊かなものになった。
白黒つけなければならない立場の人も、グレーゾーンの中を生きる人も音楽を愛した。
ライブパフォーマンスもレコーディングもどちらもエキサイティングだった。
「完璧な男」を演じるのではなく「計算された男」を演じることが大事だった。
永遠のシーンと忘れ去られるシーンの使い分けも大事だった。
完璧なパフォーマンスなんてないよ。どこかで間違ったノートも入る。
しかし「どこかのお兄さん」がそれを演じてくれるだけでよかった。
消えゆくもの、架空のものだけがグレーゾーンを生きている女にはあった。
「なぜ音楽を議論するのか?」
言葉は嘘だからだろう。
肉体関係だけが真実だったのだ。
だからこそ「嘘の世界」を豊かにしなければならなかった。
方向性が明確で、セックスを「気持ちいい」と言ってくれる作品が記憶に残った。
ピッチが正確であることがどれほどスコアを生かすだろうか?
すべて、女がセックスを想像するからだった。
Birdman.

セックスを「重たくするか軽くするか」の違いはある。
しかし、歴史は女が作っていることを感じたかった、
「本物の仕事」には大歓声を浴びせ、この人こそが真実を知っているということを示した。
女たちは非常に柔軟にいろんな「本物」を探していたのだ。
ロックは案外クラシックに似ていた。
パフォーマンスは即興でやっているのか作曲されたのか分からないほど楽しかったわ。
でも、ジャズのような即興は「深く悩む創作のプロセス」がなかった。
よく練られていない即興は楽しいのかしら?
ジャズはなかなか「深刻さ」を表現できないわ。
セックスをどう思っているのかが明確ではないの。
音楽に女が熱狂するのは「セックスと結びついている」からね。
A song for your love.

性に目覚めた時に悲しみの意味を知った。
このことも音楽をどれほど豊かなものにしただろうか?
いままで経験したことのないような悲しみも音楽によって味わった。
作曲家は「性」を狙って悲しみを表現したのだ。
トルストイは文字でこれを狙った。
その場の空気を支配することが大事だ。
「大勢の仲間」を利用できた。
戦場のスネアドラムの効果からこれを学んだ。
性欲のある人間が前に進むんだよ。
そして「みんながみんなの真似をして生きている」ことを知った。
「どんな母集団だよ」
やっぱり「お金」に誘導されていたね。
怒りと興奮と愛をどのように制御するかが大事だ。
part time kiss.

そのような生き方で褒められてきたんだろ?
音楽という「安らぎ」はその空間に放り込まれる。
人間が犯す「過ち」すら感情として利用できた。
過ちの感情を利用したことが「ノスタルジー音楽」を生み出した。
多数派に属していた頃の音楽は美しいのだ。
性欲がなければ音楽はエステには使えないよ。
だんご3兄弟。

「私にもわかる」
この世界をムードに乗せて歌うことが大事だった。
女になれた喜びを歌っているように聞こえたのだ。
「犬が死んだ悲しみがわかるか?」
人生を共にした存在を失うのだ。
悲しい曲を理解できるのならばみんな分かるんだよ。
女は男のそういうところを見なければならない。
悲しい曲が好きな人なのかしら?私を大事にしてくれるのかしら?
性に目覚めた頃に、親の永遠ではない命を悲しんだのではないだろうか?
喜びが見えた時に、悲しい側面も大きく見えた。
「悲劇の誕生」
それは歓迎すべきことだった。
山を登っていても子育てをしていても悲しくなるときはあるのだから。
音楽を拒絶できないのならば何もできない女になるだろうね。
鈴木結女 それでも明日はやってくる。

音楽は言葉で解釈することができる。
そのこと自体「この人は人間なんだな」と思えるのだ。
リズム、メロディー、ハーモニーが作り出すより次元の高い音楽作品を「深いな」と思えるように解釈するのだ。

エッチなビデオを見て「女性が嫌がっているではないか」と考えてしまう男に「本当の女を知らないで」と歌った曲。
CoCo メロディー。

動物も音楽は聞こえているからね。
メロディー、ドミナントセブンス、ソナタ形式というように人間は音楽をジャンル分けしてきた。
「もののたとえ」を正確に知る必要がある。
音楽作品を取引時間中のテレビ東京に流して日経平均株価の値動きを見てみな?
どの男女も正確な反応をするよ。
複雑なリズム、メロディー、ハーモニーを簡単に言うと「作り上げたいのか」「共感させたいのか」の二つに絞られる。
一つの経験を人間はする。
「いつか分かってくれるだろう」と作り上げる立場もある。
いずれにせよ「真実というものに心が揺り動かされる」のは間違いない。
未成熟な人にも「人間の重さ」は分かるのだ。
作り上げるという立場だとなかなか論敵がいないのが問題だ。
共感された作品はいろんな人が議論してくれるけどね。
このような世界を構築した音楽の世界が目指したのは「女性の局部」であった。
「おちんちんが目指すもの」という構図が出来上がったのだ。
細川たかし 北酒場。

喜びは一つのポイントに集めたほうがいい。
つまらないテーマを歌う者もいるが、おちんちんよりは女の局部が勝ったと言える。
それ以外は「現実からはかけ離れているな」というイメージがついた。
どこかのお兄さんやお姉さんもみんなそのことを考えていたのだ。
「距離は高尚さを示すのか?」「売れないな」そう思われた。
安全な道を歩いているな。あのゾーンは危ない学問に満ちているぞ。
「口で感じるのが歌だろう?」
財産というのは女からくるものだ。
白い雲のように 猿岩石。

絵や文学よりもより「富とは何か?」を示したのが音楽だった。
「昔、お前が机の上に書いたおまんこ、今俺が歌うおまんこ、お前にこの違いがわかるか?」
クラシックはこのようにしてデコレーションされることになった。
「ソナタ形式?いいんじゃない?」
戦っているのは演奏家ね。
でも、この世界が何になったかは知っているわよ。
人は何のために働いているのだろうという問題となった。
お金を払うのだ。
おちんちんではなかった理由は社会というものを感じるしかないね。
松田聖子 赤いスイートピー。

2017年7月12日 (水)

少女マンガ女。

少女マンガを読む女と読まない女は何が異なるだろう?
まず、落ち込んだ時の自分の信念を持つことができること、いいからだをキープすることができること、そして、今後の見通しもだいたいマンガのように起きるであろうこと。
この三つが少女マンガのメリットとして認められる。
SMAP 青いイナズマ。

まず、「心に響いた」ことから少女マンガの世界の入り口が作られる。
男の子もマンガを読むが、少女マンガ組は妹分だと考えられて作られている。
「女のからだをどのように扱うべきか」それが国家レベルで統制されているのだ。
女の子たちは自分の位置を少女マンガから教わる。
マンガのように振る舞う男の子も女の子も「女らしい」と言ってマンガに無頓着な男はいた。
酒井法子 あなたに天使が見えるとき。

女の子は自分の位置を知ることができれば、電話もできるし、友達と少女マンガについて語り合ったり、時には男の子を勇気付けるような電話もすることができる。
心に響いたから入った世界で、少女マンガは女の子の「心地いい」に訴えかけていろんな行動をとらせることができる。
しかも、女の子はそのことで幸せを手にすることができるのだ。
いろんなシチュエーションでマンガを思い出して行動していた。
男の子もマンガを知っていたので思い通りの行動をとらせることができたのだ。
みんながマンガのように演じればみんなが心地いいだろう。
「飲み込めない」人を非難することもある。
少女マンガを信じている女の子の口説き方すらマンガに書いてある。
少女マンガを読まない女がいる。
それは難しい学問だね。
バレンタインデーも信じない女の子がいたらより高度な学問で口説くしかない。
perfume チョコレイトディスコ。

女の子に「分かる」のはマンガの世界の話だけであり、女のからだに最も負担が少ない。
心にマンガのヒロインがいれば結果が予測できるし、周りもその役割を認めてくれる。
男でも歴史上の人物になりきって自分の価値を高める人はいる。
それで何らかの結果が実現するのならばいいではないか。
しかし、我々は「どんな時代背景にどんな知識があったのか?」まで分かっているのだ。
自分の位置付けを周りに認めさせる効果程度にマンガは留めておかないと「女々しい奴」だと思われる現状があることも認めなければならない。
女帝、エンペラー。

マンガでは譲り合っているものが、現実社会では「譲れない」ことも知るだろう。
つらい時にはマンガの登場人物になりきった。
セックスを「事件」とみなしていることも少女マンガから学んだ。
また、マンガの空気に呑まれていない人に魅力を感じた。
しょせん、お勉強ができないからマンガを読んでいたのだ。
うしろゆびさされ組。

勉強ができない男がマンガの空気に合わせてくれた。
女の子たちがケンカをしないのは少女マンガを共有していたからであり、少女マンガを読まない女の子はいなかった。
「ファーストキス」というものを考えたのも少女マンガだった。
また、セックスをしたあとの女の運命すら描いた。
冷たくしないで。

子供ができた時を描いた時に、セックスが「罪のない快楽」だったと思えた。
しかし、経営者や政治家を描いたマンガを読んだ時に「現実にはまったく通用しない」ことを悟った。
女の子の人生の指針を描いたマンガは決して「傑出した人物」は生み出さなかった。
いずれにせよ「自分の立ち位置を決める」という効果が心に響くことから導かれる。
心に響くことから立ち位置を決め、そのあとの「出来事の予測」までできればマンガ家の仕事は終わるのだ。
「その女の子のからだを認めること」
そこから少女マンガは始まる。
からだを認めなければ吐き気がして読めないからだ。
そこでようやく女の子は「FA権」を取得して物語の世界に入っていく。
松田聖子 輝いた季節に旅立とう。

そして、女の子の生い立ちまで理解して「分かる分かる」と言わせること。
2005年の1月17日午後6:13分にビールを飲んで何かをお祝いしなかったか?(オバマ大統領就任か何かか?)などの過去をしっかりとつかむ。
幸せだった時期をしっかりと知っておく必要があるのだ。
ここで女の子の立ち位置は明確になり、「今後の予測」に物語は移る。
いろんな人たちの歴史を知らないとわからないよ。
女の子は常に「からだを認めてもらいたい」と思ってることを忘れてはならない。
立ち位置のキャラクターはその場その場で変わっていくよ。
「妹のように愛されたい」
一人っきりのヒロインになることもあれば、周りを取り囲むわがまま娘になることもある。
わがまま娘の方が楽だなと思うこともある。
一悶着あって問題が解決すればどのキャラクターも自信がつくのだ。
AKB48 永遠プレッシャー。

問題が解決したらみんな笑顔で「いい人」になってしまうのが事件というものだ。
女の園に紛れ込んだバカな男は破産するでしょうね。
それもサディスティックに楽しんだ。
男が「事件」を起こしているのみんなで団結して撃退した。
男はバカだから破産するというのが少女マンガの鉄則だった。
マンガを読まない女の子も仲間の中で破滅に向かっているとしか思えなかった。
何のためのFA権取得だよ!
AKB48 上からマリコ。

そこでようやく「男らしさって何?」という世界に入っていくのだ。
「すべての女の子のからだを認めている男がヒーローだった」
全員の心をとらえているし、誰も吐き気を引き起こさなかったからだ。
男の子の政治って案外そのようなものよ?
ストライクゾーンが狭い男が孤立していくのも見た。
男の子の「政治カン」を女の子は知るのだ。
公とプライベートを区別しないで、女の子を世の中に出すこと。
身内の話は恥ずかしくてしたくないの?大損こくわよ?
身内の女兄弟の存在が恥ずかしいのならば政治家にはならないことね。
周りにとってそれがどんなに魅力的なのか知らないでしょう。
お姉さんや妹に何があったの?
セックスと日常、特別な出来事とみんなが経験すること、マンガみたいな出来事はあったかしら?
それを褒めることはできるのかしら?
女兄弟の結婚生活を理解しているのかしら?
語ってごらんなさい。
それだけが「男の取り柄」だから。
女兄弟は、少女マンガがなければ生きていけなかったの。
マンガで人生を決めるほど何にもわからないのが女というものよ。
だから、そのことを恥ずかしがらずに人に語りなさいよ。
AKB48 次のSeason.

2017年7月11日 (火)

アジアの女。

1951年に中華人民共和国がチベットを支配するまで「アジアンビューティー」はダライ・ラマを尊敬していた。
組織に属することと欲しがらないことをモットーとしていた。
ナガールジュナやバービベーカを指導者とすることを意味し、その美しさは世界に知られていた。
モーニング娘。 レモン色とミルクティー。

ツォンカパは、独自のアジアの「セックス崇拝」を考えていた。
このことがアジアでどれほど強い意味を持つだろうか?
サクヤの研究も踏まえてのことであった。
室町時代あたりに「大チベット」はイデオロギーをまとめて、影響力を持った。
「アジアの女もセックスが好き」ということが世界に衝撃を与えたのだ。
チベットを知らなければ、中国の「セックス政治」はできない。
この「エッチなおじいさん」像こそがダライ・ラマの一子相伝となったのだ。
ナガールジュナもアサンガも「8歳の女の子」を見ていた。
カンジュールもテンジュールもこの女の子の長い人生について考えていたのだ。
カンジュールはセックスのことを考え、テンジュールは日常のことを考えていた。
河合その子 シャングリラの夏。

女性の「ヨーガ」というものが「男を感じる」ものであるのに対し、禅というものは「おっぱいに対して残した後悔」を感じるものであった。
ドルポパが、ヨーガで女のいやらしさを表現したのだ。
カンジュールの知恵とも言われた。
ヨーガ入門。

セックス政治を保障したカンジュールは、サンタラクシタが8歳の女の子に送り届けた。
日常でより純粋な姿で女というものを表現するものがヨーガだった。
彼女とセックスできた時に、男は死への人生の流れが止まるのを感じ、口説き方を教えてくれた先生に感謝した。
イスラムと違って、そのような女たちは顔をさらして外にも出た。
男たちはアジアンビューティーがいたから「真理の探求なんてバカげている」とは決して言わなかった。
女たちは決してお金を欲しがらなかった。
男とよく話をして、充実したプライベートを作り、男の出世に貢献した。
ナガールジュナが「欲しがらなければハイウェイスターだよ」と語った本当の意味は女の存在にあったのだ。
セックスの原因は口説き文句にあり、その結果は女から話を聞けることにある。
疑いながら生きているアジア人が「信じること」を知った。
他人の心が学べば学ぶほど魅力的に思えたのだ。
おニャン子クラブ メリークリスマスフォーユー。

女の嘘が見抜けた時に、それも含めて「人の心」を愛せたのだ。
「アジアンビューティーは欲しがらない。男に話をして出世させるだけだ」
セックスだけが人生ではない。そのことをヨーガを日常に持ち込んで女は男に教えた。
六道の最も難しい教えは「怒らないこと」だった。
若い時代を大切に過ごし、学問を成し遂げ、セックスパートナーを持つ。
怒らないことの向こう側に「7番目の道」が見えるだろう。
他人の生き方に正しいも間違いもなかった。
怒らないことの大切さを知るのだ。
男は女の話をよく聞き、しかも怒らない、これだけで人生が成り立った。
カンジュール(性生活)においてはいかに女をいやらしくするかがポイントだった。
このことを「エルメス」と呼ぶ。
ヨーガもこのことを探求していた。
苦しいのならば「何かが間違っていたのだろう」と思わなければならない。
「何かの暗号」の存在に気がつかなければならない。
殺生を禁じられた出家坊主が必要とされた理由は「暗号を教えさとす」というところにあった。
托鉢の強制を禁じたり、午後の食事を禁じた。
午後に食事を摂らなければセックスしないだろ。
そのかわり午前中に書物に親しめる。
サンタラクシタとはこのような坊主のことだった。
癒し系だよ。
ribbon merry kiss, holy smile.

2017年7月10日 (月)

くよくよする女。

長生きした人に話を聞くと必ず「くよくよしないこと」と答えるだろう。
人生の先輩がこのように語る本当の意味は「失恋」にしか見当たらない。
長生きしたお婆さんは常に優位な恋愛経験をしてきたのだろう。
みんな長生きがしたい。
そのためには恋愛論に詳しくなければならない。
CoCo 優しさに帰れない。

1990年代はコンピューターに詳しくなければどの女もくよくよした。
2000年に入ってからは失業にくよくよした。
人生には「賢い選択」が必ずある。
なぜタバコを吸っても癌にならない人がいるのだろう?
上半身裸になってお日様に当たれば肺がんにならないことを知っている人はレストランでどんなご馳走を食べた人よりも幸福度が勝っている。
みんな「なんで私が?」と言ってくよくよしているのだ。
コンピューターと接する機会にせよ、失業してお金がないことにせよ、「知らないからくよくよする」としか言いようがない。
精神医学を当たり前のように知っている女子大生と、からだを売る女子大生の2通りがある。
このあたりに長生きした人の「くよくよしないこと」という言葉の秘密がありそうだ。
「情報が違ったのではないか?」
人生のトータルの富というものを考える上で、その「最大化」を行なった年寄りの言葉は重く受け止めなければならない。
「さよならよりは殺してほしかった」という音楽作品もある。
ribbon 亜熱帯ビーズ。

勉強や学問は常にギャンブルと隣り合わせだ。
「本当にゲームとして成立させなければやるものではない」ということが指摘できる。
ギャンブル性が高いうちはかなり寿命を縮めることになりかねないので、「分かること」をやった方がいい。
恋愛論などの学問も「環境に恵まれていなければ」やる意味がない。
他の友達の悩み相談に乗っているうちはまだその必要性が認められる。
しかし、当事者意識を常に持たなければ必要のないものだろう。
やりがいがなければセクション8(精神病院)行きなのが学問というものだ。
同じところが痛むのならばその人と話した方がいい。
酒井法子 aiiright.

お金に困らないという幸運がいちばん寿命を伸ばすのにいい。
生まれが貧しくても階段を登っていくという構図がどれほど恵まれているだろうか。
「値しない」ものを与えられることがどれほど寿命を縮めるだろうか。
常に「最大化」を頭に置いておかなければならない。
勉強で得た喜びはまだ現実の生活には生かされない。
男の子と女の子でも力の違いがある。
勉強を女の子の感受性に合わせていく努力は必要だろうね。
しかし、精神医学や恋愛論などの学問となると女は強さを見せるのだ。
フランクフルト学派が狙ったのはこのような女であった。
ガソリンスタンドに寄ってガソリンの値段が安いのを見ても「私のおかげ」と考えるのが女なのだ。
運転している男にリッター何キロまで語られるのはうんざりだけどね
失恋ソングは「社債」にもなるし、女の失恋というのは世の中では「男」という扱いだ。
一生懸命、農業をやって体が強くても「失恋」だけで壊れていった人を多く見てきたのだろう。
Qlair 秋の貝殻。

率直にいうと「丸腰のギャンブル」を避けることだよ。
時代の「誰も解釈できないこと」から逃げ続けることが大事だ。
「代わりはいくらでもいる」という生き方がどれほど恵まれているだろうか。
誰かが解釈を教えてくれるのだ。
テレビだけ見ていれば長生きできる。
花粉症やアレルギー性鼻炎は「責任が重たすぎる」という意味なのでそのことに注意した方がいい。
無茶な運転で命を失うような行為が人生にはあるのだ。
歳をとった後に、「ああいうのが危ないんだよ」と失恋のことを語っている。
女の話を聞いて人生の燃費を良くした男は暴走に気をつけなければならないのだ。
学問の裏付けがあるのならばギャンブルは楽しいよ。
でも、特攻隊みたいな奴が死んだのを目撃してきたのだ。
怖いから目すら閉じて運転していたよ。
丸腰だとそうなってしまうんだ。
お金目的でも割に合わないのがこのような時に失う命なんだ。
寒い気候でも洪水が起きても、なんらかの生き方はあったけど、丸腰の特攻隊だけはどうしょうもなかった。
障害者になっても「見せもの」になって生きていけるんだよ。
ギャンブル性の高さに気をつけろというのが「くよくよしない」という意味だったのだ。
瀬能あづさ もう泣かないで。

失恋というものは中立の立場に立つことも許されないし、大げさに騒ぐこともできないし、からかうこともできない。
セックスで儲けようと思った女の「くよくよした」姿なのだ。
優位に立っていたはずの女が「劣っている」とみなされる瞬間を歌っているものでもある。
長生きしたお婆さんは「対等」であり続けるために「くよくよするな」と言っていたのだ。
まるで「私の島を荒らすな」と叫んでいるようだった。
中立の立場に立って音楽作品を聞いている男は女を差別するだろう。
工藤静香 パッセージ。

しかし、誰が誰より不幸なのか?しか分からないよ、
この女はもう再起不能なんだろうな、と思って他を当たるだろうね。
男運もだんだん悪くなる。
だから年寄りのおばあちゃんは「くよくよしない」ことが長生きの秘訣だと言ったのだ。
庶民である以上、それ以上のことは分からないだろうね。
眠れなくても働かされて病気になってしまう女を大勢みたのだ。

2017年7月 9日 (日)

できない女。

女が「私は社会では何もできない」と考えた時に、そのような女たちにライオンの群れが群がった。
「俺の思うような社会とそのような女を契約させることができる」と考えたからだ。
男たちが女の性の経験を決める権力を持つというのは「女は処女」という結論で一致したために、「女にもお金が必要」という動きが生じた。
中森明菜 禁区。

ライオンたちは偉大な政治家の仕事を奪うことにはならないか?
所得や富、健康は多数派工作には必ず必要だが、「できない女」が多いと、セックス政治が機能しなくなるほど女の性の経験が乏しくなる。
鈴木亜美 ねがいごと。

結果的に「共謀罪」が成立したということは、このようなライオンたちの多数派工作が成功したと言えるのではないか。
ライオンたちはすべての女を同じにしたかったのだろう。
そして「できない女」は自分を見失った。
女が職場で「劣った存在」とされたことに端を発する、ライオンたちの「すべての女を処女にしてしまおう」という政策だったのだ。
共謀罪 山本太郎。

男の子たちに「漁り漁られ女」の餌食になって欲しくなかったんだよ。
19.2%の男女が「私はもう働けない」と考えていて、「ぜんぜん楽に働ける」と考えているのは64.5%だった。
47.4%が何らかの形で生活に苦しんだことがあると語っている。
このことから「楽に働ける」と考えている男たちにせよ女たちにせよが「女の性の経験の定義」を争うのは当然だった。
認めて欲しい、再分配して欲しい、この動機が貧困層の女の性の経験を決めた。
大まかな「全体の動き」を決めるのはこのような貧困の問題だった。
マイノリティーの訴えが国民全体に波及してしまうのだ。
それが「ライオンたちのニーズ」だったと言える。
SMAP らいおんハート。

あれほど「男女共同参画」と言ってきたじゃない。
左翼は呆然と立ち尽くしていた。
中立的な立場を取っていた連中までもが「女は処女がいい」という立場に飛びついてしまったのだ。
らいおんハートを聞いて思考力を下げた女たちが実際にいただろう。
どの女も国全体がこのことでどう動くかなんて分からなかったよ。
女たちが楽をしたがったのではないのか。
そのような「できない女」たちは共謀罪成立に罵声を浴びせながら、自分たちの行いを受け入れた。
精神医学の現場では「このことをどう思うか」という考えを女から集めて回れるよ。
日本国を歩いている可愛い女の子たちの統制に利用されたんだよ。
高額のビジネスをSMAPはやってのけたな。
SMAP 世界で一つだけの花。

女たちが「もう歩きたくない」と言っただけで高いビルは立ったよ。
しかし、その影響も知らないといけない。
女に派手に遊んで欲しくなかったのは官僚たちだった。
津波が来るたびに女たちは歌に酔って、官僚たちに誘導されていった。
斉藤和義 真夜中のプール。

ライオンたちが「若い娘は処女がいい」と言い始めて法律まで作ったのに、もう歩きたくない女たちは「できない女」のレッテルを楽しみ続けた。
複雑な計算能力が若い娘たちから消えていくのが嬉しかったのだろう。
「私の娘も処女のままいてほしい」
昔は認められなかった考えを大人になった女たちは認めるようになっていた。
若い娘に口紅が流行ればみんなが真似した。
少数派になることをみんなが恐れているようだった。
すべてが娘たちの皮肉だったのだ。
官僚たちはとにかくこの問題に動かなかったのだ。
なぜ多数派の発言をしないのか?
なぜ教育を嫌がるのか?
なぜスキルを磨こうとしないのか?
すべての若い娘に同調行動をとらせることが可能だった。
若い娘たちはもはや大人たちに逆らえなくなっていたのだ。
警告の張り紙や、新聞、裁判官のいうことなどすべてに「深い考え」を感じていた。
お父さんが好きだったので美容整形も許してもらえた。
その効果としては「国が予算で彼女たちを応援した」ことに表現された。
「その時、退屈な日常に新しい道がひらけた」
女の子たちの「チャンスゲーム」が始まったのだ。
精神医学すら常識として知っていたし、国からお金がもらえるのならば人生のチャンスはいくらでもあった。
勉強しろと言われたから国公立大学に入ったら「何でもできる自分」がいた。
斉藤和義 歩いて帰ろう。

車をもつ女子大生もいた。
「私たちの肌の色を見て?」と言っているようだった。
所得の再分配は、セックスではなく知識によって行われた。
「キャンパスが私の人生を変えたの」
1973年にアメリカ合衆国はこのような光景を見た。
1990年代までアメリカの女の子はこのようにキャンパスというものを受け止めていた。
どのような社会と契約を結びたいの?と言われるのならば「神社の王子さま」に決まっていた。
みんなで同じ行動をとって、みんながチャンスをもらったのは国のおかげだったからだ。
「女としてはもとの定位置に戻ったわ?」
やっぱりロールズよね。美しければ何でも許される。
高校時代の「厳しい罰」としかもう思ってないわ。
「できない女」を演じていたおばちゃんたちに比べて、私は肉体が弱いだけで頭はいいのよ?
友達もいるし、お金もある。
「できない女」だったはずの私が何でもできるようになったの。
もう「人生の地図」も出来上がっていたし、IT企業の社長に憧れたりもしない。
結婚なんてものはこのような「私の時代」を短くさせるだけよ。
大学の先生も「最近の女子大生は教えがいがあるね」と語った。
周りのことが色々とわかっていたからだろう。
国際社会においても「王子さま」よりも強かったんじゃないかな。
「らいおんハートの娘たち」はもはや「できない女」ではなかった。
いずれは社会で重要な地位を占めることが分かった。
今はまだ沈黙を守っているし、ある意味ヘンタイみたいな扱いを受けている女子大生に過ぎないけどね。
「特殊教育」を受けたと彼女たちは思っている。
でも、そうとう差別されると思うよ?
グループとしてのアイデンティティは明確だったし、SMAPすら解散に追い込んだ連中だ。
らいおんハートはどこから間違ったのだろう?
分からなかったよ。
モーニング娘。 リゾナントブルー。


2017年7月 8日 (土)

お高い女。

一人の女だけを見つめる。これだけで物事は治る。
これが社会全体に影響を与えてしまうのだ。
しかし「いつ破裂してもおかしくない」とされる発想だ。
社会にとっても重大な関心が「一人の女だけを見つめる」ことに寄せられた。
Melody you are only my love.

しかし、それを語ったのはプラトンであり、詩に生かされるとしたのだが、なかなか現代には通じないものがある。
お高い女だけで世の中が治る時代とは程遠い現状が「いつでもどこにでもいける社会」にはあるのだ。
女はセックスの時、99%男を信じている。
これが「ジャステイス」の問題だ。
ribbon 愛してジャスティス。

プラトンは国家全体を見渡せたけど、ロールズはそうではない。
セックスするとお金が動く。
男によって快楽も違う。
しかし、プラトンの輝きはいまだに根強く心に響いた。
プラトンの「国家」の鍵ともいえる考えであり、これを出発点に議論は展開された。
「強いものが前に出る」
それはそれぞれの男に彼女がいてこそ成り立った。
「女が男のために祈る理由はパートナーだからだ」
Melody 青空をあげたい。

しかし、プラトンはポリスによって文化が異なることを知った。
嘘や殺しや盗みと関わる議論であった。
クリトではソクラテスは処刑されただろ。
詩は法律だったのだ。
何がやりすぎで何が失敗なのか?
お金と名声、名誉が過剰になることがあるのだ。
キスより胸の方が大事、これは比例原則と呼ばれた。
出産はセックスを混乱させる。
お金がそう言っているのだ。
詩の教えと現実の違いが生まれた。
エピクロスなどはそれでも「静かな方がいい」としてプラトンを支持していた。
「パートナーを傷つけないのは素晴らしいね」というのが周囲の反応だった。

近代になって、「美しい女」が語られるようになると男たちの間にいじめが生じた。
詩篇「王は美を愛した」
このことの解釈から混乱が生まれたのだ。
「妹を愛するように女と接する」という政治フォーラムも開かれた。
デカルトが「恋」を語るようになると中世は終わり、情熱、好奇心、寛大さ、誠実さが議論された。
モーニング娘。 情熱のキスを一つ。

慣習ではなかった。
デカルトという論客が変えたのだ。
他の女が感じたことを自分が感じたい(コギトエルゴスム)。
女は「初めての男」への失敗を恐れたのだ。
デカルトは「男の率直さ」を求めたのであり、フランスは複数の異性の経験を嫌うようになっている。
安倍なつみ 一人ぼっち。

ヒュームの時代のイギリスはかなり巨大化していて、隣の奥さんの顔もわからなくなっていた。
「どこで不動産を失うか分からない」
このことを聖書は言っていたのかとみんなが我に返った。
誰も盗みたくはなかった。
守るべき家庭がどこで壊れるかが分からなくなったのだ。
女のからだを比べるのは危険だな。
「女心を知りたい」という哲学の世界はこのことからコーナーストーンを迎えていた。
18世紀の古典を読まなければ今となっては分からない、とまで言われた。
隣人の女を犯したら男社会が崩壊するのだ。
「多数派工作」という作業がある社会ではこのようなことが起きる。
幸せだけを求めても案外、治るものだなと思った。
お金で誘導するのか快楽で誘導するのか、政治的な発想が混ざり合った。
プラトンが「ポリスによって異なる」ことを知り、デカルトがフランスを統一した発想だった。
米光美保 Sunday6:00PM.

アダム・スミスは「社会の歯車」に巨大な富を与え、ここでまた政治が行いやすくなった。
そこで「女心」を全世界レベルでコントロールしたカントが登場している。

20世紀にコールバーグが、教育の「未公表の6段階目」にこのような「セックス政治ができるようになること」をあげたため、世界の指導者が緊張感を高めた。
また、アメリカ合衆国は「誰もが音楽を楽しめるミュージカルチェアーを持っているわけではない」として、なかなか治らなかった。
「性倒錯」も国を治めることの難しさをもたらしていた。
「どの国と契約を結びたいのか?」
セックスをお金に変えたら国に居場所がなくなるのが困るという声が多かった。
「スタンドオブウェルフェア(福祉政策)」とはこのことを言っており、どの政治家も多数派とは何かを考えていたのだ。
経験を押しつけることも問題となった。
多数派工作ってお金持ちがやることでしょう?
デカルトが「情熱」を作ったことだけは忘れてはいけない。
田中れいな 愛の炎。

イギリスはアメリカ合衆国との関係を常に考えていたし、島国だったので「多様性」を受け入れていた。
盗みの存在を認め、契約を破る自由を認め、殺しの存在を認め、これらは「おちんちんよりもよっぽど悪い」としたのだ。
悪いことを悪いとしたという意味ではイギリスは紳士的だったのだろう。
ロールズも「目の前の女が美しければいい」という無知のヴェールをかぶせた。
国に存在する「罪」を認めることにつながった。
アメリカ合衆国の学校生活は豊かなものとなり、世界ランキングの上位を占めることにもなった。
しかし、国の中枢が常にプラトンを見ていたことは指摘していい。
学校生活がどんなものであれ、指導者レベルは常にプラトンを見ていた。
国の個性はあるだろうけどギリシャ哲学から始まっているんだ。
CoCo Live version.

悟った女。

ヨハン・ゲオルグ・ハーマンは、カントの舎弟と位置付けられる人物であるが、カントの女の研究に人生を捧げさせようとした彼の友人たちがハーマンの結婚に反対し、そのおかげで彼は「生涯独身女」だけを相手にし、カントの研究の実践者として生きた。
ribbon Deep breath.

ハーマンの書く文章は短く、カントが聖書に書いてあることをどのように実現させたかを克明に記した。
聖書はさんざん読んだが、まさかカントが実現させるとは思わなかったとして、皮肉たっぷりに記録に残した。
「ゲーテという詩人がいなければ何もできなかったくせに」ということも書いた。
カントが女の純粋さだけを強調して偉くなったことも皮肉った。
しかし、カントを今日か明日に理解しようとするものは明後日にトラブルに陥るだろうとしてカントへの尊敬を保ち続けた。
人生の晩年にハーマンは「老婆は絵にならない」として、今までカントのために働いてくれた感謝の意味を込めて、老婆のための医学の研究の道に入った。



ゴッホ。

老婆こそが「カントとは何者か?」を悟っていたのだ。
別れのブルース 淡谷のり子。

若いからだや子宮の政治利用の実態をよく知っていた。
これが理解できるのならば「神さまの力量」もだいたいわかる。
若い男の才能も見抜けるようになる。
ゲーテも若い女しか詩にしていない。
しかし、悟った女はゲーテが好きな男の可能性もよく理解していた。
悟った女は「神さま」「理想の男」しか興味なかった。
神さまとのエロティックな関係しか興味なく、しかも神さまは若い女を政治利用しているだけであることも知っていた。
もはや老境にさしかかると「殺せるものなら殺してみろ」とも言った。
老婆も女の肉体をしてきたが、局部からは「神さま」が生まれたことになっていた。
カントはこのことをもっとも正確に理解していて、老婆を「母さん」と呼んで、支持を取り付けていた。
老婆は「神さまを生んだ」ことが自分の生い立ちとなっていたのだ。
国の中枢におさまることはカントにとって難しいことではなかった。
ハーマンはこのようなカントの生き方を克明に記録に残したし、老婆(悟った女)の扱いを学んだ。
政治利用できなくなった老婆に新たな可能性を見出したとも言える。
政治を知っている男に「母さん」と呼ばれる分には老婆はなんの抵抗も感じなかった。
悟った女は自分のからだをいまだに信じていたことを知った。
美空ひばり 愛燦燦。

老婆が何を考えているのかを明らかにしたのがハーマンの業績であり「生涯独身女」の相手をさせられたことからそれを知ったのだ。
「薔薇十字の騎士」と男は呼ばれた。
薔薇十字の騎士は言葉の間違いが許されなかった。
老婆の厳しい一面を知っていたのだ。
「若い女のからだを自在に誘導した」のならばそれにふさわしい言葉を「悟った女」も求めていた。
老婆のからだはもはや言葉でできていた。
神さまとその隣人は自分を大事にしていたし、「お体を大事になさってください」と神さまに言われることをもっとも喜んだ。
胃や血管をよく理解している男(医者)にはいくらでも金を払った。
胃から血管に栄養が行き渡ることぐらい知っておいてもらいたかったのだ。
詩は本当にボクシングをすることもそこいらの詩人より知っていた。
老婆ともっとも話をした哲学者はハーマンだろう。
なんの偏見もなく、美しい女のように扱った。
老婆の頑なさを理解していた。
老婆が「私をどうしたいのか?」と聞いたら「大学のキャンパスに戻りたいね」と答えた。
正しいことと悪いこと、気持ちいいこととそうでないこと、美しいことと醜いこと、悟った女というのはそういう真実を見失うことを意味した。
すべてどうでも良かったからだ。
神さまに肉体はあるが、それは権力者でなければならなかった。
しかも、女のからだを尊敬していなければならなかった。
クリエイターか、ただ生かされている存在かの違いはそのあたりにあった。
徹子の部屋 野際陽子。

2017年7月 7日 (金)

ただ生きている女。

ただ生きている女にとって「男らしい男性と自分の経験」だけが何かを生み出す秘訣となっている。
なにかを引き出してくれる知的な男に惹かれた。
大学生活を経験した男に女のからだは反応したのだ。
亀井絵里 片思いの終わりに。

高学歴男に仕える女子大女というモデルがこのことを指摘している。
知識とカンで話すことの区別は「ただ生きている女」にもついた。
女に詳しい男の区別もついた。
どうやって女に詳しくなるの?
それは、女を好きにならないとね。
女にやる気をもらっていることも大事だ。
だいたい「描いているもの」が正しければ女に詳しいと認めるわ。
詳しさに限界があるから話しているんでしょう?
ただ生きている女の直感をめがけて言葉をぶつけるとどの女も賢くなれるのだ。
男次第で女に学歴など必要ないことがわかっている。
二人きりでないといけない、三人だとなにもできない、これだけ女が分かっていればいいのだ。
ただ生きている女からなにかを引き出して出世に活用する男を女は「神さま」としての待遇を与えた。
急進的な思想ではあるね。
女は「ただ生きているだけでいい」ことが約束されるからだ。
なんで私を選んだのかしら?
それは「男の知性に涙を流した」という媚薬があったのだろう。
CoCo 千年の媚薬。

女は男の知識が胸に響くたびに借金を返すがごとく多く話した。
心の火と、かかったお金だけで男が別次元なのが分かった。
「可愛かったからね。俺も出世できるし」
これだけで女を選んだ理由になるのが高学歴男だった。
女の方はといえば「あの女から奪った男」というのがいちばん安全だった。
このことは「完璧な三人」とも言われた。
男は女に詳しかったし、女の方はいいからだをしていたのだ。
女が他の女に勝つというのは難しいことなのだ。
男もよりいいからだをした女の方がやる気が出るだろ。
「かわいい」「ナイスバディ」それは言葉にしてもいいものだった。
他の女から奪わなければいい男は手に入らなかった。
紹介ではダメなのだ。
散々、自慢されただけのことはあるのだ。
あとはからだを磨くだけだった。
AKB48 ノーカン。

ただ生きている女にできることは「美しさを磨く」ことだけだった。
経験だけでわかるのはそれだけだったからだ。
「よりいいからだ」仮説が男を奪うことの優越感を示していた。
男は「感度が違うんだよな」と思っていたのだ。
高学歴男も私のからだにイチコロね、と思えるほど簡単にいい男が手に入った。
女の子はこのことから勉強をしなくてもよくなったのだ。
テレビの有名アイドルではない方がお料理、お裁縫、お洗濯、なんでもできた。
適当にテレビでも見ておけば、高学歴男は「まったく違う情報」をぶつけてくるよ。
何度も「彼は神さまね」と思えることばかりだった。
譲れない夜を知っていればいい、それなりの出身高校があればいい。
ただ生きているはストレスもなければ、無理もしない生き方をしていたので美しさを維持していた。
瀬能あづさ 永遠に友達。

女には何か語りたいことが眠っていて、心の「鍵」を外してくれる人がいると信じているのが「ただ生きている女」の特徴だ。
男にはこのようなことはないことも知らないといけない。
女はそのような男を「神さま」だと信じているのだ。
その男の勃起は特別なのよね。
日常の世界に学問という楽しみがあるから勃起しているの。
経験だけで生きている自分のことを知ることができる。
記憶を宝物のようにしていた女だった。
みんな違う記憶を持っているから男の知識とはまったく異なる世界を語るのが「ただ生きている女」だったのだ。
男が女心を知る(ワラント)というのは経験でわかるとはとてもではないが言えなかった。
「読んだのね?」
しかも、地に足がついていればそれはもう「神さま」だってわかるでしょう?
必要とされる男だってことがわかるの。
男は見た目じゃないと思うわ。
女を囲っておきたいおじいさんすらいたのだ。
女はよぼよぼのおじいさんを「神さま」だと思っていた。
おじいさんはそのことによって得たもので多数派工作していたのだ。
藤本美貴 大切。

5×3=30÷2と言い放つほどおじいさんは5歳になりきって30歳の女を相手にした。
幼児になればおじいさんは30女の複雑な恋愛事情に立ち入らなくて済むのだ。
得たい知識は日常で得ているよ。
最高の叡智をもつおじいさんにとって30女との幼児プレイは、女の誇りを維持した。
ただ生きたいる女にとって、神さまである男との幼児プレイは快感ですらあったし、5歳になって欲しかったのだ。
それほど、女が日常で見せる笑顔はまるで幼児を見るような顔だったのだ。
80歳のおじいさんに「女に興味を持つ」のは無理だと思うだろうか?
組織の知識に関わるんだ。できるんだよ。
ソクラテスは若い奴隷女とそれを実践していたのだ。
チョムスキーもソクラテスをモデルに、30女とおじいさんのこのような関係を描いている。
本当に学問の探求をした男の歳の取り方だとしたのだ。
民族もそのような年寄りの存在を知っていた。
ただ生きている女にとって、本当の「神さま」にしてあげられることはそれしかなかったのだ。
「5歳の幼児はどんな大人に育つでしょうか?」
年寄りはいろんな女の表情を見てきたから「幼児を見る眼差しだ」と知っていた。
セックスはしなくても「信頼」だけが二人の間にあった。
暑いとか、おっぱいとか、言っていることは神さまも幼児も同じね。
宇宙でおじいさんと幼児の共通点を見つけた。
ただ生きている女は同じ笑顔を向けるだけでよかった。
偉いとか偉くないとかではないの。
女の笑顔によっておじいさんは怖い世界に君臨できているのだから。
30女は、自分の白黒写真まで見せて、男と対等だということをアピールしたのだ。


2017年7月 6日 (木)

怒っている女。

自由の女神のランプは国を表している。
自分が立ち止まっていること、男が動いていることに女神は怒っていた。



動いている男に「私を好きになってもらいたい」と思うのが女だ。
これは「パズル」と呼ばれた。ギリシャの時代にエピカーマスという金持ちが人に金を貸していた。
金を返さなければならない人は、石ころに石ころを混ぜて返そうとしたし、氷に氷を混ぜて返そうとした。
しかし、石ころにせよ氷にせよ「人々が信頼していなければお金ではない」とされ、女たちは「動いている男に返せる私への信頼って何かしら?」と考えてしまった。
バージンが信頼だとするならば孤独から孤独へと移動するのが女だった。
女は常に止まっていたことをまるで「借金」であるかのように考えていた。
高井麻巳子 約束。

また、クリシップスのたとえでは、ディオンとテオンがいて、男であるディオンと女であるテオンの違いは「右足だけ」だとされた。
もしテオンが右足を改造すれば男になれるのだろうか?
右足が弱いから猫のように可愛いのではないだろうか?と議論された。
右の脳が発達していない男がいるとしよう。
男が女心を知り、女にもわかる話をすることをワラント(転換社債)と呼ぶが、株は女であり社債が男であることから生まれる発想だ。
しかし、男が右の脳が発達していないと「陰湿ないじめを男に売る」という株しか出せなくなる。
経営者にはなれないだろう。
ウサイン・ボルトのトレーニング。

また、テセウスという王は、哲学の世界という海を船で航海するたびに形を変えていった。
歴史を紐解いてみてもだんだんテセウス(時代の王)はやることが派手になってきた。
女たちは王様にも怒っていた。
国民の総意に基づいて怒っている、天皇。

自由の女神の炎はレンガでできている。
しかし、ダビデは本当に炎を燃やしている。
月曜日に炎が消えても火曜日には火がつくかもしれない。
月曜日にダビデの炎は消えていても火曜日は怖いかもしれない。
動いている男とはそれほどまでに恐れられている。
話していることが変わってくるんだから女は怒っていた。
100メートルバタフライ女子。

また、女は「話しが合う男」にも怒っている。
「あなたの心のランプはどうなっているの?」
動いている男にも怒っているし、話が合う男にも怒っている、
ここに「憲法がなくならない理由」があるのだ。
憲法とは「女の怒り」という意味だ。
女は男のランプに火がついても付かなくても怒るので憲法廃止論は極めて実現困難となった。
「なぜ仲間に加わらないの?」
仲間に加わるのは男であって、声が低いだけの「女」であってはならない。
「男には男の役割があり、女には女の役割がある」
仲間に加わるとはそういうことだ。
女が見る地獄は10オンスで、男が見る地獄は20オンスだ。
女はまだ浮気への堪え性があるのだ。
地獄が違うのならば違う話をしなさいよ。
おちんちんの意味があるでしょう?
一対一ならば話があっていればいいけれど、社会人としてはどうなの?
3Pなんてはじめからやる気ないわよ。
社会人として生きていないのならば両想いにもならないわ。
非対称的な両想いってあるのよね。
男が女に合わせるワラントという柔軟性、そして非対称的な二人、これが理想ね。
アリストテレスが男女のグループでナイル川を下り北極星を目指して地球の円周を図ろうとした時からこのことは指摘されていた。
同じ形、同じ色、同じ重さの男性、女性で何が楽しめるのかしら。
お互いに力を与えあいましょうよ。
男だって地面にめり込んでいるんでしょう?
せめて女とは違う力を見せてよ。
ribbon 変な愛のカタチ。

大地に根をはってみると男女の違いを知るのよね。
女の心の火はレンガだと認めたくなるわ。
おちんちんのついた男を「女に力を与える」存在かどうか冷静に見ている自分がいた。
男と女は何が違うの?
「かかったお金でしょ?」
憲法には男の心の火と、かかったお金というゴリアテの石が絡んできたのだ。
お金と肉体が違うのよ。どの女も怒るよね。
女の子も男の子も同じ親の肉体を見ていて、同じ人生のパトロンを見ているけど、やっぱり女の子は怒っちゃうかな?
男女の永遠を知るのはさすがに嬉しいわ?
力を与え合うという意味でも互角よ。
でも、カマを掘られていない男らしい男はやはり必要ね。
女とは違う男というものを知りたいのならば二人のセックスは止められるのかしら?
女は男にかかったお金と火を楽しみたかった。
しかも、いろんな男を比べたかった。
火とお金を合わせると男には4通りあるの?
女をその気にさせる男ってどんなもの?
瀬能あづさ ふたつにひとつ。

自由の女神とは女の怒りの象徴なの。
ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州から道を作りましょう。
男の子と女の子に道を与えるの。
果たして二人とも男女の真実にたどり着けるかしら。
火とお金の違いがわかるかしらね。
女の子が怒っていることに男の子は気がつくのかしら。
その上でお互い力を与え合えるのかしら。
道の途中で男の子たちはどう変わってくるのかな。
みんな「生きている」の。
女が盛り上がりを感じた時に憲法(女の怒り)は停止状態になるの。
火とお金で男は4次元になったからね。
男の言葉に違いが出てきたのよ。
自由の女神を作るのにはお金がかかったでしょう?
でも、火だけはレンガでできてるでしょう。
お金で火が作れるかは分からないの。
お金をかけなくても火を生み出す男はいる。
何が男女の永遠なのかしら。
最後には結婚するのよ。
それが普通の男女なの。
Wink 結婚しようね。

女の子も体を鍛えられるし、お金もかけられるという人もいるだろう。
女も人間として生きたかったのだろう。
男女の違いにしたがいたくないのならばそれもまた怒りね。
男とキスもしないつもりかしら。
男女の違いをプロトンとニュートロンの違いとしか思わないの?
男女の違いは右足だけ?
それならば「時間」を与えてみましょう。
プロトンとニュートロンの大きさの違いがわかるわよ。
それとも、男に物足りないとでもいうつもり?
本物の男は「百万人に一人」ではないのよ。
男の子と女の子の違いってなんだったのかしら。
家具のアレンジは誰がやるつもり?
男をお金で生み出すってそれだけ大変なの。
お金で女を男にできると思うのならばやってみなさい。
郷ひろみ 男の子女の子。

月曜日に男の子にはお金はなかったけど火があった。
火曜日はどうなるだろう。
心の火を見てから親はお金をかけるかどうか判断しているのではないか?
どれだけ多くの祝福を受けたのか?
モハメド・アリはロンドンオリンピックで金メダルを取ってからアンジェロ・ダンディーに電話している。
お金を管理していたのはダンディーだった。
これが普通の男だろ。
最初からお金をかけてもらえるあまったれなどいないはずだ。
時間をかけるとはそういうことだ。
男の子の火とお金の関係についても当然、議論しなければならない。
男の子は庭の石ころ(障害物)をどける作業をせっせとやるんだ。
どうせお金の割り振りをする連中もみんな障害物だから知っておいてもらいたいね。
「結果を出す」というのはそのような作業なんだ。
世の中で簡単にお金なんて出ないよ。
女の子は、火とお金のある男に借金を返さなければならないから、恋は孤独なんだ。
檸檬の年頃 AKB48.

火を見ないで最初からお金をかけてもらえると思うのならば、それはプロスポーツの世界にはない話だね。
果たしてそれで女の子たちの祝福を受けたり胸に記憶が残ったりするのかどうか。
ボートが船になり、船が戦艦になるのを見たけど、男の子たちは常にボートから人生を始めている。
戦艦は「お金が違う」とは言えないだろ。
常に火をあおることしか言わないよ。
まあ、子供たちに「俺はかけられているお金が違う」と言える人は限られているから子供達と一緒に体験教室ができるプロフェッショナルは限られているんだよ。

2017年7月 4日 (火)

漁り漁られ女。

悪い男だった。仲間が多いように見せかけていた。そんな男には罰が与えられた。
「悲しみさえがまるで飾りだった」
中森明菜 リフレイン。

彼には罰が与えられて当然だった。優しくて知的な男の方が素敵だから。
悪い男ではいけないということは最初から分かっていた。
レイプ経験を自慢するような男はいつか何かしでかすだろうということも分かっていた。
刑務所で裸を撮影されて「灼熱の島」で夢を見るように受刑者として過ごすでしょう。
私にはまだ彼が必要だった。
でも、直感で感じた通り悪い男は刑に服した。
ジェフリー・マーフィーは「結局、暴れる男はダメだよな」と語った。
「魔女は怒りや恐怖、臆病風、敵対心、攻撃性、残虐さ、サディズム、嫉妬、罪、嘆き、専制を吹き飛ばすだろう」
一度、体を許しただけに女は男を「再起不能」にしようとしたのだ。
仲間がいない、お金がない、そんな男の本性を見たからだ。
罰を与えた、そして何がいけなかったのかも教えた。
CoCo ささやかな誘惑。

女を弄んだことの意味を知る。これが罰だった。
女は意図的に、漁られたことへの副作用を男に与えた。男は「犯罪者一家」とまで呼ばれた。
バージンには罪がないことを思い知った。
未経験女は優しい男を選んでいたので、このような漁り漁られ女の文化とは一線を画していた。
漁り漁られ女の報復には税金も対価も必要なかった。
ひたすら男に「罰を与える瞬間」を狙っていた。
漁り漁られ女が男に与える罰とは何か?
世界が厳しいもので苦痛に満ちていることを教える、犯罪に手を染めるようになる、女はコントロールできないことを教える、そして呪いに満ちている。
弄ばれた側の女は罰を与えるのにふさわしい力を持つほどの仲間ができる。
恋愛論を知らない男、そう女に認定されただけで莫大なお金を失うのが男だ。
非常によく練られた攻撃を女は行う。
もやは弄ばれた女には「神聖な命令」が下っていた。
市民としてそれは行われなければならないことだったのだ。
犯罪を処罰する、それは犯罪に値するからだ。
間違いを犯さない男はいない。
しかし、女を弄んだときに「恋愛論を知らない」という「男の人生の否定」が行われ、男は「犯罪者一家」のメンバーとなるのだ。
犯罪に手を染めた理由を男は自分でも知らないだろう。
恋愛論を知らないという罵声を浴びせられたことがあるのだ。
女は「失くしたものなど気がつかず」にこれを行なっている。
借金は返さなければならない、これが哲学入門でもある。
中森明菜 リフレイン。

社会の序列は「恋愛論への詳しさ」にあったのか。
抑圧されている女にとってすべてがフェアなゲームだった。
女は「弄ばれた」こと自体、恋愛論を知っていたのだ。
あとは男の人生への「長い宿題」となっていた。
人生を全否定されたときに初めて男は女というものに興味が持てた。
男はこれほどまでに強く、女はこれほどまでに弱いことを知るからだろう。
弄ばれた女は罰を与える資格を持つ。
しかし、その「資格」はいずれ国に移るだろう。
犯罪者一家となるのか国を任されるのかは哲学しだいだ。
「多数派を作るためにどっちにいけばいいのか?」
男が社会への不満を語らなければ、弄ばれた女は「失くしたものにも気がつかない」だろう。
「汝は無益な苦しみを受けたか?」(ガラテア)
人生の苦しみを知っていれば、女を弄んで人生を全否定するような行為をされても、「女はこれほどまでに弱いのか?」と思い、学問を続けるだけだろう。
「いい男」はみんなそれを知っていた。
弄ばれた女は、男を罰することでスタイルが良くなる。
「最後に笑うのは私ね」
女の弱さを悟るのは女だった。
この罰が小さすぎると男はより多くのお金を差し出すだろう。
ribbon 変な愛のカタチ。

「ひどい男だよね」と言ってもなかなか男たちの共感は得られないんじゃないかな。
女がスタイルがいいとしかわからないよ。
でも、女を弄んだ男は二度とそのようなことをすることはないだろう。
そのようなことの危険性を知るだけだ。
イケメン気取りの男もそうやって大人になっていくんだ。
男によって気が強い男と気が弱い男がいるけど、気が弱い男の方が学習能力が高いね。
財産の喪失を最小限に食い止め、奴隷階級までは落ちないだろう。
また、「女の間違い探し」ものちに学ぶだろう。
気が強い男は40年刑務所に入れられ、気が弱い男は100ドルの罰金で済む。
女の裁きってそんなものだよ。
100ドル差し出しただけでも「ひどいことしちゃったな」と女は思うものだ。
比例原則とは男の気の強さに比例しているという意味だ。
このことはリーボックが明らかにしている。
気の弱い男ほど罰に強いんだ。
危険性を悟るのも早い。
軽い「判決」のあとに表情が変わるのも気の弱い男の方だ。
松田聖子 赤いスイートピー。

また、弄ばれた女は、男を男として「認めている」から罰を与えているとも言える。
なんの罰も与えないのならば認めていないのだろう。
自分のからだが男への罰を望んでいないのならば男をまったく認めていないことになる。
「どうしても傷つけたい」と思われる男は魅力的なのだ。
380億ドルも全米の男たちはこれによって払わされたよ。
しかし、童貞男はほとんど無実に近かった。
ネット上で童貞男が女を弄んで罰を与えられてもほとんど冤罪なんじゃないかな。
学習だけがもたらされている。
バージンに罪はないというのは男にも言えることなのだ。
しかし、痛い目にあった男はもはや一国一城の主だよ。
東京パフォーマンスドール 十代に罪はない。

セックスの怖さ、女の怖さが分かるだろうか?
男は女の扱いを改めるだろう。
罰を与えられた男は女に復讐するかもしれないが、そのことで敵を作ってしまう。
女だって罰を与えたことによる復讐を恐れているんだ。
復讐をしないで学ぶんだよ。
ほとんどフリーライドに近い学習じゃないか。
人生で借金を返していくように女心を学ばなければならない。
女が「気の弱い人が好き」ということの意味を知らなければならない。
怒りにまかせて女をひっぱたき、罰に復讐するような男は学習能力がないし、男になれないのだ。
この経験からいずれ多数派工作をするほどの学習能力もないだろう。
医者も「心臓は大きくなるのが問題」としているが、あくまでも直感に頼りすぎているという指摘もなされた。
また、男女のこのような「フェアなゲーム」は属する組織に組み込まれているのだろうか、果たして組織に十分な女性たちはいるのだろうか?が問われる。
組織でもフェアなゲーム作りは心がけないといけない。
松田聖子 ハートをロック。

愛の倫理社会女。

世代を超えたセックスは「過去の産物」なのだろうか?
年配者と若い娘のセックスは「富の分配」としては成立する。
しかし、年配者には「妻への義務」というものもある。
将来のある娘と、現役世代がどのように関わるべきかという研究が本稿の趣旨である。
おニャン子クラブ シーッ愛はお静かに。

カップルが社会で経験したことをお互いに生活で共有するわけでもなく、また、お互いのことに興味もない。
これは前近代的なものであることは事実なのだ。
これは若い娘への現役世代による「権力の行使」に他ならない。
若い娘の利益を現役世代がコントロールしているとも言える。
人間社会にはこのような「非対称性」が存在するのだ。
かと言って、若い娘が現役社会人の男に何かの影響を与えられるわけでもない。
しかし、若い娘に魅力を感じ、利益まで与えてしまうのは長い目で見れば「男が成熟した女心を見失う」という効果をもたらすだろう。
現代の「男の権力」の姿はもはや昔とは違うのだ。
若さを無駄にしている女の子たちを相手にすることは社会人男にとっては「社会生活の終わり」を意味するのではないか?
精子と卵子が興奮するのはわかるけど、長い目で見たら男の出世にはつながらないという側面がある。
「若いお母さんだね」というのはエラスムスプログラムとして研究されたことはある。
男の出世が止まるし、お金がもったいないという結論も出ているのだ。
出世のためにお金は使うべきなのではないか?
世界を敵にするような行為とも受け止められる。
「あの奥さんには何もわからないだろうな」と周囲に思われたりもする。
社会人の男は「将来のことを考えていないのかな」とも思われるだろう。
長い目で見たら敵の多いカップルとなる。
うたばん モーニング娘。

一方で、若い娘を嫁にするような男は「強くて国の将来を見据えている男なのだろうか?」という見方も可能だとされた。
この見方をすると「お金で買った」という意味合いが薄まるのは事実だ。
若い妻への義務も果たしやすい。
昔の男の心配も必要がないというメリットもある。
哲学者によっては「若い女の子は案外、お金ではなく人としての魅力を見ているんだよ」という論客もいるが、これは議論が必要だろう。
「案外、お金に困っていないんじゃないかな」という指摘だ。
お金の話をされると本当の男性の魅力を求めている娘が迷惑するの。
「生きるってどういうことかしら?」という問題の方が大事だったのだ。
「未来とは何か」が分からなかったのは若い娘の方だった。
心なんてものはあっという間に年配の男に溶け込んでしまうよ。
「みんな分かってくれると思う」とも言われた。
パパと同じぐらいの歳の人だと、もはや娘を子供だとは思えなくなるのかな?
子供として惨めな暮らしをするよりもいいのかもしれないと思う父親もいた。
「将来があっという間に実現できてしまう」
若いからだに豊かさがともなうことを歓迎する見解だった。
友達みたいな関係の親子にはよくある話だね。
親は「自分たちの人生」を早くに学習する娘をむしろ喜んだのだ。
繁栄がまたひとつ一族に加わるのだ。
「生きることの喜びを知ってくれて嬉しかった」という親もいた。
瀬能あづさ ふたつにひとつ。

しかし、やはり「年配の女たちのサークルに加われるのだろうか?」という問題はつきまとった。
お金の話はつきまとうし、生きてきた時代も異なる。
「国の話が違うのよね」という年配の女もいた。
「この娘、自分の立ち位置を見失ってはいないかしら」と心配する向きもあった。
立ち位置を間違えると世界を敵にする。
「やはり育て方を間違ったのかな?境遇に不満があったのかな?」と考えてしまう親もいた。
人生の悩みを年上の男と結婚することでごまかそうとしたのだろうか?
対人関係に恵まれるかどうかも疑わしかった。
世界を敵にしないことは人生に最も必要なことだ。
もし、歳の差カップルにできた子供が障害を持っていたとしよう。
それが3ヶ月後に治った時に、女は「自分の人生は子供次第だったんだな」と痛感するだろう。
「将来世代の女の子」と言っても子供ができれば話は変わってくる。
双子や三つ子が生まれたのならなおさら「自分の若さなど関係ないんだな」と思うだろう。
子孫ができるのならば若さなど関係ないという見方は当然行わなければならない。
子孫のことを考えると、豪邸のガレージのコンバーチブルなど生きていく上で有害でしかない。
医学の側は「若いお母さん」をこのように長い目で見守らなければならない。
若い娘であることを自慢したいだけならば子供など持たない方がいい。
歳の差カップルいいとこ悪いとこ。

他の若い娘はこのような女を「全人類平等」の立場から「失ったものがある」と主張し始める。
前近代的な「世代間セックス」に対して「近代的とは何か?」をアピールするだろう。
いい暮らしって何でしょうね?
女たちの逆襲がなされるのだ。
若いからだを利用するというのは他の同世代の女にとっては気分のいいものではない。
「ちいさな未来しか見えないよ」と言うしかないのだ。
セックスしてお金をもらうよりも長い月日をかける喜びがあるはずよ。
子孫を残すのならば女の存在はゼロになってしまう。
女は何に満足すべきかをおのずから知るの。
年が離れてる?つまらない話にこだわっているのね。
人類の平等という観点からも、近代的であるという観点からも報復を受けた発想だった。
同い年ぐらいの男と恋愛をしなければ「今」というものや世界の当たり前を見失うのではないかしら。
長い目で見ると「妻」としか記されないのだから今は敵が少ない方が生きていきやすい。
若ければいいと思って今のことしか考えないと「妾の子」などという子孫に傷を残すことも犯しかねない。
傷といえば聞こえはいいが、お金の問題にもなる。
子供のために何がしてやれるのかを見失うことがあるのが「若い娘」なのだ。
広瀬香美 ピアニシモ。

全人類平等の立場から「妾の子」という呼び名の賠償請求が後の世代によって行われることもある。
アフロアメリカン(黒人)は、奴隷の子として何らかの賠償を求めたのだろうか?
それはロバート判事のライフワークでもあっただろう。
常に祖先に何らかの罪を着せている世代を「ジェネレーションX」と呼ぶ。
あのとき祖先が若い娘にうつつを抜かさなければという問題だ。
歴史の記述においては「妻」「系図に必要な者」としか思われないのだから問題を少なくした方がいい。
ここまで広い視野を持つことは同い年ぐらいの女を口説くのにも都合がいいだろ。
瀬能あづさ ジェネレーションX.




【書きかけ】

2017年7月 3日 (月)

お先に失礼女。

女の子たちが初体験を経験したグループとそうでないグループが共存することがある。
市民社会のメンバーとしてどのようなメンバーを受け入れるのかはもはや「戦争」とも呼ばれた。
外国では常識である恋愛論が今の若い娘に通じなくなるのか?
恋愛の天国と地獄を歌った音楽作品が売れなくなるのか?
犯罪を犯さない男しか未経験の女とセックスできない現状があることを男たちは知っているのか?
女の子たちの「戦争」をうまく裁く委員会はあるのだろうか?
マスコミは彼女たちのニーズをうまく掴みきれるのか?
などの問題がある。
おニャン子クラブ お先に失礼。

未経験の女の子のために人間は多額のお金を使っている。
「戦争」のあとには平和があるだけだ。
国はなぜ私たちの「戦争」に沈黙しているのかしら。
未経験の女のために数百万円が飛び交う居酒屋もあった。
家庭を持たず失うものがない大人は確実にいるのだ。
「どのように彼女たちに安定をもたらせばいいのだろうか?」
犯罪者を罰すれば、優しい男だけが世の中に残り、彼女たちも安心して相手を選べるだろう。
もはやニュルンベルク裁判も終わっているし、ユーゴスラビア国際刑事裁判も終わっている。
未経験の女とセックスできる「刑法」は完成しているのだ。
「優しい男が好き」という基本もわからない連中のために国は刑法を用意したのだ。
河合その子 恋の秘伝。

暴れれば歴史に残ると男は思ってしまう。
しかし、それは逆効果だ。
戦国時代の物語は子供たちに誤ったメッセージを送っている。
子供たちの「五感」に大人たちの誤ったメッセージは染み込んでいるのだ。
「歴史とはなんだろうか?」
国家基本問題研究所にもその誤解が伝わっているし、みんな戦国武将が歴史上の人物だと思っている。
ニュルンベルク裁判や、スペインのフランコを裁かなかったらみんなこのことに気がつかなかっただろう(東京裁判史観)。
真実は穴に埋めてしまえとアムネスティーは考えていた。
そのために東京裁判で日本国が学んだことも穴に埋められて東京裁判史観がいまだ大河ドラマなどでまかり通っている。
しかし南アフリカやルワンダ、タンザニアなどでも「暴れたって歴史上の人物になんかなれやしないよ」ということは伝わっていった。
これらの「ガラスの裁判」は子供たちにはおそらく伝わらないだろう。
やんちゃな少年を大人たちは可愛がるからね。
豊田真由子。

哲学は東京裁判史観からだけでも一部の支配層のみに共有されるものとなった。
また若い娘は年上の男性に憧れるという効果があった。
年上の男は女の子たちの「戦争」を知っていたし、すでにその総括を終えていたのだ。
戦国武将はマキャベリが描いたものに過ぎず、そのようにして王子は民との情報格差を維持しろということであった。
サルトルも「汚い手でいったい何を望むというのだ?」と言って哲学を知らないものが何も得られなかったことを嘲笑った。
南アフリカはスペインのフランコからこのような誤ったメッセージを受け取っていたのだ。
南アフリカは一気に内乱に陥った。
子供を過失によって車で跳ねてしまい殺してしまったというだけでも若い娘はドン引きしたのだ。
さだまさし 償い。

男の優しさと未経験の女の子は常に東京裁判史観の前に緊張関係に立たされていた。
2001年の9.11テロは人種差別(ヘビアスコーパス)への痛烈な哲学攻撃だった。
「どうだ、暴力で歴史に残っただろ」
犯行声明を出したアルカイダはアメリカ合衆国にマキャベリ的なメッセージを送った。

1946年から1949年にかけてニュルンベルクは、ゲーリングやリッペントロップ、シュトライヒャー、ヘス、スペアなどを裁いた。
モーゲンソー財務長官は速やかな処刑を主張し、ナチスの一掃と経済の破壊を行おうとしたが、スティムソンは「戦勝国も暴力を用いている」として、その「未経験の女の子をめぐる戦争」の趣旨を周知徹底させようとした。
このスティムソンの考えは「勝ったから何がしたいの?」と言われた連合国側を一致団結させた。
「これが分からないから罰するんだ」ということが明確になったのだ。
このことから法廷づくりにもしっかりと理解している人を選んだ。
「予防であって復讐ではないことが明らかになった」
未経験の女の子がいる限り争いは治らないだろう。
ヨーロッパのユダヤキャンパスライフを破壊したこととも整合性が取れた。
「秩序に従わないと何が起きるか」も明確になった。
七名が処刑された。
それに比べて連合国側が「東京裁判はつまらない」というほど論点は絞りきれなかった。
西田幾多郎などは未経験の女の子を利用して資金集めをしたほど女の子を大事にしていたからだ。
しかし「戦争犯罪とは何か?」がこれで明確になったのだ。
1993年のユーゴスラビアのICTYにおいてはミロシェビッチが「この事件はモノが違う」と言われるほどニュルンベルクと同じ論点を提起させていた。
ハジッチ、カラジッチ、ムラジッチが逮捕され、3億ドルをかけて82カ国から人を集めて「戦争犯罪とは何か?」を世界に発信した。
「未経験の女の子」をめぐる争い、それが世界に周知徹底されたのだ。
高橋由美子 Step by step.

ミロシェビッチは、その地位にとどまり、ボスニアのセルビア人司令官として、レイプが起きたと言っては侵略をするようになっていた。
クロアチアの腐敗なども徹底攻撃する政治家となったのだ。
ミロシェビッチはセックス裁判が得意だったので、南アフリカやローデシア、イランも参考にするほどだった。
「罪とは聖母マリアを遠ざけてしまうものである」
タンザニアやルワンダでもICTRは、ジェノサイドを企画したものは「ビッグフィッシュ」と呼び、その結果として起きたレイプを重く見ているのだ。
「聖母マリア」という概念を使うだけで「専制とは何か?」が明確になった。
カダフィなんてのは殺される素質が山ほどあった。
国際刑事裁判所(ICC)に関しては常任理事国でもロシア、中国、アメリカが批准していない。
しかし、ウガンダ、コンゴ、スーダンで国連が活用する発想だろう。
アメリカ合衆国は「国内ではよくある問題」として聖母マリアに関する議論を行いたくなかったのだろうと思われる。
戦後の裁判というのは難しいんだ。
日頃、痴話喧嘩ばかり裁いている裁判官が戦争を裁かなければならない。
そのためにどうしても聖母マリアをめぐる争いという観点を引き込む必要があった。
軍事裁判と普通の裁判の「文化を合わせる」という発想が求められた。
ニュルンベルクのリメイ判事やマクナマラ判事はこのことで「彼は常に裁判官だった」と言われたのだ。
アメリカ合衆国は、空襲を散々行なっていたが、「勝者が裁く」という問題は常に罪なのだ。
「勝った以上、何かの法則に従っていたのだろう」としか言えない問題だ。
「女性をどう扱っていたか」あたりだろうね。
政治なんだよ。
「勝利こそが真実」であるとして政治的な真理を探究するという考えも当然あるだろう。
フレディもしくは三教街。

戦争犯罪には「血塗られた手」がまず存在し、いろんな悪事がはびこるものだ。
「まず、すでに過去の話となったこと」を基盤に「2年以上裁判に時間をかけること」が必要とされている。
そして、「国家として罰を与えること」で出口を作るのだ。
被害者を出頭させることや、その論理を関係国すべてが理解できることがも求められる。
南アフリカにはデズモンド・ツツのように被害者が存在する。
1980年代から1990年代にはアルゼンチン、チリ、エルサルバドルなどでも裁判が行われた。
アルゼンチンにおいて1976年から1983年のダーティーウォーにおいて「三万人が消えた」とされ、7000の証言を得て、そのうち1500の証言はアルゼンチン軍の軍人からのものだった。
このことを総括した「ネバーアゲイン」という本はベストセラーにもなっている。
チリのピノチェト将軍の17年間の統治下において、チリも汚い手を使っていたとしてアルゼンチンの真似をして1991年に総括がなされた。
「泥沼から希望へ」というタイトルで総括されたものがベストセラーになる、これは争いを治めるのに一番都合が良かった。
エルサルバドルも、南アフリカに介入してANCの支持者を虐待していた。
アルゼンチンもチリもエルサルバドルものが南アフリカに密かに介入していたのだ。
「終わった悲劇から富を生み出す」ということの重要性が指摘できる。
終わったことは穴を掘って埋めてしまうのが仕事だったアムネスティがこのことを知ったのだ。
結局、外国国家の「セックス裁判」に参加してみるということは有意義なことであり、セックス政治を標榜するキリスト教国家の影響力を増す。
「許しって何?」
紛争の総括でもっとも高い評価を得ることだよ。
松田聖子 上海倶楽部。

一方で「風化させる」という対応の仕方がある。
風化しないということは悪い体制の存続を意味するからだ。
法に満ちた信頼できる体制ができれば総括は自ずからなされるものだ。
ポーランドやチェコスロバキアが「経験した娘とそうでない娘の共存」に詳しく、その時の女の子の政治から「風化させる」ことを学習していた。
KGBなどもこのことはよく勉強している。
最後におばさん連中みたいに「あの頃の深刻な戦争は忘れる」という対応がなされる。
たとえ娘がいてもあまりにも深刻すぎて「忘れる」という対応をしてしまうのだ。
これはもはや記憶のメカニズムであると言ってもいい。
女の子たちの戦争から学ぶことは多いね。
安倍首相が指原莉乃は政治家に向いていると発言。

2017年7月 2日 (日)

スマホ依存女。

インターネットやスマホは今まで分からなかった人間の真実を明らかにした。
それでもなお、スマホ依存女はそのことから目を背けるのではなく、社会で生きていくための「やる気」をもらっている。
それも「自分の世界が広がるのは楽しい」というところから来ている。
現在、周りの連中が企んでいることへの「カン」が磨かれたりする。
マイクロプロセッサーは、今や車やエレベーター、電子レンジ、時計などにも用いられている。
スマホ依存女が楽しんでいる技術はこれらの安全を期すことから日々、磨かれているのだ。
「何か楽しいこと」を提供した者の序列が上にランクされたりして社会の序列が再編されるという効果もある。
スマホのある世界とない世界では何が違うだろうか?
速さ、近さ、明確さか?
買い物や、教育、政府に関してはそうだろうね。
このことだけでも確実に世界は広がるのだ。
しかし、選挙への活用をする政治家や、若い娘をナンパする共産主義者という二つの視点は忘れてはならない。
何がより「男らしいか」は別として、ワープロのコピーアンドペーストだけは自分の所属する組織よりも強烈な影響力を持つのは事実だ。
また、スマホ依存女が悩んでいることの解決法や答えが「ワンパターンになる」ということも指摘して良い。
複雑なはずの社会が「正解」の前に同調行動をとることも指摘できる。
スマートフォンは、スマホ依存女をただ待っているだけではない。
スマホ依存女をスクリプトによって動かそうとすらしている。
タンポポ 恋をしちゃいました。

スマホ依存女に価値を与える論客は常に3人いて、3通りの方法があるために女はスマホが手放せなくなっている。
一方で、スマホ依存女は常に自分に対する悪巧みに敏感になっている。
「悪巧みには技術的な対処が可能だ」と不満を漏らしながらスマホを使い続けるか手放すかしかないことも分かっているのだ。
そのようにして人間の本性や悪事が夜明けを迎えたように明らかになった。
音楽のあり方も変わった。テープレコーダーの頃から、音波を出して耳で感じることは分かっていたが、動きやスタイル、リズム、トーン、スケールが明らかにスマートフォンでは変わった。
このこともスマホ依存女を惹きつけた。
「女の声」といういまだ聞いたことのないような言葉も明らかになってきた。
女たちは自らの価値を高めたいために今まで話したことのないようなことも話した。
まさに「女心も夜明けを迎えた」と言っていい。
「女たちが今まで慣れていた作業に機能を合わせる」ことに成功したからスマホ依存女というのは生まれたのだ。
CoCo 優しさに帰れない。

若い連中はむしろ機能を使いこなすことの方が、世界を広げることよりも先行してしまうとされる。
「世界を一本のラインの上に乗せた男が勝つよ」
あとはムードを与えるだけだ。
スマホ依存女もそのような男を支持していた。
効果音などの音が大事になってくるね。
ギリシャの時代には、一方的に「されるがまま」になっていてお互いに面倒を見あっていた人々だったのに、スマホ依存女は「社会は特定の男が一本の線に乗せようと試みている」と考えるようになった。
しかも、若者を標的に「ムードと詩」によって行なっていると考えていたのだ。
買い物、教育、政府への距離が縮まり、人間の本性が技術によって明らかになった。
若さを無駄にしている連中の支持を集めたし、スマホ依存女は「私が考えていることに興味を持って欲しい」と思ったのだ。
彼氏とのセックスではなく日常がスマホにはあった。
スマホ依存女はもはや動物ではなかった。
仲間たちが技術の周りに集まって来たのだ。
ネガテイブな記憶はいくらでも消すことができた。
男の言葉があって、胸に刻まれることもあった。
瀬能あづさ ふたつにひとつ。

夢と現実のギャップをスマホ依存女はスマートフォンで埋めていた。
「過去は間違っていた」
そう思ったからこそスマホ依存女になっていたのだ。
人工知能みたいな男の言葉がたくさん聞けるのが楽しかった。
女の複雑性をシンプルにしてくれたのだ。
人工知能を作った男がいちばんの「電話の達人」だったのが良かった。
若い連中は女に興味があったからこそコミュニケーションが上達した。
自分にも「できる」ということと、電話の相手が女であるということから身体がほてるのが分かった。
非常に心地の良い者だったのだ。
憧れの女性がファーストフードのように身近に感じられた。
国生さゆり ノーブルレッドの瞬間。

この男たちの世界こそがスマホ依存女の世界を広げてくれたのだ。
セックスしない方が世界が広がった。
スマホ依存女は、自分の心の鍵を外してもらったような気がした。
肉眼で見るのとは異なる「望遠鏡で見る月」が見えた気がした。
自分の「美しさ」もスマホ依存女はネット上ではコントロールしていた。
ソニーのアイボは宗教的意味合いが強すぎる。
実際の男たちは「美しい女」を愛していた。
コミュニケーションの高度化だけでも国の税収は増えるのだ。
日常生活に必要なものをスマホ依存女はスマートフォンからすべて得ることができたし、コミュニケーションの高度化、つまりその女の心の鍵を外してくれる人工知能から女の世界は広がり、税収が増えたのだ。
テレビが双方向になったりcookieがあったりするのはお金の問題になりやすい。
女は自分の「ブラックホール」でそれをコントロールしている。
それ以外の問題がないからスマホ依存女は「スマホを使うと自分の価値が高まる」と考えるのだ。
女がセックスで果てるのは「男がやるものでありスマートフォンがやるものではない」とも考えていた、
ATMは、車椅子の障害者には使えないだろ。
障害者にスマートフォンは使えなくなっているのはPINのおかげなのだ。
アプリなどの仕組みのブラックボックスがPINであり、障害者には分からない。
ICTという機能を使ってコミュニケーション障害を持った男にも「女の価値を高める発言ができる」という指摘は可能だ。
いずれにせよ「若さ」というものは学習だよ。
サイバースペースがアンダーグラウンドであるというのはいまだ根強い考えだけど、有効に使えば確実に自分の可能性は広がるんだ。
インディゴブルーラブ。

核廃絶女。

バートランド・ラッセルはイギリスの哲学者であり、論理学者であり、エッセイストであり、評論家であった。
「数学も論理学にしてしまえばいいのに」と言ったのはラッセルだったし、現代の分析哲学の創始者であった。
分析哲学とは「女の嘘」を研究する学問であり、女がお目当ての男を奪うために嘘をついたりすることを研究するものだ。
恋を知らない男に「それはお前が分析哲学を知らないからだよ」と言うようになったのもラッセルが始めたことだ。
美しい女は男運が悪いということを明らかにしたケンブリッジのトリニティカレッジの出身である。
ラッセルの人生に最も詳しいA.J.アヤラは「今までの哲学をまとめきって人々にやる気をもたらしたのはラッセルなんだよ」と語った。
愛を求め、知識に飢え、人生の痛みを知る、この三つの情熱があった。
この三つにどのように重厚感を増すかというだけで哲学をまとめきったのだ。
これだけでも学問に巨大な逆風が吹いたし、歴史上の哲学者が立ち向かって行けたのだ。
そしてなによりも「詩人たちがひときわ輝いた」のだ。
男たちに輝きを与えるものでもあった。
愛と知識は天国に向かって伸びたが、人生の痛みで現実に戻ってきた。
飢饉の時の子供、虐待されるおばあさん、父と戦う息子、人生の痛みなんていくらでもあった。
「これで歴史上の哲学者を味方につけたんだよ」
哲学者を網羅するということは世界の連帯を意味した。
第一次世界大戦に反対するパンフレットも出したし、その分量は実に100ポンドの重さを持っていた。
すべての「目的を持った人間はいじめられる」ということを共有していたオックスフォードのトリニティカレッジが知識の源だった。
5ヶ月間ブリクストン刑務所に入れられ「2917番」とも呼ばれたことがあった。
選挙にも何度か出た。
1931年に兄が亡くなり、ラッセルはUCLAで教鞭をとっている。
法律学はラッセルの無神論が発展させた。
1954年にビキニ環礁での水爆実験を目の当たりにしてアインシュタインと共闘した。
1958年には核に反対する100人委員会にも入っている。
このことから1961年に再び投獄された。
しかし、核に反対したことから「ラッセル平和基金」は一気に富を増したのだ。
「歴史上の哲学者が戦える敵を探していた」とも言える。
CoCo 優しさに帰れない。

ラッセルは哲学だけではなく数学も「愛と知識、そして人生の痛みのための戦い」に用いてやろうと考え、論理学を発展させたのだ。
「定義する」という発想は特に重要だったよ。
定義すれば常にパラドックスが生じるんだ。
第一次世界大戦で学んだのだ。
上層部が定義しても下の方はかなり混乱する。
このことから「階級」というものも見えてきた。
男社会は「定義するものが上層部だ」と考えるものが出てきて争いが行われた。
男たちはサークルに属して「定義」の影響力を競い合った。
その定義に数学を引き込んだのがラッセルだった。
論理学の裏付けは「心に響く定義」を導き出した。
心に響けばいいではないか。と考えて数学を論理学のレベルまで引き下げようとしたのだ。
CoCo Two heart.

さらに、女の子たちがたくさん群がっていたウィーンサークルとも接触し、「女の嘘」の研究もやった。
分析哲学だ。
核分裂はデジタルで「でも、もし」から起きているんだよと女の子たちに語ったりした。
女の子たちにわかるように核分裂というものを語ったのだ。
フロイトの研究は女の子の研究だったが、男はそんなに単純ではないこともわかった。
「でも、もし」という核分裂が人類を崩壊させようとしている。
カフェテラスの独り言。

女の子たちは恋に顔をほてらせたり凍りいたりしていた。
その「データ」を集めてみた。
「階級」が見えたよ。
定義を争って上に行こうと思った連中は山ほどいたけど、恋は現場で行われていたのだ。
「核分裂もこうやって起きてるのか」と思った。
核は炸裂するものではなく、人間社会の崩壊を描いているようにも思えた。
愛と知識、そして人生の痛みを研究しているうちに、女の子たちから核兵器の意味を学ばされた。
「男として何かを得ようと思って知識を求めていたけど、人間社会を描くことができるようになったよ」
ラッセルは語った。
人間社会はすでに核分裂を引き起こしていてコントロールできないんだ。
「誰が誰を愛している」
こんなことから人間社会はもはや後戻りできない分裂をしていたのを知った。
カントの「彼女とどこまでいったの?」というabcの研究あたりからこのような展開が見られたのだ。
ラッセルは英国の哲学者として海岸を憎んだ。
ノクターンセックスが人間社会の核分裂を引き起こしていたのだ。
AKB48 ラブラドールレトリバー。

さらに、ラッセルは「男が立証責任を負う」として男社会というものを構築しようとした。
コツコツ努力をしてだんだん上達するという「勉強」というものを考えた。
英国で「勉強」さえ発達すれば人類は崩壊を免れるだろうと考えたのだ。
自分にとってそれが常識ならば相手の動きは見極められる、それが勉強だった。
英国紳士の誕生だった。
イギリスはもはや「左翼の島」ではなくなっていた。
奔放な女たちが憧れる「中道の男」が出てきたのだ。
オックスフォードの宿題であるフリーセックスを理解しつつ、勉強する英国紳士がいた。
カエサルはシャルルマーニュを生み出したよ。
ノクターンセックスを政治力としたドイツの男だ。
しかし、英国には海岸は作らせないよ。
女たちにも発言権があるんだ。
これが「中道」だった。
努力しただけ偏差値が上がる勉強というものを構築しなければならない。
それが子供たちの「証拠」だったからだ。
教育に詳しい英国紳士こそが人類を滅亡の危機から救うだろう。
成績が良い子は威張っても良いよ。大人社会も似たようなものだ。
知識を求める子は、愛も求めているし、人間社会の痛みもいち早く覚えている。
才能なんだ。
難しい数学が解ければ、論理学も分かるようになる。
子供達や学生が世界平和の希望なんだ。
これがバートランド・ラッセルの考えだった。
吉永小百合 原爆の詩。

2017年7月 1日 (土)

気まぐれ女。

人間は負けた時の記憶は残さないものだ。
しかし、女は抑圧されているではないか?
そのぶん時間の感じ方が違うのだ。
二時間の映画や12時の鐘の音などの感じ方が違う。
女の力は有限だ。しかし男には無限を期待してしまう。だから自然にプロットも組み替えられる。
これが「気まぐれ女」の秘密だ。
記憶の供給源が男とは異なる。
トイレの待ち時間や、数学の授業の退屈さなどがすべて記憶から消えているのが女だ。
恥や後悔の数が男より多いからこそ現在の意識というものはできている。
CoCo 気まぐれSWING.








この図面のように、恥や後悔を現在から、そして将来からも振り返るというモデルと、性の経験が浅く、退屈な日常を感じるモデルと、男に無限を期待してしまうから何度も「仕切り直し」をするモデルが考えられる。
恥や後悔はとにかく「省みない」のが女だ。
セックスのない退屈な日常もほとんどない。
男に無限を期待し、そしてガッカリし、プロットを組み替えている。
ボクシングが好きな女かプロレスが好きな女かは血圧しだいだね。
アウグスティヌスはセックスも知らない退屈さだけがある成績優秀女でマスターベーションをした。
気まぐれ女に過去現在未来があるとするならば未来だけ乗っ取ってしまおうと思ったのだろう。
「俺のおちんちんは将来、何を見るのだろう」
それはセックスを知らない女からもたらされた。
ロックは、恥や後悔の数が多い女がこのような男を他の女から略奪しているとした。
待つことが一向に疲れない女は男を略奪している。
恥や後悔に関しては何も省みないし、時間の感じ方も違う。
変わっていく男を呆然と眺めていたのだ。
トマス・リードは「鬱病の男は邪魔者を押しのける苦労を惜しまない」とした。
記憶障害になりながら何かに励んでいたのだ。
気まぐれ女はそのような男すら狙った。




カントは「海岸セックスを知っているのか?」とし、男社会には女の扱いの心得があると考えて、abcdという発想を生み出した。
カントが考えたんだよ。
「どこまでいったの?」
男女の関係の「深さ」を示したのだ。
交際が始まると女は男をよく知るようになり、何度もプロットの書き換えを経験するだろ。
マイヨニングが、このような「男を知るとはプロットの書き換えを何度も経験することだ」とした。
女がD(出産)を経験するとそれは否応なしに感じることなのだ。
交際しているのならば時には「演出」も必要だよ。
映画なんだからね。
気まぐれ女の扱いとはそのようなものだ。
ribbon stay with me.

20世紀にはベルクソンが、男も女ももはや夢がぶつかり合っているとし、どうしても譲れない夜があるとした。
国はこのこととどのように向き合うつもりなのか。
共謀罪は、これを緩和させようとして作った法律だろ。
瀬能あづさ 永遠に友達。

フッサールも「特定のパートナーと同じ物語を共有したほうがいい」としていた。
女の意識を中心に男女関係を組み立てたのだ。
「何度も同じ人を好きになれる」
男との「時の流れ方の違い」のことを言っているのだろう。
また、第一印象と初めて意気投合した時の記憶と、だんだん変わっていく男の姿があるとした。
「言っていることが変わってくると将来を期待してしまうの」
出会った頃はハンサムなだけだったけど変わったよね。
変わっていく男は女にとって喜びだった。
しかも、それが「今」なのよね。
セックスだけではなく日常も私と共にしてくれたから。
一緒にいるようで空間が違うのね。
おちんちんは射精した後に、男は世の中に出ていく。
女の言葉を聞いて世間の荒波に揉まれて、竹は木になっていた。
ドレミファソに変わる後継者はいないでしょ?
それほど世の中のゲームは確立しているの。
続いていく日常で着実に力をつけるだけ。
言葉にできない。




思い出は美しくて、今はたくましい。
一秒間で10000分の1のスピードでシャッターを切らなければアスリートの生き生きとした表情は撮影できない。
私も彼と共に生きる上でそれを心がけた。
深刻な場面があるからね。
スナップ写真では見られないものだった。




私から学んだ男の意識の流れと、すれ違いのある二人の意識の違いはこのようなもの。
あなたのことはよく分かっているから、時にはムードも大事にしてね?
気まぐれ女は、男の意識の波の中を生きていた。
CoCo 優しさに帰れない。

一方、トマス・リードはうつ病のマンガ家から学ぶセリフが深刻な時に役に立つとした。
妻から話を聞くことも大事かもしれないけど、漫画を丸めて職場に持っていくことの重要性を理解していた。
「緊急事態の法が書いてあるだろ」
それが自分の経験になっていくんだ。
「気まぐれ女がいなくてもマンガを読んでいればいい」とも言われた。
似たような方法なのだ。
「仕事はイメージが大事だよ」
孤立しないという効果もマンガにはあった。
仕事なんて毎日の千本ノックだし、野球選手みたいなものだ。
マンガを読んでもいいし、気まぐれ女の言葉を聞いてもいい。
聞いたことや読んだことは人に話さなければならないし、部下もそれに感化されるものだ。
妻にとっては夫の出世も映画なんだよ。いかに貢献させてやるかが大事だね。
目に見える形で夫婦の関係が実っていくのがわかるよ。
深刻な場面などない、という仕事もあるよ。
でも、心を前向きにして仲間を作っていくことが大事だ。
CoCo 行ってしまったバス。




セックスから出産に至った男女だよ。どれほどの物語があると思っているんだ。



引っ越ししたこともあるし、いろんな浮き沈みがあっただろ。
赤いボールのようにバウンドして落ちたものは跳ね返っている。
「落ちるとこまで落ちたら跳ね返るしかない」と思ったこともあった。
女はすべてのセックスを覚えているけど、負けた時のことは忘れている。
気まぐれ女は、常にいい記憶しか持っていないよ。




プライベートと夫の仕事は別の話よ。
どのようにプライベートを仕事に生かすの?
仕事がうまく行った時に、セックスして気まぐれ女は記憶に残している。
「今夜、私を襲って?」




だんだん女に詳しくなっていく彼を記憶に残したいの。
わがままジュリエット。




妻も最初はプライベートしか見えなくても、やがて「夫の社会生活もプライベートと同じなのね」と思うようになる。
夫が昇進した理由を聞いた時にそれが分かった。




「行ってらっしゃい」のキスは昔など見てはいなかった。
全てを飲み込んでいた。
憂鬱な1日もあったからだ。







セックス以外の日常がプライベートにはある。
人々が想像するものと現状の違いもある。
プライベートはそのまま仕事に反映されている。









プライベートを仕事に持ち込み、それがしかも充実しているとお客さんのサービスになり、お客さんはマスターベーションまでしてしまう。
本当にプライベートで起きる「劇的な瞬間」とは一つか二つだ。
しかし、それで仕事は成り立っているんだ。
職員全員のことなんて覚えていられないからね。
でも、その人の「心の風景」は分かるだろ。
心への響き方が本人と「同僚やお客さん」では全く異なるんだよ。
嬉々として卑怯者ぶりを語ったら周りが不愉快だろう。




セックスから始まるプライベートは、日常のプライベートとなり、それが職場という境界線を越えて「利益を得るという四次元空間ビジネス」となるのだ。


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