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2017年6月 9日 (金)

被写体女。

プラトンは「国家」において、男に形と色を描かせてみたら必ず女を描くということを指摘していた。
しかも、局部ではなく唇か胸を描いていたのだ。
その方が興奮すると考えたのだろう。
しかも「誰かに似せて描く」ことが大事だった。
20世紀に入って「写真」というものが普及したが、このことはギリシャ哲学から遡ることが可能だ。
リリー・マルレーン。

「好きな女と似ている」だけではしかし興奮しなかった。
より全体像を「興奮」に昇華しなければならなかった。
女は幼くもなく左右対称でもなかった。
ここと今、つまり「ここ」が右胸であるならば「今」とは左胸であり、左胸を描いて見せた。
左右対称ではない胸が興奮をそそった。
菅野美穂 ヌード写真集。

家のメイドさんの裸を想像して描いたというだけでは興奮しない。
モデルを利用しながらうまく架空の女を描きたかったのだ。
描いた男は子供のように純真で、複雑な細胞からできていて、女の友人で、ただのバカだと言われるような絵がいちばん興奮した。
やはり女の裸を描くのならばパステルカラーだったね。
目に害がなかったからだ。
デカルトは、三次元のものを二次元にしても興奮するための色彩をパステルカラーと呼んだのだ。
ハイマンは、女の裸体の絵を「アイドル」と呼ぶことを否定した。
フレッジも「夜の女の裸」と「朝の女の裸」は全く異なるとしている。
どのパーツを強調するかは男の複雑性次第だね。
「痩せた頬」という男もいる。
クリトリスなんて虹か影か空の一部として描くよ。
ribbon be my diamond.

女は男をいろんな角度から見たがるね。
全部、二次元で表現したがるからなんだ。
「横顔」
残像が目に残るんだよ。
一番詳しかったのはトルストイだ。
広末涼子 大スキ。

女を愛せなくなって猫の写真ばかり見る男もいる。
架空の女の絵を描きたいんだ。
それが男のビジュアルシステムだ。
アベルは絵画の祖先だが、男は馬だとしたよ。
あとは解釈に委ねられた。
「何がおちんちんに似ているか?」
これが絵のテーマだ。
縄というのは「まだ誰も知らない」という意味で縄文時代などと言われる。
絵と言葉の関係の研究が深まったのは20世紀だ。
「目は心の一部」とされてから言語化が始まったのだ。
女と話さないと絵心はつかない。
両思いではない女友達が多くないといけない。
ワイルドホース。

二つの物の間に横たわっているものは祝福されている。


マネ オランピア。

チャットとは猫の語り合いのことであり、犬は吠えるだろ。
女にならなければチャットなんて向いていないよ。
写真というのは「こんな感じでいいんじゃない?」という程度の意図は必要だ。
女との話し合いを重視した方がいい。
男はこれで抜いて喜びに変わるということまで話す。
単なる骨ではなく肉が付いていることも重要だ。
デジタル写真はアナログと違って見とれてしまうものだ。
どのように写真が出来上がるかという「知識」まで語っている。
議論の堂々巡りを避けて瞬間を切り取る。
服を着ているのと脱ぐことの違いを理解する。
抜いだら被写体女と撮影者は両思いだということからこれが重視される。
「幻を愛した」
それが服を着ているという意味だ。
被写体女がうさぎかアヒルかまでは撮影者は狙えない。解釈だ。
皮膚の表面をどのように表現するかも考える。
「表面がいちばん大事だ」
撮影者は現場では決して抜いていない。
そのようにして「女を信じさせる」ことが大事だ。
現場の男は決して勃起していない。
「カメラの向こうのみんな」が権力者だからだ。
撮影者は「幽霊のような伝説」の存在になればなるほど都合がいい。
「今日初めて知った」というのでは困るのだ。
そのようにして「光学の幻」を生み出していく。
スキャンして女の子に「このような経験をしたんだよ」と見せてあげることも重要だ。
アイドル 撮影会。

何かを証明したいときにも写真を撮るだろ。
「男は何が理解できるのか?」を考える。
この時は「絵のように写真を描いてもいい」とされる。
むしろ、うまいビジュアルメイクが必要なほどだ。
警察 写真撮影。

スポーツカメラマンは「どのようなシーンが楽しまれているのか」というビジュアルカルチャーを理解しておく必要がある。
その世界への忠実さも試される。
カメラマン席に「よそ者を排除する文化」があることは理解しておかなければならない。
「アートはスポーツの写真にはかなわないね」と言われたこともある。
真剣勝負はとにかく写真の世界で恐れられた。
「真剣とは何か?」
1920年代から迫力はどんどん増していった。
真剣さこそが日常を忘れさせたのだ。
女たちの歓声が異なったのだ。
空間と光を真剣に描いた水墨画も実は同じジャンルだ。
その写真が解釈可能であることも重要だ。
正確さ、そして動き、永遠に語り継がれること、これを心がけた。
正確さとは女目線で考えることを意味する。
実はスポーツカメラマンは技術面や環境の制約が大きいことも知らないといけない。
スポーツカメラマンの解説。

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