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2017年6月20日 (火)

環境女。

本来、女同士の問題や、女と動物の関係、女と学問の関係を「環境」と呼んでいた。
しかし、人種やエスニックの研究が深まるにつれ、「外国人女は動物なのか?仲良くできるのか?」と言う方向に議論が深まった。
「女にもわかる学問」これが日本国の憲法の残された問題点だった。
伊調馨。

さらには「動物の生態」などのように動物を学問にしてしまう方向にも発展した。
「お勉強はできないの。動物の勉強は好き」
「田舎は水がきれいという話も好き」
【水】
それは女がもっとも興味を持つものだった。
南アルプスの天然水CM.

教会法は、セックス政治を教えていた。
女からみた「男らしさ」も語り合ったし、それは動物とは異なる側面を語り合った。
女のからだと感情、心と出身母体、文化と学問、融通のきかない男と自由な男、男らしさと女らしさを語ると動物ではないと思えた。
政治手法として悪口をあまり言わなかったりという、その男の「いい部分」を語り合ったのが1980年代から1990年代である。
1970年までは動物の扱いを間違っていたのが人間だった。
しかし、セックス政治においてそれを用いるという発想が生まれた。
うしろゆびさされ組。

さらには「自分の土地」に女性は楽しみを見出した。
土壌や水、植物そして動物などを含めたものだ。
ホモ・サピエンス特有の発想が「土地」だったのだ。
そこには、理解すること、愛すること、尊敬すること、崇拝することがある「土地共同体」が生まれた。
仲間意識があり、ともに助け合う共同体が好きなのはもはや「卵子」に由来するのだろうとされた。
しかし「娘」の存在がその理想郷の障害となった。
インディアンはバッファローを食べた。食べるだけでなくバッファロー対策で建築も決めたし、服装、言語、芸術、宗教が決まった。
しかし、アジアやアフリカには森があった。
森に入植するという発想があったのだ。
女はどの男に属するのか?激しく対立したのはアジアやアフリカだった。
高樹沙耶。

1980年代から1990年代にかけて「学問を相手に体を鍛える」というディープエコロジーが流行した。
文化と学問の対立が楽しかったのだ。
男性中心主義ではなく学問を男社会に持ち込めた。
それも教会法のセックス政治に含まれていった。
女性と学問が結びついた理由はここにある。
学問の中では小さすぎる自分がいたし、膨張していく自分がいたし、大きな心を持った自分がいた。
大きな心を持つと全てに勝てる気がする。
ロッキーのトレーニング。

1990年代中頃まで「学問が育む人間の性格」というものはあまり理解されていなかった。
女がひときわ輝くのが好きだったのだ。
抑圧があまりなかったからだろう。
この学問の中では一家の大黒柱にしたがえた。
性差別、人種差別、階級差別などの「イズム」は支配したけどね。
上下関係を決めるのならば男が上で女が下、文化が上で学問が下であるとも言えた。
文化は男が発信するものだったからだろう。
女性と動物と学問の世界にはありとあらゆる動物たちが存在し得た。
女性の搾取は女を動物にすることから始まっていた。
南アルプスの天然水CM.

「女の言葉」を聞いてみるといい。
彼女たちがいったい何を理解できるのかが分かる。
これが「女、動物たち、学問」の世界を構築するだろう。
文化が女を「動物化」「学問化」させているのであって、それはセックス裁判のことだった。
「蝶のように舞い蜂のように刺す」「鷹のような目」「ライオンの心」
女の心を掴むには動物をうまく使うことだった。
すべて「地球の子宮から生まれていた」
文化は学問より上に位置する。
それで富が生まれているんだ。
貧困と富に関しても女はうるさかったよ。
1974年にインドのレニで27人の女がチプコの12000平方キロメートルの森を守ろうという運動を始めた。
森には食料も燃料も家を作る木もハーブも薬もあった。
森の有効活用に関する知識はシエラレオネなどを知っている西洋社会にはかなわなかったけどね。
しかし、インドの女たちが「自分たちにも分かる学問を求めた」という点は評価できる。
女たちが学問から離れていくのを感じたからだろう。
「環境を敵に回すことはセックスを敵に回すことだ」
沖縄 ジュゴン。

【女性は金とセックスと医学以外に興味がなく、それをいかに学問にしていくかを本ブログは問われたのである。このことを環境問題と呼んでいるのだ】

日本国憲法の最後の問題点だと言える。
学校知においては「勉強をすれば偏差値が上がる」というのは完全にゲームとして確立している。
しかし「勉強と学問は違う」ということは理解していた方がいい。

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