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Foreign Affairs

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2017年5月 6日 (土)

SMプレイについて。

1978年のトワイニング&パスキンズや、2005年のデービス、ミラー、スサーン、2009年のグロス、2011年のカムなどがSMプレイについて語ってきた。
「男が治めることを放棄している」
これらの論客がSMプレイを孤立に導いたのだ。
エスエム。

しかし、無差別テロの存在がこのプレイを正当化した。
プレイをやるための緊急性が認められたのだ。
これを擁護したのは1931年のウィカーシャム、1978年のネーゲル、1987年のランダウ、2004年のレヴィンソンなどがいる。
眠らせないようにするのは本当のことを言わせるためであるし、電気ショックは触らないでもできるものだ。
しかし、焼き印を押したり、舌やペニスを切り落としたり、手足を後ろを縛り付けたり、爪の間に釘を差し込んだり、問題のない歯に穴を開けたりすることはどうしても正当化できないだろう。
他の女の記憶に残りたいだけなんだよと指摘された。
その女への愛がなかったのだ。
SMプレイ。

時には親と幼子のように「接近しすぎた関係」において拷問がなされていた。
レイプされた女もアゴは自由だけど凶器としては用いないだろう。
最悪の攻撃を避けるために用いないのだ。
これが余計、サディスティックな快楽をもたらすとされる。
敵のスパイを味方だと思わせるためにSMプレイをやるんだという論客もいた。
すべては自供を得るために考えられたものだった。
全く勝手な行動を取られると拷問している側は非常に不本意な思いをすることになる。
やりたくないことをやらせるのは「強要」と呼ばれ、南アフリカのアパルトヘイトの時には群衆に電気銃が放たれた。
治めるのは男の役割であり「男らしさ」は常に念頭に置いておかなければならない。
ロッククライマーが仲間の手を離す行為などは、SMプレイや拷問とは明確に区別しなければならない。
痛みをともなうという意味でSMプレイは間違っているし、相手の自立を認めないという意味でも間違っている。
殺すよりはマシだろうとも言われたが、マイケル・デービスは「殺すことよりも悪である」としている。
警察官が盲目であることと等しいとしたのだ。
日常生活を離れてしまうという意味でも悪だね。
拷問されても短時間で済めば自由に生活できるとも言われる。
しかし、人間の力は確実に弱まっているだろう。
その後の生活が待っているのは拷問の方だったのだ。
バガリックとクラークはこのことを軍事目的で用いようと考えたのだ。
「罪がなければやらないよ」
しかし、女が神を信じなくなることが指摘された。
アルカイダが核兵器を持っていたらバリ、マドリッド、ムンバイ、ロンドンでも使用しただろう。
2002年にはドイツで誘拐犯を拷問したら子供が見つかった。
CoCo 冬の微粒子。

ヒュンダイのセダンの後部座席に子供を残して夏にショッピングをするのはバンジーだね。
暑さで子供が死ぬのではなく、誘拐されているんだよ。
どこかで警察がクローズドサーキットの番組を流し「怖がらないで」と放送すると、誘拐犯は車を捨てるだろう。
車を乗り換えてしまえば男が捕まったあとに「ヒュンダイはどこだ?」と聞いても「俺がやったんじゃない」という水掛け論になる。
そのような事例で「腹に強烈な一撃を与えてもいい」という警察の運用がある。

また、携帯やメールでロンドンのテロ攻撃の情報を掴んだ時には、テロリストに「拷問されるか無実のロンドン市民を殺すか」という選択を迫ったため、爆弾の場所の隠匿を誘発してしまった。
ロンドン爆破テロの時の拷問ほど評判の悪いものはなかったね。

SMプレイから始まった拷問の研究とはこのようなものであり、腹に一撃をかましていいこともあれば、逆効果であることもある。
SMプレイ。

うまく仕事として拷問をしないとプライベートでパートナーがセックスさせてくれないことを話題にしているのだ。
我々は現在、そのような議論をしているのであって、「接近しすぎた関係」のプレイの話をしているわけではない。
セキュリティは、拷問しようとしたためにロンドン爆破テロが起きたということと向き合っており、そのような行為が権力にとって当たり前であるという発想を戒めたのだ。
人々に説明できない仕事は公権力もしたくはないのだ。
「なぜ、この人と決めたのだろう」
イラクのアブグライブや、キューバのグアンタナモ基地、イスラエルの秘密警察などが拷問の研究をしている。
パートナーとの合意の上でのセックスができるかどうかは「ダーティーな仕事をしない」ことにかかっていた。
船が遭難して五人が流され、生き残るために一人の少年を食べた船長に待っているのは「彼とのセックスは気持ちよくない」ということだ。
恐怖から人々を救う仕事であるということの意味を考えなければならない。
アメリカの消防士。

あたかも正当防衛であるかのような理屈がなければ、仕事をプライベートの世界の話題にすることはできない。
時限爆弾からその地域を守ったというような「自由なエリア」を作り出すのでなければ正当防衛とは言えない。
昭和のドラマ 特高警察 赤狩り。

自由にセックスを謳歌できない特高警察を韓国はこのように皮肉った。
「あいつらは何かを企んでいる」
特高警察はそのように主張した。
無実の人間を救うためでなければ彼や彼女を拷問にかけることはできなった。
セックスを甘美なるものとして描くことは日本の軍国主義への警鐘であった。
また、この男女に対して特高警察が親密であることも描いた。
やましい仕事をしている人間には謳歌できない世界があった。
「私たちは先に銃を撃ったわけではない」
韓国のキャンペーンだった。
通信傍受も「本当に薬物取引の防止のためなのだろうか?」という批判がなされた。
本当にプライベートに介入する緊急性はあるのだろうか?
拷問をやめさせるためには「それではセックスをプライベートで楽しめないだろう」と主張するしかなかった。
特高警察 赤狩り。

「太った女」
ウマル・カヤームは、11世紀に詩を残した。

私の知らない知識を私は求める
女の秘密、そして高いものと低いもの
朝昼晩に三分割して12時間
知らないことを12年間求め続けた

カヤームという名前は「テントを張る人」という意味だった。

本はパンの夢を見るたびに読んだ
頭を失うのではないかという恐怖もなかった
何を学ぶべきか それさえ気をつければいい
知っていることは話さない方がいいことを知った

太った女には「必要な男」がいる。

「俺は哲学者だ」と敵は言うだろう
神は「お前は黙っていなさい」と私に言う
悔いが残る
しかし、己が何者かを知り、仕事を続けるように

知識をもたらす神がいる。
知識はグラデーションのように広がっていた。
そして、終末思想があった。
セックスがあった。
この男は合格という判断があった。
女の予測があった。
みんな若い時代を謳歌していた。

知識をもたらす神とは「必要な男」であった。
グラデーションのようなものは男を世の中のどこに位置づけるのかという問題であった。
終末思想とは、みんなが競い合うことを止めることだった。
セックスは「私も女だった」ということを証明することだった。
この男は合格というのは世の中に絶望することだった。

地球の最初の岩に最後の男がもたれかかるだろう
最後の収穫は大豊作だろう
最初の朝に書いたものを
最後の晩に読むだろう

この男は合格だとした女は、このような絶望の中にいた。
女の予測とは一緒に作業をすることから男を判断することを意味する。
若さを謳歌するというのは女とキスしまくることを意味した。
守るべき家庭もなく、キスするたびに太っていった。

【男が若く、まだ学問もままならず、しかし女もいつまでも若いわけではなく、彼といろいろな経験を共にし、それでも男に絶望することがあり、女は太った】

男が不完全なぶん、女はパンの夢を見てパンを食べ、ワインを飲み、歌った。
歌うといろんなものを飲み食いしたので太った。
紺野あさ美 マイフレンド。

人生は二つのドアが王朝を作っている
どちらかを選ばないと熱かだるさで死ぬだろう
子供もいなく幸せであること
母であるために楽しいこと

今日は金を使った 明日のことも考えずに
楽しいかギャンブルかどちらかだろう

【男の力不足が女を太らせていた】

何か永遠があるのならば語って欲しい

若い男にイライラするたびに女は太っていった。

人生を妖精たちとともに無駄にしないでね
お酒ばかりあおらないで

カーテンの向こうにすばらいし教えがあるのを知っているのでしょう
まるでおとぎ話の世界の主人公になれるような知恵があることを

酔わないワインがある。
神秘的なワインがある。
知恵のワインがある。

こういうものに酔ってもらいたいのよね。

「いいのあてがわれたね」とは腰回りが細く締まってきたことを意味する。
篠塚和典。


大学を受けたと受かったは違う。
受かったは赤であり青であるが、受けたは台形や楕円形である。
重さにすると比較は簡単だ。
セックスしたとしないの違いがある。
色か形かの違いがあるのだ。
女は男と付き合う前は色よりも先に形を考えている。
形は性を意味するからだ。
赤か青かを区別するのはセックスしたあとの話だ。
モーニング娘。インディゴブルーラブ。

男と女、そして男がいなければ女は男を色で区別しようとは思わないだろう。
そうでなければ自分にとってはただのお兄さんにしか見えない。
勃起したおちんちんを区別するために女は色を用いている。
赤と黄色の違いは赤とオレンジ色よりも大きいものだ。
少ない色の数で異性を区別できるのは女の方だろう。
「逆三角形」「太っている」などの形で区別しているうちはまだセックスした男ではない。
紫になってくると恋愛は色あせてくる。
本気で愛したから色で表現したのだろう。
赤はソフィーを鳩にしてしまった。赤いものをなんでもつつく。
アリスは紫色のものをなんでもつつく。
愛はそんなに生易しいものではなかったことを知ったからだ。
ノーブルレッドの瞬間 国生さゆり。

家庭内にまで持ち込むのは形ではなく色であって欲しいという思いがあるのだろう。
曖昧な世界だからね。
付き合う前の「形の世界」はもっと生き生きしていた。
しかし、色には力がある。
過剰なまでに相手に求めすぎるから色になるんだろう。
深く愛というものを考えない世界はもちろんあるね。
心や言葉を淡々と聞いているんだろう。
色にたとえない方がもっとコミュニティに対してオープンな女だと考えられる。
青になるのは悲しいことね。
痛みの色だから。
付き合う前の彼が色になってしまうのよ。
それは「強烈な力」だと説明するしかない。
自慰から入っていることを知られたら大変ね。
心のバランスが壊れた爽快感なの。
松田聖子 blue love letter.

色にたとえたことに怒った女もいた。
赤と黄色と紫しかないでしょう?
という批判だった。
「私たちは全員が歴史を抱えているの」
この三色が複雑に絡み合って世界は成り立っていると考えていたのだ。
これらの色のバランスが大事だった。

しかし、持って生まれた「色」が好きなナチュラルメイク派もいる。
男の色を自分の肌の色と比べているのだ。
肌がきれいな人は色にこだわらないね。
しかし、きれいな顔をした男を好むよ。
子供を産むまではそのこだわりはなくならないかな?
毎日、鏡を見ていたら好きな色などなくなるんだろう。
「エベレストの残酷な岩」に恋する女もいるけどね。
3色ショッピング。




【延々と続く】

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