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Foreign Affairs

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2017年5月 9日 (火)

仏の心。

インドにおいてバラティヤジャナタ党のモディが政権を取り、次の議会選挙を見据えている。
テレビドラマで人気を博し、ガンディー・ネルー王朝は崩壊した。


仏の心とは、ブッダが描いたドラマの中でブラフマンという善人の影響を受けることを言う。
これはウパニシャッド哲学でもあり、女をどう思うのかまで影響を受ける。
心の流れまで影響され、心は真似をすることでより高いレベルになる。
善人の共通項を挙げてみると「私」「私のもの」という発想にとらわれていないということが指摘できる。
また、自分の主人であること、落ち着いていること、自分で自分の身を守れることなどを指摘することが可能だ。
ドラマの主人公のように生きてみると実際に気分がいいことに気がつくだろう。
知識を得なければ主人公にはならないことや、働くこと、絶望すること、それこそが人間の苦しみからの解放であり、自分が主人公となることだ。
ドラマは「みんなが不満を持っている」ことからストーリーは始まる。
しかし、それもどんどん解決していき、ささやかな「真実」と出会って終了する。
このような経典が9千本ある。
組織の「上からの命令」と「下にいるいい男」のぶつかりあいは経典の基本となっている。
そのような作り方をしたら女たちが喝采を浴びせたのだ。
白い巨塔。

男がどんな女たちの風にさらされているのかという意味では風水でもあり、それをどのように喜びに変えているのかまで問われている。
女たちの「風」に気がつかない様子を描くのは無我であり、それほど仕事にのめり込んでいる。
問題が起きるたびにみんながざわつくのがわかる。
しかし、上層部と下の男は常に対立し、問題が固まってしまうではないか?
問題(ダーマ)がいつもそのようにして終わっていることを王子であるブッダは知り尽くしていた。
このことをよく理解してほしいという教えは中国や日本に伝わったし、業績を取り上げてしまった者の悲惨な末路を描いた教えは東南アジアに伝わった。
ブッダはリグヴェーダの忠実な弟子であったし、ウパニシャッド哲学も学んでいた。
目で見えることを、まるで他の法則を知っているように解釈するのが主人公であった。
そのようにして、見る側が知的な感受性を養うことを目指していたのだ。
白い巨塔。

網の目のような組織でどこかに「女のいい風」が吹いている場所があり、問題(ダーマ)に反応する。
女のトラブルがないことを風と呼ぶのだ。
どのグループ(ボディ)が最もいい反応をするのかを見てほしい。
それは、人々が生きていく上での「伝説からの教え」であった。
自信は「風」から生まれている。
セックスしていない女が吹かすものだ。
どこに言えば動くかどうかを熟知するとはこのことなのだ。
ブッダは巨大組織を知り尽くしてきたのだ。
組織には「メンタル」がある。
何か目に見えない力で問題を消化してしまうのだ。
そのために組織には常に「問題がない」のだ。
その根拠は「男には限界がある」というところにあるとされる。
人が集まれば「目に見えない力」が生まれる。
ブッダは自身の生い立ちを最大限に生かしてドラマを作ったのだ。
白い巨塔。

テラヴェーダの教えは「群れの中で生きてほしい」というものだった。
それこそが伝説からの教えだった。
コネもあれば、同調者もいるし、何も変えたくないという者もいれば、説得する者、される者もいる。
世界の動きを眺めている者もいれば、男らしさに歓喜する女もいる。
組織の心を読んでもらいたいだけなんだよ。
何にも動かないよ。
それが人生なのではないだろうか?
結局、個人レベルでもまるで組織のように動じない境地を目指していたのだ。
白い巨塔。

過去、現在、未来と戦い続けたら何も動かないんだよ。
しかし、大雑把な流れをつかむことが大事なんだ。
若い連中が長い目で見ていたのだ。
いろんな教会があったけど、ブッダのように巨大組織に属していた者の語る含蓄はなかったんじゃないかな。
やがて、組織全体が後退に後退を重ねる時を若い連中は待っているんだ。
ブッダは父がそうやって王になったのを目の当たりにしていたのだろう。
白い巨塔。

母の子宮から生まれたものがこれほどまでに成熟する、それを組織で感じてほしいし、己で感じてもらいたかった。
大乗とはこのようにして悟るものだった。
知性の高まりを感じるんだ。
ドラマの真似をして生きればいいんだ。
女が全てをぶち壊すこともブッダは描いているはずだ。
小さな問題(ダーマ)を延々と解き続けるんだ。
時代には知識が必ずある。
組織論が分かるようになれば必ずお金が動く。
年寄りなんてものはそれを今までやってきた車輪に過ぎない。
左翼活動家も組織にはいるだろ。
女の問題で立ち往生しているんだ。
仕事をしている男を憎んでいる年寄りと左翼活動家がいることを忘れるなよ。
白い巨塔。

息子がこのような親父の人生を見て火の反応をするか水の反応をするかよく見ておけよ。
青が青だと分からない息子もいる。
ブッダのように火になって家を飛び出す王子もいるんだ。
考え方が分かるようになったら息子は家を飛び出して人々に説いて回るだろう。
仏の心とはこのようなものであり、多くの論客がコメントを残したことを忘れないでほしい。
白い巨塔。

清濁合わせ飲んだゴータマは、この経験をした上で禅を組んだ。
ブッダは何を考えていたのだろうと瞑想することを禅と呼ぶ。
「泥の中に入っていくなよ」
という意味では女の胸のことを考えていたとされる。
「教外別伝」「不立文字」「直指人心」「見性成仏」
俺の今までの仕事の邪魔をしたのは常に女だった。
「考えるな」ということを無念と呼んだ。
12世紀に中国の仏教となっている。
東洋の組織論の中から生まれた独特の宗教だった。
1988年にジェームス・クリフォードが西洋に紹介したもので、漢の王室で何があったのかをよく瞑想することとされた教えだとした。
記録されたものを実践してみたものがいたのだ(文化)。
漢の王室での信者は5千人だったが、のちに100万人にもなっている。
中国では12人に1人が信者だとされ、それは年寄りが多かったからだろうと思われた。
白い巨塔。

その後に、唯識宗、天台宗、浄土宗、華厳宗へと分かれている。
この禅は、仏教の世界に肌と肉体、骨と柔らかさを加えたとされ、年寄りが人生の最後に考えるものは女の胸だろうとしたのだ。
理(女のからだ)をフルに利用して生きてきたのに、行(過ち)を犯したこともあるからだ。
行はいい思い出でもあり苦い思い出でもあった。
そのようにして「気」をためる禅をは年寄りでなければ無理じゃなかったのではないかな。
ダイバダッタは、ブッダの人生に嫉妬して殺そうとした。
あのレベルにはなれねえなという本覚もあったのだろう。
ブッダの信念は苦しみに意味を感じないことだった。
インドの学問でいい思いをした中国の僧はまるでブッダのようだった。
中国に5000もの禅寺がある理由はここにある。
女のケツを追っかけている輩は殺してやろう。
そのようなポリシーが広まった。
13世紀に「無門閥」というものが考えられ、書生さんに「女には気をつけなさいよ」という教えとなった。
女の存在で年寄りや左翼活動家に潰された書生さんの記録を様々な経典に残した。
白い巨塔。

儒教や道教では常におちんちんを「性」と呼び、「自然」というセックス崇拝音楽を流していただろう。
仏の道の特異性をここに感じるが、歩んだ「道」は同じだった。
女たちは組織の群れにあってこそ自分たちの局部の意味を感じていたのだ。
個人としての女を見るのか、組織の中での女を見るのかの違いがある。
悪いカルマとは出世につながらない教えのことであり、経験を僧がうまく伝えきれないことを意味する。
連続殺人鬼のアングリマーラもブッダに会うまでは辛酸を舐めた人生だったことから「悪いカルマ」という発想が生まれた。
金運が悪ければ人を殺す連中だったのだ。
ブッダという伝説が死んで1000年も経ったら何も分からなくなるんじゃないかな?という思想を末法思想と呼んだ。
ニルヴァーナとは何だろうか。
このことをよく知るための理想郷のことだった。
ブッダの結婚、ブッダの勃起したおちんちん、ブッダの世界をよく噛みしめる作業現場のことであり、生活は保障された。
白い巨塔。

どれだけ私が妥協したのであろうか?(仏性)。
公案とは、言うものではなく見るものであり、骨と柔らかささえ感じてもらえればよかったのだ。
ボディサットバ(応神天皇)とは、禅をよく理解した王のことであり、現在は八幡宮とされているのが日本の現状だ。
どの3人組から「排除するもの」「ただ生きているもの」「生きているもの」は生まれるのだろうか?
「在りや無しや?」とは、どちらが生きているのかと言う問いかけを排除する側が問うているのである。
ナガールジュナは「無し」と答えれば生きていける小乗を作った。
虚しいよね。その方が出世するんだから。
白い巨塔。

仏を学ぶとは「野心を隠す」という意味であり、その虚しさはスンヤターと呼ばれた。
男にはおちんちんがついていた。
一つの心(一心)で何かを実現させようとする(体)のならば女がついてくる。
勃起することを「用」と呼び、女のおかげで年寄りや左翼活動家に仕事を邪魔されることを「理」と呼んだ。
その人の世界がだんだん広がっていくことを「事」と呼ぶ。
事法界、理法界、理事無碍法界、事事無碍法界などが考えられた。
理事無碍法界とは女と距離を置いて出世することを言い、安定した結婚生活をおくることで障害物をなくすことを事事無碍法界と呼んだ。
あとは問題(ダーマ)と向き合うことを仕事と心得ればいいのだ。
誰かが重力よりも重たい仕事をすれば建物が壊れるのが組織というものだ。
事と理をうまく理解しないと確実に建物は壊れるだろう。
貢献というものを考えないのならば、確実に潰されるのは言うまでもない。
白い巨塔。

本性とか真心とはこのようなものであり、だいたいこんな感じだと知ることを真如と呼ぶ。
馬が速いかどうかは、案外、馬の目つきを見れば分かるのだ。
何かを成し遂げようとしている目(一心)や、何かを信じている目(默契)を見ているのだ。
しかし、年寄りはそのような男に官職を与えないだろう(真人無位)。
以上の用語が禅の世界の共通認識となっている。
宋の時代に整ったのだ。
西洋社会もこのような思想に一定程度の共感は持っていた。
熱やエネルギーはこのように伝わるのか、と西洋では受け止められた。
禅とは特別なトランスミッションだね、と言って憧れるものもいた。
中国皇帝の「気」を感じたいというものもいた。
灯篭のような人生の道案内ともなった。
白い巨塔。

「偉大な道とはなんですか?」
「おちんちんじゃよ。子供が安心して眠れるからな」
このやり取りには仲間づくりの基本があるのだ。
妻に忠実で、やたらと業績を欲しがらない奴が出世した事例を多く見た。
王になっても女は妻しかいないことを「無念」とした。
問題から避けられないことを無住と呼んだし、誰にも頼れないことを無依と呼んだ。
セックスの快楽は善と呼ばれたし、それを妻に求めることを体と呼んだ。
これをブッダの「仁」と人々は呼んだのだ。
白い巨塔。

日本では法然や親鸞がプロテスタントの考えたアイドル崇拝をすでに取り入れていたことが20世紀にカール・バースによって紹介された。
物事を人々に教えるために「俳優」を用いていたのだ。
女たちは人間社会の真実を教えてくれるドラマ俳優のためにお金を払った。
楽しむ側は自分たちを「大乗」と呼び、俳優たちを「小乗」と呼んだ。
勃起しなければ苦しみはない(ニルヴァーナ)。
ボディサットバは「次に生まれ変わったらこの教えを生かそう」と考えた。
もしあの女を妹のように愛していたのならば違う人生になっただろう。
巨大組織におけるサクヤムニの重要性を知ったのはブッダだけだったんじゃないかな。
禁を犯したのならば痛みが待っているだろう。
白い巨塔。

6世紀に浄土宗は「日本にも王朝を作ろう」という動きとなった。
ブッダの教えがあったからだ。
男たちの知恵比べでもあったし、ボディサットバ(応神天皇)が自分の立場を固めるためのものでもあった。
のちに法然は比叡山延暦寺で学び、女子会を開いては念仏を唱え影響力を増していった。
「妹のように愛する」という発想が根付いた瞬間でもあった。
1日6時間はそのために用いて南無阿弥陀仏と唱えていた。
そこにはすべての学問を集中することができたのだ。
女の問題で悔いを残したブッダへの尊敬の言葉でもあった。
自力という力も湧いてきたし、赤ん坊のように駄々をこねたくなるときは他力と呼ばれる深刻な祈りも生じた。
女を妹のように愛し続けた結果、何を深刻に祈りたくなるのかは自ずと分かるだろう。
「追っかけられて深刻に祈りたいわ」
これを他力と呼んだ。
浄土の誕生だ。
白い巨塔。

その念仏は、他力の場合は非常に男らしいものだった。
妻への愛に満ちていたからだ。
10回の女子会だけでは分からないかな?
王朝に知恵を持ち込み、女子会を開いては話をした結果、懐いてきた女に法然はそのことを語ったのだ。
このことから、いろんな女の境遇も分かったし、女心も分かったし、女の美しさとは何かも分かったのだ。
しつこく追いかけられたら妻との関係を守るために「真剣に祈る」というメッセージを女に送ればいいだけだった。
阿弥陀は天皇になり、サクヤムニたちからさまざまなことを学んだ。
サクヤムニが死んで五世紀経ってもこの政治手法は誰も真似ができなかった。
アーナンダも、「俺だって真剣に祈りたいわ」と女に伝えて平穏な生活に戻っていった。
天皇家の歴史とは常に巨大組織とともにあり、妻への忠実さが問われ、しかし、女性たちの支持が必要な世界だったのだ。
親鸞は実際に女に家を燃やされているのだ。
下ネタと学問の間に「念仏」という瞑想が加わった。
これが「自分の出身母体(ボディ)と心の関係」であった。
どんだけ知恵に群がった女たちが美しかったかを悟ったほうがいい。
白い巨塔。

1960年代にイアン・バーバーや、トマス・トランスなどが「宗教と女学は区別がつかない」と言い始めた。
1998年にはピーター・ハリソンが「プロテスタントのアイドル崇拝は女心の研究に役に立つ」と主張した。
12世紀から18世紀の研究のすべてをアイドルに注ぎ込むことができたのだ。
バチカンも相当混乱したよ。
女を語ることは知的なことなんだと強烈にアピールしたからね。
1996年にヨハネパウロ二世がマリア崇拝を断念して「男女に境界線はない」としたことからもバチカンの混乱はうかがえる。
神と天使というモデルができたから「奇跡、カルマ、気」という概念も変わったのだ。
超人間的とは女心のことかね?
そのように語られるようになったのは実に21世紀に入ってからのことだった。
ニュートンも「引き付け合う男女」の研究に引き込んだし、ケプラーも「取り巻きの女の行動」の研究に引き込んだ。
「女学が宗教に化けてしまった!」
そのようなことが世の中で公然と語られるようになった。
イギリスの12世紀から18世紀を最も冷静に分析したのはアメリカだった。
「これが学問の行き着く先なのかね」
そう考えたのだ。
女で実験しながら発達していくようになったのだ。
1959年のカール・ポパーの構想は着実に進められていたのだ。
昔は学問はひたすら男を見ていたんだよ。
しかし、学者が衝撃を受ける結論は完全に女からもたらされていたのだ。
キツミラー対ドーバーの裁判でも「学問は女を見ている」という考えが勝利を収めた。
マイケル・ステンマークも、女が一人でいること、そして約束というものを常に考えていること、それを踏まえた上で男の「女学」を楽しんで聞いていることを指摘した。
ガリレオは天国を見るために望遠鏡を空に向けたが、結局、女の部屋をのぞくために用いられた。
NOMAは、学問を女に向けることを否定していない。
ヘブライ語聖書は紅海に消えて無くなった。
神からの贈り物とは何か?宇宙からの贈り物とは何か?
を考えると、それは若い女としか答えられなかった。
ローマ・カトリックは混乱しているのだ。
「我々がどれほど女に無知だったかを思い知ったよ」と語ったものもいた。
1915年にたしかにダークハイムは「宗教を世の中の接着剤にしよう」と語っていた。
世の中の女を支配する父は息子に殺されたよ。
そこで息子は後悔して父を理想化し始めた。
胸よりも大事だったのは父だっだのかな?と息子は思った。
若い頃はマルクスを語ってナンパした。
大人になったらマックス・ウェーバーを語り男らしくあれば歴史に刻まれると信じた。
女たちはタバコをふかしながら学問の発展を眺めていたよ。
白い巨塔。

医療裁判も結局は、学問の到達点ではあるけど「女を惹きつけた」だけではないか?
神を信じるものはこのことから80%にも達した。
「勉強も女の研究が到達点か」
女に苦しんだものが信仰から排除されただけだった。
モルモンもイスラムも、教会の神父さんも真面目な顔をしていたけど女たちに人気が出るようになった。
ユダヤの三男坊であるアプラハムやイエスが作った世界はもはや学問の手の中に落ちた。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書はたしかにこのことを言っているんだろう。
福音書の言うコンコルドの旅はここで説明がつくではないか?
キャンパスの学生がもっと女に興味を持つように指導していたイスラムも納得するではないか?
インドやネパール、スリランカや東南アジアのヒンドゥーは息を綺麗にしろと言っていたが女にモテるではないか?
ヴェーダやウパニシャッドが指導した仏の教えも、女を知ることから組織論が語れるではないか?
カルマというのは結局、モテればいいというものだったのだろうか?
白い巨塔。

ローマ・カトリックも「生まれたことに前向きになってほしい」という意味ではこのことを認めていた。
138億年前は地球は「熱い鉄」だったのだ。
たしかに「聖書に基づかないものは認めない」という発想はみんな持っているが、みんな肯定的なんだよ。
白い巨塔。

望遠鏡を片手に持って「星の王子様」を書いたガリレオはバチカンを激怒させた。
「どのセックスも重さは同じだな」
上からの力と下からの力があるけど、現場にはこれがあるからね。
上から落ちてくるものは加速するだろ。
しかし、セックス崇拝の反撃に遭った。
月には山がある。太陽には黒点がある、木星にも衛星がある。
望遠鏡で見たものはそのような世界だった。
うまいレトリックを用いて覗きをやったもんだ。
空を見た、女も見た、二つのニューサイエンスだった。
1633年にガリレオはバチカンのオフィスに呼び出されて「太陽(ヨーロッパでは男)は宇宙の中心ではない」として、女が組織を動かす大きな原因であることを主張した。
投獄はされなかったが、仕事を辞めざるを得なかった。
コペルニクスが語っていたことを、組織論に持ち込んだのだ。
望遠鏡 覗き。

ジョン・オースティンは、ノルマンディー上陸作戦のインテリジェンスをやった。
彼は、上層部の考えがどれほどデタラメに下に伝わっているかを知ったのだ。
やはり、正確にストーリーを理解しているのは男だった。
しかも、男二人組で話した内容が最も正確だった。
女目当てで話した内容が正確だったために、妻がいる人に話した方が正確に伝わる。
一連のストーリーの評論家の言うことは当てにならないね。
犬に「ハウス!」と言うような男は敏感に状況を理解しているね。
築地移転問題。現場の声。

ラグラン卿がアルマの戦いに勝ったのか?
ラグランが教科書に飾られるかもしれない。
フランスは六角形の形をしていて、六つの方向から邪魔が入っているはずだ。
独身の政治家には無理かな?
それだけの理由なんだ。
築地移転問題が解決できるのならばこの国はノルマンディー上陸作戦に勝てる力量を持つことになる。
世界全体をアメリカが見渡すことに成功した戦いだ。
ジョン・オースティンがインテリジェンスを一手に引き受けている。
「そりゃ、みんな真実が知りたいよ。でも、異性にモテたいという独身者がいる限り難しいかな?」
酒池肉林系の言論は弾圧しなければならない。
みんなつつましやかに仕事をしているんだから。
独身女ははしゃぐな。築地移転問題。

いろんな人にバックグラウンドがあるし、とにかく結婚を成立させてからでないといろんな仕事が動かないね。
フランスには6カ国の敵がいる。
だから問題が起きるたびに派手に結婚式をやってみんなが和解するのだ。
嘘か本当かはハッピーかアンハッピーの問題だ。
いいセックスに敬意を払う連中だよ。
このパートナーにおさまってくれたか、そのようにして結婚式は使うのだ。
三浦瑠璃。

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