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Foreign Affairs

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2017年4月14日 (金)

奇跡について。

学問だけでは説明できない、人間の行動だけでは説明できない、多くの人々に悔いを残させた特別な神の振る舞いを奇跡と呼ぶ。
男の学問が女の心に響かなければ奇跡ではない。
今まで「学問」が奇跡を起こすために利用されてきたのは事実だ。
川は遮られる前に流れていくものなのだ。
人は学問が流れていくのも憎いのだ。
通常、その妨害行為を超えた学問を奇跡と呼んでいる。
妨害行為すら学問に満ちていたのだ。
「学問の暴力」
これがみんなが知っている学問の道を変えてしまうことがある。
男女の話し合いの中から法則を見つけ、学問にしていったヒュームが一番奇跡に近かった。
死んだものは死んでいる。
みんなが顔を赤らめる瞬間がある。
なんども繰り返すことはできないカウンターは、日々の学習から生まれていた。
偉大な「説明のつく力」を一度限り人間に引き起こす。
女とよく話すことだよ。
孤独な砂漠での作業は宗教感情にはならない。
普通ではないよね、女たちがささやきあった。
普通は妨害行為に邪魔されて到達できない境地があるのだ。
死後数日で生き返った、水がワインに変わったとはどのような意味なのか?
パトロンがいなければ奇跡は起きない現実があるのだ。
結論が本当だった。
女がからだを許した。
女から面白い答えを引き出した、何系の話かを明らかにした、分かりやすい、全くわからなかった。
これだけで他の説が間違っていることがわかるのだ。
人間は学問に縛られている。女をよく観察しろ。
キリスト教の中枢はそんなネタばかり集めているんだ。
だから信用できる。
何系の話かはやはり目や耳で感じただけでセックスの問題を見通していたことかな。
人々の前でそれを語り、その目撃者がいたこと。
男女の話し合いからそれをすでに学んでいたことが大事なのだ。
サバスの日曜日に何が起きたかは他の人にはわからないはずなのに。
人々が記憶する奇跡とはサバスの日曜日にその人に何があったかを公然と語ることなのだ。
分かりやすいとは「小さな問題」という意味だ。
遠い昔にイエスが言葉足らずで言えなかった問題、つまり、女の失恋の救済に関する問題が一番分かりやすい。
パウロはなぜイエスを殺したのだろうか。
ライバルと変わらない返事しか女の失恋に与える言葉を持たなかったからだ。
全くわからなかったというのは、男が孤独の中で何をやっているのかを女が知らないことを言う。
男に囲まれて足を揺すっている男に「男もいけるタイプでしょう?」と言うだけでも、言われた男は「ふう」と腰を抜かすものなのだ。
セックスの分析に関する学問以外、心に響かない。
ヒュームがボルタイアと散々話した結果を記したものなのだ。
18世紀に英語に魂を売った奴が一番奇跡を起こしやすかった。
miwa ミラクル。

記録にも残されていない歴史がある。
1988年には英語に魂を売らないと昔のこともわからないことが知られるようになっていた。
サバスの日曜日に何があったのか?
つまりセックスの問題だ。
その学問を発達させるためだけのためにヒュームは女と話した。
日曜日女は必ずセックスをする。
そのことを語るだけで予言とまで言われるためにヒュームは、国語教育もやったし、あらゆる科目を教えていたのだ。
人は「どんだけ多くの女と話したんだよ?」と思ってショックを受けてしまうのだ。
すべての学問はそのためだけにやるんだと言ったヒュームに聖書の世界は賛同した。
勉強するモチベーションがシンプルになったし、人々が奇跡とは何か?学問とは何かを知る上で都合が良かったからだ。
新約聖書は、そのようにして預言者を描いたし、人々が学ぶ上での目的を示し、エネルギーを与えた。
6日目に「光よあれ」と言った時に、女は昼間のうちは動物ではなくなったが、7日目に何があったのかは預言に委ねられた。
人間の「証言」と、神聖な解釈、そして自分の考え、それで成り立っているんだ。
他人が自分の考えによろめかなかったらまた勉強すればいいだけだろ。
所詮、人間なんて星なんだ。
太陽より輝く瞬間なんてそれ以外にないよ。
日常で経験できる学問の喜びなんだよね。

ヒュームは常に「無神論者」だと言われ続けた。
「7日目」の探求だけのためにエッセイや論文を出し続けたからだ。
彼の「7日目」の探求は実験というよりは発明であった。
日曜日に他の人に何があったのか?
つまりセックスに関する学問に情熱を傾けたことは宗教界からも恐れられた現状がある。
米光美保 Sunday 6:00PM.

惹かれあっている男女の日曜日の研究だったのだ。
平日には平気でぶつかってくる連中も休みの日にはもはやいないことを知っていた。
誰と誰が惹かれあっているのかだけ見ておけばよかったのだ。
女がリベンジポルノをばら撒かれたりするのもこの研究からわかった。
休日出勤の研究だ。
男一人に女二人という状態が休日出勤にはある。
それを楽しんでいると妻が日曜日に男を作るのだ。
夫に似ている、時間と空間がある、そして悔いが残る、それが日曜日だった。
ベトナム戦争でのミニスカートのベトナム女がいたとすれば、サンフランシスコにはゴールデンゲートブリッジがある。
息子が父のことを思い、父が息子のことを思うだけでも妻の不貞は止められる。
中森明菜 Desire.

フランスは日曜日の妻の不貞には楽観的だったが、イギリスはそうではなかった。
「彼女のことなら初めから百も承知よ」
これはイギリスを覆う思想だったのだ。
文化が違ったし、頭痛薬も違った。
ロンドンボーイには秘密の力があったのだ。
悔いが残ってもアスピリンがあるイギリスでは夫のいない日曜日に妻が不貞を働いたのだ。
失恋の文化が浸透していたイギリスでは「過去も未来も同じ」という発想があった。
教会の権威が違うんだよね。
ビルボードの文化も違った。
レベッカ ロンドンボーイ。

夫にいいことがあるのならば妻にもいいことがなければならない。
しかも、妻は長話を聞いてもらいたがっていたのだ。
女のからだは神だったし、長話は世界だった。
不貞を働いてお金がいくら入ってきていくら出て行くかの計算はしていた。
金の入りが止まれば、女は日曜日に長話を聞いてくれる男を選ぶだろう。
女のからだは、長話をしなければもたないようにできている。
あとは男の金と暴力にしたがっているのだ。
長話を誰に発散しているか?
男からの入金はあるか?
このようにして「女の日曜日」を分析したのだ。
ヒュームは、18世紀にこれだけを頭に叩き込んで宗教界に衝撃を与えたのだ。
おニャン子クラブ いじわるねダーリン。

お父さんからお金をもらっていてお父さんと長話をしている女には彼氏がいないことを見抜いたヒュームは、サバスの日曜日しか見ていなかったし、聖書の教えなど読んでいなかった。
そのために「無神論者」と呼ばれたのだ。
そのかわり、女の長話とお金の研究だけは誰よりもやった。
イギリス経験論はヒュームの法則にしたがっていたが、大陸合理論はそうではなかった。
女たちはセックス裁判にしか興味がなかったので、日曜日を標的にしたヒュームは「たちが悪い」と思われたのだ。
彼がスコットランドのカルヴァン派だったことも女のセックスにだけ興味を持った理由であっただろう。
それまでの宗教は「無限」にこだわり過ぎていたのだろうか?
自分で稼いでいるのならば男はいるよな。
AKB48 ハイテンション。

彼女のことなら初めから百も承知よ、というジョン・ロックの発想も、お金の入金と長話を聞いてくれるという二つの要素を持ち込んで分析しなければならなくなった。
神は退屈していた。
お金を女に払うことと長話を聞くこと以外に女とセックスする理由はないのだろうか?
どの動物もこんなに不幸なのだろうか?
より知的になるしかないだろ。
愛が止まらない。

レディマクベスという娘をいろんな王がレイプしたが、「何もない奴からは何も来ない」ことを悟った。
女のレイプもお金があってこそだった。
お金があったからこそ王たちは身ぐるみ剥がされて夜明けに家を追い出されるという後悔を味わったのだ。
生きていることを感じたい男が、美しい女を愛していた。
教祖となる男には金があった。
ヒュームも、一週間のうちの安息日を支配することで教祖となったのだ。
どのおちんちんもいろんなものを生み出す。
セックスする喜びがヒュームに富をもたらした。
マクベスのようなお金目当てのセックス以外に女がセックスする理由があったであろうか?
それは「人間を冷静に見ている人」とのセックスであり、「生きている」人である以上、お金の話だった。
ここで、「お金」以外に「男の見識」も女の日曜日に何があったのか?という判断要素に加わった。
デカルトはフランスの王であり、女たちはデカルトの系譜を引き継ぐ男たちに忠実だった。
松田聖子 ハートをロック。

男は見た目がよければ常識をわきまえていればいい。
世界は偉大なマシーンだったよ。
知的な人の階層があって、女たちは男を取っ替え引っ替えなんだ。
知的な男が何かを書き記してみんな似たり寄ったりになってくれれば一番いいのだけどね。
世界は広いからね。
どの男がいいのかなんてわかるわけがないよ。
お金で判断しながら女は生きている。
「神の心ってどんな感じ?」
そう思いながら女たちは男の肉体を愛した。
どのみちヒュームの子孫だからお金を持っているのよね。
「お金以外にもっといい判断基準はないかしら?」
とにかく退屈な日曜日の女の行動を正確に理解することだね。
「セックス以外にありがたい教えはないのかしら?」
有神論の側から問いかけがなされた。
病気やヒステリーも広い大自然を見たら忘れられるじゃない?
病気やヒステリーの治療にとってセックスは悪ですらあった。
ヒュームは安息日の意味を語ったために「宗教はいったん終了した」として、性病などの問題と向き合うことにした。
セックスが悪だと有神論が言うのならば、そこからいろんなものを立て直していこうと考えたのだ。
ヒュームが妥協してくれたおかげで、「人間社会の痛みと向き合うのが宗教だ」という発想に切り替わった。
寒さや雨や風、いろんなものに学問が向けられることになった。
人間社会の痛みを研究している人ともセックスするよね。
「アゴが出ている女がうつ病だと見抜けるか?」
上原彩子の鬱的なピアノ。

女が長話をしたいなどの情熱を持っていることは分かったが、そのために罰を与えられていることも分かった。
男に抱かれたいためにこんなにも無理をしているのだ。
それを解釈するのも痛みの研究であり、セックスを悪と位置づけ、痛みの解消の方向に宗教を向けさせる理由となった。
人間というのはセックスをするためにあまりにももろい努力をするものだ。
有神論の側はヒュームの妥協に拍手喝采した。
安息日の話にとどまらず、人間の痛みと向き合ってくれたからだ。
医者や弁護士などの複数の神を認める立場に立脚したのだ。
崇拝の対象は「セックスのパートナーを当てる人」ではなくなった。
そのために発達させた学問が、今度は「痛みの救済」の方向に向けられたのだ。
安息日(日曜日)は、人間社会にこのような贈り物をした形になった。
女の長話を聞く男がセックスの相手であるということを突き止めたヒュームは法律学の世界においても「結果無価値論」という立場を残していた。
三浦理恵子 日曜はダメよ。

さらに、ヒュームは食べ物や飲み物の「味」を探求した。
味とは女が作るものであり、セックスを経験した女が考え出したものだとし、それを子供に教えていたのだ(スタディ)。
挿入の感じ方と味の感じ方を結びつけた。
失恋した時に救済の言葉(文学)が頭の中に充満し、そして味の表現の言葉も覚えるのだ。
痛みの救済の研究は「味」の感じ方に向けられた。
カップルに存在する二人の敵によって別れに追い込まれたのならば「味」は文学であるとしたのだ。
「美味い」という言葉の意味が人それぞれ異なった。
女のからだは味の解釈に都合がいいのだ。
東京パフォーマンスドール How to love forever.

また、恋の話に詳しい男はハンサムに見えるのが女だ。
それも「女の感じ方」なんだろうね。
争いごとを治めてくれた男もハンサムに見える。
音や色、暑さ寒さなどの感情が男の見た目にないまぜになってしまうのだ。
英語を覚えるとこんな特典が付いてきた。
挿入にまつわる話は美しさに満ちていた。
顔は男の年輪というが、治めるか恋話をするかのどちらかだね。
人間のからだは複雑なマシーンであり、秘密の力に満ちていた。
女は子宮で感じるというのはあながち的外れではなかったのだ。
そうやって仲間を作っていくのが社会の在り方である。
コーヒーの香りを楽しめる男はハンサムに見える。
悪人顔に見える人はあなたが破壊したい人なのだ。
その人のパフォーマンスがもたらす偏見だよ。
コーヒーCM.

食べ物や飲み物を私に保障してくれた、恋話に詳しい、それが男の顔というものだ。
痛みから救ってくれたか快楽を与えてくれたかのどちらかだ。
罵声を浴びている男は決して美しくはない。
男の知性は家や木や本を想像させる。
ヒュームは「顔の美しさを失った男が自殺している」と言った。
強さを持っていて、コーヒーの香りを楽しめて、だんだん力をつけていき、周囲からも一目置かれ、偏見の目で見られない男に自殺はない。
女の満足とお金と力は男を自殺から救うと考えたのだ。
顔を見て批判するかどうか人々は考えているんだ。
知恵というよりは偏見なんだ。
「原罪に由来する本能」とも言えた。
権威を見失った男が見た目で批判されやすいね。
肉体というよりは心の問題なんだよ。
悲しみ、恐怖、心配事に耐えてきた男もハンサムだね。
女の恋愛と関わっているのだろう。
味に無頓着な女は男の顔の良し悪しの判断力も鈍いね。
オスカーデラホーヤ。

また、ヒュームは女の「譲れない夜」について研究した。
少女漫画の永遠の後悔であった。
本当に自分に必要な男を否定し、後悔もしない。これが一目惚れだ。純潔女の議論だ。他の男の心を知らないんだよ。
しかし、フリーセックス女には譲れない夜がある。
フリーセックス女は一目惚れなど議論していない。
男への後悔と本当に私に必要な男の議論をしている。
男の解釈が豊富なんだよ。
譲れない夜は「勃起したペニス」にあるとされ、別の選択肢はないのかという問題は結婚とつながっている。
誰と結婚するのか?あるいはすでに結婚しているのか?
フリーセックスの否定と自分にとって必要な男という観点から「どうしても結婚したい」と言って譲れない夜が生まれるのだ。
フリーセックスとどうしても必要な男というのは対立するし、別の選択肢を選ぶことと合格点を出すことも対立する。
ひたすら解釈するんだよ。
ヒュームは、女が自分の局部と向き合う上で生まれるこの問題を研究した。
SPEED All my true love.

まず「多数派工作」をすることだよ。
その上で別の男を検討するんだよ。
そのことから「男ってなんだろうな」と考えるんだ。
これが「フリーセックスとどうしても必要な男の問題」なんだ。
一目惚れしたセックスも、他の男と何が違うのかわからない男とのセックスも、譲れない夜とは向き合っていない。
本気になった時は多数派工作をするのが女だ。
瀬能あづさ 永遠に友達。

また、パートナーを固定したあとにも、この人でよかったのかな?と言って譲れない夜は訪れる。
外には自由だけがあったからね。
彼との真剣な話し合いの時は特にそう感じる。
この世界を理解することが結果無価値論の「意思の自由」の問題だ。
自分に必要な男がいることと、自分はフリーセックスの立場であること、そして自分にもその男とセックスするチャンスがあること、この立場に立つことで心に逃げ道を作るという光をヒュームは与えた。
「女は譲れない夜を作りたくないから団結するんでしょう?」
SPEED I remember.

まるで、その必要な男と散々議論したかのごとく、女は他の男にからだを許していた。
長話をする人とお金をもらう人を女は区別することがあるのだ。
必要な男とは長話をし、現在の彼氏を輝かせることにした。
「女と関わることをどの男も拒まない」ことを女は巧みに利用したのだ。
仲間づくりは「必要な男」がどんどん進めていった。
女はそのようにして辛い夜をクリアーしていったのだ。
男には学問と仲間が構築されていったし、男は社会に自分の存在をアピールするようになれた。
男たちもお互いに「理論家」に頼りきっていた。
理論家は政治や戦争、貿易などの仕事ができるだろう。
経済の本も書ける。
社会というのは暴力がなければ「不可能」な世界なんだよ。
自由な空間と解釈がなければ反省というものは成立しない。
必要な男とは電話するだけという仕組みは20世紀にできた。
セックスではなく日常の風景として必要な男は流れていた。
物事を反省するためにもそのような男は必要だったし、女は男たちの強さと弱さだけを見ていた。
純潔女や自分を持っている女は男の理論家を育てない。
「弱さ」を見せる男はフリーセックス女と話していない。
Cocco 焼け野が原。

政治や戦争、貿易には学問が必要だった。
人間だけが愛と憎しみの対象となり、肯定と否定をすることで落ち着いたし、肯定と否定に解釈が必要だった。
女はセックスで感じただけのことを人に話したがる。
男への憎しみと怒りを語りたいのだ。
からだと話はつながっていたのだろう。
女の話は豊かさや永遠に感じることや、財産と関わっていた。
知っておくことは男の誇りであり愛であった。
仲間を作ることは祝福されていたのだ。
肯定と否定が人間には必要だったし、話をぶった切って介入する必要があったし、知恵で女を感じさせる必要があった。
必要な男とはそういうものだったのだ。
セックスした女のからだだけでは処理しきれない問題があった。
女はセックスしたあとに「和解」が必要だった。
ヒュームはこれを「学問主義」と呼びひたすらフリーセックス女の話を聞いた。
卯月の頃。

ヒュームがフリーセックス女の話を熱心に聞いたのは「古典的学問主義」と呼ばれた。
本当にこれを発展させたのはストローソンであった。
20世紀後半に「自由と怒り」という本を書き、セックスに対してポジティブな女とネガテイブな女をまず区別した。
セックスは罰なのか、他の女にも呪われているのか、どのように社会が認めていくべきものなのか、これがネガテイブな見方であり、ポジティブな見方は、セックスを合格とみなしていた。
ポジティブな見方ができるのならば自分を持っているね。
勃起が萎える瞬間をしっかり理解する女がポジティブだね。
どちらの立場も、女がやられたことを柔軟に解釈し、方向を変え、理解し、気持ちよくさせるものであるという点では同じだった。
自由を楽しんだという意味では合格だったんじゃないか。
女がからだで信じていることを発散させなければならないのは事実だ。
「学問にはならない」という立場とヒュームは激しく対立した。
Cocco Way out.

セックスされる存在として女はどのように仲間を作るべきなのか?
それは自由と解釈だね。
ボランティア主義は女たちでセックスについて話し合ったよ。
仕草やマンネリ化、男の重さなどを語り合ったのだ。
金になるセックスかそうではないのか、非難される内容のものだったのか、語り合えるものだったのか。
セックスされる存在として女たちは占いなどを語り、表現することで仲間を作り始めた。
なぜ、一部の男が仲間を作りたがらないのかが不思議だったのだ。
しかし、外ではおしとやかな女性を演じているだろ。
女の子の団結は慣習によるものだが、大人はそうではない。
からだで感じたことは言葉で表現したいのだ。
その「表現」を知ることは男の仲間づくりにも影響する。
Cocco 寓話。

ヒュームは、フリーセックス女と、彼女が必要としている男の議論において、男は宗教を作るだろうとした。
女がからだで感じたことを聞いているのならば自ずから仲間もできるだろう。
アリストテレスは「石の拳」という二つの選択肢を常に求めることで敵に反省の弁を語らせたが、ヒュームは「女がからだで感じたことを言葉にしたもの」を聞きながら政治コミュニティで勝ち続けた。
悪という悪はなんでも聞けたのがフリーセックス女の話であり、神というのは女がセックスで感じた暴力から生まれていた。
「神様」という意味ではなく、女の話をよく聞いた男が神がかっていたのだ。
フリーセックス女と必要な男モデルは、セックスの気持ちよさではなく、負の側面を聞いて回ったことから「反キリスト」と呼ばれた。
親父がいろんなことを知っているのならば親父の永遠を感じるね。
Cocco 星に願いを。

ヒュームは因果関係の問題も、女の後悔や反省にその答えを見出した。
「別の方法もあったのかしら?」
しかし、カントは男女がともに後悔や反省をすることを因果関係と呼んだ。
Cocco ポロメリア。

カントは後悔や反省に「客観的事後判断」つまり、男の側からの説明を求めた。
今の状況を男はどう思っているのだろうか?
男が浮気したから別れることになったのに、こんな後悔や反省を残していたんだよ。
ヒュームは、女の立場から「後悔や反省に何百もの原因があると思うだろうか?」と言った。
カントのように男の言い訳の数々を聞いていたらきりがなかったのだ。
客観的事後判断は女の心には全く響かなかった。
別れの心の整理は女がするしかない、これがヒュームの考えだったのだ。
子宮から湧いてくるもの、これが必要だった。
男女にはセックスの感じ方の違いがあったのだろう。
どのように他の女を口説いたのかまでは聞いていられないよ。
カントは男の心の救済まで考えていたが、それはないんじゃないか?
男の心の救済なんてものは、太陽に照らされた石の熱に暑さを感じるように「後手後手に回ったもの」だったのだ。
ヒュームは女が壊れたから男が浮気したのではないかという「介在事情の異常性」だけを見ていた。
bz もう一度キスしたかった。

女たちは男を比較することができた。
男の言葉を比べたのだ。
カントは純粋な女を愛したが、ヒュームはフリーセックス女を愛した。
カントは女のセックスを大事にしすぎたのかな?
フリーセックス女が哲学者を必要としていたのだ。
音楽を愛したのもフリーセックス女だった。
女は、彼の体の重さは分かっても、普遍的な真実はわからなかった。
カントは女より純粋なものと考えることと同時に、男をより知的なものと考えてしまったのだ。
そりゃ、テレビでバカやらかしているうちは女はフリーセックスになるだろうね。
女たちが失恋ソングを共有している限り、男は知的な文化には浸っていなかった。
失恋ソングの効果としては男はバカをやらかすのが仕事と語って文化を形成した。
女の胸に残るものが知的な男の言葉なのか失恋ソングなのかの違いがカントとヒュームの違いだった。
フリーセックス女は哲学者と詩人を必要としていた。
しかし、男が知的であるということは男社会に混乱をもたらすことをヒュームは指摘していたのだ。
文化が女の性の統制をできることがわかった。
「男を比べたくない」とヒュームは考えていた。
しかし、カントは「男の言葉」という太陽が残した暑さを追いかけていたのだ。
Cocco もくまおう。

女の胸に男の言葉を刻もう、これはカントの悲願だった。
より強烈な権威を求めたのだ。
「ヒュームは裸の法則を重視しすぎなんだよな」イギリスとドイツは決定的に対立した。
女を経験だけの世界に放置したら、胸には失恋ソングしか残らない。
見ればわかる、聞けばわかる世界では女は深い愛に落ちることもなかった。
カントは「男女の間で何が可能なのか?」を探求したのだ。
男が学問をやれば女は純粋になる、これがカントの純粋理性批判だった。
お笑い芸人が好きな女とは話が合わなかった。
時間空間をどのように使って生きるつもりなのだろう。
惹かれ合う男女の意味をヒュームは明確にできないとカントは考えたのだ。
カントは「フリーセックス女は太ってくる」とし、男が知的でないと女が太ることも指摘した。
月や木星や土星に比べると男は軽すぎるではないかとヒュームは開き直っていた。
万有引力の前ではすべてが虚しかった。
ヒュームは、慣性の法則に異を唱え、将来は現在よりは明るいと語った。
カントは「男の言葉を比べたほうがいい」とした。
どのようにその言葉は永遠と関わっているのだろうか?
世界の広さに惹かれていたのだ。
「カントが愛した女の方が美しかった」
「ヒュームの愛した女は重力に逆らえないが如く太っていた」
太った女が語る話が将来を明るくするんだろう?
ヒュームがフリーセックス女から学んだ法則を用いてカントが純粋な女を作り出そうとした側面は否定できない。
瀬能あづさ ふたつにひとつ。

ヒュームにとって男女はビリヤードの玉のようにぶつかり合うだけのものだった。
男は何かの空間の隙間を埋めたいだけなのだろう。
木星の衛星は木星によって加速させられていた。土星や太陽ではない。
いろんな男を取り巻く女がいるのだ。
重さを増した男はアイドルのおとぎ話に浸った。
契約を結ぶか激突し合うかしかないだろ。
あるいはすべての人間を水で満たすしかない。
学問は簡単だった。
昔の学問と戦えばよかっただけだからだ。
カントは「すでに知っている衛星の動きを語ろう」と言った。
彼女たち(衛星)は自分の重さにしたがって木星との距離を図っていた。
カントは王として取り巻きの女の計算をニュートンから学んでいた。
ケプラーも、女たちは楕円を描いていて、最も魅力的な姿で接近するポイントがあり回転しているとした。
カントは「取り巻きがいると執筆活動がはかどるんだ」と言った。
彼女たちに読んでもらうために書いたのだ。
読者と作家は何の摩擦もない絶対空間にいたし、他の男たちとは相対空間にいた。
最も魅力的な姿を目撃する瞬間を絶対時間と呼んだ。
絶対空間は無限に空虚だよ。
退屈さは1日であり、一ヶ月であり、一年だった。
加速したり遅くなったりしながらまわっている。
退屈な時間を永遠に使うんだ。
絶対時間に女たちは男の決意が本物かどうかを試していた。
「男社会で生きていて欲しかったのよね」
「何か分かったら報告してよね」
彼女たちは男がいつも話しているフリーセックス女に似たものだ。
残虐なまでに回り続けるだろう。
カントにとって、そのことすら経験するのと計算するのとでは意味が異なった。
Cocco 雲路の果て。

惹かれ合う男女とは女の失恋の救済と関わっている。
つまり、芸術と学問に詳しい男のことだ。
取り巻きの女との関係はメンタル世界であり、学問世界であった。
メンタル力によって惹きつけあっていた。
「フリーセックス女から何が分かったの?」
女心から何を組み立てたのかを知りたがった。
望遠鏡で女心をのぞいてみればいい。
ニュートンを用いた女の取り巻きの計算はヨーロッパで必要とされ「トップランクの男」を作るために利用された。
哲学の才能の象徴だったのだ。
ヒュームもニュートンを「よく計算したな」と褒め称えていた。
取り巻きのいる男は時代の偏見にさらされたよ。
「反キリスト」なんだよ。
昔は女を近くに侍らせていたからね。
「でもなんだかんだ言って必要な男なんじゃないか?」
仕事や仲間、女の嘘、政治などがわかるようになる。
男の学問はフリーセックス女と話すことにあったんだよ。
ヒュームは、アイルランドのカルヴァン派であり、今で言うAKB48に近づいたことでこれらのことを学んだものと思われる。
AKB48 アボガドじゃねーし。

ヒュームは、この経験を通じて学生たちを変えたかったのだ(エデュケーション)。
アイデンティティはアイリッシュであるというのもヒュームを尊敬してのことだ。
女のからだにズカズカと入り込んで行ったからだ。
勃起したペニスや、男の言葉の比較、祝福、力、権力がこの学問にはあった。
女の昔の面影への情熱もあっただろう。
いつでもエネルギーをもらえる立場に身を置いたのだ。
ヒュームは実験を繰り返したけど、しっかりと記録には残したよ。
ribbon Virgin snow.

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