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2017年4月20日 (木)

人の選び方。

やはり、家庭内が情報に満ちていなければならない。
鹿の頭を比べても、走る速さにはつながらない。
内臓(情報)がなければ役割は果たせないだろう。
走る速さがなければ肉食獣に食べられて子孫は残せないだろう。
現代においては「自動車」が紹介されている。
モデルはコピーを残すためにある。
型はいかに自在に乗りこなすかが問われる。
しかし、型は常にモデルを意識している。
モデルという概念は1970年代に紹介された。
遺伝を意識したのだ。
「俺はこのような内臓に適応しながら生きている」
という意味であった。
これが「イエのモデル」であった。
型はパフォーマンスを証明して子孫を残していく。
モデル同士の戦いもする。
よそ様のイエのモデルを相手にした時は自分たちのモデルの型は団結するものだ。
そうでなければモデルは子孫が継続しない。
パフォーマンスを証明するのはそれぞれの型だよ。
モデルが存続するかどうかもみんな型を標的にしている。
エリミネーション(抹殺)するプロセスをモデルは常に見ている。
社会に出なければ何も証明できない。
誰が、どの型がモデルを進化させたかをみんな見ている。
型、つまりモデルを進化させた男の話をしっかりと聞かなければならないね。
どこで進化のプロセスが変わったのかをモデルは共有しなければ子孫は残らない。
型の内臓(情報)は、同じグループ、親しいグループで共有されていなければならない。
女の存在は「型」に強烈な影響を与え、モデルの進化のためには絶対に必要だ。
女に愛される型が必要なのだ。
グループは小さい方がいい。
国内純正がいい。
グループが大きいと混乱が起きる。
誰が必要なのか。どの型が女に人気があるのかの真実をみんなが見失いやすいからだ。
フェラーリカリフォルニア。

どの親が優れた型を残したかのサンプリングも見失いやすいものだ。
どのようなテクニックを使って強さを維持したかは女たちの声を聞くしかないかもしれないね。
モデルの値段は型のパフォーマンスで決まるからね。
そのようにして、モデルにはクラスという概念が加わった。
モデルの中でもクラスは決まっていったのだ。

つぎに、モデルに投げかけられる問題がある。
「あの型はモデルの内臓(情報)を本当に継承しているのかね?」
モデルチェンジするのには理由がある。
子孫を残すために行ったモデルチェンジを理解しているのかが問われるのだ。
型のパフォーマンスをて行ったモデルチェンジ理解していないのならばその型は旧式に過ぎない。
型がモデルチェンジを引き起こした理由をしっかり理解して、その後もコピーは生きていかないといけない。
モデルチェンジの恩恵に預かる連中は確かにいる。
遺伝は一本のラインで行われる。
多くの敵の中を生き残った型があるのだ。
しかし、恩恵に適応できたのかは正確に理解しなければならない。
モデルチェンジの恩恵にうまく適応して乗りこなさなければ意味がない。
うまく適応した連中をグループと呼ぶ。
オーナーによくフィットした型があるのならばモデルチェンジにうまく適応したグループだと言える。
人口は増え続けるし、産業のあり方も変わってくる。
モデルチェンジした原因となった型の研究はグループはしっかりとやっている。
1960年代の「家柄の生き残り」は興味深く見ていたよ。
モデルチェンジをした家が、のちに没落していくのを見たからね。
モデルチェンジを生き起こした人間をどれだけ尊敬し、その苦労を真似するかでいろんなものが決まったのだ。
岸 佐藤のモデルチェンジ。

案外、小さなグループだろ。
何かに没頭しているようだ。
グループで、必死にモデルチェンジに適応しようとしているのが分かる。
時には優秀な教師もついた。
他にもグループがいたから集中できた。
グループに有利な業績は虎の子のように守った。
1970年代には、いろんなグループの没落が始まったのが観測された。
その世界に関心を示すグループがいろいろあったからね。
1987年に「結局、家柄って関係ねえな」という雰囲気が蔓延した。
生物学的には同じ人間だな、と思われるようになったのだ。
松田聖子 Kimono beat.

女の子たちの声援が変わっていったのだ。
オリジナルのモデルとは全く異なる業績をバンバンあげられるようになったのも大きいね。
社会が複雑化して、親戚だけではどうにもならなくなっていた。
親戚を代表するがごとく子供が戦ったぐらいだ。
ピラミッド社会をしっかり理解した子供がいちばん強かった。
他の親戚とのセックスが気持ちよかったというような証言は得られていない。
モデルチェンジというのは女性の声援を背景に行われているのだから、それを理解しなければ没落するに決まっていた。
それを引き起こした人の発言にグループが注意を払わなかったからだろう。
みんな「なぜ彼がそのような業績を残せたのか?」に疎すぎた。
「鈍いなあ」と考える女性たちの方が輝き始めた。
鈍さを残したまま子供を産む女もいた。
女たちの格好の餌食となったのが「お家断絶」運動だった。
人間はいくらでもいる。
業績は誰でも残せる。
子供たちにはこのムーブメントが襲いかかった。
集団の中で最も高度な戦いをした者への尊敬もなければこのようなことになる。
「負けた種は絶滅しなければならないのだろうか?」
美男美女すら危機感を持った。
彼らたちは種の意味を考え直し、自分たちの方がよっぽどいい生き方をしていることを示そうとした。
「ストレスのある環境に身を置けばあいつらに勝てる」と考えるものもいた。
より社会に適応すればいいんだろ。
モデルチェンジを引き起こした教祖の恩恵を受けてセックスしたやつは自分が王だと誤解しているようだった。
ダーウィンの間違いがここで観測された。
恩恵を受けた連中は目の前にあるものしか分からなかったのだ。
ゲノムがどれほど膨大な数なのかも分からず、身内であるといって勘違いし、周囲の標的になっていたのだ。
ドウキンは、そのことから「家柄」というものを否定してしまった。
クルマのモデルと人間の違いが明らかになったのだ。
すべての男は勃起した時に神だと思っている。
人間乗り物に例えた方がわかりやすかっただけであり、男の勃起と勘違いという要素をここで取り入れることで、すべてを考え直さなければならない。
「情報なんだよ」
たまたま身内に面白いのがいればみんな興味を持つだけだった。
クルマの進化のイメージはみんな持っているけど、「人間である」という観点と両方使い分けなければならない。
本当に強いのかどうかは家の文化を見るしかないね。
警告だけしておこう。
遺伝というものが他人からどれだけ憎まれているものなのかを。
小さな箱の中のオスのネズミがどれほど嫌われているのかを。
しかし、モデルチェンジを引き起こした男の言葉がどれほど女たちの胸に響いたのかも知っておかなければならない。
箱の中のネズミであってはならないのだ。
世の中の遺伝の仕組みは自動車ではないんだ。
あの人の子ね、という直感は楽しめても、女にとっての楽しみは他にあった。
みんな、遺伝の研究はまだ途中だと信じている。
まるでマウスを見るように女たちは眺めているんだ。
タンポポ 恋をしちゃいました。

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