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2017年4月 5日 (水)

音楽。

ピュアミュージックもあれば、セックスを歌ったノンピュアミュージックもある。
音楽ほど難しい哲学はないと言ってもいい。
どれほどセックスの核心に迫るかという前衛音楽もある。
Yoko Ono Toilet Piece.

ピュアミュージック。
ショパン 別れの曲。

ノンピュアミュージック。
富田靖子 さびしんぼう。

感情を刺激するのが音楽だとすれば、それにセックスを乗せるのは当然だっただろう。
しかし、オノヨーコは、前衛音楽という到達点を示した。
狙うこと、みんなが聞くこと、ピッチやリズムの基本を踏まえていること、これが単なるサウンドアートとは区別された。
サウンドアート。

サウンドアートはつまらない。そのようにしてみんな音楽に戻っていった。

音楽は「女の心の風景」と深く関わっている。
まず、リスナーを男と女に分けることから始める。
春の感じ方が違うからだ。
いきものがかり Sakura.

スポーツ界の「春の珍事」とは女のマネーが撹乱しているものと思われる。

お兄さんやお姉さんが歌っているのが音楽だ。
はかないもの、おとぎ話、この二つが女にはあるのだ。
おとぎ話は真実でなければならなかった。
女心を知ることが音楽なのだ。
完成度と方向性を女は見ている。
完成度とは「感じること」であった。
深刻な場面を作り出すことも重要であった。
また、レコーディングしなければ人々の記憶には残らないことも知る必要がある。
レコーディングしたらリスナーは「逃れられない」からだ。
ロックもレコーディングしなければ演奏でも盛り上がらない。
作曲家が作った通りに行動することが必要であり、「行動」さえあればアーティストが解散しても同じことだ。
しかし、常に新しい「種やクラブ、言葉」が生まれてきて、なかなか作曲家が思うような「行動」は期待できないものなのだ。
肉体によって表現されるものが音楽だからだ。
常に新しい詩の表現方法も考えられていく。

女が快楽主義から失うものは少ない。
中森明菜 1/2の神話。


しかし、快楽主義から失うものは少ないことを別の表現で示すことがある。
CoCo はんぶん不思議。


どんなヤリマンも半分は純粋さを残している。
小泉今日子 半分少女。

お金を払ってしまうと信者の「代替わり」は確実に進んでいく。
男も神ではない。
プラトンはそのようにして「詩の教祖」となって忘れられていった。
この「代替わり」まで研究したのが「複雑なプラトニズム」である。
常に消し去る側と覚えている側の二つがある。
覚えている側にとって、新しい作品はもはや心には響かない。
背景には「女のからだがどんどん老いていく」ということがある。
新しいものを信じられるのか?
男も女も「女のからだ次第」で昔の作品を楽しんでいるのだ。
しかし、「作品の謎を解明すればその作品は永続する」とも言われている。
バッハのブランデンブルク協奏曲をハープシコードで演奏するのかグランドピアノで演奏するのか、というような議論の基盤ができるのだ。
作り手も聞き手も同じことを考えるようになる。
完成度とはこのような議論だ。
聞き手が注目する「瞬間」が作品にはある。
歴史の文脈を把握する研究は確かに成立する。
しかし「聞けばわかる」という立場もあるために難しいのだ。
チケットの分厚さだけを競い合う連中がいて研究は困難だろう。
本物が歌わなければ完成度は部分的なものに終わるよ。
もっとも技術に満ちていたからね。
SMAP.

音楽はパフォーマンスではなく、CDなどのコピーが大事だという議論は確かにある。
しかし、ライブパフォーマンスが大事だということはジャズの側から証明されたのだ。
構成などの即興が入る限りライブパフォーマンスの重要性は失われない。
リズム、メロディ、ハーモニーが複雑に混ざっているのが音楽だとするのか、ピッチとリズムが重要だとするのかは、ライブパフォーマンスをどこまで重視するのかという議論なのだ。
また、その作品を誰がもっとも正確に理解しているのか?という観点も重要だ。
どれほどその作品に心地よさを感じているのかという指摘なのだ。
アーティストがその作品で間違いを犯した回数などもライブパフォーマンスの重要性に味方するだろう。
「本人が歌う」というのは女が想像する以上にメシアだとも言われる。
CoCo 夢だけみてる(CD音源).

また、人生の悲しい時を共にすることもアーティストが記憶に残る理由だとされている。
女の悲しみは記憶に残りやすいものだ。
作曲家が女を記録に残しているんだよ。
どんな悲しみかは想像もつかない経験をリスナーはしているものだ。
明るい作品だけを覚えていることはない。
人間の分からない領域は悲しみにしかない。
表現というよりも詩を聞いてしまうのも悲しい曲だ。
CoCo 優しさに帰れない。

一方、恐怖に満ちた曲は聴衆の経験から恐怖を蘇らせることがある。
戦場でのスネアドラムとともにこの恐怖を引き起こすことができるのだ。
あくまでも戦場にこだわっている。
男の五感の作用と意味を探求したテーマはこれしかない。
強く儚い者たち。

葬送行進曲は、時に喜びを表現したりもするので、曲の悲しみと女の感情は異なる側面がある。
これも「いきいきとした経験」に由来するものだろうね。
想定外のリアクションを聴衆に引き起こしていることになる。
人々の怒りや興奮や愛を対象にするテーマであるために作曲家は苦痛を感じただろう。
葬送行進曲。

一方で、失恋ほど純粋に音を探求できるテーマはないだろう。
結婚とは何か?を人々は考えるからだ。
婚前交渉を人々はそのように考えていた。
CoCo さよなら。

ピュアミュージック(クラシック)に関しては、詩がなければフィクションも悲劇も作れないではないかと言われた。
悲しい曲を聴いて「悲しくなれ」とリスナーには言えない部分がある。
男が作り出す「雰囲気」を楽しむことはできる。
犬と暮らした方が鬱の男と暮らすよりマシだ。それで犬と暮らしたいのか?
男と暮らすしかないではないか?
そこで「男のイメージ」を膨らます意味合いがある。
情念系も応援ソングも「効果は同じ」とも言われる。
惨めな女にとって「死」というものは歓迎すべき同情なのだ。

動物はステレオの音に驚くだけだよ。
音楽の空間にトーンとピッチだけがあるという人もいる。
その空間に個人を晒しているとするのだ。
将来が予見できればいいと考える者もいる。

音楽作品と女の局部の関係は密接なつながりがある。
快楽を作品に求める以上、当然だろう。
どの女の局部も最大限の評価をする。
お兄さんやお姉さんが歌っている作品だ。
このことは音楽に負うところが大きいね。
急進的思想だね。
一番大事な人はいないと言ったという意味ではね。
音楽による祝福だよね。
女を口説くために曲を作る世界の謎なんだ。
世界にひとつだけの花。


映画。

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