最近のトラックバック

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 曼荼羅。 | トップページ | 最強選挙理論。 »

2017年2月 7日 (火)

神奈川11区の労働者〜溝川幸二。

マルキュースは、フランクフルトスクールのメンバーだったが、
第三帝国の統治下でアメリカに逃れた。
多くの仲間が終戦後、ドイツに戻ったが、彼はアメリカにとどまった。
1960年代に「新左翼のグル」と目されたが、その後はポストモダニズム(面白いことをやろうとする連中)や、ロールズのフリーセックス理論、そして、アドルノの「資本主義社会はテレビだけ見てればいい」という思想に圧倒されていった。
彼の少年時代は常に体育館にあった。
その後、「資本主義と帝国主義のダイナミズム」の研究を始めた。
マルクス主義の「女の共有」にも影響された。
お父さんが出版社を経営しており、彼にアパートを買い与えた。
「存在と時間」を読んでは若さを無駄にしていた。
ナチスのもとでは教授になれねえよ。
そう思いながらコロンビア大学に出入りしていた。
戦後、マルクス主義の美学などの論文を書き、資本主義社会における「女の抑圧」について探求した。
芸術家が理想を描くときは現実とのギャップに悩んでいることを知った。
このギャップこそが社会を変えるんだろうと考えた。
フリーセックスを求めるグループの支配なんて出来ないよ。
そこで彼は「急進的な女性主義」に走った。
女性芸術が革命を起こすと信じていた。
ブルジョア社会だから一夫一婦制なんだろう。
女を美しく描きたかったんだ。
「親父の言うことなんか聞いてられるか」
労働者階級の芸術が革命をもたらすんだ。
傑作というのは平凡だよ、それでも力を持っているんだ。
1960年代に女がフリーセックスを求め始めた。
知的な女はみんな革命を望んでいた。
労働者階級、二児の母、アメリカ中西部の生まれ、そういう女が彼を支持した。
みんな心に何かを抱え込んでいたからだ。
「若さを無駄にする」これがマルクス主義の温床だった。
20世紀に入って「マルクス主義革命は起きないのではないか?」と言われ始めた。
ソビエトは全体主義に過ぎなかった。
マルクス主義の連中は「考え方を間違ったのかなあ」と思い始めた。
自然革命論は失敗だった、行動主義だと第二インターナショナルも考え始めていた。日々上達するなんてバカげていた。 
高度な産業化が進んだ国ほど若さを無駄にする連中が多かった。
女の共有と若さを無駄にすること、これが新左翼の特徴だ。
自分と世界がかけ離れることが大事だった。
物象化論(女のフェティシズム)ってなんだろうな?
マルキュースはとうとうこの答えにたどり着いた。
サインは上昇思考だったが、コサインは続いていく日常を見ていた。
コサインには、人種や女性差別に道溢れていた。
資本主義のもとで隠れた傷を負っていた者たちがいたのだ。
白昼夢は、何かを省略していたし、確かなものではあったけど、間違っていることが多かった。
マルキュースは、ホルクハイマーと出会い、下ネタの話し方を学んだことから、若さを無駄にするという一次元の世界から決別した。
空想からの脱却だった。
女らしさが急進化して、経済状態が悪ければ【革命・女の共有】は成立すると考えた。
己と現実がかけ離れていて結婚なんてバカげていると考えることを意味する。
男が結婚を愛するかどうかに革命は頼ってしまったのだ。
男は労働をして、女は体を売る、これがマルクス主義だった。
資本主義はここで崩壊するのだ。
カントの「女の体」、ヘーゲルの「顔」の研究から、革命の材料はそろい始めていた。
しかも、ペルシャの抑圧された女性たちを見ると解放してやりたくなった。
産業化が進むと、金持ちが女を買うだろ(矛盾)。
だから労働者に女を開放し、共有させたかったんだ。
女が金持ちからお金をもらい、若い男に貢ぐトリクルダウンは、一定程度、有効だとされた。
資本主義においては労働者は子供を作ることを勧められた。
これも社会の慣習があるんだろうね。
性の経験で太ったり、お金があるからお洒落をしたりするのも文化だった。
マルクス主義なんてものは「若気の至り」で済めばいいんだ。
若い女とのセックスなんて夢で見るだけにしておけ。
生きるための本能や死への本能がそのような夢を見せることがある。
マルクス主義の夢というのは実は動物的なものなんだよ。
自分の夢は分かるけど、子育てとか色々あるだろ。
よっぽど人生が苦痛に満ちているんだろ。
中嶋美智代 「恥ずかしい夢」


1477658217342.jpg

1989年に西側諸国がとうとうマルクス主義の意味を理解した。
家族による統制がとれないことや、文化は多様であるべきこと、ユダヤ教の「罪のない手」などの研究を深めたのだ。
国境線確定の問題となった。




相手の弱さにつけこむことを「搾取」という。しかし、チェスで相手の弱さにつけ込むことは搾取とは言わないだろう。
人が集まれば搾取は生じるよ?
しかし、低賃金や、発展途上国の女での医学実験はもはや構造に基づくものだろう?
このことを搾取と言っているんだ。
「ゲームならルールを作ろう」
労働者こそが男らしいとした資本論から搾取が生じていた。
女を最悪な状態にして立ち去る行為が男らしいか?
「被害者が孤立したのだろうか」というあたりで見ていくしかない。
産業革命以前は、搾取という言葉の意味は明確ではなかったのだ。
通貨を考えたアリストテレスまで遡ることは可能だし、セックスの研究をしたアクィナスも議論することが可能である。
しかし、アクィナスは女の子に「なぜ体を売ってはいけないのか?」を教えられなかった。
最悪な状態になって男たちが立ち去る風景が想像できなかったんだろう。
ジョン・ロックは「彼はどんな値段でマーケットに出ているの?」という観点を指摘した。
ダンケルクから撤退するのにも男たちは「自分の値段」を考えながらやっていたのだ。
教会の側はひたすら男たちの価値を高めようと教え続けた。
搾取の歴史は哲学の歴史ほど古くからあるものだ。
しかし、女が雇用の現場に出てきたからこそ低賃金やセックスの時に男の値段を計るようになっている。
女の局部の価値まで変わったからね。
政治以前の金と暴力だったんだ。
不動産の賃貸もそれで生まれた。
テナントでビジネスをやるようになっていた。
「セックスは美しいものよ?」と言った方が女が儲かった。
モノポリーには限界があるんだ。金持ちになってそんなにストイックな男はいなかったからね。
男らしい労働者に体を売る女という図式はマルクスが描いた。
社会は偽物だよと思った労働者が女を買ったのだ。
社会の歯車になった男ほどモテたんだよね。
抑圧された男女が愛し合うのは自然の成り行きだった。
子供ができちゃうよね。
子供にも同じ人生を歩ませたかった。
労働者は男らしいんだ。
欲望のままに生きるのが幸せだと信じていたんだ。
機械や建築、女には詳しかったよ。
セックスに喜びを感じたのも労働者だった。
熟練工のおちんちんの方が未熟練工のおちんちんよりも気持ちが良かった。
子供に同じ道を歩ませていいのかな?あたりが問題だろうね。
抑圧的な政府ってこんな現象を引き起こすんだ。

何が問題だと思う?女の子はブルジョアと結婚したいと思っているんだ。
フェアではないよね。
医者や弁護士にはなれねえからなあ。
公立高校の進路指導では可能性を残しているんだけどね。
仕事によっては労働者は気楽に働いているよ。
おっぱいも触らしてくれない女もいるけどね。
奴隷がやりたい放題セックスして世界を敵にするのは主人にとっては都合が良かった。
奴隷扱いされると「バケツ一杯の水に百万円払いたい」などと言い出すんだよ。
強要ってそんなもんだよ。
子供の話題で団結できるのが労働者の妻だよ。
「正しく扱ってよね」
搾取が悪だとは言い切れない現状があるね。

不公正さがともなうのは事実だよ。
子供の頃からつるむ相手が変わってくるんだからね。
10代の少年が5歳の子供と10セント、25セントを交換するように、両親は臨床心理士に金を払っている。
知らないということを利用して搾取しているのだ。
2対1のいじめが搾取かどうかはギリギリの判断になるが、騙しが横行するよね。
女の子が売春をやっても交友関係が変わってくるよ。
セックスの上手い下手でお金も変わってくる。
新しいテレビセットを買ったから75ドルで古いテレビを売るのと、引っ越したから75ドルでテレビを買うのとでは「与えたものよりも得たものの方が大きい」これが正解なのだ。
このことを「社会の子供」と呼ぶのだ。
よりリッチになりたければ中古品だね。
水なんてものは必要な人には本当に高く売れるんだ。
水は場合によっては99%ぼったくることが可能なのだ。
普天間かおり 祈り。

結婚生活を維持するために必要なものもかなりのぼったくりが可能だ。
貧困層のグループAと、金持ちのグループBの間でこのようはビジネスが行われている。
肉体労働者と普通の労働者ならば、肉体の強いものが女を独占するだろう。
法律がなければ普通の労働者は扱いが悪くなる。
法律によってエリートというものは生まれている。
世の中の階段は背広組のためにあるのかもしれない。
体が強い方がいいというのは本来の姿なのだ。
しかし、暴力と女を独占した男は不動産のオーナーになれないだろう。
肉体的強さを持った男が弱い男に対して優位に立つのも搾取と言える。
しかし、その結果、土地を失うという意味では鍛えた努力はフェアではない結論になるのだ。
お給料はこのようにして背広組に優位に働いた。
エアコンを楽しむのも背広組なんだ。

家族というものも「浮気」を憎んでいるものだ。
背広組もそのためにメカニックの勉強はしないといけないね。
結果的には肉体が貧弱なものは女に憎まれたよ。
どの肉体に高い値段をつければいいのかという問題は「学問的災害」と呼ばれた。
問題は「1人では強くなれない」ということだ。必ず仲間がいる。
人との交流には敵はいないだろ。
背広組にリーズナブルな値段で労働を提供してやるよ。
仕事ってのは力なんだよね。
肉体労働者と背広組の間の賃金の調整を「ベーシックインカム」と呼ぶ。
虚業と呼ばれるスウィートショップもそれでメシを食っているんだ。
女さえ雇えば仕事なんていくらでもある。
代理母なんて仕事もあるくらいだ。
相対性理論 恋は百年戦争。

1960年代には「労働の汗の臭い」は魅力的だったが、1970年代にはその力を失った。
アルチュセールは1990年代までその魅力を描き続けた。
1950年代には「スターリニスト」と罵られていたのにね。
アイドルで射精することを、「死=神」としていたが、肉体労働者はそれを嘲笑っていた。
ひたすら人の名前を覚える人が核兵器を作っただろ。
1947年のソビエトの核開発で、世界のキリスト教は自らの終わりを悟った。
世界が破滅する可能性がある、これだけで人々は学ばなくなった。
これがスターリンの狙いだったのだ。
人々は顔の美しさにこだわるようになった。
「顔ばっか語ってんじゃねーよ、ヤングヘーゲリアン」
女は男の勇敢さを真似したいんだぜ?
核兵器を知らなかっただけでマルクスもヘーゲルも哲学の王の座を奪われてしまった。
世界に終わりが来る、それだけで人々は顔について語り合ったが、やがて1953年ごろから「肉体労働をしよう」というムーヴメントに変わった。
可愛い女の子がいたからだろう。
1955年には毛沢東がこれを主張し始めた。
1961年まで自国の可愛い女の子を外国にアピールする活動がしきりに行われた。
1961年から1966年まで人々は人類の破滅に怯えながら必死で働いた。
女たちはマンガの目に星をつけてみせた。
巨人の星。
やがて、美女、女心、歴史学などが金になることがわかった。
フルシチョフのシークレットスピーチは、学歴のないことを誇ったために、フランスでも共産主義がウケた。
目標を持つってなんだろうな?さっさと働いた方がいいのにな、というのがヤングマルクスの立場だった。
エリートが女目当てに勉強しているらしいな。ぶっ飛ばしたろか。
やっぱり垂加神道はエリートがやるものだったよ。
しかし、実際に経験していたのは肉体労働者だったのだ。
フロイトとマルクスがいなければ歌謡曲はこんなに豊かにはならなかっただろうね。
美しい女がいることから肉体労働者が動き始めたのだ。
マルクス、レーニン、毛沢東ほど肉体労働者の味方をした論客はいなかった。
しかし、頭のいい連中は肉体労働者のユーモアや失業の理由、片思いなどを理解するようになっていた。
「やっぱ、頭のいいやつには敵わねえな」
精神医学かい?
ガリレオが天国を見ようとして望遠鏡を空に向けて以来の知識を持ってやがる。
クーンは数学ですでに恋愛を解いていた。
クーンが解いた世界。

そのようにして1970年代には背広組が幅をきかすようになったのだ。
アルチュセールは、学問は学問、経験した方が面白い、と割り切って創作活動を続けた。
肉体労働者がいなければ証明できないだろう。
子供を産むために女が2人の男を天秤にかける様子は経験した方が楽しいんだ。
構造が分かったらあとは肉体派に任せておけよ。
女なんてものはインテリよりも肉体派と対等なんだよ。
1978年までには恋愛論は肉体労働者の証言により真理であると確定している。
1980年代には肉体労働者というもの自体がアングラ化してしまった。
まあ、結婚を大事にしない連中が多かったからだろう。



【延々とつづく】

« 曼荼羅。 | トップページ | 最強選挙理論。 »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神奈川11区の労働者〜溝川幸二。:

« 曼荼羅。 | トップページ | 最強選挙理論。 »