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Foreign Affairs

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2017年2月19日 (日)

iTuneU ブレジンスキーのインタビュー。

ブレジンスキーはポーランドに生まれた。その後ハーバードへ進み、キッシンジャーの薫陶を受けた。
カーター大統領の下で対ソ政策、対中政策、中東政策を練った。
アカデミックから企画立案の側に回ったのは朝鮮戦争がきっかけだ。
チャンスを逃してはならないのはアカデミズムの現状なのだ。
判断に携わる。これは成功だ。
研究に目的があるとすれば国と関わることだ。
アイデアと行動が伴うからね。
研究にも熱が入るし、大きなアイデアも生まれる。
研究が本当だったと思えるのも政権と関わったからだ。
世界王者のほうが仕事のやりがいが違う。
研究は退屈なんだ。何か変えなければならないといつも思っていた。
創造性が生まれたよ。
研究の中でため込んだものの中に何かあるはずだ。あとはチャンスなんだ。
ユニークな男がいいね。
どんどん磨いていくだけだよ。
参加するってそういうことだ。
カーターをボスとして何に気をつけたかというと、幸運だったということを忘れなかったことだ。
CIAではなくカーターに報告することが大事だった。
朝のうちに簡単にブリーフィングするんだ。
ひたすら対話を続けた。
カーターが私に秘密のメモをよこすようになったときはうれしかったよ。
「なぜなんだ?」と言われるのがうれしかった。
スタッフの作り方にも秘密がある。
一緒に働くのだからね。一ページしか提出は認めなかったよ。
「そうだね」「ダメだ」としか答えなかったよ。
次の日に、何がマイナスかがわかるようになっていた。
人間だからね。ジェラシーもあるよ。
どんどん弱っていく人間は大統領にも近づけなかった。
20~24時間は働いたね。
落ちていく人間ばかりだ。それが政権の現状だった。
ブレジンスキーの本は輝いていた。
歴史だったからだ。
何に集中したかが書かれていた。
半世紀の間に歴史は加速した。
意味に満ちた政策を練る。これだけでいいんだよ。
歴史の文脈とアメリカとは何かを理解する必要があった。
ひたすら20世紀のドイツのあとを追った。
ドイツの新秩序が終わったあとには何の参考になる事例もなかった。
ひたすらユニークであることを心がけるしかなかった。
大きなアリーナはとっくにできていた。
人が死ぬのも見なければならない。それが最前線だった。
クリエイターなんだ。
アカデミックから企画立案への転身はチャンスなんだ。
研究との一貫性も求められる。
世界で何が起きているのか。
ヒトラーが負けてもスターリンは勝っただろ。
その意味の探求からはじめなければならなかった。
スターリニズムからのメッセージには常に敏感だった。学者だったからね。
それがハーバードで成功した理由かな?
大きなゴールと小さなゴール、戦術的ゴールのどれを選んだかというとソビエトみたいな五カ年計画は練らなかった。
小さなゴールの積み重ねだよ。
その結果、人脈もできたし、ソビエトとの冷戦を悲劇的な形ではなく終わらせたんだ。
何を学んだかは大事だったね。
1960年代に、キッシンジャーがデタントと均衡を求め始めただろ。
私は彼の言葉をひたすら覚えた。
才能に満ちていたね。
キッシンジャーもユニークさを持っていたし、ジョンソン大統領が与えてくれたチャンスに感謝していたね。
批判は人間だから堪えるね。
しかし、それも日常になっていく。
でも、すべてゲームだと割り切れるようになる。
アカデミズムでのしがらみが政策に影響を与えることはあったよ。
しかし、より政治的になっていった。
人々の反応を露骨に見れるようになっていたんだ。
ハーバードの環境は素晴らしかったよ。しかし、ワシントンほど人々の反応を見れる場所はないんだ。
ゲームなんだ。
キッシンジャーは私のお手本だったよ。
何の伝統ももたずに、セキュリティーアドバイザーを務めて見せるんだからね。
アメリカ合衆国の外で生まれるとこんな仕事しかないんだよね。
キッシンジャーはヒンズー名も中国名もオーストラリア名も持っていた。
若い人には、尊敬すべき人についてよく考えるなといいたいね。
お金の裏づけがある人。役職にある人。何かを成し遂げた人。いろいろいるだろうけど、学者だからというだけではダメだよ。
アカデミズムだけではどうにもならないことがあるんだ。
将来を約束されたければ、深く考えないほうがいい。
スタッフに関してはうまく機能するかどうかが大事で10人ぐらいがいい。
オバマは240名抱えていたけどね。
ただ、ホワイトハウスに座っていたければそれでいいんじゃないか?
毎日一ページだけだ。それ以外提出は許さないよ。
40ページの本を読んでも、レポートはそれだけだ。
人々と働いて、情報を集める秘密は、難しい答えになるが、あまり多くは読まないほうがいい。
大統領は一人だからね。
できることも限られている。スキャナーみたいな仕事なんだ。
論文みたいに書けばいいものではない。
スタイルとスピードが違う。野心も違うし歴史的評価も違う。
そうやって、アメリカ合衆国の一部になっていくんだ。
戦いだよ。20世紀は。
中東を見ればいい。混乱なんだ。リーダーが混乱してはいけないからね。
日本との紛争を避け続けたのも20世紀だった。
どうやって自分のアイデアをシステムに乗せていくかというとやはり個人的な人間関係なんだ。
私は、国際政治の生徒ではなかったけど、ひたすらレポートをまとめる訓練はしていたよ。
簡単にハイライトをブリーフィングするんだ。
カーターが譲れないものもよく理解できるようになった。
国を動かすってのは毎日の話し合いだ。
個人的なつながりなんだよ。
ボトルネックが生まれたら、もう後継者の育成に専念しろということかもしれないね。
独自のアイデアがセンセーションを引き起こしたらうれしくないわけはないよ。
参加するということは学者だってうれしいんだ。
若者には個人的なつながりを持てといいたいね。
ユニークに。ひたすらユニークにアプローチするんだ。これだけだよ。
どうやったらクリエイティブになれるかというと、これはウケるだろうなというのが各自の中に眠っているんだ。
恐れないことだよ。
小さなサークルでよく影響力をもてたと思うよ。
専制的だともいわれたけどね。毎日のことだよ。毎日同じことをすること。
何かを少しずつ変えていくこと。獲得していくこと。これでいいんじゃないか?
コリン・パウエルは「人々のことを考えていない」と発言したけどね、彼もそのうち分かるようになるよ。
ナショナリズムとは何か?共産主義とは何か?それを理解すればいいだけだ。
人々のことは考えていたよ。
歴史が人々のことに無知だっただけだ。
どのように社会が変化していくか。ユニークに変えていくしかないんだ。
クリエイターの巨大なアリーナを無駄にするなよ。
何のガイダンスもないんだ。それだけ分かればいい。
1960年代から1970年代のコンセンサスは打ち破っただろ。
こんな急激でいいのだろうかと思うだろ。
情報が多すぎるんだ。複雑なんだ。
影響力を楽しんだという意味では私もドイツの影響を受けたんだろうね。
でも、クリエイティブでない奴もいるだろ。
誰よりもいいパフォーマンスをすることだ。
経験をつめば分かるようになる。
今の人々の環境を理解し、正確に発信するんだ。
うまくいけばいいし、ダメならアリーナから退場するだけだ。
ガッカリした人間には誰もなりたくはないよ。

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