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Foreign Affairs

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2016年11月13日 (日)

大日本帝国外伝。

12月6日、ルーズベルトが裕仁に私信を送った。
「人道のために南インドシナから軍を撤退してもらいたい」
フィリピン、マレー、タイ、そして数千の島を脅かしていたからだ。
裕仁は戦争は望んでいなかったが、それ以上に自分の退位を望んでいなかった。
昭和改革が、東条とともに「昭和破棄」になりかねない。 
そのために黙っていたのだ。
12月7日、ハル国務長官が駐米大使と会った。
11月26日のノートの答えを聞くためだ。
13:00に時刻が設定されていた。
ホノルルの7:50の20分前だったからだ。
野村や来栖が来た。
ハルは「パールハーバー攻撃はもはや訓練では済まされない」と語った。
時間は14:00まで延ばされた。
12月7日9:00ホノルルの飛行場や海底に数千人のアメリカ人が転がった。
宣戦布告はなかった。
山本五十六は、パールハーバーを叩けば、フィリピンやインドネシアのイギリス、オランダ軍が撤退し、
アメリカは太平洋のみならず大西洋でも戦争を強いられ、日本国は天然資源を手にして、いずれは都合のいい地図で和平合意がなされるだろうと考えていた。
18ヶ月から2年間は海軍による「リボンディフェンス」が可能だったからだ。
中国もおのずとしたがうだろうと考え、これにより世界の半数の人口を擁する八紘一宇が成立するとした。
神武天皇がかつて予言したものだったとされた。
「奇襲」は武士道にあったし、日清、日露戦争もそれで勝っていた。
アメリカはマーシャル島や、カロライン島を経てフィリピンを回復する方法しか知らなかった。
フィリピンを得なければ日本の空襲は不可能だった。


70年前、日本は人口3千3百万人の島だった。
満州には9千2百万人。
1875年にクリル諸島という30の島の鎖を併合してから帝国の拡大は始まった。
その二年後にボニンという27の島をアメリカから得た。
1879年にはルーカスを得た。
1895年には日清戦争で台湾を得た。
1910年には朝鮮を併合したが、1300万人の人口のうち日本人は2.5%だった。
サハリンは人口30万人で98%が日本人だった。
マリアナ諸島、マーシャル諸島、カロライン諸島はアメリカの統治下にあった。
満州はテキサスの二倍の面積を持っていたが日本がコントロールした。
ほとんどが中国の負担で得たものだったが、60年間で両国は数ヶ月しか戦っていない。
クリルからフォルモサ(満州)へと偉大なラインができ、南には島の鎖ができ、フィリピンをうかがった。

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