最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月

2016年9月 7日 (水)

ユダヤ教大全。

【アウグステイヌス】
プラトンは動物の精子と人間の精子を比較したが、アウグステイヌスは、三度生まれ変わらなければ悟れない顕教の世界において、
親父と幼子が同時に存在するのを見た。
彼には「売春婦のパートナーがいる」とされていたが、なぜか匿名であった。
強烈な男性主義を背景に、癒し系として知られていた。
歳を取ってから妻と結婚した。
彼は200の手紙と300の詩を残した。
ヴァンダル族に囲まれた街でひたすら空想に耽っていたようだ。
キリスト教では悪とされていたものが、詩の世界では実現されてしまう。
ユーダイモニズムは、このときに生まれた。
割礼をしないことだ。
敵を作らないという意味では皆が楽観視していたものだった。
女はそこにはいなかった。
女の序列すら無視できた。
安らぎをプライベートな空間で楽しむことができた。
「Confession」で赤裸々に語り、セックスへの夢はもはや経典となった。
舞台の上の女を想像するのは悪であろうか?
想像してもその女は抵抗するんだ。
【高いところから低いところにいろんなものが流れてくるんだなあ】
アブラハム、イサク、ヤコブはそうやって神になった。
割礼とは詩を拒絶するものだった。
詩が飛躍的に進歩したのは事実だった。
世代を繋ぐってこういうことか。
魂(精子)って女から出たのかな?男から出たのかな?
割礼とは神のおちんちんを否定するものだ。
おちんちんとは贈り物であり、自ら志願して身に付けるものだからだ。
恋愛も分からなくなる。
まるで輪廻転生を否定するようなものだね。
生まれていない命は善悪を知らない。
恋愛のプロセスの「何か?」を省略していないか?
人間の「罪」への同情が全くない男になるよ。
仲間がいなくなるし、洗礼を受けずに死んだ幼子のようだ。
神はアダムだけを生んだのであり、エヴァは罪だった。アウグステイヌスは女を時に嘲笑うようだった。
女がいなければ精子がでないことも悟った。死についても考えた。
知性のある人間にこのようなものが与えられていたのだ。
生殖、栄養、喜び、運動があった。
女の体が自分よりも高いところにあるように見えた。
しかし、キリスト教の伝統は「男の子を産め」と教えていた。
精子は男の子として仲間を増やすものにもなったし、女の子として周囲との関係を悪くさせるものにもなった。
フロイトを知るまでは女が自信を持てなかったのだ。
「男の体はひとつだ、みんな似たようなものさ」
女の体は素晴らしいが、男みたいな知的な営みは出来ないことにガッカリした。
【社会の序列を崩す妄想が一番、気持ちよかった】
信じていることは権威に由来したし、信用から成り立っていた。
知るためには信じることが必要だった。
でも、時に信じられなくなることかあるんだ。
そんなときに「神聖な幻」を見たんだ。
高いところにいる者は低い者に影響されない。
しかし、このユーダイモニズムで知的になれたことを告白するよ。
そうやって日常に帰っていったんだ。
決意を固めてきているよ?
日常でどんどん「神聖な復活」がなされていったのだ。
のちに、デカルトは「自分の内面とはこのように告白するのか」と思ったし、カントは「知性だけではなく美しい女っているよな」と考えた。
成績のいい女でユーダイモニズムをやっていたアウグステイヌスも、のちに美しい女を意思に変えていった。
【神として登場したからだろ】
教会も、彼の本をキリスト教文学として許可するに至った。
ギリシャの男の伝統は癒し系であることだった。ユーダイモニズムで朝、性欲を処理していたからだ。
そのような男は、女の体以外のものを見ていた。
何でこんなやつを恋愛対象に含めるの?という漫画もできた。
知性への意思へと向かっていくのに一番よかった。
女について語ってくれる教会も好きだった。
自分を狙っている女が「狙ってないよ?」と女の嘘をつくのを見るのも楽しかった。
すべてが神聖な活動だった。大人にならないと「女に興味のない男」と思われて仲間が出来なかったのだ。
子供だった連中は「セックスできればいい」と考えていて、非エルメス的な女の美に疎い奴らに思えた。
これがブロンド美人というグレコローマンの基盤を作った。
カッコつけ男も批判したし、知識だけがモテる秘訣だと考えていたのだ。
【神が何を考えていたのかがよく見えたよ】
罪から自由だったからかな?人々が罪を演じるのを眺めていたんだ。
何が人を惹き付けるのかも黙ってみていた。
アダム以降の世界は夢のようだった。
意思ってのは結局、女性の美しい体や、人が痛い目に遭うのを笑ってみてることにあるのかな?
シチリア女の異常な美しさや危険性はこのグレコローマンの伝統から生み出された。
男が頭がよく、バカな男は下痢をするんだ。
女の美しさだけを残してアウグステイヌスが死んだとき、人々は争い、終末思想がたくさん生まれたほどだ。
しかし、この「ユーダイモニズム伝説」には多くの後継者が残された。
トマス・モアは、軍事訓練で行われていたユーダイモニズムを、労働者階級の恋愛論と引き合わせ、ユートピアと名前を変えた。
人口五万人の街、ロンドンを「連邦の理想の島」と位置付けた。
【社会に出るまでは意味がわからないだろうね】
何でも分かったギリシャと、経験豊富なオランダが結び付いた。
ラファエロはイギリスを特別な島にしたかった。
アントワープの庭で、ラファエロはイギリスを「左翼の島」にしていいのか悩んだ。女を幻にするということは経験豊富な女を認めることだったからだ。
リチャード二世から三世の間に「王朝の断絶」があった。
チューダー朝はエネルギーを必要としていたため、リチャード三世の高度な政治判断で「それでいい」ということになった。
人生のどこを切り取ればいいのか分かるようになるからね(ヒューマニズム)。
【神聖ローマ帝国は滅びるぞ!】
しかし、オックスフォードには「リベラル女の研究」という重たい宿題が残された。
新約聖書とはそのような必要性のもとに書かれたものだ。
【女は太陽のもとで地を這う蟻のように生きろ】
この思想はのちに日本国にまで影響を与えた。
かつてはトマス・モアが憎んだ国家へとイギリスは変わっていったのだ。
貧しい女の子への挿入が簡単になってしまったのは法制局の問題だった。
仕方がなかった。彼は自分の墓に「レディーズピース」と刻んだ。
彼には三つの願いがあった。王子がまともに育つこと、リベラルの論檀が整備されること、王の結婚が成立すること。
White Girl Story 1/7

ルター派(アイドル崇拝)は、一気に攻勢にでたが、カトリックは30年後にクロムウェルが純潔女をものにして見せた。
アラゴンのキャサリンみたいな外国人しか、もはやいなかったけどね。
王権の正統性とは何だったのかな?議会とはかけ離れていった。
そして、トマス・モアはロンドン塔に幽閉された。
リチャード三世は政治力が欲しかっただけだった。しかし、世間のコントロールはできなかった。
【賢い裁判官はどんな問題も冷静に裁かなければならない】
彼は法律家だった頃を思い出していた。
痴話喧嘩に全く疎かったではないか?
良いことばかりしていてはいけないね。少しは悪いこともしないとね。
王は世間の逆をつっ走ったが、王子が罠に落ちた。
【貴族院は民間から選ぼう】
リチャード三世のことを人々は忘れなかった。

フィロソファー(哲学者)も、信者(ビリーバー)も、神を語るという意味では同じだが、太った人はその時点でビリーバーだ。
世界を存分に楽しんでいない。

1477134607008.jpg
小錦 TIOVITA DRINK 愛情一本 CM 60sec 7月1日から

痩せているだけで男も女も異性が寄ってくる。
しかし、太った人の方が真理を知っていることをどう思うか?
そのため、痩せた男は痩せた女とはセックスしていない。
真理の探求の議論はここから始まる。
痩せた男のセックスを見て真理を探求するところに議論の難しさがある。
痩せた男と女のセックスには哲学がない。
子供に何を残したいのだろうか?
考えると太るんだよなあ。
どっちの側につくつもりだい?
太っている男は真実を語るよ。
恋の争奪戦をやったことがあるアリストテレスと、詩の世界に逃げたネオプラトニズムの違いがここにある。
おちんちんを知ったり、外国の恋愛論を知ると太るね。
チェンジに次ぐチェンジがあるんだ。
【決意が必要だからだろう】
トライアンクルがいつも心にある。
トライアンクルがあるのならば「上達」が求められる。
知ることとチェンジすることから太る。
見ること、聞くこと、感じること、好きになること、これ自体「チェンジ」だ。
知らなくても、変わらなくても、痩せていれば女が寄ってくることが分からないかな?
心と体はつながっているし、知りたいということそのものが太る原因だ。
では、体が無くなったあとに何が残るかというと「魂」であり、男の子のおちんちんだろう。
そして、男の子は女の子とキスをするのだ。
国に近い男は女の子とキスしやすい。
女の子はそのまわりをうろちょろするだけだ。
人間のアイデンティティーは体であるし、太っていると仲間ができにくい。
何よりも神は痩せているのだ。
さんざん知ったあとに「知らない」「変えない」という男を神と呼ぶのだろう。
・歌ってみた・ 一人ぼっち

【ユダヤ教について】
アブナー・ブルゴスは、キリスト教とユダヤ教の間の大論争を描いた。
アダムが罪を犯し妻に子供を産ませることから、アリストテレス、ネオプラトニズムの存在により息子がメシアになるのではないかと奥様方は考えたのだ。
しかし、そこには奥様方の争いしかなく、しかも、息子がメシアになれないことが多かった。
「あぶない」の語源はブルゴスにあった。
男の完全性ってどこにあるんだろうな。
瞳はダイアモンド♡松田聖子
修道院の本を大量に読んだことから、修道院の先生もブルゴスのことしか覚えていなかった。
【時代の学問の化身だな】
神と男と聖霊の存在を信じてキリスト教徒になりたいというのがユダヤ人の願いだった。
モーゼ五書でビジネスの研究をし、家を厄介払いされて城の外で暮らしていた。
情報源を父とし、その忠実な子となることから化身になれた。
神の言葉は女を口説くのに役に立った。
言葉が澄んでいたのでみんなが彼の言葉に立ち止まった。
いかに優れた「子」になるかが大事だった。
赤いスイートピー - 松田聖子
アダムは罪を犯したよ。女を知らなかったからね。
彼の学問が知性だと信じていたんだ。
モーゼ五書を読み終えるまで実家に帰れなかったんだ。
イエスはこれをマスターしたのかと思うと憧れだったね。
芸術論を語ることしか趣味がないんだ。
いつか努力は報われるという決定論を信じていたよ。
CoCo:ちいさな一歩で (CD音源)
モーゼ五書か、意思の自由なんてねえな。
男が育つ過程で生まれたのがユダヤ人だった。
この世界に入りたいのかそうでないのかはっきりしなさいと母は言った。
モーゼ五書は偉大な本なのよ?
薬も飲まなければならなかったし、努力の向こうにはお金があった。
恋愛論から何から身に付くんだから驚くべき書物だったよ。
なぜ、イエスはパンとワインを消化できたのか?金だよ。奇跡なんだ。
男女の両方の論理を知っていたからね。
書物(石)がパンに化けることの意味を知るんだ。
【偏差値高かったんだろ?同じやり方をしろ】
城の外が勉強にふさわしければそこにいくし、いずれは自分にふさわしい居場所が見つかるだろう。
城の外にいたときはアイドルも拝んだ。
修道院に入ったやつは少女漫画の研究もしたし、ハスダイ・クレスカスのようにピコデラミランドラのラテン語の能力を見いだして心を読んだものもいた。
これがユダヤなんだ。

ハスダイ・クレスカスは、カバラを考えた。
人の心を読んで鍵となる数字を打ち込んでヒントとなる単語を引き出すものなのだが、人に衝撃を与えるにはこれだけで十分だと知った。
カバラ数秘術。
徹夜に奇跡があると考えたのもクレスカスだ。
GAM - Namida Girl 涙GIRL (GAM 1st Concert Tour 200…
キリスト教の十大原則。
①胸や尻などの原罪。
②罪から自由になること。
③三位一体。
④化身。
⑤処女マリア。
⑥性転換。
⑦洗礼。
⑧メシアの到来。
⑨新秩序。
⑩デーモン(話のわからないやつがいること)
これらをクレスカスは否定した。
聖書を熟読しなければ分からない視点であり、もはやキリスト教徒には戻らないという決意を端的に示すことが手来た。
その代わり、
①主の光を信じる。
②神はすべてを達成した、神は存在する、神の力、予言、モーゼ五書の意味。
③天地創造、死後も生き続けること、報酬と罰、昇天、モーゼ五書の力、
モーゼが予言したときの姿、ウリムとタミムという偉いお坊さん、救世主。
④人々が祈ったこと、年寄りが嘆いたこと、流浪の旅をした思い出。
これを信じることが必要だった(十戒)。
モーゼ五書で足りない部分をクレスカスは記した。
【勝たなければ宗教ではない】
マイモナイド~年寄りから教わればいい。

モーゼ五書を読んで金持ちになったら復活を信じてほしかった。
神聖な学問と人間か作り出した学問の違いは「量」なんだよ。
【異性を理解しないのならば全知全能でもなんでもねえな】
女は男に「無限」を期待している。これをピコデラミランドラが明らかにした。
しかし、「ひとつの方向への無限」を求めていたのであり、全知全能ではなかった。
そうやって、その人の四次元マップが出来上がる。
男女ではその「次元」が違いすぎる。女の局部がなければどのようにそれを共有しろというのか?
【俺の世界をマスタードで湿らせてくれ】
モーゼ五書を読む男ってそれほど素晴らしいのよ。
イエスに次元なんてなかった。女は自分の男をイエスだと思い込んでいた。
おちんちんしか見えないからね。
肉体って科学だよね。
モーゼ五書にしたがうと男は意思の自由を失うんじゃないのか?
【セックスを気持ちよくするための本なの】
モーゼにしたがっていて自分で道を選べない彼だけどね。
ribbon - 愛してJustice

二つの肉体がぶつかり合うなんて動物と同じね。でも、神がすでに書き残した本があるの。
モーゼ五書に書いていないことは悪なの。
「いいこと」を人間にもたらす本。
「間違ったことをするな」としか言っていないけどそれが難しいのよ。
日常生活の悪が、いざというときに表現される。
考え方がわかるようになる本だ。
守ることを守っていれば気持ちいいんだ。罪の結果が表現されるにすぎない。
イスラムもセックスの快楽に関してはユダヤを参考にした。
[MV] Perfume 「FAKE IT」

親父とモーゼってどんな関係なんだろう?
そこに「死後も生き続ける」ことの意味を感じてほしいんだ。
親父と肉体は分かれても知識の源泉だっただろ。
親父が神を愛したからね。
神は知識ではなく愛だったと知っただろ。
神を愛しているかどうかは戒めを守れば証明されるという簡単なことだ。

ヨゼフ・アルボは、どこに神聖なものがあるのかを明らかにした。
今で言う「キャンパス」だろう。
教会の仕事だったんだ。
キャンパス内でも豪胆な男が理想だとした。
背景にはキリスト教スペインの没落と、真剣な話に向き合ってくれる男らしさが必要とされたことにある。
親父と息子の山登りをキャンパスに委ねた。
講義で聞いたことを人事や予算でサークルにいかす仕組みを考えた。
サークルの分析もしたし、戒律も守った。
人事と予算が神聖な法だと知るだろうね。
その世界のもっとも偉大な人について語り合わないといけないよ。
偉大な人のルーツまで研究するんだ。
そして、その人についていくことだね。
片思いの終わりに

どの世界にも神聖な男はいるし、生い立ちがあるはずだ。
女の体を語るやつもいれば黙っているやつもいる。
でも結局、一人の女を大事にするためにやっているんだよね。
頂点がいる世界に属せば永遠がわかる。
トップレベルの男の人間らしさも分かるようになる。
所詮、キャンパスではトップレベルの人間に関する予言しかできないことを知るよ。
学業と言うのはそれでなりたっているんだ。
シナイ山で合宿してまで予言する力を磨いたよ。
キリスト教社会には救世主と自称するものが大勢いるんだ。
何か予言してみろよ。
予言が当たるように祈ることだってあるさ。
神聖なものと関わっていると自分がマジになることもあるんだ。

ジュダー・アブラバネルは、男性の哲学者フィロと、女子生徒ソフィアの会話から愛を描いた。
フィロの女性の体への情熱を基盤にしていた。
シャリオット(老人の指導者)から自由になった男はこんなに自由なのかと考えたのだ。
男女が自由になったから大航海時代になったわけだろ。
「美しさと愛って区別できるのかな?」
心は美しさに反応して愛しているんだ。
女の美しさを、月や太陽、天国と比較できるのは男だけだね。
女が女にドキドキすることはないだろ。
男は女の話し方や声、歌声すら射精につなげてしまう。
シャリオットから自由になったユダヤ教はまさに宗教の祖先であった。
ユダヤ教が密教になったのだ。
宇宙、そして「もっとも知的な存在」が美を生み出しているのだろうと男は考えた。
美は女の知性すら生み出していた。
神は世界を知的なものにしたし、みんなが美を持ち合わせていた。
素晴らしい体に、美しい歌声、そして甘いメロディ。
それによっておのずから大切な人は決まるし、男は仕事に熱中できる。
女が男を「神」だと思ったときに予言を行う。
予言なんて先生の受け売りだよ。
【太陽と女の体、それが男の知性になるんだろ】
女の目は、仲良くしたいのかどうかを表現し、口は男を惹き付ける。
田中 れいな - 愛の炎

自分の不完全さと、プライベートがあるから人を愛するんだ。
自分が持っていないものを持っている人を好きになるのは実は基本なのだ。
奴隷、子供、妻、被支配者ほど愛を求める。
愛されるよりも愛したいとは支配される側のセリフなのだ。
神という完全性があるから愛し合うことになるな。
愛されない男は、友情や寛大さを身に付けるが、そこには美しさがないので神はいない。
神という男が生み出したものが女だろう。
神様の「良いもの」を信じている男は祝福されるよな。
より良い知恵に愛の根拠があるのだ。
【どんなシャリオット(老人)にその知恵を教わったんだよ?】
Maki Goto - Aitte Donna ×××?

男はスタート地点から長い旅をしなければ愛の対象にはならないが、女は中間地点から童心に返ればいいだけだ。
これが、劣っている者への神の愛なんだ。
【鏡を見てごらん?男があなたの何を愛したのかがわかるよ】
女の美は知的なんだ。
知性もなく丸腰で生きていくほど心臓か強くはないよ。
「手のかからない子」ってのはこのような旅をする。
気が弱いけど「低き者が高みに上る」ことを知っている。
そんな彼と恋に落ちたらあなたの鏡のコピーが大量に生まれるよ?
松田聖子  赤いスイートピー 【60fps】


1475116176585.jpg

ヤシャヤフ・レイボウィッツは、「神は急進的なまでに女に詳しい」とした。
海で女と語り合うことから神を感じた。
20世紀のキャンパスでは「歴史は歴史、科学は科学」だと割りきって考えるようになり、7+5=12のようなものを考えるともはや「神聖な神など必要ない」と考えられるようになった。
これが現代のユダヤ教だ。
800の星を見ているとすべてがどうでもよくなった。
女から学んだことを記録に残した方がモーゼ五書より神聖だな。
「選ばれた」とか「シオニズムブランド」とかも結局なんの目的もなかったんだ。
アウシュビッツでは神を信じても虐殺されただろ。もっと人生を楽しもうよ。
宇宙に住んでいれば神聖なんじゃないか?
歴史が我々に何を言ったかも含めてイスラエルのテキストにしないとね。
松田聖子 天国のキッス

アジャクスは、真鍮が錆びていくのを見た、そして、土星の息子である火星が国を戦争に導こうとしているのを見た。
ギリシャ人はニヤニヤと笑い、トロヤは震えていた。
ヘクターの胸板は厚く、アジャクスに言った。
俺は時には右翼で、時には左翼だ。それを知らないといけない。
待ち伏せしているやつなど相手にしない。オープンファイトで殺すだけだ。
(ホメーロス「イリアス」)

【延々とつづく】

2016年9月 5日 (月)

お前が死ぬか俺が死ぬかのどっちかだ。

このような関係にある二人がいるとする。
まず、歴史を振り返るだろうね。
秋服のボートに乗れば/渡辺満里奈

そのあとに、宗教的アピールを行い、男らしさを示す。
ウェストファリア体制は、グロティウスだけでなくプーフェンドルフも関与してできている。
アイドルはすでにいたし、ヨーロッパにはいろんな個性もすでにあった。
どの国も「教会国家」として生き残りたかった。
神聖ローマ帝国は崩壊した。

ヨーロッパの地図~グロティウス。

反ハプスブルグ家がヨーロッパを作ったのだ。
ハプスブルグ家について。


プーフェンドルフ自身はルター派に属しており、労働を男らしいものと教わっていた。
カルヴァン派を排除しなかったし、反カトリックだった。
カルヴァン派とツヴィングリ派の違いは、モーニング娘。かAKBかの違いにすぎない。
モーニング娘。 『SEXY BOY ~そよ風に寄り添って~』 (MV)

プロテスタントを楽しみたかった。これがプーフェンドルフであり、反ハプスブルグであり反カトリックであったのだ。
日本のカトリック思想。


プロテスタント~眼鏡をしちゃいけないんすか?

フランス人のデカルトが「誰にも心をかき乱されない状態」(コギトエルゴスム)を望んでいたのだ。

オランダの東インド会社が「カルネアデスの問題」を持ち出して、お金を持っている人間が勝つしかないことを悟った。
お金を稼ぐのも大変だからね。

アイドルを楽しむこと自体、反帝国であった。
王室以外の女を崇拝することになる。
また、アイドル崇拝に王室の男は邪魔でしかなかった。
王室の男が「ゴッドカード」を抜いたらおしまいだったのだ。
柏原芳恵 春なのに

女の体と局部があったが、知的権威がどこから来るかという問題もあった。
プーフェンドルフは、教会に訴えかけて戦争を終わらせた。

思い出話においては、結婚におけるルール、そして「狙い」と、「男女の言葉の違い」、区別、分類などをするわけだよ。
記録に残して落とし穴に落ちるか、子供のことを話してキスするかのどちらかだ。
子供の話に何を書き残すかは人間の行動の自由があるとされる。
【終わったことは神が描くんだ】
紛争の当事者ではない知的な営みだよ。
状況やおちんちん、仲間について、そして仲間のクォリティーについて話し合う。
あとは、「人間とはこのようなものだ」ということと、誰が決断し、誰が外交官をやったかを話し合う。
争いが、経済連携や宗教セクト、政治集団、帝国、連邦において重要だったからこそ話すのだ。
【今の仲間が大事だから話すんだろ】
結構、適当に女の話もする。苦痛を受け入れるべきだったんだろうなとね。
決断と耐えることとお金の話だ。
お金と人間の話を権力は好むんだ。

2016年9月 4日 (日)

小野光太郎相談員出張サービス。

アメリカの医学、哲学の相談に乗ります。
三浦海岸のファミリーレストラン、ジョナサンの喫煙テーブルが事務所です。
食費および、若干の謝礼はいただきますが、成功報酬に基づくものです。

toushitsu0326@gmail.com
08067458440
小野光太郎

2016年9月 2日 (金)

前原誠司と保育無償化の研究。

子供は歴史を背負い、神になる可能性がある。それが親にとっての学問ですらある。
親はいろんな物事を解釈する力もあるし、お金も持っている。
子供が何に興味を持ち、どのようにお金を稼ぐようになるのか?
1962年にフィリップ・アリエスが「子供の世紀」という本を明らかにした。
「年齢にしたがった戦術がある」
子供の頃、障害があっても大人になったら治ってしまうことをどう思う?
詩で物事を学習しているということも大事だね。
「面白いことになるぞ?」といって書くのも好きなのだ。
さよなら夏のリセ

【行動だ、ムーブメントだ、ムーブメントへの反応だ、動物であることだ】

男の子で「ブルーだけの風景」を描く子はいるのだろうか?
ロビンというのは子供にとっては鳥にしか見えないんだ。
ロビンを見て人の形を判断していくんだよ。
複雑さやパワフルさ、そして心を大人にしていくんだ。
赤ん坊の脳の方が大人の脳よりも濃密なんだよ。
ワンピース 面白シーン [ロビン編]Part1

国家というのはみんなでフォーチュンプレイをやるものだろ。
北極星をめがけて歩いて、地球の円周を図るんだ。
それが時代の絶対だったのだ。
幼児(0~2)、喜び(3~12)、アイデア(13~思春期)、センチメンタル(思春期~20)、結婚(21~)。
男の子にとって、同じ年齢の女の子の体があるからこのように区別される。
愛の倫理社会/おニャン子クラブ

女の子を奪い合うと喧嘩になることを学ぶ。
女の子とセックスしない方がより良い生き方だと思う。
ナイスガイを演じる。
権威に支えられたモテ方を知る。
金と法律を知る。
己を知る。

中森明菜 - DESIRE 女がほかの男の声を聞きたがってるなんて悟れないよね。

子供が読む漫画は弁護士か医者の物語ばかりなんだよ。
家族の中で「役割」を果たせるのは医者か弁護士だけだからね。
「グレゴリーK」という漫画は、12歳の少年が法律を語る物語だった。
「誘拐」というのは子供にとって非常に重要な意味を持ったのだ。
「家族裁判」というのも子供にとって夢があったね。
ラングナーは、死期が間近に迫った子供を描いた。子供は家庭内で「重要な役割」を演じたかったのだ。
10歳以下の子供にとって「独立」というのは夢でもあった。
情報もなければ経験もない。安定的に物事を処理する力量もない。
「独立」は、すべての衝動のコントロールが求められる。
大人が情報を与えなければ子供は誰かに相談にのってもらわないと生きていけないことを知る。

子供にとって一番いいことは、おちんちんやあそこだけではなく、より成熟することだろうね。
そのために楽器などがあるんだ。

俺が子供の頃はこんなんだったかなあ?と語るだけでも大人は仲間ができるんだ。


【小野光太郎アーカイブより】
子供に関しては科学哲学や、歴史哲学、宗教哲学などの分野でも今まで語られてきたものであるが、たとえば芸術哲学においてとりわけ、関心がもたれてきた。児童文学であったり、絵本であったり、絵画であったりで、子供というものが関心の対象になってきたのだ。この論稿では、子供がどのように認識を発展させていくか、モラルを発展させていくか、子供にとって「良いもの」とはなにか、子供は社会のどこに位置づけられるべきかを研究してみたい。
中世においては、子供というのは「小さな大人」と位置付けられてきた、また、地域によっては呪術信仰の対象になってきたところもあるが、子供の研究においては太平洋の島嶼地域における「子供の呪術信仰」は存在自体タブー視されているようだ。アリストテレスは単純に「人体が未成熟・未発達な存在」と位置付け、現代の我々は常識的にアリストテレスの考えを受け入れているとされている。しかし、教育の現場では、ルソーを出発点とする「段階(ステージ)理論」というものがあり、たちまちこの分野の主流として理論が精緻化されていった。子供は、成長するステージがあり、どんどんそのステージをあがってくるという考えだ。我々は、子供の「能力の欠如」に着目するのではなく、たとえば「外国語を覚えるのが早い」とか「芸術の領域での能力」とかさまざまな点に着目すべきであり、また、大人と子供の「コミュニケーションの可能性」にももっと着目していいのではないかとされる。
子供がどのように認識を発展させるかは古典的な議論としてはデカルトが自己と世界の区別がつくようになるというモデルを作ったが、ジョン・ロックがこれに着想を得て、「白紙」の状態に知識や理性を描いていくのが子供だろうとした。プラトンのような「子供は前世で知っていたことを思い出しているだけだ」などという議論は痛烈な批判の対象となったのだ。
しかし、研究が進むにつれ、子供の認識は「言語」と不可分なものなのではないかとされるようになった。時間・空間・物事の因果関係の認識は言語の発達とは切り離せないものと考えられたのだ。
ステージ理論もたとえばこのような「ステージ」が想定できる。
①生きるということは「活動一般を意味する」
②生きるとは「動くことである」
③生きるとは「自発的に動くことである」
④生きることは「動物と植物にだけ与えられるものである」
幼児教育においてはこのようなモデルの提示が試みられたが、さまざまな論争を引き起こすことになった。ハイハイから始まって、お遊戯から始まって、自分で考えて動くことへ移行し、動植物を育てる、という幼児教育のモデルは、しかし子供の研究においては重要な指摘だった。20世紀に入り、我々はもっと子供を顧みてもいいのではないか、それだけの基盤は整ったのではないかとされたのだ。また、子供は知的な領域では、自分を満足させたり、必要に駆られて学習するのではなく、「型にはめられた」知識を学習することから始めるとされる。高度な知識に対応する能力に関して子供が大人に劣るのは現実であり、複雑さや完全さという意味では大人にはかなわないし、型にはめられたものを学習するという手法をとる以外に「高度な知識」は学習できないのだ。

モラル(道徳心)の涵養に関しては、古典としてはプラトンもカリキュラムを組んでいるし、アリストテレスは、体系的な倫理学の本を残している。また、多くのストア派哲学者たちが、ダイナミックにモラルの涵養に関する分析を行っていた。
ルソーは、モラルの涵養の領域においてもステージ理論の構築を試みている。
基本的に5段階に分けた。
①生後から2歳まで
②3歳から12歳まで
③13歳から思春期(性的成熟)まで
④思春期から20歳まで
⑤21歳から結婚・社会的責任がともなうまで
ルソーはこの研究で興味深い指摘を行っている。幼児にしつけをするのは当然のことであるが、子供が「道徳心」という概念を明確に理解するのは13歳ごろなのではないかとするのだ。それ以前に道徳心を確立することを子どもに要求するのは「無理である」としている。この考えは必ずしも正しいとは言えないが、モラルに関する「ステージ理論」の基盤としてその後の理論が形成されていった。
コールバーグという哲学者が、このステージ理論を6段階に精緻化した、
【レベルA】前段階
ステージ1:しつけや服従に適応する時期
ステージ2:ナイーブに物質的な享楽を望む時期
【レベルB】日常のモラルに従う
ステージ3:良い子として他者といい関係を築き上げ、承認してもらいたい時期
ステージ4:権威をともなう道徳心に目覚める時期
【レベルC】社会で確立したモラルに従う
ステージ5:約束を守る。他者を害しない。みんなの意見を聴くなどの法的概念の理解
ステージ6:個を確立し良心の原則に従った道徳心を抱く
コールバーグは実は「ステージ8」まで作っていたのだが、「大人ですら」ステージ5まで到達していない人がいる現状がある、としているのだ。
このコールバーグの見解には「ルールにとらわれすぎだ」という批判もあるのだ。たとえば、女子などは「あまえたい、かまってもらいたい」という育ち方をすることもあり、そのような女子にこのステージ理論を押し付けると「葛藤」を引き起こすともいわれる。
子供にとっての保護者の必要性は、その国の政治的あるいは社会的な条件にも依存するものだが、純粋な愛情から出た公正な保護を必要とするものと考えられている。子供が他の兄弟よりも冷遇されたとのちに考えるようになることが明らかであるような扱いでない限り、あまり神経質になることはない。保護者の存在が子供の道徳心に影響を及ぼすことになる。家族が子供に及ぼす影響は「家庭の倫理学」として研究されている。しかし、子供の「最善の利益」を常に保護者に要求するわけではないことをアメリカやイギリスは認識したのだ。12歳のグレゴリー・キンズレーという少年が恵まれない境遇の中で育ち、この年齢でありながら家庭裁判所に「養子縁組」の申し立てを立派に行ったことが有名になり、必ずしも、親の育て方は子供にはあまり関係ないのではないかとされた。極端な研究では、難病の子供が「自分の避けられない死」を親と話題にもせずに生活できる事例を研究した人もいる。必ずしも「育て方」「家庭の倫理学」は「最善のもの」でなくてもいいのではないかという研究なのだ。
子供の描く芸術は、どんな大人よりも「子供らしい」というところに価値がある。20世紀の有名な芸術家で、子供の作品のコレクターもいたそうだ。親は、子供が描いたものを無条件に受け入れ、冷蔵庫に自由に落書きをさせるのがアメリカの慣習でもある。子供が物事を「表現する」のは「大人にするのを助ける」という意味があるようだ。しかし、ゲームや楽器などの環境にどんなに恵まれても、さほど意味はないようだ。ある哲学者は、「夢が人生をどの程度実際に反映しているかは割り引いて考えなければならない」とし、子供時代がどのようであれ、成熟した大人にとっては「夢のような」効果を現在に与えるに過ぎないという指摘もある。
子供と親の会話の事例集があるが、あくまでもこのような要領で相手をしてやればいいという意味のようだ。深く考えることはないのである。

子供「お父さん。僕が今見ているのは夢なのかなあ。全部夢なの?」
父「う~ん、まあ、夢を見ながら、これは夢だと言って回る人はいないんじゃないかな」

しかし、子供は時に哲学的な議論をすることが知られている。
先生「宇宙の始まりはありますか?」
子供「それはビッグバンです」
子供2「でも、ビッグバンも宇宙の中にあったんじゃないか。」
子供「ビッグバンの前には何もなかった。地球にも太陽にも星にも始まりがあるよ。宇宙にも始まりがあるよ」
子供2「世界はどこにでもあるし、宇宙もどこにもあるよ。始まる前にも宇宙はあったよ」
先生「では、ビッグバンの前の宇宙はどんなふうなものなのかい?」
子供2「それは僕には分かりません」

このような議論は、大人の議論のような洗練されたものではないが、「子供らしい」という意味で子供のお絵かきと同じように教育的効果があるとされる。あくまでも「子供を成長させる」ためのものであるという認識が必要なのだ。

児童文学に関しては、親にも教師にも、また子供にとっても哲学的な問いかけを子供の知性、社会性、道徳の方面から年齢のレーティングに応じて投げかけるものだ。いろんな技術を作家は持っているだろうが、哲学的な問いかけや風刺というものの価値が問われるという評価は可能だろう。子供が追いかけているのは「ストーリーの一貫性」だけであり、そこにどのように子供の心に働きかける問いかけを含ませるかが作家の力量だと言える。
「子供時代」スタンフォード哲学百科事典

まず、アメリカの研究は、「男児は女児よりも成長するにつれ優位に立つ」という事実を承認している。女性が男性より「背が低い」「心理面で異なる」などの事実を、その国の社会がどう受け止めるかが反映される。家族は、生物学的なつながりと心理学的つながりを持つが、ルールは法律で決められる。しかし、「政治的であるかどうか」は議論されている。女性が男性より「子供を育てるのを好む。家事を好む」というのはそのような性質を本来ともなっているとも言われる。「社会で男性と対等でありたいと願う女性には野心がない」とまで分析されている。法律が、教育の平等や、雇用の平等というシステムを作っても、女性が子供を育て・家事をこなすという構造までは変わらない。これは通常の野心のある女性がそれを望むからだ。家族は「愛情」によって正当化したほうがあらゆる問題を解決できる。「正義」によって正当化すると、家庭内が政治の場となってしまうとされる。家族の役割は「次世代の市民を育てる」という側面があるが、たとえ、法律で決められていても「愛情」で正当化したほうがうまく行く。愛情で正当化された家族には政治が入り込む余地はないのだ。どんな人間も、何らかの家族に属することで人生をスタートさせている。そこで、何が正しくて何が間違っているのかを学び、また、自分がいったいどのような人間になり、またなりうるのかを知る。家族は人生の初期においてはまさに学校であり、不公平や従属と言ったものを正義を度外視して学習させられるのだ。しかし、民主主義国家の一員として、他者をコントロールするすべをやがて覚えていき、他者に優越する力量を身に着けるとはどういうことかも学習する場を提供するのだ。プラトンは、「すべての家族には改革が必要だとみんな思っている」とする。しかし、正義を家庭に持ち込むことは家族を機能させなくすることをプラトンは認識していた。社会に適応する「個」を育てるのは正義の概念であるが、それを家庭に持ち込むのとは意味が異なるのだ。親が子供の道徳心を育てるのに大きな役割を果たすのは事実であるが、国家がこれに様々な役割を果たしている。教育の場を提供したり、感染症から子供を守ったり、最低限の生活を守っている。子供はそのようにして読み書きを覚え、経済に貢献するようになるのだ。国家は、経済においては女性の子育てや家事に依存していることになる。しかし、貧しくとも、女児であろうとも、社会の構成員としての立場を認知されるうえではやはり国家が役割を求められている。
自分のまわりにいる「きれいなお姉さん」を見てみればいい。彼女たちがどのように国家に守られて生きてきたかを考えてみるのは有意義な作業だ。その「きれいなお姉さん」も、社会に出ると「フェミニズム」という思想の存在を知る。自分の生活は家族に縛られているのではないか?男性が一家の主となると子供への関心は薄まる効果があるのではないか?というような問題意識を抱くようになる。ここで、女性たちは自分の考えを確立していく。フェミニズムとどう付き合うのかを明確にするのだ。
あとは「フェミニズムの研究」のようだ。家族の研究はいったん打ち切る。
「フェミニズムの観点からの子育てと家族」スタンフォード哲学百科事典


基本的に、親というのは将来のある子供の利益のためになるからこそ子供を拘束するという構造がある。一方で、社会に対して自分の子育てのありようを説明しなければならないとされる。それは「世の中」からの信託を受けて子供を育てているからだとされるようだ。内向きには子供の利益を、外向きにはしっかりとした説明が求められるとされるようだ。これは基本モデルであり、親子にまつわるいろんな仕組みを作るうえで大事な視点だ。生物学的な理由から親を説明すると、子供を親の所有物であると説明することが容易になってしまうことから、生物学的な理由は「親である」という説明にしかならないと考えるのが主流のようだ。
一方で、「育ての親」という観点を強調すると、より子供の利益のために親が行動する可能性が高い。子供を育てるのは親だけではなく様々な社会とのつながりを通じて行われるものであることから、親による拘束という観点よりも、親への信頼という観点が強くなるのだ。
しかし、「お腹を痛めて産んだ子」という説明はいまだに強力であることから、「育ての親」という説明は、その基盤の説明が求められている。ましてや、代理出産が可能になった現代においてはなおさらそれは必要になっている。また、父親にとっても、子供とのつながりを強めるには、「お腹を痛めた」女性との親密さが要求されるのではないかとされている。「育ての親」という説明もそれだけではなかなか「親」であるという理由としては弱い部分があるのだ。
そこで、「その子供を欲していたから」親であるという説明が有力になされている。この視点は今までの議論に新たな展開をもたらした。この「子供を欲していた親」という観点は、夫が妻に自分の精子を人工授精させて出産させようとしたところ、精子の取り違えがなされて別の男の遺伝子を持った子供が生まれた、という事例を極端事例とみなして研究がすすめられた。親はその子供の遺伝子に関しては意図してはいなかったが、「その子供を欲していたかどうか」は遺伝子のつながりとは別の説明が可能であるとされたのだ。
この事例に対しては、子供が両親の存在を前提にしている以上、ボランティア精神でもなんでもなく、夫は子供の親になる義務があるだろうという割り切りをする見解がまず提示された。
また、最初は「養子に出してしまえ」と思う夫も、子供が生まれて15分しかこの気持ちは続かないとも言われる。生まれたばかりの子供を15分見ているだけで「本当の親」になれるという主張があるのだ。
さらに、「子供が生まれてくる原因となったから」親であるという説明もある。この説明では、性交渉による妊娠も、代理出産も「生まれてくる原因」を与えた親という説明が可能であるという意味で非常に広い概念だ。しかし、ここまで議論を拡散させると「尻尾が犬を振っている」ような議論になってしまうと批判されている。現在においては「親の説明」の到達点はこのあたりで収束しているとされる。
親であることは「出産をどう考えるか」が核心部分にある。「共産主義的保守派」は「優生学重視」で、「リバタリアン・リベラル」は「性の開放」に近い。しかし、リベラルの中にも「ベビーブーム」「ダウン症」などを野放図にはできないだろうという発想があり、性をコントロールしようという「ポリシー・リベラル」という発想がある。リバタリアンは「自己実現」を強く志向するが、ポリシー派は「普通の社会の一員」を志向するという違いがある。家族は大きく分けてこのように分類できる。
どのような家族の形態をとるにしても「女性の立場は悪くなる」とされる。あらゆる説明をしても、女性が出産をする以上、その結論は避けられないのだ。必要な視点は結局、自治と平等・社会の助けだとされているのだ。テレビ局に電凸するおばさんが一番頭がいいのだ。
【書きかけ項目】
参考「親であること」スタンフォード哲学百科事典

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »