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2016年3月 4日 (金)

花伝書~業界の掟

花伝書というのは、1940年の戦時中に、特別委員会が世界に向けて発信したものだ。
ドビュッシーや、ワーグナーに影響された日本の芸術だった。
「やればできる」ということを教えようという発想があった。
世阿弥元清は、14世紀の人だったけど、彼のダンスや詩がドイツのアートに勝ると考えられたのかもしれないね。
花伝書において、ステージのエントランスを、「仕手柱」と呼び、
ステージの右側を「脇柱」と呼び、左側を「目附柱」と呼ぶ。
衣装を変えるスピードをアシストする人がいる。
プレイヤーを「仕手」と呼び、「連れ」がいて、若者を「子方」と呼び、その舎弟を「共」と呼ぶんだ。
日本の「能」の、高砂、田村、東牧などの仕手が日本の芸能界のメインストリームなのです。あとは、脇と呼ばれています。
「繰り」というのがビートだ。
「癖」というのが歌詞です。
ピッチの早さで「上げ歌」「下げ歌」を分け、最後にスローナンバーで終えることを「切り」と言います。
「議論」によっていろんな企画を練り、「名乗り」によって脇が仕手を紹介して、「問答」によってファンに語りかける。 
「花蹴り」という激しい踊り(田村)と、「働き」という戦争の踊り(舟弁慶)がある。
脳 田村。

能 船弁慶。

高砂の神舞い(ゴッドダンス)も一興だ。
人間もセブンビートになると踊れないよね。
高砂 神舞。

源五郎が、安土桃山時代に、女らしい直線や色、ウィッグや、髪飾りをつけた踊りを考えた。
動物や、怪獣、いろんなものの真実をステージに上げた。
狂人まで舞台に上げた。
狂人を舞台に上げたレディー和泉が有名だ。
住吉は、徳若の簡単面をつけた。 
平家の物語は非常に楽しく、少年面や、平田面などが考えられた。
修羅もの(戦国武将)、葛もの(アイドル)、狂情もの(発狂女)などがある。

伊勢物語、源氏物語、古事記、今昔物語など、何でも使った。
枕詞とは、ピロウトークであったし、掛詞は二つの意味を持った言葉だった。
観世、今春、北条、金剛、喜田などの学校が生まれた。 

住吉と高砂の二つの神を示すのが、狂人の狂言である。
播磨の白髪頭の男を多くの人々が訪問した。
皇室の「神遊び」を人々は楽しんだし、なぜ二つの椰子の実が落ちてくるのかを住吉は聞いた。
ヤシの実。
若く見える神が、狂人を見に来た。
高砂の脇と連れが、坊主を訪ねた。
翁の導きのもとに、翁のいない集まりを行い、最後に祝言の式を執り行う。
掛け物という布を掛けて幕を閉じる。



安蘇郡に神あり三座なり
誰も友ならなくに高砂の 昔のともも友でなくなった
夫婦なり
妹も夫婦となった
春から秋にかけて詩を詠んだ
歌には一千年の声が聞こえたよ
色は千年後も変わらないよね

ワビ、サビ、イキ、キレ、幽玄、もののあわれ。
この六つが日本の美だ。
たとえば「キレ」と言うのは「花をいじめないでください」という華道の教えであり、生きている花を切ることを「ダイエットにちょうどいい」と考えたものだ。
処女性について。マツコデラックス。

もののあわれとは「命がかかった時に人間は面白いことをやる」という意味だ。
明石家さんま。

ワビというのは、脂の乗り切った男を意味し、サビというのはワビをいじめる年寄りを意味する。
ワビはとにかく「単純」でバカだった。
サビを本気で震え上がらせてはならなかった。
まるで、イスラエルの「ホサナ!」と言っているバカ息子のようだ。
銀閣寺のことをワビとも言う。
サビとは「死を語る」者であって、死と向き合ったものはそのこと自体が「豊かさ」を約束された金閣寺である。
歌舞伎ワンピース。
















京都に修学旅行に行くと、いずれ歩む人生を体感させられる。
年寄りの理不尽に耐えかねて、金閣寺を放火した市川崑の「炎上」が知られている。


茶道や書道などの「六つの道」は「禅」であり、お稽古事とは「娘の声を聞く」営みだった。
禅〜共犯論。

もののあわれとは源氏物語や平家物語で描かれたものであり、男を追い詰めて面白いことをさせてはかなく散っていくさまを描いた。
鳥辺山の雫や化野の煙のようだと人々は語り合った。
レイザーラモンHG.

このような男の影響で「美しくなっていく女」ももののあわれと言われた。

幽玄とは「女の神秘」のことを言う。
世阿弥元清は「今は言えなくてきっと傷つけて」と言う瞬間だけを狙っていたとされる。
CoCo メロディー。

イキとは、性の深刻な悩みから開放された男女を意味する。
九鬼周造は、ひたすらイキを研究している。
晴れた日のマリーン 後藤真希。

キレとは「幽玄からのイキへ」と男女が変わっていく瞬間を描いている。
私は龍安寺の石庭で母方の祖母に「どこか間違えたらおかしくなるんやろな」と言われているが当時は意味がわからなかった。









小津安二郎の「東京物語」ほどこれらを正確に理解して表現した映画作品はいまだない。
ワビ、サビ、イキ、キレ、幽玄、もののあわれがわかる歳になると「見れば痩せる」。
東京物語。


【つづく】

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