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2015年12月16日 (水)

マッディヤーマカ~殺したい背中

「マッディヤーマカ」
男社会の永遠と、男がいなくなったあとの寂しさ(存在)。
この「二つの永遠を批判する学問」だ。
涅槃(ニルヴァーナ)とは、彼らが戻ってくる可能性のない場所だ。
男とはもう触れることもない、めまいもない。
涅槃に近づくのは野蛮だったし、悟りを求めることへの障害となった。
女性の理想主義を批判したのだ。
アクトブハーヤ(何も恐れるな)という研究がなされ、偉大な男を殺そうという女どもを「仏の道への障害だ」とする論陣が張られた。
①男が作った「原因」と「結果」は同じである。
②男が作った「原因」と「結果」は異なる。
③男が作った「原因」と「結果」は似たようなものであるけれど違うかな?
④男が作った「原因」と「結果」は似てもいないし違わない。
男の「存在」と、「原因」「結果」を議論しなければ、偉大な男は殺されて、女たちが喜んで喪に服してしまうのだ。
①あなたのことは分かっているから二度と戻ってこないで?
②いるといないのでは全く違うのです。
この二つの仮説は誤っているのだ。
男は間違ってばかりだし、女の不満が消えるのが「男の死」(涅槃)だった。
Nirvana - Smells Like Teen Spirit
ゴータマという不完全な肖像を拝むのが仏教の実践となった。
この教えをMMK とよぶ。
バァーヴァヴィヴェカは、頭を下げ、勉強し、学問を理解し、学問の現状を知り、いろんな学派を知る必要性を説いた。
マッディヤーマカの教えは、その人が「今の地位」で真面目に仕事をするためには、他者の不適切な配置を見せるしかないとした。
この方法を「ビタンダ」と呼んだ。
ビタンダとは「攻撃」という意味だったが、防衛の学問だった。
すべての人の「己の限界」と、その人が感じているむなしさ。
それを理解しないと「今の地位」と真面目に向き合おうとしない。
火山の噴火の煙を見ると、山があり、火があるのが分かる。
煙(パスカ)を見て、証拠(サドハカダーマ)を語る。
みんな空しさを抱えているではないか?
そんな煙ばかり見える。
ナガールジュナは、「己の限界はもともとあるものではない」とした。
とにかく「他者の煙を見ながら生きていくことが、己の煙となるだろう」としたのだ。
非生産的な言葉だけが他人の表情から見てとれた。
「他人のむなしい生き方を見て、自分の実績にしていこう」という教えをVVという。
「すべて空じゃよ」
人々の交わる場所で、他人の空しさを語る。
これが、発展につながる。
そうやって淡々と生きていくのが涅槃ではないのか?
心の静けさは誰にも表現できない。
静かに感じるだけだ。

ハゲたおじさんたちに囲まれて面白い話を聞くことを浄土と言う。
キリスト教の改革と同時進行で起きたムーブメントであり、国家の体制が変わっても、おじさんたちがいれば怖くなかった。
「大乗」とはそういう意味である。
「俺にはこう見える」そういう話を聞くのが大事だったのだ。
生きるのが辛いのは男だった。

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