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2015年12月12日 (土)

シドニー・フック(新左翼の恐怖)

「シドニー・フック~新左翼」
どういう発想をしたら楽に生きられるのか?という功利主義を探求するとともに、
純潔を守る女を妻に持ち、奔放な連中をも知り尽くしていた。
ライバルたちは「全体主義につながる」と彼を恐れた。
引きこもって美しいものだけを見た。
それが彼のキャリアのスタートだった。
やたらと昔のことを覚えていた。
女性と理想、何かの人類の叡知の総体と向き合っていた。
サイエンスの進化のためにはそれが一番よかった。
それから、彼は40年の「適者生存」の旅を功利主義によって行ったのだ。
直面する出来事において、彼は、与えられたものよりも獲得したものの方が多かったのだ。
サンタヤーナに勝つためには「見てきたものが違う」というしかなかった。
偉大なる共存、経験に人類の叡知の重ね合わせる才能。
ひたすら読み、ひたすら聞き、いつしか彼の決断力を人々が頼るようになった。
「人々が語る真実」と、彼が読んだ「固有の真実」をひたすら重ね合わせていった。
彼が語る「固有の真実」は、「男の鏡」と呼ばれた。
言葉で世界の真実を語り、言語学と「事件」を照合していった。
事件を哲学的観点から語り、彼はだんだん自分の居心地が良くなるのを感じた。
少しでも結果を予測できる、その能力を人々は尊敬した。
自信が違う、それが「男の問題」であった。
「研究室の情報は確保していたよ」
好き勝手にやる連中、労働、そして怒り、すべてが研究対象だった。
人々が語る真実を聞いて、固有の真実を語ると、時に人々は拒絶した。
だから、その間を行ったり来たりする功利主義が楽しかったのだ。
ジョン・ドゥウィーの「探求の理論」になぜか忠実だった。
こんな連中がうようよいる国では戦争も起きない。
「心を開く」
望遠鏡を空に向け天国を見てみたガリレオ。
河合 その子 【緑の少女】
「その事件に女性はどう関わっているんだ?」
そのような見方をしてみた。
「女性と話してみる」という、弁証法的唯物論ほど強い政治は見当たらなかった。
恋愛空間を勘違いして知性を跳ね上げた「空想的社会主義」から、社会のダーティーな側面を見に行く「科学的社会主義」へ。
マルクス主義はそのための宗教に過ぎなかった。
そのようにしてソビエト連邦は生まれた。
レーニンがこのテキストを書いたのだ。
人と人をぶつけてみたり、男と女をぶつけてみたりする「ヤングヘーゲリアン」がたくさん生まれた。
生産の社会的力が、生産手段の抜本的改革を経て、階級社会というものが生まれた以上、この発想が必要だったのだ。
1930年代の、二つのメジャームーブメントが、スターリニズムと、ナチズムだった。
大恐慌に襲われたアメリカは、ソビエトを参考にニューディール政策を行ったのだ。
これを批判したのがフックだった。
言論弾圧も行うし、奴隷制も採用していたからだ。
スターリンの立場を高めるために、平気で裁判を行った。
しかし、フックは、反社会主義でもなく、反共産主義でもなかった。スターリンの、奴隷制や言論弾圧、裁判を批判したのだ。
ナチズムは怖かった。
資本主義が危機に陥ったら社会主義があとを引き受けることを明らかにしたからだ。
ナチズムは、資本主義の最終形態なのか?
フックは、ずっとトロツキーが何を言うかを見ていた。
国家社会主義は、資本主義と、社会主義の、共産主義が出した結論だったのだろうか?
トロツキーは、歴史のサイエンスのひとこまだろうなと言った。
アクディビズム(行動)だ。
「Moral」の研究が発達しすぎた。
トロツキーは、資本主義か、社会主義かの答えを出す前に、アメリカ合衆国がイギリスを助けてしまったとしていた。
ナチズム(国家社会主義)の結論は見ることができなかったとしたのだ。
トロツキーは、社会主義によって裁かれてメキシコへ渡った。
トロツキーは、民主主義に忍耐強さが必要であることも、マイノリティーがいることも、彼らが「絶対」に縛られていることも知らなかった。
反ナチズムの立場にたつ「パルチザンレビュー」が、アメリカ合衆国とイギリスという巨大な軍事力を用いたのだ。
民主主義は抑圧を経験する。
その答えはでなかったのだ。
ナチズムが研究した「人々が一点に向かうとき」などの研究も民主主義は学習していなかった。
アメリカ合衆国が、結局、社会構造というものはブルジョワによって構成される執行部によって成り立ってあるものだという批判をナチズムに対して行い、自らの立場を正当化したのと同じ論法で、冷戦時代に「ブルジョワによる支配」というのをアメリカが標榜し、ソビエト連邦を批判したことをフックは評価していたのだ。
「歴史の中のヒーロー」という発想が「致命的な実験」と見なされる時代を支持したのだ。
「レーニンはヒーローだったのか?」あたりが宿題になるだろう。
「おい、政治家。面白いことをやれ」としか言えない時代になった。
「すべし」と「である」の違いや「好ましい」と「楽しい」の違い。仮説が「うまくいっただろ」の世界となったのだ。
善と欲望についてくるんだよ。
悪意のある欲望は人を殺すんだよ。
「知性の肖像」がウケた。
ナチズムに対するバカげたレジスタンスも、大量虐殺も、国家の体制を議論する上では無視していいものだった。
「この人は分析しているのか?」という第一のドグマ。
「この人は経験しているのか?」という第二のドグマ。
が生まれた。
「スタンフォード万歳!」と言わずに経験してみてほしい。
百科事典は作ったのだ。
スタンフォード哲学百科事典

【つづく】

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