最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 人格否定発言とは「一般意思3.0」である。 | トップページ | ロゴスが完成しても日本はひとつにならない »

2015年12月19日 (土)

愛の言葉は無限なんだよ。

「マックス・シェラー」
ユダヤ家庭に生まれたが、ユダヤの抑圧について国家社会主義に理論を提供した人物だ。
フッサールの言葉の探求や、ベルグソンの、人間はひとつにならないという考えにヒントを得て、愛と憎しみを探求した。
アデナウアーも彼のサークルに参加していた。
将来の苦しみを取り除くための道具を作るのが人間だ。
「妹を愛するように女性と接する」
女にとって男は道具だったからだ。
この世界に女性が参加することを選ぶときが来る。
愛の言葉は無限だということが分かつた。
「彼なんていません」
そうやって女は男の話を聞くのだ。
妹を愛するような言葉を聞き、自分の世界を広げていく。
世界なんて嫌い、という女に、男の「サイエンティフィックワールド」を語るのだ。
神はいるの?いないの?滑りやすい坂道で神を見失った女が、神を背景に歩いている男や、俺の限界の向こうに神があるんだろうな、
という男と語り合った。
「どっか連れてってくださいよ」
女の言葉を受けて、シェラーは果実のならない木を見せて、その大きさだけでなく、その楽しさ、美しさ、優美さを語った。
感じればいいという立場もあるけれど、男の力量を見てやろうという立場もあったのだ。
果実のならない木とは、女にとっておちんちんだったことも男は知らなかった。
赤いものも女にとっては「男」だった。
男の「ハート」が、愛と憎しみの対象であった。
必要な人かそうでないか?
価値にはポジティブなものとネガティブなものがある。
病めるときも健やかなるときも、発すべき言葉がある。
「俺、へこたれているのかな?」
女は男の言葉にランキングをつけている。
①喜び。
②役に立つ。
③生きている。
④文化。
⑤神聖さ。
これを女流文学から研究するのだ。
女が「人々」から「人」を選ぶのはハートだよ。
男の死を愛するのはユニークな人の愛しかただ。
でも、「一緒に楽しもうよ」というのは女の責任なのだ。
弱音をはくのは憎しみの対象なんだよ。
でもそれが人間だ。
1999年 後藤孝志の3球連続自打球
「男」は、全体のメンバーでなければならなかった。
①その世界でいろんなものを共有している。
②強い。
③教える。
④辛さを知っている。
⑤痛くねえ。
「所属」を大事にして、「社会的営み」であることも明確にする。
これがナンパというものだ。
①自信。
②自己愛。
③自尊心。
そのコミュニティーでそんなに自信を持ってるの?
それがあなたの生涯のコミュニティーですか。そんな考えを持っているのですか?
でも、社会って複雑ですよね。
社会が複雑だからみんなコミュニティーに属している。
でも、成熟していないから少数派なんでしょう?
社会は、ネカティブなつながりだけれど、コミュニティーにメンバーを供給してくれる。
契約、そして、リーダーを生み出す。
コミュニティーは、私を認めてくれるの。
「赤」と「木」つまり「男」をいかにうまく語るかがリーダーであり、それがセクトに分かれている。
これを語るのは「国家」と「文化」と「教会」である。
自発的に真似する人が生まれてくる。
ラブコミュニティーというのが宗教の基本だ。
「単純な男」批判。
神・男・聖霊(理想の男)を語ることが、愛という勢力拡大の基本ではないだろうか?
シェラーは、これが道徳(経験の共有・趣味の共有)よりも大事だったのではないか?と考えた。
イエスを理想の男とすることは英国国教会とは、全く異なるものだった。
英国国教会にとってイエスは女の敵として語られていたからだ。
本当に「赤」と「木」を男としたことと、神・男・聖霊と位置付け、女も男も語り合ったことが影響力を増したことは、宗教体験以外の何者でもなかった。
しかしハイデガーなどの右翼がこれに抵抗した。
政策から女を排除する手法でむしろ女性の支持を維持したのが右翼だったからだ。
しかし、シェラーは、近代(モダンタイム)は、あまりにも人間の経験を侮辱していたのではないかとした。
吉川晃司 Modern time
獰猛な科学万能主義は、女を問題にしていなかった。しかし、ヴィトゲンシュタインは、写真において、この事には沈黙するしかなかった。
男と女がこの空間にどのように拡散していくかが分からなかったのがモダンタイムだったのだ。
この空間では、苦しみや、死ぬのが怖ければ酒を飲むしかなかったのだ。
復活の研究が極めて難しかった。
シェラーは、復活の基本は「人に与えろ、そうすれば神聖なものから与えられるだろう」ということに根拠を見いだした。
人間の知性は空より小さいよ。でも何かを与えるんだ。
空に何かを与えればいいことが降ってくるだろう。
カント以降、さまざまな論客が空に復活の根拠を見いだすようになった。
人間は皆、神の探求者だ。
本人が否定してもそうなのだ。
「絶対」をみんなが持っていたからだ。
無神論者も神聖なものになろうとして、偉大な失望感を味わったことがある。
有限なものは神を信じている。
アイドル男は無限でなければならない。
みんな異なる形で最終地点は同じである河を渡っているに過ぎない。
希望に燃えたこともあれば、沈んだこともある。
大問題に悩んだこともある。
【MV】 RIVER / AKB48 [公式] 

第一次世界大戦の時、ドイツは文化的危機に陥った。
女のセックスによる出世や、哲学によるナンパが横行したのだ。
キリスト教左翼は強かったのだ。
"ジャーマンカルチャー"とは、成熟した資本主義、機械化、セックスによる出世を望む女、という「マインドセット」によって作られた「精神」であるとマックス・ウェーバーは指摘した。
このとき、ドイツの価値の何かが反転してしまったのだ。
これが資本主義の精神だった。
芸術、哲学、宗教のすべてを見失った。
第一次世界大戦で人を殺してみて分かったキリスト教の価値が「ニュードイツ」だったのだ。
団結のための「絶対」があることが分かった。
キリスト教民主主義は、いい加減女も責任を持て、と言ったし、みんなでものを分け合おうと言ったし、急進的なユニークさを認め合うべきだと言った。
フリーセックスの衆愚制は天国に行ったし、民主主義が地球に根付いた。
家族は、セックスの衝動によってできるし、政治は権力への衝動によって出来るし、経済は所有と嗜好によって作られる。
この三つの衝動は、歴史を作ったし、今後の歴史を可能にした。
芸術、哲学、科学、宗教もこれらの衝動によって作られるのだ。このことによって、キリスト(ロゴス)の形成に向かった。
ロマンティックな世界にするのが人間の義務である。
そのために、家族、政治、宗教に関する多様な表現がなされるようになった。
政治とは、より高い価値を探求する言論活動の場であり、肉体的力を、政治的なイメージに変換している。
現実を扱う作業であるが、言論は肉体的力を巧みに取り込んでいる。
これが有効であると見なされたのだ。
しかし、第一次世界大戦でこの言論フォーラムは破壊されてしまった。
戦争をやってみて分かったのは、「平和を求める肉体的パワー」が一番強いということが分かったのだ。

1450563633350.jpg

ロゴスができたということには、人間の一万年の歴史の中で迎えた「人類の危機」であった。
そこで、知っていること、知らないこと、という形でこの危機から脱したのだ。
「人類学」という形でそれが乗り越えられたのだ。
ロゴスはたしかに人間の心理であろう。
しかし、その危機の答えは人類学にある。

【つづく】

« 人格否定発言とは「一般意思3.0」である。 | トップページ | ロゴスが完成しても日本はひとつにならない »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 愛の言葉は無限なんだよ。:

« 人格否定発言とは「一般意思3.0」である。 | トップページ | ロゴスが完成しても日本はひとつにならない »