最近のトラックバック

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »

2015年12月

2015年12月31日 (木)

結果を出すしかない~救世主という動物

結果を出すしか敵をなくす方法はない(コンセクエンシャリスト)。
①利益を計算して人間は動く。
②何が善なのか?
③何が期待されているのか?
④訴えられるような人間がいる。いろんな人たち。ルール。
⑤誰が期待しているのか?出来ること出来ないことがある。

本日のテーマはこれだ。

善をできるだけ多く求めても、敵がそれを抑え込む。
自分なりの「マンガ」で人間は動くが、マンガにしたがうと、欲望と痛みが行動原理となる。
「最大多数の最大幸福」をどう思うか?
世界の人口を考えると、世界の幸福はあまりにも少ないではないか。
「善とは何か?」という概念を切り替えなければ、少数派は常に多数派に踏みにじられることになる。
マンガにしたがっていれば理想の結果が得られると思うか?
自由、世界、知識がお前を邪魔するだろう。
全世界が注目する場面で結果を出すのか?
その筋で結果を出すのか?
仲間内で結果を出すのか?
自分一人で喜んでいればいいのか?

ここに、男女のパートナーという概念を入れてみる。

ハワード・スナイダーは、1994年に、マンガが何を言おうと、「マンガは結果の出し方を教えてくれないよ」と言った。
スコルプツキは、しかし、「マンガの話をしていれば、その世界が何を欲しがっているかがわかり、仲間もできるだろう」とした。
結果といっても、あまりにも多様だ。
テキサスの羊の数を増やすというのならば好ましい結果だろう。

1451526234388.jpg

「正確な理論」と「バカげた理論」がここに生まれた。
結果を出すことは敵をなくす。このことから「正確な理論」は生き残っていくのだ。
「誰が言ったか?」を見る人もいる。

争いが少ないときは「結果」をひとつに絞ることができる。
シンプルなゲームとなる。
喜びには痛みがなく、痛みには喜びがない。
勝つための戦術で「ヘドニズム」と呼ばれた。
セックスも、ドラッグも、ロックンロールもない。詩だけがある。
動物レベルの人間となる。
自由は不安だろう。知識は素晴らしいだろう。

映画「マトリックス」は、友達が多く、オリンピックに出て、ノーベル賞をとり、恋人とセックスする姿を描いた。
友達も恋人もいない人間が「痛みも感じずに」そのような経験をしてみたのだ。
イエスは、そういう「マシーン」に乗ったのだ。
女は、イエスのパワーにキスで対抗するしかなかった。
偏差値BOY(うしろゆびさされ組)弾き語り
男たちは「そんなもの、ビールといいながら塩酸を飲むようなものだ」と言ったし、ある人は「知識なんかいらない」と言った。

しかし、イエスは、友情も愛も、家族も人生も語ってしまった。
利益を計算した結果、このような生き方をしたのだ。
功利主義も、行き着く先はこれなのだろうか。
幸せとは何か?を知らないとできないし、才能がなければできない。
才能がなければ痛みしか残らない。
「暴力の渦中」でそれを悟った。

このような生き方は、直感的には悪であった。
集団主義の立場からは、「約束」があるだろう、痛みを感じないなんて嘘だろう、と言うしかなかった。
集団主義の立場からも、知識は否定できなかったので、「お前、友達いないだろ」といって潰すしかなかった。
この二つの世界の境界線を制服で分けた。
松田聖子 「制服」

犯罪を犯せば罰を与えられる。
もし犯罪をおかしても罰を与えられないのならば、それは正義だ。
もし、快楽に値しない人が、快楽を受けないのならば、と同じ意味だ。
そこで、行動を起こせばどうなるかが分かる瞬間が生まれるのだ。
世界との敵対のあるコンセクエンシャリストがこれをやる。

あるいは、分配をするということが考えられる。
タイブレークをする力を持つのだ。
彼は「価値」だけを見ているのではない。
「パターン」を見ているのだ。
人口は増え続ける。だからこれで全体の空腹は減ると考える人もいる。
政府は人を殺せる。死んだものは痛みを感じない。
しかし、能力を殺すだろう。
その「パターン」により空腹はしのげるが、殺そうとしたものは殺される。
「安い命」というのは殺してもいいという空気をイエスは生み出す。
「単なるおまけのパラドックス」というものが神聖な者のまわりに生まれる。

「Aは、良いXだね」というのは「いい毒だ」という意味であり、「Aは良いね」という意味ではない。
2001年にトムソンは言った。
世界に波及し、法律も整えなければならない毒だった。
誰もがチャンスがあるわけではない。
マンガで決断している。

ゴルフボールはゴルファーのフィジカルムーブメントではないし、人々の心はそれほど世界に対してオープンではないのだ。

2015年12月30日 (水)

王様の言葉~プロポーズ

甲類
①マリーが歌えばジョンが歌う。→マリーが歌ったからジョンが踊ったのだろう。
②すべての政治家は人をを騙す。→すべての下院議員は政治家だ。→下院議員は人を騙す。
③刑事が庭にいた。→誰かが庭にいた。

乙類
①マリーが歌えばジョンが踊る。→ジョンが踊った。だからマリーは歌ったのだろう。
②羽がある生き物は鳥だ。→ニワトリには羽がある。→だからニワトリは飛べる。
③1879年以前に生まれたすべての人間は死んでいる。→だから、すべての人間は死ぬ。

さて、甲類は、もはや人々が争わない論証だ。
しかし、乙類は、人々が直感で「もっと説明が欲しい」と思う言葉だ。
人間の心は三段論法では成り立っていないが、王様の言葉なのか、ただの無駄口なのかのポイントがここに表現されている。
これは、心理学なのだ。

三段論法は、「誰もつつけない言葉」をギリシャのストア派が探求したことに起源がある。

①もしAならばB。→AだからB。
②もしAだったらB。→BでないのならばAではない。
③AでありB。→BでないのならばAではない。
④AでもBでもない、しかし、AだったのならばBではない。

これは、プロポーズの言葉の完成度、とも言われた。

「一生、幸せにします。結婚してください」
この言葉がもっとも完成度が高いとしよう。

①もし一生、幸せになりたければ結婚しろ。一生、幸せなんだから結婚だろう。
②もし、一生、幸せになりたければ結婚しろ。結婚しないのならば、一生、幸せではない。
③一生、幸せであり結婚する。結婚しないのならば一生、幸せではない。
④一生、幸せでもなければ結婚もしない、しかし、一生、幸せなのならばそれは結婚ではない。

このように、完成度を競いあうのだ。
プロポーズの言葉百選

言葉、断言、現在の状況、その他いろいろを「一言でいう」のだ。
できるだけ拒絶されたくないという思惑がある。

問題は、「パットは眠っている」という言葉には疑う余地はないだろうが、「俺は疲れた」という言葉には疑わしい部分があるということから議論をしなければならない、と言うことだ。
「疲れた」という言葉は人によって意味が異なるからだ。
「彼は勇敢だ」という場合の「勇敢」という言葉は興味深い議論が可能だろう。
「丸」「13」などが含まれるともっと議論は複雑になる。

あるいは「結論への説明」があればもっと言葉の可能性は膨らむ。
このような議論の発展を受けて「ストア派の議論は幻だったのではないか?」と言われるようになった。

「すべての」という言葉も疑わしいのだ。
「一部の人間」を指して言うことがあるからだ。
「人を騙す」という言葉には問題はないだろう。
アリストテレスがストア派を批判したのだ。
彼は、
①すべてのS は、Pである。のならば、いくつかのSはPである、とし、
②どのSもPではないのならば、いくつかのSは、Pではない、とした。

「一生、幸せにします。結婚してください」

という言葉は、アリストテレスの格好の標的となった。
アリストテレスは、「たぶんでしょ?」という言葉を女に言わせた。

「すべての星は紫だ。ベガは星だ。ベガは紫だ」
という言葉がある。
そもそも「は」(is)は嘘をつけるし、嘘をつく。嘘をついてきた。
「星は瞬く」という言葉は消える瞬間を省略している。
バチェラーという言葉は、独身で「結婚可能な」男、ということを意識しなければならない。

のちの哲学者は「そういう関係ではないでしょ?」という言葉によって絶望的混乱をプロポーズの世界にもたらした。

ジュリエットは、ロミエットにキスした。
ジュリエットは政治家となった。
「ジュリエットは誰かにキスする人だ」と言うだけで政治家になってしまうのだ。

いくつかの患者は医者を尊敬している。いくつかの医者は嘘つきだ。いくつかの患者は嘘つきを尊敬している。

この言葉は「問題となっている病気」と「ハッピー」を問題にしていない。

いくつかのPはSである。いくつかのDはLである。つまり、いくつかのPは「H」である。
というような論法を政治は生み出してしまうのだ。

患者にとって「病気を治す力がある」と「背が高い」は同じだろう。

「背が高い」「病気を治す力がある」を「R」とすると、いくつかのPRすべてのD、いくつかのDはL。いくつかのPRいくつかの「L」となる。

すべての医者を尊敬する患者は病気だ。
いくつのかの患者は、医者を尊敬している弁護士に相談する。
弁護士に相談するいくつかの患者は病気だ。


【つづく】

2015年12月29日 (火)

結局、人間の心は分からない。

ウィリアムス・ジェームズは、心理学を確立した。
赤ん坊の世界のイメージに注目し、偉大なる開花と混乱にさらされるとした。
治める感覚を覚え、利益を探し、大勢の人にさらされる。
人間の不朽を信じたいのだ。
彼が20年かけて分かったことは、心にサイエンスはない、ということと、数千ページ書いても分からない、と言うことだ。
「思考の嵐」
脳は肉体だった。
音は光に比べてデリカシーがない。
言葉は音を失い、リズムとして残る、リズムの変化が、性的衝動となる。
間違いが恥として残り、侮辱されたら怒りとして残る。
大泣きする赤ん坊は、残酷さの天才となり、冷たく、悲しみも知らない。
「レスポンス」だけで、どれだけ多くの人にさらされたか、宗教体験などが分かるのだ。
答えが常に前向きなのだ。
意識は、「アイデア」ではなく「ストリーム」(流れ)であった。
流れが色に染められていた。
そして、精神生活にはリズムがあった。
我々は、名前を探すときだけ休み、あとは眠りから覚めた赤ん坊のようにノイズを聞いている。
興味、注意、は「役に立つ」「美しい」という理由で「名前」を覚えているのだ。
これを知らないと、勉強ができない。
アクティブな生活の感情にならなければ覚えない。
ノイズの中にどれだけアクティブな要素を見いだすかだ。
霊的な何かが乗り移り、クオリティとコンテンツを見ていく。その時には「教えの正しさ」と、「私を自由の世界に連れていってくれる」ことと「自発的にやる」ことが大事だ。
しかも、ただの目的ではない。
それが広い形を作っていき、それなりに自己完結しているのだ。
女に詳しい、面と向かう、世界を広げたい。
これをエネルギーにする発想を「急進的経験主義」と呼ぶ。
しかし、「喜びは心の中に」とフッサールは言った。
独自の経験は、男性的なものだ。男にならないと内面が発達しない。
赤ん坊にとって、見つめたろうそくの火、以外に自分の空間と時間はない。
振るまいは、痛みと冷たさを暖めてくれる楽しみだけを追っている。
何度もシーケンス(一連の流れ)を繰り返すことが長続きする。
いかに、痛みと冷たさを暖めてくれる振るまいと、没頭を結びつけるかが大事だった。
より高い心の力はこのように生み出される。
「普通」で「貧しくないこと」が子供にとってもっとも重要だ。
20歳以降に覚えた外国語は訛りが抜けない。
「神経システムを味方にしろ」
日常の問題を解決する、それ以外に理由はない。
泣きもしない、感情がない。
そういう営みだ。
ディナーを食べたあとにやりたいこと。
それがすべてなのだ。


【つづく】

矛盾~男の魅力とは。

俺は矛盾していない(LNC)というのは最高の哲学だ。しかし、教育のないものが言うことだ。
適度に矛盾している(LEM)ことは、未来にたいしてオープンだが、男としての魅力を失う。

これが本日のテーマだ。

俺は矛盾していないと言うものは、相手が何かを言ったら「自己破壊」を引き起こす。
そのため、言葉を失うのだ。
議論を望まない男は野菜だ。
アリストテレスは「野菜」と言ったが、アラブのアヴィセンナは「火」と呼んだ。火を消されることは苦しいか?
しかし、食べられなくなるのか?飲めなくなるのか?

矛盾がないのはアイデンティーだ。
しかし、探求というのはこれを壊す営みだ。
「経験」が世界にはある。
意見が分かれたときにどちらの意見も同じ価値をもつことがあるのだ。
「白でも黒でもない」
どちらかについたら負けることがあるのだ。
ましてや、女性は「どちらも間違い」というではないか。
「みんなそうだよね」と女性は言う。
「何か」を「何か」というだけでいいのだ。
しかし、それでは局地戦に勝てないではないか。
「すべて」「絶対に」という発想をなくし、「だいたいこんな感じ」という発想が生き残っていく知恵となった。
反論だって「どうせ適当に言っているんだろう」と考えたのだ。
デジタルではなくアナログなのだ。

しかし、「幸せ」のためにはどちらかにつかなければならない。
「巨人の優勝を信じなければ裏切られない」
しかし、それではチャンスをものにできないではないか。

「決定論」とは、余裕のある人につこうかな、というものだ。
矛盾のない人、適当に矛盾している人、女性たちの反応を振り返る人もいた。
敵を作ってでも貫く気ですか?
凡庸な人は男なのでしょうか?
凡庸、そして、のちの世代に伝えるもの。

「車ではなくフォルクスワーゲンだ」
「ガンは治る」
「老人ではなく父親だ」
選択する人がいるし、どうでもいい人がいる。
CoCo:夏の友達(CD音源)

この「矛盾」に関する議論こそが言葉を磨くオペレーターであった。
否定されている人を否定してみました。
モーニング娘。 保田圭 ほった うたばん【腹筋崩壊】
女を否定すると面白かった。
モンターニュが考えたのだ。
「それは問題じゃないんだよ」と女に耐えてもらった。
しかし、女性の幸福とお金は違ったのだ。

どんな料理が得意?
(間違ったことを言う)オムライス(A)
この人はオムライスではない(E)
この人はオムライスでなはないのではない(期待してるぞ)(I)
お前もオムライスではない「オムライッス~」(O)(ある意味逆に)
オムライッス~(A)(貴様もか)(期待してるぞ)

お化けの救急車~(A)
何やってんだよ(E)
お化けの救急車(I)
何をやってんだよ(O)
お化けの救急車


1451359676694.jpg

矛盾のない男がこの時だけは生まれるのだ。
矛盾の議論はこれで終わりだ。
理論は確立されているが、あとは実践に委ねたい。

2015年12月27日 (日)

大本教の教え

日月カスガ【巻55】
人間というものは罪をおかしていることを認めるのじゃ。
罪なきものは特攻隊となって死ぬのじゃ。
死にたくないから罪を認めるのじゃぞ。
家内は、主人を遺影にして拝んではならんのじゃ。
生きていればこそ話せるのじゃぞ。
愛とは狂気を含むものなのじゃ。
夫の糞を食らうものおる。
悟りとはカスガのためにある。
赤い罪、青い純愛

日月カスガ【巻55.1】
クリスマスには大人たちが子供を裏切るのじゃ。
人間は何を信じていいのかを見失うのじゃ。
自分が一番かわいいという民の心を利用したトロツキストの仕業か?
日月カスガは、子供たちを裏切らない言葉を考えておる。
しかし、わからなかったのじゃ。
それでよい。それでよい。
平和が訪れたのじゃ。
夏休みは終わらない

日月カスガ【巻55.2】
おなごが位の高いものと夜を共にして出世することを知っておるか?
そのようなおなごは誰も止められぬのじゃ。
じゃが、何が食いたいのか?
ズワイガニか、麦飯かのどちらかだと悟るのじゃ。
貧乏人は麦を食うのじゃ。
一粒三百メートル。
同じことだと悟るのじゃ。
百年戦争

日月カスガ【巻55.3】
おなごと話してみい。
怒らせていよ。
その時にそのおなごにとって何が大事かが分かるのじゃ。
若いおなごの話をして怒った老女は巨大なロッドに飢えておる。
アメリカンコーヒーをおごるのじゃ。
心を開かせるために怒らせる。
河合 その子 【緑の少女】

日月カスガ【巻55.4】
海へいってみなされ。
空を見なされよ。
人間の脳天に力を与えるぞ。
脳天から空に何かを返されよ。
復活の時ぞ来るぞ。
天から来るぞ。
出来ぬのか。
そのようなものが己の限界を感じ青姦をやっておるぞ。
海は己を語る場であるぞ。
海は広いな、大きいな。

昨日出来たことが今日出来なくなることは不遜であるぞ。
昨日出来なかったことが今日出来るようになる、これぞ誠なり。
言行一致、すなわち日月カスガなるぞ。
ヒーロー ボニータイラー

日月カスガ【巻55.5】
ワシがおなごの頃は赤い服を着て、重役さまにお茶を入れとんたのじゃ。
男たちは皆、重役さまにひれ伏しとったが、おなごはお茶を入れるだけでよかったのじゃ。
じゃがの、重役さまは、トレーをもつの高さを知っているかを見ていたのをワシは知っておったのじゃ。
外国人の作家さまにワシのことを書かせたのじゃ。
好きな先輩

日月カスガ【巻55.6】
山があり、川があり、雪解けの水による滝があるな。
渓谷があるな。
山が多いな、平野は少ないな。
穀物を育てる土地は少ないじゃろうが。
山は火山が多い。中には活火山もある。
地震が多い。
英国のバラ戦争のような戦国時代は終わったのじゃ。
ワシが見た明治革命じゃ。
大名は紳士になり、サムライもいなくなった。
この国はヨーロッパじゃ。
裁判官もできたし、警察官もいた。
裁判所ができたときに、列強に連なることを選択したのじゃ。
一度きりのチャンスをものにした明治の志士に感謝しなければならぬ。
チャンスは二度ないのよ

日月カスガ【巻55.7】
死をなぜ語るのか。
瞬間的に年寄りが黙る教えはいくつかある。
2500年に一度しか同じ星空は現れぬ。2500年後の復活があるであろうといえば年よりは黙るがまた怖くなって無駄口じゃ。
空に何かご恩返しをなされよ、空から何か贈り物があるじゃろうといってもただの空にしか見えんわ。
土を踏んでお日様を浴びると死は怖くなくなるかもしれん。
デズニーランドに行けば死は怖くなくなるかもしれん。
死は永遠のビジネスなのじゃ。
ディズニーランドへ

日月カスガ【巻55.8】
英語の文章を見てみなされ。 
単語がわからぬか。
辞書を調べるのじゃ。 
文法が分からぬか。
文法書を開くのじゃ。
説明できなければ、新しい理論を持ってくるのじゃ。
一二三、一二三、構造主義とはハイカラじゃの。
ボニータイラー ヒーロー

日月カスガ【巻55.9】
ワシは若いおなごを憎んでおらぬぞ。
自由の女神の火は体に影響を与えるが、体は火に影響を与えぬぞ。 
体をどんなに使ってもおなごの火は大きくならぬ。
殿方に満足を与えられておる。
殿方の体はどんどん干からびていくが、火は大きくなるぞ。
殿方は若い男を憎んでおるぞ。
だからおなごは歳をとったら家を治めるのじゃ。
憎しみのないものが一番いいのじゃ。
アメリカは自由の女神を目指して三つの道を作ったぞ。
ワシントン、オレゴン、カリフォルニア。
二つの道の分かれ道で男たちが争ったぞ。
選択肢がある限り男は争うのじゃ。
おなごは文字が読めぬぞ。
道は政なり。政は道なり。
前略、道の上より

日月カスガ【巻55.10】
神は人を愛しておる。一人一人が作品じゃ。自己愛じゃ。
自己愛をうまく利用しなされ。
心臓がドキドキしただけで大騒ぎじゃぞ。
貧乏人の自己愛、金持ちの自己愛。
うまく利用しなされ。
一二三、一二三。
病めるものにも恋愛はあるぞ。
なぜハイカラな歌を歌ってやらぬのじゃ。
こじきが、平気で逆らってくるぞ。
驚いてはならぬぞ。
こんな汚い男が、お前の親戚者ぞ。悟るのじゃ。
時代遅れの酒場

日月カスガ【巻55.11】
天子さまの国ぞ、臣民の国ぞ。
天子さまは、殺しあい、武勇伝を自慢する者共を、女を侍らすのが目的の不届き物と悟っておったぞ。
だから、顔にやけどひとつ負わなかったぞ。
妻一筋じゃぞ。
臣民は、殺しあうバカどもを見ざる言わざる聞かざると知っておったのじゃ。
屍に猿田彦の碑文をたてたぞ。
天子さまの国じゃ、臣民の国じゃ。
Sexy Boy~そよ風に寄り添って

日月カスガ【巻55.12】
天は火ぞ。歴史に残るために全財産使い果たしよる。 
奪い合いじゃぞ。
地は水ぞ。天の奪い合いをすべて吸収する水ぞ。
1と0。天と地。
生きているうちは1と1じゃ。
死んだあとの心配する天は火ぞ。
独占欲

日月カスガ【巻55.13】
天が食い物をうまく寄越さないと地が動くぞ。
天の炎は地の食い物のためにある。火がなければ水はない。水が火に化けたら国は治まらぬぞ。
乙女パスタに感動

日月カスガ【巻55.14】
食べ物は薬じゃぞ。
タバコの吸いすぎで目にくまができたらヨーグルトとプリンを食べるべし。
肩凝りにはチーズと緑茶。
薬によるうつ病には牛乳と深呼吸。
まるで薬を食いながら生きているようじゃ。
芥川龍之介 生前の映像 昭和2年(1927) Ryunosuke Akutagawa

日月カスガ【巻55.15】
食べ物のためにみんな争うのじゃ。
あとはテレビの見すぎだけがある。
食べ物が店に余っているのに争いが起きるのはテレビがあるからじゃ。
生まれたら私のことを知って欲しいと思うのは当然じゃ。
しかし、ひたすら美味しく食事をいただくものが勝つのじゃ。
テレビに出たおなごは不感症じゃ。
男たちに手込めにされその地位を維持しておる。
エクレシアとはなんじゃ?
男たちのアイドルは、民間のエクレシアのことじゃ。
料理もせん、家事もせん、テレビに出ているおなごをよく知るのじゃ。
I'm lucky girl.

遥かなる大陸~中国

極東地域は、西洋が無視したかった地域だった。
この地域の昔話を聞くのが楽しかった。
単純で、とにかく田舎だったのだ。
絵画があったし、水の色が鮮やかだった。
カトリックの影響がすでに及んでいた。
黄海があった。
ペテルブルグを出発し、ヨーロッパ資本とは違う世界に行った。
この機会を与えてくれたロシアの皇帝に感謝したい。
この地域では、「小さなお父さん」に人々は盲目的にしたがっていた。
宮廷サークルだけが贅沢をしていた。
満州はすでにロシアの支配下にあった。
東の「中国ライン」と接していた。
万里の長城を越えたとき、モスクワの影響を感じた。
ロシア銀行があったし、西太后が権勢を誇っていた。満州ガールだ。
ロシア以外の西洋のパワーはこの地域で勝っていた。
日本はライバルだったけど、この地域を諦めていた。
中国では日本に共感するものが多かった。
ロシア派か日本派か?しかし、朝鮮派などいなかった。
日本の影響を強く受けた中国で、スラブの力を背景にこの地域にとどまった。
ロシアと韓国は、西洋と東洋の境界線であったが、もはや違いはなかった。
それが満州だった。
文明化されてしまえば、もはや侵略など野蛮人のすることだった。
弱者を教育せよ。悪をなくせ。

ベラスケスの絵画が飾られたニコライ二世の部屋では、兵士たちが私の旅立ちを祝ってくれた。
シベリア鉄道の旅だ。

シベリア鉄道は、市民にオープンだっただろうか?楽しかっただろうか?
パスポートを必要だったし、ギリシャ正教会の資格も必要だった。
スイスやアルペンではない。ひたすら平地だけが見えた。
森を抜けると、異なる野心や、民俗学が広がった。
二つの国境を抜けたらアジアが広がった。
商業、文明、スピリチュアルな観点から、「行動を起こす地域」にしか見えなかった。

太平洋のイギリス~日本国

極東地域にある日本国は「日の上る国」と呼ばれた。
日露戦争に勝ってから日の丸は世界に知られるようになった。
小さな島々の集まりだ。
当時はイギリスの友人であり、木でできた船があっという間に、鉄の船になり、武器が充実した。
世界のパワーの地位を身に付けるために、工場を作り、電話を整備し、鉄道、道路を整備した。
国会を作り、議員が選ばれ、新聞はあちこちにあった。

これが本日のテーマだ。

英国のバラ戦争のような戦国時代は終わった。
大名は紳士になった。
サムライもいなくなった。
ヨーロッパのようになった。
裁判官もできたし、警察官もいた。
裁判所ができたときに、列強に連なることを選択した。
一度きりのチャンスだった。
近代の発明や、意思によるムーブメントが原動力だった。
美しい国だった。
山があり、川があり、雪解けの水による滝があった。
渓谷があった。
山が多く、平野は少ない。
穀物を育てる土地は少ない。
山は火山が多い。中には活火山もある。
地震が多い。
1871年には一万人が死んだ。二万人が怪我をしたし、13万の家屋が倒壊した。
大英帝国の気候とは異なった。
もっとも高い山は美しかった。神聖な高さであるとみなされ、富士山と呼ばれた。
東京と海の近くに位置し、ほぼ完璧な円錐で、急勾配の山頂には雪が積もっていた。
それは孤独な陛下だった。
芸術家たちは争って富士山を描き、遠くの地域からも富士山を撮影した。
少年、少女たち。日本の子供たちは幸せだった。
親は子育てに熱心だったし、子供はよいものだった。
大人しく、まるで大人のようだった。
赤ん坊は、感情をコントロールするようにしつけられ、赤ん坊の泣き声に周囲は顔をしかめた。
嬉しくても楽しくても、大声で笑ったり音を立てたりしなかった。
静かに、礼儀正しく、誰にでもにこやかだった。
学校がつまらなかったので、道路で遊んだ。
少女は、赤ん坊をおんぶしていた。
看護婦や金持ち以外は、手で赤ん坊を抱っこしなかった。
そうやって友達と遊んだ。
赤ん坊は、頭を揺らしながら、鋭い目で子供たちの遊びを見て眠った。
男の子と女の子の服装は似ていた。
子供服はなかった。
小さければよかったのだ。
着物にはアウターとインナーがあった。
帯は女子のプライドと心だった。
親が金持ちなら、帯にシルクと金が混じっていた。
貧しければ、よりスタイリッシュであることを心がけた。
黒髪に様々な飾りをつけた。
少年が小さければ服は黄色だった。女の子は赤。
五歳で袴を着て寺にいく。
そのことで赤ん坊の頃を忘れるのだ。
足袋を履いた。外履きにも内履きにもなった。
和服にポケットはなかった。
袖の下か胸元にものを入れた。
労働者は、暑いときは裸に近かった。
警察に注意されたら青いコートを着た。
それだけでまともに見えた。
服なんて45銭だった。
少女、少女(つづき)
学校にいくと、先生に深く頭を下げ、息を吐いた。尊敬だ。
先生も深く頭を下げた。
子供たちは座り、授業を受けた。
本は奇妙だった。
大きな文字で、まるで後ろから前に読むようだった。
右から左へ読むのだ。
すべてが逆さまだった。
文字はページを横切るのではなく、上から下へ読むのだ。
宿題は、親から教わった。
気分がよく、親切で、礼儀正しかった。
何度、頭を下げればいいのか?非常に複雑なシステムがあった。
先輩、後輩、上司の出迎えかたに、独自の方法があった。
女性はお茶を入れるだけでよかった。
モーニング娘。9期 「好きな先輩」2011&2015
赤ん坊は、服装を乱さず頭を下げる方法を教わった。
人々を待つ方法、部屋に入る方法、トレーや器を正しい高さにもつ方法を教わった。
作家が店に入ると、マスター、マスターウェイトレス、ボーイが、作法を教わっていた。
赤ん坊をおぶっている女の子は外国人を尊敬した。
子供は泣く前に起きた。
何が求められているかを知っていた。
親戚の年配者の真似をして畳に手をついた。

2015年12月26日 (土)

北朝鮮の歴史

朝鮮を語ることは革命を語ることだ。右翼が北の方に住み、左翼が南の豊かな地域に住んでいた。
北には改革を望まない人々が多くいて、これが朝鮮半島を理解する基本になった。
1910年に日本が朝鮮を併合し、それはかなりの残虐性を帯びた、
ドイツと日本が同盟を結んだときに、アメリカ合衆国と、ソビエト連邦は「朝鮮半島を分け合おう」という合意を結んだ。
朝鮮政府が出来たときに、アメリカは、共産主義の影響を恐れ、これを国家承認しなかった。
抗日戦争を主導したのは共産主義者だったからだ。
そして、それは労働者や農民にすでに広く浸透していたのだ。
1945年に日本が降伏しても、1946年まではアメリカは日本を指導する形でこの地域に関与した。
1948年に、選挙が行われたが、すべての左翼がボイコットし、南部だけで行われた。アメリカ帰りの反共主義者、李承晩が多数の同意を得た。
アメリカ軍が駐留して、共産主義を弾圧し、10万人が殺され、数えきれない拷問が行われた。
一方、北部においてはソビエト連邦が1945年に軍を駐留させ、「市民の権威」を打ち立て、「地域共産主義」を標榜し、日本の資本の没収と、貧しい農民への分配を行い、地主の土地も均分化した。基盤産業はしかし、公のものとなった。
1946年に、地域人民委員会が、金日成を「抗日戦争のリーダー」として、1948年にソビエト連邦は撤退した。
しかし、ソビエトは、官僚主義的プロレタリアートが支配しており、労働者を排除していたため、金日成は「ノーマルなプロレタリアート国家」を作ることにしたのだ。
1948年8月15日に、李承晩は、大韓民国を樹立し、金日成は、朝鮮民主主義人民共和国を樹立した。
誰も李承晩を望んでいなかった。傀儡だったからだ。
韓国軍兵士は軍務を拒否し、北朝鮮と合流し、戦い始めた。
韓国のパイロットが北に飛び、それに応じて船も北に停泊した。
7月28日に、韓国は一日で崩壊し、ソウルが占領された。
8月にアメリカ軍が介入したが、南東の半島のわずか10%の地を保持したにすぎなかった。
安全保障理事会ではソビエト連邦がボイコットし、中華人民共和国ではなく台湾がメンバーとして韓国を支援した。
アメリカ軍はオリジナルラインを越えて中国国境に迫った。外国の軍の介入が許せなかった連中や、核兵器の恐怖に脅えた中国で、志願兵が10万人集まった。
そして、国連軍を押し戻した。
敵対関係は、1953年まで続いた。
アメリカ兵は36516名死亡し、朝鮮の軍人は300万人死亡し、民間人は10万人死亡した。
アメリカは今日に至るまで平和条約への署名を拒絶し、韓国に一万人の兵士と、強烈な武器を配備している。
1960年代に李承晩が権力を失うまで、農民や労働者の抑圧は続いたし、女を生み、所有し、配分するという発想は今日まで続いた。 
正しい結論を導くためには、この事を理解する必要がある。
この戦いで、北朝鮮は、官僚的であるかそうでないかは別として、資本主義との体制選択で、プロータリアートが勝ったことを意味するし、韓国にとっては、世界規模の帝国主義と、地域の資本主義が勝つことを意味した。
北朝鮮は、すべての方向を敵にしたし、韓国は傀儡となり、アメリカ帝国主義者がこの地に関心を持った。
アメリカは北朝鮮のプロレタリアートを支配し、官僚的統治機構への支持を与えなかった。
1953年に、北朝鮮は、韓国を経済力で上回った。
計画経済だ。
1980年代までのことだ。
1990年代前半に洪水で経済が壊滅的打撃を被った。
貿易相手もいなかったし、反革命分子が生まれた。
ソビエトの崩壊や、東ヨーロッパなどの影響だ。
国連や世界食料プログラムが1996年に助けの手をさしのべ、全体に食料を行き渡らせた。
プロレタリア国家で官僚が間違いを犯したのだ。
戦術は、韓国のプロレタリア革命だ。
アメリカ軍を追い出し、先軍政治を標榜した。
国境にアメリカ軍がいたからだ。
主体(チュチェ)思想が孤立主義を標榜していたが、しかし、日本帝国主義のプロレタリア革命や、中国の官僚制度の反発から世界革命を目指しているのだ。
国家主席は独裁的で、裏切りに満ちた官僚制度がしたがっている。


「パクチョンヒ」
1960年代に、韓国の一人あたりのGDPは、79ドルだった。
1961年に、パクチョンヒ将軍が軍事クーデターを起こして、1979年まで続いた。
漢江の奇跡と呼ばれた。
消費を抑えて輸出したのだ。
技術を学び、教育し、韓国、シンガポール、台湾、香港は「アジアの虎」と呼ばれた。
低賃金の労働者と生娘がこれを支えたのだ。
韓国の経済発展と生娘、つまり、カトリックがパクチョンヒの背景にあった。
最初から今まで~ペ・ヨンジュン

2015年12月25日 (金)

善悪の彼岸~権力への意思

目次。
権力闘争は、人々の哲学への侮辱から始まる。
人々には自由意思があり、宗教的雰囲気を醸し出す。
人々は邪魔しあう。
その解決法の歴史がモラルの研究だ。
我々学者たちは何ができるのか?
治めたい人がいるのだ。
人々と国、何が高貴かを悟るだろう。

キーワード。
ルサンチマン(何が善で何が悪かはあとで決まる)。
永劫回帰(永遠の繰り返し)。


女性は真実だ。なぜか?
すべての哲学者が標的にしたからだ。
女に関する格言(若い女でもあてがっておくか)などは、悲しくて悪意に満ちている。
女を理解していない。
女が勝つことは許されない。
女に気を付けろ。
そうすればお前は勝者だ。
高貴な純潔は専制につながる。
魂(格言)、女性、子供の頃の言葉は、何も間違いは犯さないのだ。
言葉を超え、文法でも理解できない。
人間、あまりにも人間過ぎる。
ありきたりな女に関する格言は宇宙時代を想定していない。
人間過ぎる。
労働、黄金、頭の良さ、忍耐強さのない人間だ。
アジアとエジプトの建築を見ろ。
人間らしさの核心部分を表現している。
すべてのものを探求でき、広大なものを測定した。アジアのベダンタ、ヨーロッパのプラトンは、魂(精液)と善の関係の研究を怠った。
我々は、眠っている。
誰の義務が一番覚醒しているのか、という議論をすると、間違いを正すゲームに挑戦することができる。
なぜ、こんな簡単な問題が解けない?プラトン?偽物のソクラテスは、本当にソクラテスに勝ったのか?
ソクラテスは女を魅了したよ。でも、若者をダメにしただろ。
プラトンとの戦いは、人々をエクレシアの抑圧の世界に導いただろ。
このエクレシアの世界に二度の挑戦がなされたけれど、エクレシアは折れなかったし、頭を下げなかったんだよ。
ユダヤが挑戦したよ。
ドイツの民主的な悟り(女の出世理論)が挑戦したよ。
しかし、「納得いかねえ!」と魂が言うんだよ。
我々はユダヤでもなければ、自由な「良きヨーロッパ人」でもない。
この論考の目的は・・・。

第一章

真実を知りたいか?難しいよ?
長い話になる。忍耐が必要だ。
スフィンクスは何を語る?
「誰」がこの問題を投げかけた?
「何」が「真実を知りたくはないですか?」だ!
意思の起源から語らなければならないではないか。
意思の「価値」
なぜ真実?
嘘やデタラメ、知らないことが嫌いだからだよ。
なぜ女の子は思春期を迎える?
男の子とどちらがスフィンクスだ?
危険な議論を子供にしてしまうではないか。
なぜ、「女」ではないのか?
嘘ばかりだからだよ。
「女のアンチテーゼ」というのがあるんだ。
でも「デ・オムニバス・デビタンデム」には素直に耳を傾けるだろう。
女は下から見上げるんだよ。
女の「たぶん」ほどたちの悪いものはない。
悪が逆さまになるんだよ。
さよならの逆説

哲学者の言葉の行間を読んでみると、彼らは「直感」を狙っているのが分かる。
女の「意識する」という本能的で、致命的な感覚を狙うのだ。
すべての言葉には、生活の窮地を乗り越えたり、置かれた状態の価値を高める意味合いがあり、ライフスタイルのメンテナンスをやっているにすぎない。
「確実は不確実よりもいい」
真実は幻よりも価値がある。
物事の考え方など誰にも分からないものだ。
新しい言葉は実に滑稽だし、どれだけ命の向こう側を語り、どのように女の生活を守るか、種の保存に役立つかが大事だ。
女性は「間違った表現」に傾きやすい。
それは「言葉のフィクション」だし、想像の世界の絶対にすぎない。
女の反論がなければ男は生きてはいけない。
間違いを否定することは、人生の否定だ。人々は真実ではない人生を送ることが正しいのだ。哲学者はひたすら言葉を探した。もはや善悪の向こう側に哲学があった。

結局、哲学者というのは「言っていることにどれだけ罪がないか?」を目指すしかないんだよ。
哲学者はまるで子供のように純粋で、冷たく、神聖なのかを知らないといけない。
神秘や天使、おバカさんとは違うんだ。
女は善悪の彼岸にある。哲学者が道を見失うのは簡単だった。
刑法の構成要件(実践理性の定言命令)は女を笑わせた。刑法の世界には笑いもなく、誤魔化しもなく、楽しみもなかった。
「彼」の知恵を愛した。
アテネの王宮は、どれだけ病的な裏切りというマスカレードに弱かったであろうか?

1451076318414.jpg

その人の話は、どの哲学者がオリジネーターかを語ったし、無意識の自伝であった。

深い「道徳」の話は、知りたいからあるものではない。

フルシチョフのシークレットスピーチ

フルシチョフのシークレットスピーチとは「俺は、ソルボンヌでもハーバードでもオックスフォードでもない。お前らが大学生活を謳歌していたときに俺は豚を追っていた」と演説し、ソビエト最高指導部をまとめきった。
なぜこの演説が彼を国家の最高指導者にしたのかの研究がなされた。

今日は、このテーマについて話したい。

1894年生まれの、ニキータは、貧しい農家に生まれ、小屋で育った。
ウクライナの小さな村だ。
クリミア戦争でアレクサンドル二世に破れ、父は部落民となっていた。
土地は狭く、地主の畑を耕した。
父親のセルゲイは、冬は大工の出稼ぎに行っていた。
ニキータ・フルシチョフの夢は「馬をもつこと」だった。
彼のこの気持ちだけが彼の家族をいい方向に持っていった。
フルシチョフは、いずれにせよ、ロシア帝国の五分の四の人口を構成する一億人の農夫を支配したし、彼自身は「歴史のない子供」として、他の一億人と区別がつかなかった。
60年後にしかし、彼はソビエト帝国の独裁者となったのだ。
1917年に彼に転機が訪れた。
すべての才能に権力がオープンになったのだ。
ロシア革命だ。
街の労働者は、非常に好感度が高かった。
しかし、一億人との競争がフルシチョフを待っていた。
1918年まで彼はボルシェビキに加わらなかった。
24歳だった。
2~3年しか村で教育を受けていなかった。
のちのことを考えると彼の才能が普通ではなかったことがわかる。
1954年にソビエトの最高指導者になっている。
彼のリーダーシップや権力が未知数であるわけがなかった。
スターリンとは全く異なる個性を持っていたので「ピグミーが巨人の後継者になった」と人々は語った。
広大なロシアで彼は何をやったのだろうか?
同時代には彼のコミュニティーには「ドクトルジバゴ」という小説があった。
ブルジョワがいろんな農村をまわる物語だ。
コーリャおじさんが、ユーリ・ジバゴのとなりで、ゴロツキの仲介役をやるのだ。
「人々は乱暴ですぜ?」「商人は俺たちから奪い取るだけなんでな」
ジバゴは「彼らに何か言いたいことはあるか?」と言ってまわった。
そのようにして、コーリャおじさんは、ジバゴの助けを得て政治の世界に入っていった。
フルシチョフは、1903年にこれを読んだようだ。

農民は「俺たちが殺しあっていることをまず知ってくれ」と言った。
1917年にロシア革命でジバゴはブルジョアを信じられなくなった。
フルシチョフも、新ボルシェビキや、レッドアーミーに属し、お坊ちゃん、お嬢ちゃんたちに容赦なき戦いを挑んだ。

ドクトルジバゴの作者のパステルナークの愛人が惨殺された。
ジバゴの「こんなことはいつでもどこでも起きるものだ。彼女は適当に死んだんだろうな」という台詞になった。

フルシチョフが6歳の時、知的な人々と学生がムーブメントを起こした。
暴力と恐怖を標榜し、地方を席巻した社会革命党と、マルクス主義にインスパイアされ、都会で暗殺を繰り返した社会民主党が活動を始めたのだ。
しかし、都会ではエネルギーが限られていたため、都市の労働人口が増えるのを待たなければならなかった。
1903年に都市の労働人口はこれに十分なエネルギーを与えたため、レーニン派は、二つに割れたのだ。
ボルシェビキとメンシェビキだ。
メンシェビキは、より神学的であり、マルクス主義的であった。
田舎の村は、鉄道から100マイル離れたところにあったら川を使うしか鉄道に乗る方法がなかったが、冬は川は凍ってしまった。
秋の雨や、春の泥、夏の暑さ、舗装されていない道路が彼らを暴力に駆り立てた。
フルシチョフの父親もこれらのインテリサークルに属していたが、得るものは何もなかった。
暗い世界だったので騙しあいや、たくらみが横行していた。
ロシアの一世紀にわたる悩みだったのだ。
人々の自己保存の欲求と、敵対心は、知的サークルの標的となるため、彼らは目を輝かせた。
飢饉の時はもはや、神の意思としか思えなかった。
太陽が焼き付ける夏の月曜日から、土曜日は最悪の気分だったし、翌年のことを考えると、空腹は彼らの人生のリズムすら狂わせた。
宗教なんてバカげていたし、彼らは家族で団結したし、安いウォトカを飲んで、妻を慰みものにし、お婆さんが家庭を取りまとめバブシュカと呼ばれた。
彼らは社会との接触を拒み、しかし、外では暴力を爆発させた。
彼らは酒を飲みながら、商人ののどを掻き切ったし、地主の家を燃やした。
こんな世界には学校が必要だったし、家には動物がいると癒された。家具なんて木のベンチだけだった。

アレクサンドル三世と、ニコライ二世の統治下の時に、フルシチョフは、都会で活動を始めた。
国王は外国資本の導入と、外国企業の誘致を行ったのだ。
ペテルブルグは、土地に愛着を持ちながらも労働者となるものが多かった。
モスクワや、オデッサもそのような都市となったし、兵役に服す若者がアパート暮らしをするようになった。
フルシチョフは、都会を基盤とした活動家だった。
田舎が動けば都会も動く。敵が田舎に潜伏したから都会も仲間を必要とした。
五ヵ年計画で、このムーブメントは一気に進んだ。
紺の背広を来て、オフィスにいる男も生まれたし、コルホーズという「農村の父」もできた。
フルシチョフの父親は、飢えたことはなかったが、単身各地の炭鉱で働き、春には乱交パーティーをやって季節を感じた。
10万人の人口がある都市は30もなかったが、教会や、チャペル、公民館、ミュージックホールなどを作り、人々の和解に努めたが、なかなか根深い問題が暗かった時代からもたらされた。
第二次世界大戦ののちに女性に対していろんなものがオープンになった。

これが、フルシチョフが活動した時代だった。

15歳の時、フルシチョフは、都会の労働者となった。
貧しく、空腹で、ブーツもなかった。だが、温かい土や芝生の感触だけは素足で楽しめた。
この空気では彼はもはや世界政治家だった。いろんな農民と話をした。
彼は農民とは何かも知っていたし、彼らの忍耐強さも知っていた。
彼らの生活がどうやったら良くなるかを教えてまわった。
ユゾフカの炭鉱でも働いた。ユゾフカは、のちにスターリングラードと名前を変え、1941年にドイツに占領されている。
ユゾフカには、ドイツの工場もあったし、フランスの製造業もあったし、ベルギーの化学工場もあった。
ウクライナは、緊急性を要する近代化が進められ、ソビエト連邦の経済はここに多く依存することになった。
フルシチョフは「ドイツ、フランス、ベルギーの工場で働いたけど、資本主義ってみんな似ているんだよね。最後に欲しいのは給料かと思って共産主義者になったんだ」と語った。
「俺はお前らのような生まれつきの共産党員ではない。しかし、生きてきた世界は誰よりも共産主義的なんだ」

1906年にとうとうレーニンがボルシェビキを作った。
しかし、フルシチョフは、1918年までこれに参加しなかった。
フルシチョフが24歳の時、レーニンはすでに権力の座にいた。

しかし、人間性と破壊を重視したトロツキーが好きだった。

ボルシェビキに参加するまで彼が何をやっていたかは、1953年に彼の口から語られた。
12年間、世界は彼の才能を見続けた。

2015年12月24日 (木)

韓国のマリアさま~従軍慰安婦とは

1965年に日韓基本条約により、日本国は「戦後賠償問題は終局的に解決した」という声明を発表した。
しかし、1996年に外務省の柳井俊二条約局長が、「韓国は外交保護権は放棄したものの、個別的請求権までは放棄していない」と答弁した。
このことから、在日韓国人は「従軍慰安婦問題が金になる」という研究をした。
韓国人は金を問題にはしていない。
日本と韓国で、韓国人の見解が分かれたのだ、
この問題の怒りの発端はどこにあるだろうか?
鉄砲で脅して200人連れてきたという吉田証言でも吉田氏は「これで俺の生活は楽になる」と家族に語ったとされる。
しかし、実際は20万人いる。
日本国に、「戦争の話をしただけで怒ってしまうお婆さんがこれだけいる」という正確な理解をした方が政治コミュニティーは生きていきやすいものだ。
セックススレーブをつれてくることは女の怒りではない。
韓国人男の怒りだ。
テーマは失恋にある。
B'z / 君を気にしない日など
問題は、聖母マリア学に委ねられるだろう。
セックスをして自分の地位を高めた女をアイドルと呼ぶ。
アイドルは不感症になるし、バチカンは偶像崇拝するよりも現実の女性を愛しなさいと言った。
しかし、かつて「チャンノート」というものがあり、枕営業させられた女性芸能人が、差別を受けて自殺したのだが、その時に枕営業させられた男のリストを残していたのだ。
女性がスターになるとはどういうことか?
これは、そして、そのような女性にファンレターを出す男もいるのだ。
目の大きさ、鼻の小ささ、が女の美しさだが、セックスするときはみんな目をつぶっているのでどれも同じだ(高橋由伸談)

1450908748023.jpg

スペインとの戦争に勝ったメキシコ、坑日戦争に勝った韓国の戦い。
グアダルーペ。ヒルベルトローマン戦の映像を見てほしい。YouTubeにはないようだ。
文成吉
アジアの虎にメリークリスマス。

日本国は、人種差別撤廃条約に署名しているが、文明批評は禁じないという留保をしている。

2015年12月23日 (水)

ボクシングの支配者

「パンチの隠されたコンセプト」
上半身はドアであり、そのドアを開けたり閉めたりするのが前足の「ボール」の部分だ。
ボールを回転させていることから、なぜ初心者の頃、ここが剥けるのかが分かる。
そして、パンチは、「射程」「スピード」を維持する。
ジャブも、リードフックも、上半身のドアを内側に「叩きつけて」いる。
クロスのストレートや、リアフックは、ドアを外側に叩きつけている。
リード:前の腕。
クロス、リア:後ろの腕。
ドアを叩きつけるというコンセプトが隠されているのを見てほしい。

Manny Pacquiao's Greatest Hits

ジャブは王様だ。
基本は「どういうディフェンスを相手が持っているかを見る」ことから始まる。
強いジャブはディフェンスにもなる。
相手の攻撃的なアタックを思い止まらせる。
①ステップインしながら打つジャブ。
②ステップインして打ったあと足を引くジャブ。
③ステップインしないでジャブを打ち前足を左に踏み出す(オーソドックスの場合)。
④ステップインしてジャブを打ったあと後ろ足を右側にステップして方向を変えてしまう方法。
ラリーホームズの必死のジャブ。
「タイソンのディフェンスを見る」
「距離を遠ざける」
「ステップイン」
「向きを変える」
Mike Tyson vs. Larry Holmes HIGHLIGHTS HD

「ジャブへのカウンターは三種類」
ジャブを打つときに相手がカウンターをを合わせてくるのが怖いだろう。
実は、相手はジャブか右ストレートか、左フックしか合わせられないのだ。
ジャブは右手でキャッチするし、左フックは右手で顔の横をカバーするし、実はクロスカウンターは、体を回転させて右手で押し出してしまうのだ。
これが「ジャブを打つときの恐怖」のなくしかただ。

ノックアウトはお前を有名にする。
王者になるためには必要なことだ。
しかし、大事なのはパワーではない。
距離を支配すること、正確さ、タイミング、スピードだ。
ためて打つものではない。
どこにどのように当てるかを試合中に理解していくことが大事だ。
何度も当たったパンチは何かを知るのだ。
「パンチのビート」
さまざまなパンチのリズムを身に付けるのが大事だ。
ジャブ、右ストレート、左フックなどでも、
1234
1-234
12-34
123-4
1-2-34
1-23-4
これを知るだけで「ランキングをうろつく」ことがなくなる。
「ディフェンスのコンセプト」
ボクシングは50%が、攻撃で、50%がディフェンスだ。
80/20ルール。
前の腕は80%を攻撃に使い、20%をディフェンスに使う。
後ろの腕は80%をディフェンスに使い、20%を攻撃に使う。
相手を見て、あごを下げ、口を閉じ、相手の射程に入ったら動き続ける。
動きのリズムを変える。
ロッキー・マルシアノはこれを知るだけで「グレート」と呼ばれた。
パンチをもらったと同じだけ返せばいいのではない。それ以上に返すことを心がける。
下がるとパンチを返せないだろう。
ひとつのパンチに両手でディフェンスをするとパンチが返せないだろう。
ブロッキングは顔やボディの近くで行う。相手のパンチを止めるために手を伸ばしたら自分の姿勢が崩れるだろう。
殴られても怒るなよ。ゲームだからな。
Sugar Ray Leonard vs Thomas Hearns — September 16…

人間の拳は26の骨からなり、ベアナックルの時代に、50ラウンドまで戦わせてみたところ、中指、薬指、小指の三本の指で殴ったら拳が壊れないことが分かった。
これを「表面で殴る」と言う。
拳を握ってみれば分かる。

「フェイント」
人間は、あごを殴りたいときはあごを見るし、ボディを殴りたいときはボディを見る。
殴りたいところを見るな。
相手はお前を殴りたがっている。
そいつに過ったモーションを引き起こさせるのだ。
フェイントに引っ掛からなければ相手はジャブを返してくる。
試しに腕を出してみて別の標的に当てやすくしたり、肩を回したり、膝を落としてみて相手の反応を見る。
Hozumi Hasegawa vs Jhonny Gonzalez - Spanish - Fu…:

「ドローイング」
相手に自分が望む動きをとらせる技術だ。
あごやボディを魅力的な餌に見せる。
たとえば、ジャブを二度打って、あまいガードを二度見せると、相手はあごを狙ってくる。
「三度目」にはそれをやらずに、思い通りの相手の動きにあわせる。
あごに誘っているシーンを見てほしい。
相手が何に痛みを感じているのか?などをしっかりと観察する力量が試される。
IBF 世界ミドル級戦 マイケル・ナンvsスンブ・カランベイ

「ピボット」
相手が打ってきたら、後ろ足を引いて前足を左に踏み出し、体全体の体重を代える。
この時に、右を打ったり左フックを合わせたりする。
本来、ピボットというのは、自分を軸に男性社会から女性社会へと政治の標的を変えた共産主義者が行ったものだ。
デラホーヤがこれをやっているところをスローで確認してほしい。
デラホーヤ対リベラ戦

「シフティング」
後ろ足を前にだし、パンチを合わせる。
ナジーム・ハメドが、右にスイッチして、サウスポースタイルに戻したときのジャブをシフティングと呼ぶ。
Prince Naseem Hamed Highlights (by GP)

シフティングの哲学。
左と右のシフティングは、国や男のイメージを変えてしまい、
やられる方は、女性的な痛みを感じてしまう。
シフトするだけでイメージだけでなく、様々な攻撃パターンが一気に変わるからだ。
2012年の三冠王であるベルモント・ステークスがこれを明確にした。
その人の経験や色などを見ているのだ。
これは何に見えるか?という問いかけを相手に与える。
人間はこんなことを考えているんだよ?馬に教えたんだ。
左構えで強いイメージ、右構えで弱いイメージをつけている。
黄色いユニフォームのジョン・ベラスケスがユニオンダッグに対して行っているのを見てほしい。
シフティングでは、本来の利き腕の広さと、そうではない腕の狭さも表現できる。
Union Rags - 2012 Belmont Stakes (G1)
今までの対戦相手の攻撃パターン(クオリア)すらちらつかせた。
内山高志vsジェスレル・コラレス衝撃2RKO負け

「ロープとの向き合いかた」
ロープアドープしてはならない。
コーナーは檻だ。
相手の胸に頭をつけたり、ピボットを使ったりして抜け出さなければならない。
最悪な事例。
Acelino "Popó" Freitas X Anatoly Alexandrov

「クリンチワーク」
クリンチは観客からブーイングも浴びるし、勝利をもたらさない。
私も見ていて退屈だ。
しかし、ブロッキングなどの技術の四倍はエネルギーを使うのだ。
まず「平泳ぎ」をイメージして相手の懐に入り、かんぬき状に曲げた腕で相手の腕を抱え込み、
思いきり相手に体重をかける。
クリンチから抜けるためには、手のひらを使ったり、ジャブを相手の胸に押し付けて脱げ出さなければならないが、レナードはハグラーにこれを非常に有効に使った。
映像1
映像2

「ディフェンス」
ダッキングとは、45度前に屈みこむ技であり攻撃する姿勢を失うものだ。
アウトサイドスリップ、インサイドスリップ、体重を70%後ろに乗せる技術、
他にも、ショルダーブロックや、キャッチや、はらう技術がある。
ウィテカは、ダッキングから入り、アウトサイドスリップ、インサイドスリップなどを多用しているシーンを見せるが、
攻撃する姿勢を失っていることを忘れてはならない。
ウィテカのディフェンス

ジャブで初めて「前足のステップイン」を同時に行ったのはジャック・デンプシーである(リードジョルト)。
さらに、ジャブをフェンシングのように打つ「ラングジャブ」というものも見つかった。
Jack Dempsey vs Luis Angel Firpo (Sept 1923)
ノーモーションで標的にまっすぐ打つ「スピードジャブ」というものもあるし、肩を回転させて右手であごをカバーし、カウンターを防ぐ「ピボットジャブ」もある。
全体重をジャブにのせて前屈みになってしまう「ポストジャブ」というものもある。
「ローガードジャブ」とは、肝臓のあたりを左腕で覆ってしまうもので、お勧めはできないが、変則スタイルをとりたいときにやるものだ。
「スウェイジャブ」は、ベルトラインに左腕に構えるし、「ロージャブ」は、腕を振りながらボディへのカウンターを封じることができる。

「カウンターはどこであうか?」
コンビネーションは「アップダウン」と「ヴァイシヴァーサ(逆さま)」を組み合わせるが、
ビートパンチという「狙いのパンチ」を混ぜる。
コンビネーションの終わりは前の腕であることが好ましいし、その間に相手が打ってくるために、カウンターが合うものだ。
ノックアウト集
シュガーレイ・ロビンソンは、コンビネーションに関して、「俺のパンチは本当に弱いんだ。これが痛いなんて信じられないだろ」とその有効性を語った。
「3発目が欲しい」というが、これは「パンチが8発飛び交う」ということを覚悟しなければならないのだ。

ステップアンドドラッグは、進行方向に踏み出して引き付けるというものだが、
このステップに「45度」という発想が導入された。
リゴンドーの足

上体の動きは、頭の大きさひとつ分を動かす。
前後に動かすのをロングリズムといい、モハメド・アリが使った。
左右に頭の大きさひとつ分を動かすのをショートリズムと呼び、ジョージ・フレージャーが使った。
ボッビング&ウィーブは、一本のラインをくぐるものだとイメージしたらいい。

「ハメド攻略法」
プリンスは、観客にビールを投げられ「何かを舐めた」と言っている。
彼には兄がいてプリンスは酒が飲めない。
この時点で意識レベルが7分の3低下したのだ。
さらに、バレラ陣営はロープにワセリンを塗っていた。
リングインのパフォーマンスを妨げた。
Marco Antonio Barrera vs Prince Naseem Hamed

2015年12月22日 (火)

ロゴスが完成しても日本はひとつにならない

「人種」という言葉は女性にとって「異なる考え」を意味している。
アンソニーはこう言った。
女性が「人種」という言葉を使うことそのものが争いのもとだった。
ロゴスが完成したヨーロッパにおいては「女性が語る人種」だけがセクトを分けたのだ。
いかに「人種」という曖昧な言葉を有効に使うかが試された。
文化的な概念でもあったのだ。
「身体的特徴、実践の違い、歴史、伝統、出身地」によってロゴスが抵抗を受けたのがヨーロッパだった。
これだけでも無限の組み合わせができたからだ。
この組み合わせをいかに統一してセクトを分けるかが大事だった。
1492年にこの「人種」概念が必要とされたので、このあたりに「ロゴスの完成」があったのだろう。
DNA概念は1990年代にマーカーができたが、それ以前に人種を分ける必要性が生じた。
人種という概念だけが複雑さと曖昧さをもっていて、聖者の処刑をなくしたのだ。
1995年に、ルシアス・アウトローが、結局、人種という概念は、世界の統一を防ぐ概念だったのだろうということに気がついた。
ロゴスの完成が、女性を標的になされたので、フェミニズム第二の波が、「私たちがセクトを決める」としたのだ。
あるいは、「サイコロジカルセックス」は同性間でもできる、とも主張された。
カンサスやテキサスでは、男の子を女の子に性転換できたし、「マンマミアウーマン」という、男が背が高くて胸がでかくて、神が長いのがファッショナブルだというムーブメントがあったのだ。
TOOTSIE - Trailer ( 1982 )
黒人女性が、黒人男性の暴力に直面したことは、むしろ、ロゴスを学習しなさいよ、というムーブメントにつながってしまった。
学問がない男はむしろロゴスの格好の標的になってしまうのだ。
男性の脳はロゴスの学習に向いていたのだ。。
タフネスが違うのはホルモンに由来した。
ロゴスが女性の衝動を生み出すから、社会、法律、経済は作られる。
ロゴスの前に女は従属し、男は優越する。
たしかに、ユダヤ人は黒人のおしめまで代えた。
プロレタリアートは、ユダヤ人の影響力を増す温床となってしまうではないか?
サルトルは右翼の立場から、男女ともに何かの活動を共にしよう、と言った。
中には、バスティーユ王室刑務所(今でいう精神病院)が、ナンパの標的になった。ロゴスを身に付けた男が、弱い男女をしたがえるムーブメントを起こしたのだ。
バスティーユでは、「バスに乗り遅れるな」という反応が起きた。
ここでバスティーユは、戦闘状態に陥ったのだ。
女性たちは服装、化粧、社会の居場所について考えたし、ユングは、女性の性器や胸まで研究した。
精神病の女の世界の狭さがあったことも事実だ。
男たちが狙った。
B 9 I'm Lucky girl Morning Musume

【本日のテーマ】

2015年12月19日 (土)

愛の言葉は無限なんだよ。

「マックス・シェラー」
ユダヤ家庭に生まれたが、ユダヤの抑圧について国家社会主義に理論を提供した人物だ。
フッサールの言葉の探求や、ベルグソンの、人間はひとつにならないという考えにヒントを得て、愛と憎しみを探求した。
アデナウアーも彼のサークルに参加していた。
将来の苦しみを取り除くための道具を作るのが人間だ。
「妹を愛するように女性と接する」
女にとって男は道具だったからだ。
この世界に女性が参加することを選ぶときが来る。
愛の言葉は無限だということが分かつた。
「彼なんていません」
そうやって女は男の話を聞くのだ。
妹を愛するような言葉を聞き、自分の世界を広げていく。
世界なんて嫌い、という女に、男の「サイエンティフィックワールド」を語るのだ。
神はいるの?いないの?滑りやすい坂道で神を見失った女が、神を背景に歩いている男や、俺の限界の向こうに神があるんだろうな、
という男と語り合った。
「どっか連れてってくださいよ」
女の言葉を受けて、シェラーは果実のならない木を見せて、その大きさだけでなく、その楽しさ、美しさ、優美さを語った。
感じればいいという立場もあるけれど、男の力量を見てやろうという立場もあったのだ。
果実のならない木とは、女にとっておちんちんだったことも男は知らなかった。
赤いものも女にとっては「男」だった。
男の「ハート」が、愛と憎しみの対象であった。
必要な人かそうでないか?
価値にはポジティブなものとネガティブなものがある。
病めるときも健やかなるときも、発すべき言葉がある。
「俺、へこたれているのかな?」
女は男の言葉にランキングをつけている。
①喜び。
②役に立つ。
③生きている。
④文化。
⑤神聖さ。
これを女流文学から研究するのだ。
女が「人々」から「人」を選ぶのはハートだよ。
男の死を愛するのはユニークな人の愛しかただ。
でも、「一緒に楽しもうよ」というのは女の責任なのだ。
弱音をはくのは憎しみの対象なんだよ。
でもそれが人間だ。
1999年 後藤孝志の3球連続自打球
「男」は、全体のメンバーでなければならなかった。
①その世界でいろんなものを共有している。
②強い。
③教える。
④辛さを知っている。
⑤痛くねえ。
「所属」を大事にして、「社会的営み」であることも明確にする。
これがナンパというものだ。
①自信。
②自己愛。
③自尊心。
そのコミュニティーでそんなに自信を持ってるの?
それがあなたの生涯のコミュニティーですか。そんな考えを持っているのですか?
でも、社会って複雑ですよね。
社会が複雑だからみんなコミュニティーに属している。
でも、成熟していないから少数派なんでしょう?
社会は、ネカティブなつながりだけれど、コミュニティーにメンバーを供給してくれる。
契約、そして、リーダーを生み出す。
コミュニティーは、私を認めてくれるの。
「赤」と「木」つまり「男」をいかにうまく語るかがリーダーであり、それがセクトに分かれている。
これを語るのは「国家」と「文化」と「教会」である。
自発的に真似する人が生まれてくる。
ラブコミュニティーというのが宗教の基本だ。
「単純な男」批判。
神・男・聖霊(理想の男)を語ることが、愛という勢力拡大の基本ではないだろうか?
シェラーは、これが道徳(経験の共有・趣味の共有)よりも大事だったのではないか?と考えた。
イエスを理想の男とすることは英国国教会とは、全く異なるものだった。
英国国教会にとってイエスは女の敵として語られていたからだ。
本当に「赤」と「木」を男としたことと、神・男・聖霊と位置付け、女も男も語り合ったことが影響力を増したことは、宗教体験以外の何者でもなかった。
しかしハイデガーなどの右翼がこれに抵抗した。
政策から女を排除する手法でむしろ女性の支持を維持したのが右翼だったからだ。
しかし、シェラーは、近代(モダンタイム)は、あまりにも人間の経験を侮辱していたのではないかとした。
吉川晃司 Modern time
獰猛な科学万能主義は、女を問題にしていなかった。しかし、ヴィトゲンシュタインは、写真において、この事には沈黙するしかなかった。
男と女がこの空間にどのように拡散していくかが分からなかったのがモダンタイムだったのだ。
この空間では、苦しみや、死ぬのが怖ければ酒を飲むしかなかったのだ。
復活の研究が極めて難しかった。
シェラーは、復活の基本は「人に与えろ、そうすれば神聖なものから与えられるだろう」ということに根拠を見いだした。
人間の知性は空より小さいよ。でも何かを与えるんだ。
空に何かを与えればいいことが降ってくるだろう。
カント以降、さまざまな論客が空に復活の根拠を見いだすようになった。
人間は皆、神の探求者だ。
本人が否定してもそうなのだ。
「絶対」をみんなが持っていたからだ。
無神論者も神聖なものになろうとして、偉大な失望感を味わったことがある。
有限なものは神を信じている。
アイドル男は無限でなければならない。
みんな異なる形で最終地点は同じである河を渡っているに過ぎない。
希望に燃えたこともあれば、沈んだこともある。
大問題に悩んだこともある。
【MV】 RIVER / AKB48 [公式] 

第一次世界大戦の時、ドイツは文化的危機に陥った。
女のセックスによる出世や、哲学によるナンパが横行したのだ。
キリスト教左翼は強かったのだ。
"ジャーマンカルチャー"とは、成熟した資本主義、機械化、セックスによる出世を望む女、という「マインドセット」によって作られた「精神」であるとマックス・ウェーバーは指摘した。
このとき、ドイツの価値の何かが反転してしまったのだ。
これが資本主義の精神だった。
芸術、哲学、宗教のすべてを見失った。
第一次世界大戦で人を殺してみて分かったキリスト教の価値が「ニュードイツ」だったのだ。
団結のための「絶対」があることが分かった。
キリスト教民主主義は、いい加減女も責任を持て、と言ったし、みんなでものを分け合おうと言ったし、急進的なユニークさを認め合うべきだと言った。
フリーセックスの衆愚制は天国に行ったし、民主主義が地球に根付いた。
家族は、セックスの衝動によってできるし、政治は権力への衝動によって出来るし、経済は所有と嗜好によって作られる。
この三つの衝動は、歴史を作ったし、今後の歴史を可能にした。
芸術、哲学、科学、宗教もこれらの衝動によって作られるのだ。このことによって、キリスト(ロゴス)の形成に向かった。
ロマンティックな世界にするのが人間の義務である。
そのために、家族、政治、宗教に関する多様な表現がなされるようになった。
政治とは、より高い価値を探求する言論活動の場であり、肉体的力を、政治的なイメージに変換している。
現実を扱う作業であるが、言論は肉体的力を巧みに取り込んでいる。
これが有効であると見なされたのだ。
しかし、第一次世界大戦でこの言論フォーラムは破壊されてしまった。
戦争をやってみて分かったのは、「平和を求める肉体的パワー」が一番強いということが分かったのだ。

1450563633350.jpg

ロゴスができたということには、人間の一万年の歴史の中で迎えた「人類の危機」であった。
そこで、知っていること、知らないこと、という形でこの危機から脱したのだ。
「人類学」という形でそれが乗り越えられたのだ。
ロゴスはたしかに人間の心理であろう。
しかし、その危機の答えは人類学にある。

【つづく】

2015年12月18日 (金)

人格否定発言とは「一般意思3.0」である。

「人格否定発言の真実」
テーマは男の偉大さと、私が崇拝する偉大なる魂だったのです。
孤独の寂しさ、社会契約の終わり、つまり、結婚生活、学校、国との関係の終わりです。
いつか、社会契約が終わるでしょう。
人々は「チェンジ」「時代の終わり」に慣れていません。
人間の強さは、「チェンジ」に直面したときの強さによって決まる。
女性が外に出て社会生活を営む上ではこの強さが必要なのです。
私の海外での生活はそのため非常に有意義なことでした。
国には法律があるし、ショッキングな経験、抑圧があります。
テーマは「女性の自由」なのです。
自由と法律は両立しません。
女性は暴動は起こしませんが、抵抗はします。
チェンジとは、離婚や、環境を変えること、女性の奴隷扱いの変革、色々ありますが、女性たちに「私たちはどこに行こうとしているのか?」を示します。
時間は男にしたがって感じるものです。
私の発展はそうでなければ見えないのです。
男性の声が女性の時間を作ります。
それが理想と現実です。
敵は、私を戦術的にします。
周りの男が愚かだったからです。
敵は注意深く、経験に満ちていました。
女性の統合と、個であること、そのためにはそのような男性が必要です。
これが女性の宗教の起源だったのです。
聖書は批判のテキストとなりました。
イエスも、注意深く、経験に満ちていたからです。
デヴィッド・シュトラウスが、19世紀に明らかにしています。
なぜ新しかったのか?
宗教の起源は、①クリエイション(子供が生まれて、自分は親とも異なる存在として何でもできると思うこと)
②リデンプショション(贖罪つまり、人生に迷うこと)
③レベレイション(星の2500年のポテンシャルのようなものに自分の復活を見いだす、つまり、死の恐怖の緩和の研究)
だけだとされていました。
聖句が、女性の経験や実践とまるでかけ離れていたことから、イエスを「注意深く、経験豊富な敵」とみなす女性サークルが生まれたのです。
聖書は問題を解決するし、好奇心をそそるし、何かの真実を表現しています。
なぜ、聖書は神聖なのか?
インスピレーションを無限のイエスから受けるからです。
イエスは社会から無視されませんでしたし、殺されました。
通常の男は社会から無視されるし、殺されません。
神は絶対だし、イエスの死により神は永遠になりました。
これが、英国国教会の教えです。
イエスの悪は女の独占でした。
私は女です。純粋、個人。
国は私の結婚を望んでいません。
政治的判断もできません。
偉大な経験(社会からのバッシング)は、他人が言いたかったことを発展させると考えました。
私が「知的だ」と感じることが国を治めます。
「一般意思」と「現実意思」がありますが、私の「一般意思」は、人々の「現実意思」を自由にする力をもちます。
男性は女の知らないことを知っています。組織は腐っているし、「その人に善をもたらすために罰を与える」はずなのにそうではありません。
労働をしているひとが政治家になります。そのような人が問題を解決するでしょう。
それが私のヒーローです。
セックスはなぜいけないのでしょうか?
そのための教育はどのようになされているのでしょうか?
知的な男の言葉を聞いて、話を聞いてもらって優しくなるのです。
皇太子殿下の
「人格否定発言」とは、国際連盟でした。国際連盟とは、駅です。ヨーロッパの火薬庫バルカンという宗教センターを発信源に行われた戦いから、国際連盟が作られ、それは駅であり、やがて総力戦に向かっていきました。
人々はものを知らなかったし、人間の狂気を再び見なければ分からなかったのです。
総力戦をまとめてくれたのが光太郎さんでした。
光太郎さんの発言集を記憶する。
それが私の仕事となりました。
【河合その子】青いスタスィオン

2015年12月16日 (水)

ジャニー喜多川さんを知っていますか?

「ジャニー喜多川さんを知っていますか?」
喜多川さんは、女性のマスターベーション動画を見て興奮する。
つまり、ホモセクシャルではないのだ。
さらに、「両刀使い」という線を洗ってみると、彼が、「子供がいる」のなら完全なノンケだと言っていい。
両刀使いは、「精子がでないトラウマ」を抱えていることを知らないといけない。
「両刀使い」は、精子がでないので、パートナー選びの「格が落ちる」ため、どんなハンサムボーイも、不細工な女と結婚する。
さらに、両刀使いは「攻撃性」を見せるのだ。
これが、ジャニーズ事務所の攻撃性につながっている。
ジャニーさんは、男の前で足をゆっくり動かす仕草をしない。
つまり、児童虐待を受けたことがなく、肛門が性感帯ではないのだ。
食べ物に毒を混ぜられないように自分で料理をする。

インタビュー。
J「最近の金利が低いんだよ。タンス預金だな」

「マクロではお金の話をしますが、ミクロではこういう(木村拓哉)みたいないいラインに属する男のパートナー探しの研究をします」
「4代目、9代目まで血統が分からないために現実の男と戦わせるのです」

J「日本はもの作りの国なんだよ」

「まあ、みんなどこかのホストクラブに所属しながら表舞台に出てますから、週32時間とは言わずに、毎日働いている扱いにして障害年金を下ろすわけですね」
「だいたい15歳になるまで性概念が定着しないので、子供が足をバタンバタンやってもカマを掘られなければいいのです」

ごく普通の若者に人望のある細身のおじさんだった。

「薬による鬱にはカルシウムのサプリ、鼻水にはDHA サプリですね」

J「カプセルホテルですか?」

「人間は悪口を聞きすぎると都合の悪い言葉は聞こえなくなります。それで腫瘍が脳にできるのでステロイド剤で治すのです」

ジャニー喜多川さんは脳腫瘍による失語症だった。

「女の子は年頃になるとおちんちんがないことに気がつき世界がお金に見えるのです。愛の対象になる歌が必要です」

J「その帽子本当は一万五千円ぐらいするんでしょう?」

ジャニーさんにはもはやあの事務所のビジネスを正確にプロデュースする力はないことを悟った。

マッディヤーマカ~殺したい背中

「マッディヤーマカ」
男社会の永遠と、男がいなくなったあとの寂しさ(存在)。
この「二つの永遠を批判する学問」だ。
涅槃(ニルヴァーナ)とは、彼らが戻ってくる可能性のない場所だ。
男とはもう触れることもない、めまいもない。
涅槃に近づくのは野蛮だったし、悟りを求めることへの障害となった。
女性の理想主義を批判したのだ。
アクトブハーヤ(何も恐れるな)という研究がなされ、偉大な男を殺そうという女どもを「仏の道への障害だ」とする論陣が張られた。
①男が作った「原因」と「結果」は同じである。
②男が作った「原因」と「結果」は異なる。
③男が作った「原因」と「結果」は似たようなものであるけれど違うかな?
④男が作った「原因」と「結果」は似てもいないし違わない。
男の「存在」と、「原因」「結果」を議論しなければ、偉大な男は殺されて、女たちが喜んで喪に服してしまうのだ。
①あなたのことは分かっているから二度と戻ってこないで?
②いるといないのでは全く違うのです。
この二つの仮説は誤っているのだ。
男は間違ってばかりだし、女の不満が消えるのが「男の死」(涅槃)だった。
Nirvana - Smells Like Teen Spirit
ゴータマという不完全な肖像を拝むのが仏教の実践となった。
この教えをMMK とよぶ。
バァーヴァヴィヴェカは、頭を下げ、勉強し、学問を理解し、学問の現状を知り、いろんな学派を知る必要性を説いた。
マッディヤーマカの教えは、その人が「今の地位」で真面目に仕事をするためには、他者の不適切な配置を見せるしかないとした。
この方法を「ビタンダ」と呼んだ。
ビタンダとは「攻撃」という意味だったが、防衛の学問だった。
すべての人の「己の限界」と、その人が感じているむなしさ。
それを理解しないと「今の地位」と真面目に向き合おうとしない。
火山の噴火の煙を見ると、山があり、火があるのが分かる。
煙(パスカ)を見て、証拠(サドハカダーマ)を語る。
みんな空しさを抱えているではないか?
そんな煙ばかり見える。
ナガールジュナは、「己の限界はもともとあるものではない」とした。
とにかく「他者の煙を見ながら生きていくことが、己の煙となるだろう」としたのだ。
非生産的な言葉だけが他人の表情から見てとれた。
「他人のむなしい生き方を見て、自分の実績にしていこう」という教えをVVという。
「すべて空じゃよ」
人々の交わる場所で、他人の空しさを語る。
これが、発展につながる。
そうやって淡々と生きていくのが涅槃ではないのか?
心の静けさは誰にも表現できない。
静かに感じるだけだ。

ハゲたおじさんたちに囲まれて面白い話を聞くことを浄土と言う。
キリスト教の改革と同時進行で起きたムーブメントであり、国家の体制が変わっても、おじさんたちがいれば怖くなかった。
「大乗」とはそういう意味である。
「俺にはこう見える」そういう話を聞くのが大事だったのだ。
生きるのが辛いのは男だった。

2015年12月15日 (火)

女の出世理論

「フリーセックスの問題」
男に依存したくない女性がいる。
何物にも縛られない、禁止もない。
真理はこれに味方するはず。
貴方は何が欲しいの?
何に縛られてるの?学校かしら。結婚かしら。
自由で対等なら愛し合えるはずよ。
でも、男たちは大喧嘩するわ。
でも、政府はうまく対処してね。
すべての暴力を適正に裁いてくれる人が好き。
でも面倒なことばかりよ?私がなぜ男の体に私の行動が縛られなければならないのかしら?
男が喧嘩してしまうのよ。それだけの理由。
私、三メートルくらいジャンプしなければ本が読めないの。
私は奴隷なのかしら?
男たちが求めてくるだけ。
「聖地ベルリン」
セックスしないと出世もできないのよ?私。
セックスと出世がついてくるのよ?私をもう誰も止められないの。
男だって奴隷みたいなものでしょう?
スマートフォンの機能を駆使して、歩く道を選んで、うまく出世してやるわ。
カントリークラブに入会できる生まれではないもの。
「女」という資源を使って何がいけないのかしら。
ローマ帝国の時代は、皇帝にいくら支えたって何ももらえなかったの。
だって、女は仕事ができなかったから。
女の本当の目的に君主制は沈黙したの。
人々の支持も得られなかったし、ゲームとして成立していなかったから。
男たちの喧嘩と、お金の世の中では、「王様なんていらないよな」という空気が支配した。
民の支持を得た君主制(共和党)と、リベラルな民主党の違いが生じた。
男の値踏みの研究よ。
女の出世理論は昔からあったわ。
18世紀に、女のセックスが仕事になったし、資本にもなった。
セックスと財産の意味が同じだなんてひどい時代よね。
でも、お金があればいろんなことができた。
だけど、会社も経営できないバカな女がお金をもったって意味ないよね。
「女の世界を知ってください」「私のお金を盗まないでください」
選挙にも行くし、文章も書きます。
男たちは国にしたがいたくないから女を漁ります。
でも、女の選挙権と文章を書くためになら税金を払うと思います。
私の立場を「リベラル」というのだけど、ナンパ野郎ばかりいる左翼へと流れるのは当然でしょ?
私の出世理論のおかげで、国は刑法、契約、銀行の仕組み、健康、消防などを全部見直したの。
【福祉国家の誕生】
お金をくれないからやりまくるんだろ?
そうやって生まれたのが今の制度なの。
「繁栄はどこで均衡がとれるのか?」
「誰が私たちの知的空間を作ってくれるのかしら?」
「政府なんて、若者を憎んでいないババアと同じだ」
「男は皆同じにしてください」
そうして、セックスと女の地位の分離を試みた。
所得と富のセクトがあちこちに作られ、どこに属すかを皆が考えた。
「所得と富のセクトが競争してよ」
どの男が出世すると思う?女は冷静に見れるようになった。
「政治学への発展」
価値って何かしら?
楽しいことって何かしら?
物事の考え方ってなんでしょうか?
頭の良し悪しって何で決まるの?
この人は何を言っているの?
この研究が深まった。
「女性たちの暗黙の了解が生まれた」
ribbon - 愛してJustice
「政治と私生活を分けようよ。こんな女が頭を使ったらすべて吹っ飛んでしまう。でも女は下痢をするんだよ」
おまけに、セックスは、女にとって楽しいじゃない?今の私は誰も止められないと思うのよね。
「純潔こそが完璧な女だったじゃないの?」
ある女は反論した。
人生で完全試合を達成したくないの?すべてを敵にしてもいいの?
孤立するよ?火だるまになるよ?
カントは「しっかりと彼氏と約束をして付き合いなさい」と言った。
ホッブスは「女は自分のことしか考えないからな。約束、約束と言って生きていくしかないのではないか?」と言ったが、これは「ホッブスのバカ」と言われた。
結果的には「男女」という表現も生まれたし、もっと「女の真実を知ろう」というムーブメントも生まれた。
「聖地ベルリン」は、「最後に残るのは一組の男女でしょう?」という結論を出した。
結局、女が異なる嗜好をもつ以上、栄光に包まれた男や、金持ちの男も、「女にとってはチーズを食べるか、ロブスターを食べるかの違いにすぎない」と悟る必要があるのだ。
「リンゴか、プラムか、ナッツか?」というバラエティに富んだ均衡は考えられるだろう。
リベラリズムっていうのは、結局、「すさんだ女」しか生み出さないのよね。
「孤独」「仲間」「ボスにしたがう」「組織に属する」
ホッブスは、「女がリベラルのパンテオン宮殿」を目指すだけだと批判された。
文化を作るしかないんだよ。
「野蛮で発展をやめる国家をつくっていいのだろうか?」ということから国作りを考えていかなければならない。
しっかりと考えておかないと帝国主義になってしまうよ。
人間はグループに所属して生きている。
男女が対等でない国は国際社会で標的にされる。
昔は、それで戦争になったよ。
でも、「ネオリベラル」という立場はある。
女の純粋さが国を強くするのは事実だけど、女だって出世したいからね。

日本の消費レベルは極めて低く、税金も安い。
しかし、政府は全人類平等主義を標榜し、所得再分配をやっている。
これは、イギリス連邦や、アメリカ合衆国に類似している。
少福祉社会でもレッセフェールを採用していないのだ。

「ユングの見解」
大竹しのぶは、若い頃から女優をやっていたため、不感症であった。
しかも、多くの男たちの「幻」の対象であった。
明石家さんまは、しのぶはベッドの上ではつまらんと言って浮気した。
この秘密を娘に暴露されたときに寝返ったものと思われる。
結婚の敵とは何か?
それは、セクシャルジェラシーだった。
娘は、さんまのエロビデオを見て女になったが、さんまとの関係修復に苦労した。
しかし、タレントにしてもらうことで父との関係修復をしている。
しかし、「さんまの母以外の女とのセックス」が秘密だったのだろう。
パパって最悪だね。

坂上忍は、ストレスで酒を飲むが、夢を見ない。
つまり、アル中で、勃起しないのだ。
そのため、ワンちゃんたちだけが家族なんだよ。

伊藤麻衣子は、若い頃の人間不振で、生理が止まった。
つまり、セックスするときに激痛が走る膣痙攣だ。
限りなく未経験に近い女だ。
ヒスロン
プロベラ
ルトラール
を飲ませて、膣痙攣を治して、誰が結婚してやれよ。

2015年12月13日 (日)

ヒスパニック~ナンパで革命起こしていいのか?

「ラテンアメリカの哲学~コロンブスの侵略」
スパニッシュアメリカン、ヒスパニックアメリカン、これらはスパニッシュ植民地、イベリア植民地から来るものだ。
【1550年】に起源をもつ。
コロンブス以前には詩が残っていたし、コロンブス以降には、西洋哲学が入ってきた。
真実であること、アイデンティティの確立、オリジナルであることが模索された。
すべてのヨーロッパの哲学がラテンアメリカに入ってきたが、しかし、社会問題の解決のために用いられた。
アメリカ合衆国の知的空間とは異なるものだ。
アメリカ合衆国においては、人種、エスニック、社会的アイデンティティを議論する基盤になった。
コロンブス以前(アメリンディアン宗教的宇宙論)。
植民地からの独立運動(ギリシャ哲学)。
国家主義(陽気さ)
近代(悟り)
という区別はつくが、すべて、コロンブス以前の宇宙論に支配されていたのだ。
コロンブス以前は、「真実とはなにか?」「知識の限界は?」という問題と向き合っていた。
征服があった。
コロンブス(アメリンディアン)は、すべての西洋哲学を知っていたわけではなかった。
時間、空間、文献の制約のなかでこれらと向き合った。
征服によってただちに容赦のない知的変革があったわけではない。
バートロム・デラス・カサスが、1550年を作った。
スペイン、ポルトガルから一気に知性を持ち込んだのだ。
その後、2世紀にわたって、イベリア半島は、知的発信源となった。
人間がとる行動の一瞬だけを切り取っていく学問(ヒューマニズム)がなければなにも発展しなかった。
悟りとはリベラル(性の探求)だった。
19世紀、植民地からの独立を目指した。
新国家の組織と連帯の学問が発達した。
社会はどうすれば安定するのか?人々はあまりにも多様性がありすぎた。
「明るさ」が秩序と発展をもたらすというブラジルの立場が生まれた時、知的な側もこれを受け入れた。
メキシコの独裁体制もこれを受容したし、チリ、アルゼンチン、ベネズエラへも波及した。
キューバはこれには批判的だったようだ。
近代。20世紀のことだ。
1910年、明るいだけではダメだろうという指摘がなされた。
1930年代には、「そんな連中は博物館にでも置いておけ」と言われるようになった。
暴動は常に「明るさ」への反発として起きたし、組織は「普通」でなければ動かない。
プロフェッショナルとしての成熟が必要だったのだ。
フランシスコ・ロメロは、「専制の起源」を明らかにした。
ペルー・メキシコ・チリも、真面目な人間が専制の起源であるとした。
フランス・ドイツの影響だった。
オルテガ・イガゼットが、南米をくまなく回った。
しかし、詩を歌った。
植民地時代には宗教的だったし、独立運動の頃は政治的だったし、国家主義の時代は経済的だった。
女に詳しい男(アポロ的な男)の崇拝が起きた。
「明るいだけの男はいざとなったら逃げるからね」
1910年に「何で若者は夢を語るのだろう?」という研究がようやく始まった。
ロメロは、「男の理論」を明らかにした。
ラテンアメリカの哲学者がようやくいろんな実践と対話を始めたのだ。
知性の側が女性の純潔に依存していたことも見直さなければならなかった。
このことから、すべての国の体制が右翼から左翼へと軸足を移していった。
政治的には「奔放な女」の存在は政治コミュニティーを盛り上げたが、知的な女がアルゼンチンから追放されたりした。
政治活動の対象として女性と話せという手法には、国によっては哲学的バリアを張る国もあった。
目的を持った若者は殺伐としている。
共産主義者はそんな男に「優しくなれよ」と言った。そうすればモテることを知っていたのは共産主義者だった。
「外国を知っている」「普通」「落ち着いている」それがモテるようになったのが1960年代だった。
1960年代から1980年代にかけて、議会ができたので、哲学のニーズは高まりを見せた。
マルクス主義者は「人生、苦しむ必要などないのにな」と言った。
女性を政治コミュニティーに含めようという社会主義は、帝国主義の終わりを目指したし、植民地主義の終わりをも目指した。
ジャーナルがたくさん出された。
恋愛がお金の話になった時代の、自由と平等の問題からくる、女の純潔などを語り合った。
グラムシは、キューバ、ニカラグアなどで知的な左翼としてナンパするのが楽しかった。プロータリアートは、みな彼の名前を語った。
ナンパして世界を変えようなんて哲学でも何でもないなと言う批判は確かにあった。
投獄されたものもいた。
しかし、メキシコ、アルゼンチン、ブラジルには根強くこの発想が残った。
アメリカ合衆国、カナダは、この南米の動向を注意深く見ていた。
エデュアルド・ラボシがこれらの記録をまとめあげたのだ。
しかし、「裁判所を動かす力量」も、重視されたのだ。
カトリック女をナンパする気か?マルクス主義とカトリックは、妥協しがたい対立をした。
1976年から1983年までのアルゼンチンの軍事政権において、アルゼンチンの哲学者が他の南米諸国に逃れた。
性の開放は、ヨーロッパの理論をもとに行われたが、批判は免れなかった。
あるいは、「東洋はどんなエロいネタを持っているの?」という「純粋な研究」もなされた。
このような発想が、ヒスパニックのアメリカ進出の基盤なのだ。
Madonna - Spanish Eyes (Album Version)

ナンパ、ナンパと言うけれど、「訴えるぞ!」と言いたい男をどうにかしなければならなかった。
そのためには法律を知らなければならなかった。
フランシスコ・ヴィットリーアは、戦時国際法を考えて、いろんな国の争いのルールを決めた。
スパニッシュの王は「平和」を標榜したから人気を博した。
スペイン帝国主義は「治める」ことを学習したかったのだ。
「問題」それが大事だった。そのたびに顔を出して解決法を考える人。
それが、ソーシャルダーウィニズム(社会進化論)だった。
征服とは、侵略者の頭の上からなにか偉大なものが降りてくることだった。
しかし、征服する側、される側、どのように妥協するつもりなのかが問題になった。
人種が混ざりあったのだ。
混ざりあうことで妥協点が生じた。
その効果を知ったのは1990年になってからだったのだ。
イベリア人がまず征服してきた。
アメリカインディアンが各地に散った。
黒人がカリブ海とアメリカ南部に広がった。
彼らはアイデンティティを確立しなければならなかった。
「スペインと戦った」これがまず最初のアイデンティティだった。
メキシコ革命だ。
アイデンティティはオリジナリティーが必要だし、真実でなければならなかった。
メキシコはそれでいいだろう。
しかし、南米の国のアイデンティティがこれほど明確になるかと言えば、失敗するだろうとしか言えない。
「普遍」「固有」「真実」が異なったからエスニックが各地に広がった。
女性の問題に関しては、家族をまとめる、階級について、エスニックについて考慮しながら研究が進んでいるが、リオのカーニバルみたいな女でいいのだろうか?という問題が残されたのが現状だ。

世界政府~トロツキーが見た夢

「世界政府」
世界がひとつの政治的権威にしたがうことを意味する。
国王、ローマ教皇、皇帝の夢だったし、詩人の夢だった。
問題の解決には都合がよかったからである。
戦争や、大量破壊兵器の問題、地球規模の貧困、不平等、周囲の空気が私に与える影響などをコントロールできる。
しかし、「宇宙・神」が異なったのだ。
君主に劣る指導者は確かに存在する。
連邦を作ったり、民主的な外交を行ったりすることで同じ試みはなされてきた。
偏差値はどうなる?
女性との関係は?
ジェラシーの問題は?
陳腐な政策を行うと一気に失望感が広がる。
世界規模の暴君がいたら大変だ。
内戦につながるし、人間はもっと豊かなものではなかったのか?という理解が必要になってくる。
政治組織としての潜在的弱さを知らないもいけない。
意味のない法律が山ほどできる。非効率的であり、思いやりがなくなる。
性の問題をまとめきれないだろう。
どのみち、世界政府の問題はネガティブな議論から始めなければならない。
ダンテ「この門をくぐるものは希望を捨てよ」
教育に自信があるのか?仲間作りの基本を教えられるのか?
主権国家がこんなことも知らないではないか。
情報や、経済はグローバル化した。
頭のいい活動家もうろつくようになった。
国際社会には、性の問題、民の支持のある君主、進学校がある。
この五年間で、世界を覆った「知的な波」があるのは事実だ。民間人のプレイヤーがいたのだ。
敗北のない政策を作るのに哲学が出揃ってきた。
安全保障と言うが、侵略のおそれがない国は自国民の人権も守らない。
問題がないと学問が発達しない。

将来を人間はどれだけ見通せるのか?
世界のビジョンとはどのようなものなのか?
戦争はなく、議会があり、世界連邦がある。そして国際法。
1837年の、アルフレッド・ロードにはこう見えた。
ハリー・トルーマンは、この詩をもとに国連を作った。
五千万人が第二次世界大戦で死んだからだ。
世界政府は、中国もインドもグレコローマンも考えたことだ。
ひとつになるということは耐えることだ。
しかし、世界が一人の君主のもとにおかれるのならば、君主はなにも欲しがらないだろう。
エンペラーは何でも教えてくれる。
最高の判断とはなにか?
すべての問題の解決法。
多くの野獣の群れよりも、そういう人がいた方がいい。
しかし、それでは君主は神の真似をしてしまう。
ローマ皇帝は、神を語った。
ローマ皇帝と、ローマ法王は仲良くすべきだ。
しかし、ウェストファリア(1648)で、これが崩壊した。
領土と世界のリバイアサンが始まった。
世界政府なんでバカげている。法律だろうな。

チャールズ・キャッスルは、ウェストファリア体制を経て、治めたいという人間と、皆が自分が可愛い(自己保存の欲求)という部分に、
ヨーロッパの原則を見いだし、社会契約を重視した。
学校とのつながり、夏休みの終わり、クリスマス、すべてを利用した。
世界なんて言うものは世の中の敵だった。
条約を結べ。すべての国が武器を持ち、攻撃的だった。
ヨーロッパは連邦など望んでいない。
「戦争のあと平和が訪れる」ことを素晴らしいと思っているうちは、日常の楽しみなどないだろう。
夏休みは終わらない

一日が永遠に感じるときがある。そんなときの人間は腐っている。
でも、なにかに興味が生まれるだろう。
人間の狂気を集約したかったのだ。
戦争は社会の敗北だ。
戦争をすると国がひとつになるよ。
悪をもたらすけれど、国がなくなるよりはマシだ。
人間同士の戦争の方が恐ろしいか?死人が出るわけでもない。
仲間をつくって人種と戦うのか?
イエスの誕生日を祝えよ。
理想なんてものは戦争のもとだ。
世界政府なんて必要ない。
ルソーは言った。

人間は発展するよ。
でも、個人の発展は遅いんだよ。
社会から弾き出されてしまう。
仲間作りの基本は戦争か?
悲しいじゃねえか。
偉大な連邦から遠ざかるだけだ?、
地球がすべての人を呑み込むまで「国際社会」という言葉が一人歩きするだけだ。
カントは言った。
自由で対等という意味が分かるか?
男女が愛し合えるんだよ。
憲法にそう書いておけよ。
憲法に「女は市民だ」と書けないから戦争になるんだ。
太平洋なんて、滅びたくねえから戦争しないだけなんだよ。


【つづく】

2015年12月12日 (土)

シドニー・フック(新左翼の恐怖)

「シドニー・フック~新左翼」
どういう発想をしたら楽に生きられるのか?という功利主義を探求するとともに、
純潔を守る女を妻に持ち、奔放な連中をも知り尽くしていた。
ライバルたちは「全体主義につながる」と彼を恐れた。
引きこもって美しいものだけを見た。
それが彼のキャリアのスタートだった。
やたらと昔のことを覚えていた。
女性と理想、何かの人類の叡知の総体と向き合っていた。
サイエンスの進化のためにはそれが一番よかった。
それから、彼は40年の「適者生存」の旅を功利主義によって行ったのだ。
直面する出来事において、彼は、与えられたものよりも獲得したものの方が多かったのだ。
サンタヤーナに勝つためには「見てきたものが違う」というしかなかった。
偉大なる共存、経験に人類の叡知の重ね合わせる才能。
ひたすら読み、ひたすら聞き、いつしか彼の決断力を人々が頼るようになった。
「人々が語る真実」と、彼が読んだ「固有の真実」をひたすら重ね合わせていった。
彼が語る「固有の真実」は、「男の鏡」と呼ばれた。
言葉で世界の真実を語り、言語学と「事件」を照合していった。
事件を哲学的観点から語り、彼はだんだん自分の居心地が良くなるのを感じた。
少しでも結果を予測できる、その能力を人々は尊敬した。
自信が違う、それが「男の問題」であった。
「研究室の情報は確保していたよ」
好き勝手にやる連中、労働、そして怒り、すべてが研究対象だった。
人々が語る真実を聞いて、固有の真実を語ると、時に人々は拒絶した。
だから、その間を行ったり来たりする功利主義が楽しかったのだ。
ジョン・ドゥウィーの「探求の理論」になぜか忠実だった。
こんな連中がうようよいる国では戦争も起きない。
「心を開く」
望遠鏡を空に向け天国を見てみたガリレオ。
河合 その子 【緑の少女】
「その事件に女性はどう関わっているんだ?」
そのような見方をしてみた。
「女性と話してみる」という、弁証法的唯物論ほど強い政治は見当たらなかった。
恋愛空間を勘違いして知性を跳ね上げた「空想的社会主義」から、社会のダーティーな側面を見に行く「科学的社会主義」へ。
マルクス主義はそのための宗教に過ぎなかった。
そのようにしてソビエト連邦は生まれた。
レーニンがこのテキストを書いたのだ。
人と人をぶつけてみたり、男と女をぶつけてみたりする「ヤングヘーゲリアン」がたくさん生まれた。
生産の社会的力が、生産手段の抜本的改革を経て、階級社会というものが生まれた以上、この発想が必要だったのだ。
1930年代の、二つのメジャームーブメントが、スターリニズムと、ナチズムだった。
大恐慌に襲われたアメリカは、ソビエトを参考にニューディール政策を行ったのだ。
これを批判したのがフックだった。
言論弾圧も行うし、奴隷制も採用していたからだ。
スターリンの立場を高めるために、平気で裁判を行った。
しかし、フックは、反社会主義でもなく、反共産主義でもなかった。スターリンの、奴隷制や言論弾圧、裁判を批判したのだ。
ナチズムは怖かった。
資本主義が危機に陥ったら社会主義があとを引き受けることを明らかにしたからだ。
ナチズムは、資本主義の最終形態なのか?
フックは、ずっとトロツキーが何を言うかを見ていた。
国家社会主義は、資本主義と、社会主義の、共産主義が出した結論だったのだろうか?
トロツキーは、歴史のサイエンスのひとこまだろうなと言った。
アクディビズム(行動)だ。
「Moral」の研究が発達しすぎた。
トロツキーは、資本主義か、社会主義かの答えを出す前に、アメリカ合衆国がイギリスを助けてしまったとしていた。
ナチズム(国家社会主義)の結論は見ることができなかったとしたのだ。
トロツキーは、社会主義によって裁かれてメキシコへ渡った。
トロツキーは、民主主義に忍耐強さが必要であることも、マイノリティーがいることも、彼らが「絶対」に縛られていることも知らなかった。
反ナチズムの立場にたつ「パルチザンレビュー」が、アメリカ合衆国とイギリスという巨大な軍事力を用いたのだ。
民主主義は抑圧を経験する。
その答えはでなかったのだ。
ナチズムが研究した「人々が一点に向かうとき」などの研究も民主主義は学習していなかった。
アメリカ合衆国が、結局、社会構造というものはブルジョワによって構成される執行部によって成り立ってあるものだという批判をナチズムに対して行い、自らの立場を正当化したのと同じ論法で、冷戦時代に「ブルジョワによる支配」というのをアメリカが標榜し、ソビエト連邦を批判したことをフックは評価していたのだ。
「歴史の中のヒーロー」という発想が「致命的な実験」と見なされる時代を支持したのだ。
「レーニンはヒーローだったのか?」あたりが宿題になるだろう。
「おい、政治家。面白いことをやれ」としか言えない時代になった。
「すべし」と「である」の違いや「好ましい」と「楽しい」の違い。仮説が「うまくいっただろ」の世界となったのだ。
善と欲望についてくるんだよ。
悪意のある欲望は人を殺すんだよ。
「知性の肖像」がウケた。
ナチズムに対するバカげたレジスタンスも、大量虐殺も、国家の体制を議論する上では無視していいものだった。
「この人は分析しているのか?」という第一のドグマ。
「この人は経験しているのか?」という第二のドグマ。
が生まれた。
「スタンフォード万歳!」と言わずに経験してみてほしい。
百科事典は作ったのだ。
スタンフォード哲学百科事典

【つづく】

2015年12月11日 (金)

USA for アフリカ

「アフリカの哲学」
1980年代に「哲学化」の動きがアフリカで起きた。
生まれたことの喜び。
ダメな連中の批判。
美しい行動の確立。
アフリカ、世界のアフリカ人ゲットーの研究がなされた。
新しい出来事に対処し、耐えて、繁栄して欲しかったのだ。
これが後の世代に残すものだ。
アフリカ人は「犬畜生世界」と呼ばれていた。
洗練と発展が必要だったし、迷いながら生きている論客を批判したし、
知的で、美的で、慣習を学び、伝統を大事にする。
これがアメリカ合衆国の側から発信されたようだ。
We are the World

地政学、歴史、社会政治学、文化的違い、その複雑性、
まとめて「アフリカ」「アフリカ系」といっていることが分かった。
歴史を作る必要があったし、社会的政治的な生活が必要だったし、文化を作る必要があった。
他の文化との調和が必要だと考えた。
彼らにも人類学があった。
領土と民の関係が一致していたヨーロッパとは、歴史が違う、人類学が違う、哲学が違う。
「ヨーロッパ」と「アフリカ」は何が違うのかという発想が必要だった。
ニャホニャホタマクロー

「アフリカ」「アフリカ系」と言っても出自が異なることを知らないといけない。
しかし、「アフリカーナ哲学」の確立を目指した。
20世紀の後半のことだ。
西ヨーロッパやアメリカを利用して「ルールを守れ」としか言えなかった。
彼らの歴史を聞きに行った。
植民地化や、奴隷の経験、ひどいありさまだった。
体、土地、資源の搾取があったり、人生の機会を失っていたのだ。
自由、正義、平等なと、いろんな「ひらめき」が有効だった。

彼らの歴史を聞きに行ったのは歴史的なムーブメントだった。
哲学の世界を豊かにしたし、理想を大きくした。
思考空間を広げ、政治的スローガンを生み出した。
モチベーションにもなったし、ミッションも生まれたし、その他の社会ネットワークをつなげる源となった。
芸術、美学を表現するようになった。
人間は認められたかったのだ。
アーティストがブラックの地位を高めた。
高い教育水準とは関係なく行われた。
仲間とつるむのにちょうどいい。
女性クラブ、男性クラブが生まれ、政治組織が生まれ、「自由」を標榜した。
「次世代よ、賢くなってくれ」
これが黒人の正義だったし、汎アフリカ主義だった。
Eminem - Cold Wind Blows

愛すべき探求、それが知識であった。
成熟、そして書くこと。
「人間ではない」
闘争のために生まれた。
母国ではどうせ奴隷だ、新世界では忍耐強い。

「マルコムXのスピーチ」
誰が憎しみについた語った?
約束を守れよ。
俺たちがムショに入ったら白人が金を払う。
盗むな!殺すな!
MALCOLM X: WHO TAUGHT YOU TO HATE YOURSELF?

1971年にニクソンショックがあり、ドルの金兌換が停止されたが、原油のドル決済に成功し、ドルは基軸通貨としての地位を維持した。
ファイアーバードだのサンダーバードだの言っていた国で、ブラックモスリムが生まれた頃だろうか?

エジプトは、アフリカとヨーロッパをつなぐポイントとなったため、アメリカはエジプトを「中東」と呼んだのだ。
グレコローマンは、盗まれた伝説と呼ばれ、ギリシャがエジプトから盗んだものだとの指摘がなされた。
「ヨーロッパとアメリカはエジプトが発信源だったのか?」
サブサハラン(サハラ砂漠周辺)をめぐって、白人と黒人が、起源を争ったのが1970年代だった。

第二次世界大戦も、朝鮮戦争も、黒人に仕事を与えただけだった。

コンゴにベルギーが入っていったのも、エジプトと同じ言語をもつ連中の調査のためだった。
1896年の、プレッシー対ファーガソンは、黒人差別を「差別ではなく区別」と呼んだが、1954年のブラウン対ボード・オブ・エデュケーションは、NAACPの努力に答える形でアメリカ黒人に教育の機会を広げていった。

キング牧師は、ガンジーにインスパイアされた。
暴力を使わないパワーを知り、愛、法律、市民としての抵抗を「愛の贈り物」と呼んだ。
闘争は成功したのだ。
マルコムXは、「若きトルコ人」を演じ、ブラックパワーの資源を、反国家主義、反人種差別、共産主義に求めた。
都会で黒人が暴力を使った時期だった。
評判の悪いベトナム戦争が起き、訴えられても仕方のない連中を糾弾する公民権運動が生まれた。
戦争があったから若者が動いた。
若い白人女性がこのムーブメントに参入してきた。
フェミニズム第二の波が起きたのだ。
ブラックアートも、ムーブメントをリードした。
Otis Redding-Sitting on the dock of the bay
日本では、アラン・マクリーンが外国人ベ平連を立ち上げて、在留許可の更新を法務省が拒否したが、アメリカ人の素直な感情表現に日本政府は気付かなかったとされる。
白人女性が黒人男性のファンになる。これは「ハーレムルネッサンス」としか言いようがなかった。
1950年代に、女性の純潔を求める魔女狩りと、女性解放を求める共産主義の弾圧をジョゼフ・マッカーシーが行った。
このマッカーシズムが、白人女性の支持を得る黒人男性というニューハーレムを生み出した。
1950年以降、黒人は高等教育を受け、ブラックパワーを楽しんだ。
カリブにも波及した。
Yoko Oginome - Koishite Caribbean [stereo] 1985
1980年代には、アメリカ合衆国のアイデンティティーを大事にするAPA、急進的思想を大事にするRPA、実存主義の立場にたつSPEPの三つの立場に分かれた。
タスキギー大学、モーガン大学、ハワード大学のように、黒人のアイデンティティーを標榜する大学ができた。
「闘争のために生まれた」
Top 10 NBA Plays: December 10th

今後の黒人社会の課題は、ディアスポラ(ゲットー)にたむろしているようでは困る、というあたりだとされる。

2015年秋に安倍晋三首相は、ケニアを訪問し、それ以降頻繁にサブサハラン地域をまわった。
中国は600億ドルの経済支援を行っているが、日本はこれに対抗して300億ドルを提供することにした。
インドは150億ドルだ。
中国の「商人根性」にうんざりしている連中がアフリカにはいて、日本の自衛隊の守備範囲の変更はアフリカ諸国へのいいメッセージとなっている。
これも、日本国の国連安保理常任理事国入りを目指したものだ。

2015年12月10日 (木)

チリ~新世界(日本プレビシット説)

「チリの哲学」
16世紀の新世界を経験し、19世紀のキューバとプエルトリコ以外の独立以降も、
アカデミズムの探求は続いた。
20世紀後半の軍事独裁政権では「守るべきルール」を発達した。
1973年~1990年に軍事政権に敵ができた。
1818年にスペインから独立した。
クリストバル・デ・バルデスピノの教えが、
1595年のサンチアゴの教えにとって代わった。1865年に人気者がリーダーとして盛り上げるという考えが支配した。
1920年~1950年に「イエスはもっと暗かったよな」と考え始めた。
Orfeu Negro 1959 Completo
一度目のキスはマイナス、次やったらプラスだからぶっ殺す。という世界。

1950年~1973年にそれで学問が発達した。
一部のエリートが1973年から軍事独裁政権を敷いた。
教会と国家の関係が混乱していた植民地時代だったが、
19世紀にカトリックがオフィシャルになった。
小学校の教科書もカトリックだった。
守るべきルールが欲しかった。
スコットランドの悟りにも影響を受けた。
仕事をしよう。
楽しければいいというのは弱すぎる、これがカトリックの教えだった。
1842年にチリ大学創設。
植民地時代の記憶を抹消したかった。
1860年、権威を打ち破る楽しみが生まれた。
オーガスト・コムテの本がこれをリードした。
ミゲル・アムナテグイという目立ちたがりの教育相がいて、死せる詩人の会を作ったが、
大統領を目指したいやつが参加して踊っただけだった。
モリナは言った。
「大統領?しょせん女目当てだろ。人間の発展にはつながらないよ。ハートだろ」
クラスの女の子をめぐる考えの違いがあった。
20世紀中頃、マルクスが、頭のよさによって女性たちを取り込むという発想をもたらした。
壮大な知的空間からいろんなものを引っ張ってくるやつがいた。
自分の限界も広がるし、実績もできるし、どんどんできることが増えていった。
ナチスも太平洋戦争も関係なかった。
何人かの哲学者が逃げてきただけだった。
ハンサムな顔と女性の関係はどうなるのか?
という立場と、インテリが争った。
チリの知的サークルの国際化がプロフェッショナルを育てた。
ファン・リバノが、理論的柱になったが、ハイデガーや、オルテガ・イガゼットの影響を受けた学生たちの抵抗に直面した。
リスクを好む若者のエネルギーは、本人たちが思う以上に力があった。
1973年9月11日に、ピノチェトがとうとう軍事独裁政権を打ち立てた。
クーデターだ。
ハイデガー、オルテガ・イガゼットを、理論的柱にしたのだろう。
この事で、もっとも強烈な打撃を受けたのがチリ大学の哲学科だった。
1842年以来の、同大学のフラッグシップが哲学科だったのだ。
体制から排除されたプロフェッショナルは、「発言する敵」となっていった。
ジョージ・ミラスは、軍事独裁政権を、大学で思索に更けるのに都合がいいと考えていたが、1976年には、大学が監視されている、という危機感を抱くようになった。
軍事独裁政権が、大学と国を牛耳ったことへの不満から、1988年に体制はプレビシットに入り、1989年に大統領選挙が行われた。
しかし、哲学への無関心は続き、多くの学者が在野のシンクタンクに移っていた。
大学への敵対心から、異なるデシプリンを論じたのだ。

日本国が哲学を見失ったのはいつだろうか?
哲学離れ、そして軍による独裁。
これは、対岸の火事ではない。
見失っているものは見失っている。
どこでプレビシットが起きたかどうかの議論はオープンにしておきたい。
『オールナイトニッポン』テーマ曲  「ビタースウィート・サンバ」

2015年12月 9日 (水)

大きすぎるものを、アメリカの文学、政治学、哲学ムーブメントが議論した。
19世紀のことだ。
ラルフ・エマーソンが議論の中心にいた。
ドイツロマン派の影響があった。
人間なんてどうでもいいじゃない?
何も考えないことが調和がとれているのだ。
宇宙との本来の関係だった。
性との向き合い方も変わるし、アイドルとも決別した。
ピューリタンは現実の女だけを見ていた。
理想の男もなくなるし、何の利益も計算しなかった。この世界を考えた人はイエスよりも少しは偉い。
イエスは人間を罪(人生の迷い)から自由にした。
キリスト教の中枢はこれを、キリスト教の自由への陰謀と呼んだ。
人間こそが最高ではなかったのか?
アダムとアブラハムの戦争。それが人生だっただろう。
大自然を知らなければ何も知らないという宗教への懐疑だったのだ。
「星を崇拝してはならない」
人間界の学問とはなんだったのだろうか?
ヨハネが求めた「集大成」とどう関わるのだろう?
天文学サークルがこれを挑発した。
奴隷にとってはこの世界が常識だったことが問題を難しくしたのだ。
女性も自然が好きだった。
昔の心が人間にとって必要不可欠だったのだ。
人間は宇宙を見ながら「昔」を語るのだ。
女に詳しい男、ヤーヴェはこれと同格にすぎなかった。
視力を失っても世界はまわる、これが宇宙だ。
アンドリュー・ノートンは怒った。
悪名高い興奮への容赦なき一体化である。
探求もしない、野蛮だ、宗教への侮辱だ、と。
「許せないラプソディー」と批判したのだ。
しかし、海は「子供たちのゴスペル」であるとも言われている。
子供は何を考えてるの?
知識のない人間の直感ってなんだろうと考えたのだ。
なぜ子供たちの考え、そして理想、女の子の存在や、クラスの中心で踊っている人たちの研究をしないのだろう?
Duran Duran - The Reflex
クリエイション(生まれて何かの永遠性を信じること)と、贖罪(人生に迷うこと)の二つがクラスルームの踊りにあった。
旧約聖書においては、何が過渡的で、何が永遠かをこのシーンから語っていた。
イエスが、ギリシャ哲学の一人の先生に過ぎなかったら、クラスルームのダンスは永遠だっただろうし、美しかっただろう。
しかし、クラスルームのリーダーは、予言するために燃やされ、否定するために燃やされるのだ。
そこには知性がないじゃないか?
そこには大きさがないじゃないか?
何の命令もないじゃないか?
大きいものと、何かすごいものは違うよ。
海と人間の知的な偉大さは違うよ。
歌と哲学の対話や、宇宙を利用して人々を誘導する発想は確かにある。
宇宙の大きさは、人間の知的な偉大さに、自信を与えてくれる、満足を与えてくれる、力を与えてくれるものだ。
超越論的なものは超越論に力を与えると表現される。
男は社会に歓迎されない、奴隷貿易廃止のためにも動かない。
臆病な妥協は、愛のない人生や、目的のない行動への疑いの目を向ける。
天文学サークルは、マーガレット・フューラーの手によって最高潮を迎える。
「孤児が言っている」という発想が宇宙の大きさと結び付いた。
彼女の侵略と、注意力不足が「電話」で表現された。
国府田マリコ セロリのKISS ハッカの煙草
ニューヨークトリビューンは、湖の夏という記事で、どんちゃん騒ぎする連中を報じた。
「男の偉大なる裁判」と呼ばれた。
浜は、男性らしさの女性らしさへの移転であった。
完全な男性らしさもなければ、純粋な女性らしさもなかったからだ。
女らしさを学んだ男がアポロ、男らしさを学んだ女がミネルバだ。
女はより電撃的であり直感的だが、男は女の好みにうるさい。
社会のメンバーから撤退した退屈さ、これを結婚という形で表現する。
is this love? @ BoA LIVE TOUR 2…
コンコードとメリメック川での一週間、という企画の失敗もあった。
夏の夕暮れと冬の朝は、木や鳥、などを考えると急に似たもののように感じられた。
狩りをしに来たわけではない。
男女の問題だったのだ。
人生の単純さ、そして私、惹かれあう二人、そして信頼がテーマだった。
「批判」
メキシコ戦争や奴隷制のある「チェロキーネイション」ではこのようなことばかりあったが、最高裁判事のジョン・マーシャルがこの議論に参加した。
「何か陰謀があるんだろう?」と人々を不安にさせているではないかとした。
ただでさえ、インディアンの多い地域なのに。
冬の日本海 出雲大社・稲佐の浜 (14-Dec-2014) Winter monsoon in t…

俺は奴隷ではない、として「永遠からの撤退」をするものがいる。
犯罪ではないのか?
それが明らかになると、税金を持ってかれた、と言って、永遠からの撤退をするものが出始めた。
1860年、内戦に突入するしかなかったのだ。
奴隷解放運動だ。

2015年12月 6日 (日)

男の研究(文系階級社会)

「男・そして男たち」
男は中身だから。
この言葉の意味をご存じだろうか?
一人の人が錯乱したら、まず二人で両脇を抱える。
その回りを多くの男が取り囲む。
この研究だ。
男とは、触れるもの、男たちの考えを知っているものという意味だ。
男たちとは、数字でもなく出来事でもない「何か?」であり、女の存在や、高度な知性を含むものだ。
この研究を始めたい。
地上の星 / 中島みゆき [公式]

一組の男女の間には何もないのだ。
しかし、「三人目」が現れると、彼氏の階級、大事な瞬間、数、関係、映画などを思い出すのだ。
男が二人で写真に写った場合、偽の評論がなされる。
複雑であり、いろんな機能を持ち、真実を人々は語り、それは「たくさんの本」であり、「男たちだよ」という意味を持つ。
それは「感じ方」であり、男の間にあるものであり、男をできるだけ中立にしようという記録となる。
「男」という定義はできないのだ。
だからみんな一緒に写真に写りたがる。
ユニットや、物、グループなどの過大評価だけではない。
それを人々に普遍的なものとして主張するのだ。
男社会のルール、そして男の成功体験。彼のサイエンスや勘違い、これらを「エッセンス」と言うが、これが心地よかった時期が女にはある。
男臭い空気と問題ばかり、その世界に私が別の生き方をしている。
男臭い精子の絶頂感は彼らの仕事の源だ。
品川再開発も官公労も精子のイメージがあった。
男は苦しむため、失敗するためにあった。
汚ならしくて滑らかな精子。
苦しめばいいのに。
私は男になれる。それが女の気持ち。
精子はクオークや、バクテリア、幽霊とも違う。純粋な民族、意味があったのだ。

1449438817295.jpg


1449438818104.jpg

この曖昧な世界に男の子を授かるという意味が分かるかしら?
この世界って間違ってるんじゃない?
金持ちの息子、ロンドンボーイ、勉強しなさいよ!
ロンドンボーイ REBECCA
シーメンスとハルスケが最初に電話ネットワークを作った。
電話が欲しいときに電話をくれる男ができた。
女からかけたら敗けなのでしょうか?
Morning Musume (モーニング娘。) Dokusenyoku (独占欲)
だって、一人の「大勢」に濡れ濡れにさせられるのですよ。
私が目で見たものは脳にぶつかってとっくに蒸発するのに、それを言葉にしてくれるのです。
数学の話をされても濡れないじゃない?
なんで文系だと濡れるのよ。
文系階級社会は電話です。
女はただ感じるだけ。

2015年12月 2日 (水)

「いちご白書」アメリカの左翼活動とは?

「ジョージ・サンタヤーナ」
理系の連中がアメリカの左翼活動をリードした。
地球がくれたものを地球に返したいんだ。
人間のろうそくの火が消えても、なにも墓場に行かないよ。
「いちご白書」は、アメリカの左翼活動を描いた映画だが、その理論的指導者はサンタヤーナであったであろうと考え、この論考を書いてみたい。
バンバン いちご白書をもう一度

サンタヤーナのお父さんは、法律家であったが、多くの絵画を家族だけに残した。
セネカの悲劇(死の恐怖の緩和)の研究をした。
マドリットに住んでいたが、外交的な家族で、1845年に、フィリピンのバターンの知事になっている。
ジョージは、8年スペインに暮らし、四十年ボストンに暮らし、四十年ヨーロッパに暮らした。
ボストンでの暮らしがアメリカの学生に影響を与えたであろうことは想像に難くない。
ジョージのお父さんは妻と離婚してしまった。
「奇妙な結婚だったね。あなたをダメにしてしまった。愛しているけど一緒には住めないんだ」
Trouble of Love/REBECCA ピアノ弾き語り

ハーバードに入っても、一年の時は英語ができずに、幼稚園で英語を学んだ。
ヒスパニックがアメリカの左翼活動の起源なのだ。
しかし、博士号をとるのには7年で十分だった。
彼は非常に活動的な学生生活を送り、11のサークルに属した。
ランプーンという漫画サークルや、ハーバードマンスリーのファイナンス係、哲学クラブの部長までやった。
ハーバードでもホモセクシュアルの習慣があったが、カミングアウトしたのは65歳の時だった。
ハーバードの教授になることは、ジャーナリストや、作家、最高裁判事などとの交流をもつことを意味した。
1912年に48歳で、リタイヤしてからアメリカを離れ、二度とアメリカには戻らなかった。
彼は、ビジネスや、政治の世界にマッチョなインテリを送り込もうとしたが、それが教育か?と言われたのだ。
彼は「父の死」「若い学生の死」「姉の結婚」を見て、もはや与えることだけで人生は十分だ、と思ったのだ。
知識なんてものは、持っているだけでは肉体的にも重荷だった。
芸術、文学、哲学、宗教、サイエンスは、彼がアメリカに残した巨大な資産だった。
ハーバードにいた頃は、本もよく売れたし、ローウェルが、ヨーロッパに旅行に行く金も出してくれた。
しかし、フルタイムのライターになりたかったのでリタイヤしたのだ。
スペインに戻ってからは神やプラトンへのノスタルジーもなく、脚本や詩を書いた。
1988年にアルテュール・ダントスの「イントロダクション」によって彼の業績はまとめられ「美しさよ、地球に戻れ」という言葉で総括された。
サイエンスはいろんな物事を説明できる。
しかし、人間の意識を祝福するのは詩ではないかと考えていた。
その人の境遇の価値を高めるのは詩だった。
彼のお父さんが「キリストとゴスペルについて」という手紙を残していたのも彼の活動を勇気づけた。
カルヴァン派のアイドル崇拝にも興味を持ったが、もはやアメリカはそれを必要としていなかった。
「ウェーブをしろだ?歓声を上げろだ?アメリカ人はくだらねえ」と言ってイギリス型の団結を支持した。
イギリス人は歓声でごまかさずに自分で解決するしね。
オリバー・エールデンにアメリカの偏狭なピューリタニズムのアイドル批判を見た。
それに比べてイタリア人マリオはオペラや恋愛、旅行、建築を楽しんでいた。
オリバー・エールデンは、家族、学校、友人を愛し、義務以上のことを自分に課し、罪に罪を感じていた。
エールデンは、最後のピューリタンだった。しかし、マリオの生き方をサンタヤーナに教えた。
ビートルズが教えてくれた / 新・六文銭
アメリカはこれを深刻に受け止めたのだ。
エールデンは、フットボールで目的を達成するのに必死だったが、マリオの人生の耕し方が非常に面白かった。
カレッジフットボールが悲劇的な終わり方をすることが多かったからだ。
Buffy Sainte-Marie 映画「いちご白書」 The circle game
サンタヤーナの書籍は第二次世界大戦中に、破棄されたが、アメリカ国務省、バチカン、スペイン政府の手により再現された。
彼がヒスパニックの出身だったことも彼を歴史から抹殺しなかったことにつながった。
アメリカ国務省がこの情報を握ったことから、アメリカの学生の左翼活動や、ビートルズの全米進出、そして、日本国へのアイドル崇拝の波及などをすべてアメリカがコントロールする可能性があった。
開き直りも芸のうち 歌ってみた
「旅に出る、少年時代の女好き」
これが、サンタヤーナの出発点だった。
そして、私がいくら変わっても、私のままだということを悟ったのだ。
私はなにも確信できなかったし、義務にすら確信が持てなかった。
教科書は格言しか書いていなかった。
面白いこともなかった。
しかし、夢を見たのだ。16歳の時に「星への手紙」「教会にて」などの詩を書いた。
知的な女好きとしてドイツ、イギリス、スペインなどを旅したがつまらなかった。
しかし、歴史を振り返ったらまだまだ変える余地が山ほどあった。
ハムレットを読んだが、死んだ連中に対して何をしようが勝手だった。
ハーバードを退官したことにより公人ではなくなったことが、彼を自由にした。
性について語れるようになったのだ。
「人間の本性の正しい無視」というのが必要だと感じた。
「世界はこのようなものである」と思っている人には「夢や神秘」が生まれる。
乙女 パスタに感動 - タンポポ
「死者だけが戦争の終わりを見る」第一次世界大戦を見て、サンタヤーナはそう思った。
生きている人間はひたすら争い続ける。
動物を見ては、動物は、人間の言葉で物事を記憶していることを語り、その動物の名前を呼んでみる。
サイエンスを知ることが大事だった。
動物は男たちが見る幻だ。動物としての侮辱を受けているが、世界がある、未来がある、食べれるように見える。
心と周囲の環境が私と深く関わっているのがわかったのだ。
人間も動物だ。
心は繁栄につながるのだ。
「存在の領域」という本を書き、錯乱女も納得する言葉を「常識」と呼んだ。
「紛争の不完全な解決」しかできないことを知り、酸っぱい敵を作りながらいきるしかないことを悟った。
争い事が好きだった。学問が発達するからね。
争い事は、サイエンスも発達させるし、宗教の起源が、人間が生まれたことそのものにあることも明らかにしたし、世界の母も分かるようになった。
世界の母は、正義を目指して説得してくれる女性だった。
エッセンスとは、男にとって普遍的なものを意味し、女にとってはそうではないものだった。

« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »