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2015年11月12日 (木)

手塚治虫のブッダ~その後

ジャイミニ経という経典がある。
ダルマを知りたい欲望、という意味だ。
ヴェーダが普遍性を意味するとすれば、ブラフマンという概念が「まだ真の教えは現れていない」として、
聖者の命を守ろうとした。
万世一系は、ヴェーダかもしれないが、ブラフマンというものが必ず現れるのだ。
発狂した女の証言を「サバラ」といい、この証言に出てくる名前を人々は尊敬した。
発狂した女は、医学、哲学を知っている男しか信用せず、一般の男には治められない。
彼女の発言から何か神聖なものを見いだすのだ。
信用できる相談を誰にすればいいのかは人々はサバラで判断するようになった。
判決は「人々は天国のために犠牲になるべきだ」と言っているが、
サバラは「判決の意味がわかりますか?」と言ってまわる。
女性の世界の直感と、男の世界の自信が、より高い世界を感じるのがサバラだ。
すべての世界は盲目なのだ。
いざとなったら誰に相談すればいいのかをサバラで判断している。
彼女が出す名前を「プラマーナス」と言う。
発狂した女の直感は炊飯器のように「役に立つもの」(ディグナーガ)しか感じないのだ。
言葉のディグナーガこそが哲学であると思われる。

【まだまだつづく】

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