最近のトラックバック

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« ヤーヴェ(神はひとつ) | トップページ | 背の高さ~政治的武器 »

2015年11月16日 (月)

ハゲの哲学

「禿げの哲学」
人間というのは学問を成すことが非常に難しく、a1.a2...an
と積み上げていくが、髪の毛は少しずつ抜けていき、人間としてはGの対象ではなくFに近づいていく。
このパラドックスから何か言えることはあるか?
「禿げているのなら本当に面白いこと言えるの?」
女は言う。
禿は、忍耐強さと跳んだことを意味する。
はたしてあなたはFなのかそうでないのか?
あなたの忍耐強さを話してみてください。
どんな大きなチェンジがあったのでしょうか?
nの数だけn+1の扱いは簡単でしょうね。
つるっぱげに一本の毛があっても禿げだろう。
n本の毛の数が禿であるとは人が決めるものだ。
虚数+1は、一本よりも偉大だ。
頭の髪の数だけ片想いに化けるのだよ。
経験の数だけn本の髪はなくなったよ。
でも、何かの法則を語れるのか?
前提が間違っている。
妥当性が間違っている。
でも話は聞くわよ?
これが本稿の趣旨である。
曖昧な言葉で禿と接するのはあまりにも学がないではないか?
歯に関しては人々は語れるのに、なぜ禿げに関しては語れないのだろうか?
「跳ぶ」とか、「知識」という言葉そのものが曖昧なのだ。
結局、禿げてもなにも語れない人がいる、という意味では「妥当性が間違っている」という指摘を出発点にしなければならなくなった。
何かを語れるのでしょうか?という問いには「そうですね~」と、「ダメだこりゃ」と思うような返事が禿から返ってくる。
結局、禿はGの対象にはならないのだ。
でも、n+1を積み重ねて生きていくしかない。
耐えてきたのは事実だからね。
所詮、Fだよ。
女たちは結局、「あなたってどういう人?」という問題に戻っていった。
若い頃はGでも今はFですよ?
どこまで言葉でやり返すつもりかしら?
禿げのGへの闘争が始まるのだ。
禿げにかける言葉も曖昧だし、世の中の現実も曖昧だ。
その曖昧さを禿げた人の言葉が埋めてくれるのだ。
しかし、女によって禿げの語る言葉の判断をさせると「ミドル世代の排除」が行われるとされる。
しかし、禿げも学問が多すぎると女の「オペレーターD」につながりかねないということは覚えておいていい。
「ダメな禿げ」と「デキる禿げ」がいるために、やっぱり禿げに関して触れることはいけないことなのだろうか?という問題が生じた。
そこで「ポジティブな禿げ方」「ネガティブな禿げ方」「どうでもいい人」の三つに分けるのならば語ってもいいのではないかとされた。
曖昧なことを曖昧に語るのならば禿げた意味がないだろうと思われる。
禿げた人の比較をして見るというのも面白い研究だ。
とにかく、禿げた人は耐えたのだ。
なにか真実を語るものだ。
コンテク派は、耐えた人によるゲシュタルトシフト(一般意思の変革)を望んだのだ。
何かを語るためには禿げなければならないのだろうか?
それがコンテク派の争点となったのだ。
「コンテクチュアルパラメーター高いね」という表現が生まれた。
ジャックもジルも疲れている。
しかし、何をどのようにして疲れたのかはわからない。
インデックス(指標)しか分からない。
あれに疲れた、これに疲れた、しかし、あれは跳んだな。これが人生だったのだ。
「俺は逃げない」というパラメーターが隠されているのだ。
面白い親戚が苦しんでいたら、禿げた人に「コンテクチュアルパラメーターが高いですね」と言って相談に乗ってもらうのだ。
すると、金持ちも、貧しい人も、怒る人も、優れた人も、劣った人も「禿げという現象を我々は抱えていきるしかないのか?」という議論が出始めた。
すると、「禿げている人は嘘つきで孤独だ」という重大な指摘が出たのだ。
禿げていることにより「内へ内へ」とこもっているのだ。
「禿げた」「耐えた」「頭がいいのか」「ただのバカか」「言えない」「言えない」という矛盾はこのように議論するのだ。

「禿げている人が言うんだからしょうがない」という理論がある。
Tスキームというのだが、耐えた人が発言しているのだ。
この曖昧な世界で「頭を見ながら聞く」女がいるのも現実だ。

« ヤーヴェ(神はひとつ) | トップページ | 背の高さ~政治的武器 »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/439553/62533940

この記事へのトラックバック一覧です: ハゲの哲学:

« ヤーヴェ(神はひとつ) | トップページ | 背の高さ~政治的武器 »