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2015年11月11日 (水)

イエスが小野光太郎を救った

人間の発想には「レマサ」(私のため)のものと、「レマサではない」(みんなのため)のものがある。
創世記で、「人間は神のイメージで作られた」とあることから、「エリ、エリ、レマサバクタニ」(みんなのためにやった)ということが神のイメージになった。
これは、宗教界の「神の法則」となった。
数々の歴史的場面でこのような人がデビューしている。
1985年の阪神優勝では細木数子がデビューしている。
1999年のホリフィールド対ルイス戦では小野光太郎。
2002年の小泉訪朝では安倍晋三がデビューしている。

アインシュタインは皆既日食の時にデビューしているだろう?

オウム真理教事件では江川紹子や、有田芳生などが人間を語りデビューした。
オウム真理教事件は人間を語るには十分すぎた。
小野光太郎の天皇即位でも多くの人がデビューするだろう。
人間を語るのに十分すぎるからだ。
「エリ、エリ、レマサバクタニ」
地図を広げよう。広瀬香美。
「運とタイミング」を指摘している。
広瀬香美「地図を広げよう」

ビッグイベントを「ハラカー」と呼び、それによってスターになる人を「リシュマー」と呼ぶ。
みんなと経験を共にし、楽しみを与えた人がスターになる。もっとも敵が少なかった人のことだ。
このことは、宗教と倫理学(楽しみを探求する学問)ってどう違うんだろうな?という問いかけがなされた。
リシュマー崇拝は「自治」に根拠がある。なんか言うんだろうな?ということだろうか。
我々のサイエンスとは違うもの、トラーから我々を自由にしてくれるもの。
無知は人間の最後のつながりなのだ。
無知でサイエンスに逆らって生きている人間にとって「ひらめき」とは宗教の起源に他ならなかった。
「知っていた方がいろんなところに行ける」
ハラカー(イベント)で、いろんな人をリシュマーにしたほうが物事が発展する。
周りで楽しんでいる人を「ハラキック」と呼ぶ。
「私は神だ」というのは神に対する義務であって、隣人に言ってはならない。
「面白い話をする野郎だ」でいいのだ。
あのとき俺はここにいたんだよ、とハラカーに話すのだ。
川を渡る司令塔はこいつだったのか、とハラカーは思うんだよ。
女はトラーしか知らない。
牧場を営んでいる人が「牡牛のカマを掘る」ことは実際に行われているが、女たちは「あなたは神に仕えているんじゃないの?」と怒る。
ユダヤコミュニティーで生き残っていくためには、人々を楽しませる秘訣があるのだ。
ハラキックが神に祈るネタを選ばなければならない。
「楽しい」と「宗教的」は、ここでようやく区別がついたのだ。
女性たちの関心は、「トラーが実現した!」というところにあることを忘れてはならない。
ハラカー(イベント)を人々のニーズに合わせて振り分けていく人が必要だ。
紳士の国、イスラエルの秘密だ。
安息日とはそのようなことを話し合うためにある。
永遠の戦いなのだ。

1982年、イスラエルはレバノンに侵攻し、マロン派政権の基盤強化とPLOの孤立化をはかったが失敗し、85年にイスラエルは撤退した。
困難な情勢下でPLOは内紛に苦しんだが、87年12月ガザ地区で、占領地生まれの青少年を中心に激しい抵抗運動が発生し、
運動は東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区などイスラエルの占領地域全域に広まった(インティファーダ)。
【詳説世界史研究】(山川出版)

この記述の背景に、レバノンの「牡牛のカマを掘る」男の存在と、「インティファーダ」という牡牛狩り運動を見出だして欲しいんだよ。
大野幹代 許して…

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