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2015年11月28日 (土)

フランツ・ローゼンヴァイク

考え方の全面的リニューアルを模索した。
自分と世界はこんなにかけ離れている。
「私」と「あなた」
ドイツユダヤ聖書を書いた。贖罪の星。すべては星として復活する。
星を利用して政治活動をした。鬱屈したもの同士の語り合い。
男と女(男であること、女であること)を語り合っても失敗した。
第一次世界大戦が始まった。今度は個人と国家をぶつけてみた。常にヘーゲルが頭にあった。ビスマルク国家は息が詰まった。
ドイツ左翼のもっとも古いプログラムを練った。
男と女、個人と国家。
どうやって自分と世界の関係を知るのか?
キリスト教が、ローマ帝国の皇位継承を語っていた。
ヘルマン・コーヘンという哲学者とも語り合った。
無神論的ユダヤ教を考えた。人間が神に似ているだけだ。
贖罪的な思考形態。第一次世界大戦は、中央ヨーロッパ、バルカン半島における戦いであった。
哲学と神学のタンデムが組めたのだ。
人間は儚い。俺の言葉を後の世代が語り継いだら俺はその時代を見たことになるのか?
宇宙は広い。でも「絶対」はあるのだ。
人々の妬み、嫉みを罵倒してくれたのは、ニーチェしかいなかった。
ニーチェがいなれば帝国はない。
言葉を必要としている者がいる。俺は神に見えるかい。生まれてしまえば何かが永遠なんだろう。生まれ変わることもあるさ。
かれは、この程度の哲学者といわれても仕方がなかったが、40代ではこれが限界だろう。
生まれて、復活し、贖罪を知る。贖罪の星は2500年のポテンシャルを持ったのだ。
大日本帝国に影響を与えるのに十分だった。
星が2500年のポテンシャルを持っているのならばすべてを知っているだろうとしたのだ。
すべて、そしてアイデンティティ、それが星によって説明できたのだ。
星の始まりはいつだ?死の始まりだ。死の恐怖だ。
しかし、2500年に一度、同じ星が現れるのならば、人間は不朽なのではないかと考えた。
この発見によると、三世紀に書かれたトレミーのテトラビフロスの頃の星はまだ現れていないことになる。
酸欠状態になって死ぬ人間は虚無と向き合っている。その恐怖の緩和を星に見いだしたのはローゼンヴァイクだけだろう。
2500年に一度の生命の循環を考えたら人間は少しは謙虚になるのではないか?
また生まれ変わるときには仲間が多くの学問を成し遂げているだろう。
こんな虚無があるか。2500年の"Yes"と"No"だった。
人間は"Yes"の人生と"No"の人生を繰り返しているとした。
タットサッシェと言って、神聖な人生と(サッシェ)と、ダメな人生(タット)を繰り返しているのだ。
神、世界、そして己、その関係の中で、何が信用できるのか?
それは、生まれることと、復活することと、贖罪だけだ。
信用できるものがない人は贖罪の日々を過ごしていると表現する。
生まれるだけで何かが永遠なのではないかと思うし、神聖さは2500年の後の復活を志向するし、世界を愛することは自分の迷いを生じさせ、贖罪となるのだ。
迷わないためには哲学を愛するしかないこともわかっていた。
神と世界と自分が"Yes"軸であり、"No"へといったり来たりしている。
"No"といえるのは神の意思だし、世界が"No"ならあなたは"Yes"なのです。
ローゼンヴァイクは、驚くべき指摘を行っている。
みんな「もうすぐの予感」を感じながら生きているということを知ったのだ。
迷いながら生きている人間は常に話を聞きたがっている。
社会で敗れては話を聞きに来るのだ。
「すべて」の知識、門、星の終わり。
2500年の理論にこれを加えたのだ。
贖罪(迷い)こそがクリエイション(生まれること)の次の宗教の起源でもあった。
ローゼンヴァイクは、人々が門を出て、星をよみがえらせる、という発想を使った。
苦労した人の話を聞くと楽ができる。
色々な人々の経験を集めた大全集を作ろうとヨハネは言った。
星が死んだあとには何があるの?
教育だ!
辰吉VSウィラポン 1戦目KOシーン
「アムハラジム」これが悟りというものだ。
ユダヤ教の世界では星は倒れなければならなかった。
倒れてくれなければ語れないでしょ?
あなたは真理なの?
このシーンの間に先生と生徒の「ラーハウス」という空間が生まれた。
先生は教室で質問される立場にある。
「知らない」ということが大事だったのだ。
しかし、先生たちは「耐える」とはどういうことかを喜んで語った。
「新しい考え方」によると、病人に言っても怒らない「話」が、健常者にとっては「常識」なのではないかとした。
最後にALS (筋萎縮性側索硬化症)にかかります、出獄したアドルフ・ヒトラーに、「おい!おい!」とビンタされて殺されたのだろう。
ribbon「あのコによろしく」

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