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Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

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2015年8月21日 (金)

神戸元町ドリア

佐藤敦夫さんの紹介で食べたドリア。

山崎安斉の「源氏物語」「地上の楽園」

男の知的空間は女よりも上にある。
しかし、男も宇宙や天気にはかなわない。
女が晴れを祈るのは男の勝利を祈ること。
本来、女は雨が好きなのだ。
Melody(アイドルグループ)- 青空をあげたい

神を取り巻くものを天使といい、何も知らないものを悪魔という。
この宗教が常に向き合わなければならない問題である。
高橋由美子「天使か悪魔」

アイドルの起源。

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なぜあなたが時計をちらっと見るたび泣きそうな気分になるの?
松田聖子  赤いスイートピー

女性は「私たち二人の間にいいことはなかったのかなあ」と考え、泣きそうな気分になる。
しかし、男は精神錯乱を起こしたから時計を見ているのだ。


「ポイズン」
ribbon "真夏のフェミニスト" 日比谷野音 '91
海岸法は、海岸線を守る法律であり、国会によって祝福されたものである。
公物管理という。
女は、寂しい、セックスしたいという気持ちからOD(ポイズン)をやるが、同じ効果が得られるのが、夜中に海に近づいて、暗闇の中海辺に近づく行為だ。
アメリカではアメリカ陸軍が海岸線を守っているし、日本でも東京都では人工の海岸線の許可が出る。
それを踏まえて、女に「どうだ、これが行政法だ」と教えるのは男の知的空間と女の知的空間の疑似セックスであり、チンタラした行政への権力批判ともなる。
海岸線に接近し、女にショックを与え、空を見上げる。
その日そのとき、天はどのような意味を与えたかを確認し、海岸を去る。
女は四時間10分はその記憶がトラウマになる。最高のナンパテクだ。
安全性が確認された国会によって祝福されたゲームだ。
三浦海岸で試したところ、「ここまで波が来るんです」という証言もあり、ほとんど知られていないことがわかった。
♥♥ Relaxing 3 Hour Video of California Ocean Wave
「密教世界の入り口・鳥居」
線と色のコンビネーションだけでエロスは表現できる。美しさと男・女の関係を意味する鳥居は私の存在を意味するし、
私を生かしたり殺したりする「感情」を示す。
クロスバーは、時間の一次元テープの始めと終わりを意味し、永続しない愛(エロス)を示す。つまり、セックスをよりシンプルにするし、
縦のバーとの交差は過去の女・男を意味し、恋愛の心の限界を示す。
愛とは鳥居の最も重要なテーマなのだ。
マネのオランピアは、線と色だけで温かさを表現し、それは日本の鳥居と同じ発想にもとづく。

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オオヤマクイとタマヨリヒメが、山王祭で御輿をぶつけあい交尾し、ウブヤ神社で子供が生まれた。
オオヤマクイは現在、大宮に祀られており、タマヨリヒメは宇佐八幡宮に祀られている。

私たちタバコ吸えませ~ん。
ワンツースリーフォーいちにのさんハイ。
期待されていないことができないことが女らしい。
Perfume「リニアモーターガール」

教わったことしかできない。U-21(21歳以下)。社会契約が切れる。
女子高、男性教師の声だけを覚えている。夏休み。
松浦亜弥 - そう言えば

「隣人愛」
お前らが好き勝ってやるから俺のインテリジェンスが高まる。
汝の隣人を愛せ。邪魔物がいるから人間は頭がよくなる。
涙はインテリジェントなもの。女を知性で泣かせた千年に一人のキリストは女に涙という媚薬を流させた。
三浦理恵子~千年の媚薬

Eriko with Crunch - Tsumetaku Shinaide

奇跡というのは、議論があるが「神聖なものとして肯定できる」ものだとされている。
miwa 『ミラクル-short ver.-』

「受け~フェチの研究」
サプライズの訪問者。文化、宗教、世界の上位概念。
ユダヤ(心の弱い女性)、本来は信じていない、文化のひとつ。文化とは「本来は信じていないもの」
やるまで自分を騙せ!
信じすぎてはいないか?直接すぎないか?
あなた自信を信じなくてよくなる。
祈る行為は男によってもたらされる。
安らいだ場所への侵入、信じる、瞑想することもなく。
抑圧の重荷が儀式のなかで幸福と共に降ろされる。
おはようの挨拶とともにどうぞ。
彼は言う。なぜ幸せなのに「幸せ!」と言うのか。
二人きりの丁寧な交換。
どのように生きるか?私の存在を否定できない。脳の誘惑。
その経験を思い出したい。
人間の脳は飽き飽きしている。
これが救いだ。
うつ病、心配、薬。
「私の脳がそうさせた」という防御。
レイプとは祝福や呪いに脳がアクセスしないでセックスするかどうかだ。
裸は嘘をつかないし、親密さを示すし、見るに値するものだ。
女は敗北者だけれども、もっとも美しい時期を記録に残したがる。

もっと美的であれ!私が属するコミュニティーへの誤ったイメージを持て。
スクリーンに写る私が本当だと男は思うだろう。
男を殴ってレイプすることを想像しろ。
私は本音を現実社会で言うことを許されていない。淑女だ。
サイバースペースのスクリーンでのみ私のフェチは明らかになる。
女の真実はフィクションの中にあるのだ。
目の前にいる人は腐敗しており、しかし、私は丁寧に接しなければならない。だから私は彼の言葉を信じた。私の目は信じなかった。
裁判官の言葉は心地よかった。何かが間違っていたからだ。
知っていることは間違いであるということを知った。
何かを信じ続ける男が間違いであったけど、その嘘さえも教会では美しかった。

ユングやフロイトの場合
「女はどんな演技をすればいいのか?」
基本的に男のリビドーとは不朽の命、抑圧された命であり、女の「猫が消え、また復活する」という不思議の国のアリスを参考にする。
ラメラと言って、プレイが始まったら笑顔を消す、激しく声を出す、体をモンスターのようにくねらすことを行う。人工的な物体を演じる。
これは、男にとって「破壊できないものを破壊する」ことであり、女を全滅させて、女はよろよろと立ち上がる。
ホラーフィクションを参考にしており、生と死、世代と腐敗を表現する。
アンデルセンの赤い靴のように、女の子は魔法の靴を履いて無我夢中で踊り足を切る。
これが男を引き付ける基本なのだ。
男は殺し屋。決意と獰猛さ、沈む太陽から生きる力へ。ホモからの撤退。
性欲にせよ別の方面で用いる努力にせよエネルギーは皆同じだ。栄養から生まれるものだ。
このノリで女を攻める。Savage:獰猛さ。
GOOD SAVAGE
「女豹」
自然の悪夢を表現し、自然が乗り移る。
生き物としてふるまい、従属、絶滅、ふさわしいものが生き残ることを表現する。
想像の世界と現実の世界を区別し、ラメラは無意識の世界にもぐる。
現実の方がもっと怖いことを表現し、歴史のナレーションが流れる。
とっくに人間が失った「真実の体制」を表現し、二つの性の敵対を表現する。
女性の去勢を前向きに評価し、我々の中にもともとあるものを示す。
「フェラチオの基本」
大事なのはくわえさせる男が女に「お前は俺の妻だ、俺の主人だ」と言って行為を始めることだ。
他の第三者がその世界に入り込む余地のないようにする。
終わったあとに「話は終わりだ」という言葉を必ずかける。
これだけでうまくいくのがフェラチオというものなのだ。
ハートのイアリング 松田聖子(megu♡version)

女二人には男二人が必要。「四つだ」
相川七瀬「彼女と私の事情」

魂とは人間の脳に直結した精子だ。
人間が死んでも子孫という形で魂は残る。
子孫の精子という形で魂が現れる。
動物の精子と人間の精子の違いは「知性」にある。
男の知性は子孫に伝わり、死んだら男の魂は抜け、男女ともに密教世界に復活する。
ソクラテスへの愛とは「女の交換」であり、ソクラテスの知性=魂をもらい受けることを意味する。
親が子に伝えるものはDNAトランスミッションと文化だ。

まず、宇宙の法則があり、男性優位の社会においても、男は天がその日そのときにどのような意味を与えていたかに関しては逆いようがない。
セックスに暴力を使われた女が神や占いを語りやすい。
女は、いいパートナーと巡り会うためにひたすら競争するし、男は資金力を競いあう。

西野カナ 『もしも運命の人がいるのなら』MV(Short Ver.)

女とは「生まれる」ものではなく「なるもの」だ。しかしその基盤は実は弱い。
個性に注目する+セックスをする(エロス)は長続きしない。
男にとって千年の媚薬とは「知性」であるが、女にとっては「彼の知性に泣く」(涙)が千年の媚薬だ。
彼は女を忘れられなくなる。
三浦理恵子~千年の媚薬
人間の心は、イメージと言語とシンボルからできている、というのが俺の持論だったが、この関係を明確にしたのが、中森明菜の「スローモーション」だった。
中森明菜 '88 「スローモーション」
イメージは人間のエゴに働きかけ、言語はシンボルを形成し、衝動の基盤となる。
イメージは人間に必要な幻想であるし、シンボルはパラノイアと結び付く。
また、無意識と言語は似たような構造をしている。
ラカンは「無意識は言語のような構造を持っている」という言葉を有名にしたが、
さらに有名な言葉が「エゴは主体でなく客体である」というものだ。
性衝動やフェティシズムにより発明されたものがエゴだとしたのだ。
このエゴを、幻想的な感覚と小説的な私というものが助けているのだ。
精神分析の対象になるのはこのエゴとイメージなのだ。
赤ん坊は、生後6ヵ月から18ヵ月の間を、生きるか死ぬかの依存を他者にたいして行っている。
それを終えたら自分は万能になり、鏡を見て「何てハンサムな男だ」「何という美少女なのかしら」と思う。
これを、ミラーイメージという。

図にしてみよう。

エゴ←イメージ
シンボル←言語

衝動

となる。
夏の恋人候補が現れて、衝動が先走った時に、言語がシンボルに追い付かず、風景がスローモーションになる、という作品だ。
交通事故の瞬間もスローモーションになるそうだ。
衝動に関しては現実の抑圧がそれを押さえつけるため、人間は認めてもらいたい(尊厳)という問題に直面する。人間がこの抑圧と衝動の間の「認めてもらいたい」という発想に「連帯」「ナルシシズム」「太陽・地球・人間」を持ち込んだのが死の研究だった。
ちなみに、男の子は、お父さんを殺してやろう、というイメージから、スーパーエゴというものを作り上げ、自分を痛め付けてまで修行するようになる。
アスリートはみんなそうだろう。
B'zは、いいスーパーエゴを持っているね。
あくまでもイメージであり、言葉にすると「認めてもらいたい」程度だろう。
第一印象が悪くても「話してみたら面白かった」というのも、
エゴに働きかけたイメージを言語が修正し、衝動をうみだしている。
むしろ「恋は言語からうまれる」とすらいえる。
人間の精神分析はリビドーとフェチによって行うが、リビドーとは「いやらしい発信源からの興味」であり、興味があることを言う。
世界の終わりは興味によって救われる。
恋をすると現実感をなくし、まるで「痴呆」の状態になる。
性的興味を失うことで痴呆は治るのだ。
性的興味はファンタジー(おとぎ話)によって成り立っている。
興味はやがてノイローゼに変わり、ヒステリーへと変化する。
恋愛とはまさに「痴呆vsヒステリー」のシーソーゲームなのだ。

[H!F] Niigaki Risa, Kamei Eri & Tanaka Reina - IN…

この「シンボルと衝動の仕組み」の研究を記号論という。
初めに言葉があった、だな。
超人は決して「英雄の闘争」からは育たない。むしろ、奴隷扱いから超人は育つのだ。
第二次世界大戦というのは人間の狂気が出揃ったときでもあった。
この時にラカンはエゴの研究を完成させたのだ。
日本という国は世界を相手に戦争をしたことがある。そのときに出揃った人間の狂気がすでに経験としてある。ラカンはしっかり研究しないといけないね。周辺諸国もそれを恐れている。

神行進(かみこんじん)、江戸幕府の末期に日本が行った天皇選びのゲーム。鼻の長い男(猿田彦)が行進する。国際社会が注目する。精子は女に向かう力の十倍の力でまわりを蹴散らす。

女の子の「病的な女らしさ」というのも興味深い。
父親は母親の欲望の対象であり、なぜなのかというとぺニスがシンボルとしてある。娘はそのぺニスと自分を同化してしまう。自分も母親の欲望の対象だからだ。
女児と男児は同じ時期にマスターベーションを覚えていることを中森明菜の少女Aが歌っている。
子供にはおとぎ話がある。
11才の少女は、眠れる森の美女は春と豊穣さを示し、龍に守られ、王子様がやって来る。地球は冬のとりこであり、春の日差しは王子様だ。
このことを「処女」という。
初体験というのは女が男のおしっこに汚染されたという意味であり、処女とは明確に異なる。これをユングが明らかにしている。
ユングやフロイトの場合
女の子の病的な女らしさは、「お母さんの言葉が面白くなくなる」ことから生じている。
娘は母のぺニスであることから、この現象を「キャストレーション(去勢)」と呼ぶ。
さよなら 失恋ピエロくん (Cover)
この時に女の子はFood or Love (食べ物か愛か)を迫られる。
メランコリーになるのもこのときで、女の子は去勢された惨めさとナルシシズムが戦い、異性の言葉のリズムが恋しくなる。
言葉の感覚も鈍るとされる。
ジャニーズファンはFood and Loveか(笑)。
松田聖子の天使のウィンクで歌われている約束とは、ダイエットのことなのだ。
ダイエットをすると性感帯がクリトリスから膣に変わる。これを「願い事」と歌っている。
天使のウインク ・松田聖子・
個人的にはSPEED の「自分に負けないで」という言葉の多用もキャストレーションを表現していると思う。
STEADYって曲など。
Steady (SPEED)
アメリカには「ティンカーベル」という概念があって、松田聖子の「時間の国のアリス」のように、ティンカーベル(英語で男の同性愛者)の優等生でいられなくなるキャストレーション
を歌っている。
女性を「愛の対象」にしてしまうのが抜群にうまいのが嵐やGLAYだ。
SHAZNA Melty love
娘は永遠の少年であり、ティンカーベルに愛されなくなることを恐れているのだ。
時間の国のアリス ‐ Seiko Matsuda
この、キャストレーションを「オイディプスコンプレックス」と呼ぶのだが、このとき女性は「処女」となり、失恋によって神に失望するまでこのイノセントタイムは続く。女性はこの時になぜパートナーが自分とセックスをしたがったのかの説明を見直す(言葉の見直し)。言葉の見直しに成功すると女は中年になってもジャニーズを応援できるし、失敗するとストーカーになったりイケメンに興味を持ったりする。
女性が「何のためにセックスをするか」というと、
「コミュニティから男を離さないため」だ。
ribbonのLady Loveという曲が露骨にそう歌っている。
同室者がいるのでYoutubeが鳴らせず、リンクが貼れないのだが。
ribbonのジェシカというアルバムも哲学の宝庫だ。
女性にこの話をすると必ず「売春はどうなのか?」という。
売春は、古代バビロニアの寺で神へのサービスを女性が行ったことから「最古の職業」とよばれている。
売春は女性の地位を低め、差別される。
しかし、皆の前で歌ったり踊ったりすることも売春に類似した行為だとされていた。
問題は、女性を奴隷化させるということであり、
「自治」という観点からribbonの愛してジャスティスという曲
で「どのシチュエーションも本気で愛する」という指摘がなされている。
ソープランドも、「ホステスが自由恋愛している」という扱いであり、売春ではないそうだ。
ribbon - 愛してJustice
フェミニズムに関しては、「自治」というものを重視するリベラルな立場がある。
自分が得たものよりも多くのものを人に与えることだとも言われる。
かつてのREBECCAを思い出しながら論文を読んでいた。
そうは言っても「家庭に入る」ということを考えたら、自治を強調するわけにはいかないだろう、という立場もあるし、
保守派(女を妻から学ぶ立場)からは、女性の自治というものから我々は失うものがあることを知らないといけない、という指摘もなされた。
女の子は父と母を見て女になることを知り、父親との関係修復に苦労する。これは、女の子が父親が隠しているポルノを見て男の惹き付け方を知るという意味だ。
エロスというのは、「個性に注目する」「セックスをする」という二つの特徴がある。
本質は「長続きしない」というものだ。
杏里のオリビアを聴きながらはエロスがテーマだね。
杏里 オリビアを聴きながら
SPEEDのI Remember なども、永続きしなかったエロスを歌っている。
中森明菜のセカンドラブも、エロスが永続きしなかったため、次の恋に臆病になる女性を歌っている。
中森明菜 セカンド・ラブ
逆に、個性に注目しない、セックスをしない愛をアガペーと言い、妹への愛のように長続きするものであるとされる。キリストの愛もアガペーだ。日本の音楽作品ではまだセックスしていない男を「月」「Moonlight」に例えることが多い。
ribbon "真夏のフェミニスト" 日比谷野音 '91
エロスに関しては「色」が気になるね。
色というのは人間の記憶の共有なのだが、図を示すと、

神:世界
男:女
理性:情熱
心:体
白:黒
異性愛:同性愛

というように、左が神、右が世界に対応する。
EXILEは黒を着るし、AKBは白を着る。
これが神と世界の関係だ。
色には中間があるだろ。
赤・オレンジ・黄色・緑・青・藍色・紫
EXILE / 情熱の花
エロスも深まると共に神(白)から世界(黒)に変わってくるようだ。
国生さゆりのノーブルレッドの瞬間
モーニング娘のインディゴブルーラブ
が面白い。
俺の研究で、女性は恋愛を深めていくにつれ、
「夫が子供に興味を持たないのではないか」
「家庭に縛られるのではないか」
の二つの点から態度決定を迫られる、としたが、
中森明菜の禁区
禁区
BoAのIs This Love
is this love? @ BoA
杏里のLast Love
松田聖子のチェルシーホテルのコーヒーハウス
などがまさにこれをテーマにしているのだ。
広瀬香美のくちづけにいたっては、この二つを自分の言葉で歌詞にしている。
この議論はまさに、内在的(夜明けを待つしかない議論)であり、BoA も、記録に残したくないとうたっている。
女は子供を育てたいが、男はそうではない。また、結婚すると女性は働く能力を失い、社会で地位を高めていく男への「富の移転」が起きる。
家父長制が女性を仲間に取り込む力に敏感な人がこのような問題意識を持つようだ。
男から見たこのテーマはB'zの恋じゃなくなる日にある。
結婚というのは「セックスの統制」「子育ての統制」だが、家父長制が女性を仲間に取り込むという意味合いがあり、
禁区のような問題が生じる。
永遠の愛の誓いといっても、「その時はそう思った」あるいは「一定の方向性を示した」という解釈がなされる。
結婚に強烈な愛を求めるようになったのは19世紀以降だとされる(ラブレボリューション)。
恋愛結婚はお見合い結婚よりも周囲に与える葛藤が大きいのだ。
キャストレーションが女性が味わう最初のバージンだとすると、結婚はセカンドバージンだ。このテーマの前には女性はまるで赤子なのだ。

恋愛結婚が周囲に葛藤をもたらすことを松田聖子の雨のコニーアイランドが歌っている。
セックスの神聖化をしたのは聖オーガスティンだと記憶しているが、論文を読んでみてもそれらしい記述がない。
ただ、魂は神がアダムだけに与えた、ということと、魂は神にも体にも属さない、ということから、神の意思により近づく行為だとしたのは間違いない。
J-POPにおいても「セックスをしたら友達のラインを越える」という立場は明確だ。
三浦理恵子のグッバイフレンズの意味がこれで明確になった。
三浦理恵子~グッバイフレンズ
女というのは彼氏がいても「知識や力を生み出すために他の男の声を聞きたがる」
ものだ。
長続きしない愛(エロス)とも関係がある。
知恵と対話は疑似セックスだ。
これでSPEEDのDEEP BLUE & TRUETH の意味を解読したのは奇跡だった。
中森明菜のDESIRE もテーマは同じだ。
女は「真っ逆さまに落ちる」と歌われている。
女は、自分で自分を犯しているシーンを想像したがる。
結局、彼氏とのセックスシーンを動画に撮影して自分で持っておくとマスターベーションに使える。
「あなた、誰を犯したのか分かってるの?」と女は考えるのだ。
女がその動画を所持している分には構わないが、男を裏切ったら男はそれをばらまいてしまう(リベンジポルノ)。
「女はまっ逆さまに落ちる」
中森明菜 - DESIRE

セックスは男を中心に語られるものであり、男の射精で終えるものだ。キスというのもフォアプレイ(前戯)であり、男の射精のために行われる。
ヒステリーというのは早熟な性的経験が背景にあるとも言われたが、この子宮から由来するという説をフロイトは否定し、自分の「おとぎ話」が抑圧されたときに女性はヒステリーを起こすとした。

女のガールズトークというのがあるが、女は「神・男の完全性を議論すると爽快感がある」とされる。
実はこれは「私たちの子供をどのように育てるか?」という議論なのだ。
松田聖子の歌はおそらくそうだろう。
自分の発達の条件の完全性とも言える。
神・男・聖霊は三位一体だ。
松田聖子のいう「男」とはアブラハムのことなんですね。
赤いスイートピー - 松田聖子
神と男と聖霊が三位一体だと言ったが、要するに、神性の段階を作りたいのだ。
神がいて、自分の自我の永遠(男)があって、聖霊という段階がある。
この人より別の人が好き、というところに「段階」があり、これが聖霊だ。
自我の永遠というのは神と同じなんですね。
自我の永遠は神によって与えられている。
己のために真実を語るのが自我であり、己のために愛されるのが聖霊だ。
キリストも男として生まれたが、死後「愛する側」にまわり、聖霊となったのだ。
三位一体というのは非常に自由度の高い議論で、父と子、聖霊で「神聖な本質」を分けあっている、ということから、神聖な本質は、AさんにもBさんにもあるという考えに至り、神聖な本質を持つ隣人を愛せ、という解釈につなげる論者もいる。
三位一体は、神をスタート地点として三面構造を明らかにしたという社会学者もいる。
Aさん、Bさん、Cさんの3人組がいるとすると、AさんがBさんに矢印を向けて、その共通意志がCさんに向くとした。
三人組は常にこの基本を守っているとしたのだ。
もちろん、三人とも独立した存在で、各自で単独で生きていけるのだが。
三人組に身をおくときは、自分に向けられる二人の共通意志に対して、どっちが最初に矢印を発信しているのかが分かるようになったのが三位一体の研究なのだ。
かつて、ハロプロにカントリー娘。というのがあり、あさみが里田まいと組んで、りんねを追い出したという話があったが、あれは、あさみが「矢印」の発信源だったのだ。
この場合、あさみが「父」で、里田が「子」の役割を演じたとも表現される。
神聖な人間たちが、より優れた愛を求めるためにやる営みだ。
なぜ、三人組であり、四人目がいないのかというと、より優れた愛を求めるための営みの「神聖さが替えがたいから」であると言われる。
http://youtu.be/g5vIDz4nz74
追い出したあと。
Country Musume - Bye Bye Saigo no Yoru
女性の美学に「超越論的」というのがあり、これは「大きすぎるもの、小さすぎるもの」を意味する。
海や山はデートにちょうどいいし、小さすぎるものがサイエンスだとすれば、ランドマークタワーもいいデートスポットだという指摘を受けた。
高橋由美子の晴れのち曇りのち晴れ。
また、火・水・幾何学模様も女性の美学だと言われる。
杏里のドルフィンリング。
Dolphin Ring by Anri
「男らしさは女が決める」とも言われ、少女マンガや宝塚、女流文学もあなどれない。
中森明菜のDESIRE や、
SPEED のDEEP BLUE & TRUETH のように、他の男の声を聞きたいという曲は松田聖子にはない。
男の完全性を議論するというのはユダヤ教だ。
ユダヤ教は、妻の側からの離婚を禁じている。
男と女は生身の人間でありながら「女はマンガである」ということを強烈に志向したのがきゃりーぱみゅぱみゅだ。
女の力は「子宮から脳へ伝わる」力だ。
ドリカムのうれしい たのしい 大好きがそう歌っている。
うれしい!たのしい!大好き!
モンスターの頭脳を持っていて貧弱な体をした女性は下痢をする。
なぜ人を好きになるかというと「その人が持ち合わせているものに感性が弱いから」
で、女はコミュニティから男を離さないためにセックスをする、ということを歌ったのが、
Melody の運命'95だ。
Melody(アイドルグループ)- 運命'95 - PV
エロビデオは、女が高い声で叫び暴れるが、それを見て「女性がいやがっているではないか」と考えてしまう政治的弱者がベビーブームの頃にたくさん生まれたことを
中森明菜の十戒1984が歌っていて、
十戒 (1984)
その秘密の暴露に悩む女をCoCoのメロディが歌っている。
CoCo〜メロディー
おニャン子クラブを支えた連中だ。
女性が神に幻滅するのは「レイプに遭ったとき」と「女嫌いな男に会ったとき」の二つだけだとされる。
女嫌いというのはミソジズムと言って、女の歯の数が男よりも少ないことから、賢さや勇敢さで男に劣るということを嫌う思想だ。
女の側は「私たち」と言ってサイエンスが得意な男を仲間に含めようとする。
浜崎あゆみのSEASONSがそうだった。
Ayumi Hamasaki - LIVE - Seasons
女性に神聖なものがなぜ存在するかというと詩になる。
「人間の地平が神聖さを通じて他の世界を越える。物理学の説明も要らないという感覚を味わう」
女性は生理になると女性ホルモンが撤退してしまい女性らしさを失う。マラソンでも生理の時はろくなパフォーマンスをしないとされる。
森高千里 『自転車通学』 【セルフカヴァー】

「女はなぜパートナーが自分とセックスしたがるのか説明を与え続けている」
このことから、アイドルが自分で作詞した曲を調べてみた。
酒井法子のサイレンス・フォー・ラブは「私が強いから」
新田恵利のトラディションは「それが伝説」
瀬能あづさのオール・アイ・ニード・イズ・ラブは「天使に抱かれろ」
瀬能あづさ:All I need is Love(CD音源)
宮前真樹(CoCo)のシャボンのため息は「理屈じゃない」
渡辺満里奈のKISS KISS KISS は「あちこちでやってるから」
「女が男を育てる」という発想は1986年にアメリカで漫画化された。
当時大ブームだったおニャン子クラブにはこのような作品はない。
1990年代にribbon が、ポイズンの退屈~めまいへの招待状という曲を出している。
ribbon ポイズンの退屈"めまいへの招待状" 日比谷野音 '91
ところが、80年代に酒井法子が、Love Letter という作品を出している。
これも、男を育てていることに入るのか?
ケアリング・マンという漫画を入手するしかない。
重要な指摘を忘れていた。
異性が自分に向けていた愛情の矢印が他に向くだけでジェラシーという感情は生じる。
杏里の悲しみがとまらないなど、杏里はエロスとジェラシーだけで曲作りしている。
テトラビブロスに、友情の17度というのがあるが、これは、空のみえかたが17度違うという意味で、
当時のギリシャ人にとってはエチオピアを意味した。
エチオピアを旅するとカップルは仲直りしたり恋に落ちたりした。
中森明菜の北ウイング、ミアモーレ、
北ウイング
松田聖子の白い夜など。
聖母マリア学もやったんだが、国や家族は、女の純粋さに依存している、とあった。
AKB もなあ、国や家族が女の純粋さに依存しているのは事実だが、歴史的にみて、貧乏な階級では「処女の娘」というのは財産だと考えられてきた。
まあ、エネルギーのジェネレータには違いない。
「恋愛総選挙」とは、民族中心主義だとも言われる。

感情・出来事・主観・本能→女がコード化。
理性・心・客観・科学→男がコード化。

女はある「暗喩」をもっている。
英語の翻訳だが、
限られた卵子に厳しい暗闇を生き残った精子の王が攻撃を続ける。
眠れる卵子の眠りを覚ます精子。
というものだ
酒井法子のイヴの卵を聞くと結構ウケる。
酒井法子 - イヴの卵
キャストレーション(去勢)というのが起きると、女の子はティーンエイジブルーになり、
異性の言葉のリズムに救いを求める。
このことを「ポエティックレボリューション」と呼ぶ。
嵐もEXILEもそれを背景にしている。
アジサイが赤から紫に色を変えるように女になると秋元康は詞にしたし、おニャン子時代は青にこだわった詞をたくさん残した。
AKB48のロマンスかくれんぼも、去勢(キャストレーション)を歌っている。
ロマンスかくれんぼ 研究生 荒巻美咲 vs 島崎遥香
女は黙読していても「声」で文字を読んでいる。
女児は男性たる父、女性たる母を見て女になることを知り、父親との関係再構築に苦労する。

制御された男性ほどセックスに暴力を使う。しかし、子孫を残す本能からレイプとは明確に区別している。
筋肉質の男の暴力から男性優位の社会を見てしまう女性がいる。
そういう人が占いや神を語るようだ。

星座占いで瞳を閉じて おニャン子クラブ。
星座占いで瞳を閉じて  なかじ&新田

アメリカでロー対ウェイドという事件があり、生殖をコントロールできないのならば男と対等ではないと議論された。このことから「対等なものしか自分の体にさわらせない」という発想が女の側に生じている。

まだ、フェミニズム研究はたくさんネタがある。
山崎闇斎が江戸時代に、伊勢神宮とヤマトヒメという宗教を作ったが、アマテラスのディテールを作る作業だ。
スタンフォードと合流させて「垂加神道」を完成させたい。
もちろん、J-POPと合流させるのだ。
宗教と政治に関しては、宗教が、善、美徳を持っていることや、どのみち人間は一人では生きていけないことから、
政治の側も寛大になろうという発想がある。
母親にとって「犠牲」とは、息子を生け贄に捧げることだ。
息子を戦争でなくした、病気になった、そういうことを競いあっている。
息子の側は「繁栄とは何か、生きるということはどう言うことか」を証明していくしかない。
加藤登紀子のANAK息子という曲がある。
女性の研究をしていて「貧弱な体をした人が神を語る」とあった。
貧弱とは、デブも含むのかね。
現場を観察すればわかるのだろうけど。
英語で、貧弱な体をしていてモンスターの頭脳を持った女性は下痢をする、という研究もあり、食べても飲んでも太らない人のことだと思っているのだが。
タレントで、サッカー選手と付き合った梨花は、テレビで下痢を告白していた。
結局、エロスとは、長続きしないということに本質があるが、愛というのは、相手が何を考えているかに密かに興味があった、あたりに落ち着くようだ。
広瀬香美のピアニシモ。
愛には狂気がともなうとも言われる。
女は自分の好きなことしか知識にしないとされ、少女時代のGeeの勉強の度合いは素晴らしい。
また、右翼的発言などのステレオタイプに飛び付くとも言われる。
一方、正義(平和・環境・人権)のために身を捧げるのも女だ。男はこれを下ネタなどで妨害するとされる。

政治コミュニティーには「約束の研究」というのがある。
守ったらいいことがあるのか?二人の間に正統性はあるのか?
などが問われるのが約束なのだ。
会社は来月もまた働いてくれるから給料を払う。
給料を払うのは当たり前ではないのだ。

娘の性とどう向き合うかも研究した。
基本的には、セックスとはコミュニティーから男を離さないためにやることから、その必要はないとする優性学がある。
一方で、ダウンシンドローム(男の学業不振)や、ベビーブームの心配(政治的弱者への悩み)に気を付けろというポリシーリベラルの立場もあるし、
性に無頓着なリバタリアンリベラルという立場もある。
聖母マリアの研究をマリオロジーというのだけど、国や家族は女の純粋さに依存している、という研究なんだよ。
面白いよ。
マリアは、AD60年ごろに死んでいるが、神の母と認定されるのに300年かかっている。
物事の難しさを感じるよ。
中山美穂の曲に、天使の気持ちというのがあるが、天使は神に仕えるものであり、マリアは天使ではない。
神の母だ。
そのため、神様にしかられた、という立場にはないのだ。
フランスにルルドの水というのがあり、
これを飲んで難病を治した秋田県の女性をバチカンのヨゼフ・カーディナル・ラティンガー(のちのベネディクト16世)が、報告し、正式にマリアの出現と認められた。
しかし、地方の村おこしに利用されるのではないかともいわれている。
ヨハネパウロ二世も、マリアの聖地を訪問したときに拳銃で狙撃され、重傷を負った。この時に、マリアが銃弾の軌道を変えた、として彼はマリア信仰にのめり込んでいった。
たしか、Blessed, because she believed.
だったと思うが、信じるものは救われる、という有名な言葉も、ヨハネパウロ二世がマリアについて語った言葉だ。
ダウンシンドロームの存在は、
東京パフォーマンスドールの、キスは少年を浪費する
が有名だ。
ベビーブームの心配は、CoCoのメロディ。
ダウンシンドロームに関しては、PerfumeのKiss and Musicが、怖いのね? と歌っている。
たしかに怖い。
男の子はお父さんのエロビデオをみて「女性がいやがっているではないか」と考えるし、女の子は女になることを知る。
kiss and music - Perfume
スーパーエゴというのを身に付けると、
人を殺してはいけない、
近親相姦をしてはいけない、
という二つのタブーが身に付くそうだ。

女性にとっての神のイメージ: 生きとし生けるものすべてが関連付けられ、すべてを突き抜け、燃える炎のように輝き、心を暖め、闇の案内となり、傷を癒し、すべてに泉が行き渡る。

女性の反応: 心が動き、落ち着き、ふたたび緑を取り戻し、純化され、解決され、力づけられ、癒され、集まり、失ったものを探す、心に音楽が流れ、命の生まれ変わりの風を吹かす。
杏里のコットン気分だろうか。

セックスする時とか、ボクシングの開始のゴングが鳴ったときに、人間は「神は妬まない」という今がすべてという時間空間を経験する。
一方、昼間や夜中にボーッとしているときや、愛がさめていく瞬間などに未来・将来を語る「妬む神」という空間を経験する。
愛の永続は、セックスが終わったあとの妬む神(ボーッとしている時間)にある。
このときの「感性」が愛の永続の秘密だ。
何かを信じ続ける男はそのこと自体間違いだったけど、その分、教会の言葉は美しかった。

「男は一つと言い、女は二つと言う」というネタがある。
これを踏まえて川本真琴の「二分の一」を聞くと気の毒になる。

中森明菜は哲学の宝庫でね、政治コミュニティというのは男(オヤジ・アニキ)の世界で、女は欲望と交換の対象に過ぎないということをトワイライト~夕暮れ便りが歌っている。
中森明菜 ~ トワイライト
政治とは「母体がなくなった孫によって行われるゲーム」だとも言われる。麻生太郎は吉田茂・麻生多賀吉の、安倍晋三は岸信介・安倍晋太郎のもとでゲームをする。
ある論文で「夕方の森」にオーガニックスリルを感じる、とあった。
オーガニックスリルとは、原罪に由来するもので、女性の胸や尻に感じるものだ。
「夕方の森」は女性の胸と同じか?
俺は先日、夕方にタバコを吸いに出て奇妙な不安感を味わったのだが。
デモ行進も夕方になると革命を確信するだろ。
砂漠という場所は、すべてがフェアなゲームが行われる場所であることをSAND BEIGE~砂漠へが歌っているし、
涙はインテリジェントなものであることを飾りじゃないのよ涙はが歌っている。

女の奇跡というのがあり、期待されていないことができない、というところが最も女らしさを表現する、
ということを工藤静香の奇跡の肖像が歌っている。
すべてを敵にする、とあることから日本で言う「ぶりっこ」のことだろう。
これを聞いたあとにモーニング娘。(重ピンク&こはっピンク)のレインボーピンクを聞くとゾッとするね。

今の先進国は男と女のカップルの帝国でね。
レズビアンのカップルの結婚式をディズニーランドが認めたことにどんな論文の根拠があるのだろうと思ったが、どうやら世界の流れは異性間カップルの「帝国の逆襲」をむいている。
そういう研究はアメリカに見解を照会しながらやっているんだろう。
黒の舟唄という曲をいろんなアーティストが歌っている。

神の起源は、自分達の部族の神が他の部族の神よりも勝っているから戦に勝つ、というところにある。
ところが、それ以外にも「信じていた方が健康的である」ことがある。
嵐に遭遇した船に乗っている人は神に幸運を祈る。
いろんな国の宗教に学ぶ姿勢が大事だ。
「知る」という言葉は成功に満ちている。
多くの有神論者は、祖先からの言い伝えを信じていることが多い。
祖先という権威に従うことは悪いことではない。
しかし、たとえば化学の勉強をした人が、知識だけで実験を行わないのならばそれは不誠実だろう。
神に関してもいろんな「実験」が必要だ。
銀河、星、惑星、体、心。
すべてが調和がとれていることが大事だ。
サイエンスというものが人類共通のものであり、「部族間の戦い」ではなくなったのは事実だ。
しかし、旧約聖書だけを信じる人は進化論を信じないだろう。
大事なのは、調和がとれていることであり、それは個人だけでなく、社会の調和がとれているということも大事なのだ。
いずれにせよ、神道を精緻化すると、国のインフラが強くなると思う。

神はどこにでもある。神はひとつでありながら、いろんな場所ですべてのものを目撃する。
神は偏在しており、世界は神の肉体である。
神には、場所も時間もなく、すべての場所と時間に存在する。
このことをOmnipresence と言うようだ。
私たちの間にあるのか、中にあるのかはわからないが、心が肉体に働きかける作用に神はあり、すべてを目撃するのだ。
心が肉体に働きかける作用に神がいるのなら、ダイエットの決意のためにお祈りしにいけばいい。
銀河、星、惑星、体、心の調和がとれていればいい。
アリストテレスは、魂と肉体はくっついていて、朽ち果てるものだとしたが、「知性」だけは不朽なのではないか?と考えていた。
もし、我々の知性がイエスの再臨をもたらすとすれば、
答えは間違いなくアメリカにある。
スタンフォードにすでにイエスの再臨はあるはずだ。
ヤバい国だな、しかし。
愛されるということは、やる気が出るということだ。
魂は、知識を求めるためではなく、神に愛されるためにある。
真理の探求は、神に愛されることに繋がる。
ハスダイ・クレスカスは、アリストテレスを若干修正した。
SPEEDのBody&Soul。

女子の教育は、プラグマティストが発展させた。
「社会活動はインスピレーションの母」ともいわれ、自分が属する文化の多数派によって教育というのは行われる。
英語、日本語を叩き込まれたのがBoA だ。

女は、個人主義を批判する。
江戸時代後期の「国学」というのがあり、本居宣長が、古事記伝を書いた。
中国の影響を排除しようというムーブメントだった。
本居宣長は、賀茂真淵の弟子であり、
平田篤胤も同様の研究をした。
玉ぐしというのを、宝石のついたくしとしたり、その系譜は、丸山真男にまで連なる。
天皇が、彼らが排除しようとした「仁」にこだわるのもおかしいね。
そういう意味では、雅子さんのハーバードもそうだけど、覇権国家アメリカから学んでもおかしくはないでしょう。

ユダヤ教の歌は、基本的に人間の自由を称えるものだ。
神の前で自らの罪によって痛みを味わうことを歌うのも、有限な存在である人間を自由にする。
カントは美の根拠を「没頭」に求めたが、ヘーゲルは、「見ている人の魂を自由にする」というところに注目したようだ。
古典的な美が「没頭」にあるとすればそれは肉体に存在する。
一方、ロマンティックな美は、「顔」に存在し、キリストの死と復活、つまり自ら死を選んだキリストというのが人々の魂を自由にし、「顔の美しさ」と同じ原理だとした。

ウォルター・ベンヤミンが「アーケードプロジェクト」というものを考えた。
「性的にフラストレーションをかかえながら知性だけを跳ね上げる」というもので、
灘とか開成で実践されているものだ。
芸術の再生産ができるようになった時代に可能になった。
ベンヤミンの時代はボードレールだったそうだが、今はAKB48でもいい。
ベンヤミンの言う「暴力批判」とは、結局、何があったかは勝者が描くという研究であり、
東大に入ってしまえば、「青春時代に何があったか」は勝者が描いていることを明らかにしたのだ。
性衝動の効率的な利用(エコノミー)という観点はラカンも指摘している。

エロスとタナトスが対極にあるとされている。
タナトス(死への衝動)とエロスが結び付くなら、悲劇として「死よりもっとひどい風景がある」としてこの曲を死の恐怖の緩和に使ったのも頷ける。
中森明菜のリフレイン。

暴力の起源とは女性のネクロフィリア(死体愛好症)にある。
子供を育てる、繁栄する、という背景には、女性の「母親殺しの願望」がある。
これも、男の子のスーパーエゴと同じく「認めてもらいたい」というものなのだろうが、宇多田ヒカルは実際にそのような歌を残しつつ、本当に母を死に至らしめている。
藤圭子の死を望んではいなかっただろうが、死んだあとは形見が追憶に変わる。

法然も密教をさんざん楽しんだ結果、もう一度この経験がしたいと思い、どうすればいいかを考えている。
それが、みんなと同じことをするということであり、南無阿弥陀仏と唱えることであり、傲慢さをなくせばもう一度この浄土に生まれ変われるとした。
いわば「人生の出口」を押さえてしまったのが念仏カルトだったのだ。

ドゥルーズはこのような世界をアフェクティブセンターと呼び、広大な実験場であるとし、女がいなければグローバルな世界は朽ちるだけだと考えた。

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